一流になるための真のヴォイストレーニング

福島英とブレスヴォイストレーニング研究所のレッスンアンソロジー

莫妄想と一芸  661

 

莫妄想と一芸  661

 

 歌、音楽、文章、企画などで、

人生を送りたいと思っているうちに、

そのような生活になり、思うことの大切さを、

たまに来し方を振り返るたびに考える。

 

そして、これからの行く末について、

もっと思い巡らし考えなくては、と。

思いつつも、分相応以上に思いをめぐらすことの難しさを感じている。

 

 私が10代の頃、作家やミュージシャンをめざし、

自分なりに頭でっかちになっていくのを

嫌っていたとき、ある言葉に出会った。

 

それは

「莫妄想」(妄想することなかれ)

ということで、

つまり、「考えても仕方のないことは考えるな」ということだ。

 

その頃の私は、いつも考えているようであって、

実質、何も生み出していなかった。

いくらものごとを知っても、それはキリのないことであり、

現実や状況を自分の力で変えることこそが、考えるべきことだとわかった。

そこで、結果を出すために考えるべきことだけを考えるようにした。

 

 そして、ノートをつけ始めた。

いったい自分は何がしたいのか、そのために何が必要なのか-

 

そういったことを煮つめていくと、

やがてノートの世界は現実の世界を超えていくようになる。

自分が主役の映画の脚本づくりのように、人生は捉えられ、

脚本ができると、人生はそれに沿って進んでいくようになった。

 

 私は以前より、ものごとを極めていくということは、

どうしてこれほど手数のかかるものなのかという思いがあった。

 

 人類が何億人も世界中にいるのなら、

なぜ努力もせずに100メートルを5秒で走れるランナーとか、

8割打てるバッターとかが出てこないのだろう。

 

天才といわれる人の偉さは、

皆、天才的な努力をしたというところに集約される。

なぜ、天性の天才は生まれ得ないのだろうか。

歌を一曲、歌えるようになるためにも、

なぜこれほど大変なのだろうか。

 

世界中の映画やアーティストの演奏が見られるのに、

昔より優れた映画監督やアーティストが輩出しないのはなぜか。

単に、ヒーローが求められていない時代であるからか?

 

 私は、そんなことを考えながら、

これらの“問い”に対する答えは、

すべて一芸という言葉のなかに

潜んでいることに気づいた。

そう考えはじめて、ようやく世の中が理解でき、

人生の意味らしきものがわかってきた。

 

 一芸とは、何か。

 同じことをくり返すなかに気づきがあり、

真理が見え、満足が得られ、

それが徐々に深まっていくにつれて、

人生の妙味が感じられるようになること。

完成はしないが、極められるところまで、

それを追い求めていくこと、

それが生の証であり、人生であること。

 

 つまり、私は今、ここであること、

この一瞬を永遠にすべく、

プロセスを積み上げていくこと、

今のその渦中でもがくことで、

人生を命を楽しんで生きている。

いつ死んでも悔いないように。

 

 

 

 

 

僕はよいことを

やっていると感じると、

疲れが抜けるんです。

生きる力がでてくるのです。それしかないのです。

疲れても倒れないで生きるには。

与えることです。

 

それが得ることで、

力をつけることです。

力がなくても、

与えられるのです。

でも、もっと与えたくなるから、

死にものぐるいで

力をつけるのです。

 

あとで自分にほほえむために、

何よりも自分のために、

ただ、ひたすら、やるのです。

                                               

 

 

 

ーー

 

<談話より> 

 

 

長くいるだけ、長くいただけという

ベテラン勢へのメッセージ 

そろそろ、自立せよ!

