一流になるための真のヴォイストレーニング

福島英とブレスヴォイストレーニング研究所のレッスンアンソロジー

レッスンレポート トレーナー、スタッフ 215

レッスン  byトレーナー、スタッフ 215

 

ゴスペル特別講座 GOSPEL

Q&A

鑑賞レッスン

歌詞を読むことを軽視していませんか

今回の課題「恋人よ」

鑑賞のために【マイケル・ボルトン

 

 

 

 

  ゴスペル特別講座 GOSPEL

 

CHOIRで歌ってみよう。

このCHOIRの主旨

今まで、ゴスペルというMUSICを聞いたことがありますか。

きっと一度くらいは、なんらかのかたちで聞いたり、みたり、しているはず。例えば、映画ブルースブラザーズの中の、James Brownが、牧師に扮しているあのシーンやついこの間のグラミー賞受賞式の時にも、CHOIRらしきものが、出ていたし、ミュージカルMama,I want to singなんか、正にGOSPEL CHOIRの物語だったり、ゴスペルはいろいろな形で、日本に入り、脚光を浴びています。

きっと、このゴスペルへの、みんなの印象は、powerfulとか、emotionalとか、声量だとか、凄いビート、といったところでしょうか。では、どうして、同じ人間なのに、ああも、違うのでしょうか。疑問をもちませんか。何故、あの歌に、あんなにpowerがあるんだろうかと…

 

「黒人シンガーとは、体が違うよ。骨格も、筋肉も。jと、あなたは考えるかもしれません。しかし、それだけではありません。大きな違いは、環境なのです。多くの黒人は、子供の頃から、教会に通い、あの音楽を耳にして、口ずさみ、そこで、育つのです。そこであのリズムを得て、歌いかたを身につけるのです。ソウルやラップや、ディスコなど、現在のポピュラーな黒人音楽の原点が、ゴスペルにあるというのも、お分りにいただけるでしょう。しかも、ゴスペル自体も常に新しい要素を取り入れ、スタイルとしては、かなり、バラエティーに富んでいます。それはまた、おいおい紹介するとして、次に、彼らの、あの、エネルギーを作り出している、大元についておはなししましょう。

ゴスペルの根源、それは、心、精神力です。

ゴスペルの歌の内容は総て、神=JESUS CHRISTについてであり、その自分の気持ちを表現するために、歌っているわけです。要するに、歌の前にその、強い思いがあるのです。そうですよね。自分の中に力強い気持ちがなくて、どうして、力強い歌が歌えましょう!それを、自分だけに留めないで、みんなで分かち合う…みんなが、そこで、自分を出しているのです。そうして、もっともっと、心を強くしていくのです。それが、あの、POWERの、源なんです。

さあ、こののCHOIRで、そんな彼らの魅力に触れ、実際に自分で体験してみることで、その本当の良さをわかり、自分のものにしていきましょう。また、いろいろな人たちと一緒に歌うことで、いろいろなプラスがあるはず。

 

ゴスペル特別調座の一年間

まず、半年後のライブに向けて練習

一年後には、教会でライブの予定。

・Warming up

・DICTION:一人で歌う事と違うのでクリアーなディクションが必要

・リズムトレーニング:黒人音楽特有のノリを体得

・各パートごと練習:ユニゾンの大切さ

・全体で練習:ハーモニー

 

時々ゲストなども呼び、一緒に指導してもらう。

半年後には、オーディションにてソロ・シンガーを起用します。

曲によって別々のソロ・シンガーを選びます。

 

 

 

Q&A

 

 

Q.Cmajorがドミソという和音ならば、ドファラは何というコードになるのでしょうか。

コードとはいわゆる和音のことで、テンションとは、その音を足すと音がおもしろくなる、味が変わるということなのですか。

 

A.コードとテンションの定義はあっています。

ドファラは、ファをルー卜としたFmajorというコードです。

ファ(TONIC)ラ(3rd)ド(5th)。コードでは、音名は英語を使ってください。また、ドレミは音階として使っていきましょう。

ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド

  C D E F G A   B C

 

 

Q.喉に負担をかけないためにはどうしたらよいのでしょうか。

息を深く出しても、喉に当たってしまいます。

 

