合宿2 参加者アンケート 740
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合宿に向けて Before
合宿アンケート After
合宿アンケート設問一覧
<1>メニューでよかった順に下記の<2>より番号を記入してください。
<2>メニューで学んだこと感想
初日
1自己紹介ライブNo.1(持ち込み曲)
2トレーナーレッスン
3自主レッスン
4課題曲とグループ練習
5夜の瞑想
6夜の自主レッスン
なか日
7朝の自主レッスン
8グループ別指導トレーナー
9グループ別指導アドバイザー
10福島フレーズレッスン課題曲
11福島フレーズレッスン持ち込み曲
12福島コメント(今回のねらいと方法)
13トレーナーコメント(ステージ感覚)
14昼の自主レッスン
15夜の自主レッスン
16遅れて来た人の自己紹介ライブNo.2(持ち込み曲)
最終日
17朝の自主レッスン
18ウォーミングアップ福島
19発表会ライブ1部
20発表会ライブ2部
21発表会ライブ3部(トレーナー独唱)
22テーマ曲合唱
23懇談ほか
<3>レッスンについて
1全体のメニュ構成について
2印象に残ったメニュと感想
3不要のメニュと感想
4ステージで印象に残った人(どのメニュで)
5その他に印象に残った人(できたら理由も)
<4>全体(レッスン外で)での感想
1セミナーハウス(部屋、食事、場所、他)
2印象に残ったできごと
3気づいたこと、学んだこと
4改良を期すること
5次回への要望(いつごろどういうふうにやるべきか、希望地、日程など)
<5>スタッフへのワンコメント
<6>他の参加メンバーへのワンコメント
<7>
1今回の合宿の目的
2今回の合宿の成果
3合宿中、メニュから学んだこと
4合宿中、講師スタッフから学んだこと
5合宿中、仲間(参加者)から学んだこと
6総括 結局この3日間、何ができたと思いますか
7今後のレッスンへの課題
8今後のレッスンへの期待、要望、改良点
<8>ライブ発表(リハーサルのときの曲は“リハーサル”と入れてください)
1)自分の曲について
1選曲理由
2練習のプロセス、難易
3オリジナルのよさ
4作品としてのしあげ方、方向、構成(ねらいとして)
5自分が加えた価値(結果として)
6リハーサルで気づいたこと7ライブで気づいたこと
2)他の人と他の曲について
1歌曲として印象に残ったものと理由(ポプコン曲、CDとして曲、歌詞、ヴォーカリスト)
2今回のメンバーで歌として印象に残った曲と人(メンバー名)
3今回のメンバーでステージとして印象に残った曲と人(メンバー名)
4今回の合宿で印象に残った人とできごと
5今回のような合宿の試み(意図)とその結果についての感想
上映会感想
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合宿に向けて Before
私の小さな足は、私自身の体のために、土の中からエネルギーを吸い上げ、私の体は私自身の情熱のもとにこうして立っているという感じが入ってきた。「はだか」になることを恐れてきた自分に、今やっと気づいている。歌の火中に、自分の身を投じることを逃げてきた自分がある。今こそ「歌」を選びとりたい。情熱を「歌」そのものにつなぎたい。心を開きたい。入ってくるものも胸の奥にとどまるものも抜け出ていくものも感じたい。いろんなエネルギーを私の体に通過させたい。「新しい土の上にいる」この感じが鈍らない内に、体に覚え込ませたい。
真正面から、歌に向かい合って、生きることをごまかさずにあいまいにせずに、歌をつなげていくことを怠けず、いつも限界に挑戦し続けることを。押しとどめているものや、つまらせているものや、にごらせているものや「今の私」と思い込んでいるものを、吐き出して、吐き出して、出し切って、軽井沢の空気が新しく注ぎ込んでくるまで出し切って、スタートラインに立つことのできた自分を、強く強く体中で実感してきたい。
恐いから逃げるということをくり返していては、自分自身、何も成長しないので、参加することに決めました。とにかく今年の合宿では、今までの自分をすべて壊したいと思っています。いつも合宿では、自分の愚かさ、醜さ、無力さをいやというほど思い知らされます。
おそらく、今回の合宿でも、とてつもなくカッコ悪い自分に出会います。人前でドキドキして何もできなくなる自分を目のあたりにします。参加している自分を想像しただけで、胃がキリキリ痛みます。でも今回は、そんな自分から目をそらさず、しっかりと見据えたいと思っています。なんとかクリアするのではなく、真正面から受けとめたいと思います。
3日間、逃げ出さずにがんばりたいと思います。声については、日頃、広い空間で大きな声を出すことがあまりないので、体と心を解放するいい機会だと思っています。トレーニングの本質を理解し、全力で取り組みたいと思います。
本当に歌が歌いたいのか歌うことを選んで生きていくのか。それは自分の歌、心か苦しいこと、嫌なことから目を背けているだけではないのかこのことを今一度、考えにいきます。
合宿と現在の生活の違いは何だろうか?心身の開放度が違う。音楽に接している時間が違う。表現している時間が違う。深く自分自身と向き合う時間が違う。普段の生活の中では、他のことに関心がいって、生活に音楽が流れていない。そして私の悪い癖は、考え込んでしまうと行動しなくなることだ。考え込んで頭でっかちになっているから、いつまでも開放されない。
合宿の目的は、自然を感じ、身体の内面を感じ、身体を開放すること。おもいきり表現できる場を有効に活かすこと。自然の中で、開放した状態で、奥深くから流れ出る声の感覚をつかむこと。その行動パターンを、日常に反映させること。
一番の目的は、自分を知るということ。そして私の中に流れている歌に腰をすえて向き合いたい。日常の生活の中でも、いろんな人間との関わりの中、自分のことばや行動の中で自分を知ることはある。でも今の私は、突っ走っている状態で見過ごしていることがたくさんある気がする。
自分の時間をすべて自分のやりたいことにつぎこむということは悪いとは思わないけれど、人と接する少ない時間は、大切にしなければと思っている。人にどう思われるかということは問題ではないのだけれど、目の前にいる人間に心を向けず歌う歌って何なのだろうと考えてしまう。自分が日常で感じていることすべてが、私の歌になるのだから、そのいろいろなことを感じさせてくれる人々を見ずして歌う歌は、ことばは、嘘のような気がする。最近はそういうことをよく考える。
自分が本当に手に入れたいと思ったら、なりふり構わず突っ走るのもしようがない。でも、道端に咲いている端、夜遅く帰ってテーブルの上にある食事や飼っていた犬の死…そういう私にとって大切なことに鈍感にはなりたくない。心ない人間になったらおしまいだ。歌は歌えないだろう。自分にとって本当に大切なことは何なのか、それをしっかりと握ったまま生きられる人間になりたい。
これからの研究所との関わり方も考えたいと思っている。これは、日常でも考えていることだけれど、時間的なことではなく精神的なことで。ここがなかったら、自分はどう生きていくのか、この世界に歌というものを通して、どう出ていくのかということを考えたい。あまりにも目の前は広すぎるし、円は狭すぎる。時間は止める術もなくどんどん流れていくけれど、私は合宿の3日間を止めたい。いろんな思いをたくさんつめこんだものにしたい。
