おすすめ
アダモ
聞くと、自分のフレーズのふしぜんさがよくわかる。声の使い方も構成も、結局、感覚をストレートに外に出しているのであって、ふしぜんだということは呼吸になっていないということだ。目に入る歌詞の文字、聞こえてくる音を「それはこうだ」ということにして、その思い込みの表面をちょっといじってみているだけだ。“おまえは暗闇”ということばはこうだ、と思い込んでいる。その鈍い状態でいるということが、集中力がないということだ。
トニー・べネット
ことば→歌、どこで変わってるか。そのまま歌っている。わかりやすいものを浴びるほど聞いて、わかってくる。“かぎりない あおぞらは よぶ よぶゥ”変に伸ばさない、踏み込む。Vedrei「ハイ」バラバラにしない。フレーズ、流れのなかでことばをおく。イメージの壁を破る。大きくつくる。
ものすごかった。聞いていて「大野一雄」さんが浮かんできた。あのしわだらけの顔、おしろいを塗りたくった哀れな表情と細やかな体の動きが、ずっと観えていた。ぜひ、生の舞台を観に行きたい。いろいろなリズムに合わせて声を出していくのは、私にはまだ難しかった。歌詞を言おうとすると、口先だけになるし、体とリズムにのせていくと、動くだけで満足で、まだ声になっていかない。
美輪さんは、前々から気になる存在だった。“MIWA WORLD”とでも言いたいような彼(彼女?)独特の世界がある。最初は、あのビブラートをきかせたしゃべり方が耳ざわりだったが、何かとても魅きつけられるものがあった。「老女優は去りゆく」のセリフの部分は(あーまいった!)という感じだ。間のとり方、声色、緩急、強弱、呼吸(ため息)すべて完璧な効果を生んでいる。
聞いている者の呼吸を止めてしまうような迫力があった。どうやって、それを身につけていったのだろう。どういう努力をしてきたのだろう。そう思いながら、あふれてくる涙を止めることができなかった。自分がどうしたいのか。自分は何がやりたいのか。それに向かってやり続けていくこと、それしか方法はない。たくさんのムダや失敗を、おそれてはいけない。
TVに美輪さんが出ていました。自分がカミングアウトしたときに、「ほされるかもしれませんよ」と忠告してくれた記者に「こんなことぐらいでほされるような歌でしたら、はじめからいらないってことだから、けっこうですからどんどん記事にしてください。」と言ったそうです。ここは、自分が自分らしくいようとすれば、そして努力するほど存在価値があります。日本の社会とは、美輪さんもここもずいぶん違います。。
ミルバ
歌声を初めて聞いた。魂がえぐりとられるように、ぐらぐらと心が動いた。涙が出てきた。こんなにすごい歌を聞いたのは生まれて初めてだった。本物がここにあると思った。その場に出会えて幸せだった。
大衆派から芸術作品へ。一流の作品を使い、知っておかなければならない歴史や昔のものを今の時代に生きる人への媒介者としての役割を。村上進…ピアソラなども。
ミルバが生活のために歌ったというエピソードが、かっこいいと思った。
村上進
死ぬまえに、一所懸命歌ったから、いつ死んでもいいと言っていて、私はすごくショックだった。胸をはってそんなことを言えるときが私にはくるだろうか。たやすく「死」なんてことばを使うけど、本当は、明日があると思っている。「死」がやってきたときは、「待った」なんて言えないんだな。だから、一瞬を生きるんだ。今度の日曜にライブがある。今日死んでいいと思えるような歌を歌いたい。
「6時が鳴るとき~」と「3001年への~」はすごかった。久々に鳥肌が立つような歌を聞いた。「3001年への~」は、ことばから歌に入るというか、しゃべるように歌う。そのままだった。何よりもすごい表現力。情景が浮かんできた。自分は何を表現したいのか、もう一度しっかり考え直さなければいけないと思った。
エンゲルベルト・フンパーディンク
