鑑賞レポート
【アダモ】
息をたっぷり使って声にする見本だった。バックコーラスの女性、たぶん日本人の声もよく通っていてハリがあった。彼は日本語でも歌っていた。フランス語で歌うときと同じ声量、声質で「日本語の歌もこのレベルの人が歌うと美しくひびくんだ」と思うほど、ひびいていた。
海外アーティストの歌を聞くと、詞の内容はわからないのになぜか聞き入ったり、感動したりする。日本の歌はあまり感動しないのに、声の技術の差なのだろうか。違いをあげるとたくさんある。太さ、ハリ、質、伸び、量、その他いろいろ、一本しっかりしたシン、決して細くはないけど、体の深いところから伸びている、中身の詰まった(というとちょっと表現が違うかもしれないが)、そんな空気の流れで声を出してる感じがする。
私はアダモは“ハスキーなおばさん”だとばかり思っていました。CDも持っていて何度も聞いているのに!!(そう言えば、CDジャケツトには顔写真が載ってない…)。ここに入ってから、今までの自分の耳が信用できなくなっているうえに、男か女かの声も区別できない自分にショックを感じています。
フランス語と言えば耳元でささやくような甘い声…とばかり思い込んでいた私の認識をくつがえす力強い声でした。しかも途中で入っていたインタビューの話し声が歌っているときと全然変わらないのにも驚きました。そして、ところどこの日本語で歌っているときも、深い息と息の流れがはっきりと感じられ、感情も伝わってきて、なんだかすごくくやしいというか、母国語も満足に発声できない自分が情けない、という感じでした。この次は彼の歌を日本語で歌ったという越路吹雪さんのを見てみたいと思います。
【ジェネシス 】
「正直な人たち」音楽性、メッセージなどについては、歌詞の意味もわからないし、ロックという音楽について無知同然の私には、話すべきことばがない。ただ、彼らの音楽を聞きながら彼らに対するインタビューを見ながら、「ああ、本当にこの人たちは、いろいろなことにおいて、正直な人たちなんだなあ」と思った。私はロックという音楽をあまり聞いたことがないが、たまたま見た音楽番組から、ロックというのは、とても気取った音楽だという印象をもっていた。ところがこのライブを見る限り、演奏に何の気取りもなく、ストレートでナチュラルな感じがする。これがロック?逆にとまどってしまった。いろいろな意味で正直であるというのは離しい。それがステージの上、多くの観客の前でそうあろうとするのは、本当に大変だと思う。
インタビューの中にメンバーの一人がヴォーカルの人をさして「彼は自分の荷物を人にもたせない。それにこだわっている。でもそのこだわりを捨てないから、狂気に陥らないのさ」と。ステージの上で正直であり続けようとしたら、狂気に走らざるを得ないのかもしれない。それは、何かに対するこだわりによって求心力を得て安定するという意味なのだろうか。含蓄のあることばだと思った。
私の以前もっていたイメージと違うことに、楽器と声のバランスがある。ああこんなに声のはっきりするロックがあるんだ、という気がした。「盲人 蛇におじず」の例えを地でいったような感想だが、自分の音楽全般に対しての見讖の狭さを痛感した。もっと欲を出していろいろと聞いてみようと思う。
【アースウィンド&ファイヤー】
アースウィンド&ファイヤーに本物(真実)を見た!!魔法にかけられたように没頭して見入ってしまった。まずは人間の真実!生きる喜びを全身で感じ、ショーというよりも自分たちの音楽を真剣に楽しんでいる。最初から最後まで体全部を使って踊りまくっている。元気でタフだ。人の生きる価値を見た。
次は民族の真実!巷からその地域に根付いているもの、もしくは福島先生のいう血に脈々と流れているものと表現している音楽とが、同一線上にあって,全然違和感がない。つまり都会的で洗練されているようだが、すごく黒人くさく、アフリカくさく、民族くささが出ているのだ。
演奏の真実。どこでどれくらいの時間をかけて練習されたのかよくわからないけど、それぞれのパートが皆、超一流で、各々がソロで演奏するのだけど、これがすごい。楽器と体が一体化するとはまさしくこのことをいうのだなと、強烈に思った。心が命ずるまま、本当に自由に楽器を奏でている。これだ、と思った。歌も体のこと、のどのことを気にせず、自由に思ったとおりに歌えるようになる。これが目指すところのヴォイストレーニングなんだと。
あとは、皆んなが主役で絶対、でしゃばって自分だけ前に出るようなことはなく、背景に何か厳しい掟みたいなものを感じた。
ファルセットヴォイスも、ここまでできればとても官能的な声になることがわかった。声に関しては、あまり参考にはならない。ディスコで大流行したように、リズミックな曲が多い。しっかりと拍が刻まれている。勉強になることがいっぱいあって、よかったです。本当によかった。
