一流になるための真のヴォイストレーニング

福島英とブレスヴォイストレーニング研究所のレッスンアンソロジー

トレーナーレッスン録   625

 

トレーナー特別レッスン  Y   360728
 

日本人は、ヴォーカリストを目指しているにも関わらず、自分がオンチだと思っている人が少なくありません。

 

私の経験で、このようなことがありました。習っている先生の前で歌を歌うことになり、練習をしましたが、何回歌ってもオリジナルキィより半音下がってしまうのです。

先生に「私はオンチのようです。何回練習してもキィが半音下がってしまいます。」といったところ、先生は「もしかしたら、そのキィがあなたのキィなのかもしれません」とおっしゃいました。

それで、半音下げたキィで音をとって歌ってみたところ、音がずれてしまうことがありませんでした。自分の音域を考えてみても、もとのキィで充分歌えるはずで、私は本来、声は高い方なのに、その半音下げのキィは大変低かったのです。しかし、本来のしぜんな自分が半音下げで歌いたかったらしいのです。

 

自分ではあまり気がつきませんでしたが、半音下げで歌った方が聞いている人からもよいといわれました。このようなことで、声が活かされているということは、自分を活かすことなのだと思いました。この例から考えてみても、キィの設定はとても微妙だと思います。


 自分のレンジ※は限られているが、歌いたい曲のレンジは広い。一番を歌うとよい感じだが、サビはうまく歌えない。こういう場合、最後に何をとるのかというと、たとえばキィは一番とサビの中間のキィに設定して、そのキィの低音、高音のそれぞれ3音くらいは捨てて自分のフレーズ、メロディをつくってしまうという方法があります。オリジナルの歌手がいて、その曲を歌いたいとき、そのままフレージングをまねしてもそれはコピーの域にとどまり、決してオリジナルの歌手よりよいものは出せません。そうすることは、自分にとって得ではないのです。


 もし、歌いたい曲が自分のレンジに合わないときは、自分のフレージングをつくってメロディを変えてしまうか、声が育つのを待って、ずっと長い間、その曲を歌っていくかのどちらかだと思います。
 バンドをやっている人、またはこれからやろうとしている人に言いたいのは、自分のキィに合せて演奏しないバンドはやめて欲しいということです。自分のやっていける音楽、自分のレンジに合せてくれるバンド、自分の声を大切にしてくれるバンドでなければ、バンドはやらない方がマシです。そうでないと、無理して歌うことによって、後で取り返しのつかないことになります。


 シンガーは、オンチではできません。また、私はオンチの人はほとんどいないと思っています。オンチなのではなく、音感の練習不足なだけです。練習すれば、必ず矯正されます。スケール※を歌うトレーニングを楽器に合せてして、それをテープに録音して聞くことをしていけばよくなります。体にしみ込ませればよいだけです。


 女性のシンガーで、男性の声質にあこがれて同じ声を出したいと思っている人がよくみられます。しかし、女性である自分の声を伸ばしていく方がよっぽど有利だと思います。男性のパワーをもとうとするのはよいことですが、無理して男の声を出そうとするのはよくないです。

 

自分のスタイルで、自分のキィで歌うことです。その方が、同じクオリティまでいける可能性があります。自分にないもの-例えば、男性の声、筋肉、声帯、骨格は求めないことです。もって生まれたものは変えられません(歯並びは変えて欲しいと思う人はいます)。自分に与えられたものを伸ばしていくという考え方でやっていって欲しいと思います。


 コピーをするときは、オリジナルのミュージシャンと同じようには絶対、歌えないということを先に述べました。例えば、サラ・ヴォーンビートルズの曲をカバーしていますが、アレンジもリズムも、もちろんキィも変えています。なぜ、何もかも変えて歌えるのか。それは、自分のスタイルをもっているからです。


 どのように練習をすれば、自分のスタイルを確立できるのでしょうか。例えば、ビートルズのカバー(コピー)は、誰でも一度はやっています。一流のヴォーカリストも多くの人がカバーしています。そういう題材を選び、もとの曲と違うフレーズをつくる練習をします。ビートルズのカラオケなどを手に入れて、最初はポールやジョンのようにその通りのフレーズ、リズムで歌ってみます。

 

そうせずに、最初から変えて歌ってしまうと、もとの曲がどんなだったか自分でわからなくなってしまいますので、最初はその通り、歌います。そして、そのフレーズが自分に完全に身につく前に、自分のフレーズを探すべく変えて歌う練習をします。変えるとき、すべてのメロディを変えようとするのではなく、2小節だけとかイントロだけとか少しだけ挑戦してみるのです。リズムも、長くしたり短くしたりしてみます。

