一流になるための真のヴォイストレーニング

福島英とブレスヴォイストレーニング研究所のレッスンアンソロジー

ライブでの相互評価(1)〜NO5 14072字 876

ライブでの相互評価(1) 876

 

 

【ライブ実習④  特別試行 18人による相互評価】

(ほぼ原文通り。不要なところのみ削除、評価は順不同。

本人の提出した自己評価も同じ扱いとした。No.は出演順。)

 

 今回の試みの相互評価制とは、研究所の核心たる部分をなすものである。おたがいへの厳しい批判精神なくして自分の歌の成長もありえない。

クラス④といえども半分はまだまだ耳ができていないため、このようにオープンにするのも時期尚早であるが、おたがいがどう聞いたのかを比べるのもよい勉強と思い、踏み切った。また、他のクラスの人へ、何らかの大きなヒントになることも、期待した。

 記名で書いてもらったのを匿名にしたのは、私の配慮である。会報をうのみにしてしまう新しい人たち(2年以内の人)に、プレBV座のメンバーへの、いらぬ先入観を与えたくないし、関わっているメンバーであれば、すべてわかることと思ってのことである(私自身は、順不同でみても誰を評したのかもわかった)。

 思い切った批判は、劇団などのように色が明確でなくてはできないし、ことヴォーカリストの場合、歌の基準のとり方は、まったく違う個性そのものである。他の人を排斥することになりかねない。とはいえ、誰がどう思おうと自由であるが、音楽や歌を理解し、習得してきた人にどう思われるかが、作品の価値を決めることには変わりない。すぐれているかどうかということには、明らかな基準があることは、この評でもわかる。こういうなかに深く聞くことのできるメンバーがいること(今回、出なかった人にも数名)が、ここの財産であり、誇りである。

〆切までに全員が出した。こんなあたりまえのことさえ、他のクラスではない。

なぜ上達しないのかは、毎日の心構えにあると、つくづく感じる。

ここを本当に生かすために、このレベルまでにはなって欲しい。

そこからが、本当のスタートである。福島

 

 

今回の試みは、大変よい思いつきだと思う。普段のライブ実習、ステージ実習では、自分の出番が控えていると、なかなか人の歌を集中して聞かない。今回の体験で、人の歌を一所懸命、聞いたからといって、自分の歌のできに対して支障をきたすことはないとわかった。逆に、自分のことばかり考えていると変に緊張してしまい、裏目に出ることの方が多いかもしれない。人の歌を分析するのは勉強になり、ただ漠然とよいところだけを見てあげようと人をよくしているのよりは、よほど自分のためになると感じた。特にライブ実習のあの2時間以上にも及ぶ時間を、今までの倍は活かせるのがよかった。自分についての意見が聞けるのが、とてもうれしい。

自分のことを客観的に知りたいと強く思っている。自分が思うことと、人が思うことの違いや、同じ点もあったら知りたい。できれば毎回、ライブ実習だけでなくステージ実習でもやりたい。自分だけ書いてもよいのかもしれていが、人との感じ方の違いを知りたいのだ。それに、自分が表現したものに答えや反応が返ってくるのは大変、励みになる。さんざんひどいことを書いてくる人も、何人かいるかもしれないが、なしのつぶてよりも全然よい。それに毎回、書いていれば、ただこきおろすだけが意見ではないと、おたがい勉強になるし、あまり恥ずかしいような内容も書けなくなっていくと思う。内容の質があがってきたら、書いている人の名前も明らかにできると思う。

 

 

その場が厳しいのか甘いのか、それは自分次第で決まる。“顔見知り”という状態でやっていることに自分は甘えてしまっている。いる人のほとんどが、自分に反感をもっているくらいのところで、ちょうどよいのかもしれない。傷をなめ合うような場にはしたくないけど、自わからそれをしてしまうような場になってしまう。点数が10点か9点という評価の仕方ではダメです。厳しいチェック機能が失われているという指摘は、もっともだと思います。

ステージ実習とかでも同じようなことを書いているつもりでも、出すとなるとやっぱりいつもよりも真剣に聞いているという状態になっていることに気づきました。本当、自分の甘さがいやになります。全員がヴォーカリストという他にはない場を、もっと大事に使いたい。

