課題曲レッスン1〜5 554
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課題曲レッスン1
「おまえを あいした」
技術的なことと、感情表現的なこと、二つの要素があります。感情を入れると、のどがしまってきますので、それを技術的な部分で解放していくのです。声の問題をはねとばすだけの技術をもっていないといけません。
たとえば、声のポジションを深くとったり、声を統一しようとするほど、フレーズはつくりにくくなります。声の深さが縦の線だとしたら、フレーズは横の線です。横につないで、心地よく揺れにくくなってしまうのです。
この解決策としては、音声のイメージをもつことが大切となります。日本語という言語は、音楽的に動かしていくのが難しいことばです。声をきちんと捉えながら、同時に解放するということが、両方を兼ねそなえているかをチェックしましょう。
声の芯をつかんだ上で声になっているかどうかを確認します。そして、確実に芯をつかんだところで,余計な力を抜けば、そのフレーズが動き出します。動いてくるのを待つのです。表現についても、自分が何かを感じてくるのを待ち、感じたところで表現をします。
「ラ・ボエーム」(シャルル・アズナブール)
ことばだけで言ってみます。次に音にのせてみます。一音一音分けて音をとっていかないことです。そして「ラ・ボエーム」という1フレーズに、歌一曲分の感情がみえるほど、心を込めていくことです。どうですか。「ラ・ボエーム」、相手の心に入り込めましたか。
ひびきは使っていますが、声区のチェンジはしていません。ポジションは変えていません。すると、単にどこにひびきをまとめるかという問題になります。体が小さいから声がでないということはありません。効率よく声を出せばすむことです。
皆さんが思っているほど、発声のように声を伸ばして、ひびかせ歌っているわけではありません。ベースの声ができていれば、それをバランスをとって伝えたい音声イメージに移行させるのです。
一流の人たちと自分とは何が違うのかを、真似るのではなく、自分に置き換えてみて、自分の表現に練り込んでいってください。
「あぁ くるしい さみしい あなたへのうたに」(君を歌う)
これは、感情表現と歌のフレーズの一致が目的です。発声のトレーニングではないので、自分で声をコントロールして、メリハリをつけて表現していきましょう。「あぁ」の部分で先を予感させる歌い方をしていってください。いつも、この一言で何を伝えようとしているのか、考えて欲しいと思います。この一言にすべてをおいていく、ことばで時間と空間をとめてください。
「プレンディ クエスタ マノ」(Ziggara)
イタリア語は、体、息を使うべきところで使っているので、わかりやすく、やりやすいでしょう。気をつけて欲しいのは、のどを使わないことです。
声の芯をつかんで離します。いろいろなところにのどのポジションが移動しないようにしましょう。こうして、体と声のフレーズの動きを一致させていきます。
トレーニングしていく段階で、より体を使おう、息を使おうとすればするほど、自由にならなくなります。これは仕方のないことです。音楽的な表現は、そこから新しくつくっていくと考えてもらった方がよいと思います。
日本語の歌を歌うときは、浅く声をつくっている場合が多いです。浅いものと深いものとは、どちらが正しいということはなく、程度問題、さらに使い方の問題です。
歌を歌っていく上で、トレーニングでは、深くとっていった方がよいです。体が使えると表現がしぜんになります。体や息の入った表現に、人は強く心を動かされるからです。
歌はパワーを必要とするものです。実際、一流の人は息も深いし、声も深いために、しぜんに表現できるに足る条件を満たしているのです。深くつくっておけば、浅く歌うこともできますが、浅くつくっていると、なかなか深くすることはできません。
歌を歌うということは、走ったり体を使ったりする人間の機能そのものとは違います。そういう基本的な機能をそなえた上で、芸術的にしなければなりません。
「芸術(アート)にする」ということは、本番でいきなりできることではないので、トレーニングの段階でやっておく必要があります。
