一流になるための真のヴォイストレーニング

福島英とブレスヴォイストレーニング研究所のレッスンアンソロジー

合宿特集1 20910字   740

合宿特集1             740

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 合宿コメント

 

 

 

 

 

軽井沢のつき抜けるような空へ

 

 

この夏に煮つめて

練り込んでおいで

 

五合目まできたら

そこからがずっと大変なんだけど

降りることを考えなくなる

だからのぼれるんだよ

                                            

 

 

「軽井沢と私」

 

毎年、合宿から帰るときに、これで来年は多分やらないと思う。

いつも、それで私はすっからかんになる。

いつもこれ以上、どうしようもないと終わる。

 

これ以上、君たちに与えようはないというところでは、

君たちに対して、与えるすべをなくす己の力に対する崖っぷちの愉悦。

そして、皆の大部分にとっては特別で、私には日常の三日間が過ぎ去る。

 

合宿は、ここの夏を自分に刻むためのセレモニーとなりつつある。

それもよいかと思う自分が不思議だ。

 

 

気高き女神の唾棄に心が動くのか。

春風が吹くと、何だかそういう気になる。

非日常におかれて、あぶり出される才能のかけらに

胸をつきさされ、そこに赤い血が流れることを期するかのように。

おき忘れた大空を、やわらかくなった土から掘り出せと、誰がいうのか。

私の首筋に生風が吹く。

耳もとにささやく。

生臭い血の匂いは、郷愁か。

 

見えぬ目をゴシゴシこすって、

スモッグの向こうにある透き通った青空を、

満天の星空を呼吸しようと

私の肺は、声を出さなくとも生きている。

 

風が呼ぶ、

軽井沢の風はその名の通り軽やかで爽やかで、

そこに夜露のいやしをさそりのように集う

人間の、その愚かさとそれゆえ、

天地の、神々の創造の偉大さを、

見つめる浅間山は、煙たたねど

呼ぶ風に、やはり、今夏もいくか。

動かねば、何も起きぬ。

 何回目か、軽井沢の夏。

 

 

 

今年は、開催に迷っていたが、私は行くことにした。

昨年までのようなグループ別の共同作品の上演はやらず、

ここの日常を軽井沢という別天地に移してみる。

もっとも大切なことを、豊かな空間を利用して行ないたい。

精神的覚醒のため、“気”の違うところに境を変えるということは、

とても有効なことである。

一緒に座ってみよう。

来し方、行く末、考えたい人は、この機会を利用してください。

 

 

 

 

今回の目的

 

授業のまとめ(自分なりに、このヴォイストレーニングを捉えなおす機会)

これからのために…(特にライブや自分の歌の世界を見つめ直すために)

強化トレーニング、弱点トレーニング(トレーナーとも親しく)

いつもできないことを、特別集中で。

人間、声、音楽、歌、そして自分を考えるために…

コミュニケーションづくり

 

日頃の怠慢さを合宿で挽回したいというのは無理、日頃の練習がないところに何も生じない。

 

合宿で何とかなるなどと思っている人には申し訳ないが、

そういった目的は、毎日のレッスンでやって欲しい。

 

なぜ合宿かというと…

日夜一所懸命生きてがんばっているがために、

見えなくなっているものを取り戻しにいく。

大自然の中でもっと大きなものを教わりにいく。

行動して欲しい。

 

今回の合宿は、自らのメニュを自らこなす場であるが、

私自身もステップアップするためのメニューをもっていきたい。

それに関わる君らとの時間が、共通のメニューである。

 

 

 

 

“肉声劇場”

 

 

未来…「星の王子」はもういない

バラは咲いていた

咲いていた記憶が

星からやってくる(「王子、様」でなくなった)

 

現在…キツネはみている

まだ、みている

バラの咲いていたところを

みているから咲いている(「赤」くなくなった)

 

過去…私の見てきたもの、聞いてきたものを

見てみよう、聞いてみよう

合宿コメント 

 

今回の合宿に関しても、いつもみたいにグループでまとめていこうと思います。

今回は劇団での初歩的な感情移入とか体の動きとかそういった事柄を抜かしました。

基本の習得にどう使ってもよいような材料で柔軟に対応しています。

 

ヤマハポプコンの曲を15曲分持ってきています。その中でどのような形でセレクトするのかみていきたいです。

自己紹介で皆さんの実力を見て決めようかと思っています。

その頃の日本のポップスに関しては、それなりにレベルが高いと思います。難しすぎるから飛ばしたい曲もあるくらいです。そういう意味で15曲です。それを明後日、この場で、最終的には発表することにします。

初心者の方とか、あまり音楽にふれていなくて、音もとれないし、歌詞もわからない人の場合は先生方からのアドバイスができるようにしておきます。いざとなればピアノを使ってトレーニングします。

 

それから時間に関しては2分くらいでまとめてください。自分のなかでノートをとってそこで歌詞を変えたければ変えてもかまいません。

曲に関しては、どう変えてもかまいません。どんなセレクトになるかわかりませんが、15曲ですから各班で1曲が場合によっては違う形になるかもしれないです。

こういうステージというのはたくさん言えばいいというものでもなく、ただやればいいというものでもなく、最小で最大の事をやることです。

 

よく考えてみれば、みんなは最初から歌を聞いているわけではなくて何が飛んでくるかを楽しみにしているわけです。

当人が伝えようと思っていなければ伝わらないです。最初にそれがあって、音楽の世界がある程度、完成されている人に、これが私の作品ですということを見せつけてくれたらいいです。

そうではない場合は、コミュニケーションが必要になります。

 

よく型と形みたいなことを言いますが、それを自分の中で崩していくこと。

去年はジョルジアの歌唱映像を見ましたね。音を消しても、こんなに動きが大きくて、表情が変わるんだということも見ました。

それを聞いて1年経った人は、この場が狭いなというくらいに使えないとダメです。昨年参加した人もいますね。そういう人はちょうどいい反省でリベンジできる機会だと思います。

