一流になるための真のヴォイストレーニング

福島英とブレスヴォイストレーニング研究所のレッスンアンソロジー

「キラキラをキラキラキラに」  8693字  801

 

「キラキラをキラキラキラに」  801

 

 

 はじめたばかりのときはそれなりにやる気に満ちているので、それぞれキラキラしたものが出ていて意欲が見えます。でも、そういう輝きというのは誰もが持っているものであって、大切なのは、1年また1年と続けていくことで、その輝きに磨きをかけられるかどうかです。

 

どこまでかというと、まずは、人前に通じるところまでです。

不慣れな人もいるでしょうが、どんどん場に出て慣れていってください。

 

ここは日本の中でも、ある意味では、かなり厳しい場所です。

はじめはマイクもバンドもありません。シチュエーションとしても、これくらいの広さ、これくらいの人数の前でやることが一番きついと思います。

それは逆に、ここでどれくらいのことができるかを試すことで自分の力を客観的に見ることになります。

 

 

心を白紙にして、いろいろなことを見て感じ、試していくことです。

今まで歌ってきたなら、それを早めに白紙に戻すことです。

本当に自分がやりたいことはなにか、そのためになにが足らないのかを突き詰めていかないと自分の世界のことがわかってきません。

 

人前で表現するということ自体、日本人は苦手なのですが、これは慣れていくしかありません。

今の自分に何ができるかをこの場を使って体験していくことです。

 

 こういう分野に関していえば、本当の意味での出会いとは、皆さんがここに入ったり、話したりすることではなくて、皆さんの作品で出会わせ、自分を作品で問うことです。

 レッスンの中で何か感じられることがあったら、そういうことも出会いの一つです。

そして、自分の声で他の人達を出会わせられるようにしていくのです。

 

 

頭で考えるのでなく、自分が何をどう感じているかがでてこなければなりません。それには、そこに入っていくことが必要です。

うまく歌おうとかうまく読もうとしているのが見えるようでは、まだ入りきれていません。形をとっているにすぎないから、印象に残らないし、無難に終わったというだけになってしまいます。

 

そういう目的でやらないことです。どこを間違えたなどということをチェックするためにやっているのではありません。間違えたことが減点になるのではありません。

課題を自分に置き換えてこなければいけません。人のものをもってきて、それを無難にこなしてみても何にもならないのです。

 

言葉でも声でもよいのですが、自分で引き受け、自分のものにすることです。

その言葉や曲をその人がどう感じているのかが見えるように、です。

 

 

初めはそういうことはとてもわかりにくいものです。

これが一般には歌になってメロディがついたらそれにのっかってしまうため、言葉だけのときよりもさらに伝わらなくなります。

 形をなぞってみせたら何か伝わると思うのは大きな間違いです。

まず自分がそこに出ることです。実が形をとるのです。

 

 他人と同じ課題の中に自分をいれてきます。そこで自分の中には何もないと思ったら無理にでもいれて、そうやって自分をだしていくことを積んでいってください。

何もなくとも、何か出ないわけではありません。そのための課題です。

 

自分の世界の必要性を示していくこと、それがない人はその必要性を自分に与えていくこと。

そこでもう一度声のこと、自分にとって歌と何なのか考えてください。

 

 

 思いをきちんと伝えようと続けていったら、思いは宿ってきます。歌など誰にでも歌えるのです。

それ以上のものを出したいと思って初めて足りないものに気づくのです。少なくとも課題や練習に賭ける情熱や意欲のところで人並のことをしていたら、それ以上のことはできません。

 

勉強できている人はみな人並み以上のことをどこかでやっているのです。

そのために、時間もお金もかかるでしょう。でもやっていく人にとってはそれ以上の値打ちがあることなのです。それ以上のものに自分の力でしていくからです。

 

 こういうことは誰もまわりにいなくなったところから始まります。

誰かがいるから、見ているからやるようでは、人前に出るところまでで終わりです。やりつづけられる人はいつもひとりでやります。誰もいなくてもたったひとりでやれなくてはいけないのです。

 

 