アーティストの個性が調和する素晴らしさ。ブロデューサー、ミキサーの力もあると思うが、それぞれ強い個性をもったミュージシャンの歌が調和し、一つの曲ができあがるという過程は、感動的だった。それはアーティストが皆、心を一つにして取り組んだ結果であると思う。その姿勢がそのまま、アフリカの飢餓救済のために、世界じゅうの人が心を一つにして協力しようというメッセージになっている。
音楽が皆の心を一つにする媒介となっている。音楽に国境はない、とはよく言われているが、この曲はその証明になったのだと思う。個性というのは、他と張りあうためのものではなく、自分らしさを正直に出したときに、しぜんと出てくるもので、他と刺激しあうものではあっても、他との交流を妨げるものではないのだと思った。
【ジャニス・ジョプリンComin’ Home】
以前、曲もジャニスの声も全然いいとは思わなかった。じっくり聞いてみたら彼:女は私にはないものをもっていた。何かに取りつかれたよう!に全身全霊を込めて叫ぶ姿。歌以外は何もない。歌が全てと思わせる姿。余計なものを一切取り除き、歌の基本(と私は思っている)である、メッセージ、リズム(フレーズ)そして歌う人の魂。これだけで充分、魅きつけられた。彼女が歌うのは、ごくしぜんなことのようで、気負いも作為も全く感じられない。天然の本当のヴォーカリストだと思った。私は(人の目を気にしすぎて自分が思うように思いっきりできないでいる。人は全体の空気を、全身から出る炎、オーラを見ている.顔の細部なんか見ていない。
彼女は魔女みたい。赤ちゃんのような、無邪気なくしゃっとしたあどけない笑顔から、あのしわがれた声で魂を丸ごと吐き出すような狂気にも似たパワーで歌い、そして衰弱しきった老婆のようにライブの終わりには”死を感じさせる影が喪情にまといつく。ドラッグ中毒の狂気の中で、ものすごい孤独感とか、恍惚感とか、ありとあらゆる幻の世界を体験したんじゃないのかな。それがあの絶望的なはりさけるような声に表われている。すごく深く体中から、あふれでているパワーにのみこまれそうになる。本当に地中の奥底からひびいてくるうめきみたいだ。ベースやギターの切なげなフレーズJも,すべての音がこのうめきにひきずり、のみこまれていき、マーブル状にドロド口とまざっていく。私も少し脳みそがマーブルになりかけたようだった。
【プレスリー Rock'n'roll Classics】
プレスリーって別に好きじゃなかった。あれだけのブー厶を起こしたという意味では偉大な人なのかも知れないけれど、私は別に興味なかった。でも、映像で動いている姿(ライブの姿)を観たとき、私の今までの考えはくつがえされた。ルックスがどうこうではなく、歌っている雰囲気(オーラ)がある。一つひとつの(動作もさりげないが、いちいちしぜんなのにサマになってキマっている。やはり第一線の場で活躍した人っていうのは声がどうこうだけではなく、総合してカッコイイものなんだと思った。余談ではあるが、体を動かしているときや踊っているときにみんな姿勢がいいというか、一本筋が体に通っていてくずれていない。だからカッコイイのかなと思ったりしてみてました。P.S.一番気に入った人…ボ・ディドリー
【ジュリエット・グレコ 】
独特なものを感じる。周りの人たちが語る彼女の対して言うことが魅力的だった。自分がどんな人間でどんな才能をもち、何をしていくかを見極めて、それを実行していく生き方がすごく冷静でかっこよく感じる。歌に対しても、今の時代には感じられない何だか率直でストレートな詩に思える。かっこよく例えたり、遠回しな言い方とかでなく、すごくストレート。私はそんな詩が好きだ。それに自分ををすごくもっているところも魅力的であった。
自分の気にいらない曲や詩は歌おうとせず、好きな作曲家を選ぶとろや、無理に自分を理解させようとせず、堂々と自分は自分と出しているところ、最近、自分が不安定なときが多かったせいか、すごく心強いものを感じられた。私もこの先、どんな人間になっていくのか、もっと自信をもって強いものを身につけていきたい。
【ビリーホリディ 】
最近、ジャズヴォーカルばかりが収録されたアルバ厶を何気なく流していることが多い。その中に、ビリー・ホリディの歌もいくつかあって、特別注意して聴いてするわけではないのに、彼女の歌になると決まって他の用事をしていた自分の動きが一瞬止まることに気づいた。どうしてなのか、わからない。わからないから、聴いている。
私は彼女の声がとび抜けて美しいとも思わない(美しいの基準にもよるし、また私の耳がそんなによく育っていないのだろう)。ビリー・ホリディの私生活部分に大きくスポッ卜が当たって、その波乱さはあまりに有名だけれど、それらを前提に彼女の歌は人生そのものだ、素晴らしいなど、わからないまま言いたくない。彼女と同じ、いやそれ以上に深く技術的に恵まれた声も、同じアルバムから流れてきたはず。なのに、ビリー・ホリディの歌になると…。