 

 

いつも考えるのは音への感覚、音楽という前に歌、ことばも含めて、またそういう出会いをきちっとやることをしてきていないということ。それから、準備してきてはいるけれど、ここへくると何か違うことをしてしまっているのか、自分で違うということがわかっていないのか、でてこない。

 

それにきちんと出会っている人は何名かいます。だからそこから学んで欲しい。

今回は、今までとは違って、宿題として課題を渡さず、場が変わった、では観客も変わるだろう、そこで曲を投げ込んでみたら、どう受け止めて、どう作り上げるかということを純粋に構築していこうというテーマに絞っています。

 

そういう中で自分で今の状態を見ていますと、なかなか学べないような気がしますので、他の人が、或いは、今日優れているなどと感じた人たちが、どう作品に仕上げているのか、そのプロセスを明らかにしていきたいと思います。

 

だから3日間をどうすごすかということよりも、3日先にテンションが行っているかという話です。3日で終わるわけじゃないし、先がありますから。

 

ここで、あまり細かいことは言いません。今日を見て、作品はともかくとして、時間的にほとんどの人が守ってくれているということで、最初から緊張感を持ってはいました。

だから、後半の方は、歌い手の責任でした。結構シャアシャアと嘘でぬり固めるものだということをやっていた。そこは自己紹介としてのアピールの仕方だったらいいですが、そろそろ自分に気づいていかなければいけないです。

 

このことをやることは、プラスなのかマイナスなのか、音の世界は非常に感性を働かせないと捉えられない世界です。一つの音をとってみても、です。

たった一秒の中にいろいろなものが込められる。その一秒を最初から五秒も十秒も自分を低めるために使ってしまう。

ならばやらない方がいいわけです。

 

だからそういう面で出たときからカウントして、次には言い聞かせながらやっていきますが、3つだけ今回の合宿に関して言っておきます。

一つは、3日間で自分が口にしたことば、行動したことばというのは、一生と同じだということです。だから夜でも、いろいろなことをお話されると思いますが、そのことで一生を終えてもいいのかということを考えてください。

 

せっかくみんなそれぞれの世界があってきているのに、そんなものを全然出さないで、たとえば、「福島先生は、さっき、おかずを食べるときに、、、」とか、そんなつまらない話題で終わらせないようにしましょう。

 

自分を見に来ているわけですから、口にしたことばが一生続いてもいい、というようなことを口に出そうということです。そして、それぞれの人が一見、大したように見えなくても、それなりに持っている人はいろいろな世界を持っています。ある分野がものすごく深かったりとか。

 

音楽でも人間としての部分でもいいですから、こういう交流をせっかく3日間あるので、深めていってください。

 

もう一つは、いつも言っているように、攻めと守りです。守りというのは守らなくてはいけない、これは基本です。では何の為に守らなければいけないかというと、より攻めたり、より壊したりするために、余計なところで無意味な戦いをやってはいけないということからです。

 

自分が最少で最大限力を発揮出来るためにロスをするなということです。そしたら戦いの方に全力集中できなくなってしまいます。攻守、両方必要です。

 

子供ではありませんから、外に出て迷子にならないようにとか、何分までに帰ってきてくださいとか、点呼をとるとか、そういう注意は最小限、必ずそういうことは守ってください。

心配しているのはここは一番の山奥ですから夜真っ暗になると電気も消えて迷ってしまったら帰れなくなってしまうことです。街の明かりもほとんど見えません。

外出は自由にしますし、個人の判断に任せますが、弱い人は、ここで試そうとは思わないでください。それが2番目ですね。

 

それから3番目は、大いに気づいていて欲しいということです。どれだけ自分に足らないものを見つけたり、そこで学べるかということです。

学んでいる以上、最初、うまくても学べない人はどこかで追い抜かれていくわけです。だからそういうことについては、3日間いろいろなことが学べると思います。

 

我々の方が教えるということよりも、この3日というのは、連続の3日間があるわけですから、どれだけ気づけるかということです。

 

今回に関しては、そのプロセスです。

この中にも何人かいると思いますが、何を与えてもいい意味で自己流に持っていってしまうという人です。それもいいと思います。

それでハマる曲があれば1つの作品になってくると思うし、ハマらない曲は自分が選ばないようにするセンスをつけていけばいいわけです。自分の世界に持ってくることができればいいです。

 

プロセスを呈示していくということで、その材料からメニューへのプロセスがでていれば、いい一日になるという感じがします。

 

 

 

 

 

 

セレクトに関しては、いつもやっていることです。まず曲を歌を知るということ。それを知るためには自分を知るということ。自分の思い、自分の感情、誰にどう伝えたいかもあります。

もっと大切なことは、これがバラバラな人が多いのですが、接点をつけるということ、これは気づきです。

この歌はすごくいい、でも自分には歌えない、でもあの人にはいい、というような判断もあるわけです。こういうことも気をつけてみるとよいと思います。

 

だから自由曲を聞いてみても、いい人はよかったですが、嘘で固めてうたっている人、たぶんそれに気づかないまま、いくし、自分でいいなと思いこんで自分の歌だと思ってしまうと、まずい。

どこかで気づかないとだめです。

気づかないと、だいたい続かないことになると思います。

こういう世界に飽きてきてしまいますから。自分の歌とか自分の歌い方そのものに興味関心を強く持ちましょう。

 

 

時間的なものも含め、声に何かを含めていくということです。

歌への扱い方が雑です。出だしと終わり方一つを見ればわかります。

 

何か言いたいことがあって、そこでやろうとするのはわかるけれど、もっと大切にしようと思ったら、そこまでに持っていくことが大切です。

ということは、出だしの所も大切です。慎重にしすぎて、今度は流れが出てこないとか、壊れるとか、いろいろな問題ができてくるわけです。

 

歌に愛情をもって接していって欲しいということ。

そのためにそれを発見しなければダメです。その曲に対しての自分の愛情みたいなものを。

いやおうなしに自分と接点をつけていくということです。

 