 イマジネーションの世界ですから、それがないと思ったら、いれるのにどうするか考えましょう。何をするにも精一杯、取り組んでくることです。どのくらい取り組んできたか、そこまでやってきたのかということが問われます。その上でここに出てくるのでなければ、言葉一つ、表現に値することができるはずがありません。

 

 出したときに失敗するのはいいのです。それが次の可能性につながるのですから。そして1分間がいかに長いか、1分間でどれほどのことができるのかということを自分の身に感じられるようになってください。歌は、一生を何秒かにかける仕事の一つです。

 

 自分が今やったことをわかるようになることから始めましょう。選んでくる曲の歌詞や音のひとつひとつに責任を負わなければいけません。その言葉について質問されたら何時間でも語れるくらいであたりまえだと思ってください。

 

 

 自分が他の人とは違うと思う部分を大切にし、それを最大限に拡大して取り出すのです。拡大しすぎていやみになるのでは、などと考える必要ありません。

 

舞台ですからそこまで自分を掘り下げて、得た表現で空気を動かさなくてはいけないのです。

ただ自分の体験をしゃべるのでなく、何をどう感じているのかを音声で伝えることです。自分を見て、他の人も見て、また自分を研究してください。

 

 すると、多くの人がキラキラを手放してしまうなかで、あなただけはキラを一つずつ、加えていけることでしょう。

 

 

 

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『舞台実習のセッティング』

 

 

時間内に終わらせること(3分間)厳禁 何が起きても自分で勝負、自分でケリをつける

音声で表現する舞台である(判断基準)

No.と氏名を最初に告げる

(原則として)スポットのなかでやる

(観客として)最後に一回だけの拍手で送り出す

ピアノなどで音をとってもよい

楽器、音源などの使用可・共演は不可

代表やトレーナーは、いないものとする、進行も拍手もしない

 

『問題提起の場・実験の場』

出るだけでまし 

キャッチボールしていくこと 

自分をしっかり消化する、自分の未消化を気づく

芸術的センス、主張で構成されていないといけない。

 

1.相手したくなるものであること

2.批評の対象になるレベルに、目一杯やっていくこと

3.存在感、必然性、センスなどがないと伝わらない

4.ステージ=仕事、“プロ”意識で

5.自己アピールの場

6.他の人とどう違うことができるか、その可能性を追求する

 

 

アーティストに期待されている役割を果たしつつ、

より大きな可能性のために裏切り続けて先がある。

「大変だ」といっても、別に誰もやって欲しいとはいっていない。

そこで待たれるだけのものを問い続け、みせ続ける

 

よくある総評 いつもながら、人はいて声はすれど、歌や音楽が聞こえない

 

新入懇談会

1.丸暗記の棒読みにならないこと

2.作文力をみせるのではない

3.一つのことを音声表現を用いて、いかに伝えるかという舞台

4.何を語ってもよいが、人の語れないこと、自分を語れ

5.吹き込み、聞き返してくること

 

 

 

 

【福島特別講座レジュメ】

 

 

1.舞台らしくなっているか、入り込めるか、抜け出されるか、歌に洗脳されかねない

2.繊細かつ、ず太くなること

3.照明に負けない 大きくみえる 華があること

4.この人といたいとかもっと知りたいとか、ファンになるだけのものを出す

5.演じ続ける 孤独な作業、人間としての顔つくれ 考え方、生き方がでてくる、

  きれい、かっこよいでなく 自分みせにくるところ、もっと裸になれ、

  舞台なんだ、しかし、何が起きてもただの舞台なのだ 

  そこで生きるということは?  この世の中も舞台だろう

  100年に満たない一生-だから戦争も犯罪も起こる、

  その断片がステージであり、その断片が完結している

6.誰かのまね、振りをしても不しぜん、不快 

  その人がその人を考え、自分、今、の感覚を生きていること

7.おもしろいけど、汚れた原石のまま そこからもっと汚れる人と研ぎ澄まされていく人がいる

8.「お姫様はできません。きついです。僕は、男で28才の役しかできません」という役者はいない。

  化けられること、大化けすること

9.動き、目線

10.人間を求めている 間違ったとわかるのはいい人だけど、歌で何をやってんだということ

 