歌っているのは、大きく感じる。俺たちがやると何か小さい、先が見えてしまう。エンゲルベルト・フンパーディンクの場合は、先が、ある意味、無限大に見える。先に無限大の何かが見えることが、大きくつくるということなのでは。
この人の息の深さなんて、ちっともわからなかったが、突然、気持ち悪いくらいの息の流れが聞こえてきた。なんで今まで聞こえなかったのだろうと思うぐらいに。今日は、いろんな曲を違う歌手が歌っているものを聞いた。
YESTERDAYなんて、ビートルズのものとは全然違う。サラ・ヴォーンのリズムが脈打っているようだ。それぞれの歌手が自分の声や歌い方をよく知らなくては人の歌を自分の歌のようには歌えないだろう。
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MTVのアンプラグドを見て、以前からすごいとは思っていましたが、声もこれほどすごいとは思っていなかった。アラーキーがほれ込み、アラーキーにほれ込んだという才の持ち主だけに、パフォーマンス自体がものすごく、どうしてもきちんと見なくてはと思います。
「Native Sound」
アメリカ・インディアンの血をひくネイティヴ・アメリカンの音楽を聞きに行きます。トラディショナルなサウンドに期待しています。大自然の、過酷な生活から生まれた音、声…鳥肌が立つことでしょう。
リッキーアンドリボルバー
ボブディラン
ビデオが欲しくなりましたので探します。
シオンの「10+1」
よかった。ファーストとこれしか知らないけど、ファーストの声は、張り上げててよく出ていたが、今回はささやくようで語るよう。表現というか、心に入り込んでくるのは「10+1」がはるかに上だと思う。詞の内容も「ほんわか」した感じで、ほのぼのと熱くなる。
ことばを一つに捉えるという感覚がわかりやすいと思う。一つのセンテンスがひとかたまりで、それを限界まで押し拡げて投げつけている感じ。ゴムやガムのように伸びる。伸びっぱなしではなく、緊張感がある。伸縮自在のことば、フレーズをスリリングなところでキープして出している。ほっておけば縮んでしまって、ただの「読み」になってしまいそうなことば(それほどキッチリ一つになってる)を、彼の感覚で伸ばして拡げて、メロディと一体化させている。声や、息よりも、体そのものを聞いているように感じる。
「Hey! Hey! Hey!」ジャミロクアイ
出てたが、日本のアーティストと同じステージセットでやられると、すごく差がわかる(特にジャミロクアイの場合、声、演奏とかより、表現力にものすごい差を感じた)。
TVで韓国版「紅白歌合戦」
除夜の鐘をついたり第九をオープニングにしたりと、日本と似ているところもあるのですが、基本的にはパワフルさが違うなぁと思いました。「腹から声が出てるぞー」という感じだし、歌い手も日本のように演歌→年齢が上、アイドル→若いというようにパターン化されておらず、何でもやる人もいました。はっきり言って、韓国の方が歌がうまいと思いました。衣装とか舞台装置、その他は日本の方がいいけど。センスがいいというか。歌舞伎(今の)にしても、踊りも上手な役者っていないと思うけど、衣装とか、花道、舞台装置、引き抜き(衣装)などは見どころがあるように、日本人って、歌や踊りそのものはあまり得意ではないのかしらと思いました。
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ブットレッグ
コンサート。もともとミュージカルの人ですが、コンサートの半分は、オペラの曲で構成されていたのでおどろきました。歌を始めたきっかけは、ジョーン・サザランドの歌だったとか、オペラにも出演しているらしいとは聞いていたのですが、キチンとこなしているので、ビックリ。本当に歌える人は、ジャンルも超えてしまうのかと思いました。おそらく日本の人ではいないだろうなと思ってしまいます。
ジョン・ハモンド「ベッシー・スミスからブルース・スプリングスティーンまで」