今の時点でまとめて発表すると、他の人の影響はあまり受けないでしょう。

自分なりにまとめた作品であると思います。

自分の作品であるということは、既にその作品としての限界でもあるわけだから、それを捨ててまた新しく作る。

 

簡単なことではないけれども、同時にそこに自分の欠点をも表しているという形で見てみる。避けたいのは、前に歌った課題曲に似てしまうことです。そうすると同じことの繰り返しになってしまいます。歌とか曲だけが違うだけ。

 

するとここで出会えなかったということになります。その歌とか音、あるいはもっと大きなものでもよいですけれど、何か一つ新しいものを加えて欲しいということです。

昔は加えられたけれど忘れたものでもよいです。何かでてくるかわかりません。

 

自分なりにまとめてみると作品になりますが、同時にすぐ限界になります。そこで何か可能性を出して欲しい。これは可能性があると。

 

その人の体力とか気力だけを見ていてもしかたなくて、やはり表現されたもので示さないといけないです。身体でもよいですが表現された体、それは楽器としての優秀さなどであれば、こちらもまた1年経てば変わるかと思います。

完成されてしまって小さくまとまったものというのが、一番おもしろくなくなってしまいます。悪いとは言わないけれど、だからといってどうにもならないというような感じがします。

 

これも繰り返し言ってきたことばですが、他の人がうまいと思ったら、ものすごくうまいということです。芸事の世界は、そういうものです。自分と同じくらいのレベルだというときでさえ、数段上です。誰もが自分に甘いし、歌だから自分にないものはうけつけにくいのです。

 

うまいと聞こえるのはものすごくうまくて、来年越してみせるぞと思っていても、そんなに簡単に越せるものではないのです。そのくらいで見てもらうとかなりの人から学べるでしょう。そうではないというものは、反面教師的にも学べる。

 

これだけ材料があるし、人がいるわけです。他の人から学べることは、すべて学んで欲しいというのが、こういう場の目的です。

 

他の人に伝えようとして初めて学べることが、あります。あまり伝えようという努力をしていない人には、歌を間違えなければいいと、そこで終わってしまうわけですが、そこから一歩踏み出して前に出なければいけない。そして前に出たときに、自分の伝えるというこのくらいの感覚では伝わらないということも含めて、感じて欲しい。

 

他の人に何か伝えようとして初めて学べること、伝えようとして終わった後に学べることもたくさんあると思います。

こういうところでよい空気を吸ってやっていると、東京とか関西の都市とは、異質な生活です。そういうものに体を戻してみて、土とか自然とか命とか体とか、そういう鼓動に敏感になったときの状態のものを持ち帰って欲しい。

 

歌というのはおかしなもので、100時間、1000時間やれ、歌っても、うまくなりません。歌のなかにハマッて、なかに入っていったら、何時間やってもあまり変わらないです。逆に上達が止まったり、よくなくなったりする。

 

いったん自分をつきはなすということです。本当は自分のよいものは大事にして欲しけれど、その歌さえ否定してみて他の人の歌を聞いてみて、取り組むのです。どこまで広げて取り込めるのかが、その人の器だと思います。

 

自分を壊しても取り出せるというのが器、いえ、人間なんて壊して壊れるものではないですから。死なない限り、大丈夫です。

他の人が100時間かけてみえないところが、1分で見え、一瞬で見える場合もある。そういうことを100回繰り返す方が大切です。

見えるのは一瞬なら本当に1分で100くらい見える場合だってあるわけです。ある人が1年かけても、いや、一生かけても気づかない。そういう経験がここに機会としてあるのです。

 

よい場数を踏まなければならないというのは、そういうことです。レッスンの前にも何度も言っていますが、1回ごとに気づけるわけではなくて、100回言ってみて、1回、大切なことで気づけば残りの99回全部の元が取れるわけです。

 

結局、回数や時間を誇っていても仕方がないわけです。ただそういうことが、5回しか経験しない人より100回の人の方が起こりやすいということです。そこら辺は、学び方でのタイプもあります。

 

足りないものに気づいて補充する、そういう学び方をしてみてください。

自分と全く違うタイプで音楽的にうまく見せている人がいる、それは自分にはできないと思っていたけれど、案外試していなかったり、できないなと思っているままになっている場合もあるわけです。そういうものを課題にしてみるとよいと思います。

 

とりあえず、ある程度、広げて深くしていこうということです。

日頃、こんな忙しいときにこんなものを聞いていられるかというような意識も大切です。するとそれだけ時間が凝縮されますから、ここでの時間、空間は、無限大に広がるでしょう。

 

こんな話ばかり聞いていて、もう忘れたと、バタバタやっていると後で、パッと場を与えられると、そのときにバッと集中できるわけです。それを3時間ダラダラとやっていると、その人の中で消化されてしまって排泄されてしまうのです。欲求不満が溜まったくらいでやるとよいわけです。

 

ステージというのはタイミングが難しい。完全に消化した後は、テンションが下がりかねない。だから、どこに持ってくるかというのも、人によって違います。

 

後は学べるようにしていって欲しいということです。あたりまえのことをきちんと繰り返す。というのは、そういう場とか、人がいるとあたりまえにできるけれど、いないと結構苦しいわけです。そうでないと学べなくなってしまうわけです。

 

だから、今回も、合宿は、骨拾いのつもりでやろうと思っています。私が学べるのにみんなが学べないというのは、また贅沢なことだと思います。ただ、学ぶためには学ぶだけの条件が必要です。

 

私は、昨日も今日もなるべく8時間くらいは、立っているようにしています。これはみんなよりも少し歳をとってきたせいもありますけど、去年立っていて大丈夫で、今年立っていてきついなと思うと、そこを補充しなければならないということです。

 

私がやってきた世界というのは、座るということも許されなかったからです。立っていれば体力もつきます。時間があれば歩いているのも、別に歩きたいから歩いているわけではなくて、こういう世界だと同じ時間だったら、そういう状態をキープしておかないとならないのです。