自分はまだ種にしか過ぎず、この先、芽が出るかなんて誰にもわからない。ましてや、花開くなんてことは想像もできない。でも自分はできるという思いは、この胸にある。その可能性と自信を合宿でみつけたい。いくらまわりの人間に可能性があるとかできそうだと言われても(反対のことなら言う人はたくさんいます)、自分が思わなきゃ何ともならないと思う。
私の場合は、まわりの人間が何かを言っているということに対して「私は馬鹿だから絶対できる」と言っている。自分の言ったことばで自分を追い詰めてやっていくというやり方はしたくない。私は自分の素直な気持ち、こうなりたいんだという思いにのっかってやっていきたい。いろんな人間が同じものをめざしている中で、この自分は一体、何ができるんだということを考えたい。
すーっといなくなりたいものです。もう少し、よろしくおねがいします。
宇宙を感じたい(つながりたい、今は不定期、まだ安定していない)。
宇宙的な声(音楽→コードをなるべく勉強しておこうと思います)を降ろせたらいいと思います。
「一つでもいいから、自分の枠に気づくこと。そしてそれを壊すこと。」
絶対に、普段気づかない枠にぶつかるはず。そして、それを壊す
(過去の合宿で経験した)。一つでも枠が壊れれば、歌がより成長するはずだ。
自分の日常の頭(かしら)みたいのを取って、大げさだけどちょっとした奇跡と触れ合うコンディションをつくる。情緒面では、感心できないことが多く、自分の中で一つ越えられるよな自信の核、感動の核でもいい、気持ちの上での核(何かを好きな気持ちとか、何かをやりたい気持ちとか、目的とか…)。
ただ純粋に、この合宿というものに参加してみたい(僕にとっては初めてやので)。
人を見るため、自分を見るため。
ピカピカのスタジオに移って2年がたった。息吐きをする公園も、声を出す自宅の小さな金魚ばちのような部屋もなじみのものになってしまった。それは、ものや場所のせいではない。いつも原因は、自分の心のなかにある。卑怯で弱虫な私は、いつでも安全で心やすらかであることを求めて、下界との関係をコントロールしてしまう。
変わりたいという願う気持ちと、それを恐れる気持ちは必ずワンセットだ。だからどうにかして、動機を更新しなければ、トレーニングは簡単にただの習慣となり、何の恐怖も伴わない、処理すべき多くのことがらの一つになり下がってしまう。あらいなおしが必要だ。洗濯だ!感覚の大掃除だ!!
合宿という集団のなかに、徹底的に独りを探しにいく。家族と離れて、日常を離れて、なるべくゴチャゴチャあれこれしないで、森のエネルギーを借りて、単純で小さな自分の原形(元型?)に少しでも触れたい、近づきたい。
たくさんの本を読んで、話を聞いて、見て、勉強して、山ほど情報を仕入れても、へたをするとそれらはただの知識となってベッタリと私のまわりに貼りついているだけだったりする。体のこと、ことばのこと、音楽に限らず身体論といわれるようないろいろな説を知るにつけ、ここで学んだこととの共通項の多さに驚く。もしかして、全部、ことばが違うだけで、本当は同じことを言っているのではないかとも思う。
これもまだ知識にすぎない。頭はたぶん、定のボキャブラリーに汚染されたままで、ことばの向こうにあるものには届いていない。だから一回、シェイクするのだ。グチャグチャにかきまぜて、静かに沈むのを待って、ザンプリコとバケツをひっくり返してみて、私の原形は現われてくれるだろうか。その原形は、少しは変わっているだろうか。それを見てみたい。“自分の原形に近づくこと”なるべく迷惑をかけないでも“よい人”にはならない東にならない集団に甘えないむしろ利用して独りを極める何かを得よう。
可能な限りオープンでいること入ってくるものにも、あふれでるものにも・聞く、浸る(音楽に限らず、あらゆるもの、あらゆる時間・空間)急がない、グジャグジャをグジャグジャのままにかかえ、味わう勇気をもつべし。
できれば半日くらい腹式呼吸だけやってみるのもよいと思う知識の整理と撹拌と浸透と放棄。ここまで一度にするのはおそらく不可能であろうと思われるので、せめて、アカで汚れたことばに気をつけること自分でだまさないこと“知っていると思っていること”に対して、新鮮であること。
僕の歌や声にはクセがある。今まではトレーニングをやっていくうちにしぜんにとれてくるものだと思っていた。だが、ある人物にこう言われた。「歌にクセがあるのは発声とかの前に、人間的な難クセがあるんじゃないの」と。歌のクセは人生のクセだと言うのである。
歌が感情や精神をストレートで表現するものであるならば、いくら発声的にクセがとれたとしても、人間的なクセが歌から消えなければ本当の意味での素直な表現(芸術)とは言えない、というより素直でなければ芸術でも表現でもないのだと思う。
今までは、歌のため芸術のために生きている、そう思っていたが、今は「それ本当か?」と疑問に抱くようになってきている。もしかすると、違うのかもしれない…などと自分自身がわからなくなってきている。というより、今までもわかっていなかったのにわかったふりをしていただけなのかも。僕の合宿の目的は、そこにある。もう一度、自己の発見へのチャレンジと、今までの人生の相対的見直し、何が大事かを識別するために。
自分を見つめる。どのような方向で自分を活かしていくか、絶対にやりたくない表現すべきでない表現、自分に合っている表現、やりたい表現。歌でできること、できないこと。聞いてもらえる歌と、耳をふさぎたくなる歌の違い。
時流に合うことと自分流(どこまでだったら合わせられるか)。歌詞の可能性。真のメッセージ性とは?いったいこの人は何が言いたいのだろうと思うとき。歌とはそもそも何であるか(歌の限界、聞いてもらえなければ意味がないのか)。
究極の歌…人間にとって一番大切なこととは?上品、下品の違い。
なぐさみの歌、内側からゆさぶられる歌。究極の声…オペラ歌手でない場合の究極の声。
声はどの程度まで、その人・人間性を表現するものか?私が今の時代(日本)に生まれたわけ。
本当に歌でいいのか(歌があふれている世の中で歌う歌)、神様に捧げる歌、私の神様、信じてるつもりのものと、本当に信じているもの(その原因)、芸術は本当に意味があるか、アーティストばかりの世の中での、アーティスト活動。
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合宿アンケート After
<1>メニューでよかった順に番号を記入してください。
[集計よかった順]…20、22、11、19、21、12、1、5、10、15、17、8、16、18、23、7、9、13
番号は、<2>のメニュNo. アンケート設問一覧を参照。
<2>メニュで学んだこと・感想
1自己紹介ライブNo.1
歌って嫌なモノで、その人の精神面の成熟度が出てしまいます。
第一声で頭悪いと思われないよう、中身も大変大切だなと思いました。
空気が薄いというか荒いというか、もっと密度が欲しかった。(自分も含めて)
自分以外ですが、自己紹介に歌を歌うのは本当に有効だと思いました。
2トレーナーレッスン
ブレスの感覚を教えてもらった。
ご自分の体で正しい動きをわかりやすく教えていただいた。
体の使い方における意識の改革が行われた。
3休憩中の自主レッスン
大きな柱のてっぺんに向かって声を出すのが快感でした。
5夜の瞑想
