投稿 148
『スイング・アウト姉妹』“プラザビル”な夜だった(とりたてて意味はない)
(卜ッド・ラングレン、クアトロライヴ以来の)掟破り-定刻開演の荒技からして不稳な幕明けだった。
NHKホールの奥深い舞台。その平面上に蝋人形のように佇む人影十人。しかし、どうして、あーみんな色気がないんだろう。メタル系でもないのに、黒づくめというのは。
ヴォーカルの『倍賞千恵子』からして、あれでは、ただのスザンヌ・ベガではなかろうか(スザンヌ・ベガが果たして何者かはよく知らないが)。さらにサポートメンバーの方々(『スイング・アウト姉妹』といえば、言わずと知れた『ラベック姉妹』に負けず劣らずの二人組だから、要するにほとんどがサポメンなのだけれども)、そろいもそろって、怒濤の“センス”。みんながみんな、“エイズ”に見えてしまうのは私だけなのだろうか。-にしても、舞台空間の間の悪さったらない。なにゆえあんなに“上”が余っているんだ、まったく。-猿之助、出て来い!そう思って『榊原郁恵』か「ピーターパン〜」と宙に舞っているところを想像してしまうのは、私だけなのだろうか、やっぱり。
いや、別に演奏に見るべきものがなかったというわけじゃない。しかし、なんなんだ、あの構成は。
開演から一時間と少し、一番盛り上がったところで、計ったように、テンポをはずした太鼓のソロ(ほんとにはずしてるんだ、これが)。延々十分間、ただ、なすすべもなく、水を打ったように立ち尽くす一階フロアのお客様の黒い頭。そこへ、追い撃ちをかけるように、いきなりイントロ無用、敢えてスローテンポにアレンジされた、最新ヒット『昔の名前で出ています(An I the same girl)』-もはや誰も彼もが“ノリ”遅れた、ただの『運痴』の群れと化して、会埸は見るも無惨な「カッコ悪いぞ」。ただでさえ、日本人は=“縦ノリ”(メタル系や、それからアイドル系のコンサー卜にいくと、よく分かるのだけれど)なんだから、一度、はずすと、もはやもとには戻れない。舞台上では『倍賞』さんが、両手をひろげて、手首をひらりんひらりん。すでに昔なつかし“水芸”の芸子さんになりきって-ただ一人、最前列中央、ちょっとあたしってばカッコいいじゃん、ホント-的、これもんの女の子だけが、くどいようだが約一名、没我無想、無為孤独の“サンダーバード”=スーパー・マリオネット氷室京介と化して、間断なく痙れんしていた(舞台上正面に立った『倍賞』さんが、手を、操り人形のポーズにして歌っていたのは、果たして意図したことだったのであろうか)。
気がつくと、八時00分。お年寄りの『ディビッド・ボウイ』(昔、そういう名前の、ケバいグラム系のおじさんがいたんですよ。グラム百円とか言ってね…なんだかよく分かんないけど)だったら、これでおしまい、金返せこのやろう、のところなのだが、それはそこ構成どおり、アンコールの拍手に促されて、始まってしまうのが、これバラッド。-もう終わってしまいましたよ、完壁に。
実際、太鼓のソロばかり何度も見せられて、私なんぞは一瞬、『コージー・パウエル』(といっても知らないでしょうけど、大昔いたメタルーそのころは“ハード・ロック”などと言ってましたが-の高名な太鼓叩きの先生、なんだそうです)のコンサー卜か、これは。ああ、有難や、と拝んでしまいそうになりながら、それでも、めでたくアンコールを迎えた会場。が、しかし、そこには、ああ、ただ立ち尽くすしかない若者たち。
そして、時刻は八時と三十分。お風呂帰りでもないのにタオル片手に集まったサポ・メンの方々と、肩組み合って、ご挨拶。挙句に、何を思ったか、突知最後に、もはや私のような“おやじ”でないと誰も知らないという、忘れ去られた太古の儀式“三本締め”なんぞを御披露くださって-完全に会埸は当惑の嵐寛十郎。こうして“優等生”『スイングアウト姉妹』は、予定どおり、二時間ぴったりで無事コンサー卜を終え、NHKホールの事務所の方々に、大変喜ばれていたのでございました。めでたし、めでたし。
まあ、“かんふぁたぶる”で、いいコンサートでしたよ、ええ。
言葉と云うものは、常に両極端な面を持ち合わせている。時には人々を救い、時には人々を死に追いやってしまう。
妙に優しい言葉の襄で、鋭いナイフが鈍い光を放っていることがある。飴を与えておきながら、最終的には鞭で谷底へ突き落とすのである。しかも、当事者が気づいていない意識下でそれが行われていることがにある。それらの言葉は言葉(ことのは)ではなく、既に病葉(わくらば)と云えよう。
私達は、いつもそのことを心に戒めて、歌という手段で言葉を伝えていかなければならない。その為には自分自身をナイフで傷つけ、その痛みの意味を理解することから始まるのではないかと思う。
人それぞれ表現してゆく術は異なるけれども、私は敢えてナイフを振り翳していこうと思う。裏に精一杯の優しさを抱き、温かなナイフの光で全てを包んで守ってあげたい。そして、自分自身を傷つけた時に流れる血で汚れた世界を洗い流すことが出来たらいいな。
そう願いながら、私は今日も歌っている。まだ、声にならない声で。
みなさんは、大歌手とか偉大なヴォーカリストのあとで、または前で歌ったことがありますか?私はあります。
私の場合はまだピアニストをしているころで、あれはオペラシンガーのバリークラフトが来日しているころでした。私は彼の目の前で、彼の歌う直前、ピアノソロをたった独りで弾かなければなりませんでした。
また、自分がとてもよく練習した歌のあとやっぱりクラッシックの歌手がひかえていた時、司会者は私のことを全く無視して、その歌手のことを一所懸命に紹介したこともありました。
自分の中では、この歌手たちを尊敬し、勉強したいと思って一所懸命聞こうとするのですが、何かが、心の奥の何かがそれを拒絶するのでした。会場のお客さんは、全く私のことなど気にも掛けず、拍手は全部、名声のある美しいクラッシックの歌手のものでした。
でもあとになると、こんな経験もそう悪くはないと思いました。そしていつかは自分もやっていく音楽の方向は違うけれど、そんな誰かか興奮気味に紹介してくれるような、また、ただ私であるというだけでお客さんがその他のすべてを忘れて、私を見たいと思うようなVocalistになれたらと思うのでした。
これからもこんなことはたくさんあるのだと思います。でも、あとで友人が“君のうたのあと他の歌手は要らなかったよ”とか“バリークラフ卜の前でピアノを弾くのは嫌だったでしょう”とか言ってくれると、それは私を泣かせるのでした。