投稿 708
ここにたくさん来られるようになり、こんなときは精進あるのみと思っている。そのせいか、本日行ったCMのオーディションで、カメラに向かっていきなり自分にしては(今までに比べ)大きな声が第一声から出て、自分で驚いた。私は声域も声量も音色の安定も、思いの深さと持続も、とにかくすべてができておらず、一つひとつ地道に進まねばならないのだが、最近、翌日、仕事のときに特別なことをしていかなくても、朝一番から割と声が出る。もちろん、中音域の、自分の一番出しやすい声だけだが。また、滑舌が一時期、乱れたが、ここであえて口を開かず息と体で発音することをやっているせいか、以前よりずっとよくなった。私の場合、ことばを口先でつくれてしまうせいで、先生にも「口先でつくるな」と言われていたように思う。体を使って腹話術的に練習する方が私にとって効果があったようだ。しかし“サ”行がやはり弱いのと、“イ”“ウ”“ン”の踏み込みは、少しずつ意識しはじめて、長い文章でも特に“イ”は踏み込めるよう、前の音からしっかり支えていこうとしている。
たとえば、夕焼けと朝焼けの違い。若い人なのか大人の女性なのか、カジュアルなシーン・服なのか、エレガントなものかなど、要求されたことをイメージできる感性を育てること。また、モデルたちも体現できているのを見て気持ちがよい。結局、“表現”ということを生業にする者は、手段や方法は違っても、つきつめると共通項が多いし、本質は同じかもしれないと思わせる。私は、カメラマンアシスタント時代があり、一応学校で写真を勉強してきており、現場も知っている。だから、優れたモデルというのは、スタジオ内の雰囲気を変える力をもっていることもよく知っている。しかも、実に“いい緊張感”にしてくれるから、不思議なのだ。そういうときは、カメラマンがそう大した人でなくても、熱っぽくなってくるし、空気が完全に変わる。質も変化するし、流れ方も今、必要とされているシチュエーションにぴったりのものになってくるから、「これがプロだなぁ」と実感した記憶がある。ここが求めるアーティストたるものも、これが必要ということでしょう。
会報の表紙にいつも書かれているように。オーラと一言で言ってしまうと、ちょっとまた違うかもしれない。もちろん、そうでもあるが、いわゆる“スター光線”たるものを放って始終いる人と、腰が低く大変に気を細やかに配っている人と、二通りいるように思う。結局、どちらも気配りに対してはすばらしいのだが、手法が微妙に違ったりする。私は、どちらのタイプも好きであるが、自分はただ腰の低い「相手にとって都合のよい人」になって、まさしく「勝手がいいから使われる」対象になっている。これは、私の芸の力がなく、従って自信もないから、そうなってしまう。また、同じくらいの芸の力をもっている人が二人いたら、人当たりがよく明るく気配りができる方を選ぶ-という使い手側の意見もある。それも当然だ。モデルの世界も、まさにそうだ。でも、やっぱり芸の力で抜きん出たい。そう思うから、私もここに来たり、このビデオで過去に学んだことのおさらいをしていたりするわけだ。モデルや歌手、役者もそう-夢を売っている人たちは、やはり普通の市井の人でもあるが、別の何かエネルギーをもって働きかけていかなければならない。このビデオを見て“胸を張る”ということを思い直す。自分の努力した分だけ自信をもつ、すると明るさも出る。“練習するときは、日本一ヘタですと思ってやれ、本番のときは日本一、自分はうまいと思ってやれ”何度もそう言われてきても、なかなか難しいということも頭をよぎる。本番、結局、いろいろなことに気をとられて表現だけに集中できなくなるから。このビデオも言うように、流行や映画、音楽鑑賞したりという体験を積むことが結局、自分を救うのだろう、そんなことを考えながら見た。
まわりがどうであれ、自分自身の価値観を大切にする。それで人とぶつかりあったり、うまくいかなかったときは、自分の心の中をみつめてみればいいのだと思う。そういうことの繰り返しが、自分への信頼をつくっていくのだろう。Yes, Noの反応を、ことが起こったその瞬間にすることは難しいのだが、それができないということは、普段からこだわりをもった考え方をしていないということだ。自分というものを常にみつめていくなかにこそ、自分のことば、スタイルというものが表われてくるのだと思う。声があっても、歌がうまくても、その人間の世界がなければ歌う必要はないのだと思う。
アメリカでは、ジョークを言えなければ、いいコミュニケーションが成り立たない感じがある。それも日本でいう「ギャグ」というレベルのものではなく、もっと知的なユーモアといったところか。ステージの上は本当に自由にできる世界だ。だからこそ、恐いとも言える。お客はそんなに寛容ではないし、誰もつまらないものを何度も見に行こうとは思わない。一つのステージのでき、不できが次のステージを決めるという本当に厳しい世界なのだ。一度やってしまったもののやり直しはきかない。
日本では残念ながらそんなふうに歌う人(歌える人)は少ない。歌えるというより、そういうふうに歌いたいとは思わないのではないだろうか。
私は、この狭い日本にいても狭い枠の中では歌いたくない。日常の狭い世界は大事にしても、それを通してもっと大きなもの、広い世界をみていきたい。
人間の力とか可能性ってすごいな。そして声というものが、世界中の人々に与える力をまた見直した。歌手という職業があろうがなかろうが、私は歌いたい。もっと人に伝わる声を自分のものにして、多くの人々と出会いたい。夢というものは叶わないと思っている人間にとっては、とても遠いものだし、闘わなくてはいけないものかもしれない。叶うと思っている人間にとっては、いつもそばにいるし一緒にいることが喜びでもある。
心がなければ歌にならないけれども、感情なんかそのままぶつけてしまう人の歌は、気持ちはわかっても歌としては感動できない。でも、「気持ちはわかる」ということすら察することのできない自分の歌より、ずっとすぐれている。歌に必要なことは、豊かな心の中から伸びていく花のようなもので、それを歌心と呼ぶのだろうか。これがなければいくら気持ちがあふれても、声を発した瞬間から伝わらずにこぼれてしまう。そして、歌心は、テクニックで成り立っているように思う。オリジナルの声を持つこと、1オクターブの胸声をもつこと、フレージング(ことばの伝え方)メリハリのつけ方、息の配分、体の使い方。ただ、やっぱり歌心の育ち方の早さや大きさは、人間としての心が決定するのだと思う。歌心は自分にとって歌は大事なものだという者が、最低限、守るべきモラルのようなものを含んでいる。約束ごとといってもいいかもしれない。実際には、こんなにくっきりした区別はないだろうけれども。だから、野育ちの自分が急にいろいろな行儀を教わっているようなもので、苦しいのはその辺だと思う。ついこの間まで走り回っていたつもりでいたのが、ヨチヨチ歩きになってしまうのだから。でも、歌心というところを質の伴った量でつかんでいくしかない。結局、人から教わるところはそこなのだから。