声だけのトレーニングと、声の表情のトレーニングと、同時に続けていけるのが理想です。この二つが一致して表現となっていくのです。
「芸術する」上で、ステージとトレーニングを混同しないようにしてください。ステージで観客は、体を使ったり息を吐いているところをみたいわけではありません。その人の体や息を感じられる「表現」がみたいのです。体、声がすべてではありません。体、声は最終的に表現のために必要だからやっているのです。そのことを、いつも忘れずにトレーニングしてください。
一曲より1フレーズに、1フレーズより一音に、すべての表現を込める執念をもってください。一つの音に心をこめ、集中して、そこに表現を宿らせてください。心を込めたら、すべてのことに無造作な扱いはできないはずです。
グループレッスンでやったことを持ち帰り、生かしてください。その場だけで気分が満足してしまって、帰らないようにしましょう。たとえできなくても、そのときそのときで可能な限りの表現は追究しておくべきだと思います。
そこまでやって、はじめて自分に何が足りないのかわかってくるのです。自分の力の位置づけも、めざしていることとのギャップもみえてくるのです。すると、そんなにおかしな方向にはいかないものです。
心のなかで「自分の音」というものをいつも思い浮かべて、イメージをつかんでいってください。その「心のなかのイメージ」が聞けなければ歌えないし、その歌で誰をも感動させることはできないのです。自分の歌で何を伝えたいのか、現実には何が伝わっているのかを、いつも考えて欲しいと思います。
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課題曲レッスン2 ②特別 351222
ことばから音楽に入っていくのには、いろいろな方法があります。
体を使って、1の息に1の声をつけていた人が、3の息が使えるようになると、声はかすれたり無理が生じます。これを、胸に押し込もうとすると、バランスをくずします。焦らないことです。
このバランスは、音声のイメージから整えるのが、一番よいのです。その「音声のイメージ」が今回のテーマです。
「セピアンジェ アモーレ」
(ソシ レ ソシ レ)
「セ」でおいて、「ピアン」と「モー」にアクセントをつけます。アクセントというよりは、深く体を使ってつけていくということです。1フレーズで捉えてください。三等分になってしまったり、音を一つひとつとりにいかないことです。ことばで捉えたところがそのまま音楽になるようにします。
プロセスとしては、
1.まず、ことばを読んでみる
2.大きな声で読んでみる
3.芯がもてたらメロディを感じる
4.音楽にして表現を宿す
5.大きさは声のところでつくっていく
大げさにいってしまえば「 ア ジェ モォーレ」くらいに聞こえてもよいということです。
「セピァンジェ」の「ジェ」と「アモーレ」の「ア」とわかれて聞こえないようにしてください。1フレーズで捉えてください。一つの動きのなかで転回していく感じです。
「イオ ピアンゴ コンテ ペルケ」
(シー シーーラ ソーファ♯ ファ♯ミ)
「イオ」の「イ」は「オ」のなかに入れて巻き込みます。あるいは「オ」を「イ」のなかに巻き込みます。「イオ」は押し込めてしまう必要はありません。上にあげる感覚でもよいでしょう。のどはしめないようにしましょう。「ハイ」というときと同じ感覚で「イオ」といえるようにします。
ここまでの1フレーズができると、半オクターブくらいの声のベースがつきます(差がわかるということです)。ことばでいってから、フレーズを大きくとります。音の長さを長く伸ばすのなら、縦に深くとれていないと、伸ばす意味がありません。
人の歌っているものを、耳だけで聞いていても、体がついている人、半分体がついた人、失敗した人とすぐ判断できます。そういう耳も同時に養っていってください。
「イオ」など、ことばでフレーズをつかむのが難しければ、「ラーラララ」や「ガー」でも何でもよいですから、置き換えて、先に線のフレーズのつながりを感じとってください。