偉そうに人のことを書いてみました。自分はできていないのにということを、はずして書いてみました。でも、人に指摘していることはすべて、自分の課題として捉えています。理想は、現実の先にあるものということばを、最近よく考えます。どのスポーツでも、常に理想は尽きることなく追い求めていくものとして語られています。常に理想が出てくるということは、うれしいことなのかもしれません。でも、現実をもっと厳しくみないといけない。

 

 

最後に福島先生が「こうして一通り終えてみると、誰がこの場にいたのかがよくわかる。」とおっしゃられた。そうして考えてみると「確かに存在した」と思わせられた人と、そうでなかった人が自分の中にもいる。果たして自分はステージに存在しただろうか。そう考えると客観的に見て、今回の自分はあの場に残されたか疑問。何回ステージに立ってもしっかりとそこに存在しなければいけないということ。

 

ーー

 

No.1

黒人音楽への(マニアックな)関心。ステージでの姿がよい。歌うとき声は浮かし気味。ビブラートがかかるというより、声がふるえて聞こえる(=体の支えが不足)。英語の子音が弱い。(日本人の感覚のまま。英語では子音も一つの“音”として扱う。)ピアノの弾き語り、ピアノでのテンポ感の甘さが以前より修正されている。歌は、やや平板に聞こえた。

 

この人独特の雰囲気をもっている。客の方へ「自分の世界を伝えよう」と意識を向けて歌っており、客とも目が合う。歌い方に、最近のビジュアル系にあるような独特なクセがある。この人の、ちょっとキザっぽい雰囲気(そう演出しようとしているのかもしれない)は、やるならとことんやって(センスよく)もらわないと、見ている方が照れるので、キザ路線で行くなら、とことん演出して欲しい。

 

あの歌い方の癖そのもので満足せず、もっと深みのある音色も出していけるようになったら、より魅力的になると思う。歌い方の癖のせいか、ただ口が小さいせいなのか、口がパクパクと動きすぎるような気がして見ていて気になる。

 

硬い。もっとたくさん息を吐くべきじゃないかな。自由曲、少しよい色が出てた。

 

ていねいな歌い方。マイクの力を感じる。よい意味でも悪い意味でも。

 

歌や声に対する、自分自身の課題を持っているように思えなかった。かといって、自分に満足しているようにも見えない。ただ、聞き手に何か伝えようとはしていないのはわかった。音楽的なセンスもあって、ピアノも弾けて、うらやましいかぎりだが、ピアノと会話する前に、観客に何か下さい。デリケートでセンシティブな部分をもっとこちらに投げかけて欲しい。

 

声を無理に加工して出している。体(全身)に力が入りすぎ。自分の声でこう歌えばよい声と決めつけすぎ。もう少し、低めのキィで歌ってみたらどうか。いつも同じ出し方で、同じ歌い方だから。もう少し低めのキィのなかによいところがあるのではないか。ヘタな話はやめた方がよい。変にカッコつけすぎ(声の出し方も)。スター気どりはみっともない。

 

課題曲は、可もなく不可もなく、きれいにまとめましたって感じ。自由曲は、頭で、入ったところをずっと引きずってしまったようだ。ていねいである。自分も見習わねば。

 

おとなしそうな感じとか、優しそうだとか、素直そうだとかという感じがあって、それがインパクトのなさになってしまっていると思います。自由曲に同じ曲をくり返し選んでいるようですが、その1曲をまず固めようとしないで、もっと冒険して全然タイプの違う曲をやったりしたらどうかと思います。強さとか汚さとかズルさとか、そういうことも通過してこそ、本当の優しい歌にたどりつけると思います。今のままだと、毒にも薬にもならないままで終わってしまうのではないでしょうか。

 

別に急にパンクやデスメタルなんかやらなくてもよいと思いますけど、どっか聞いている人が、任せておいてもよいと思ってくれる要素を身につけていけるように、守りに入らないで、共演者から目の上のタンコブに思われるほど、強く歌ってみて欲しいと思います。しかし、弾き語りの方が、素で立ってやったより少し落ち着いていてよかったと思う。

 