他のスクールのことは知らないので言えないが、この研究所にあるのは、歌心を学べるレッスンだと思うが、私にはもっと大きなものがある。今、自分が歩いているところをずっと以前に歩き、はるか先を歩いていて、それでも、もっと先を見つめている先生方の姿だ。楽な道でないことはレッスンに出ればわかる。進めば進むほど苦しいのだろうけれど、楽しいに違いないとも想像する。私は、そのヴォーカリスト魂というようなものを理解はできないにしても、この研究所にいる間にそれに触れていたい。そして、自分の魂の糧にしたい。
何かはわからない。熱い思いを素直に出そうとする、その差なのだろうか。その差を思うと、自分はなぜヴォーカリストになりたいと思ったのだろうか? 急に原点に戻ると戸惑うこと自体おかしい。しかし、自分なりに考えてみた。好きなヴォーカリストの歌っているのを見ると、自分も熱くなるし、まるで自分が歌っているかのように置き換えたり、そうしているうちに、それを現実のものにしたいと思ったのがきっかけだろう。今、それに付け加え、自分だけの喜怒哀楽、やはり人間、育った環境その他は違うのだから、自分だけのものというのは少なからず存在するが、そのいわば自分の世界というのを、あのとき、そのとき、自分が感じた他人には理解しがたい感情を、理屈抜きに有無を言わさず訴えたい、認めさせたい、感動させたい、おどろかせたい、だまらせたい、高揚させたい、浸らせたい、同感させたい、掘り起こさせたい、しびらせたい、考えさせたい、迷わせたい、狂わせたい、なりきらせたい…。今書いてて気づいたが、自分だけの喜怒哀楽とは何だろう。自分の世界とは何だろう。なぜ自分だけのものと言い切れるのだろう…。結局、何もわかっていない。 学べていないんじゃないか!? どうすればいいんだ? 本当に好きなのか? すべてがわからなくなった。苦しい。
私は、ひたむきに続けていきたい。歌を通していろんなことを知っていく、わかっていく人生はいいなあ。歌うのに何が一番大事かと考えたら、やっぱり毎日の生活をどれだけ真剣に楽しく、自分らしく生きていけるかだと思う。すべて積み重ねで、恐ろしいくらいそういうものが歌に出てしまいそうで怖いくらいだ。
人は、そんな簡単に必死に、情熱的に生きられないのかもしれない。しかし、光り輝くために生きるために、私たちができることは何だろう。この世に生まれ、家があり食べ物があり家族があり、今こうして笑えたり歌えたりすることの素晴らしさに心打たれ感謝すること。やりたいことをやれるということ、自分が自分以外の何者でもないことを、もっと大事に大切にすることだなと思う。歌を歌うということは、歌を歌っている瞬間だけが大事なのではなく、そこへ向かう自分の姿勢や心、行動すべてがそこへ向かっているということが、その現実が愛しく思える自分が大事なのだと思う。そんな自分を愛しく思えたら、それを支えてくれているもの、人へ、とてもとても感謝できるんだと思う。自分という人間が、尊いものだとわかった瞬間から、人は空や太陽へ向かっていけるんではないだろうか。そして、決して上ばかりでなく、足もとの地面をぎゅっとしっかり踏みつけてる足を見ながら進むことが、自分の可能性を広げ、導いてくれるものになるんではないだろうか。
今の私は、自分以外のことに無関心すぎる。そんな私に、歌う必要性が本当にあるのか? この先ずっと歌っていけるのか?と問うている。もちろん、情報に流され、わかったようなことを言うくらいなら、ちっぽけな自分だけのことを深く突っ込んで歌にする必要性を見つけていく方がいいとは思うが。
ー
Moon Riverみたいな歌詞を書いていたので、思い出す意味もこめて書いてみます。
「真夜中、君と僕 フェアウェルパーティ 秘密の隠れ家に火をつけて センティメンタルなビックキャンドル しみついた煙草の匂い カバーガールピンナップ 皆々 火の子にして夜空に飛ばした 汽笛が鳴り 君を乗せた船が出てゆく 丘の上 僕は口笛を吹いてる/古い地図ひろげて 二人の距離を指でなぞった 二度と会えないことを確かめるためにね トム&ハックきどりの僕等 さよならなんていわないのさ 寝たりしている間に足音 遠ざかる 汽笛が鳴り 君を乗せた船がでてゆく 丘の上 僕は口笛を吹いている
ー
なスてだろう...
わたスには今愛スているストがいる
そのストはお-ぎなストだあ
からだではねえ
こころがだあ
まわりのみ-んなのこと
たのまれb焜Xねえのにいっしょけんめいかんがえて
ほんといつもチッビッとしかねてねえでねべか
からだがスんぱいだあ
そのストはなんでかわかんねえけんど
わたスと話スときチョピットふきげんそうなんだあ
眉間にスワよるし
正面向いてあんまスしゃべってくんねえし
時々上目づかいで見られる様な感ズがスるし...
机といすの高さが合ってネエんだべか
なスてだべ
やっぱりわたスがそのストをそうさせてしまってるんだべかなあ
もス そうだとスたら
ほ-んと申し訳ねえ
まあんず謝んなぐぢゃ
そスてもスそこんとこ理由をおスえてもらえるんだったら
おスえてもらって
おスえてもらってもすぐ出来ネエことだったら
申し訳ネエけんどまってもらって...
まつのがいやなのがな
まつのにづかれてスまったのかなあ...
でも、なかなかすぐには出来ネエかもしんねえけんど
やろうとスていることだけは
わかってホスイ。
そこだけは信ズてほスい
それとも何かもっと他の理由があんだべか
つかれているんだべか
体の調子がイマイツよくねえんだべか
腹がすいているんだべか
誰かとけんかスたんだべか
解決スたいけど解決デキネエでいる問題を
ズ-ッとかかえているんだべか
何か前に普通の表情でいたときに
すっごいヤなことでもあったんだべか
単にテレ屋さんなだけだったりしてねえ
もしつがれているんだったら
肩いくらでももませてもらう
上手ではネエけんど毎日でももんであげたい
それで笑ってもらえるんだったら
体の調子がよくネエんだったら
スっている限りのい-い、ニッポンイチイイお医者さんを
おスえてあげる
病気なんかこわくねえ
要は早ぐなおせばいいんだ
腹がスいているんだべか...
そのストの好物をまんず教えてもらうべ
まいにツ食べたらやっぱあきるべから
時々食べてもらってえ
誰かとけんかスたんだったら
どうスよう
まあ話スだけでも聞いてあげたい
それでスコスは気が晴れるんだったら
それでわらってもらえるんだったら
何かむズかスイ問題をかかえているんだったら
どうスよう
役には立たネエかもしんネエけんど
いっスょにその問題をかかえたいと
思ってこんなワタスだけどそばにいることだけ
せめて伝えるごとくらいだべかな
なあ-んか力がなくて
だんだんなさけなくなってくんなあ...
でもそんことだけは
チビッと頭のすみにおいておいてほしい
そんな気がする
前に何かあったとスたら
ん-どうスよう
やっぱ聞いてあげること位かなあ
話スたくないって言われたら?
無理スて話さなぐてエエ
わたスが隣にいることだけ
頭のすみにおいててホスイってこと位かネ
わたスに出来ることは
何ん-か力ねえなワタス!
何ん-かこう突破口はネエんだべか
わたスはこう見えても
笑うことを、笑顔でいることを心がけている
なスてかっつうとこれが簡単!
わたスがそういう顔スた人みると
根が単純にデキてるもんやさけえ
す-ぐ幸せになるんだあ
ほんだから、ほんじゃあ
べ-つに頭はカラッポでデブちんだけんど
表看板の顔一つぐらい
笑っておくのは簡単だあ、じゃあ、やってみっぺかなっつう感じで...