左の耳から虫の声、右の耳から音楽、お香と闇、まさしく極楽。
よだれが出そうな程いい気持ちになりながらボサノバと三味線を聞きつつ「寛容」を学ぶ。
気持ちがよければ犬も鳥も鳴くだろう。
どこからともなく聞こえる奇声を許して、音楽に集中する。
津軽三味線の空気をも含んだ録音に心引かれる。
お香のにおいがお寺臭かった。三味線とヨーデルは良かった。
香りと空気が、気分を一つ高いところへゆかせた。
こういうムードはすごく好きだ。
ネパールのにおいがした。
演出がとても良かった。凄く気持ちが暖かくなり、創作意欲を盛り上げてくれた。
ヨーデルがあんなに美しいとは…。
広い広い大地と空に響きわたるような音色は多分都会で聞いたとしても、私を大自然にトリップさせてくれる気がする。
6夜の自主レッスン
決めた曲の歌詞をききとってイメージを作る作業
わたしにとっては本番までは時間があるし、曲に接していられる安心感で一番落ちついた時間だったと思う。
7朝の自主レッスン
空気が良かったのでブレスが気持ちよかった。
曲を覚えるのが大変でしたが、覚えるというよりも入ってくるという感覚に努めた。
8グループ別指導 トレーナー
「聞き手を心配させちゃいけない」とのご意見に納得。
自らの過程を築いてきた人の体から発せられる言葉は突然殻が弾けるように目が覚める力がある。
ただ音をとって言葉を覚えるのではなくて、歌の雰囲気も一緒にすぐ入り込むところまで自分のものにできていないといけない。
先生に「この班は先が見えない」って言われたのはショックだった。
私自身ステージをこわがって一歩引いていた。前に出ようという意識がまだ足りない。
9グループ別指導 アドバイザー
一番言いたい1フレーズをつくっておく。
早い時期に他の人の意見をもらっておくこと。
自分の思いこみだけの世界に入り込むのを防げて助かりました。
共通して言われたのは、覚えた後の紋り込みの方を重点に置くということ。
“ここは伝えたい”というポイントを1つみつけるというのが大きなアドヴァイスでした。
10福島フレーズレッスン 課題曲
自分と自分以外の人に同時に流れるはずの音楽への想像力の問題、それがズレると気持ちが悪い。
音楽に入り込めない。聞き手に自分と同じ音楽を流してやること。
他の人の呼吸をマネして歌うのは難しかったです。
ついていける人とついていけない人がはっきり分かれた。
皆に聞かせるって感覚がつかめた。
わかりやすくしようって今まで思ったことあった?
11福島フレーズレッスン 持ち込み曲
知らない曲に耳をすます。
自分の番が来て、皆が耳をすまして私へ向かってきているのを実感する。
1人がフレーズを歌い、その後みんなでそれを繰り返すというレッスン、
「スタンドバイミー」や「上を向いて歩こう」など、みんなが知っている曲の時は一瞬空気が変わり、一体感のようなものが生まれるのを感じた。
プロを目指すなら、たとえどのフレーズでも同じ様な感覚を作り出せなければならないのではと思った。このレッスンのあたりから、初日は自分でも大変声がこもっているなぁと思っていたのが、ずっと大声を出しているせいか少しずつ自然に上の方に響いてくるような感覚があった。
声を出すことの気持ちよさを改めて感じた。
1人ずつ皆を先導した。
私は、とても気持ちよい緊張をした。
皆がフレーズを歌ってくれたとき、鳥肌が立った。
自分が投げかけ、次に受け取る。
場とのコミュニケーションをこんなにわかりやすい形で体験できたことは、とても斬新で刺激的だった。
12福島コメント
曲と自分の出会いを示す
モノトークで言いたかった事をその曲に込める
一人じゃできないこと、一人ですべきことを知る
創っていくとき考えること、
1.何故その曲をやろうと思ったのか
2.何を伝えたいのか
3.どういうリズム、音程なら持ち込めるのか
4.言葉、そのものが持っている原型までおりる
5.動く前まで戻ってそういう動かし方でいいのか
6.無駄を省く、最小で最大を伝える
7.歌っているうちに悪いクセが出てくる、そのことに気付く
8.ステージングを考える
9.仕事だとしたらどこまでつめられるか
10.ひたって抜けてひたって抜けて、この繰り返し
11.曲に何を加えたいのか
12.1つの声に含めていく
13.歌に愛情を持って接して欲しい
14.練り込みの中に何を盛り込めたか
15.ここだけは絶対、というところ押さえ
16.出会いの部分を出せると聞いていて気持ちいい。
出会わないと気付かない、気付かないと変われない。
最小で最大に伝えられるように余計なものは捨てることが大切
13トレーナーコメント
自分で雰囲気や気持ちを作るというより、自然に歌の中からそれが出てくる。
どうも「自然に」と「音楽的」がキーワードのようだ。
直接活用できるものと自分なりに練り直す必要のあるものがある。
ステージに立つことが好きで楽しむことが出来るのは最低条件だと思った。
14昼の自主レッスン
あのステージに何度も立つことで少しでも緊張しないようにしたかった。
15夜の自主レッスン
班で発表しあったのは、よかったと思う。
もっと批評し合うべきだったのでは。
16遅れて来た人の自己紹介ライブNo.2
歌がすごかった。時の世界が見えるし、迫力がある。
高い所から左右に広がるお客さんに向かって歌うのは気持ちがいい。
「歌えるスタッフ」のステージらしさが、印象的。
思ったより多くいたので驚いた。
残り1日なのにこの人達は途中からでも参加をしたんだ。
その熱意を思いながら聞いていた。
他の人とのあの圧倒的な違いは思わず笑ってしまったほど。
違いがいったい何なのかじっくり探りたい。
最初の1フレーズで違う。
引きつけられる人には体や技術よりも気持ちや情熱に魅せられることが多かった。
17朝の自主レッスン
トレーナーの発声練習を聞いてしまった。
練習からして凄かった。
晴れてて、とっても気持ちよかった。
18ウォーミングアップ 福島
まわりと同調、共振してみる。
建物と、空気とまわりの声と。
広い空間の仲で声を遠くに飛ばすという感覚を大切にしたい。
声を遠くに飛ばす。
ああいう所ならではのウォーミングアップだった。
声を遠くに飛ばす感覚。
普段あまり意識していない空間を感じることが出来た。
19発表会ライブ 1部
自信を持った人と持っていない人との差がすごく出たステージだと思う。
同じスタートで、この時間のために励んできた。
その皆のステージから目が離せなかった。
福島先生が言われた、“皆のプロセスを見るように”という言葉通りに発表会の時を思いながら、一人一人を見ていった。
20発表会ライブ 2部
自分と同じ曲を選んだ人と自分との解釈の違いは勉強になった。
できてる人との器の違いを思いしらされてしまった。
意識のゆきとどく距離が遠すぎる。
21発表会ライブ 3部
「声が人を幸せにする」というのは誰かのコピーにあった気がする。
生で聞けて本当に幸せだった。
トレーナーには相当なパワーがある、響きを完全にコントロールしている。
下に引っ張る力というか、声の支えがすごいと思った。
楽器としての声の完成度、声そのものの器の違い。
歌ととてもフィットしているように感じた。
「赤とんぼ」は涙が出てきた。何故だろう。
思いを持って確かな技術に支えられて歌っているからか。
歌い手の想い、歌い手からいったんはなされたらもう受け取り手の思いに変わる。
歌い手に思いがあって初めて聞き手は聞き手なりに思いを持てる、ということか?