ふと思いつくのは、私の知っている女性の声。ミラといって、まだ2歳にもならない子どもを故郷フィリピンに残し、この日本へ出稼ぎにきている。彼女の職業は、ある家のれっきとしたメイド。歌うのに決して恵まれた声だとは思わないかれど、どこにもないたったひとつの声をしている。
トレーニングを10年続けても、まずつくれそうにない。あたたかな微笑みと一緒こ胸にとびこんでくる親しみのある、けれどどこか遠い声…。そこで思う。私が強く惹かれるのは、”人間の声”なのだと。
遠く感じてしまうのは、いつ彼女がフィリピンへ帰っていくかもしれないという、私の勝手な感傷から。でも、もし私がビリー・ホリディを知らなかったら、彼女に対する感じ方も違っていたかも…と思うと、なんだか切ないような気持ちになる。
結局、生き方と歌が一致するかどうかだと思う。心が締めつけられ苦しくなるような“ピアフの歌声”は、彼女の人生(生き様)そのものであろう。今、この瞬間をいかに自分らしく誠実(傲慢)に精一杯生きられるか。そして生命さえも歌に昇華させ、あとは神に委ねる。
“そぎ落としの時代”と誰かが言った。繁殖し過ぎた寄生虫(人間)に対し、“地球という生命体”が自己防衛を始めた―と。戦後50年、日本においてのみ、たまたま何も起こらなかっただけであって、本来、生命の危機(地震、戦争、病、サリンなどのテ口など〉はどこにでもある。そして今、50年分の“人間そぎ落とし”が始まったと。“耳をかすめて箪笥が倒れてきた、紙一重だった…”と、神戸の親。自然を生命を、昔はもっと“恐れ”ていたハズだ。いつ死んでもおかしくなくなった今、紙一重の生命がまだあるのは、この世で果たすべき使命がまだ残されているからであろう。それが“歌うこと”だと私は信じている。
波乱万丈のピアフの“人生”と震えるような“歌声”に触れて、“彼女のパワー”はモチロンだが、それ以上に切り放せない陰のような“恐れ(人智を超えた存在[GODあるいは宇宙]の力に対する)”と“人間の生命のもろさ”を実感した。そしてたぶん、痛感せざるを得ない時代を迎える。そうすれば再び、歌の意義も重くなり、“DA・Y0・NE!”などとは言ってられなくなるだろう。
「金持ちの娘が歌う、貧しくみじめな生活の歌など信じられない。これから行こうということについて歌うより、行ってきたという経験を歌う方がはるかに楽で、かつ真実である。」と彼女の歌と人生についてある人はこう語っていた。まさに彼女の人生はあらゆる歌と体験に基づいて歌えるかのように、「激動」だった。愛する人との出会い、結婚、死別、絶望、新しい恋と喜び―。
“歌”というものは本当にその人自身なんだと思った。ピアフは「歌は、はけ口である」と語っていた。そのピアフという人が自分の人生から感じ得た“真の想い”を歌にぶつけたからこそ、多くの人は彼女の歌に賛同し、感動をしたのだろう。“真実”は何にも勝るのだと思った。
【モータウン25】
ファンにとっては涙もののアーティストたちが出ていた。マーヴィン・ゲイは、生きて動いて歌っているのを初めて観た。マイケルジャクソンなどのトップスターの若き頃も見れて、おもしろかった。黒人の人たちはこの頃も今も、社会での間題は山ほどあって,決して普段は華やかな生活をしているわけではないと思うのに、こういうときはちゃんと着飾ってくる。本当に楽しもうという姿勢が見える。
アーティストに要求するものも大きい。厳しいお客さんたちなのだろう。そんな中にいれば、確かに鍛えられる。アマチュアのオーディションのレベルも、層の厚さもけた違いだろう。日本でよかった。…なんて思ってないで、上を目指していこう。目標は高い方がいい。とりあえず、ここでやることすべてが舞台だ。そこでアーティス卜としてどれだけできるか、それを自分に問うていきたい。
もっと英語がわかって(字幕スーパーでは足りないところがどうしてもあるので)、モータウンやアメリカの歴史がわかれば、司会者やアーティストたちのジョークにもついていけたのに…とやや、不満が自分に対して残った。でも、とりあえずアーティストたちのプロ根性、サービス精神はすごいもので、こちらが圧倒されるほどの迫力で迫ってきた。
マイケル・ジャクソン、日本でのステージ(ライブを見に行ったけど)より、はるかに気合いが入っているように感じたのは私だけだろうか。観客の聞き手としてのシビアさを、彼はよく知っているような気がした。そして、最後のダイアナ・ロスのステージング、エンディングに向けての盛り上げ方、社長をひっぱり出すタイミング、もう絶妙!はるかに厳しいショウビジネスの世界で、成功してきた人たちのすごさというものを見せつけられた。
【マーヴィン・ゲイ】