米コロンビアレコードの伝説的プロデューサのバイオグラフ。彼が手がけたり紹介したアーティストは、ベッシー・スミス、カウント・ベイシー、ベニー・グッドマン、ビリー・ホリデイ、ロバート・ジョンソ、ボブ・ディラン、アレサ・フランクリン、ブルース・スプリングスティーン、スティーヴィ・レイボーンe.t.c...。ビート詩人、アレン・ギンズバーグのレコード制作や、'58ニューボートジャズフェスティバルにチャック・ベリーを出演されたり、'38フロム・スピリチュアル・トゥ・スウィングで、ブギウギピアノブームをつくったりと多彩に活躍した。
自分の耳に対する行動力がすごい。10代半ばの少年が一人でハーレムへ行く。大戦前の黒人蔑視の時代に、黒人白人混成バンドを組織する。自分の感覚を信じ、ジャンル、人種にとらわれず、本物の音楽を紹介し続けた人。P.S.息子のジョン・ハモンドJr.が、ブルースマンとして活躍中。
シェリル・リン
いい。声もでかいけど、体もでかい。七色の声です。
サム・クックのライブ盤
前から好きだったが、前に出る表現。まず、ことばがあるということを、村上進さんの「ラ・ノヴィア」を聞いたときと同じように感じた。
オーロラ・サイケデリカ(幕張メッセ)
おおたか清流(BUNKAMURA)
ラ・ピンキーマアテラス
プロデュース公演 vol.1“ドタマゴ”新宿スペース107にて。前にいた養成所のときの友だちが出演します。どうもお笑いのようです。
サバス東京 アナ・カラン
聞きに行きます。ここはライブ+シュラスコ食べ放題で、6500円なので、とってもお得。私は一時、友人から借りたアナ・カランのCDを毎日毎日聞いていたので、ヴォーカル以外のパートのメロディも覚えてしまったほどです。
山形由美(フルート)&荘村清志(ギター)のコンサート
バリの踊りであるバロン・ダンスをやっていた。日本でいう“獅子舞”みたいなモノで、まるで命がある生きもののように踊るバロン(獅子)がとても力強くて、カッコよかった。
彼女のセリフ、動きのテンションの高さはただもんじゃないと思う。ゾクゾクくる。こんな才能のある人は、家庭にこもっているのが罪だ。
「NIACIN」
レコードを買いました。Mr.BIGのビリー・シーンがジョン・ノベロと組んだ、ジャズ/ファンク系のソロなんですけど、彼が音楽を譜面でない部分(彼が楽譜を読めないのもあるんですけど)で捉えてやっている気がした。確かな演奏力がある人たちだし(ドラムがデニス・チェンバースということで)、ボトムがとても重くすばらしいと思う。あれぐらいの人たちになると、あとはもう精神論とかになるんだろうと思った。心の底から鳴っているようなハモンドの音に絡むようなベースとリズムを支えるドラム、見事だと思う。ハモンドに限らず、ピアノやベース、そしてドラム、実は全部やってみたい楽器だったので、この人たちを見本にしてみようと思います。
アレクサンダー・オニールの「ラヴァーズ・アゲイン」
ディアンジェロの「ブラウン・シュガー」
ドゥイーゼル・ザッパ
故フランク・ザッパの息子。若いですが、おそろしい技術と一般的には頭がおかしいとしか思えないほどの知力とパワーと、もちろん音楽の才能をもったアーティストです。なかでもライブでやる70年代のロックと、122曲メドレー(20分間くらい)は、この年の私のようなものでも、うならせます。わかってないとできないし、それを表現する技術、わかった上でバカにするセンスはすごいです。仲間うちでおもしろがって遊びでいい加減にやっているように見えますが、超技術、生え抜きのおやじバックミュージシャンたち(フランク・ザッパとやっていたような人たち)と数カ月リハーサルをくり返すという練習、努力派であります。。
「カラーパープル」
ジャグという名の女性ブルース歌手が「My sister, あなたはすごく魅力的よ、自信をもって…」というようなことを主人公の女の横で歌うんだけど、こういうのが歌なんだと思った。話しかけるように歌い、歌うように話す。百聞は一見に如かず!!