 

それは私にとっては、全然、きついわけではないです。きつくならないためにやるのですから。そういう時間の感覚や緊迫感をなくしたときには辞めるというのが、どこかに入っていて、それがあたりまえ、みんなから見たらきついことをやっていても、普通です。

 

これは伝統のある世界もそうだと思うのです。何事も受け継がれているうちに弱くなっていくところもありますが、そういうものは、うまく利用していって欲しいです。皆といると、楽なんです、要は1人でそんなことをトレーニングしようと思うと、それだけで一大目的になります。

 

こういうのは高校野球で伝統校だといわれたりすることろでは、理不尽だなと思いながらも、そういうところで知らずに鍛えられていって、結果としては楽に身について、次のことを学ぶ準備ができてしまうわけです。

 

人というのは何かで支えられていますから、その人の向こうに何があるか、何も先生方から学べというのではなくて、合宿にもいろいろなメンバーが来ています。

それはみんな材料だと思います。そこから学ぶことをやってみてください。

 

歌で勝負というのも、だんだん歌を伴わないで勝負できるようになってきて、そのうちことばも使わなくて勝負できると思うようになってきます。そのうち声も使わなくて、ここに立っていたら、こういうことを言わなくて勝負ができるようになってきます。

 

そのうち肉体が滅びたら精神だけで勝負をしていく。すると最終的には無になってしまうわけです。死んで生きていくのです、いずれ、人間は。

 

そこら辺は皆さんそれぞれにとっての自分の問題だと思います。人生観とかそういうものも全部関わっていくものです。

ただ人間一人の力というものはとても大きいですから、自分で自分を限定するのは、やめましょう。こういう合宿で、せっかくよいものが出ていてそれを5年、10年とオンしてやっていけば伸びるのに、オンしていかないなら、残念です。

 

 

 

フレーズの実習をやってみます。

円になってもらって、課題曲で自分はこのフレーズをやろうと、もちろん、持ち込み曲があったら、そのフレーズで考えてみてもかまいません。

 

 

結構よかったです。

最少で最大の効果を上げるというのは、こういうことです。

 

歌というのは3分間これの繰り返しです。自分が言って反応を受け止め、また自分で言って、その呼吸を合わせないといけないです。

そんなことをやったことがなくて、今日、初めて、珍しい体験をしたという人は、今までがおかしいわけです。これまでステージで、お客さんを全く見ないで歌っていたということです。

 

これが伝えるということです。皆さん結構、よい顔をしていました。

自分が持ってきた曲のせいか、場が和らいだこともあるでしょう。

せっかくいいものがあって、それがセレクトされて出たわけだから、それを課題曲に活かしてください。

 

それでは課題曲モードに戻したいので、先ほどと逆の順番で一フレーズずつやってみます。

呼吸の捉え方の勉強をしたので唱和してもよいと思います。

刺激を与えるために順番を逆にします。1回与えて1回返すというかたちで逆順に回してこれが終わったら自由時間にします。

 

今の感覚を保ちつつ課題曲へ切り替えてください。

せっかく、よい顔ができていて、見るところもあったのですから、いきなり課題曲でこわばらないで。忘れた人とか壊したくない人はパスでよいです。

 

♪あなたの心は、孤独を胸に知る

 

先ほどの感覚で一人で与えてやったときの舞台の感覚からいうとちょっと引っ込んでいます。まだ慣れていないようなところがあるからでしょう。

ここから悪い方面に行かないで先ほどの感覚でやってみてください。

 

結局、そこに出てやれというと、開き直ってやるのでしょうけど、なんとなく、こうして慣れると、みんなにまぎれてしまう。すると、また、この中の何分の一かの役割になってしまうわけです。

それではダメです。主人公はあなたです。

常にどこであっても、自分のステージのつもりで出てきてください。

 

ここにいたときの感覚を、ここで出せるから、一人でどこに行ってもキープする。

せっかくああいうコミュニケーションの呼吸とか感覚を得たのであれば、それをキープしなければならないです。

 

そこで自分を中心に考えてよいし、それによって音を動かしたり、リズムを動かしたりするのです。音を外している人もいますが、細かいことをいわない、としても、そこでより気持ちよくより働きかけるために、正されていくはずでしょう。

 

いろいろな動きが入ったりリズムが入ったり、音がタンタンと奏でられていけばよい。

そういう感覚と関係なしに覚えて、タタンタンとやっても、こんなのは心にふれるわけではない。

大きな動きを他の人と共有している中で、より効果的にということを考えれば、どうして曲がこう作られているのか、その曲を自分だったらどうすればよいかというところで、そんなにハズれるわけではないのです。

 

 

ここへ、2曲もってきてくださいと言いました。

それは、その人のなかで何年経った曲かわかりません。5年、10年練り込んできた曲かもしれないし、あるいは1年か半年、あるいは1ヵ月、1週間で仕上げた曲かもしれないのです。

 

その曲を最初にやってもらったわけです。これは自己紹介の歌です。

簡単に言うと練り込んできた自分の力を一番、出せる曲だったはずだし、自分を出せるステージだったはずです。

 

それに対し、他の曲をポンと与えら2日間で仕上げるというのは、難しいでしょう。

プロで本当に自分のことを知っている人でなくては、それ以上のものが出せるわけがないということになると思います。

 

絶対、初日に自分のもってきた曲の方がよくて、明日から、やる曲というのは練習不足が出たり練り込みが足りないところが出ます。

ところが、最初の曲の完成度があまり高くなかった場合、かえってこの2日でやったものの方がよかったりすることもあります。

今日は、そのプロセスを見て欲しいと思います。

 

最初のステージのなかに、皆さんのいろいろな力とか才能が入っているということです。結局、ステージは、それらを凝縮して取り出したものということになります。

だから、取り出せないと意味はないわけです。

 

そこで、課題曲というのは自由曲よりもいい意味で型となるわけです。少なくとも他の人も歌っていて、他の人も同時に歌って習得するわけですから。

 