イヤ
最初は簡単じゃあねがったあ
わざとらスくて
だけんど少しずつやってみたら、すこしずつうれスかったんだあ
チビッとずつだけんど
あ-あ、そうか、こういうことなんだなあ!
ほ-んと拍子抜けスるっつうか
感動スるっつうか
幸せになる方法は意外と単ズンなんだなあ、とも思った
わたスが変わるとまわりが変わってエ
まわりが変わるとまたわたスが新スいズィブンに変わっていくんだあ
それがたったまんず笑ってみるなんていう
一見あほくさ-いとっから始まってぐっていうのんも
人生の妙味っていうことなんかねえ
わかんねえ
しかし神様は人間に笑うっていう表情を与えてくださっているんだなあ
もっともっと言うとわたスはど-してだかしんねえけんど
わたスとスリあうスベての人と
話スをしたいと思ってるんだあ
これは何かっつうと
たとえば笑顔をみたいとか...
要はさら地に立ってそのスととの
出来うる一番いい関係をつぐっていきたいっつうことなのがなあ
ただス笑顔さ友達にしてね
だけんどそのストが笑うのと反対の所にいると
そのさら地に立てねエ様な気がすんだ
笑うっつうことは相手をうげ入れることなんでねエべか
笑うっつうことは相手を許してあげるっつうことなんでねえべか
笑うっつうことは二人で次の段階にいきましょうつう合図なんでねべか
最初は嘘でもいいんでねえがな
ひょうたんから駒だあ
続けているうちにほんもんになってくるう
わたスは笑うっつうことかけ声の様にも思ってるんだあ
ここんとこ大分う年とって、へへ
あ-どっこいしょ、とかあらよっとか
自分が自分に何かする時に(例えば立ちあがるとか...ホ-ント チョット情げネエんだけんどもねエ)
まんずこれを入れてみるんだあ
ソすっとスム-スに
何かスる自分のスタ-トに立てるっつうか
そんと例えばヤなことがあるとするっしょ
そしたらしょうがない
自分はまだ未熟だから修行中の身だから力が足りねえから
このことが今目の前にヤなこととしてあるんだなあ、と思って
ズブンを笑ってスまうって感じかなあ
とにかく笑っちまうんだあ
だけんどこの次がおもしろい
とりあえず笑っつまう、するとどうなるかっつうと...
これがヤなこと忘れていぐんだ
そこにとどまらなくなるんだ
力が湧いてくるんだ
ヤッテやろうじゃんけんね-!てねえ
最近は極意に近づきつつあってえ
口角をチビッとあげただけで
力が湧いてくんだあ
まあ、特殊技能っつうか特異体質っつうか
あほみたいっつうか
幸せっつうか
少なくともわたスはそうなるんだワ
だからわたスは笑いに力があると確スンスてんだあ
笑いが転調おこすんだあ
笑いが空気を変えるんだあ
そういう力がある
たスかにある
わたスの愛スているストにこんな話スをしたら
何かと思うだべか
俺の何もわかっちゃいもしないくせしてと思うだべか...
そうだ、何もわかっちゃいないかもしんない...
たスかなことは
何とかスてそのストの笑顔をみたいっつうことだ
便所掃除毎日するんだったら笑ってあげるっつうんだったら
毎日するう
重いかばん持ってっつうんだったら
持たせてもらう
わたスがデブちんでなくなったら笑ってあげるっつうんだったら
やせさせてもらう
いまあるもん全部あげてもエエ
そのストの笑顔をみてみたい
そのストのなあんとなく気になる表情に
このストは本当に心の底か幸せなんだべかと
思ったことがあるう
だけんどそれはそのストがはっきり
人生を命を楽スんで生ぎている、と言っていたので
安スンスた
まるで子供が大好きな親をみて
ああ、とってもダイズなことやってんだな、すごいなあ
だけんど本当に幸せなんだべかと思うそんな感ズかなあ...
でも、本人の口から楽しんで生きているヨと
言ってもらエたあ
それで一回は満ち足りたあ
だけんどやっぱり普段のそのストが気にかかる
何故なんだべ
わたスの力になれることはないだんべか
人間は幸せでなくてはなんネエ
そのストそのストの幸せになんなくてはないねエ
理屈で幸せに持っていぐんでなくて
心の底から幸せでなくてはなんネエ
その事と今かかえる各自の問題とは相反せずにはおれんものなのか
かかえる問題をも含めて幸せでなくてはなんねエ
かかえられる自分の度量、器の大ぎさもふぐめて
わたス意外と志高いのかもしんねえな
あのストがああ幸せそうだなあと思えたら
わたスはうれしい
ただうれしい
そのためにわたスは何をスタらいいだろう
どうやって伝えたらエエだろう
力がほスい
あとで自分にほほえむっつうのももちろんいいんだけんども
ひどりで生ぎているわけではねエ
いまほほえみながら
あとで自分にもう一回ほめてあげる様に
たっぷりほほえんであげるっつうのは出来ねえ話なんだべか
ほほえむとまわりはきっときっとその何百倍もの力を
くれるんでねえべか
そんな気がする
笑顔を与えることで得るものはないんだべか
あのストの笑顔が大好きだ
でもやっぱそのギリギリ表情の中で
やっぱりそのストを愛スている
どうしてか?
こんなわたスに全てをぶつけてくれたから
わたスは笑顔で返スたい
あのスとの笑顔が大好きだ
ー
You're the only one
I thought you're nothing to me thousand times
I hate you thousand times
And at last I found you're my destiny
You're my parentt
You're my brother
You're my de
You're my brother
You're my dearest
You're my best friend
So you're my everything
Now I know, you are the only one
'cuz you're different from all other men
I love you more than this wold.
ー
悲しみのジェル
僕の中の悲しみのジェル
君が僕を侵すのと
僕が君を融(と)かすのと
どっちが速いか 競争だ
ー
あなたがまた私を呼んでいる
もう私はこの荷物をおろしたいのに
この喉の渇きは永遠に
あなたを求めつづけるのだろうか
…水のように流れる意識の中で
水だけは常にここにいる
その透明さ 浄化に私を利用して
限りなく透明に近く どんどんにごっていく私を
写しだす 踏みつける
浮いているのは何?