 

1.一人でできないからと、いつまでも群れて何やっているのか、

いま、いくつだ。人を頼り、大手にへつらい、

友という名で巻き込んでやっているもの、

それはいったい何だ-。

 

2.この世界にOBなどはいない。

60歳にもならず、

花咲かせることもなく、先輩づらするな。

歌やアートのOB(あきらめ組み)というなら、

わかるが、情けねえ。

 

3.外に出ても学ばない、

ここで学んだことも失ったというのは、

学べなかったということで、どうしようもない。

 

4.いつでもここはライブハウスだろう。

それが私の店であるのは、私しか客を呼んで満足させる力がないからで、

君の歌がたんに平凡だからだろう。

ソフトがなければ、ハードは動かない。

そろそろ、30年もまえにライブや歌や演奏をつくった

偉大なるミュージシャンたちのものまねはやめたらどうだ。

21世紀になるのに、若くないな。

 

5.やらない。やっていないなら肩たたきだ。

 

6.自分の足もとを踏んで、しっかりと生きろ。

 

大人になるのは悪いことではない。

でも子供が生来もっていて、生理的、動物的直観で見いだしていく自分の輝きをくもらせるのは、

あなたの本当の魅力をそぐことになる。

ここで、原石の魅力が輝きを一瞬はみせてくれた人たちが、

活動とやらの名のもとに、うわべだけをとりつくろったまがいものに身を投じていくのは残念なことだ。己の才を見誤り、おごりのなかに自らを見失い、あるいは勘違いし、凡たる道に、しかばねをさらしていく人も少なくない。

20歳を過ぎたらただの人-そうでなくあるためには、

一人深く黙して、心を見開き、ただひたすら基本に忠実にトレーニングする時間と空間をもつことだ。

内なる神の声を聞け。

 

※(注)ここをやめよということではない。

主体的に自立せよということだ。

やめるなといわれてやめる奴、やめろといわれてやめない奴であって欲しいものだ。

 

 

 

「価値」の生じるところとは(プロと仕事、ビジネスと音楽について)

 

1.ビジネス=実益(歌の実益も同じ)価値を生じさせること。

2.プロ=ビジネスである。(=個人、事業家)プロ野球選手は個人事業主となる。

3.理想は、現実の延長上にある。

4.必要な人がいて、待っていることに対応することが価値を生み出す。価値は他人が決める。

5.求められている価値に対し価格がつく。(求められてもいないことは、趣味)

  工業生産品は原価から価値づけるが、芸は相手のニーズからつく(もちろん、興行経費などもある)

 

6.相手の望み通りどんな注文でも歌うことは悪い意味で消費活動 サラリーマン的作家でなく売文家。

7.自分でなくともよいところでやっていくのは、代用がきく意味でアーティストでない。

  ポリシーがなく使うのに便利ということで、雇われるならまさに悪いビジネスとなる。

8.本業でなくやるなら、街頭でお金をとらず歌うところからやり、生計は、別の仕事で立てること。

9.人の力、人の店を頼っていくことも同じである。

  頼るだけでなく、相手に稼げる価値を生じさせてあげなくてはいけない。

  ここは、相手に頼っていないし、自立している。

  どこの干渉も受けないで自由にやっていくためである。その精神が金銭より優先する。

10.   プロのミュージシャンにとっては、結果として歌がビジネスである。

  結果として、ビジネスになっているというなら、ここも同じである。

  ただし私自身は、今は歌でもここからも金銭を得ず、食べている。

 

11.ここは、あえてビジネスにしようとは思わない。

  しかし、本当のビジネスでありたい。

  本当のビジネスとは、求められる価値を、人にその対価に与えられること。

  仕事(ビジネス)とは、まわりの人に迷惑をかけず感謝されることによってしか広まらない。

  そうすることで、それが理想である。

12.ビジネス=悪の構図は幼稚である。

  全く、理想とかそれに反するとかいうものでなく、思想でもなく、ただの甘えである。

  つきつめられていない逃げの口実である。

  絶対(理想)を求め現実に甘んじているのでなく

  現実のなかでできるだけのことをやって理想を求めていくことだ。

13.考え方によって、人は後進に負ける。

  ものごとができあがってくる様を長くみること。

  最初は皆、ゼロである。人に影響を与えることにおいて、

  続けることで人が育つこと、自分が育つことである。

  可能性をつかむまで続かないで投げ出すなら、それは社会にとってよいことではない。

  そのため多くの企業は存続し続ける努力をする。

  ここは、活動を他の人に好意的に支持してもらい成立している。

  問題は、どうきちんと価値を与えるかであり、それはヴォーカリストも自由人も全く変わらない。

  自由人とはどこに属しているかでなく、精神のもち方であり、

  どこかに属していることが価値を決めるようなものでない。

  何もやらないこと、やれないことを自由とはいわない。