急にうたうことになったのに、やっぱりプロだなぁ。
赤とんぼ、素晴らしかったです。
超音波のようにホール中に声が響きわたっていた。
先生のコントロール力、表現力に圧倒された。自分がひよっこに思えてしまった。
22テーマ曲合唱
一番楽しかった時間。楽しく歌う事を学んだ。
普段は支障が出ない程度に仲良ければ充分。でもバラバラな声が天井の一番高いところでかたまりになるのはとても気持ちが良い。
交流というのはしゃべることじゃないなとつくづく思う。
人と一緒で良かったと思うのはこういうとき。
もうノドが限界に近い。スタミナを使いきっているつもりで歌う。
真剣にやってクサクならにところがいい。
純粋に楽しかった。すぐ飽きたけど。
福島先生のとても楽しそうなJumpが目に焼き付いて離れない。
自分もとてもドキドキした。
ウーピーの「天使にラブソングを」みたいだった。
その前の福島先生の総評の言葉を反芻して、哲学入ってたのでみんなより乗り遅れたけどいい場に居合わせたなと思った。
洋画で昔、ハイスクールの生徒が思い思いの格好で先生の話を聞いていてアメリカの高校生はずいぶん行儀が悪いのだなと印象を持ったことがあるのを思い出した。
自分の声を聞きなさいという面で歩ける方が進んでいたのだと思う。
笑顔も印象に残ってますが、何か教育の原点みたいなのを考えてしまいました。
正直この歌がこんなにいい歌詞だとは思わなかった。
となりにいた、この曲を選曲した男性に、“この曲、こんなに素敵な歌詞だったんだね”と言ったら、“えっ、聞いてなかったの?”と言われて、改めてこの曲(皆の曲)聞き方が甘かったと思った。
23懇談ほか
トレーナーが民謡を歌っていたという話は興味深かった。
いろんな人がいてやっぱりいいな、と思う。一人の人にはたとえ何色か出せたとしてもその人の色だけだ。当たり前だけど。でも世の中には宇宙にはその色しか存在しない訳じゃない。
限りない命の数の分だけの色がある。さんざめいている。
みんなの中にいて幸せだ。一人じゃなくて幸せだ。みんなの何かが私の中に入ってくる。私は暖かくなる。幸せになる。
“憎”も含めて。“憎”という形私がその人とつながっている。生きているから。生きている。それでいい。神様から“生きろ”と“命じられている”生命(いのち)か。もらった幸せをどうやって返す?
<3>レッスンについて
1全体のメニュ構成について
当たり前のことだけれど、自分の力で考え自分で切り開いていくことが要求されるメニュ一構成だったと思う。
ゆっくり考える時間も欲しかったが、それも時間を凝縮する力が問われているのだと思う。
ウォーミングアップや再三のリハーサル等集団でのレッスンも効果的だったと思う。
フレーズレッスンから自主レッスンへの移り方がまだ鉄が熱いうちで体に残っていて自主レッスンへの取り組みがやりやすかった。
あの組み合わせ、あの順序で初めて体の中に入った気がする。
自主性を中心にして一曲を3日で仕上げる、という中心メニューは非常にいいと思います。
この3日を365×口に結びつけるかどうかがすべてになる。
どうやって結びつけるかという気持ちを体験として学べた。
自由に出来る時間が比較的多くて、普段自分がどれだけやっているかがためされたと思う。
2印象に残ったメニュと感想
ウォーミングアップ、あの場所、空気と同調する感じ、一体になる感じを味わう。
対角にある一番遠い梁に投げるように声を出してみる。とても楽で自然で、息へののりもよくて無駄がない。声を出していてこんなに気持ちがいいのは久しぶりだった。
自分の中へではなくもっと向こうへ響きの固まりがとんでいく感じ。
体が軽くでも充実した張った感じ。この感じを忘れたくない。
課題曲、持ち込み曲の練習に専念したかった。
“場”の雰囲気・磁力のようなものを感じました。
福島先生のウォーミングアップ、声をとばす感じが気分良かったです。
合唱も楽しかったです。
今思うとあの人数で輪になって歌うこと自体、原始的というか根元的というか、体の芯のところにズンとくる、というのか。ああいうの、いい。
あの広さがあってこそ、みんな歌う人だからこそ。テーマ曲合唱の人の並び方の喜びと又違うエネルギーの発声みたいなものを感じる。また、ああいう形での何かを体験したい。
リハーサルしてかなり張りつめた雰囲気の中で歌ったと思う。
歌には中身が何もなく先生に「何が伝えたいのか」「あなたが歌うことでどんな価値が付けられるか」と言われて耳が痛かった。
福島フレーズレッスン。投げかけて反応が帰ってくるうれしさ。
聞いている人とのコミュニケーションの感覚が一番実感できた。
福島コメント
テーマ曲合唱。緊張が解け、リラックスした気分で楽しかった。ゴスペルっぽかった。
4ステージで印象に残った人
5その他に印象に残った人
省略
<4>全体(レッスン外で)での感想
1セミナーハウス
音楽以外には過剰なサービスが一切ないところが潔い。
スタジオの木の響きもとても気持ちがいい。
食べ物と牛乳がおいしかった。
昼はカラッとしてるのに朝起きるとジメジメしている。(霧のせいか?)