「ハイ」ということばで、縦の線をとり、「ラー」で横の線のフレーズをとりにいきます。
ことばは何でもよいですが、声を動かしていくようにします。点でとっていかずに、線でとり、立体的に動かしていきます。それを、自分の呼吸に合せてやっていきます。高低ではなく、強弱で音を捉えましょう。
「ア デッソ シィ ア デッソ ケ」
(ド ドレミ ミ ミ レ ミ ファ)
「トゥヴァイロンターノ」
(ファ ド レ ミレミ)
ピアノでいうと、まず一つの音をきちんと鍵盤を押す。そしてきちんと離すという技術を、一つの音から次の音へきちんと結びつけるということです。この程度のこだわりを、ヴォイストレーニングのなかでも、やってください。
できるできないというより、やるやらないといったことで、集中力と判断力の問題です。ここまでおとして初めて、トレーニングとなるのです。
基準をもってやらないと、歌の場合、いくらでも流れてしまいます。歌ってしまわずに、最初はインパクトとパワーをつかんでいってください。徹底的に読み込んでおくことです。
「アデッソ」の「ア」のところで、踏み込みが決まります。1フレーズで1曲分の方向づけができていくような流れが必要です。
「ア・デッソ・ソ…」とカタカナのようにブツブツ途切れた感じにならないように、また、音程、リズムがみえないように、表現のなかに一体化させていってください。
自分の体の動きがみえるようにすることです。見た目にも、きちんとできている人は体がしぜんに揺れていて、できていない人は固くなっています。
音を聞いたら、自分の体で受け止め、対応していくようにしましょう。スポーツをみていればわかると思いますが、体が固まっていると何もできません。自分の呼吸に合せていかないと、表現に至りません。
よくないのは、ことばをいうと声と息が一致しているのに、音楽(音程をつける)だと一致せず変わってしまうことです。イタリア語は、クレッシェンド(だんだん強くすること)がしやすい言語なので、体に入れるという感覚がわかりやすいと思います。
「センザ ディーメ」
(ミ ファ♯ソ ソ)
こういうサビの部分は思い切りやって表現に声を一致させていきます。
日本語でもイタリア語でも構いませんが、音がとれて、音程もとれる。ことばも正しい。リズムもとれている。しかし、そこから何もおちてこないとしたら、なぜ通じないのかを徹底的に考えてください。少しでも一流と何が違うのか見抜き、できるようにすることです。
前の「アデッソシィ」と「センザディメ」をつなげてやってみます。後半の「センザディメ」の方に体を使えるようにもって、「アデッソシィ」の「シィ」は「スィ」に近い発音です。イメージ、意志でもっていき、ふくらませて、メリハリをつけてください。できるはずのところができなくならないように、できるところを土台に組み立てていってください。
「ハイ」というポジションで「センザディメ」といえるようにトレーニングしましょう。
一流を聞くときは、どこで声をつかまえて、どこで離しているのかという動きを感じるようにしましょう。また、歌ってしまわないように、イメージをつくって、感覚をそのイメージに近づけていくように、コントロールできるようにします。きれいにつくろうと考えず、深く、強くつくっていきましょう。
トレーニング以前に、体が使いやすいようにほぐしておくことも必要です。
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課題曲レッスン3 0①グレード 351219
ここのヴォイストレーニングでやっていることは、体から根本的に変えようとしていることなので、頭で理解するのは難しいとは思います。
天の声のように、ひびきからやっていくと、そのひびきらしいものをとることはできるようになるかもしれません。しかし、それで踏み込めるポップスの表現の世界というのは、日本人がこれまでもやってきていますので、限界がわかっています。
音楽、歌をやるまえに、体力、集中力と体のなかに音楽が流れているという根本的な二つのことをそなえることです。この二つのベースの上に音楽、歌があるのです。