それでも私は
全世界の全てのものを敵にしても
自分を浄化して還元してあげる
あなたの為に祈る
あなたにしてあげられることは全部
私がする
ー
U2の記事に見入る。ポップマート・ツアーのステージ・セットには思わず度肝を抜かれてしまう。ミスチルも前回の ZOO TV ツアーは真似できても今回のポップマート・ツアーはさすがに真似できないだろうなあ(それ以前にミスチルは活動停止してしまったけれども)。でもボノがステージで着ている筋肉Tシャツはかつてトータス松本さんも着ていたなあ(もしかしてボノ、トータスの真似した?)。まあいずれにしても史上最大のエンターテインメントであることに間違いはない。
ボノのインタビューも興味深かった。
問い「ではあなたのボノに対する意見はどんなものになります?」
ボノ「そうだな、未だ進化の途中の段階って感じだね。完成した時には相当凄いことになると思うよ。 60くらいになったら、 僕はメチャメチャクールな人間になってるんじゃないかな。 でも50歳じゃきっとまだ 発展途上だろうな。願わくば‥‥いや、僕はもうこれ以上物事に説明は加えたくないな。この混沌が楽しいんだから」って最高だな。
パパ・ウェンバ&ヴィヴァ・ラ・ムジカのCD購入。いい。アフリカのミュージシャンはフェラ・クティ、ユッスー・ンドゥールそしてこのパパ・ウェンバと聞いたので次はやはりサリフ・ケイタだ。ところでパパ・ウェンバの故郷でもあるザイールの内乱も、モブツ大統領が失脚、コンゴ・ザイール勢力のカビラ議長の政権が樹立したことで一応の終息を迎えるようだけれども、でも実際のところ、平和への道はまだまだなのかなあ。まあ、そんなパパ・ウエンバのザイールやフェラのナイジェリアやユッスーのセネガルやサリフのマリ共和国のことを心配する前に僕のことだ。うん、僕も60くらいになったら‥‥。/
例えばパフィーというグループは一見「消費型」、そして奥田民生という作曲家は一見「鑑賞型」。と言うことはパフィーの数々のヒット曲は「消費型」でもあり「鑑賞型」でもあり。とまあ「消費型」と「鑑賞型」の線引きなんて、もうどうでもいいか。午前中は仕事。そして水泳。
「ミュージック・マガジン」6月号を読む。表紙イラストのグロリア・エステファン。彼女だって出はじめは「コンガ」のヒット一発だけの消費物シンガーで終わるかと思っていたけれども、今や押しも押されぬ世界的キューバン・アメリカンのトップ・シンガーだ。海外の話題にフェラ・クティがマリファナ不法所持の現行犯で逮捕のニュースが。今回も是非強靭な反体制エネルギーで乗り切って欲しい。国内の話題には山下達郎さんのRCA/エアー・レーベル時代のベスト盤がヴァージョンアップして再発されるというニュースが。これはもう2週間先(6/4)が死ぬほど待ち遠しい。
「メイシオ・パーカー×武田真治」対談。JBやPファンク好きの僕がメイシオをキライな訳がない。「不幸なとき、苦しいとき、赤の他人でもハッピーな気分にすることができるのは、音楽だ。音楽を通じてハッピーをわかちあえる。自分を知り、まわりの人と知り合いになれる。なぜそれができるかっていうと、それがファンクの魔力なんだろうけど(笑)」というメイシオのファンキーさには僕もあやかりたい。と思う今日この頃である。
映画「マイケル」観に行く。平日とは言え映画館はガラガラ。しかも一週間で打ち切り。思いっきりむさ苦しい天使を好演していたトラボルタって今イチ日本人受けしないのかな(僕はキライじゃないけれども)。劇中で使用されていたCCRの「アップ・アラウンド・ザ・ベンド」とウイリー・ネルソンの「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド(この素晴しき世界)」は特に印象的だった。
「ナンバー」419号。実は僕は競馬特集だけにはどうも距離を感じてしまう。でも逆に「ラティーナ」というワールドミュージックの専門誌の6月号は、カエターノ・ヴェローゾの大特集が載っていたので思わず購入して熱読している。完全ディスコグラフィもついていて本当に重宝している(おかげで何枚か欲しくなってしまったけれども)。CDについてはこの2~3日に(別のアーティストのCDを)またも何枚か衝動買いをしたけれども、それらについてはまあ機会と時間があれば触れてみたい。
今週号の「アエラ」を読んだ。「日本のロックが自分の言葉で語り始めた」という特集記事には、ウルフルズのトータス松本さん、スピッツの草野マサムネさん、オリラヴの田島貴男さん、エレカシの宮本浩次さん、そして奥田民生さんがそれぞれ紹介されていた。確かにこの5人は単なる洋楽の猿真似で終わらない日本のロックを感じさせる才能である。が、その一方で小室ファミリーとか歌手が本業ではないタレントたちが歌う消費物音楽がメガ・ヒットを飛ばし続けている。ま、これはこれでありでいいと思う。
「善しあしは別にして、若い十代のリスナーに成熟した鑑賞眼を期待するのは無理」で「スナック菓子にグルメを期待するのが馬鹿げているように、消費物音楽に高いクオリティーを期待をするなんて、そもそも馬鹿げた話なのだ」ろうから(今のところは)。
チューリップの財津和夫さんのインタビュー、「アメリカの音楽が最近売れないのは、進化しすぎてもう日本人には理解できないんじゃないかな」否、アメリカの音楽も進化は止まってる(少なくとも黒人音楽は20年以上前に誕生したラップ以来進化してない) んじゃないかなと僕は思わないではないけれども、でも「もっと日本でも純粋な「サウンド」への興味を深めていかないといけない。その意味ではそろそろ日本にも、大人の鑑賞に堪えうる「アダルトミュージックシーン」ができてもいい頃でしょう」という財津さんの言葉には全面的に賛同したい。大人のロック、これは僕のテーマでもあるから。長くなった。
ビューク11歳の時のソロ・アルバムが輸入盤ながら限定発売されていたのでゲット。リトル・スティーヴィー(・ワンダー)やジャクソン5のマイケル(・ジャクソン)のようにビョークもまた子供の頃から天才シンガーだった訳だ。
名盤過ぎて買いそびれていたブラック・サバスの「パラノイド」も購入。タイトル曲も「ウォー・ピッグス」も最高過ぎる。
華原のトモちゃんの「Hate tell a lie」のオーネット・コールマンやザ・ポップ・グループばりのアヴァンギャルドぶり(=人を不安にさせる高音、リズム感、小室サウンド特有の強引な曲展開などなど)には思わずのけぞってしまいますねえ
「週刊エックスゾーン」創刊第1号第2号合併号を読む。実は僕はいろんな雑誌を読むのはキライではないし、ちょっとオカルトっぽい超常現象もキライではない(むしろスキ?)。四次元空間って存在するのかな。アメリカはネバダ州にある秘密基地エリア51、映画「インディペンデンス・デイ」でも出てきてたな。タロット・カード、無意識と現実とが偶然一致する心理学者ユングの有名な「シンクロニシティ」学説と相まって興味深い。ストーンヘンジやイースター島のモアイ、やはり古代文明は現代科学を遥かに越える高度な文明を持っていたのかな。
ミステリー・サークル、これは「世界をだました男たち」のいたずらっていうケースが多そうだ。心霊治療(ヒーリング)、これはすごく不思議だ(インドのサイババという人物にも興味がある)。ブラックホール、宇宙物理学の話はちょっと難しい。ポルターガイストとか人体自然発火とかはいつか科学で解明されるのだろうか。UFOの存在を信じるか? 実際に目撃したら僕も信じるかもしれない。まあいずれにしても世の中、不思議なことだらけだ。
でもそれはそれで夢があって、僕はいいと思うけれども(小室哲哉氏の納税額10億っていうのも夢があっていい?)。