A.歌っているときも、喉はいつもリラックスしてください。

力を抜くことを意識するか、または「喉なんて使っていない」とイメージしましょう。

手で顎の後ろや首の喉の(声帯)周りの筋肉をおさえてみれば、力が入っていることがわかります。

リラックスするようにしましょう。うまくいかないときは、一時中断しましょう。

 

 

Q.ラップでは、楽譜では同じ音なのに、どうして音程が違うのでしょうか。

 

A.言葉を一つ一つさらに細かく分析すると、その後を構成している一音一音(一字一字)になりますね。

それは、それぞれ違う音であり、音が異なります。

cho-co-lateは、ただchoが強いのではありません。同じ音程で、cho-co-lateと言ってみてください。不自然です。それと同じように、生きている言葉をリズムにのせたラップも、微妙に違う一つ一つの音からできているのです。

 

 

Q.なぜ音符を使う代わりに、スラーやタイを使った方がよいのでしょうか。

 

A.音符を使うか、タイを使うかは、メロデイの状況や、作曲者、記録者のセンスによって決まります。スラーは音をつなげるためには使えません。中には、音符では表せない細かなリズムや、音の長さの微妙なものも出てきます。たとえば、基本的なスラーはAですが、Bのように複雑になってくると、この二つの音のコネクションを実際の音符で記すことは困難です。状況に応じて、タイと音符を使い分けてください。

 

A ♩ ♩           B ♪ ♩ ♩ о

   ‿       ‿  ‿

 

 

Q.体を使って声を出す時、首から上に力を入れないで出すと発音がはっきりしないし、声がこもってしまうのですが、やっぱり体は使うが口は大きく開けて何を言っているのか、相手にはっきり伝わるようにするべきでしょうか。

 

A.発音がはっきり伝わることで、声がしっかりと出ることとのかねあいの問題です。言葉ははっきりと伝わらなくてはならないのですが、それを口先の発音で処理してしまいがちになると後に伸びません。脱力の上で、どのくらい深く声が捉えられるかということ。そのうえで言葉を磨くことだと思います。

 

 

Q.まわりの迷惑になるので、家では大きい声を出せません。息だけでその日のトレーニングが終わってしまうのは不足でしょうか。

 

A.本当は少しでも声を出して確認できるのがよいのですが、息のトレーニングでも体の鍛錬にはなります。昼休みとか休日とかで、声の出せる環境をつくってみてください。

 

 

 

Q.太い声を出そうと意識すると、曲を歌った後、ノリが重たいと言われます。リズムをはっきり刻めばOKでしょうか。

 

A.太い声だからリズムが悪くなるということはありません。意識が声から離れていないから重くなるのです。トレーニングとその目的、ステージを混同しないようにすることです。

 

 

 

ーー

 

鑑賞レッスン  トレーナー

 

 

闘牛士の歌(A’)

ピーンとはったまま、ゆらぎのない声を持続させるには確実な腹式呼吸が不可欠です。

 

恋とはどんなものかしら(どこでも可)

音程をきっちりと歌っています。音と音のつながりは階段のようにカクカクとしています。

 

わたしの名はミミ(冒頭)  レガー卜に歌っています。

 

妹よ、ごらんなさい(メゾ・ソプラノが長い間のばす部分)

長くのばさなければならないときは、あまり大きな声を出さないで、のどの力を抜くとうまくいきます。

 

何でも屋の歌(しゃべりの部分)

これだけの言葉を歌にのせるのは至難の技ですが、腹式呼吸と、のどや舌、口のまわりなどの力を抜き、有効に動かすことで可能になります。

 

衣装をつけろ(Ridi Pafiaccioのところ)

悲しい音色です。また強い音色です。

 

夕星の歌(どこでも可)

優しい音色、やわらかい音色です。

 

復讐の心は地獄のように(ハイFが連発される部分)

人間の声はこんなに高くまで出ます。まるで笛のような透き通った声です。

 

誰も寝てはならぬ(Vincero!)