自分を高ぶらせることのできるポイントをもっていて、ピークのテンションがいいなと思う。でも、自分のなかだけのものでこちらとつながりがなく、何だかばたばたとしたものになるだけのときがある。テンションは足りなかったが、深いところでつかんでいる安定感は出てきたと思う。ピアノの音のなかに、将来に声にも宿るのかもしれない音の粒を感じた。

各フレーズの処理が、同じ山だった。「夢よ、愛よ」という一番、大切なことばに、もっとエネルギーがこもるようにしたらよいと思った。今の震え方では、余り深くにいけそうもない。

 

何らかの想いがあるのはわかる。でもそれが、正面からこない。一瞬、かすめていくけど、すぐに流れてしまう感じ。特にサビになると薄いのがわかってしまう。ぶつ切れ。本人の中の歌という思い込みを壊さないと、この先の発展はないと思う。もし本人が今のままでよいなら、このままやっていくべきであると思った。基本の型みたいなものも、興味がなく必要もないのかなと感じた。でも、本物の技術を身につけようとすべきだと思った。

 

自分の世界があるのだろうが、自分の価値観との対話で終わっている。飛び出したと思うと、ひいていってしまう声は、その表われだろうか。臆病な野性の動物のようだ。ただ美しいものを見ているのだろうなとは思う。それを声にしてしまえれば強いのだろう。ピアノの方がこの人の情景に近い音になっている。

 

普段のレッスンのときは、自分の声のことにすごく悩んでいるのがみえるけど、やはり自分でピアノをやりながらのステージは、すごくのってます。人から自分がどう見えているのかの意識が強くみえる。

 

マイクにのる声。MC、ステージング、感じがいい。まとめている。語尾が気になる。オリジナル曲に自分らしさがもっと出るとよい。

 

ビブラートが気になる。出し方にクセがある。

 

クセが気になる。もっとストレートに出るとすっきりする。日本語の方がいい。もっと観客に意識が向くとよいのではないか。

 

 

No.2

歌う前の一言が、今まで効果的に感じられたことが一度もありません。聞いていて恥ずかしくなります。もしこれからも、どうしてもコメントをつけて歌うのであれば、もっともっと練りまくって、ことばを選んで欲しいと思うし、そうすればいうときにも、もっと自信をもっていえるし、またよく考えることで、実は必要ないというところにいくかもしれない。そして、先にこのクラスにいた人たちのアラ探しでもして、こんな奴らに負けてられるかと思えるくらい、やって欲しいと思います。

 

楽器はこの人の鎧なのだと思った。この日のこの人はいつになく落ち着いて、自信(あくまで、自分が確かに存在しているという意味で)も見えた。リズムなどの歯切れ、呼吸も普段のレッスンとはまるで違っていた。楽器を演奏しながらだと自分のタイミングが計れるのだろう(ギターはもっと練習しないとね)。でも、今回のステージと他のときと自分がどう違うのかたぶんわかっていないのではないか。自分と、音楽をもっと客観的に見ないと。

 

試みはおもしろい。もっと大胆にくずしてしまった方がおもしろいのではないか。ギターよりピアノの方がよい。ことばがはっきりしていてよい。

 

フレーズの「発声に意識全部」が気になっている。あぁ、はまっているのね。歌にもそのへんが出ている。今日は、よい方。「音楽の世界」を呼び戻さないと。

 

声が統一されている。オリジナル曲を歌うと、もっとオリジナリティがでるタイプか。

 

ここに入ったときの感覚のままやっている。まず感覚を変えることが必要。一年くらい前は何かが変わりそうだったけれど、今は本人は変えるつもりなどなくやっているのかなと思った。せっかく伝えたいことがあったり、人柄のよさとかが出てくるのに、感覚的なことでそれを妨げてしまっている。発声も、結局くせ声のまま、それをなおすことなくきている。思い切って出せる人だけに、何かもったいない感じがする。一度、今までの自分を捨ててやるか、支持してくれる人の前でやっていくべきだと思った。

 

声はそれなりにパワーがあるが、ノドにかかっているというか、鳴らしているような部分があり、そこが少しイヤな感じがする。歌い回しも「~っぽい」というようなところ、具体的にいうと桑田佳祐とかに似ているような印象を受けさせ、オリジナルな歌い方がいまいち出ていないような気がする。これは、表現全体に関しても同じで「いつかどこかで聞いたような」といった感じになってしまう。レッスンのフレーズまわしでも、すべてその型でもっていってしまっているような気がする。もちろん、この人に限らず「くせと個性」というのは難しいところなのだけど。