歌を聞いて、彼女のかっこよさにびっくりしました。美空ひばりのジャズよりも、よかったです。彼女の声や歌には、都会的なセンスがつまっている気がしました。
「真夏の夜のジャズ」
(Aスタに飾ってあるのが気になっていた)を品川図書館から借りて見たばかりでした。
CDやビデオ、LDもたくさんあり、トイレもキレイな品川図書館はお勧めです。(CD-ROMもあるらしい。「History of R&R」もありました。)音楽関係の本や雑誌も充実しています(当然、それ以外の分野も)。去年の夏の会報で、杉並区中央図書館のCDの在庫のスゴさが書いてありましたが、ぜひ行ってみたいと思います。
パティラベル
パティラベルは、一流中の一流で、あんな声を出せる人はめったにいません。それ以外には、ヴォーカルではないがワーグナーがお勧めです。
何十回聞いても飽きません。耳をこやすのにいいと思います。
Speech
アルバム“Speech”
アリステッド、ディピロプメントのフロントのRAPPERのソロアルバム。とても歌詞が興味深い。くだらないことをライムしているようなそこらへんのGANGSTA RAPとは一線をおいていると思う(なんやら、元ジャーナリストだとか)。
「We're All Alone」心身ともにはまっている。今の自分に対して一番ぴったりくる曲だ。
NHK「ダンシング・イン・ザ・ストリート」
BBC制作の「History of R&R」のようなもので、R&Rの誕生からソングライターチーム、フォークロック、ソウル、ブリティッシュロックの台頭とジミ・ヘンといったことを扱っていた。3月下旬に続編Part6~10(サイケデリック、パンク、MTVなど)が放送予定。Part1~5の再々放送があるかもしれませ
「大リーグ史 もう一つのアメリカ史」
おもしろかった。横浜みなとみらい21にあるNHK放送センターには、NHKの歴代ドラマやドキュメント番組のビデオが視聴できるようになっているようです。
Whitney Hustonの映画“the Preacher's Wife”
自分も決して立派な人でもないのに、いつも人々の心を魅きつけ元気づける牧師という仕事は、とても大変だと思いました。「人は愛する人の顔をみるとき、相手のなかに神を見る」という説教がすばらしかった。教会の雰囲気って懐かしく、ホッとします。
“イッセイ尾形”
ライブを見てきました。芸ももちろん、文句なしにすごかったですが、顔、目、体が研ぎ澄まされていて、プロというのはこういうことを言うのだなと思えました。“たたずまい”がすごい。
Stevie WonderのNatural Wonder Tour
TVでやっていて見ました。すごくよかった。行けばよかったと本気で後悔しました。2時間半、いっときも気が抜けないライブは、なかなかないと思います。インタビューでもスケールの大きなところをみせつけてくれて、とてもGood!! このライブを見てしばらくは、スティビーワンダーは天使ではないかと本気で本気で考えた。そのくらい、心の美しい人ではないと、あの歌は歌えないと感じた。声も大切だけど、歌を歌うということ(表現するということ、大きく言えば生きることに)一番、大切なのは自分の心を美しくしなければ(美しくという言い方も違う気がするけど)、人の心は動かせないと痛感。
ポール・ロジャース
イギリスのロック、ブルース系のヴォーカルのCDを買った。タイトルは「マディーウォーターズブルース」という、ブルースのカバー集だ。ゲストギタリストは豪華で、各ジャンルで活躍しているギタリストが一曲ごとにそれぞれ参加している。以前から買いたかったアルバムだが、前イメージとしてヘビーで渋い声を想像していたが、いかんせん高くてやや細いまろやかな声で残念だった。でも、聞き込むことで、また味のよさがわかることもあるので、今はわからないが、とりあえずボジティブシンキングで聞くつもりだ。