朝日新聞夕刊 惜別 ことば抄
広島に原爆が落ちた夜、一人の赤ちゃんが生まれようとしていた。血なまぐさい死臭の漂うろうそく一本ないビルの地下室で、産気づいた婦人を人々は自分の痛みも忘れて気づかった。だが、どうすればいいのかわからない。「と、『私が産婆です。私が生ませましょう』/と言ったのは/さっきまでうめいていた重傷者だ。/かくて、くらがりの地獄の底で/新しい生命は生まれた。/かくてあかつきを待たず産婆は/血まみれのまま死んだ。/生ましめんかな/生ましめんかな/己が命捨つとも」詩「生ましめんかな」作・栗原貞子 歌・葦原邦子…私はいったい何人の「己が命捨つとも」に支えられて今を生きているのだろうか。本当に血を流す戦争があった。どこがどう一つかけ違っても、今の私はこの世にありえない。その不可思議さ。イヤ、不可思議さではなく、意識・無意識の無数の人、人の「生ましめんかな」の意志のはてに、今の私が今ここにあるのだということ。私は何もその人たちにしてあげてはいないのに、命がけの闘いの重なりのうえに私がある。神よりもっと神の姿、人間の中に神が住んでいる。人間と神は共にありえるのか。生ましめんかなにならなくていいのか。己が命捨つとも生ましめんかなに我が身をしなくていいのか。何もしてあげていないのに、捨身で私をこの世に送り出してくれた人々に、どう返していくつもりか。(後略)
(前略)自分に向かっていつも「あるパターンに落ち込んでいないか? ことばのわなにはまっていないか? 本質を見ようとつとめているか?」問い「続けなければ、簡単に習慣の中へとり込まれてしまいます。その問いかけすら本質のないことばだけの習慣になる危険があります。「体」ということばがいつのまにかそのことばのさす実体をはなれ、ことばだけがカラカラと頭の中を回りだす。実は、ことばでは表わすことのできないものをムリヤリことばで説明しているだけなのに、いつかことばが先を走りはじめる。こうしてどんどんめざすところから遠ざかっていく。だから、感じることを何よりも磨かなくてはとも思います。しかし、その「感じ」というのもくせもので、これが必ずしも正しいとは限らない。往々にして、人は誤った感じを抱いてしまう。感覚すら盲信するわけにはいかないのです。だから、感覚も日々の問いかけの対象となります。「どんな感じがするか? それは間違っていないか?」自分のことがわからなかったら、自分の癖を矯正することも自分の殻を破ることも不可能でしょうか。どうしたらよいのか。問い続けることの他には、矯正ではなくて、絶えず新しいものに変化していくことしか、今の私には方法がみつかりません。自分を自分で判断できないのなら、新しい発見を続けて、とにかくよいと思う次なるものに、どんどん生まれ変わっていくしかないように思われます。(後略)
“ゴスペルに触れる”ため、“全所持金$400、カードなし、知人・アポなし、英語ほとんどダメ”条件で、90日のサバイバル旅行(ニューオリンズ2ヵ月、グレハンバス乗り継ぎ、全米1周1ヵ月)をした。いわゆる、アメリカ体験-自分の責任の下、すべてを選択して生きる、積極的に働きかける、主張しないと何もしてくれない、人種差別(黒人の地位向上による“東洋人”“メキシカン系”という新たな4階級)など-の洗礼の中で観たものは、これらの根底を成す“自由”であり、“その本質”であった。“自由”…個を尊重し、規制がない(縛らない)代わりに保護もない(関わらない)、何でもあり状態(カオス)-これは決して“お気楽なこと”なんかじゃなく、悲壮なまでの“自己責任と覚悟”が要求される。だから、“主体的に生きる(選んでいく)、大人になる”以外、方法はないのである。
-子どもが背後から銃を突きつけてくる国、“強姦予防”のためにスカートをはけない女性、マッチョ警官でさえ近づくのを恐れる時間と地域の存在…決して映画、フィクションではない“生命の危険(恐怖)と隣り合わせの日常”を生きる彼などにとっては、正に“明日生きてるかどうかわからない”のであり、今日一日の生命の炎が煌かないわけがない。“危険と責任と覚悟を背負った日常”…今の日本とは“生きる姿勢”が違う。あの日常は…たぶん、赤土と岩だらけの不毛の地が続くあの新大陸に第一歩を踏み入れたとき、既に受け入れた(選んだ)ことなのだろう。一方、内側(個)から観た“自由”、それは目からうろこが落ちる思いだった。彼らは感じたときに感じたままを“ストレートに出せる”…“人目をはばかる”ことなく。他人の存在による制約を一切排除し、自分の対象にのみ全エネルギーを集中できると。つまり、“自分独自の物差し”によって、いつでも“自分を自由に発揮できる”-そんな“魂の自由”を彼らは獲得している(モチロン、先の“覚悟の礎”の上に)。“気配り・以心伝心”社会の私にとっては“不躾”で“超ムカつく”ことも多かったが、何はともあれ、彼らはどんな表情も生き生きしており、よいも悪いも“とことん・やりたい放題”なのだ!! いろんな人の歌を聞いた…ブルース、ジャズ、ケイジャンに、Hymnという伝統をひたすら忠実、厳粛に歌うバプティストから、あらゆるリズムで進化し続けひたすら“熱い血”に訴えかけてくるゴスペル・クワイヤーまで、何度も涙ぐみながら心に刻んできた。歌がいかに“楽しく”“生きるために必要不可欠なもの”なのか…。“生きる”“生きている”とはどんなことなのか…ホームレス、デブ、ジャンキー、マフィア、クリスチャン、マイケル・ジョーダンにクリントンまで、“人は何のために生きるのか”が、自分なりにわかった気がする…。
シカゴの街外れ、雪に埋もれた粗末な平屋のChurchで“泣き叫び、踊り狂う老婆”を見たとき-深いところでみんな一つにつながった。彼女は3世代前の奴隷時代を、それ以前の平和なアフリカの暮らしも、一瞬にして垣間見せてくれたのである。初めて日本を離れてみて、彼らと交わってみて、自分が“いかに死んでいたか”を思い知らされた。5年目となるこれからは、“魂”を“己の生きざま”を問うていこうと思う。彼らのように責任と危険と覚悟を背負って、“一瞬一瞬を生きる”…まずは、この人生において“逃げてきた”“やり残した”あることに“ケリ”をつけてこようと思う(最大の“恐怖に挑む”こと、“真の自分と折り合いをつける”こと)。結局、“問われるのは生きざま”だと思う。表現の源はフィクションじゃなく、その人の真実なのだから。一度死んできます、男になるために…そして再び戻ってこれたら、紛れもないヴォーカリストとして歌い続けられると思う。声に関しては、これからは自分で突き詰めていきます。
ここは卒業じゃなく、中退します。“己の生きざま”に徹底的にこだわってみます。生きざまから表現が滲み出るまで“プロになる”んじゃなく、“プロにならざるを得ない存在となる”ために。少し、遠回りしてみます。短い間でしたが、ありがとうございました。…“真の自分が認めた一流のヴォーカリスト”となることで、恩返ししたいと思います。
この2年を振り返ってみると、案外、辛いことが多かったですが、そのなかで自分の視野の狭さ、自己形成不足、および自分の甘さからゆえに、まだまだアーティストとして歌を歌う断固としたモティベーションのなさに気づき、今はとにかく世の中の事柄を広く深く勉強する時機なのだと思います。僕は合宿の感想文で、「『アーティスト』であるまえに『人間』としての自分の確立もできていない」なんてことを書きましたが、最近、自分という一人の個として現実社会に適応する、しないに関わらず、生きていける人間こそが、その生き方がアーティストなんだと、