私とマーヴィン・ゲイをつないだのは「YOU」という曲でした。なんてエキサイティングな曲なのだろう!とてもかっこよく思い、それからマーヴィンのCDを買い初め、今回、このビデオと巡り会いました。60分カラーで、かなり後期のステージだと思います。内容は全体的にステージを暗くして、スポットライトを中心に、なんとバックは指揮者がいて、譜面台もあり、小さなオーケストラになっていた。びっくりした。そしてダンスがあり、デュエッ卜があり、名曲「What's Going On」や「Pride and Joy」など、10曲ほど熱演してくれて、最後は大往生するかのように歌いあげて大きな興奮を残したまま、幕を閉じました。とても熱の入ったステージだったのですが、どうも本人の顔色がよくありませんでした。まるで苦悩に満ちているようでした。
全体的に甘く歌っているが、実はしっかりと体からシャウトもしている。このバランスがうまくて、ときには優しく甘く、ときには力強く叫び、ゆっくり流れるように歌っていると思えば、バシバシリズムを刻んでスピード感あふれる歌い方もしている。聞き手がとりこになるのが当然なくらいうまい。うまいというより、身も心も魂も歌に投じて、全身全霊込めて歌っているようだ。これだと思ったあと、やはりスター性があり優雅でドッシリとして風格があり、甘く官能的でちょっと寂しさを感じさせる人物だ。そしてデュエットでは必ず相手をたてて歌っている。
パーカッションが基調になって、ゆったりとした拍の中であらゆる楽譜の音色が溶け込み、とても気持ちいい、やさしい音楽を奏でる。やはりヴォーカルが主役で、あくまでも控え目な演奏だった。
1939.4.2、ワシントンDC生まれ。父が教会の説教師でアレサ・フランクリンと境遇が似てると思う。1958にシカゴの名門「ザ・ムーングロウズ」のシンガーとなり、後にモータウン・レコードと契約し、スーパースターの道を歩むようになります。
歌の内容、主義は「正しい性愛、恋愛に生きる肉体に、正しい精神が宿る」という具合に、真剣に恋愛のことを歌っていたと思われる。そして一緒にデュエットを組んでいたタミー・テレルの突然の死。レコード契約の周題や、離婚騷動など、さっきの続きだけど、一曲人の人間としてはかなり精神的なダメージを受けることが次々と起こり、どん底に陥ったにもかかわらず再び立ち直り、頑張った。それが歌声として昇華し、自分の父親に殺されるという悲劇に至っても、マーヴィン・ゲイは永遠不滅の人となったのです。
【ロックン・ロール メルト・ダウンHR/HM】
「HRのヴォーカリストの声」メジャーなHRバンド、5〜6組を1曲ずつMTVふうに編集したLDだった。HRは好みではないのだが、大学時代の友人の影響でバンド名と有名な曲は少しは知っている。でも、進んで聞いてはいなかった。音楽よりもヴォーカリストの声に注意してみた。どのバンドでも、高音が太く出ていて張りのある声だった。強烈なドラ厶や派手なギターのリフに消されずに、硬質な声がしっかり前面に出ている。日本のライブハウスで見るHRバンドは、たいていドラ厶やギターは気持ちょさそうに大音量で演奏し、ヴォーカリストは苦しそうに声をはりあげてルックスや動作は外国のバンドの真似をしているけれど、声は楽器に消されている。そんな経験から余計にHRを敬遠していたようにも思う。ただ、どのバンドの映像にも必ずセクシーな女性のカットが入っているのは、なぜだろう。わかりやすいカッコよさ、快感を追求している面が強くて、反骨精神はあんまり感じられない。
【越路吹雪】
声帯模写をやる芸人のレパートリーの一つに、この越路吹雪の「ろくでなし」がよくある。ものまねの対象となる程、個性的だということだと思うが、これを見て、ものまねというのは本当に似ていないものだと改めて感じる。彼女の個性は、その模倣できぬところにあると思う。話しが歌で、歌が話しで、それが曲という物語りの中で、一つの役柄(あるときの視点から生々と描き出される世界)は、まねしようたって、なかなかできるものではない。
彼女の遺品の中に数十冊の大学ノートがあるそうだ。そこには、彼女が歌った歌の歌詞が何十回、何百回と書いてある。きっとそのノートに歌詞を書きながら、曲を自分の中で一幕の劇に仕立てていったんだと取う。歌の中で恋人に呼びかけるとき、彼女の目には愛する人の姿がはっきり見えているのがわかる。その彼女を見ているのだから、我々もその彼女が見ている世界が見えるのだろう。クセはまねることができるけど、その世界をまねすることはできない。自分の世界は彼女もそうしたように、自分でせっせとつくっていく以外ないのだろう。たった一人で誰もいない場所で―。
「今はもう秋」としゃべって「誰もいない海」と歌ってみる。ことばの練習帳あたりを使って、この越路吹雪ふうの曲の練習は、ひびきを揃えるよい訓練になると考えた。