食事…特別なものではないのに、何故かここに来るとご飯が普段の倍くらい食べられる。
食堂にかかっていた油絵・ミッキーマウスの土産物
同じ靴(ナイキのスニーカー)が4足もあったこと
朝の食事中にTVでダイアナ妃の葬儀
ストーブ自動販売機に群がる虫
二階への階段・ピアノの上の花瓶そして花粉
3日目の朝の食事もご飯が良かったです。
水がとても冷たくて、澄んでいる。この水のような心を持ちたい。
部屋は天井が高く気持ち良かった。
お風呂があんなに広く解放感があり、また他の宿泊客とも一緒に入れるとは思っていなかったので嬉しかった。
浅間山に抱かれるあの立地場所はいい。
帰りのマイクロバスで「雲がきれい」と言ってくれた一回で外を見たとき、合宿中浅間山に抱かれていたことに気付かされた。
コーラスを最終日練習しているとき、コードの長さや置き場所を調整しているとき、先生が走ったこと。最終日、外の芝生でお昼を食べているとき「イメージを持ちにくい曲の時大変」というニュアンスのことを言われたこと。
2印象に残ったできごと
座りに来たはずの福島先生がほとんど座らないこと。
常に歩いている福島先生が印象に強く残っています。(そばにいるのに気配を全く感じないときと、感じるときがある。不気味だ…)存在感(気配)の出力コントロール?を感じた。
3日目の朝、みんなが外で練習しているとき、中で練習しているトレーナーを見てすごいと思った。
一人でガンガンご飯をおかわりする人も別の意味ですごかった。
朝、一人で周辺を散歩した。
エディ山本を聞きながら。涙が出そうになった。
2日目の夜、夜のリハーサル中に部屋の窓が開けっぱなしになっていたみたいで、部屋が虫天国になっていた。
2日目夜に、マイルス・デイビスを聞いたこと。
音楽は体に密着して回転して上昇するものだということがはっきり感じられた。
3気づいたこと、学んだこと
体操着!!といういでたちで外見を飾っていない人ほどまじめに取り組んでいて上手にも思った。
部屋を出るとき、皆で少しずつ責任を持ってきれいにしよう、という姿勢が徹底した掃除になった。場に感謝していた現れだと思った。
ここに所属している意味。ステージ実習の重要性が今更ながらやっとわかった。
もう一生会わない人がいる。
場や空気を作り出すためには考え抜いてあらゆる方面から点検し工夫すること。
ほんの少しのことが空間を広げたりすることに驚いた。
可能性の階段をのぼる感覚。何かを飛び越す感覚。
<5>スタッフへのワンコメント
1福島
福島先生のお言葉は1センテンス中の情報量があまりにも多く、リアルタイムではその全てをのみこむことが私にはできません。結局ひっかかった言葉をどうにかメモして後で反することでようやく自分に引きつけることが可能になります。従って福島先生が何かおっしゃるときは私は知力をフル回転させている感じですが、今回、もの言わず最後の合唱の指揮をされている姿に、わけもなく感情の方が反応してしまって胸を打たれました。人が音楽に入り込んでいる姿というのは、こんなにも引きつけられるものかと思いました。
合宿に参加してみて、「これが福島先生のステージなんだ」と思いました。自分で歌うかわりに、他者から歌を引き出すことに力を注ぐ。こういう才能の使い方もあるのかと感服しました。
歌う場を与えて下さり、そこの空間にいることを許してくださることに感謝しております。
福島先生にあうと、歌を含めた全てに対して全力で取り組み切れていない自分の情けなさと自分自身への後ろめたさを感じる。やれるだけのこと全てをやったという実感を持ってすがすがしい顔で先生に会えるようになりたい。
エチュードではあれだけの集団の力場の空気の力を与えておいて何を生むことができるか、今回は、その補助を外して自分だけで何を生めるかという課題を考えてらっしゃったのでしょうか…。
「テーマ曲合唱」のときは、いつもと違う人のように見えました。時間や空間によってすぐいろんなモードに切り替えができるんだなあと、不思議な感じがしました。
自分の中では絶対に身近に感じてはいけない人なのだが、今回の合宿中はすごく身近に感じてしまいました。すいません。これからもよろしくお願いします。
話をするとき(何かを伝える時)の集中力や熱意、間の取り方など学ぶべき所がいっぱいあります。
存在で勝負できて死んでも勝負するとは。
2トレーナー
今回、先生を見ていて、その年齢にふさわしい、みずみずしい若さを感じました。何ものも恐れない、のびやかで希望に満ちた感じ、勢い、素直さ、自信、どれもとても励まされました。
急に歌わされても、ステージにする力量、つみ重ねがやはりあるのですね。
厳しさをもっているからこそ笑顔が新鮮なのだと思った。プロとはどういうものか。ステージとは、そしてその活動を支えているものが何なのかということを教えられた。集中力これなくして歌えない。
声を聞く度にああやっぱり先生だなと思い、「こんなのは歌じゃない」といわれる度に今に見てて下さいね、と思う。
歌に対する心構え、良い意味のプライドは見習いたい。
ここにいらっしゃった当初よりも、今回はとても頼もしく見えました。
自分の名で仕事をしている人は一本芯がはいっている。私は今仕事として歌ってはいないけれど、そういう顔をして過ごさなければと先生をみて思った。
ほんのわずかの時間のために軽井沢まで足を運んで下さって感激しました。
歌を聞いて、人生経験の差を感じた。
「この課題曲のどこでもいい、ここぞというところを作って下さい!それができなければ何のためにこの合宿に来たかわからないですよ」ズッシリ響きました。
歌ってるときのあなたの顔は決して友達になりたくないと思わせる顔ですが、いい顔でした。
スタジオの音響効果の方なのに、歌がなぜそんなにうまいのだろうと驚きました。(注:レッスン生です。)
<6>他の参加メンバーへのワンコメント
若いということはうらやましくもあり、また面倒くさいことであるなぁとつくづく思った。ー自分の目的がはっきりと見えていないと、この様ないつもと違う状況では気の散る要因が山ほどあって子供のように過剰に無駄な反応を示す人もいる。
愛媛の教会で賛美歌を歌っておられるそうですが、光るものがあったとおもいます。
皆、とても冷静でした。そのせいか、別に気分の悪い思いもしていないし、反対に凄く盛り上がったという感じもせず。一人一人、心の中では盛り上がっていたのでしょう。
朝の6時から腹筋をやっていた。
夜にずーっと歌のことを考えて悩んでいた。
廊下でずーっと練習していた人達(誰か分からない)。
あなたたちに私は素晴らしいモチベーションをかけてもらいました。ありがとう。
最近少ないタイプで良いです。
皆さんが、チェックアウトした後の部屋をVTRにとっておきたかったです。旅館などで言えば本当にチェックインしたとき、入ってきたときの状態と言っても大げさでないくらい。完全にきれいにしていただきました。何もトラブルらしいものも(何人かにお聞きしても)なく、それの象徴のような、美しい6部屋でした。
生徒さん全員が無事に終わらせて下さった合宿と言えると思います。
やっぱり自分の他力本願名部分が目立つ。誰かパワフルな人に自分を引っ張ってもらおう、という魂胆が見えてしまう。
「個人」対「個人」が出会うためには、まず、「個人」が「個人」に出会わなければいけない。結局自分の中で自分を突き詰めていかなければ、他人の個性とは出会えない。自分自身すらつかめていない状態での自己紹介ライブをやった時点で結果は目に見えていた。これ以上ない程自分自身と向き合って、自分自身を知り尽くした、と思った頃に、誰かと出会ってまた新しい自分に気付く。何はともあれ、自分を知ることが自分にとっての最大の課題だ、と感じた。
<7>
1今回の合宿の目的
今まで歌よりも声にだけかたよっていた神経を一度バラバラにして気持ちを無理のないものにする。
大テーマ=自分の原形に近づくこと。
小テー集団を利用して一人をきわめる、オープンでいる。
聞く・浸る・答えを急がない、感覚の刷新・発見・大掃除
この一年も含めて生きてきた道を思い出すこと。
忘れたいことも思い出して表現を結びつけていくこと。
自然に自分を抜け出してみる。
昨年、見たつもりでいた“至高の一瞬”をしっかりと自分の心に焼き付けたかった。
実は見たつもりで何も見ていなかったので、とにかくそれを見る。
今年こそスタートを見つけたかった。
2今回の合宿の成果
初めて、聞いてくれている人の笑顔が歌のはじめ、途中で見れたこと。(しかし、何故見れたのだろう?)
