教材 通信課題 299
毎日のトレーニングメニューをつくる
(三十分程度)を、なるべく詳しく書いてみよう!
(一例)
。子音のトレーニング1〜4…(ロックヴォ—カル実力派宣言《以下、実力派宣言》P93〜97)
あいうえおの歌(力)〜(ワ)
。レガ—卜のトレーニング…(実力派宣言P88、89)
。ハミングのトレーニング…(実力派宣言P1OO)
。ひびきのトレーニング…(実力派宣言P1O1)
。1オクターブをそろえるトレーニング…(実力派宣言P1O4)
。シャウトのトレーニング…(ロックヴォ—カル実践講座P95、96)
。高音のトレーニング…(ロックヴォ—カル実践講座P1O5)
なわとびをしたり散歩をしながら、呼吸のトレーニングなどをすることもよい。
教材
「ジョニーへの伝言」
。曲の印象
- どんなところに共感を覚えるか。
・男性に比べると、女性の方が強いのかもしれません。「わたし」は二時間待って寂しさを感じながらも「ジョニー」を振り切ってこの町を出ます。もしも逆の立場で「ジョニー」が二時間待って、彼女が来なければ迎えに行ってしまったかもしれません。
この歌の状況では「ジョニー」の彼女への気持ちが薄れたのかもしれません。また「ジョニー」には好きなのだけれど別れなければならない理由があったのかもしれません。特に共感を覚えるのは、いつも感じていることなのですが、自分が相手を好きでも、もう好きでなくても別れというのはつらいということです。これから強く生きて行こうとする「わたし」にも「気がつけばさびしげな町ねこの町は」という歌詞からそのことがうかかえます。また、女性には男性にない強さがあるというのも共感を覚えました。
・いちおう待つだけ待ってみたが、その人は現れず、結局そこを去ることになってしまうところ。
・「友浬に伝言を託した「私」の気持ち。少し未練があるようだ。
・この主人公が、強がっているのかも知れないけれど、引きずらないで前だけを見て新しく出発しようとするところ。
・「ジョニーと私」にいったいどんなことかあったのかは、わからないが「私」がジョニーや自分の生まれソルフェージュ脱た町を忘れようと旅立とうとしているところに共感を覚えました。
・ジョニーを愛してる「私」が、ジョニーの来てくれることを信じ、二人で生きていくことに賭けたがジョニーは答えてくれない。そして、一人さみしく町を出る気持ちを友逹に伝えた。ジョニーに「心配しないでさよなら…」と。
・別れの歌なのですが、主人公が悲観的になっていない。内面のさびしさを見せたりするけれども、強く前向きに生きようとする所がよい。
・ジョニーに対して「わたし」は未練がないわけではないのに、きっぱり別れて新たな道を選らんだ潔さ。
2)この三人のなかで私は誰に似ているか。
・自分自身では「ジョニー」だと思います。
今まで楽しく二人が過ごしてきて、それがあたりまえのことになってきてしまう。「ねえ、今日会いましょうよ」「俺、忙しんだ」という会話だって最初の頃はなかったでしょう。そうした日々が続いたある日、「私たちこれからどうするの。○○時××で待ってるわ。来なかったらもう二度と会わない」と彼女に言われます。「ジョニー」の場合はどうしたのでしょうか。
実際に私は車で家を出ました。首都高は渋滞でした。もう一度やり直すつもりでしたが待ち合わせの時間には首都高の上でした。これが最後の答だと思い彼女は去ってしまいました。この曲ができたときに、どのような渋滞があったかどうかは知りません。ただ、今この歌を聞いてみると、そんな気がするのです。
・「わたし」。何かあると自分から身を引くが、なにかふっきれないところが残る。
・「わたし」
・はつきりとしたカタチをとらず、見せに来ないことで答えにしてしまったところが、「ジョニー」と似ているところかも知れない。相手に選択をゆだねるという身勝手な方法で。逆かな。
・「わたし」に似ていると思う。
・「友達」
「わたし」です。わりとあきらめが早かったりするので。
・「友達」
3)この曲を歌ってどんなことを伝えるか。
・どんな場合でも感じる別れるときのつらさやかなしさと、女性の強さ。
・今までの思い出を、恋人をすてて新しいものに向かおうという心情と昔のものを捨てようというとき、未知なるものへの不安と過去へのなつかしさと共にさみしさを思いうかべるその気持ちを中のよい友を通してしか伝えられなかったということ。
・強気な言葉の恨に含まれた寂しさ。
・一つの恋が終わって傷ついても、自分の人生というものの存在を忘れないでほしいということ。自分で答えを出してみることもできるということ。伝えるというか、そういうことをこの曲を通じて感じた。
・「わたし」という人は、着にジョニーが好きだったんだって、だけど、ジョニーは違った。人には出会いがあって別れがある。そんなことにくよくよせず生きていこう、だけど「わたし」は最後までジョニーを忘れることはないだろう。