このときに気をつけることは、あまり気持ちの悪い音は使わないこと、リズムがクオンタイズ※されていることです。

 

そうできるようになるには、少し理論的な勉強が必要なことと、たくさんのいろいろなジャンルの音楽を聞いて、体の感覚のなかに入れていくことが大切になってきます。ジャズなどのジャンルの場合は、どのスケールが使えるかなど勉強が特に必要ですが、ポップスの場合は、皆さんの感覚、センスでやっていくことができます。

 

ただし、判断力がないと、感覚でのせていくことが難しいので、スケールやコードの訓練をした方がよいでしょう。自分である程度、センスに自信がある人は、例えばCコードの曲にEmのスケールをのせてみるなど、冒険しながらフレーズをつくっていきましょう。


 このような勉強は、あまり大きな音が出せない家でもできることなので、楽しみながらトレーニングしてみてください。紙面上の理論だけにならず、実際に声に出して歌うということが、とても大切です。そして、自分の好きなミュージシャンのリック※を盗み、自分のなかで蓄えておくと、消化されて自分のなかから出てきますので、そのようなことも試してみてください。

 

レーニングするときは、必ずテープに録音しながらやってください。テープをとると、特に自分の弱点が明確になり、落ち込むことも多いかと思いますが、それが勉強ですし、どこか一ヶ所はよいところがみつかるはずです。よいところをみつけたら、なぜその部分がうまく歌えているのか考え、その部分を伸ばしていきましょう。


 私たち音楽をやっている人は、音楽を聞くためだけに時間をさいたりしますが、一般の人たちは、何か他のことをしながらBGMとして音楽を聞いている場合が多いです。そのときに、体にしぜんに入ってくるもの-それがリズムです。どんなジャンルの音楽でも、必ずリズムが決まっています。レコーディングのときなどは、特にクオンタイズされています。聴き手に提供できる音楽のリズムは、キープしなければなりません。


 ドラマーは、メトロノームなどを使ってリズムキープのトレーニングをして、テンポキープだけでなく、拍のキープ、拍の間のリズムキープもできます。ヴォーカリストも、ドラマーと同じようにキープできなければいけません。そのキープができないで、バラバラだと、聞いていても気持ちが悪いものです。ヘタなシンガーを聞いていて気持ちが悪いのは、そういうところです。

 

個性を出すことはよいですが、リズムがキープされていないことと、はき違えないようにしてください。とびでたあとは、きちんと戻れることが大切です。気持ちがよいと聴き手に思われるものが、受け入れられるものです。上手なバンドは、必ずすべてのパートが同じところでビートを刻んでいます。よく聞いているとわかりますし、聞けなくてもズレていると何となく気持ちが悪いのでわかります。


 リズムのトレーニングの方法は、プロの曲、しかもかなり信頼できる人の曲を気をつけて聞くだけでよいです。そのときに、どのようなリズムを刻んでいるのか、4ビートか16ビートか、どこにアクセントがついているのかなどを感じながら聞きます。そして、いろいろな種類、ジャンルのリズムを聞くことです。それから、ヴォーカリストのもつリズムを聞くのです。そうすると、どういうリックで歌っているのかもわかりやすいと思います。そして、自分もまねしてみます。


 このとき気をつけて欲しいのは、リズムのトレーニングのときはリズムのことだけに集中し、ヴォイストレーニングのことや自分の声のことは考えないことです。まねをするときは、オリジナル歌手と同じ声質、声域でやらなくてもよいです。


 そうして、一人でトレーニングしておくと、その歌を発表しなくても人前で歌うときにしぜんとそのときのものが活きてきます。自分のなかに、リズムを蓄えておくことが大切なのです。こういうことが「体のなかにリズムを入れる」ということなのです。


 歌を歌っていこうとするとき、多かれ少なかれ英語が入ってきて、ディクション※の問題が生じると思います。しかし、英会話や通訳などは、その場で発したら終わってしまいますが、歌の場合は、発音できるまで練習してから舞台に立てるので得だと思います。


 トレーニング方法は、まずメロディをつけて歌わないで、歌詞を読むトレーニングをします。なぜならば、歌詞の読みだけのときに発音を正しておかないと、メロディがついた後だとクセがついてしまい、直しづらいからです。


 このとき、例えば「This is the day」なら、一語一語長く伸ばして「ディース、イーズ、ザァー、デェーイ」とやることが大切です。そして、テープに録音して聞いてみます。その次に、メロディはつけずに、曲のリズムだけつけていいます。そして、最後にメロディもつけるという3段階、踏んでください。そして、どの段階でも、必ずテープにとってチェックしながらやっていってください。