とにかく、とにかくやればいいんだ!!ひたればいいんだ!!
動け、とにかく動けということ
「作った」ものを「届け」きれない。
いつもゆきあたっている壁をハッキリと意識した。
歌一つに対する考えが変わった。
今まで1フレーズにしても、プロセスの絶対的不足を見にしみて感じた。反対に、その1フレーズでも手に入れれば、解放されるんだという答えが見えてきた。
抑制→自分を歌の中で解放するにはやはり、技術が必要だということの再認識。
感情そのものの欠如(特に誰かがいなくて寂しいという感情)も再認識した。(欠如というよりは180度の関係だと思う)
成果→発表会で途中から歌詞メロディともにとんでしまったけれど、なんとか最後まで歌ったこと。
最後まで歌わせる力が私の中にあることへの確信。
“ひろい”“高い”が心理的にもたらすものは絶対あった。
原点に戻れたところ、追い掛けてるみんなを見たこと
覚える、忘れる、の繰り返しが、こんなにも大きな波で来るとは思ってみなかった。
初日にほぼ覚えたはずの歌(しかもメロディー)を、次の日の昼間には完全に忘れてしまっている。夜にまた覚え直して、歌う直前になったら、また、きれいに忘れてしまう。ライブの本番に忘れて何も出てこなかったとしても何の不思議もない状態だった。
この合宿の一番の収穫は、覚える、忘れる、といった相反することをひとつのサイクルとして自分の中に意識できた点だった。一回完全に覚えて、それを忘れる、今度は完璧に歌える状態にして、また忘れる。要は歌うときに歌に集中できていればよいのだ、ということ。
ひとつのことにずっと集中するよりもサイクルを考えていろいろなことをはめ込んだ方が良い結果になる。
トータルで考えて一番良い結果になればいいのだ、と思った。
3合宿中、メニュから学んだこと
何にでも、一つ一つにそうすると意味、理由があるという事。
目的がなければプロセスは生まれない。
4合宿中、講師スタッフから学んだこと
短い間で何をと思われるかもしれないが、ある種の純粋さ、まっとうであること。
そしてあたりまえかもしれないが、こんなにバラバラな個性が同居できるカギは音楽であるということ。
今回のような一日一日が当たり前になっているのだと思った。
トレーナーの歌。セミナーハウスという入れ物いっぱいに、その空気が声と響きを受けとめていっぱいになる。その音の感じが忘れられない。
トレーナー、スタッフ全員が、説明・コメント・アドバイスで無駄なことは言ってないし、意味のあることしか言ってない。何をやろうとしているか、よく分かっている。
本当に気を配るということは外側からは見えないこと。
5合宿中、仲間(参加者)から学んだこと
自分よりも多くのものを聞いている人ばかりだった。
また月に1回しかこれない人の話も聞けて気合いが入った。
アメリカの音楽に関する何とかという賞をとりたい、という。どうして世界がイメージできるのだろう、何故?
自分も含めて途中から参加する人に決して雑にせず説明をし、その都度自分の時間がとられるのにつくづく偉いなあと思いました。
いろいろ苦しんでいるのは自分だけじゃないこと。
自分を大きく見せようとするほど、結局は失敗してしまう。
無欲、自然体プラス意志をしっかり持っている人が魅力的だということ。
特に何年もやってる方達の声は、よく聞くとやはり年月が聞こえてくる。
“この人はきっとこんな感じの声だったんだろう。けれど、今の声に何年もかかったんだろう”とか、“この人はこの部分を沢山練習してきたんだろうな”とか。どこまで行っても課題は増え続け、継続すること、そして、その後にくるものの存在が少し分かってきた気がする。
これくらいい真っ直ぐな、あまりにも無防備な想いで何とか自分の扉をこじ開けようとしている人が、少しだけど確実に歌に近づいている。その思いに必ず伴う逆の負の力をはねのけている、はねのけようとしている姿。
緊張と緩和。そんな姿を3日間みることができました。
貴重な体験。
みんな同じように、悩み苦しんでいるということ。
オーケストラの音あわせみたいに各々が発声している姿がペットやトロンボーンじゃないけど印象的。
6総括結局この3日間、何ができたと思いますか
自分が今まで、いかに伝える努力を怠っていたかを自覚した。
ステージに立つと自分の精神的な弱さ、体力的な弱さが露呈してしまう。
打ち破るほど強く伝えたいという意志も欠けている。
プロセスでもステージでも、どこか消極的。
他の人のステージと比較してみてもそのような自分の弱点を思い知らされた。
7今後のレッスンへの課題
とにかくテンションを下げないこと。
素直に何でも吸収すること。
体を使うこと。
体を使っていないとトレーニングとしては間違った方向に行く可能性が高い。
もっと音を感じること。
それを外へ出す時ジャマするものを徹底的に取り除く。
<8>ライブ発表
1自分の曲について
1選曲理由
サビの部分の絶叫が好きだから。
息が回転しているのがわかったから。
自分のやっていきたい方向でもあったから。(体・声)
3オリジナルのよさ
おなかのそこからぐわーっとわき出してくる声のパワーと前半の言葉のキレと流れのメリハリが良かった。
声の表情が詩を伝えている。
何よりもパワーがある。
まるで僧のような歌い方をするのでこの曲の雰囲気が(歌詞の重みが)よく伝わってくる。
自然の空気が伝わってくる。
大きくて、深い、達観。
5自分が加えた価値
「木曾」という限定された場所と、今からすると古風な女性の恋心のリアリティーは出せないが、「山の中」という状況「やるせない」気持ちを今の自分にひきつけた。
原曲の色気の代わりに「孤独」が強調された。
自分の中に全部歌詞を入れ込んで、そこから出していったので、私の感情、私のストーリーで歌いきった。
はっきりとこれが私の価値だ!と言い切れるものが分からない。
意識が足りなかったのかも。
6リハーサルで気づいたこと
止まらないこと。
勢いを大切に。
ステージの大きさを感じること。
7ライブで気づいたこと
1)自分の曲について
はじめのうちは不自然でオーバーにみえてもいいと思います。(この場合の不自然というのはギクシャクしているのとはちがう)この空気を変えられる不自然さを自然にしていくのが体であり、技術であると思います。
一度振り向かせた人に対してプロなら責任を持ってその人を引きつけ続けられなければなりません。そのために体や技術も必要ないと思います。
今は振り向かすことが大切だと思っています。
一瞬でも空気を変えられるかが表現の原点になると思います。それを持続できるような強い体と精神力、高い技術を身につけていかなければならないと思います。
ステージを目一杯使うというのは、結構難しいもんです。
ロックンローラーのつもりですが、五木ひろしのステージングのようになってしまいました。
何かを普通に喋る以上のテンションで伝えようとすると当然、心・体の全てが非日常の領域に入ってくる(日本人は特に)のでおそらくはじめは不自然に見えますが、まずそこにたどり着かないことには表現としては始まらないと思います。