11.なぜもう一曲、聞きたいと思えないのか 途中までしかもっていない 

  あるいは始まっていない 

  ステージ、歌、ことばが始まるとき

12.歌、いろんな学び方がある

13.人は自分の才能で生きるべき、やりたいことよりもやれることで生きる

14.ドラマを生じてきた ただ、一人で参加しなくてはいけない 皆でパーティやるのでない 

  「おれに歌わせろ」という人であること

15.いろんな人がいるのはよいこと、

  いろんな声、いろんな考え方、いろんな感じ方、どれも正しい

  でも人に与えるなら、研ぎ澄ます

  一番いいところ出している どこを愛してもらっている そこが出ていること

16.才能 若き才能、天才に会えてきたが、才能はアピールすること 能力+α(天啓)

17.ここを使い切れ 人の土俵でない自分の立つところは自分の土俵

18.北を歌うなら知床にいく 体験→イマジネーション 

  アマチュアが100時間かかってできないことが一瞬でできる 奇跡を起こす、起こし続ける

19.主張したいこと 世界のアーティストがついている

  日本は日本でよかった でも世界のなかでやる時代、日本人が日本人でなくなっていく

  終身雇用からデジタルネットワーク社会となる、

  それが嫌でもアウトローとなるか、中心になるか、

  皆ここをアウトローと思っているが、

  次代の中心は周辺、辺境から生まれる

20.皆、ここで大したことができないと思っている、

  でもたくさんの人がすごいことをやってきたところ 無名戦士の墓

21.選曲も歌い方も、歌にあらわれたあなたも、現実でなくてよいが真実でなくてはいけない

  この世界の現実にまさる本質を抽象化、

  シンボル化していくから普遍化、一般化する 数字、芸術、哲学

22.オリジナルに近づくのが本人もみる方も、どんなおかしな表現でも安心、心地よい

 

 

  日本のヴォーカリストは、歌や音楽に逃げ、ファンもそこへ逃げる

  ディズニーランドも必要、でも、そこで生きることはできない。

  そこで働いている人が現実、ぬいぐるみに入っている人が舞台

  ここの歌は現実でありたい。

  生きる力、気づいたり考えたりする力に創造する力になり、

  観客にそう働きかけるものでありたい。

  本物、クリエイティブな人(一般の人も一所懸命生きているのは同じ)をクリエイティブに刺激する

 

 

 

【ステージ実習レジュメ】

 

1.3分間、それでいいの、本当にいいの

2.会報を読む 伝える与える 今できること精一杯やらないと先はない 

  やれないことをくやしがりなさい

3.人前で話すレベル 時代も人間も相手も知らないといけない

4.できないのにやっている奴には拍手、

  できることをやらない奴は番外(それは、その人の勝手)

5.気持ちよかったですか。

6.熱いもの伝わる 歌いこなしているだけなら、相手も振り向かない本質をむき出していくこと

7.もっともっと自分で考え気づいて、それをやりつくしたら、ここの大切さもわかる

8.どんどん試み、うそをつくっていけ(量をやることはそういうこと)それをはぐ、

  捨てることで質に変える

 

 

 

 

◯教わるのでなく、創り出す

 

 いろいろなトレーナーと接し、いろいろな疑問を書いてくるのはよいのですが、トレーナーに教えてくれということをどうして考えるのでしょう。

自分が伸びていかないとレッスンが進んでいくことはありません。

皆さんが進んでいく、それだけです。

 

落語の世界と同じです。

芸のプロセスを知っていたら、わかりそうなものですが、なかなかわかってもらえていないようです。

演奏活動において、場に立ち、相応の力があれば、そこから学べるものがあります。

私は演奏活動の代わりに、いろんな人を置いています。

教えるという考えは、とっていません。

 

 こういう問題が起きてこないように、

自分の意見を主張することが民主主義とか、

人間は皆平等だという考えで人をみたりすること自体が、平等ではありません。

何か、こういう分野でやっていくのに、その前提となる考えのない人達が増えています。

こういう分野を選んでいるつもりで選んでいないという問題以前の問題が大きいのでしょう。

 