最初は体を使おうとすると声が出ない、声を出そうとすると体が使えないというのは、あたりまえです。両立させていくのは実に難しいです。時間をかけて、体に練り込んでいき、コントロールできるようにするしかありません。それが一つになっていかないと、練習の土台にものれません。
一流になった人が日常生活で何年もしぜんに体験し、体に入っていることを、日本人は体験できていないのです。声が体に宿っていないのが普通です。このベースの部分をどこまでやれるかが、第一の課題です。ベースの部分が毎日の日常となって、声をいくら出しても疲労が残らないようなしぜんな状態になるまでにいたらないといけないのです。
ヴォーカリストは歌に生きざま、人生観(ポリシー)たるものが加われば、体力、声が多少なくともカバーができます。表現への意欲が、体力、声をひっぱってきてくれるのです。自分で刺激をつくり、聞覚や触覚で感じたことを、体のなかにどんどん蓄積していくことです。
グループレッスンで、どれだけ耳を養えるか、聞けるかということも大切です。一流を聞いて、また他のレッスン参加者の声を聞き、自分に置き換えて、体のなかに入れていってください。
「アモーレ ミオ 口づけした」
(ミミーミ ミミ レドミレド)
(「ケサラ」より)
まず、大きな声でしゃべってみましょう。このなかに、感情表現、間のとり方、体、息のことが入っています。この部分で歌に必要な約7割の要素が入っていると思ってもらってよいでしょう。この部分ができずに、歌へ入ってはなりません。
与えられた時間を大切に、一回一回で勝負する気力、意欲をみせてください。レッスンだと思わず、オーディションだというくらいに考えていくことです。常に一度きりのチャンスしか与えられていないと思って挑戦してください。
「アモーレミオ 口づけした」
(ミーーーーー レーードー)
ミレドの三音に簡単にします。この大きいフレーズに、ことばを入れていく感覚を捉えてください。
レッスンのときに、自分でなぜできないのか、何ができているのか、なぜできていないのかを把握することです。
一流の人の歌を聞いていると、わずか2分の時間に、体、声、ことば、歌はもちろん、音楽性、感性を感じるでしょう。音符の羅列でしかない楽譜を歌にしているのは、まぎれもなくヴォーカリストの力なのです。そしてその力が、ヴォーカリストに要求されることです。そのためのトレーニングです。
このために必要な音感、体、リズムをつけてください。同じ人間のやっていることです。人間の深いところに働きかける波動、バイブレーションを感じとって、自分のなかに受け入れていってください。そして、それを自分の口からパワーアップして発してください。
音声イメージのまえに、気力、体力に欠けています。横隔膜がどうなっているとか、のどがどうとかなど、細かいことに気をとられずに、表現欲をもってひたすら邁進していくことです。
こういう世界は、のべつまくなく表現しまくる世界です。それに対し、私たち日本人は、表現することに慣れていないし、そのための強靭な声もありません。表現しまくることに快感を覚えられないと、ただただ疲れるだけです。それを楽しむ気概をもつこと、そこからスタートです。
あまり細かい部分に気をとられていても、仕方がありません。直感とセンスで感じとったものを、日常の一部にしていくことです。
2年でヴォーカリストのすべてが身につくなどと考えないでください。外国人でいえば、20年分、生きて経験を積んでいった声があって、スタートラインにつけるのです。最初は役者のレベル-声が出せる、しゃべることができるところをベースにしていきましょう
。普通の日常生活を送っているだけでは、日本ではとても、身につきません。イタリア人のような感覚で、たくさんしゃべり、体を使うことを日常としてこそ、初めて音楽のレベルへ踏み込めるベースもできてくるのです。
普通以上のことをやっているから、秀れた部分に価値がつき、アーティストと呼ばれるのです。そうでなければ、普通な人なのは、あたりまえです。
アーティストとは、決して普通の人ではありません。
普通の人より量をやること、次に質にできることが普通になっている人から出てくるのです。