自分のステージで涙を流しているのは、嘘泣きだと言っていた。もちろん、感情を込めて歌っているけど、感情そのものになって歌っているわけではないと、そしてそれがプロだと。感情のまま泣いたりして歌えなくなるのはアマチュアだと。だけど、そのバランスはとても難しいと思う。感情と技術の間を揺れ動きながら歌うなんて。今はまだ、そういうところを考える段階ではないけど、心にとめておこうと思う。
ケイト・ブッシュ、ニナ・ハーゲンと共に“三大こまった姉ちゃん”と我が家では敬意と愛を込めて言っているのですが、外壁、物理的限界というものを、とことんあえて意識せず、どこまでもいってしまう、ひろがっていってしまう人たちです。何かにとらわれそうになるとき、人の空気で歌ってしまうとき、姿勢だけは真似したくなります(やり方自体は、ケイト・ブッシュは納得できますが、自分でやるかといったら、あとの二人はちょっと違う気がしています)。。
エアロ・スミス
3月に新譜が出るので、MTVでもガンガンかかっていますが、とにかくやたらかっこいいです(いろいろな意味で)。ドラッグでヘロヘロになっていた時代のものと比べると、“気”のようなものが違います。確かにこなれてしまって人によっては脂気が抜けてしまっただけと言う人もいるかもしれなそうですが、スティブン・タイラーの華やかさ、ジョー・ペリーのクールさ、それよりも本当に音楽、好きなんだなこの人たち、と思わせてくれる、よいテンションです(早く全部、聞きたいです!)。。
リリパットアーミー「秘天閣」
途中のゲストコーナーに出てきたギタリストが、めっちゃうまかった。
アトランティックリズム&ブルース vol.1~7(1947~74)シカゴのチェス、LAのスペシャリティ、デトロイトのモータウンと同じ黒人音楽大手レーベル、NYのアトランティックレコードのコンピレーションアルバム。R&Bを知りたい人、モータウンよりもディープな音を聞きたい人にお勧めです。
レイチャールズ、ドリフターズ、コースターズの代表曲が聞けるvol.4とオーティスレディング、ウィルソンピケット、サム&デイブ、アレサフランクリンといった、STAXの全盛期が聞けるvol.6は絶対にお勧めします。これが気に入らなければ、R&Bは一生、好きになれません。10年前の中学生の頃、一枚¥3500のこのCDをvol.1~7まで集めていましたが、2/25に1枚¥2000で再発売されます。
“Tack & Patti”Tack
ギターもさることながら、Pattiの声にはおどろくばかり。どんなに高くなっても、きちんと息がミックスされている。ホイットニーやマライヤもすごいと思ってきたけれど、Pattiの声は更に別格です。曲の面でも、形式にとらわれず川の流れのようにどんどん変化していくフリーなスタイル。スキャットも多くつ使われていて、ことばだけでは得られない人の声のパワーを聴けます。また、ギターとヴォーカルのみなので、声を聞きとりやすいのもいいです。
メルセデス・ソーサ
1枚買って聞いたら、私の心はザワザワと動き出し、私の求めている歌と声だと思った。そしてCD屋にある彼女のCDを買い占めた。なんて大自然を感じさせる声なのだろうか。こういう声なら、地球を一つにしてくれそうだ。大空に舞い上がり、大河を流れ、山々にひびきわたり…都会では聞こえない声。そんな声を手に入れたい、歌いたい
イギーポップ
どうやったらこんなにパワフルでいられるのか、見ている方が困惑してしまうパワーです(すぐ、上半身裸になるのですが)。もう皮膚などは、そのまま乾布摩擦などでもするような年齢を感じさせるものですが、最近のライブのVTRなどでも、へたに老成したバンドなどよりは、よほどアナーキーで聴衆をあおります。。