練習を積んだ曲と大して出来が変わらないのはどういうことなんだと思った。
いつも自分で勝手に難しくしてしまっているのだろう。
2)他の人と他の曲について
1歌曲として印象に残ったものと理由
Tom Catのふられ気分でRock'n Roll
さすらいの美学、人によっての捉え方の違い、気持ちの持ち方一つで印象がすごく変わる曲だったから。
恋のささやき、雨の日のひとりごと
“木曾は山の中です~”のフレーズが耳について離れない。
愛を心に…サビの部分が覚えやすいし拡がりのあるフレーズが良い。歌詞も分かり易くかつ説得力がある。
「愛を心に」皆で歌ったので。
木曾は山の中。できごと。日本人の感覚とは少し違うと思った。
ふられ気分でRock'n Roll…自分じゃ絶対選ばない嫌いな曲ですが、フシまわしが妙に記憶に残ってしまい、まだ頭から離れてくれません。
「愛を心に」やはりストレートなその歌詞だ。メロディーラインがあんまりドラマチックで、照れてしまうところもあるが…。サビの歌詞は心に刻みつけておこう。「いつも忘れずに、とどめ続けて欲しい。」これが難しいからこそこの歌があるのだろう。
傷心。大友裕子さんのあのかすれ声での絶叫するかのような歌い方がとても心にガンガンと響きました。
「冬の華」自分が選んだ曲ではないのに気がつくと口ずさんでいた。
「愛を心に」“心が歌うときそれは真実の証”がグッときた。
木曾は山の中/ストーリーがすぐに把握できた。ストーリーとサウンドがぴったり入ってきた。恋のささやき/この歌手の声。キレイな声は飽きやすいが、この人のキレイ声は全くそれがない。
傷心…歌う人の熱がそのまま現れるタイプの曲で。歌っている大友裕子さんの声とピッタりきていたから。
“鐘がなるなるなる”の曲、俺だったらこう歌うのになーと一番思った曲だった。
愛を心に、こんなきれいな曲が見本にあったのかという感じです。
さすらいの美学の時。特に前半部分。孤独を感じることが多い自分が、考えることに似ていたから、ヴォイストレーニングにも通じるものがあるかもしれない。
傷心…ボーカルの声がすごく印象的だった。
酒持ってこい…演歌ととっくが混ざり合ったような変な曲&歌詞だった。
「恋のささやき」はもちろんですが、他に「傷心」等は大変インパクトがりました。個性的な声と歌い回しがとても印象に残りました。
傷心(ヴォーカリストの声)、さすらいの美学(覚えやすさ、展開)
「傷心」心に響いてきた。
傷心、圧倒的な迫力
さすらいの美学…構成、小さな旅立ち…ミュージカル風にもチーク風にもできるところ。
“木曾は山の中” 長調ではあるが、“泣き”が入った曲。
終わってからよく口ずさむのは「木曾は山の中」と「冬の華」と「愛を心に」
2今回のメンバーで歌として印象に残った曲と人
声の太さ、セリフのような歌。
歌に現れる何とも清潔な感じ、おおらかさ。
たれてれの恋のままに(だったと思う)、音域の広い曲を前半は語りで、後半はサビを歌った。うまくまとめたと思います。
何か心に残る。
セリフ付けが良かった。
一曲の中のドラマがすごかった。
自分にあう曲を選ぶのが上手い。本番に強い。
観たら上手だった。自分をよく知ってるし、盛り上げ方がうまい。
言葉・フレーズに雰囲気が出てたと思う。
さすらいの美学、自分には合わないがいい歌だと思った。好みの問題です。
あと雨の日のひとりごと、キレイな声だった。
すごく気持ち良さそうに歌っていた。
歌が好きな気持ちが伝わってきた。
はまっていて楽しかった。
期待通りでした。
本人にとても合っていて、まるで自身の作詞作曲の歌のように聞こえた。
一言“春が来ました”と言ってだけでステージがパーッと春が広がった気がした。
ものすごく感動した瞬間だった。
心にキュンとくるものがありました。
スケールの大きさを感じる。そしてチャーミング。
歌に色気を感じる。
自分をよく知っているのかな。すごく自然に歌いながらも自分の世界を出せる。
リハーサル”切なくて、せつなくて、たまらなくなってしまった。マジで抱きしめたくなった。
3今回のメンバーでステージとして印象に残った曲と人
彼女の陽気さや心が出ているステージのような気がしました。
音楽を決して止めないためにこれだけ尽くす人を他に知らない。素晴らしい。
大げさだけど人が変化し、成長する時に音楽が横にあるという事実。
こういう人を見ると人前で格好つけたりゴマかしたりなどあまりに恥ずかしいと思う。
いつもながら迫力がある。
景色が見えた。
ほとんど立ち位置であまり動かず、でも身もだえるような歌に何かが感じられた。
彼女の中に何があるのだろう?
何が、かわからないが歌っている姿が忘れられない。
歌う時の表情と空気が歌に何かをプラスしているように見える。
驚くべき舞台の顔を持っている人。始め(出だし)の語りのところは、完全にその世界に入っていた。
不安定に揺れる歌の中で自分の胸に手をおいたこと
シャウトしたときに両手で握り拳を作っていたこと、シーンは説得力がありました。
最初にパッと笑顔で引きつけられる。
何よりもインパクト。迫力。そして意志。
時代を越えるような錯覚を受けてしまった。目つきがすごくて引き込まれた。
何がなのかわからないが、聞きたくなる。
全身からあったかーい感じがあふれていた。
礼の時、はじめの「春が来ました」のセリフ、歌ってるときの笑顔、どれをとってもいい。
光りの精が飛んでるみたい。
とても堂々としていた。
キャラクター・声。
ステージを歩いたりして、窓を眺めたりして、それが自然にできてとてもよかったと思います。
自分の場に対する責任が越えてゆかせる。最後まであきらめない凄さ。
4今回の合宿で印象に残った人とできごと
アカペラステージ、安定感と心地良さが良かったです。
楽しそうに歌う顔が忘れられない。
バイタリティー、度胸。篠宮さん、苦境をものともせず、楽しんでしまっているところ。
つかみ所がなく訳の分からないところ。
さわやか。
姿勢(態度)。気付くとやはり立っていたし、常に緊張感をどこでもいつでも持っている。
帰り、マイクロバスに乗って私の窓の外から「おつかれさま」と言ってくれたのがとても嬉しかった。
目が何かを言っていた気がする。何か分からないけど、考えてしまった。それだけ、意味深い人なんだなと感じた。
発表会終了後、日向で背中を向けて一人ぽつんと座っている。
発表会終了後、抱き合って喜んでいる。
歌い終わった後の深呼吸。
合唱している時の福島先生の背中。
本番前のウォーミングアップ代わりのヨーデル。
合唱中、窓を開けて涼しい風を入れてくれた。
合唱時のゴスペル3人娘・合唱時の窓越しの青い空と白い雲。
オーバーオール姿。
歌っているときの表情。
細い足。
生命力溢れるTシャツ姿。(軽々と釜飯の弁当が20個くらい入っている水色のケースを持ち上げてガハハと大笑いした。)・
古い想いでの曲を3スタの目立たないところで歌われていた過去と現在。