朝、起きて入浴し、特製の海藻ジュースを飲み、自分流の体操と発声を日課としていた彼女の生活。極度のあがり性で、作詞家の岩谷時子さんに虎という字を背中に書いてもらい「ほら、客席にいるのは猫よ。虎のあなたにあしらわれたくて来ているの。さあ行ってらっしゃい」と背中をたたいてもらわなくては震えて舞台で出られなかった彼女。同時代に生きていながら一度も生でそのステージに触れることがなかったのが、とても残念だったと改めて思わされた。
”英語(外国語)は素晴らしくて、日本語はお粗末である"という考えが変わった。日本語ならではの繊細さのようなものを感じた。そのように歌える越路吹雪という歌い手は、まさに希有な存在だったのだと思う。曲ごとというより、台詞(フレーズ?)ごとの感情の切り替わりに驚いた。自分だけでなく、見ているすべての人を楽しませ、ひきこんでしまう。さすがだっっ。
【マイケル・ボルトン】
最初に驚いたのは、マイケル・ボルトンの体である。まるで、スポーツ選手のようである。あの体で、すべての負担を受け負っているのであろう。そして、息の強さ、深さ。それが、効率よく声になっている。また、姿第もどっしりと重心が下半身にあるかんじで、とても見たかんじ、楽な姿勢にみえる。なぜ、あんなにソウルフルに歌えるのか。なぜ、歌にあれだけの感情を表現できるのか。
私が、同じ歌を歌ったとしても、ワンフレーズも聞かせることすらできない。根本的にやはり、声の技術であろう。あれだけの声・息・体の強さをもって初めて、歌を自分の意思のまま自由に表現できるのであろう。
こんなことを言っていた。「どんな曲も徹底的に追い詰めてものにする。」「自分の歌う曲に愛情をもて。」これは、ヴォーカリストとして、いや今の自分には、とても大事なことである。最後に、オーケストラやクワイヤーをたくさん従え、そのメインヴォーカルとしてマイケル・ボルトンがシャウトしていた。素晴らしいオーケストラにたくさんのクワイヤーたちの、まさに天まで届くような声の中で熱唱するマイケル・ボルトンに、まさに鳥ハダが立つような感動を覚えた。
インタビューの途中で、こんなことを言っていた。「マイケルにバラードを歌わせたら、彼の右に出る
ものはいない。」と。彼は、私の大妤きなシンガーである。
愛すべきBIG MAMAアレサ・フランクリン。あなたの歌声に心はふるえ、喜びに満たされてゆく。喜び、悲しみ、すべての感情があふれだし、そして洗い流されてゆく。ステージに立つその姿に輝くばかりの光を受け、その偉大なる歌声を発する。彼女は本当に、とてつもなく大きく、そしてどこまでも暖かく優しい人なのだろう。
その心を思うがままに、その一瞬一瞬を感じながらメロディに込めてゆく。そこには自由があり、愛がある。心がなければあのような歌は歌えない。力がなければあのような歌は歌えない。そして、そんな自分自身を信じて愛さなければ、あのような歌は歌えない。
テクニック面での地声裏声の使いわけなど、どこをとっても素晴らしいが、何よりも素晴らしい心の持ち主である。そして何と引出しの多いアーティストだろう。表現に似たところはあれど、その歌いまわしは、その瞬間にひらめく心のメロディをリズムにのせているだけのようだ。
驚いたのは、マイクの距離です。あんなに離しているのに、それにときには首をかしげたりして声が直接、マイクの方に向かっていなさそうなのに、すごくよく聞こえるということ。それから、話すときと歌うときの声の感じがほとんど変わらないこと。歌っていても全く苦しそうにもみえず、歌うことのために意識してどこかを使う、みたいなことはしていないように見える。あれならダンスでもしない限り、日本人ヴォーカリストの2倍以上は歌えるかもしれない、と思いました。それと、声質のせいか、歌い方のせいか、美空ひばりに似ているような気がしました。
この人のバラードは本当によい。語りかけるような優しい歌い出しから、盛り上がってあの圧倒的なパワーの歌いまわし。そして、神がかり的な一音のロングトーン。たった一音だけであれほどまでに人を興奮させることができるのは、とてつもない自信、努力、そして天性に持ちあわせたプラスアルファの不思議な力。このすべてが一本のラインとなり肉体という媒体を通して、外の世界へ放出される。なんとすばらしいことだろう。
本当のプロというのは、周りにあるものすべてを自分自身のカ、そして声で巻き込んで、音楽という世界を一瞬にして創り出してしまう人のことを言うのだろう。たとえ、それがたった一音だとしても、たとえそれが語りかけるだけだとしてもである。そして、人の曲のカヴアーでも自分自身を打ち出し、全体的な声の存在感によって「その人が歌わなければいけない」という確信を聞く人に与えることができる人なのだろう。
[コーラスライン]