普段、福島先生がことばをいろいろ変えて教えてくださることに気づきました。
そして、今の自分は、何も自分のなかに絶対的なもの、強さをもちえてないし、他人と何も変わらない。企業社会のなかで、企業に食わせてもらっている身分なのだから、何にも違わない。もしかしたら、変に肥大したプライドだけかもしれない。だとしたら、しっかりとした個の確立のため、ここにいたときの方がずっと楽だったと思えるぐらい、今は自分を研磨したいと思います。僕はこの場でアーティストをめざし、日夜がんばる仲間と出会えたこと、そして、トレーナー、スタッフ、そして福島先生には本当に感謝しています。今の自分で退会したら、僕は間違いなく、ここでは落第生です。でも、5年後、10年後にでも、アーティストとして、この個を、生き方を確立して、福島先生および皆さんに恩返ししたいと思います。僕は福島先生を人間として大変、尊敬し、男として惚れています。とりあえず、この場を去りますが、だからといって、この場を忘れることはまずないし、また何らかの形で福島先生および皆さんにお会いするかもしれません。できれば、僕が本当に成長して、また会いたいです。
今日は大阪から帰って来た日だったが、大阪の町で興味深い(!?)人に出会った。「今の弱者は四十年前、捨てられた」と泣きながら歌っている(叫んでいる)浮浪者(おばあさんの)がいた。彼女の声はきたなく、決してとてつもなくうまい歌ではなかったが、何か気にかかった。周りの人々は、彼女を白い目で見たり、もしくは何も気にかけていなかったが、なんとなく不思議な気持ちになった。今となっては、彼女がただの変質者だったのか、それとも何かを訴えようとしていたのかはわからない、いや、そもそも何かを訴えるとき、まともな精神状態で訴えられるのだろうか、本当に何かを訴えている(表現している)人は、ある意味、みな変質者できちがいだと思う。彼女は変質者だった、だが何かを訴えていたと俺は思う。
元もと、巨大な原動力になるような文化や芸術は、ストリートから生まれることが多い。ドゥワップに代表されるコンボスタイルのブルースやサウスブロンクスで生まれたHIPHOPも皆、ストリートで生まれてきた。それが売れてくると勢いを失い、商業化した凝り固まった、まとまった作品になってきてしまうが、本来、芸術や文化が生まれるのは道の上で裸一貫で思いっきりがむしゃらにやったものの中に本来の芸術や文化の原動力が生み出されるのではないかと思っている。それは荒削りで決してきれいでもないし、作品的でもないが、人間そのものを一番、感じる方法だし、表現であると思う。真のアーティストは、売れようがどうなろうが、ストリート的な生の原動力、生きた力を失わないことが、アーティストとして腐ることのない証だと思った。
2、3年、個人的な面でのつき合いを断つ。もちろん、いろんな人と会って話したりはしたいが、だらだらとした友人などとのつきあいを避けたい。学ぶことに専念したい。今までの甘えがあたりまえのように通ってしまう関係を崩したい。それに何より時間がない。友人と話す時間があるのなら、本を読みたいのだ、今は。別に思いつめているわけではなく、なんとなく必要なことのように感じるのだ。素の心に戻って、今までの生き方を見つめ直してみたい。流されたくない。それが「何」につながるのかはまだわからないけど。(「人を避けたい」のではありません。むしろ「人」をもっと知りたいです。いろんな方々を通して。)
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今年、学んだこと。
ただやみくもに練習すればよいというわけではなく、いかに質のよい練習をするかということ。それができなかったことを大いに反省しています。ライブに出て人前に立つことが何度かあったが、やはり“声”、自分の欲しい“声”が出ないと、自分の表現したいイメージ通りには歌えない。
トレーニングに固まっていると、トレーニングのためのトレーニングになってしまうこと。最終的な目的、何をどうやって、どんな対象に訴えていきたいのか、自分のなかではっきりさせておく必要があった。そういうことは、実生活の中で自分自身の経験から培われていくものであって、そのヒントは家庭、職場など、今まで目を向けていなかったすごく身近な場所にあったこと。そういう理解を深めていくと、しぜんに息も声も深くなっていくと思う。
わからなかったこと、知らなかったこと、自分の分野ではないと思っていたことの構成が見えるようになった。わかっていたつもりのことが、壊れてしまった。レッスンが始まった頃は、ここに来るまえにいかにむだに過ごしてきたかと嘆いていたが、最近その中にも材料がある、貯金があると思えるようになった。
歌っていうのは、本当にものすごく深いものだなと。自分は“できてる”と思っていたことが、実は全然できてなかった。まだまだひよっこだなと感じることが多ァございました。
今年はたくさんのことを学ばせてもらったので、自分の運に感謝したいです。合宿では自分が何を歌いたいのかハッキリとわかったし、そのおかげで日常生活から考え方を変えていく努力もできるようになった。また、のどを痛めたことで、今までないがしろにしていた姿勢、柔軟などがいかに大切なことかわかり、声を出すため、歌うためには、たくさんの基本的なプロセスが必要であることに気づけた。のどを痛めたことが、とてもプラスになったと、4年後には言えるようになりたい。
今年は何といっても、ライブ実習に出させてもらえたことに尽きる。当日までのプロセス、当日の精神のトリップ状態、「本番」という場で学べることが今回のことで感覚が感じとれたこと。合宿で感じた解放をステージ実習、ライブ実習でなかなか出せず、抜け出せなかった。その感覚の実感。練習のやり方。やりたいこととやるべきことの違い(歌ってしまいたいところを抑えておく自制)
表現するということ。今までは自己満足と声をただ出すというと、間違えないようにとか、そういう程度の自分でしかなかった。前に出す、歌で表現する(自分を出す)、わかってはいてもまだできないけれど、このあたりまえのことに気づいていなかったということに気づいたことが、自分にとっての収穫の一つだったと思います。でも、そのことに片寄りすぎると(頭の中で)声が伴っていかないので、やはり基本はすごく重要だと改めて感じました。
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来年の抱負
1音への音の確立。すべてにおける準備(息から声にするものから体、本番までの調整まで)。自分に負けない精神および自分、他人からの解放。
…もっと自分に厳しくなること。いろんなことに対して私は甘かったと思った。無難にまとめてこなして、うまい具合に逃げて過ごしていたと思った。はずかしいとか、かっこわるいとかをどこか考えて、ごまかしていたと思うので、全部なくしたまっ白の状態にまずもっていって、つくりあげていきたいと思います。
…自分を強く大切にもつこと。その上で、人を許し愛していきたい。そういう日々の積み重ねで私の歌いたい歌に反映していったらいいと想う。トレーニングでは、より深い息、よい姿勢、体をつくり、出しやすい音(下のラ)をもっと大きく深くとるようにする。
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ある日、街を歩いていたら、ここの香りがした。通りすがりの人の香水だったんだと思う。スタジオにポプリが幾つか置いてありますよね。私の予想では、サンダル・ウッド、ジャスミン、あとは甘い木の香りがしますよね。香りは“記憶を呼びさますもの”です。自分の家の香り、友だちの家の香り、学校の香り、海の香り…。上手に香りを生活に取り入れると、意外な発見ができる。