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課題曲レッスン4 「Silent Night」③ 361226
「サイレン(ト) ナイト(Silent Night)」マヘリア・ジャクソン
大きなフレージングをつくります。
「サァーナァー、ホォーナァー」とおいて、「サァ<>ナァー」「ホォ<>ナァー」とフレーズをつくり、メリハリをつけます。
「サ」「ホ」のところで踏み込めないとフレーズが動いてきません。まとめようとせずに、しゃべるよりも何倍も強く体をよみこんでいきます。ポジションをつかまえる力、息を吐き続ける力をつけると、ようやく大きく曲が聞こえます。
呼吸、体と一致させ、ことばを音程にのせていく感覚です。つかんで離す、つかんで離すの繰り返しです。たいへん、体と息を使います。
3行目の「all is calm」で大きく出していて、1、2行目は小さく聞こえるかもしれませんが、発声的には同じで、1、2行目も相当深いです。
最初の「サァー」「ホォー」で、どこまでひきこめるかが勝負です。自分のパワーが10あるとしたら、「サァーイレン」の部分に使い、「アァイ」は1でよいくらいの配分です。
「サァー、ホォー、オー」くらいに考えておけば大きくつくれます。
「サァー」の部分に「イレン」と「ホォー」の部分に「リィー」をつけてみます。最初に入れることができても、「イレン」「リィー」の部分でひいてしまいがちです。ひかずに、のどを開いたまま動かしていきます。
次に「サァー」「ホォー」にドーレドと音感をつけます。体にひきつけてつかみます。この1フレーズに一貫性をもっていることです。一つの線のなかに音程を入れ、動かしていきます。決して音が3つにならないようにしてください。
「サァーィ」のなかに、音符で表わされたリズムよりも、もっと細かいリズムが刻まれています。長く伸ばしている間にフレーズが宿ってきます。4拍を単純に4拍で刻んでいない一流の人との差を聞き取り、感じてください。楽譜上の音符から、音、リズムなど、すべてずれている部分に、吹き込んで読み込んで解放させていきます。
「all is calm」
「オー」と一つに捉える感覚を流しながら、「カーム」のところでフレーズをつくっています。「イズ」のまえのところまでクレッシェンドしていき、ヴォリューム感をつけます。
ヴォリューム感を出すということは、密度を濃くするということで、寸法を短くするか、クレッシェンドの角度を急にすることです。
「all is calm and all is bright」
いかに「calm」と「bright」を歌わないようにするかがポイントです。これらの部分にため息がくるくらいにします。そこで歌ってしまうと、流れが途切れてしまいます。そのために、「all」のところでどのくらい、体を使っておけばよいのかと考えていきます。
「sleep in heavenly peace」
このあたりは、ややポップな歌い方をしています。とめておいて緊張感を保ち、離すという繰り返しです。すべてレガートで歌えば、もう少し楽なのですが、フレーズのメリハリと、ためをつくるのにそうしています。
「heavenly」は「ヘバンリィ」に近いように聞こえます。「バ」のところでとめ、イメージを流しておいて、より大きく続けて「リィ」で入りこんでいきます。しかし、計算すると、だらしない感じになってしまうでしょう。このためには、きちんと体で説得しておく必要があります。方向性を決めず、単に止めると、音楽の流れもそこで止まってしまいます。
ことばを感情こめて歌うと考えるのなら、このレベルのことを徹底的にやっていくとよいでしょう。この部分から発展させていくことのできる日本人のヴォーカリストは、数多くはいませんが、本当はあらゆるロックヴォーカリストは、この部分を発展させて使っているのです。
息を吐く量、ポジションが違うため、日本人が同じように歌うのは難しいですが、こういったところで体をより使い、感覚をもっていく方が、歌としては練り込まれているように聞こえます。
ポップスを歌っている一流といわれる人たちが、いつも感情を練り込んで歌っているかといったら、意外と何も考えず、楽しく歌っていることと思います。