 

好き嫌いでいえば嫌いだけど、不器用さとか下手さとかを隠さずに勢いで押してくるのはすごくよいと思う。正直さ。

 

若さ、情熱、誠実≒暑苦しさ。 今回このペースでマイクを通して聞いていて、声のデカさなんかどうでもいいことを痛感した。もっと絞り込んで効果で考えないと伝わらない。

 

ピアノの弾き語り、楽器の才能を感じるし技術もそれなりにあると思う。テンポ感がいい。情熱はあるし、努力もしている。ビートルズに憧れているのもわかる。けれど、本人の姿が薄い。今の時代、ビートルズのCDを聞き、映像を見ることもできるのだ。MCでも歌でも、自身が何を感じ、何を考え、何を表現したいのか知りたいと思う。

 

この人は、思っていることをそのまま出す。感じていることを私自身が納得して受けとめられるかというと、決してそうではないが、人はそれぞれだ。そうだと思っていることを、この人は自分がよいと思う方法で出す。スタイルも、それを精一杯だすための、勇気のための防護服として使っているので、一般的で凡庸なものだが、見ていていやではない。不思議な存在だ。思い込みや信じたままの力が強ければ強いほど、声はまっすぐに出てくる。いつもこの人の歌には、それを感じさせられる。毒は欲しいが。

 

音楽を愛している、素直なくもりのない気持ちがまっすぐに届く人だと思う。そこが、いつも素敵だと思う。はっとさせられる。押しつけがましさが減って、「まず自分がしっかり歌う」ようになってきたと思う。声の柱が少しできてきた気がした。フレーズを変えるときは、普通より浅くなってはダメだ。深くなったために変わるのでなければ、感動しない。ピアノの音がきらきらしていると思った。

 

課題曲、自分のものにしている。気合いも感じられた。ビートルズ好きだそうだが、私はあまり聞かないので、この人らしい歌い方なのか影響受けすぎなのか判断つかないが、勢いは出ていた。自由曲、いつもさわやかな若者っぽい曲が多く、よい歌のようなよくわからないところだが、心はこもっていると思う。フレーズまわしはワンパターン気味だが、パワーを感じる。

 

こいういう「Open Arms」もありでよいかもしれない。ギター、ピアノ何でもござれ。この人の気質・性格のさわやかさ&前向きさが技全体に出ている。いわゆる「いい人」。ギターのときに日本の男性アーティスト[明るい長渕]の影がみえる。

 

がんばっている若者という感じで好感がもている。自作自演で、いつも自分らしさを表現しようとする姿勢に刺激を受ける。自分らしさを出すために、フェイクしたりするけれど、センスに問題あり。歌は素直だけど、雑。ときどき「おおっ、いいな」と思うフレーズがある。ただ不思議なのは、自分でギターを弾いたり、ピアノを弾いたりしているにも関わらず、グループレッスンで、よくもまああれだけめちゃめちゃにメロディを聞き取るなぁーということ。勝手に作曲してしまっているのか。

 

歌に対するアツイ想いをびしびし感じます。これが歌とぶつかってしまわずにプラスに出てこれたら、それが見てみたい。

 

課題曲をギターとピアノで演奏したのは聞きやすかったと思いました。ただ最後のコードが不協に聞こえたのがもったいないように思いました。歌は悪くなかったと思いますが、抜けてこなかったと思います。楽器とのバランスでヴォーカルが飛び出ないようにしたとは思えなかったので、悪くなかったとしかいえません。1曲の中での強弱の構成を考えると、もっとよくなるように思いました。

 

 

No.3

この人のあがり症の気持ちがよくわかるゆえ、毎回、逃げずにがんばっている。

 

いつも何かに合わせて歌っているようだ。たぶん、そうすることが歌だと思っていて、それゆえ、いつも自分の呼吸の小ささとかがバレてしまって一度もよく聞こえたことはない。これならハマるかもというのが、わからない人。歌の勉強という固定観念を壊すこと。やらなければならないことは、入れる一瞬をつかむこと。もしつかんでいるなら、常に出そうとすること。いつも先生がいっていることだけど、それしかないと思う。そのために、体を鍛え、感覚を磨く(変える)しかない。ただ、いつも出続けようという意欲があって、向上しようとしているのだから、何かが変わっていくのだろうと思う。