ジャズの雑誌の編集長で、他にも文や小説を書いている人に会った。一般的な位置よりは上にいる人でも、できないことに悩んでいた。考えて3日間、眠れなくなるそうだ。書けなくなるというのは、どんな感じなんだろう。私はそこまでやったことはないので何も言えないが、本当にあらゆることを知らないとだめで、美がないとだめだとそのとき、友人が言っていた。普通よりはすごい人でも、普通の人と同じように悩み、そしてできないんだと言っていた。結局、できる人しかできないんだと。
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今朝、アルツハイマーの原因についてとか、生物の本能とかいうことなどについてなんとなく考えていて、ふと思いついてメモした中に“自分を信じる気持ちを思い上がりから引きはがす”というのがありました。夕方、ここに来て授業を受けていたら、“自分を信じることはよいことだが、神様とかそういった頭を下げるべきものに対しては、ちゃんと頭を下げる”というお話を福島先生がされたのでびっくりしました。表裏一体になっている危ないバランスの“自信”というものを、魚を三枚におろすように(例えが変ですが)、意識してきちんと必要なところと不必要なところに自分で分ける必要があると思います。私にとっていつも一番、難しいところです(増長しやすい本来の性質を意識しすぎて、自信が(逆に)なくなってしまうこともありますし)。、
一事を必ずなさんと思はば 他のことの破るるをもいたむべからず 人の嘲りをも恥ずべからず これは一生のうち むねとあらまほしからんことの中に いづれかまさると よく思ひ比べて第一のことを案じ定めて その外は思ひすてて 一事をはげむべし 一日の中 一時の中にも あまたのことの来らん中に 少しも益のまさらんことを いとなみて その外をばうちすてて 大事をいそぐべきなり 何方をも捨てじと心にとりもちては 一事も成るべからず
学校崩壊についてTVでやっていました。小学生の行動の動きをみていてこわかったのは、“たぶん、この子たちは3メートル、いや1メートル先のことも見えないのだ。だから、コントロールもできなければ突発的な感情に身をまかせてしまうのだ。判断基準が構築されていないのだ。”ということです。人の痛みを大人がちゃんと表現し、思い知らせてやらなかった結果かもしれないと思います。、
「思いがあれば、技術はあとからついてくる」~陶芸家・河井寛治郎~
「日に進まざれば日に退く」→能力の現状維持がいかに難しいか、最近つくづく実感…。
指揮者について。ロサンゼルスにゴスペル・ワークショップに行ったとき、一人の指揮者によって場の雰囲気が変わるということを初めて体験したことを思い出しました。数千人の歌い手が、指揮者の一つひとつの動きに吸い込まれ、指揮者が手を一つ振っただけで全員の息が合って、素晴らしい歌になる。その指揮者のことを「カリスマ」と呼んでいました。
私のジェネレーション('69生まれ)の音楽観について、ふっと思った。とにかくテレビっ子で、小学生では歌番組が多く、いわゆる歌謡曲に囲まれていた。しかし、その同じ頃、FMもポピュラーで、FMでは洋楽の方が多くかかっていて、'70年代の洋楽(POPS)をしぜんに受け入れていた。だから、その頃のPOPSは、とても質が高くて、その洋楽を日本のアーティストが影響を受けて、ニューミュージックが生まれてきたので、覚えてなくても実は、'70前半などの洋楽を私たちは知らないうちに肌にしみこませている。そして、'80年代にかかる頃、“プロモーションビデオ”がぐんぐん進出してきて、それもストーリー性のある映像にのった音楽という形ができた。昔から映画音楽など、映像+音楽は引き離せないほどの関係がある。ドラマの曲がヒットするのも、ストーリーとマッチしたとき。リスナーはたとえば、音楽だけ(映像なしで)を聞くときに、何を思うか。その一つに“自分で映像を創る、もしくは、ある思い出の場面を探す”作業をしている。人が音楽を聞いて感動する理由の一つに、忘れてた記憶の一片が湧き上がる…そんなことが起こっているんじゃないかなぁと思った。人々に、その作業のお手伝いをしてあげられる、アーティストという仕事は妙技なのだ。
松山千春さんのTVインタビュで。「最近の若い連中は、何も考えないでいい歌詞ばっかり聞いてていいわけ?! (視聴者とインタビュアである岩城滉一さんに向かって)俺は中学3年のときに下田逸郎さんの“踊り子”って曲聞いて、“これが人生なのか”と思ったわけよ。深いんだよね。いいの? 何も考えなくてさぁ!」というようなことを言っていた。この“踊り子”の歌詞は、実にサラっと、確かに捉え方によれば人生訓、恋愛訓になる。千春さんが、オリジナルしか歌わない彼が唯一、自分のアルバムに入れているこの“踊り子”という曲。下田逸郎さんを大変に尊敬しているそうである。自信に溢れている彼、松山千春氏だが、いつも「明日は数人しかお客が来てくれなくなるかもしれない」という気持ちでいるというのが、またそれでも訴え、言いたいことは変わらないし、同じに言っていくという姿勢が印象的だった。
先日「琉球芸能まつり」という、正統派の琉球民講を聞きに行ってきました。日本人として誇れる音楽、それもとても自然と融合しているあの音階や、トラディショナルな心を取り戻してくれる場所として、沖縄がとても好きだったというのもありましたが、やはり一つのものにこだわって学問をするという姿の美しさ…。厳しさは美であり、美は心を表わす…。充実した時間を過ごすと共に、聞く人間も体力を使った。すごかった。
地球を何とかしようというのは、やはり自然に反しているのか?“最後の審判”らしきものはやはり来る可能性大らしい(←ちょっとバカ)。みえる人にはみえるらしい。このとき、神なる宇宙の光の中に行ける人と行けない人に分かれるらしい。宇宙に一致した(無償の愛状態)人だけが行けるなら、先生方はすでにそれをなさっているので、ビッグになることや世界に行くこと以上に、技術とともに一元を通して無償の愛を学ぶことにここの存在価値、意味が(今は)あると思う。現実に根ざしながら(自分の身の丈を知りながら)、そういう歌が歌えるように、力をつけていくのだ。
中尾彬氏がTVで「昔はウイーン少年合唱団のような声だったが、劇団(民芸)で3年鍛えて今の声になった。変わるんですよ。」と言っていた。舞台役者が声の修得が早いと思われるのは、いつも対象(お客)との声の距離を意識しているからではなかろうか? 声楽家のように…。
「同じ格好で同じ表情で同じことをしなければ、同じ思いは伝わらないの?」という問いかけがある。同じである必要はない。その違いを超えた、人としての共通した同じ思いが大切なのである。人と人との連なりと支えあい、悲しみや淋しさへの共感と、あたためあい癒しあいを求め行なう「思いと心」が世界中に拡がっていくことを願いたい。~「心のともしび」より
「虹色の魚」という話をご存知だろうか…。これは絵本だが、きれいなうろこをもった一匹の魚が、高慢さから一人ぼっちになり、うろこを他の魚に一つずつ分け与えることで、自分も幸せになるという話だ。この話の主旨とは少し違うけれど、私は今まで何だかいろいろ無意味にきれいなだけのうろこで体を飾っていただけのような気がしてきた。本当に大切なことは、そんなうろこではなく、そんなうろこが不要なほどの自分自身なんだということ。今、私は、うろこを一つずつはがす作業をしているようだ。ここを習うことは、本当にいろいろなことを私に教えてくれる。歌が音楽が、それを私に教えてくれる。
