一粒の種 871
20年たった今も、私はやりたいこと、やらなくてはいけないことが片づかぬばかりか、
がれきの山となり、壊れゆく脳や肉体とハモっている。
一流に近づくにつれ一流が遠ざかっていったのと同じように、
仕事をあげていくにつれ、より多くの仕事がたまっていく。
登山のように、ただ踏みしめていく。
時間がないのも、金がないのも、昔とちっとも変わらない。
ただ、自分の心配をしなくなっただけだ。
一人でなく、大勢で動くようになって、昔の孤軍奮闘と違い、ある意味では楽になった。
待ってくれている人、愛してくれる人、こんな自分に価値を見いだしてくれる人、研究所を大切にしてくれている人がいて、逃げ場がなくなった。
悩むべきこと以外、悩まずにすむようになった。
人生の時間を輝かすことを求めて人がくる。
そういう人々のおかげで、続ける苦労だけになった。
私は、人間の可能性を信じる。
日本人の、今の日本人、これからの日本人の可能性も信じる。
あなたたちか、
あなたたちでなくとも、
その向こうにある大きな可能性を信じる。
そして、その日のために生きる。
死んだあとも生きるように生きる。
大きな歴史、大きな地球のなかで、
生命の音、誕生の音と共振する、
人間が人間であることを信じられる真実の歌を奏でる。
そのために妥協はしない。
一人の人間のなすことは偉大で、
しかし一人の人間の生命は、はかない。
継承されぬことに完成を見いだすのは、
いかなる天才にもうぬぼれに過ぎぬ。
まして、我身には。
地上は、いつもどこでも戦場であり、
そこに傷ついて今日も泣いているもののために、
声のあるものは歌わねばならぬ。
真実の歌を。
闘わねばならぬ、己と。
誰がでなく、まず自ら、生きるなかで実をつかみとらなくてはならない。
耕し、肥料をまき、どんな嵐や争いにも耐えられる強い麦をと、自ら踏む。
そしたら、風が吹いても、嵐がきても心地よいコーラスがひびくだろう。
そんな麦畑にしたい。
一粒の種、もしまかねば………