クレッシェンドしてゆくに従い、緊張感も増してきます。

 

魔王(できればジェシー・ノーマンのもの)

父、子、魔王の語り手の音色が使い分けられています。歌詞がわからなくても誰の声を歌っているかわかりますね。

 

ハバネラ(冒頭)

半音階もしっかり音程をとれば、きれいに聞こえます。この基本ができれば、ほかの曲でもきれいな音程を保ちやすくなります。

 

 

 

歌詞を読むことを軽視していませんか

 

通信では毎回、歌詞をテープに入れてもらっていますが、

ただ読んでいるだけの人がかなり多いようです。

ただ読んでいるだけというのは、ハッキリ言ってしまえば、「棒読みである」ということです。

歌詞を見て、それを目で追いながら口でその文を言っているだけなのです。

とても読んでいるとはいえません。

多分、皆さんは歌を歌うとき、歌詞について深く考えたことはなかったでしょうし、歌詞を音読するなんてこともしなかっただろうと思います。歌詞に感情をつけて読むなどということは照れくさかったり、どう読んでいいかわからなかったり、なんとなく変な感じがして最初はとても抵抗があると思います。

でも、とりあえず何でもよいからやってみることです。まず第一歩を踏み出さなければ、それ以上伸びることはないのです。

はじめのうちは自分が思っているよりも、実際にはずっと表現が小さく浅いはずです。でもそれは仕方のないことだと思います。今までやっていなかったことを実行しようとしているのですから。

何となく読み方がわかってくるまでには時間がかかるかもしれません。でも詞を理解するための一番の近道であると思います。歌を歌うことの基本として詞を読むということも加えて考えるようにしましょう。

 

 

今回の課題「恋人よ」

 

主人公は、心の底から愛していた恋人を失った悲しみと、そのことによって変化した自分の世界での事実、そしてその事実を信じたくないという葛藤や苦しみの渦のなかに巻き込まれている状況であるといえるでしょう。

一コーラス目では、昔に別れた(ごく最近ではないでしょう)恋人へのいまだに断ち切れない思いがつのり、恋人に戻ってきてほしいという気持ちが痛いほど伝わってきます。

ニコーラス目では、マラソンをしている人を見たことによって現実に引き戻され、過去を断ち切ってしまわなければいけないということに気づくが、どうしても忘れられない思いを歌っています。

 

 

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鑑賞のために  by  京都スタッフ   

 

 

【マイケル・ボルトン

 

声を学ぶのは当然だが、その方法論を通じて様々な哲学を学ぶことになる。物事を成し遂げてゆくための「成功哲学」を身につけ、実戦していく人間が敗北者で終わることはない。

ここでいう「成功」というのは単純に精神世界でのみ定義されるものではない。大好きな仕事、目標に身を投じながらも、充分な富を得ることがでぎる状態。近代社会では、それを成功と定義してよいだろう。その上で、博愛の精神を身につけることが出来るかどうかは本人次第である。

 

ところで、特にこの世界でがんばろうとする人には少なくとも三つのリスクがつきものである。

第一に、当面の報酬が低いということ。第二に、家族や周囲の人々に批判されることに対する恐怖。

第三に、自分の将来に対する不安感である。

しかし、自分自身の成功を確信している諸氏には、これらの不利をはじきとばす二つの哲学が用意されている。

 

以下「THINK & GROW RICH by Napoleon Hill」の日本語版からの抜粋である。

「好きな仕事を目指すこと自体によって幸福を得る。これは最高の報酬であり、金では買えないものである。」

「好きな仕事は、目先の収入はともかく、生涯収入では決しておとらないだろう。むしろ好きでもない仕事よりかなり上回ることだろう。なぜなら、愛情をもってする仕事は、そうでない仕事をするのより、質・量ともに優れるからである。」

 

このことから逆に考えてよると、最も最悪なのは、好きな分野に片足をつっこみつつ、しかしそれに熱意も愛情も注がない場合だということがわかる。

ここに来ていながら、大して歌や声について取りくんでいないメンバー諸氏。

今のあなたは普通以下の敗北人生を歩みつつあるのだ。

自信を持って将来のビジョンを描けないのは、

実はあなたが大して努力していないからではなかろうか。

 

 