KODO
佐渡を拠点に世界中で活動を続ける和太鼓集団。「たたく」だけでこんなことできんのっていう、とにかくスゴイ人たちです。
“Mama, I Want to Sing”
見に行ってきました。ずっと行ってみたくて、心にひっかかっていたので、楽しみでした。声のもつパワーが、人々を感動させるというのは本当にすばらしいです。声そのものが人々の魂をゆさぶる。怒り、悲しみ、喜びが歌で表現できるということのおどろきがありました。夢と可能性を信じて、振り返らず進み続けてる生き方を見習いたいと思いました…すごく大変ですけど…。
レイ・チャールズの“BLUES & SOUL GREATS”
CD。声がシブイ。声の広がりを感じさせてくれる。声が太い。
元エクストリームのギタリスト、ヌーノ
初のソロアルバムを出した。「スキゾフォニック」というアルバムで、エクストリームのときとはまた違った一面がみれた。
「夢を売れなくなったら、心配かけるようになったら、北島三郎は終わりだ。北島三郎という花を散らしたくない。」サブちゃんも、60数才まで歌い続けているけれど、成し遂げた人というのは必ず、根っこ、原点をもっているそうだ。下宿で膝小僧をかかえて、これじゃいけないんだ、がんばるんだという辛いときの思い出を持ち続けることだ、と番組のキャスターが言っていた。
R. KERRY
「12 PLAY」
最初は元ガイのアーロン・ホールのものまねだと思ったが、今は自分のスタイルをしっかりもてる人だと思うようになった。
ピアフ
聞きまくってから、レストランでもピアフだけはわかるようになった。聞き込むと、いいなぁと思うようになった。生理的なものだけど。アン・モロウ・リスドバーグ「海からの贈りもの」を読んで、表現するためには、まず内面の自分を満たすことが必要であると再確認した。自分を見つめ、考え、探すことは、自分を伝える=歌を伝えることに、必要不可欠だ。
ーー
プロボクサーの畑山隆則
見てください。現在、東洋王座ですが、必ず世界をとる人です。すごいなぁ、私と同じ年なのに。いろんな意味(精神力、表現なんかでも)で勉強になる人です。パワーがすごいんですよ。カリスマってこういうことなんだなって思う。もちろん地道な努力の上に成り立っているのですけど。
“病める舞姫”の本を読んでいますが、難しくって全然、進まない。わかる人にはちゃんとわかるのだろうけど。何か惹かれるのに難解。難しいことがいいとは全然、思わないけど、大衆的であるというのは、またどういうことなんだろうと思う。自分のことを振り返るとき、ぶちまけたいというような気持ちと同時に「うん、わかるわかる」なんて言われたくない、言って欲しくないという変な気持ちも確実にある。そのことを考えては、混乱している。おもしろいけど…。
渋谷にサムズというゴスペル、ブルースの専門のレコードショップ
ちょっとマニアックですが、好きな人は、ぜひいらしてはいかがでしょうか。渋谷警察の裏です。
「ジョン・オズボーン」
何げなく入ったCD店で「一人の夜はジョンを聞きたい…」というキャッチフレーズにひかれて購入。曲には、ウエスタン、ロック、ブルース、フォークなどがミックスされていて、スピリチュアルなナンバーが多い。しわがれた声も、その曲の雰囲気を一層、引き立てている。
テノールの佐藤政博
未だにおばちゃんたちをひきつける甘い声だ。ラストでふわっと上がってガッとヴォリュームを出すところがすごい。
「風の丘をこえて」
映画を見た。韓国の民謡を歌う親子。歌の道を追い求める姿、力強い声。迫力があった。
テラ・アーツ・ファクトリー「イフィジェニー」