日本の教育にありがちな画一的なロボット大量生産の、全く逆のことをここではやっていると思う。だからこそ、意識を高くもつことが必要となる。その分、大変だが、与えられることを求め、与えられることに満足しているようなところでは、絶対に国際人は生まれない。ここのような場があることを、日本人として誇りに思う。
日本人の創るミュージカルを見て来て一番、不満なことは「歌が…」といつもがっかりさせられた点であった。この研究所に入って、なぜ自分が不満だったのか、その理由がわかってきた。セリフ~歌へと、原語ならばスムーズに流れていく。日本人がやると、その発音、発声の浅さから、否応なしに薄っぺらな感じになってしまう…。声そのもの、体そのものにコントロールが働いていないとは、何だか同じ日本人として、本当にショックだった。海外の人たちは、何をやっても力と熱、確立された正確なしかも熱いものを与えてくれるのに…。
美術館へ行くと、たいていおそらく趣味で絵を習っていると思われる中年の人たちを見ます。その人たちは、絵の前に立って熱心に技法を観察しています。「ここの水の流れは、絵の具をこう使っているんだ!」とか。でも何か違うなと思うのです。確かに技法を観察するのはとても大切なことだと思います。でも、どんなに技術的にはうまくマネができても、決してそのプロのように描ける訳ではないのにと思う。そんなに絵のすぐ前で見ないで、もっとうしろに立って、その画家のつくり出す世界を見渡して、その世界に入って楽しめばよいのにと思う。音楽でも同じですね。どうしても私などは、すごい歌い手の曲を聞いてもテクニックが気になってしまう。美術館で見た人たちと、これでは同じですね。トレーナーの曲の解説で「この歌手はこんなに声が伸びてすごい、というのは全然違うよ」ということをおっしゃったのを聞いて、そう思いました。
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いかにテンションを上げるか(これは本当に大事なポイントになる)。舞台の顔をつくる。急につくれるものじゃない。常に意識をもっていないと、不しぜん極まりない。人前に出ることを楽しむ。一目見て歌い手だってわかるような風格が歌の技術とは別に出てくる。先の(プロの)苦労を考えたら、今なら楽ですってこと。
音から聞こえてくる空気を聞けるか。声を通して歌っている人の顔なども感じられるか。流して聞いてしまっている状態を脱すること。生理的な部分まで下がって聞けるように。人をひきつけるにはどうしたらよいか→全力で全身を使って表現ができている。自分が歌うときは全力で全身を使って場の空気を変えることにチャレンジすること。この場で思い切り失敗できないとダメ。
ここは、判断力を磨くトレーニングでもある。自分の声、他人の声(講師や一流ヴォーカリストを含むすべての人)。耳や体ができていないうちは、わからないのがあたりまえで、それをわかるためにトレーニングをし、わかるとまた次にわからないことが出てきて、それがレベルアップということ。とにかく、徹底的に声にこだわること。その上で、表現のこともいいイメージをたくさんたくわえていくことが今、必要だ。
耳というものは本当はもっと敏感なものだと思う。聞けないということは、心が開いていないというより、頭のなかの思考が邪魔しているのだと思う。今までいろんな音楽のジャンルを聞こうとしなかったのは、ジャズはこうでオペラはこうでと、たった1、2度の印象で決めつけていたから。この頭さえおとなしくさせておけば、自分のすべての感覚は正常に働くのだと思う。おいしいものを食べるように、いい匂いをかぐようにいい音楽を聞くだけだ。頭は嘘つきだけど、感覚は正直なものだ。そういう気持ちをベースにもっていれば、いろんないい音が聞こえてくると思う。
歌の背景にあるもの。なぜその歌が今ここに存在することになったのかということ。どうして深い価値を有しているのかということ。フレーズの踏み込みなど、さらっとただ聞き流してしまうような部分も、耳をきちんと意識下で使い捉えると、起承転結を含め、一つひとつに流れのなかでの必然があるということ。そこに高度な体、息のコントロール、テンションのコントロールがあるということ。自分の興味を(音で)強くひかれたアーティストに関しては、インタビュのバックナンバーから資料から、ブートレグVTRから、とにかく集めまくり、聞きまくるのですが、その他のものとの扱いの差が(音の表現を求めるものとしては)、ありすぎると思いました。、
“Someday we'll all be free”を聞いていて、涙が出てきてしまった。ゴスペルの部分でなく、美しいなめらかなおだやかな歌の部分で。黒人解放についての本を探していたとき、なんでこんなに一般の街の本屋、しかもちゃんとしたある程度の大きさの店にもほとんど置いていないのかと思うほど、なかった(紀伊国屋で買えた)。インディアン迫害などは結構あったのに。売れないのだろう。好んで読まれないのだろう。そうすることができてしまう日本人の(マイノリティ以外の)幸福さえ思い知った。淡々と書かれている史実は、日本人の私の中をえぐっていく。“牛や馬のように扱われる黒人”(もちろん、ひどい…と思いつつも、じゃあ牛や馬はそうされてもいいのかとか、余計なことも考えてしまいましたが)。ひどさということなら、命を命として扱われず、何の罪もないのに理不尽な悲惨な状況に巻き込まれてしまった、たとえば地下鉄サリン。それが、365日24時間、何十年、体だけでなく人間としての心までも拷問され続ける。しかも、拷問の状況を彼らに対して行なう側が、時代として国として正義だというのだ。何というめちゃくちゃさ。そしてそれを、白人側から変えようとしたリンカーンやケネディ他の動きも、白人社会の巧妙な妨害や黒人内部の事情から平らかには進まず、ましてや黒人側からの動きは、リンチに合いながらも前進するような困難極まりないものだった。心の権利も奪われてきた人々が、求める光のあまりにもかなたな状態を長い長い年月、耐え続け、戦い疲れ、殺されていった者の上に、歌う歌のなんと美しく心豊かで愛に満ちていることか。演歌のように、恨みつらみ悲しみを、そのまま音階にするような表現は、国民性ということなどで、一つの形であり、何ら否定されるものではないけれど、ただ苦しみや悲しみの深さという観点から見れば、黒人音楽の裏に支えとして流れるそれには、とうてい及ばない。あの圧倒的に深い絶望。人間の根源に、そして命に根ざしたそれとは違った感情レベルの問題だからこそ、暗いことばを暗い旋律にのせ、切なくどろどろと歌ったりすることが可能なのかもしれない(そうでない演歌もありますが…)。生命の瀬戸際に人間が発揮する力、もうだめだとしか思うことのできない、どん底でも人間の再生力、神の手。そこに至ったとき、深い絶望は愛や信仰や深い深い想い“正”のエネルギーでしか、対する・救うことのできないということなのではないか。無条件に私を愛し信じてくれた愛犬が亡くなる前に、抱き締めているときの、こちらももう、何も考えていない相手への想いと、それを伝えたい(ことばだけでなく、すべての五感で)という気持ち。(恵まれた日本人の一人である私が、こんなことを感じていること自体、偽善的かもしれないが)美しい音楽とリズムのなかで、アレサの息からの想いに触れた瞬間、そこに含まれる…美しく愛と魂に満ちているからこそ、それから察することのできる暗部の深さに息ができなくなり、そしてその歌の想いの尊さが感覚となり、全身をめぐっていく。、