今回は、グラミー最優秀ヴォーカル賞を二年連続で獲得したマイケル・ボルトンの曲を取りあげる。

最近ようやく、あの卓越した歌唱力でメジャーに踊り出た彼だが、デビューは二十年以上も前のことである。現在、ソウルシンガーとしては最も油ののっている年頃である。

彼の全力の「カミナリヴォイス」を堪能したい、という方は、「ジョージア・オン・マイ・マインド」を聞くとよいだろう。

ただし、彼の歌を聞く場合、今の自分の能力とはしっかり区別しておかないと相当に落胆する。

アメリカのプロテニスプレイヤーのアンドレイ・アガスイーに「マイケルはどう見ても運動選手タイプだ。だが彼は歌を歌っている」などと言われるくらいなのだから、まず体からして相当違うと考えられる。

 

どのみちある程度、体の訓練を過去に積んでいる人は、歌唱に際して有利な点を一つ持っていると考えて問題ない。ただし、種目によって必要な筋肉が異なるから、当然歌うのにはそれ用に特化された筋肉なりテクニックなりが必要であることは言うまでもない。

歌には強い体が必要だと理解して、何らかの体力トレーニングを日々習慣づけることにしよう。(バレーボールが歌にいいという専門家の報告もある。)

さて、彼の歌はどれを取っても一様に音域が広く、自分の声域にもってきてもかなり歌い切るのに苦労する。しかし逆に考えると、そうした場合、いかに高低にわたって質のそろった声が必要かということを明確な形で思い知らされることになるから、非常に重要な試みの一つとして取り組む価値はある。

 

 

この胸のときめきを』『いざないの夜』より

 

アルバム『いざないの夜』には、あのオーティス・レディングの不朽なる名曲「ドッグ・オブ・ザ・ベイ」もカヴァーされており、スタンダード好みの人にはこたえられない味のある一枚である。特に作曲をする人にとっては二曲目の「ウェイト・オン・ラブ」のリズムとメロディーのからみなどに触発をうけるかも知れない。このアルバムの中盤を飾っているのが、今回の曲「この胸のときめきを」である。

 

この曲を選んだのは、意外な理由からである。まず一聴してみてほしい。五年ほど前に大ヒットしたバラードだから知っている人も多いだろうが、そういう人はいっそうその理由を知って驚かれることと思う。実はこの曲、必要とされる声域の狭い曲なのである。

 

調べてみると、ほんのわずかの例外の部分を除いて出だしからサビの最後までが、たった八音の中におさまっているのだ。

たかが一オクターブ、されど一オクターブである。ここまで大きなスケール感を盛り込める一オクターブの可能性を無視するのは大変な損失であると言わねばならない。

今回は、いかに狭い音域内でメリハリをつけて大きく聞かせてゆくか、ということを主眼に置いて、それ以外の要素を極力控えて研究してみることにしよう。

 

出だし。非常に美しいフレーズが撫でるように語られる。

“一時は僕らの夢が終わってしまったかと思った。二人の中は冷めきったかに見えた”

語りの内容は状況説明もしくは回想である。この中に何ら感情的に高ぶる理由は見あたらない。この過去の件に関して、話者がある程度、冷静であることが表現されている。

 

なぜ、そう表現されるのか。それは次のフレーズに明らかにされてる。

“なのに、今また僕らは、あの頃と同じように愛しあっている”

逆接の内容である。論の流れの転じるドラマティックな瞬間なのである。だからこそ話者はここを強調したい衝動にかられ、結果としてそれまでの流れより多少力むことになる。

 

どうやら、現在は恋人同志の仲が再び戻っている、ということらしいので、以前に仲たがいの時期があったことに対しては冷静なわけである。この後、さらに状況の進転が語られてゆくのだろうか。二人の仲を維持してゆくという決意表明が述べられるのだろうか。

 

“ぼくも君も決して諦めようとしなかったからだ。オレたちならどんな困難も乗り越えていけるよ”

決意表明が来た。ここは、逆接部分の理由を明らかにしている非常に重要な内容となっている。

「こうだった。しかし、こう変わった」と言うだけでは物語として全く興味をそそられない。「なぜ、そう変わることができたかと言うとですね、実は・・・」というお約束をうらぎらないことがここでは功を奏している。

 