今回、予め材料として、配らなかったのは、このなかにもいろいろなキャリアの人がいると思いますが、同じ条件でやる方がプロセスが見えるだろうという配慮からです。

今日のレッスンは、そこのところをオープンにしてみようということです。

 

自分一人でやれることは充分、自分でやってきたと思います。それにたかだか、あと2日足しても、あまり意味はないです。それなら、ステージ実習の前にこういう期間として2日を足していく方がよいということです。

 

いつもステージに出る。出てはいるけど、何かが足らない、何かができていないというところがあるから、自分で気持ちよく聞ける歌にならないわけです。だから、そこのところを見つめる必要があるわけです。

 

 ポップスの場合は、そこに一人での芸術性とか完成度を求める人はいますが、人だけでは決して完結し得ないものだと思います。

今の時代を生きている人を見ながら、そういう人たちの顔色を見て、その影響を受ける必要はないですが、そこに全く通用していないものに対して「これが自分の世界だ」とはいっても、受け入れられないものもあります。

 

つまり、誰よりも今を生きていなくてはならない。

そういうことでいうと、ここの場のなかで他人に与え、聞いている人に与えて反応してつくりかえていくというプロセスをとりたいわけです。

 

たぶん今まで、皆さんは「みんな聞いて、聞いて」というところでつくっては、ステージに出ていたのではないかと思います。

これから、ことばのコミュニケーションではなく、フレーズを回したりします。

そのとき、ここに伝わったとか、ここで引いてしまったとかということを肌で感じて欲しいと思います。

 

最初のステージを見ましたが、1曲というのは長すぎますね。多くの人が1分ももっていないです。もっていたら、やる方も聞く方も楽しいはずです。

多くの人が、最初からつくるのではなくて、何かしら多くを受け継ぎます。

しかし、つくり守るというところに自分の本質があって、そこを学んで、軽井沢という場で示さなくてはならないわけです。

 

だからもう一度、日頃のレッスンでやっていることを大切にしてください。

ここにはあえて、アテンダンスシートとかステージ実習票とかは持ってきていませんが、レッスンの基本をしっかりとやるべきです。

それがないから、一体何を盛り込むのかわからないまま終わってしまうわけです。

 

なぜ、16曲もあるなかで、その曲をやろうと思ったのかということを考えることです。

それをフィーリングと言ってしまえばそれまでですが、単に曲を写しても、ヴォーカリストはダビング機ではありませんから、意味がないわけです。

 

曲から曲に写しても、そこからは全く何も出てこない。基本として崩してはいけない条件がありますが、初めてその曲に出会い、少なくともその曲をやってみようということになったのであれば、そこで出会った想いを拡大させることです。

わずかでも、そこにその曲を変えられる可能性があれば、徹底して追求することです。そういう部分を出すと、聞きやすくなります。

 

今一度、なぜこの曲を選んだのかということと、もう一度、明日までにそれで何をどうやって伝えたいのかということを絞ってください。

 

 

よく、ことばでわかっているとか、わかっていないとか言いますが、ある程度のレベルのところまでいっている人は、今日までのプロセスですでにかなりできているわけです。

だから、音程とかことばを忘れないようにというところでやっている人とは、学び方のところのレベルからして違うわけです。

 

初心者だから歌詞や音程から学ぶというのではなく、音楽の表現から学ぶという学び方をしていくことです。正しく歌おうと、まる写しするだけなら、アラしか出てきません。

考えて表現しないとダメだというのは、いつも言っています。

言われないと思い出せないというのも、結局、自分の心身に叩き込まれていないからで

す。

 

皆さん毎年、わかったと言いながら、いざその場になって、残り2日とか3日になると、全部、ふきとんで、音程と歌詞のことば合わせだけになってしまうわけです。

 

 

 

昼間やったことをもう一度、繰り返します。

飛び出ることばを煮詰めていきます。そのなかで、すごく言いたかったことを曲に込められるだけ込めましょう。元の曲と違っても、全然違うと思わないことです。

それはたぶん、その人の想いです。歌の想いよりも、その人の想を伝えた方が、聞いていて受けとりやすいです。

 

それから形と型ですね。形でやっていく人もいます。

こういうようにしようと決めても、人の歌い方から、思い込んでいかないことです。その原曲に戻ることです。

 

とにかく、1曲仕上げなければいけないから、形を示さなければならない。失敗というのは結局、そこで逃げるから失敗になってしまうわけで、形にとらわれないで、むしろ今までやってきたことは何かというところで、今回の作品で伝えることは何なのかを問うのです。

今までの自分のすべての音楽との関わりのなかから、こういうフレーズ、こういうリズムであれば、これで持ち込めるとか、といった冒険と賭け引きをして欲しいということです。

 

基本はきちっとベースのところに置いておいて欲しいです。今からでも遅くないと思います。もう一度、元に戻してみて、もう一度、原曲を聞いてみて、原曲よりもっとよくなるところを探ってみましょう。

 

今回の原曲というのは、その歌い手のオリジナル性が強いです。それを自分で変えられないなら、自分の好きな歌い手が歌ったときにどこまで変わるのかを問う、作詩、作曲も同じ、どこまで戻るのか。

 

歌そのもの、曲そのもののもっていることばそのものの限定というものがあります。そこまで探ってくると、こういうように応用される歌とか、クセづけられる歌とか、それなりにいろいろなものがついています。それを口先で歌おうとしないことです。

 

歌い手は、それなりにいろいろともっていき方とか、いろいろな意味で動かしています。でも動くまえに、どうなのかというのを見て、その人間はどうしてそう動かしたのだろう、自分もその動かし方でいいのかということを考えてください。

 

それから、テンションを3日間、保つことです。

こうやっていても、たかだか何分かですけど、3分テンションを維持するために、その3分だけを出すというのは無理なので、こういう機会を毎回もつというのは大切です。

 