唤画の中でセリフにこんなのがあった。オーディションの審査員の「もし踊りをやめたらどうする」という質問に役者の一人が答える。「本当の生活をするわ」「結婚して子どもを?」「ダイエットをよすわ」…。「本当の生活」=一つのものを得るためにいろいろなものを捨てていかなければならないのは現実だ。自己管理。世の中にはいろいろな職業がある。ワインのソムリ工は、その暇を守るため喫煙しない。タバコを吸うとその場で失職する。ハリウッドの役者の契約書には、体重に対する条項がある。0kg以上、太ったら契約違反で失職するそんなスペシャリストの世界に入っていこうとしているのだから…。
[シルヴィ・ギエム]
天性のバレリーナとか騒がれていた人だけど、19才でパリオペラ座のエトワールになったすごい人だ。その人が、「私は才能にも恵まれたけど、それ以上に人一倍、努力している。料理だって、最高の材料があってもすべてを生かさなければ、おいしいものはできないでしょう?!」と言っていた。ものすごくストレートで気負いがなくて、ぶっきらぼうなかんじで言っていた。全然鼻にかけなくて、「才能に恵まれている」と言えていて、すごいと思った。
ギエムにとっては、才能はあっても、それ以上の努力に重きがあって、そこに自身があるのかもしれないと思った。天上の人のような、超人のように昔から思っていたけど(踊っている姿だけ見ていると)、インタヴューで話している彼女は、普通だった。年齢的にも20代で近いせいか、そんな姿勢をまねしよう、「努力」のところに自信をもてるような人になりたいと思った。そして、生活すべてがアーティストでいることができる環境がうらやましいと思った。
[林英哲(和太鼓奏者)]
ろくに祭りのない町で育った私でも、太鼓の音に強烈な懐かしさを覚える。ミルバや三大テノールや好きな歌手の曲を聞いて感動するときとは少し違う感覚である。私の頭の中には記憶されていなくても、DNAの中には残っていて、それが目を覚ますのではないかと思ったりする。
昔は単に芸でなく祭りは儀式であり、太鼓の音や激しいおはやしなどは民衆の祈りそのものだっただろう。日本の伝統のものをさして「わび、さび、渋み」などと表現することがある。そういうものも確かにあるけど、私の血が騒ぎ、同時に安らぎを感じ、揺さぶられるように感動する。
「日本」のものとは、いつも生命エネルギーが炸裂するような原色的な世界だった。
染物芸術家、久保田一竹さんの着物「一竹辻が花」にしても、一千人の僧侶の読経にしても、梅若なお彦さんの創作能にしても、接したときに感じるのは、わびさびとか風流とか至福の思いではなかった。むしろ怒りに近いような宇宙的パワーである。怒りといっても、何かに対して腹を立てるというようなつまらないものじゃない。荒れた海や台風のときの風の中にあるような、能動的な力のようなものだ。怖いくらいの激しさは、妙な懐かしさでもある。私たら民族の血の中に流れているのは、ワビサビじゃなくて、もっとずっとたくましく豊かな色濃いもののような気がしてくる。
頭の中が真っ白になり、体が勝手に感動してしまう。林英哲さんの太鼓もそういう感じだった。このようなものがおもしろいので、いろんな和太鼓奏者を見たり聞いたりしたが、林英哲さんはとび抜けている。大太鼓のソロというジャンルのパイオニアだそうで、海外公演もとても多い。日本のコンサートでも、外国の方が多く来ているし、きゃぴきゃぴの若い0Lが感動の涙で席から立ち上がれないという光景も目にする。林さんはとても、小柄な人なので、そのハンディを克服するため、大太鼓に真っ正面から打ち込むというスタイルを編み出した(今では他の人もまねしていますが…)。だから客席には完全に背を向けている。その後ろ姿が本当に美しい。あまり男性に対して「美しい」と思うことはないが、美しいのだ。私たちは太鼓の音にのみ込まれているようでいて、実は林さんの後ろ姿にひきつけられるのかもしれない。
体が小さいので、10代の頃から走りまくり、鍛え抜いている人だ。打つ姿はもちろん、太鼓に向かって立つ姿、立て膝で座る姿。ずっと背を分けていながら、伝わってくる緊張感。一つのことに集中して鍛え抜くということは、このようにその人自身がにじみ出るのだ、と感動するとともに、身がひきしまる気がする。技術的なことは私にはわからない。うまいなということだけだ。他の奏者とどう違うとがいうことも知らない。それなのに、後ろ姿や音階のない太鼓の音に表われてくるもの。ちょっと聞く手を動かせば技術を見せることくらい、できるはずである。
1回の演奏ごとに圧倒的集中力をもって太鼓に向かうあの姿を見ていると、見せびらかすことと、全身で思いを込めることの違いが、こんなにもハッキリ伝わってしまうことがわかる。恐ろしくなってくる。太鼓のソロなんて単調で飽きてしまいそうだなと、私も最初は思っていたが、とんでもないことだった。静かな緊張感から曲が高揚していくと、自分の体中で音が轟くような気持ちになってくる。その激しい音は身体にしみとおるようだった。私の体内で今、大きくなりつつある、衝動のようなものと、それは心地よく一致していた。