さて、この部分が実際のところ、曲中で最もテンションが高くなっており、サビに入ると、ある程度もりあがった状態をキープしつつ安定飛行になる。「起・転・決」の構成が、歌詞だけでなく、メロディや歌唱法にまで行き届き、三味一体となって物語としての完成度を極限にまで高めている。

 

おもしろいのは、曲の後半で変則パ夕ーンのコーラスが六フレーズ導入されている所である。

それまでは、Aメロで状況説明から展開まで。Bメロでその原因を明らかにし、Cメロ(サビ)で決意表明。まさしく恋人同志か今後をやっていくためのすべてが設定されたかに思えた。

しかし、再び危機が訪れたらどうすればよいのだろう。その可能性にも釘を打っておく必要がある。しかも非常に強く、徹底的に、だ。

 

正に、その通り。変則コーラスが用意されており、内容もメロディも語り口も、しっかりせっぱつまっている。啖呵を切るところで見事に切ってみせる。客は泣く準備が出来たところに泣く場面をもらえるから、違和感なく泣きに入ることができる。

 

内容はこうである。

“問題がない時は楽なものだし、つらい時だって君はくじけやしない。時には心が虚ろになって何も感じなくなることもあろうが、ひたすら信じるんだ!諦めちゃいけない”

しかし、これで曲を結ぶわけにはいかない。問題というのは起こった時に大変なのであって、今後の二人に長らく大切なのは、積極的な希望や安心感のある未来を誓う言葉なのである。

 

ここも、その通り、再びCメロにちゃんと戻ってくれて、流れに不満を感じさせられな注目すべきは、最後のこのCメロで、ボルトン自身が感情の頂点に達し、思わず歌詞から飛び出た部分である。

“オレたちはどこまでも歩んでゆける”とそれまで、歌ってきたところを、

“オレたちは出来る、オレたちはどこまでも歩んでゆくことが出来る!!”

と歌っているのだ。英語で言うと、“We can!”を二度叫んでいる部分にあたる。

 

この部分は、タイミングといい、内容といい、極めて的確であると言わざるを得ない。英語でリアルタイムに意味を追うことができる人には、たまらない1シーンである。

外国語習得への向上心を失った人は、この辺りの楽しみを同時に放棄してしまうことを覚悟せねばならない。しかし、他の追求は、アイデンティティーの追求でもあるのだ。それを放棄するなら、徹底的に井の中の蛙を極めるしかない。

 

ドイツの高名な哲学者、ショーペンハウェルは、その価値を大いに認めている。井の中でのみ勝負をかけようというのなら、全く問題はないのだから。もっと言うなら、ポピュラーのヴォーカリストでやっていくことは自ら偉大なる蛙となって自分の井を掘りあげてしまうことなのである。井のサイズ、内装の雾囲気までもすべて自分が決定するのである。

 

さて、もう一度思い出しておこう。この大スケールの歌唱が、たかだか一オクターブ内で行われているという事を。

そして、まず勝負を挑んでみよう。男性は中央のA音(ラ)から歌い出すのを基準として、回を重ねて慣れてから上下に移調してみると具合がいいはずである。

 

当然のことながら、原曲をかけながらそれと一緒に歌うのは、無謀な試みである、ということを強調しておきたい。原曲のキーはボルトンにピッタリなのであってあなたにピッタリとあるとは限らないからである。逆にあなたにピッタリのキーではボルトンが自分の味を出しきれないだろう。

 

では、この重要な試みをどうやって成功させればよいだろうか。すなわち、練習してみたい作品のオリジナルキーが全く自分の適性キーにそぐわない埸合、どうやってりズムとメロディラインを厳守しつつ自分のキーで練習すればよいのだろうか。

 

結論から言うと、練習一つにさえも創意工夫が必要である。例えば、リズムマシーンやメトロノームを自分で持っていない場合、他の物で代用できないか、と考えてみることである。

幸い、今回の曲はスローバラードである。毎分六十打くらいで歌ってもさしつかえなさそうだとにらんで、アナログ時計を利用してみるのはどうだろう。秒針の動きをぺースメー力―にして十分歌えるのではなかろうか。

 

メロディラインに関しては、一オクターブ下で追いかけるか、息読みで対応すれば、BVのメソッドを応用することにもなって一挙両得である。

そこで充分に歌詞とメロディラインを身につけてから適性キーで歌唱に入ると、いい具合に声が出るに違いない。

 