完成度の点では非常に厳しいです。伝えるということを問うてもらい、たかだか2分ぐらいのなかでやりますから、最少で最大の効果を狙っていく。とにかく自分の時間が与えられているところから最後のところまで、無駄を省くことを考えてください。

 

プラスになることはよいです。MCであれ、ことばであれ動きであれ、活かしていく。しかしマイナスに近いものはつけない方がよいというのは、あたりまえです。歌う時間がなくなってしまいます。

 

歌というのはなんで2分とか3分なのかというと、最少で最大を伝えるためにその時間なわけです。皆さんの感覚だと、15分とか30分くらい歌った方がいいんじゃないかということになりますが、そんなに長くなったらどんどん悪くなります。

プロでさえ、その時間で片づけているものです。

 

そしたら、そこでプロとまではいかないレベルでは、同じくらいのテンションで何かをやるとしたら、10秒くらいしかもたないでしょう。

課題曲のフレーズは、他の人の勉強になるということでもやります。

 

 

課題曲、あるいは、このまえやった曲で、もってきたものは自分のものです。

昨日のものは、まだ自分のものになっていないです。

 

そういうものを融合させて、自分のなかでケリをつけていく、お互いにそういうなかで出てきたときに自分のなかで受け入れていくという学び方をする。一人のなかでやっていたら、上達しない。学び方というのは、学んでいるのでやるということです。

 

何であの人、ああいうふうにやるのかと思うステージも多すぎるわけです。全部、無駄なことなのに、よいと思ってやっているだろうと思って見ているのですが。

曲のよさを歌って全部、壊しているようなことばかりやっている。

 

そういうところは、なかなか気がつかない。その人が気づくまで待つしかない。

誰かが教えてしまうのも、よくないのです。すると、行き着くところ、全部やるなということになってしまいます。自分でそこで気づいていく。

 

僕の方で、ダメだなと思っても、そのことにこだわる理由が本人のなかにある場合もあるわけです。それがモノになる場合もあるわけです。いや、それこそモノにしなくてはいけない。そういうものを早くから全部、否定していって何も出なくなってしまうということを注意しなくてはいけない。

 

なので、あまりそういうことに触れない。これが、お客さんに見せる舞台ならば注意するが、自分で気づけるところで注意してやっていかないと、人から言われていては、限界がくるということです。

 

本当は、自分はこうやりたいが先生がこういうなら間違いないというのなら、間違いも何も全く出てこなくなってしまう。それが一番怖いです。そういうことでいうと、歌はもともと教えられないものです。声とか発声とかとは、違う。

 

だから、自分なりに型を入れていくということをやっていかなければいけないです。そこで固まらないこと。常に体と同じようにニュートラルな状態、動かせる状態にしておくことです。これは心、精神的な面も、です。

 

歌に、今日くらいから飽きてくるかもしれない。それを新鮮に受けとめたり、新たに練り込むことです。それから、実際に歌うとき、先ほども言いましたけど、歌っていくなかで乱れていく、あるいは、悪い癖とかが出てくる場合も多いです。

歌って出ていた悪いクセが慣れない曲だからもっと出てくる。

 

こういうことも、今後の課題として、今回はこうなるというように客観的に見る目が少しでもあると、次からよくなると思います。

将来的に直せなくなってしまうのは、戻すところへいつでも戻さないからです。すると戻れなくなってくるからです。だから、それを練り込んでいくために、基本を何回も叩き込んでいくしかないわけです。

 

基本的には、課題曲に、昨日歌った曲でもよいですから、持ち込み曲の自分の世界を入れていく。それをもつことによって、これからやっていくこと、歌の世界が他の世界にしてもみんな取り込めるというようなスタンスでやる。

 

そうしたときに、今度は自分の世界で生きていくというプロセスを生んで欲しい。ここから先にやるメニューというのは、一つひとつから応用されますが、何がどう働きかけるかわからないので、そういう働きかけ方をやってみようと思います。

そしたら、星を見たり呼吸したり、そういうことをきちっとやって欲しいです。

 

 

明日は、ステージなので、ステージから考えることです。同じ力であるならば、よりよく見せるサービス精神も必要です。やるのなら、それはどういうことなのかを考えること。

それから場と時間をとりこむこと。ここの場とか感覚とかは当然、東京とは違います。

ここの情景です。そういうものを全部、無視してつくっても、幕が開いてポンと出てしまうと戸惑うはずです。

 

明日ここでステージに立つのはわかっていることです。全然、違うことをやっていてステージに出るわけではないですから、今日、これから、この場でフレーズとかを回したりするときに慣れてください。

 

ここのこんな感じに、この時間、この空間を違う形でもって、一本、のせていくということです。歌うということはお客さんをくどくということですから、自分の世界をきちんと提示できるか、その上で、何かを働きかけるということで見せる仕事です。

 

言い訳はできません。こういうことは、普通の仕事以上のことだと思います。そこで、プロとして攻めなければいけないということです。

こういうときを利用して、いつも以上のテンションで今の最高のレベルなり、バージョンでやれば、今後に生きてくると思います。

 

その場で人前で歌っていくこと、それを経て、よいトレーニングをしてもらいたいと思います。それは一人だけで練習してみてもわからないことです。

練習では、手足は出てこないとか、そんな表情はしないとか、わからないことも、実際の舞台でできるわけです。人がいるから、しぜんに動き出すこともあるわけです。

 

自分で練習しているときに、こんなふうに歌えるかというと、それなりに慣れていないと無理です。だから、それ以上のことが求められる場に出ること、そこでテンションがマックスで上がらないとやっていけないことを叩き込むことです。

 

人に何かを本当に与えようとしたら、動いてくるものがあります。それで嫌だなということで止めないで拾います。そういうことをしぜんにやっている人たちを見ていて、そういうなかにいたら大体、身体も何かを伝えたいときに、そう動くようになってくるわけです。

 