聞き手に伝わるのは、声そのものの音質や展開の仕方、オリジナルなフレーズにオリジナリティがあるからです。どちらにせよ、トレーニングの段階では、徹底して煮つめておく必要があります。役者より感情を込めることです。
マヘリア・ジャクソンの場合は、1フレーズだけ、一音だけでもコピーできれば、それだけで成長できるし、学べることが尽きないと思います。一ヶ所でよいから、フレージングの感覚をつかんでみることです。マヘリアよりも間をあけてもよいから、一つひとつのポイントをきちんと押さえていくことができれば、かなりの力をもてるでしょう。
まず、聞き込むこと、そして読み込んでいきましょう。体に入れないと、歌うことはできません。体に特化していないと、細かいリズムも音の感じも刻めません。自分の感覚におとして、聞いて、息の流れで出します。そのへんの呼吸を何回もやっているうちに、そのなかでフレーズがわかってくるし、自分のなかのフェイクみたいなもの(オリジナルな節、こぶし)もわかってきます。
1000回、2000回やっていくうちに、作品になるものが1、2回出てくることでしょう。その1、2回をつくっていく執着心をもってやってください。
声、体ができあがるのを待っていても、少しずつしか伸びません。それは少しずつ、歌に有利になる条件にしかすぎません。しかし、作品がそこまでのことを要求すれば、イメージから声、体はついてきます。
声、体に必要なことを、作品、歌から要求させるべきです。☆
それができないから伸びないのです。
「表現をつくる」ためのトレーニングとは、そういう意味です。
半オクターブで30秒くらいのものを作品にまとめてみて、それが一流と同じヴォリューム感をもっているかどうかをチェックしつつやっていくのが、よいでしょう。
もしヴォリューム感がなければ、どうしたらよいのかを徹底して研究すれば、歌の8割くらいができるでしょう。
体なら体、声なら声と片寄ったところばかりトレーニングする人が多いですが、体、声、歌、ステージングと、トータルに結びつけて学んでください。そうすればこそ、一流の声、体、呼吸、そして歌に近づくことができるのです。
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課題曲レッスン5 ① 360105
「タクシーに手をあげて」
初めに、大きくフレーズを感じるために「タクシー」の「タ」、「手をあげて」の「て」と「あ」だけを取り出してトレーニングします。
「ターてーあー」(ミーレードー)
体と一致するようにもっていきたいものに対して、邪魔するものを取り除いていきましょう。「タ」のあとの、伸ばしているところにフレーズをつくります。
「タアアアー」の「ア」の部分でクレッシェンド(だんだん強く)してフレーズをつくり、ヴォリューム感、メリハリをつけます。シャウトに近い息の流れ、声をつかみます。流れがあって、流れのなかでつかんでいる音そのものを動かす形です。
次に、「ター」「てー」「あー」の3つのフレーズを一つにします。この3つのフレーズは、三等分するのではなく、自分のもてる力が10だとしたら、たとえば「ター」で8、使い切って、「てー」「あー」は1ずつというように、「ター」に重心をおいて配分します。
「ター」の線が弱くなってしまい、「あー」の方に重心がいきすぎて、声、息が余ってしまっている人が多いです。最初の「ター」に重心をおいて「タァ<」となるようフレーズをつくってください。
「ター」の部分、1フレーズで「タクシーに」ということばがイメージされる、入っていく感覚です。それとともに、「タクシー」という入り方は、アフタビート(一拍目の裏)から入っているので、雑に入らないように、アフタービートを自分で(心のなかで)刻んで入ることも肝心です。
「タクシー」の「シー」を、口のなかで切らないようにし、体で切ります。SiでなくXiです。「ハイッ」と一拍で感じ、ハのなかにイを入れる感覚と一緒です。「ター」のなかに「クシー」を入れるような感覚にすれば、「タ・ク・シー」とはならないと思います。
「タクシー」の部分は、その人のパワー、力の部分がみえます。それに対し、「手をあげて」は、フレーズ、こぶしなどの自分の節、オリジナルな部分といえましょう。