 

この人の世界をあまり見たことがない。いろいろなものにとらわれているのだろうか。声が出るとか届くとか、そうでないときは歌の世界の外に立ってみているようだ。自由さを感じない。のどをあけようと思うとのどがしまるのと同じで、外側からどうにかしようとして、却ってぶれていってしまっているようにみえる。深い呼吸が、息がみえたことがない。心が呼吸を呼び込み、欲しいだけ吸う、体に息がまわり、それによって心が深まるようなことが、やはり歌には必要なのだと感じた。

 

歌のなかで「前に出る」のが遅れてしまった。

 

失礼だが、1フレーズでもう聞きたくないと思わせてしまう。最初から気持ちがあせり、うわずってしまっている。とにかく、体のフォームが、よいものを出せない状態になっている。自分の出している音も、ピアノの音も聞こえていないし、判断できないのだろう。あせるのは気持ちが入っている証拠だと思うので、それが、歌へのっかるとよいのだが。

 

音程、やや不安定。体を使えていない。この人が歌を必要としていることは伝わってくる。こういう人を、聞き手として否定はできない。

 

自分を知ることが必要ではないか。アラを隠していかないと。アレンジかなり問題。マイナス。音程の不確かさが目立った。

 

声にパワーや安定感が足りない。何か歌がスッと流れていってしまうようで、メリハリやインパクトに欠ける気がする。

 

一所懸命がんばっている。自分なりに考えて、日常をきりもりしながら取り組んでいるのだとはわかる。でも、ちょっと頭だけでやっているところがある。英語の発音の体で捉える練習が必要。「洋楽かぶれの日本人」を、このままでは越えられない。歌詞をなぞっているだけに聞こえるので、時間が超えられない。口自体は大きく開いていそうだが、体の奥が開いていない。苦し気にあごがあがっている声に聞こえる。肩甲骨の下に力が入りすぎている。足元が弱い。

 

メロディを外すときと外さないときがあるということは、外したときは外さなかったときに比べて、手を抜いたと思えてしまいます。あまり複雑な曲をやらずに、シンプルな曲をいろいろなことに気をとられずにしっかりと歌いきるようにした方がよいと思います。

もっとスピードも落として、自分のペースで息継ぎして一言一言慌てずにやって欲しいと思います。コマーシャルソングとか、TV番組の歌とか、しぜんに口をついて出るようなフレーズはないでしょうか。もしあったら、そのときのしぜんさは何なのかとかを考えて欲しいと思います。今のままでは、歌にイジメられているようにしか思えないし、自由曲も不自由だと思います。

 

この人の一番の問題は、音程の乱れ。音がはずれ気味のところが多く、下手に聞こえる。まだ声を支えきれていないことにも関係があるかも。自分の歌を録音に吹き込んだものを、ピアノで音をとりながら確認してみるとよいと思う。まず音程をなおさないと、そこから先を聞いてもらえない。もう少し、声のトレーニングもした方が、突破口があると思う。成人した大人の声、歌になっていない。子供がよく童謡などを歌う、あの声、歌にイメージが重なる。

 

歌の表現よりも、ミスの方が耳についてしまいました。特に語尾と音程のミスが多いように思いました。あと、フレーズが単発で絡み合ってなかったと思います。流れを感じられませんでした。見ていて好きそうだなという印象を受ける音楽と、本人の個性との差があまり外れていないような気がしたので、一致するものを大きくしていけば曲を飲み込めるかもしれないと思いました。

 

グループレッスンに出ると、この人の声が以前に比べて太く安定してきたことや、フレーズのつくり方もよい感じになってきていることがわかる。ただ、あがってしまうのか、よい状態が出ていないように思う。声は上ずった感じに出し、声にひびきがなくて、歌っているのが大変そうで、見ていてつらい。

 

難しい曲を選んでしまい、しかもあまり考えずに歌ってしまった感じ。何かはわからないけどふしぜん。きっとこの人は真面目な人なんだろう。

 