身体一つにしても、徹底してやらなければいけないです。意識次第で、本当は一人でも、どこでもできるわけです。ところが、こういう場の方がやりやすいはずです。

一人で表情とかをつくっても嫌になってきますが、皆がやっていればイヤだなと思いながらやっているうちに、浸ってくる。そこから抜けて浸って、つくっていくことに、自分から意図的に切りかえていかなければならないです。

 

こういう世界では、それは必要なことです。場とか時間が大切です。

今回も、キビキビと動いていただいているので助かっています。

引き締めるのは、大変ですが、今はそれなりに目的意識をもっているみたいなので、そういう緊張感とか密度は、自分たちでキープし、その上で客がいないと出てこないものを加える。

 

一人のなかでそれを出すというのは、一人のなかでもよい状態、悪い状態がありますから大変ですけど、集団の力というのは、一気に場のかたまりができてしまうわけです。

そこで埋もれるか飛び出るかの勝負でしょう。

 

反応は、ビビッドにきます。お母さんに聞いてくださいと歌っていくよりは、こういう場の方がよほどわかるわけです。そういう面で利用してください。

 

これは、誰にも助けられない世界です。結局、自分の世界=実力になってしまいますから、誰にも助けられないし、誰にも助けてもらえないというところです。自分なりに決めていくことです。

 

 

もう一度まとめて言うと、まず選曲に関しては、何がひっかかったのかをセレクトする。それから同じ曲を選曲した人がいたら、この人はこういうことにひっかかったんだとか、その歌から示されてくるものを読みとると勉強になります。

必ずしもそうとはいかない場合もありますが、そういう場合もなるべく読み込んでいくことです。きっとこの人はこんなふうに歌いたかったのではないだろうか、でもこうなってしまったということを、です。

 

何人かが同じ曲を歌うのは、勉強になります。そういったところで曲のやりとりをして、まわりの人のものを見てください。自分一人のことは、本当にいつでもできますので、まわりの人に気を配ってください。

そして、曲を練り上げるプロセスでこの曲に何を加えられるのかということに挑んでください。なかなかそれを加えられないわけです。だから、あなたの歌を聞くよりは、原曲を聞いていた方がいいということになってしまうわけです。歌に、あなたを加えてください。あなたのものになれば最高です。これが今回の課題です。

 

意識して考えないと加えられないときもあります。何回もやっている間に、そういうものが出てくる場合もあります。

 

それから、フレーズ実習ということで、このあとも、やります。それは他の人がどういうものをぶつけてくるかを感じ、あるいは、そういうものにも体とか耳とかを反応させて、移入して欲しいのです。移入しているうちに、よいとか悪いとかを判断して、くっついたり離れたりしていくということです。

 

自分の歌のフレーズも、昨日のは抜けてしまったと思いますけど、いきなり、やってみる。そしたら、そういうときに、何が出てくるか。そして、どういう受け止め方になるのかを知る。

 

他の人たちの違う曲もたくさん出てきます。そういうなかで揺さぶります。

なかには、自分で守りたがり、横から何も口に出さないでくれ、自分だけでやる、という感じになることもあります。

 

それではダメなわけです。それで、認められている人、天才的で一人で全部やっていけるという人は、別です。でも、ほとんどの人は、そういう揺さぶりのなかでつくっていきます。揺さぶりというのは、案外とよい方に働く場合が多いです。

 

自分ではよいと思っているのにダメなんだということは、あとでわかってきます。それがわからなくなってくると、伸びなくなってしまいます。

 

年月というのはキャリアの一つですが、単に長いのでなく、そのことを繰り返して築いていったのがキャリアです。才能とか学び方で差がついてしまうというのは、そういうことです。

 

こんな話を聞いているくらいなら、絶対に歌詞を間違えないように覚えて、ということになってしまいます。結局、それでやってきたのが今までだと思えばよいです。

ある程度やってきた人たちは、そこで止まる。それに対して、一回、離れてしまうことです、

 

今までに入れた、この曲に入ったと思った人は、そこで形を失ってしまうことを恐れないことです。そこで新しく曲を純化させていくことです。

 

声も同じです。何かをやろうとか、もっと大きく出せるとか、いろいろなことをする。雑なもの、いろいろな障害や癖も、そこに一緒にくっついてしまいます。

そしたら、大きな枠でまた除いていくことをていねいにやっていかなくてはいけない。その繰り返しです。

 

だから、入る体験に加え、出る体験をやって欲しいです。そういうことで客観視していくことです。

 

主観的になったところで客観視するというのは難しいですけれど、ライブは、死んで浮かんでいるように上から自分を見ているように距離をおいて見ているということです。

 

昨日だったらできたのに、今日はできなくなったということより、そこで新しくやったことがよりよくなるような捉え方をしていくことです。

 

前ならこんな声が出たのにとか、この音が出たということを考えてみても何にもならないです。今できること、それから今、取り出せることが一番、新しい声、歌になればよいのです。

 

それでこそ、聞いている人も飽きないです。

昔の正解をもってこられるのが、一番つまらないのです。

この人は5年くらい前に、ああいうところで歌っていたのだろうなとかいうのが出てしまうと、カラオケの歌です。それは、サビています。

だから、入る、出るの繰り返しを体験して欲しいと思います。

 

振り返ることよりも身体に入れては、できた、忘れたの繰り返しです。

歌詞を覚えた、次の日に忘れた、また覚えた、そうやっていけば、何かが残っていきます。

その残っていったものだけが結局、オンされていくわけです。

 

一夜漬けの勉強みたいに、わっと覚えて、明日、バーッと歌ってというのは、明後日、抜けます。だから、揺さぶったりして、早く忘れさせようと思っています。

技術的に、いろいろなことが完成されてきたり、うまくなってきたりしても、そこで人を求めないと、人にも求められないです。何をつけ加えるかというときに、相手がいてのことです。それを考えてみてください。

 

同じ条件でどんな作品になるかということを問うています。それぞれキャリアも違います。まず一つ、ベースにあるのは、過去のインプットです。10年、こういうことをやってきた人は、これから歌を始めるという人と全然、違うと思います。生まれてからずっと、どう音楽に接してきたか、あるいは歌の前、音楽の前から含められるのです。