・ジョニーへの想いをあきらめ淋しく町を出る気持ち。
・人のすれ違いによるもの悲しさ。
・ジョニーときっぱりと別れる決心をした「私」とそこに見え隠れするジョニーへの思い。
4)歌うときどんなことに気をつけたか。
・実際には、うまくできなかったような気がしますが、姿勢を保って声をきちんと出すことと、音程に気をつけました。まだ表情やことばまではできませんでした。
・気持ちを込める。声質をなるべくきれいに。
・「言葉」を侶えられるように。
・録音するとき、風邪をひいてしまっていて、気をつけるというよりもなげやりになってるかも知れない。
・「わたし」の気持ちになって歌おうと思った。音程がうまくとれないので、とれているのか気にしながら歌った。
・淋しさを出す。一本調子にならない。
・あまり悲しそうに歌わないようにした。
・「友達」に話しかけるように歌うこと。
5)これから克眼しなければならない課題
・まずきちんとした維持音をつくること。毎日、腕立て伏せと饗と呼吸練習をやっているが、「ハッ」といったスタカートは比較的声が出やすい(「ラッ」は少々出にくい)。レガ—卜になって「ハー」となると空気がもれる音がする。
スタカー卜でも当たるときとはずれるときがあり、空腹か、満腹かでも違ったり、その日によっても違う。課題は山ほどありますが、「ハー」というレガー卜で練習を続けていると以前程ではないのですが、まだのどにかかってしまい、のどを痛めそう。
・自分の込めたい感情が歌にあらわしきれない。高音があやしい。安定感がない(声質、音程を含め)。
・母音Uの発音と全体的に「苦しそう」に歌っていること。所々で、声が裏返っているので、声の器を広げなくてはならないと思いました。
・声を支える体をつくる。高くても頑張って声を出す。練習時間がちゃんととれるように、自分で生活の中のリズムをつくる。歌うとき、荒っぽすぎるので大切に歌う。声が鼻を通らず鼻のつまったような声になっているのでそれを治す。(自分では意識していないので、どうすればよいのかよくわからない)。歌の中にもっと気持ちが入り込めるようになる。イライラしても自分の歌を客観的に聞く。自分に対して言い訳をつくらない。
・高音域を出すときが大きくなってしまう。
・声、感情が全然コントロールできない。(自分の声をしぜんに出せれば…。)
・歌の世界に入り込んでそれを表現すること。
・声をのばして安定しない、生きが切れそうになることがあるので、もっと体をつくっていかねばならない。音程、リズムを正確に歌う。感情を入れて歌う。
6)気がついたこと、身についたこと
・まだ声が体についてこないし、その日の調子によっても差がある。このテープを録った日はのどにかかってしまったようである。自分の歌をテ—ブに録った場合に「言葉」が耳について、うるさい。高橋真梨子の場合、表現がむずかしいが「言葉が言葉でなく、耳障りでなく、サラッと聞こえる」ように思えた。
・自分の歌に対する甘さ。練習不足、歌の下手さ、不安定さ等。
・それでも以前よりは声の器が広がったと思います。
・今月は、生活のリズムがうまくとれず、練習もほとんどできなくて、柔軟体操すらやらなくて、不安も感じていたけど、録音するときに風邪をひいてしまって、もう、本当にただただ声を入れたというカンジになってしまって、とても情けなかった。
毎日毎日少しずつでも続けてやることが本当に大切なんだ、というのが痛い程わかった。トレーニング中心の生活にしたいのはヤマヤマなのですが…。
・言萎をのばすところをていねいにのばすのが大事だと思った。
・声のコントロール、感情のコントロールが難しい。身についてはないが詞の大切さ。
・男の私には女性のヴォーカル他派歌いづらい。気持ちが入れにくい。まだ音域があいまいな私には、この曲は歌うことだけでせいいっぱいで、感情を表現する所までいけない。
・一つの歌でも歌詞の意味をじっくりと考えて、深く理解しないと、本当の感情表現はできないということに気がつきました。これから、ただ歌詞を読むだけでなく、その世界に入って歌うことを少しずつ身につけていきたい。それをできるようになったことが身についたことです。
◯発音と聞き取りのトレーニング
1 べボ ビュギ チベ マヤ ビヨバ
2 ミャド ナル ユサ ム二ヤ トヒ
3 アジョ リョザ フゲ ニュゼ カソ
4 イチョ ジュミ ヨケ ハロ メヌ
5 ギョへ テモ オリュ セツ キタ
6 ノビ シュビャ ゾショ バビ ウラ
7 ニョワ 二チョ ヒャレ ボデ ゴシ
8 ヒュギャ クダ キョシャ フヒョ ビョリ
9 ジャネ エズ ギョホ ガリャ ミュジ
10 チャグ ビャコ ブキャ キュビュ スミョ
吹き込んだ後、それを聞いてチェックしてください。