ギリシア悲劇だが、身体の線と発声のすばらしかったこと! ペルー、ブラジル公演が好評だったのもうなづける。
出だしとラストのテンションの高さ、セリフがすっと身体に入ってきた。
演出の巧みさやセンス、ものごとを深く捉え、あるときは“おもしろがれる”感性をうらやましいと思う。しかし、役者がすごい! あのつかこうへい氏を超える(?!)セリフの多さ、長さ、セリフのアンサンブルのうまさ。これらはすべて、体の底で、底も底でしっかりとした発声をしているからだ。体が磨き上げられている。中でも、松重豊氏の長身に支えられた、しかも腹の底にべったり張りついたように微動だにしない声と、その深さ。だから、いろいろと声も操れていた。すばらしい。舞台、一番奥から正面センタに向かって一歩一歩進んでセリフを言っていくシーンがあるのだが、舞台の奥行きに合わせて、声量を調整しなければならない。つまり、一番奥にいるときは最大音で、お客に近づくに従って声量をおとすことにより、お客には同じ音量でセリフが聞こえてくる。役者自らが“フェーダー”の役割をやるのだが、それがものすごくうまい。一歩進むごとに音量が変わっていきそうなものだが、一本の線がまっすぐに敷かれたように発声されて、見事であった。
主人公は音楽教師という仕事も,さらに夫や子供までも捨てる覚悟でもう一度、チェロを手にする。本当にやりたかったことを思い出してしまったから、もう元には戻れないのだ。パブロ・カザルスの音楽に対する姿勢も「鳥の歌」を読んで考えさせられた。あたりまえのようにすべてを尽くして音楽に自分を捧げる人たち。お前には、それだけの覚悟と勇気があるのかと問われているようだ。
「大きな耳」音の悦楽・音の冒険 アラジン・マシュー(創元社)
いろんな音楽を聞くことは必要だが、ただ聴けばいいってものではない。この音楽や音を聞くことについて、おもしろい本がある(以下、本文引用)。
“ぼくらは音楽の聞き方を忘れてしまった。音楽はそこら中に存在し、陳腐で価値の低い通貨になりさがってしまった。-いわゆる開発途上国においては、すべての人が音楽のつくり手であるからこそ、音楽がどこにでも存在するのだ。歌ったり、ダンスしたり、手を打ちならしたり、叩いたり、楽器を演奏したりすることは、人が一緒に集まったり、あるいは孤独になったりするための手段である。しかし、先進国においては、聞くもののほとんどはCDやテープに記録された音楽である。音楽はプロのミュージシャンだけの特技になってしまった。どこにでもあるだけに、音楽はぼくらの身近かにあるようにみえるが、実際はぼくらから遠ざかっているのである。”音というものに対してニュートラルな気持ちになれる本。
『声を出すということからいえば、一番大事なのは、のどでも声帯でも腹式呼吸でもなくて、実は耳なんです。』間や空気、声を出す前の大切さを説いていて、うん、レッスンと同じだと思った。そして、オーラを発するような輝く瞬間をどれだけ経験できたかが、役者としての財産になると述べていて、それは私が「生きててよかった!」と感動したり泣いたりしたくなるあの瞬間のことだなと思った。
箱根の富士屋ホテル(宮ノ下)のみやげもの兼アクセサリー類のお店
その片隅にアンティークっぽいデザインの(同じデザイナーの)アクセサリーのコーナーがあります。これが、辻村ジュサブローに通じる、まるで妖気とでもいうようなものがあって、思わず立ち止まって注視してしまいます(最後に行ったのが数年前なので、今もあるかどうかわかりませんが)。絵心のある方なら、もっとすごいと思われるのではないかと思います。
「みなと図書館」
CDの在庫もスゴいです。
「金町図書館」「町田市立中央図書館」には、バンドスコアがあります。
「太田図書館」は、リンガフォンなどの語学系が充実してます。