自分だったらどうやっていくか、人によって違ってくるところです。
線、声、フレーズで魅力と展開をつけていないと、あるレベル以上では通用しません。声量のない部分にこのヴォーカリスト独特の節のまわし方が入っています。しかし、そのままそれを真似することではなく、自分のオリジナルな節をつくることです。
「ハッ」、「ハイッ」
息、体、声の一致するところを探します。咳をすることは、のどに負担がかかるのでよくありません。しかし、軽く咳をしてみて(おじいさんが咳をするような深い咳)、ひっかかる部分が深いところです。まず、この部分を自分のなかにみつけましょう。
背中の腰の部分に息が感じられるように、また、上半身の力を抜くために、体を前に折りまげて息だけで「ハッ」と吐いてみます。息が体に入る感覚、低く深い感覚がわかりやすいと思います。息で吐いたあとに、声をつけて「ハッ」と言ってみます。
「ハッ」が「ハァー」と間伸びしないように、体で「ハッ」と切るようにします。口のなか、のどで切らないようにしましょう。初めは、体だけでもっていく声(胸声)をつかむようにし、ひびかせない声(頭声にしない)にして、芯を捉えるトレーニングをします。
「ハイッ ララ」
「ハ」のなかに「イ」を入れる感覚です。「ハイッ」は一拍で捉えるようにし、「ハ・イ・ッ」と一つひとつに分散しないように気をつけましょう。「ハ・イ・ッ」となってしまうと、のどの操作となり、あごが前に出てあがってしまいます。口のなかで音をつくらず、深いところで体で切ります。
「ハイッ ライッ」
ことばがそのまま音楽になるようにしていきます。日本語を音楽的に処理するために、もう一つ深いところで体と一致させるイメージです。「ハイッ ライッ」というまえに、必ず自分の呼吸、リズムに合せて発することです。準備が整なわないうちに、ずさんに発しないことです。
こういうところに何年もかかってもよいのです。この部分をきちんと捉えていないと、今後、伸びないのです。これが型だからです。これだけを確実にすることすら、難しいことです。
グループレッスンで他の人のものを聞いて、自分に置き換え、耳を養い、レベル判断できるようになってください。自分が自分のトレーナーになって初めて、トレーニングできるようになります。
正しくできているときは、体の感覚でわかるようになります。そして、このベースの部分は、才能などに関係なくやればやっただけ、できるようになります。このことを押さえた上で、表現を上にのせていきます。
課題を実践するときに気をつけることは、その課題を何のためにしているのかという目的を失わないことです。このことを常に意識して取り組んでください。
そのときに、自分で自分を理解し、わかったことを煮つめ、ベースをさかのぼっていき、どこまでできているのかできていないのかをチェックしていくことです。
表現についても、なぜ曲が一本調子になってしまうのか、考えてみてください。シャウト、ことば、共鳴のバランスが一体になり、フレーズをつくっていくのです。そのフレーズにメリハリがないことと、ピークとなるポイントが押さえられていないことが、人に伝わらない最も大きな原因です。
動く点、動かない点をはっきりさせ、動かない点は動かしてはいけません。自分の感覚から動くところを捉えていきます。声量がなくても、こういうことを学べば、センスをもってメリハリ、ヴォリューム感は出せるのです。一つのフレーズから次のフレーズにどのように山をつくるのかを考えてください。
耳を養うため、表現力をつけるために一流のものを見たり聞いたりするしかありません。自分のなかにその感覚が一体化されていかなければ、入っていなければそれを表現することはできません。
一流の人たちは、表現するための色を何万色ももっています。デッサンの線も無限です。
自分との色の数の違いを知り、自分の色を増やすために耳を養うことが大切です。
聞くことのできないことは歌えないのです。
色が体に入っていれば、自分で好きに混ぜあわせ、独自の表現もでてきます。感覚のなかでも音の使い方、動かし方を学び、一拍、半拍を何十拍にも感じる繊細さを身につけてください。