こんなふうに声で、表現できるようにならなければ。林さんは、修業僧みたいな鍛え方を10代からしてきており、能管とか日舞とか、さまざまな芸も身につけて、バレエまでかじっていたという。それでも休むことなく走り続けている。ここまでやったからいいということはないのだ。改めてそう思う。林さんのそのような姿勢が、全てあのステージに凝縮されているのを見た。以前よりは声が出るようになってきたから、それが何だっていうんだ。私も負けてはいられない。素璃らしい演奏の中でこういう厳しさも教えられた。機会があったらまた観に行きたい。林さんの太鼓は、聞きに行くのではない。体験しに行くのだ。
【ジョバンニの銀河】
自分は宮沢賢治の作品をよんだことがない。いつも読もう読もうと思っても忘れていた。その賢治の作品だが、見ただけで語れるものじゃ、とてもないけど、非常に人間味のある、温かみのある文を書くなと思った。東北特有の温かさが根底にあるのではないか。世界的作家が岩手の小さな家に隹んでいて、すごく庶民的な感じがして、すごく身近な人の気がした。
思ったことが一つ。高い表現力を得るのは、凄い経験や生まれや育ちは一切関係ない。自分に起こる事柄を、いかに鋭い感性で捉えるかだ。たとえばこの岩手の寒さ。この誰もが感じることをいかに人の心を捉える形で表現するか。「銀河鉄道の夜」を特殊な画像で非常に幻想的に映像化していた。それはすべて賢治の中に内在する小宇宙の映像化だ。なんか胸にこみあげるものがあった。この作品はぜひ読もうと思うが、泣けてしまうかもしれない。
100才の土牛は自分で自由に歩くこともできず、絵を描くにも絵皿の配置など、絵を描く体勢にもっていくまでに、家族のいたれりつくせりの協力を得て富士を描き続けている。それだけ限られた世界で生きていながら、若き頃からの蓄積か、一度築かれたその広く奥深い世界は枯れることなく、老年におしつぶされることもなく、眼光鋭く、本質を描き出そうとしている。癌末期の、身を食い尽くすほどの痛みと、たびたびの呼吸困難に耐えながら「火宅の人」を完成させた壇一雄。その、死を超えるまでの表現欲求というか信念を貫き通そうとする執念。常に自分と対峙し、追求するカ、またそれを維持する力、自虐的とすら感じられるほどのカ、その力はよきにつけ感しきにつけ、周りの者をるき込んでいくが、とことん突き詰め、求めてやまない人の生き様を、鮮やかで美しいと思う。そして、そういう人を支え続けた家族も素晴らしいと思う。
壇一雄。奥村土牛。それぞれに小説、日本画と道こそ違え、死を間近にしながら、その創作活動にかける執念をもった姿勢をみながら私は、18のときに読んだ、真崎守作の「共犯幻想」という劇画の一場面を思い出していた。主人公のピアノ教師である女性が(彼女は死の床についているのだが…)、主人公にこういう質問をする。「あなた、いま一番したいことは何?」「………」半年先に死ぬとわかっているとして、そうしたら、いちばん何をしたい?」「!」「ふたつの質問の答えは同じ?それとも違う?」「……… 」「わたくし、同じだった」―。
この二人の作家は、死の直前のところにいながら、まるで20代の若者のように製作に打ち込み、いらだち、落ち込んでいく。そして「より大きな未完成に到達したい」と熱い思いを語る。そのすさまじさ。ジェネシスのライブを観たとき思った。
何かをつくり出すために絶対必要不可欠の条件は、正直であるということだ。むろん、自分自身に対して。そして素直であるということ。そのために日々、自分に自分を問い続けていかなけれほならない。しかし、こんなことばを二人にいったら、きっと「だって好きな道だもの」と少年のような目でいわれるんだろうな。兎も角よい作品でした。
檀一雄が淡々と語ることばは激しさであふれていた。「安穏な市民生活は精裨をだめにする」というそのことばとおり生きた人だった。私はわくわくしてしまう。わくわくするという言い方がおかしいかもじれないが、このような人の存在が私に鋭い修びと苦痛をもたらしてくれる。妻子をおいて他の女と転々としていたこと世間的には非道徳的なことなのだろうが、安全な場所にいることは確かに危機感を療らせる。脳みそが腐る気がすることがある。それがよくわかる。
舞踏家の土方巽さんは、死の直前、病院のベッドに立上り、奥さんや駆けつけた人々の前で踊ったという。村上進さんもガンで、いつ死んでもおかしくない体で、それを悟られずにステージに立っていたという。そして壇一雄さんは頭がぼけるからと、ガンの痛み止めを行うのを拒否して、作品完成のため激痛に耐えて口述筆記を行なった。凄絶な姿、そのノープレスに凍りつく思いがする。心臓をつかまれるような気がする。私もこんなふうに気違いになりたい。でもこれは、この人たちの日常の積み重ねにすぎないのだ。ガンだから凄まじいのではなく、ただそのように生きてきて、全存在をかけて自分になりきろうとしていた。それが表現するということなのか。倒れるかもしれないのに、それを承知で戦う激しい姿。でも盲目的に突進することと違う。私が暗示を受け、とても気になるのは、その激しさの中でふっと自分を振り返って笑っているような、何と言えばいいかわからないが、そこにある冷やかな熱のようなもの。狂気じみた笑いのようなもの。それに触れるとき、痛みを感じるくらい感動する。その張りつめた狂気を水のようにゴクゴク飲みたいと思う。