何を伝えたかったのだろうか。最初をアカペラで始める試みはおもしろい。しかし、くずしたら完全に決めないと。

 

何をしたいのか、どこを聞いたらいいのか、よくわからない。

 

声の芯をとろうとするプロセスで、歌が壊れるときだと思う。あがっているようにみえる。自分の出している音を聞くことだと思う。

 

 

No.4

本人が歌いたいスタイルとか歌は、なんとなくわかる。でもそれが、本当に本人に合っていて、本人が選んだものなのかよくわからない。そのやりたいことのためにブレスヴォイスにきて発声をと思っているのか、その変化を期待しているのかもよくわからない。今、現在いえることは、もっと息を吐いて、一流を聞くことだと思う。

 

無表情。発声練習のまま歌っている。これは、この人の意図しての芸風なのか。歌の中にヤマがみえない。声は、のどに力が入っておらず、ひびいていて悪くないのだけど、とにかく無表情なのでなんだかよくわからない。ただ、その無表情さにあった選曲をすると、妙によい味を出していることがある。この人の無表情さを芸風として突き詰めていくなら、大化けするかもしれないし、ただ何の意図もなくああいうふうに歌っているなら、これから変化することはないかも。

 

音もよくとれず、フレーズもほとんどついていない。カラオケで初めて歌った曲みたいだ。どこらへんが④なのか、私にはよくわからない。自分に自信がないのは伝わってくる。個性を全然、前に出していない。英語の歌を歌うと幾分ごまかせるようだ。英語の歌というのは、誰でもそれなりにカッコがつくものなのだな。

 

静かにまっすぐな流れが、こちらにくる。こちらが感じようとしなければ、するりと見逃してしまいそうな中に、この人のいろいろな思いが息づいている。(イギリスに、ザ・ヴァーブというバンドがあり、今、確かな信頼を得ているが、やはり淡々と想い、愛する気持ちや怒りを歌う。聞く側を問う。)ただ、声がそれを表わしきっていない。が、それには“まだ”かつくのだろう。

 

声を“待つ”ということばがレッスンのなかで使われるが、体のことやいろいろなことのレッスンに今も出て、チャレンジし、問い続けている中で、静かにこの人は、まっすぐに前を見て待っているのかもしれない。“いい人だから”という見る側のバカげた安全対策の“好感”を、すっと通り抜けて、今日も静かに立っている。強い人だ。

 

本人の意思通りなのであれば問題ないと思いますが、いつ2曲目に入ったのかわからないときがあります。どんな曲でも、同じように聞こえてしまうし、自分では心の中で伴奏が鳴っているのでしょうけど、間奏の部分の処理をうまく考えてくるのもアカペラで歌うときには大切だと思います。それに個人的には、もっとしっかりとメロディを意識して歌えてから、壊していっても遅くはないと思います。それから、歌うのが辛そうに見えてしまうし、そういうのをワザとやっているにしても、なかなかプラス面で受け取りにくいと思います。

 

フレーズとフレーズの間に意識がつながっていると思った。頭でやっている割合がとても高いけど、自分のリズムをもっていて聞けている人だと思う。今、思い出しても立っていた気配は残っているが、歌は残っていない。

 

客へのアピールがない。体全体に力が入っている。表情が固い。

 

何をしたいのか、どこを聞いたらいいのか、よくわからない。

 

全体的に硬い。もっと内面からはじき出るものが欲しい。安定はしている。

 

選曲がよくなかったのか時間が間に合わなかったのかは、どうともいえないように思いましたが、全体にぼけてしまっているのが気になりました。自分のフレージングがあるのなら、もっとうまく生かして聞かせて欲しかったと思います。選曲がすごく難しいことに思えます。もし自分で曲を創っているのなら、一度聞かせてもらいたいです。もしないのなら、一度やりたいようにしてもらいたいです。

 

できごとの歌いだしの、どうして、に暗さのパワーがつまっていて少しドキッとした。これがいつも、もっとぐわっと出てくるといいのにな。この人は、音楽が好きなのだ、というのは、レッスンなどで見えるのだが、体と息、声に一致して出てこない。180°転換するための決定的な何かが必要だと思う。

 

まっすぐの視線は何を見ているのだろう。 この人も私みたいに、自分の中で歌てっるタイプのよう。人に向かって歌う必要ありか。

 