 

この研究所は、オープンにしてきましたから、

自分がそういう分野に向いているか、向いていないか、いろいろな面で問うてもらえばよいのです。

歌に向いている、向いていない、こういう表現活動に向いてる、向いていないと。

まあ、向いていようがいなかろうが、やればよいのです。

 

 私はトレーナーには教師としてではなく、演奏家、研究者としていてもらっているのです。

たとえ、その人が何もせずにもいてくれたらよい。

何か一言二言をいってくれるなら、充分すぎる、

皆さんに対して存在してくれるだけで意味があると思っています。

 

レッスンは、出たくなければ出なければよいのです。

習い事、もしくは、お客さん気分で来ているから、こういう疑問が起こるのです。

「厳しくされて、次のレッスンに出られなくなった」というのなら、辞めてばよいのです。

弱いから嫌なことをいわれると出たくなくなる、

そういうことでの応答など、やっている時間はないはずです。

こういうことを問題にすること自体がおかしいレベルの問題です。

 

 

 問題を出してくることはよいのです。

腹の中で思っていて、何もいわずに辞めてしまうよりは、

出してもらうと、コミュニケーションがとれます。

しかし、結局、自分が最高に伸びることに専念していたら、

不平は他人でなく自分に向くものです。

とても先を考えているとは思えないのです。

 

それは先生が伸ばしてくれると思っているから、

それに対して、先生が必要なことをしていないという考えるのでしょうか。

生徒を潰そうなんて考えるのなら、最初からやりません。

そのように自分で貧困な発想にもっていって、じたばたじたばたしているだけです。

じたばたも悪くはないのですが、私はそうさせないように、バーンと返答を出すのです。

個人的にでなく、こういう形で普遍的に、です。個人批判はしません。

いちいち取り上げるだけ親切と思ってください。

これは、私のためでなく、皆さんの勉強する場を守るためです。

環境を整えるのが、場を維持するのが、私の役割と述べてきました。

 

 何よりも自分がやっていないとだめです。

課題ができていないということを指摘されたら、死に物狂いで克服していく。

2年待つ必要があっても、2年待たないといけないレベルのことは、先生は言いません。

「声を1週間以内でつくりなさい」とは絶対に言いません。

 

 

こうして、いっていることは、ここにはいってくる前に片付けてなければいけないことです。

ここで与えている経験も本来なら、自分で学んで体験しておくことです。

ここに入ってきて、どれだけ遅れているかということを身にしみてわかってください。

その上で真剣にやらないと、2年なんてあっという間に、何もできず経ってしまうのです。

その課題に対して、まだ早過ぎると思うのも、おかしいでしょう。

たとえば、裏拍をとる、シンコペーションとるくらいのことは、ミュージシャンからいったら下の下の課題です。

 

音楽の先生方からも、そういう人が音楽の世界に上がってくることが信じられないでしょう。

ここは、そういうことを問わずに入れています。音大の入学生より下はずっと低い。

1つの音に合わせることも難しいという人もいるので、音楽の基礎科までおいています。

そのことが、早すぎるということでは、おかしいのです。

もし10年で、まっとうに歌いたいとしたら遅すぎるのです。

死に物狂いでやらなければいけないことです。

 

日本の今のミュージシャンでもそんなに経験のない人はいません。

ここで声以外なら、満点近い点数がとれるでしょう。

「それと違うから、努力している」「この研究所にいる」というのはよいのですが、

その言い訳は、通用しません。

できないことを棚に上げて、教え方がどうこうという問題ではないのです。

 

 

「やさしいヴォーカル入門」で、皆さんがどれだけ勉強をしたかはわかりませんが、

勝負事であれば、1年かかる課題ではないのです。

普通の教育を受けてきたからということとは、関係ありません。

人間、本気でやれば、このくらい誰でもやれます。

 

それいjyにやらなければいけないことは、たくさんあって、ハイレベルな感覚と声づくりです。

そのほとんどを、私のレッスンでやっています。

そのことに関して2年経っても、同じことを繰り返していく人もいます。

それはそれでよい、無限に課題はあります。

 