私に一番欠けていて、一番必要なものだと思った。表現することとと日常は、もろにつながっているのだ。私の毎日は安穏ではないのか。自分の甘さを突きつけられた。自分の中の何かを外へ向かって噴き出したい衝動はあっても、私は滑稽なくらい不自由だ。静かに流れていく画面を見ながら、ずっとそう考えていた。安全な場所に座ったままで叫んでみても、どこに響くというのだろう。この芸術家たちの、最感の状況の中から湧きあがる高笑いのようなもの。あの深みは何なのだろう。ぼけっと生きてきた間に、私は体中、ヒビも入らないくらいぶ厚い殻でおおわれてしまったに違いない。自分を取り戻さなければ。それには投げ出さなければ。今はただ、それだけだ。殻を破らなければ。
【現代マンガ象立志伝】
自分は最近,ほとんどマンガは読まなくなったが、小、中学生の頃はを毎週ジャンプを読んでいた。「キン肉マン」、「北斗の拳」あたりは、単行本を全巻集めている。ここまでマンガに大人も子供も夢中になる国は日本ぐらいじゃないだろうか。最近は、日本のマンガが海外で高い評価を得ているらしい。大友克洋の異常なまでの精密な描写は日本が誇る、なんて社会的枠を飛び越え、個として成り立つ世界的スケールの芸術として、一般娯楽を高めたことは確かに索晴らしい。
この時代でのリアルタイムのマンガ界の世界的カリスマは手塚治虫だ(この人は時代を超えて評価される数少ないマンガ家だから、すべてのマンガ家にとってカリスマだろうが)。後世に残るほどの素晴らしいマンガがたくさん生まれ、ダイレク卜にその影響を受けただけに、この頃のマンガ家の得るものは多かったのではないか。昭和30年頃だが、この頃はまだ子供の娯楽は少なかっただろう。トキワ荘の住民は、みんな子供みたいだった。子供の時の夢をそのまま持ち続けていたのだろう。石ノ森章太郎なんて、アイデアを練るために家の屋上にピラミッド型の瞑想室を作っていたが、こういう発想が大好きだ。
マンガ家が子供たちに夢を与えるために書いているのではなく、マンガ家自身が子供なのだ。この部分が非常に重要だ。子供ほど高い創造力をもった心は、たいてい大入になるにつれて捨ててしまうからである。トキワ荘の住民のほとんどは現代では著名なマンガ家たちだが、一人途中でペンを折った人がいた。その人の語りは妙に悟った感があったが、結局、捨てきれず陰で11年も書きつづけていた。その作品は結局陽の目をみなかったが、本人はどういう気持ちでマンガと向かい合っていたのだろう?マンガという表現形態を超え、自分の表現したいことへの夢、欲と絡ませると、根本にあるものは夢の実現のための忍耐力、これがすごく大切だと思った(一番大切なんじぁないか)。トキワ荘をここに置き換えてみると、おもしろい。
【桂離宫】
桂離宮なんて教科書で一瞥したことがある程度で、日本の古い建築物に親しんで育ったわけでもないのに、薄暗い部屋の様子に異様な懐かしさをおぼえる。湿ったようなミシミシ音がしそうな畳や、古くなった柱の木のにおいが伝わってくる。この温気のようなものは日本の個性かもしれない。
谷崎潤一郎の著書に「陰翳礼霊」という本があって、日本と西洋の文化を比較している。それが理屈ではなくて、日本の陰鬱さがどんなに我々の肌に合うかが、生活の細かい部分まで取り上げて書いてある。読んでいると本当に「水洗卜イレよりくみ取り式便所の方がいいなあ」と思えるくらい説得力があっておもしろいのだが、この本でも全体的に感じるのは湿気であった。
フローリングの生活の中にはない妙な安らぎ。日本人の大好きな「オシャレなもの」排除している湿度である。どこかの世界的な建築家が桂離宮を見て「泣きたいほど美しい」と言ったというが、私は少なくとも建物の形としては感動しなかった。確かに写真として、その外観は見慣れているが、由緒ある責重な文化遺産は偉そうに教科書に戴ってるだけで、親しみのもちようもない。
私にとっては桂離宮もエジプトのピラミッドも、距離的に大差ない。古い貴重な建築物という知識はちっとも心を動かさない。それなのに、室内の湿気を感じたとたん、ドッとこみ上げるものがあった。形ではない。時間の流れがゆっくりつくり続けてきた、おごそかな空間に感動する。300年前、ここに座っていた人のことを考える。不思議だった。古い壁、しみだらけの水墨画も、触ったことがあるものみたいにリアルだった。心が落ち着く。それは私が日本人だからなのか。