歌に対するマジメさが伝わる。自由曲が合っていると思う。

 

実直さ。真剣さ。この人の中で殻が壊れると、おもしろくなるかも。

 

緊張している。

 

 

No.5

声はきっちりコントロールされているが、少しノドにかかってしまう部分がある。フレージングの表現の仕方にすごく気を使っている。表現や音域をギリギリまで使っているので、余裕みたいなものは感じられず、何かハラハラさせるが、印象に残るものがある。

 

やりたいことをしっかりと提示できるのは、すごいと思う。息のラインがみえるところとゴツゴツしているところがはっきりしちゃっている。自分のサイズを知っているなって感じ。ハミ出すところもまとを得ていると心地よいもんなんだー。

 

ここにある材料を厳しく細かく分解してやっている人だと思う。この人でしかできない声を、私が入った頃からもっていた。ビジュアル的なものにも常に意識をもっているのを見習わねばと、いつも思う。落ち着いて聞けた。背筋からコントロールする力が強い。上半身の力が抜けてきたと思う。この人はいつも「あっ、今これに取り組んでいるんだな」というのがみえる。みえるのはすごいことだが、一つにする力も必要だ。一つになって、解き放たれるときがきたら、すごいなー。

 

「曲を選ぶ歌い手」という気がした。ピタッとはまれば、人を魅きつける。曲に対する練り込み、思い入れが必要だろう。また、型を壊すこと、パターンを変えることが、この人のテーマなのではないかと思う。

 

課題曲、サビ前の情感のつみ重ねができていないと思う。何げなくサビまできてしまっていた。緊張感が切れているようにみえた。それなりに歌っているが(音楽にのって)、あまり心が伝わってこない。自由曲、感動を与えるには中途半端だ。抜きぎみにやわらかく、静かに歌うにしても、もう少しピンとはっているものが欲しい。心を感じとるというより、演技にみえる。最後の方のフレーズはよかったが、巻き返すには少し遅いかなと思った。ポーズは、やたらついている。

 

課題曲、でだしすごい。ゾクッとした。音色か。この人のそれは、世界の一流に並ぶ。同時に新鮮な動き。深い息を流し続けている。このまま一曲通してくれたら、何もいうことはあるまい。どうかその慈愛で私を、世界中を包んであげてください、という感じ。しかし、それは難しい。高音域、少し乱暴。そこはこの人のところじゃないんじゃないかというところに足を踏み入れている。

 

もっと出だしのところのものを死守すべきじゃなかろうか。音色と張りのチョイスか。 それにしたって、もっとバランスのよいところがあるはずだ。それにしても「声に癒しがない歌手は歌手ではない」か。自分が音楽に求めるものは、それだけのはずだ。

いつもよりよくない。もっとよいはず。練習時間がなかったのではないかと思う。声がいい。フレーズに説得力があり、聞かせる。

 

作品にこめられた情熱や生きざまという意味で別格の存在。一人の聞き手として、私が最も高く評価している歌い手さんです。声の芯をつかみ、ことばのニュアンスを大切にしながら、シャウトへもっていくタイプ。フレーズの終わりを弱い音とひびきでまとめるようになってきた。アドバイザーのなかで最も未完成だと思っていましたが、近頃まとまりつつあるようです。

 

ステージに立っているだけで存在感がある。曲のなかで盛り上げる勝負どころを知っている。歌いながら時折みせるうれしさの表情がよい。歌うことで幸せなのがよくわかる。英語の発音がやや不明瞭。「ウ」の母音が浅い(口先でつくっている)。「ん」の発声はよい。歌の空間を創り出して、そのなかで歌っているようにみえる。こちらには、歌の世界の色彩までが伝わってきた。「夜の星」e.t.c...