乗り出した頃には、リズムだけを頼りに生で歌うということにも慣れて、進行するコードの響きまでも頭の後ろから聞こえるかのような錯覚を体験するだろう。

そして理想的には、それらの随時の記録を残しておくことである。

 

今回の研究曲は歌い出しからラストまで三分半程度だから、六十分に十五回以上録音できる計算だ。一回のトライごとに、うまくいかなかったフレーズのみを練習し、十回目以降に今の自分が納得できる完成度を目指す。

 

練習の質さえ落ちないのであれば六十分を全てうめるのに一週間かかってもよいだろう。第一回目のトライと最終トライを聞き比べて、あまりの完成度の違いに驚嘆とまでいかなくとも、一つの事を追求し得た充実感をあなたは得るに違いない。

 

思い出してほしい。あなたはこの半年間、何回この充実感を得ただろうか。逆に、たつた一回の充実感がどれほど強く脳に焼きつくものであるかを想起してもいい。

実に、これっぽっちのサバイバルな練習でさえ他には変えがたい意義があるものではないか。

この特別の充実感をそれこそ毎日味わい続ける人間が、プロレベルに到達しないなどということが想像できるだろうか。

 

 

注目フレーズ

ハスキーな声質であっても発声が理想的な状態であれば純粋なつやが生じる、という一見不可思議な現象に注目してほしい。

 

一回目のCメロ後半。

We can work it out Beyond a shadow of a doubt.

Baby, tha’t what love is all about.

 

下線で示した部分は、特にプロとしての真価が発揮されている母音発声である。純粋にこの部分におけるような響きを追究してゆくのが、いわゆるオペラの世界であると考えられる。

 

今、あなたに熱烈な探究心があるならば、すぐさまテノール歌手の歌声が録音されているソフトを入手し、下線部の部分とテノール歌手の歌声とを比較してみるとよい。そこには、ジャンルの壁を超越した一流技術の共通点が発見できるだろう。

 

技術を獲得するのは訓練であり、技術を使用するのは本人の意志である。インプットの過程とアウトプットの過程を常に意識しておくことが大切なのである。それが訓練の効果をいっそう高めることになるだろう。その他、英語という言語が持つリズムの融通性を体感できるフレーズを2つ挙げておこう。

 

I had surely reached the end

12  1     2    1          2

We Know we can weather any storm.

1              2 1          2

黒点印どうしの間は、すべて同拍である。アナログ時計の秒針の動きを、「チック・夕ック・チック・タック」で表現するならば、1番の黒点は「チック」にあたり2番の黒点は「タック」にあたると考えてよい。

ここを厳守して、このフレーズをマスターすることが、今までのあなたのリズム感に対する暖昧な姿勢をふり払うことになる。徹底してこのフレーズのリズムを体得してみようではないか。

 

 

歌詞を覚えて、聞ぎ覚えのメロディーで歌えている気分になることくらい、ここのメンバーでない人違がいくらでも行っていることだ。我々は一流のプロから厳密な判断力で技術を学びとろうとする決意を新たにして取り込むことにしよう。

 

そのためには、練習の際に、その時の目的に関連する事象に対しては一切の妥協もしないぞ、という決心が大切なのである。そしてそれは実際的でなくてはならない。

卓上の空論など、年老いてからいよいよ何の成功も望めなくなった時にすればよいのだ。常に、我々は実際的であろう。それなくば空虚な人生が目の前に長々と横たわることになる。

 

※厳密なトレーニングをすればするほど、いかに我々が日頃から重要な点を無視したまま平然と歌を歌っているか思い知らされる。例えば今回取り上げたこのフレーズに三六五日間、毎日トライしたといてもなお問題が山積していることだろう。

 

あなたが仮にこの緻密な訓練を三日に一度のペースで取り入れたとしても、単純に考えて毎日実行した者の三倍の年月を要することになる。特に二年目に入っているレギュラー生は過去一年の自分が、どれほどの厳密さとペースで訓練に取りくんできたのか思い出してもらいたい。

そして、どんなに多忙な日にでも、五分さえ集中したトレーニングをする時間が取れなかっただろうかと自問自答してほしい。