(テレビ朝日)。団鬼六氏が、彼の人生を書いているので読んでみたいと思う。人生の常識や秩序やあらゆるものを捨て、孤独になり、恋と真剣師という仕事に全エネルギーを注ぎ込まれてしまう。表現者として、自分を追い込み、孤独と戦い、しかしそれが結果として、表現すること、情熱を燃やせることになるというのは、大変なことだ。それしかないと、追い込まれて、つぶれていく人こそ多いだろう。私自身のことを改めて考えさせられた。
小説「グラスウールの城」人間の脳や体は、耳では聞こえない20kHzの音も聞いているという。小説のなかに100kHzまで再生可能な装置で自然の音を再現するシーンがある。音だけでまわりの景色をこまかくつくり出してしまう。人の耳や目に留まらないものでも、人に影響を与えることができる。
「アメリカ風俗、慣習、伝統事典」の“結婚”の章
(「ラ・ノヴィア」の歌の雰囲気がつかめたら…と思って)。日本人とは全然、違う風習がたくさんあり、勉強になった。おまけに“キリスト教の常識”という本を読んで、なぜ曲の最後に“Ave maria”と祈るのか、この本を読むまで全く謎だったが少し理解できた。
「アメリカ風俗、慣習・伝統事典」(北星堂書店)
「キリスト教の常識」 S. フィナテリ神父(講談社)この本は、とてもおもしろい。日本人と欧米人の感覚の差を、宗教という視点からみているのだけど、変にすごく納得。“文化の違いは宗教の違い…”と強く感じる。特に輪廻の感覚がないのにはビックリ。
土居裕子さん
(元 音楽座)
ミュージカル「絆」を観た。いつ聞いても澄んだ美しい声で、特にラストの“ダニー・ボーイ”が感動的だった。彼女の歌を聞いて思ったのは「人の声はそれぞれ違うからこそ、すばらしいのだ」ということ。
マイヤ=プリセツカヤ
ロシアバレエの第一人者の番組をみた。すごい!! 何かってもう70才(60才だったかな?)だというのに、そんなふうには全然みえない。肉体も精神も磨き尽くされているという感じがした。そして今もなお、現役で舞台に立っている。磨き抜かれた人間ってこんなにも美しいものなんだと、ため息が出てしまった。
一つのことを突き詰めていくには、人間の寿命は短すぎる。だからこそ、自分の心と身体の限界に挑戦していくのだろう。いろんな要素が、運とか才能とか環境とか重なり合って、彼女はここまできたのだろうけど、一番大事なのは、こうなりたいという強い想い、それだけだろう。情熱をもっていない人間はつまらない人生しか送れないと思う。「情熱」どんな小さなことでもいいけど、これさえあれば、人は力強く生きていけると思う。
貝谷バレエ団
たまたま今日は団長(もうヨボヨボのおばあちゃんですが)が教えてくれて、開放するとき腕を噴水のイメージで開き、一緒に呼吸を吐くとか、天井から一本の線で吊られているようにトゥで立つとか、基本的要素を教えてくれました。歌と共通する要素もあるなと感じました。美容体操のクラスなのに、カルチャーセンターとは全然違う。なぜ、名のあるところやいい先生につくことが大切か、ちょっとわかった気がします。自分のレベルが低くてもいい。自分の身の丈に合った分だけ相手のもつ要素を受け継げると思いました。
新宿にて一人芝居のライブ
声をかけてきた“鳥肌栄”さんの一人芝居だ。とてもあやしい人だった。タイトルは「ずぶぬれ」。お金が苦しいらしく、公民館の一室で練習している。ステージだけでなく、練習風景も見てみたいものだ。
「ヴォイストレーニングここがポイント」
読み返していて、-ここのトレーニングという特別なトレーニング法があるのではなく、そういう考え方がある-という一節をかみしめている。このあたりが理解できていなかったために、研究所やレッスンからとりそこねたところが大きいように思う。