勉強ができていたら、今の自分のどこが悪くて、それをどう直せばよいのかが、だんだんとわかってくるのです。

それを見つけていくことが課題ですから、自分の方が先にいっていないといけません。

そのためにトレーナーを使うのです。

 

 

私はできるだけ「個人的に注意をしない」のですが、

私が具体的に名前をあげて、いわないのは、

「今は仕方ないでしょう」ということがわかっているからです。

やるだけやってみて、それでだめなら、注意のしようもあるのです。

 

「個人的に注意してください」といわれたら、

「全くできていない」とか、「それでは全くだめだ」とかいうしかないでしょう。

「どこがだめですか?」

それがわからないからダメなのです。

 

「心構え、顔つき、態度、集中力、一所懸命さ」

それも本人が自覚して直すまで待つしかありません。

いいたくないので、こうして述べています。

 

 

皆さんをちやほやしてお客さん扱いしていたら、皆さんのためになりません。「ここに通って、お金もちゃんと納めてただなるべく長くいてくれたらよい。あまりうまくならないで、いつまでもここにいてくれたらよい」ということと同じです。

 

その辺は、根底に愛情があるかどうかということです。

ここに来てくれることに対して、愛情はあるのです。

自分でやっていける人達ならなおさらです。

ここの最大の価値です。

 

そういうところを間違えないでください。

皆さんが彼らに比べて、低いのではありません。

ただ、それだけのことを出せる人達はそれだけのものをもっているのです。

皆さんはそこから学べというのです。

 

 

 自分が2時間のステージをやるということは、そこに来てくれた1万人のお客さんに、

1万人から全部2時間ずつ歌って、それを聞いて、初めて順番がまわってくるということです。

それでよいのだったら、それでやっていればよいのです。

1万人集めてやるということは、1万人分のパワーが必要なのです。

ほかの人の1万倍などできませんから、表現として練り上げて、

そこにきちんと正していかないといけません。

 

 皆さんも覚悟してください。

できないのは、よいのです。現状です。

できないのであれば、それに対して死に物狂いでやることがあたりまえなのです。

できないということを理由に上げてやらないということでは、どうしようもありません。

まして、できないということを指摘したトレーナーなどが悪いという考え方は成り立ちません。

むしろ、感謝でしょう。

 

言い方やコミュニケーションの取り方の問題はあるかもしれませんが、

ここは、やさしい方だと思います。

日本の音楽界すべてが、甘いのです。

問題をはっきりさせない上に、悪いところでもちやほやして、

ほんの少しよいところにもち上げてくれます。

それでは、よくないのです。

その場でよいだけでは、将来のためになりません。

 

 

いつまでも当人は真の力がつかず、やっていけません。

その辺を自分の中で判断できるようにしてください。

自分に自信を持てば、人から何をいわれてもよいとは言いません。

人からいわれることも、仲間からいわれることも気になるでしょうが、

結局、自分で判断していくしかありません。

 

 オリジナルのものを自分で取り出していくのです。

皆が反対しても、そのことをきちっと突き詰めていくしかありません。

何かもっと大きなものに支えられているものなのです。

それは、どこの世界でも、あたりまえのことだと思います。

 

そのことがまわりにわかるには、時間がかかります。

それが、あたりまえになるにはもっともっと時間がかかります。

それよりも自分の力が必要です。そこのことを実現していくことです。

 

 

 アーティストの世界、芸術の世界は、一人がいるために誰かが出れないのではありません。

いくらいても、力があれば出れます。

実力の世界であることに間違いはありません。

上がって来ることはよいのです。

上がってきたら、それに何とでも応えるのが、私の役割です。

 

自分で自分をだめにしないでください。

多くの場合、正しい判断ができないで、だめになります。その判断は、普通のものとは違います。

人がだめにするのではないのです。自分で自分をだめにしないことです。

 

レッスンにやる気がでないというのでは、どうしようもありません。

他の学校に行ったら、温かくしてくれるかもしれません。

それには、絶対の条件があって、その人がやるだけのことはやって、倒れた時です。そういう時は、本当に助けられます。そうでない場合は、仕方のない人だとみられてしまうのです。