 発音を外人にチェックしてもらう方法もありますが、歌を歌っていない人だと、会話のときと歌のときのポイントが少し違いますので、ズレたことを指摘されてしまう可能性もあります。歌を歌っている人にチェックしてもらうか、プロの曲をよく聞いて、自分の耳で確認するかのどちらかがよいと思います。


「You are the sunshine of my life」(スティビー・ワンダー)


・「the」は、口を縦長にしていう。
・「sunshine」は「anain」という母音に軽くsがくっつく程度です。sは強調しないこと。
・発音をいうときは、少し離れた人に向かっていうイメージで。

(シャウトしなくてもよいが大きな声で)

その他の単語
「my」…母音の「ai」に「m」をそえる。「む(も)あ~い」という感じ。
「of」…オとアの中間の音声で。
「wanna」…「ア」を口をあける。「nobody」の「body」の部分も同じ。

 きれいに発音しすぎると、歌が固くなってしまいます。また、歌の場合、子音を強調しすぎても歌えません。母音から、トレーニングするとよいでしょう。
 発音は、本来、耳の問題です。よい外人ヴォーカリストの歌をよく聞いて、その発音をまねするとよいです。オペラはよいでしょう。その他、カーペンターズ、ケヴィン・レトーなどはお勧めです。


 自分の愛する音楽があると、なかなか他のジャンルの音楽を聞かないものですが、いろいろなジャンルの音楽を聞くことは、自分のプラスになります。ヴォーカリストの場合「耳を育てる」ことは、とても大切なことで絶対、必要なことです。耳を育てなければ、よい音楽はわかりません。歌うことによって歌を知ることと同じように、聞くことによって聞くことを知ることです。


 他のジャンルの音楽を聞くとき、そのヴォーカリストがどういうフレーズをつくって歌っているのか、また、どこかよいところがあればなぜよかったのか、わかるまで考え続けてください。それがわからないと勉強にならないし、自分に何も残りません。このとき、答えがみつけられていれば、他の曲を聞いたときに倍以上の答えがみつかります。


 学ぶとき、一つのことだけ偏って勉強しようとせず、バランスよくやってください。歌は、すべてのバランスが保ててこそ、魅力あるものになるのです。


 歌詞を覚えることが苦手な人がいます。歌詞をみながらステージで歌っている人をよく見かけますが、基本的には覚えて、見ずに歌う方がよいと思います。なぜなら、歌詞を覚えたことが自分への自信につながるし、何よりも心から歌を歌うことができるからです。自分の心のなかで自分のものになった歌詞を歌う方が絶対、パワーがあると思います。

 

もし、本番で間違えてしまったときは、慌てないで歌い続けることです。ステージは、そうすれば気づかれません。もし、忘れてしまったが歌わなければならないときは、スキャットをしてしまいましょう。ライブのとき、スキャットができると便利です。これは、場数を踏んでいけばできるようになります。

 

皆さん、人間なのですから、忘れてしまうことはあります。忘れても落ち込まずにもう一度、覚えなおせば、今度は一生、その歌詞は忘れないでしょう。ライブでは、今までのトレーニングのこと、歌詞のこと、ハンドとの兼ね合いのこと、すべて忘れて何も考えず自由に歌ってください。

 

いろいろ不安もあるでしょうが、ライブはどれだけ自分を相手(聴き手)に与えられるかということなのです。出てしまったら、思い切って歌ってください。


 最後に、自分を信じて毎日を過ごしてください。ミュージシャンには2種類あって、才能で伸びていく人、努力で伸びていく人とが半々くらいだったりしますが、伸びていくうちに才能が芽生えてくる場合もあります。

 

しかし、今は余計なことは考えずに自分の声にめぐりあうよう努力し、その声を伸ばしていくことだけに集中してください。それには、自分の日々のトレーニング、自分への自信、勇気が必要です。日々トレーニングしていて、だんだん悪くなっていくことはありません。

 

うまくいかないときがあっても、経験を重ねていけばよくなります。自分に与えられたものをよく知り、しぜんに反逆せず歌い続けてください。歌は、歌っていかないとわからないし、うまくなりません。がんばって歌い続けてください。

 

 

<Q&A>

 

Q.外国と日本の違いについて


1.マナー、価値観 2.ミュージシャンシップ 3.フレキシビリティ※

 4.環境、治安 5.生活の手段、物価 の違いがあげられます。

 