 

この2日間に関しては、練り込み、この練り込みを単に行ったのではなくて、繰り込みの中に何を入れてきたのかということ。どう新しく歌をつくりかえられたかということを問いたいです。

そうでなければ、結局、まねをして、かなうわけがないです。

今までのところで、自分が勝負できるものを歌の形にまとめ上げ、接点をつけていかなければいけない。それは否応なしに新しい創造になります。

 

もっとも大切なことが、ステージでの出力です。アウトプットの力です。1も2もなく、3があればよいことですが、その3があるためには2がなければダメだし、2があるためには1がなければいけないわけです。

 

今回の合宿でも、個人で発表させるのです。一人のことは一人でできるわけですから、こんなに人数のいるところでやらなくてもよいだろうと思います。ただ一人のことは一人でできるというのは、一人以上にはできないわけです。一人を越えないと歌とか音楽の世界にならない。

 

そういう意味で、場はこちらでつくっていきます。その場にどう働きかけるのかということです。それから、長所を伸ばしてもらえばよいと思っています。短所イコール長所になるというのは、人間の性格と同じようなところがあります。

 

たまたまどれかの歌にはよい方が出て、どこかの歌には悪い方が出るというときがあるのです。そのときに自分で区分けをつければよいのです。

選曲も、たまたま、よく聞いていたとか、歌ってみたいということだけで選んでこないことです。

 

それから、出会って欲しいということ、音楽の合宿であれば、相手の音楽性、歌と出会ってもらえればよいと思います。

人柄がよいとか、親切とか、そういうものも含めて、確かに人間のコミュニケーションですが、それだけなら、一週間くらい一緒に作業でもした方がよいでしょう。

最初はいい人にしか見えないわけです。そして親しくなっていくわけです。

 

ここでは3日しかないのですから、その人が出す作品とか、音楽と出会って欲しいです。それが出ればこそ、音楽をするものの出会いの場となります。

 

来年の合宿とか、東京とか関西で会って、そのプロセスをもっと見ていけるかもしれない。これは、よい勉強になります。いろいろな意味で、先の実験になります。

 

あとは、人前に出るというステージを重視しています。ただ出ればよいというものではないのです。本当は、力がついて出た方がもっと吸収できてよいわけですが、それもプロセスのなかでやっていくことです。

出ないと気づかないで、結局、去年と変わらないということになってしまいます。

 

同じ曲を、他の人が歌うのであれば、どう肉付けしていくか、最初、課題曲を聞いたときには大した曲ではないと思っていても、誰かが歌ったときに、いいところがあると感じたりというようなことで勉強して欲しいです。

 

肉付けしていくということです。その肉がどこから出ているのかとか、そのへんは、なんでああいうフレーズが出てくるのとかということで、ことばで表わせるものでもないと思います。

でもどこかでこういう音楽を聞いてきたとか、こんなことをやったとか、そういうプロセスがその人なりにあります。

 

歌ですから、退屈させないことも大切です。受け手に気持ちがよいと思わせること。それが、力が入っているとか、思いっきり出しているというだけでは、伝わらない。

いくら粘着力が出てきても、そのことと音楽と歌というのは、あまり関係ないわけです。気持ち、感性みたいなものがどう表現されているかということです。

 

気持ちがよいとは、聞いている人を退屈させないという力になっているわけです。そしたら、やっている人が力をもってやらないとダメです。

そんなところから、いつも問われていることは、自分にとっての歌とは何だということです。

 

会報にも書いて、モノトークでも行って、またかということになりますが、結局、聞くに値する歌というのは、それが出ているわけです。それが出ているから、何もいわず聞こうということになります。

 

今回に関しても、そのプロセスをみてください。何を与えても自己流にもっていってしまうという人は、それでよいと思います。それでハマる曲があれば、それも一つの作品になってきます。ハマらない曲というので、選ばないのであれば、自分の世界にもってくることができます。

 

すべての曲を100パーセント歌えることよりも、自分を出せるところに絞ることです。そのためのプロセスを開示していくことをします。その材料から、メニューを自分で組み立てる。

その組み方を教えているつもりですが、材料から組み立てるプロセスをオープンにできれば、一番よいでしょう。

 

セレクトに関しては、いつもやっていることです。曲、歌を知るということ、それを知るために自分を知るということ。自分の想い、自分の状態、どう伝えたいかということです。

もっと大切なことは、バラバラなところから、接点をつけるということです。

 

この歌、ものすごくいいよ、でも自分には歌えない、あの人だったらよいだろうというような判断もあるわけです。こういうことも今回、想像がつけられるのではないかと思います。

 

いい人はよいのです。ほとんどの人は、嘘で練り固めてシャアシャアと歌っている。それにたぶん気がつかないまま、何年もやっているものだと思います。自分で思い込んでいいと思って、自分の歌だと思ってやっています。そうでないことに気づいたら、そこから踏み出せるのです。

 

人間はそういうものですけど、どこかで気づくものと思います。気づかないなら、こういう世界に深く入り込めません。自分の世界の構築、つまり、自分の歌い方に飽きてきます。

 

一つの声に込めていくということです。

今年もずいぶん、それをやっています。

舞台の扱い方が雑です。雑ということは、出だしと終わり方を一つみればわかります。

ことばも声も自分が立っているところも懇切丁寧に扱ってください。

 

 

 

 

□合宿の講評

 

学ぶということのきっかけを知ってもらえばありがたい。

今回もステージと歌での表現力を問うた。

そこに、のれたのは、リハーサル時の2人、本番に関しては、見所なし。

 

いまだにリラックスすれば何かができると考える人がいる。

テンションの高いところで表現するための質の違い。

リラックスして歌うことと創造を問われる舞台とを混同しない。

 

そんな歌しか、本当に歌えない?

あなたは誰の心に残った??