 

ふと気づいたのですが、ステージで笑顔が増えて以前よりやわらかく感じます。サビのところで、ぐっとこの人らしいのが出ますね。

 

体調不良のカバーリングの学び方。努力積み重ね。選曲の際のテンポの差および緩急あるとよい。

 

このステージのこの状況では、どこまでやれば合格点という意識を外枠に感じてしまうときが多い。つくられた“自然”でパワーを剪定してしまっている。その時点での精一杯の完成度、できる限りのこと、それは外枠として薄い線をひいて、なんとかそこに届かせるためのものにしてしまっては違うのだと思う。どんなに場末で演るような底辺の歌い手も“プロとしての覚悟”とは、もう少しギリギリのことだ。歌とか、とり出すということについて、自ら問い続けていて“心体”技術では、他の人に感じるような“負”は感じない。が、この人の歌を聞くとき、レッスンでのフレーズを聞くとき、自分のために、好きだからという外面的のスタンスの裏に、対外的な人の目を主体として価値判断を感じてしまう。自分のために、発狂したこの人の歌が聞いてみたい(声や歌自体が発狂しているという意味ではなく)。(同時に、誰もが最も陥りやすい点だと感じる。また、その逆サイドにも大きな落とし穴はある。)

 

課題曲は、サビとそこにいくまでの部分で違うジャンルの音色を感じました。意識した試みなら、もっとうまい聞かせ方が必要だと思います。また、そういう試みに適した曲が他にあるように思います。無意識なら、その人が普段よく聞いているのか、もしかしたらオリジナルなものかもしれないので、大事にして欲しいです。音色がジャンルを感じさせてくれるのは、落とし穴なのかもしれませんが、音楽を意識させてもらったということだと思います。ただ、今回の曲では、自分で損をしたように思いました。自由曲はスローな曲をなかだれしないように聞かせるのは、難しいなと思いました。安定したものを感じましたが、それだけに何かが必要になってくるのかもしれないと思いました。

 

この人らしくていい。まとまっている。もっと強烈なインパクトが欲しい。

 

最近の歌で感じることは、技術はみえるけど表現として今ひとつ薄いということです。技術的にみせることもとても重要なことですが、客がこの人に期待していることは、むきだしの自分自身の姿だと思います。この人は今、どう考え、どう生きているのかということが最近、歌のかげにかくれていると思います。そんなことはよくわかっていて、いろいろな表現方法を試しているのだと思います。それから、ステージ上の好感度はピカ一だと思います。毎日、聞きたいと思わせるのは、力があるからだと思います。たぶん自分のスタイルとかオリジンを常に疑っていて、それを探しているのだと思います。

 

自分に課題をつけているとは思うが、キーが高そうに聞こえる。見ていてつらそう。自分自身、音の高さを意識の中でも、高いと思いつつも出しているような感じだ。今日は歌いだしの強さと深さ、サビの体と精神の集中力が足りないように感じ、アレッと思った。歌いだしに関しては、実験的にほんわり入っているのかなとも思った。お体には気を付けて。

 

かなり以前、そのときの自由曲の盛り上がり部分での高音が、とても楽にしぜんな感じに出ていたのを憶えているけれども、その後から同じような感覚が出せていないように思えます。逆に、少し高く歌いすぎているようにさえ思えて、一番、聞き手の方に迫ってこなければいけない箇所がキツく聞こえて、少ししんどいときが多くなってきていると思います。おもしろくないかもしれませんが、高音をザラつかせて迫力を出すにしても、そこの入口は、もっとフェイドインしているような感じで、中音域ではまかないきれない感情がもう高い音を使わないとしかたないから使うのだというくらいに、しぜんな成り行きとして出さないと、そして到達した最後の方でザラつかすんならそうすると、こういうふうにしないと、今のまま、悪くいうとキンキンと目一杯に聞こえてしまうと思います。単純に、もう半音下げてやってみると思い出せるのではとも思いますが、どうでしょう。

 

テーマのところは、しっかりと一回目と二回目では細かいところで工夫の跡がありましたし、またいつもいつもいろんな他人の曲なんかもよく聞いてくれていて、誰々が何月に何を歌ったかとかをよく憶えているということは、それだけ心を白くして、よく聞いているんだろうと思います。それが素晴らしいと思います。

独特の太い声で、高音も低音と変わらぬ音色で安定して出している。ただ、ぎりぎりの高音になったとき、顔を上に上げない方がよいと思った(のどが詰まってよけい苦しくなるから)。ときどき、歌が単調に聞こえてくるので、フレーズにスピード感をもたせたり、「おっ、おぬし、そうきたなぁ~」と思わせるようなフレーズも欲しいなぁ、と思う。