マナーは、スタジオなどでのレコーディングのやり方も違い、シンガー、ミュージシャンのやりたいことをとり入れてくれますが、日本はプロデューサーがわりとしきっています。またミュージシャンシップも、マナーに通じますが友情があり、知らない人同士でも助けあいます。

 

日本人は、わりと我が強く島国根性があるように思います。しかし、助けあうことは自分を成長させます。日本人はプロテクティヴ※する人種な感じがします。そこから解放し、自分から飛び込んでいくことが自分を大きくする道だと思います。そして、さまざまな変化を恐れず受け入れることです。ただ、日本でそうしようとしても、まわりがそうではないので難しいと思います。

 

フレキシビリティも、日本にはあまりないところだと思います。自分をフレックスに変えていくことは、人の言いなりになることとは違います。お互いに自分の意見をぶつけ合えるということです。自分の意見を頭ごなしに「NO!」と言わず、そうしていける方向で考えようと必ず言ってくれます。環境については、ロスはスタジオでも喫煙、禁煙はきちんとわかれています。

 

 アメリカは、目の前での空気の汚染がありません。ニューヨークはロスより吸っているようです。治安は、危ない場所もありますが、そういう危険区域に行かなければ大丈夫です。夜は基本的に一人で歩かない方がよいですが、行き先まで車で行って、きちんと定められた駐車場に止めれば大丈夫です。

 

 ロスは、日本人のコミュニティ※が多いので、日本語を使って日本に住むのと同じように生活することもできます。日本人のホームレスもいます。普通の常識と判断力があれば、大丈夫です。物価も安いですが給料も低いので、生活を支える手段を確保することが必要です。それから、ビザの問題もあります。


Q.アメリカへ行こうと思ったきっかけは?


 自分のやりたい音楽が洋楽だったからです。ミュージシャンなら自分のやりたい音楽の場所へ行ってしまいませんか? アフリカ音楽がやりたければアフリカへ行くと私は思います。私のやっている音楽は、教会音楽、ゴスペル系ですが、アメリカはキリスト教の国なのでとてもやりやすいです。


アメリカのお客はどんな感じか? 


 グランジ系は、若者がマリファナを吸って、なんでも音さえなっていればよいという客が多いので別ですが、一般的に、反応は厳しいものがあります。LAは、サルサ系が多く、歌がヘタでも演奏が大変うまいので観客は踊り出します。ジャズ系のレベルは高く、また黒人は耳がとてもこえていますので、一筋縄では満足しません。たいてい受け入れられません。ただ、自分に才能があって、それを認めてくれる目のある人々のところで歌えば大丈夫です。

【ことばの注】
レンジ(range)…声の届く範囲。音域のこと。
スケール(scale)…音階
クオンタイズ(quantize)…レコーディング時などで演奏のタイミングを補正すること(リズムがよれないように、あるガイドを設けて、それに合せること)。
リック…自分の歌い方。フレージングのこと。
ディクション(diction)…ことば使い。発音。
フレキシビリティ(flexibility)…柔軟性。融通性。
プロテクティヴ(protective)…保護すること。ガードすること。
コミュニティ(community)…共同社会。~街。

 


<福島コメント>
 

先ほどの話にもありましたが、自分より上がいると思うこと自体、上にはいけないのです。日本人の弱いところは、団体から一つとび抜けないこと、線をひいたらそこからはみ出ないところです。

外国人だと、自分が自分がと前へ出てきます。歌がうまく歌えなくても、声がなくても、とにかく前へ出ることです。そして、前へ出てできなかったことが足らないことだと思って学べばよいのです。


 特別講座は、ここで普段やらないようなことを学んでもらうために開いています。

この空間とここにいる時間をもっと利用して自分の身にしてください。

 

先生と生徒という隔たりをつくらず、同じ人間、体を使って歌っているのです。ただ、トレーニングの度合いが違うだけなのです。これから伸びていきたいのなら、学ぶ意識はトレーナー以上にもっていなければなりません。
 力がある、なしは、今日という「場」に対し、1曲用意してくるのか、もしかしたら5曲くらい聞いてくれるかもしれないというチャンスを考えて、普段から何曲もストックしているかの違いです。

もし、ステージという場で1時間、もらえたとき、何曲そこで歌えますか? 

 

チャンスは、いつやってくるかわからないのです。声がある、ないは全く関係ありません。

声を学んで歌っていきたいという人が、声ができてから5年後に歌おう、それまでは歌わない、曲のストックがないというのは、おかしな話です。

基本はやらなければいけませんが、だからといって他のことをおざなりにしていたら、何のための基本かということです。
 どの場においても、自分を「お客」にしないことです。自分が主役という意識に早く切り換えてください。