とにかくよく飲むなあこの人はという感じでした。
笑顔が最高でした。
テーマ曲合唱の時、前で飛び跳ねていた人。
福島先生がお香を持ってきたり、ライブの時のステージに布を引いて木で飾ったりしてたこと。
5今回のような合宿の試み(意図とその結果についての感想
それぞれの人のステージを見る聞くことによってその人の取り組み方や意識がわかり自分への鏡となるところがあると思いました。
声だけでなくステージについて考えるようになりました。
初参加の軽井沢合宿。(合宿経験者から)「社会復帰できないぞ」「人格変わるぞ」などと、さんざんおどされていたので、不安もありました。実際に行ってみると、空気はきれいだし、水も食べ物もおいしいし、「一年こんなところでトレーニングできたらいいなあ」などとゴキゲンでした。
合宿という場そのものや集団の力に、いつの間にか期待しすぎていた。何もなくても、自分一人の中から何かを生む。あたりまえの、でも今の自分に無い力。それを自覚すると共に、完了燃焼できなかった。
たとえ3日間だけで歌えと言われてもそれが出来なければ30日かけても出来ないと思う。やはり、何だかんだ言っても普段どれだけやってるかが歌には出るもんだ。
合宿での生活のような密度の濃い(歌の占める密度)生活を日常に再現しようとしたが、これは難しい。しかし、この二年を通じて、密度はどんどん濃くなってきている。
今回のこの合宿が大きく拍車をかけたことは間違いない。
とにかく、あらゆる意味で楽しかった。
夢のような3日間だった。
歌う楽しさを再認識させてくれた。
1曲をあれほど集中的にトイレにいく間も惜しんでやったのは初めてだったのでよい体験ができたと思います。
時間が迫る中で、曲とまともに向き合おうとするのはいい感じだった。
自分の戦いという意味では成功だったと思います
“抜ける”“いける”ような意味のものを求めた人には足りなかったと思う。ただ行こうと思えば自分の力で行ける。自分自身で行く。というものと考えればかえって厳しいものだったかもしれない。
2日目の夜に布団の中で&3日目家に着いて。「in the Dark」暗闇の中から出たいといつも無理に呼ばれてたけど暗闇の中から出たいといつも叫んでいたのは僕だった。そう、僕はいつも、いつも、どこでも、いつも、いつでも、きっと、ずーっと、いつも、いつも、いつも「暗闇は嫌!」と叫んでいた。落ちていく快楽より、昇っていく苦痛が欲しかった。
“成果”としては、ものすごく勉強になりました。
セミナー施設内の裏表をぐるぐる動いている間に、どんな人が、どんなところで、どんな風に練習しているのかよく分かりました。
みんながスタジオにいるとき、思うようにいかなくて部屋に戻って集中自主練をして悩みまくっている人、自分のキメたいところを狂ったようにあらゆるパターンで林の中で繰り返し続ける人etc.etc。
どんな人がどのくらいの深さで集中しているのか、どのくらいやっているのか、というのが、正直言って歌のパワー(うまい・へたにあまり関わらず)と比例していることがよくわかりました。
たとえ時間が短くても、できる人はものすごい濃度の時間を持っている。
空気の密度が違う。
そうでなければものすごい時間を費やしている。
上映会感想
歌のすごさとは何だろう。音楽のすごさとは何だろう。私はこの曲達をリアルタイムで「つまんない音楽」として当時聞いていた。聞けない・聞くことのできない人間に「つまらない」と思わせない、奇をてらわず真芯のところで与えるということのもの凄さを考える。
すこし聞く数を得た今、このAstで聞いてみて、伊藤愛子がまるでイタリア人のようなすごい声だとか、みんな正確に歌いこなした上に自分の言いたいことを伝えていていることとか…。どんなに価値がわからなかったのかと(今わかってないことも含めて)思うのと同時に、こんな人達の頂点に立ち、世界中に認められているアーチストの抜き出し方、そこまでのこと、ケタ違いを思う。
及第点があり100点満点があり、その100点満点を1単位としたそこからはじまる勝負の世界。普通に聞こえることさえすごいことなのに、人の魂に伝わり、震えさせる、心に波を生じさせる、そんな歌・音楽というのはどうやって演ったらいいのだろうか。どういう人間になればそんなものを体の中から取り出せるのだろうか。かりにそういう人間としての力を持てたとしてもどんな体を得ればそれをそのまま取り出せるのだろうか。
本を読んでも、レッスンを受けても、そのイメージをとらえられていないから一つ一つの言葉も本当の意味で分かっていないし、自分の体の中から出したい声やリズム、気持ち一つすっと取り出せないでいる。何故そこまで高みのものでなくてはならないのか。至高の音へ向かいたいのか。わかってないくせに何故、音楽や声の中にいたがる。そこでなくてはならないのか。
声が出る出ないの問題より自分と比べて表現しようという意欲の違いを感じた。全てがとびだし向かってくる。どこにも隙がない。これだけ前に出してゆくには相当の体力がいるし、気持ち、テンションの高さ、自分を全部そそぎ込まなければ駄目だ。
伊藤愛子さんの声はカンツォーネを聞いているような鋭さがあった。途中切り替えていたところ等、鳥肌が立った。
葛城ユキさんの“木は山の中”音楽は流れているけれど言葉を止まっているというのはこういうことかと思った。バックに流れる水の流れる音、竹をうつような音と彼女の歌い方が山の中に神様がいるような気にさせられた。
小坂さんや八神さんの歌い方は裏声のようでもそこには息の流れ、声の芯を感じる。ブレスが瞬間的に行われてるのが分かる。傷心は自分のうたった歌だが改めて表現の大きさの違いを感じた。
一番感じたことは声だけ聞いていてこれだけ全面に出てくる凄さ。声の中に込めているものの違いを感じた。これだけだして聞こえてくるものを考えると自分は全然出ていないのだなと感じた。
自分のできることを精一杯やるということがこれだけすごいということを知った。うまい人とか、声の出る人は他にいっぱいいたけれど、心に響いてくるのはこの人だ。
この歌を聞いたとき、他の人は嘘ばっかりだと思った。歌は事か見てくれとかよりももっと大事なものがあると思った。
軽井沢合宿を終えてのメニューは確かに自分の中で苦しい思いはしたがまわりの人達によって作られた場の雰囲気にのっかって、自分のいろんな面が引き出してもらえた部分がかなり大きかったと思うので、そのイメージに頼っていた。
ところが今回は自分の世界をどれだけ1曲の歌にこめて表現できるかという課題。班で力を合わせて作り上げるエチュードとはわけが違う。
参加募集の貼り紙に書いてあった「1人で来て下さい」という先生の言葉が今になってじわじわ響いてくる。誰も助けてくれない…というより、合宿を経験している者としてテンションの高い場を作り出す責任があったと思う。
何だかんだ言って、ひとりで頑張って闘っているつもりでも、結局まわりの人に助けられているんだなぁ。“おかげさん”ってすごく深い言葉だと思う。ありがとうございました。