一流になるための真のヴォイストレーニング

福島英とブレスヴォイストレーニング研究所のレッスンアンソロジー

ステージ実習コメント 7342字 884

ステージ実習コメント  884

自己紹介ライブ

ステージ実習1

ステージ実習2

 

 

【自己紹介ライブ】

 

基準は難しくありません。みなさんが感じていることをこちらも感じています。

一所懸命やっているのはわかりますから「がんばりましたね」で済ませたいのですが、そういうわけにもいきません。

わかるレベルにコメントを伝えているのは、自分で気づいて変えていってほしいからです。

 

まず、形だけでした。文章としては、とてもよいことが書かれているのですが、聞いていてもなにも入ってこない。心が入っていなければ、それはあたりまえです。

 

この場に対してどういう働きかけをしたのでしょうか。緊張してしまうのはわかりますが「1回目2回目だから仕方がない」というのは、ここに来る前に、できるところまでやった人だけなのです。

何日も経っているのですから、スタートラインに立たなければいけません。

 

できないことはよいですが、本気でやりましたか。そうならばこんなものではないはずです。

合宿に行くと追い詰められて、ぎりぎりのものを出せるのです。

でもやろうとしなければできるわけがない。

 

見ていて、みなさんは、いつまで生きていられると思っているのだろうと感じました。何回、チャンスがくるのかと。

歌だろうと朗読だろうと、ステージに立つには覚悟が必要です。

 

ここに立つのにどれだけ準備をしたのかということです。

文章を覚えてきて終わってしまったのではありませんか。

伝えるために全力を尽くして準備してきたといえるかどうかです。

 

今日のためというより、そういう生き方をしてきたかどうかが問われます。

どこかでスタートラインに立つべきなのですが、スタートラインに行き着く前に、迷ってやめてしまう人もいるので、こういう言葉を会報にして伝えています。

 

技術や声など後からついてきますが、やろうとしないことに対して何ものってきません。

結局、今日やったことを歌うのだということです。

 

ここにくる前に音に出会ってきましたか。

テスト前の準備をしてきたようには見えますが、

声、言葉への愛、それを自分のものとして伝えたいという姿勢がまったく感じられない。

外からの働きかけによるのではなく、伝える心、意志、覚悟があるのかどうかです。

 

歌のうまい人など、いくらでもいます。

自分が伝えるのだという意志も見えずに「聞いてください」といって聞かせる歌では成り立たないのです。

こういうことはどこかのステージで器用にやってきた人ほど、よくないことが多いのです。

いつかどこかで大化けすることです。その兆しだけでも見えてこないと困ります。

 

みなさんの思考がそういうところにはないのだと感じました。

歌がうまくなることとステージでやっていくのは全然別のことです。

人前で自分を晒すのは怖いことでもありますが、恐れていたら表現などできません。

 

そこでやるからこそ、ポリシーもスタンスも決まってくる。自分のものが見えてきます。

日常でそういうレッスンや準備をいつもしていなければ、高校生の部活動程度にもなりません。

 

「この人は大化けするだろう」「ずっとやっていくのだろう」ということを感じさせることができましたか。そういうものがなにも出ていないのです。

他人の受け売り、他人の言葉では伝わりません。

 

他の人が「これはいいピアノですよ」といっているから、そういっているのだろうなというふうにしか見えない。

みなさんは声がない、表情がない、体が動かない、だからここにきているはずでしょう。

肉声、体で語りかけない以上、なにも起こらないのです。

自分を晒せていないことも問題です。

 

人前に立つということ、その自分、その間に対して責任を持つ。歌い手とはそういうことです。

それが全然見えないようでは、場をなめているのかといわれても仕方ありません。

歌が大好きだから歌いたいというだけなら迷惑ですから人前に立ってはいけないのです。

 

表現することはその逆でしょう。

自分は苦しくても聞く人を幸せにしなければいけない。そういう自覚があるのかということです。

 

今日の場でも練習でも、真剣に取り組んだらイメージできるはずです。

人前に出るとの覚悟と責任、そこをほうり出したらも二度と見てくれません。

 

この場も、私コメントでフォローしないと「つまらない人の話ばかり聞かされてつまらない」といってだんだん来なくなるでしょう。必要ではないから消えていく。

自分が必要とし、面白くしなければ、いつまでたっても変わらないということです。

 

自分を晒したら他人はみっともないと思うかもしれませんが、それでよいのです。そこからがスタートです。自分の裸をしっかりとみなさい。着飾ったもので勝負するなら、お金持ちに勝てません。

 

 

最初に、ここは音声で表現する場であるということをいいました。どんなによいことを書いてある優等生の作文でも、形ばかりで他人の言葉だったら聞いていても何も動かされません。

ただ読んでいるだけなら子供でもできます。

表現は、こんなにつまらないことだとアピールしているようなものでしょう。

表現することはおもしろいことでしょう。

 

ここに立ったとき、その状態になれるかどうかです。

スタートラインに立つのにキャリアもうまさも必要ありません。

うまくできないことはかまわないのです。

 

ただ今できることをやっていない人は一生かかってもできないです。

覚悟、スタンス、ものの見方、イマジネーションがないこと。そして、ここで闘うまえに自分と闘ってきたのかということ。

がんばって覚えてきたと思いますから「文章を書いて終わっている」といいたくありませんが、なにも伝わらなければそれと同じことなのです。

 

みなさんは技術を手に入れたら歌えると思っているでしょうが、それでは歌えないです。より確実に伝えるために声や技術は必要ですが、それは、いまできることを全力でやり尽くすことで身についていくものなのです。

 

常に今がプロセスであり、そのプロセスのなかでどれだけのことをするかです。「いつかできる」と思ってほしくありません。わかったと思ったらそのときからやることです。自分が出ているからこの場は面白い。んだというようにしていかなければ、自分もつまらないでしょう。

 

モノトークは自分の言葉ですから、もっとそれに呼吸、体を伴っていけるはずです。「朗読は人の言葉ですが、それをどう自分の言葉にしてくるか。歌になると、オリジナル曲を歌う人もいますがほとんどが他の人のままの曲です。自分と闘い、そのことをどう打ち破ってくるかが問題です。

 

常にここで同じことをいっていますが2年たって変わらない人と変わっていく人がいます。自分で気づき、それに対してなにをしたかということです。

観客は歌のうまさでくるのではありません。その人自身が見たいのです。

他人が見たらばかみたいだと思うようなところまでやって、そこで音に出会いなにを感じるか。そういうことしか身についていきません。

 

ある程度、自分を出せていた人も何人かいましたが、形だけのものが多く、だらだらと長く感じました。自分のリズムのなかでやったときに表現を邪魔するものは切っていくことが必要です。

ひとりでやっているときと舞台、人前での感覚は違いますから、そこを感じとっていってください。

 

2番までのつもりでいたが最後を切るというように感覚に対応していくことです。長くやればそれだけうまく伝わるように思うでしょうが、10秒だらだらいうのなら1秒だけいって9秒黙っていた方がよい。

自分のことはわかりにくいので、まわりの人をみて感じたことを自分におとしていってください。

 

 

 

【ステージ実習1】

 

大切なのは終わった後に何が残るかです。

クリスマスライブのオーディションがありますが、こういうものも「うまくなったら出る」のではなく、できることを出していくことです。こういう機会を利用していってください。

 

今日は悪くなかったと思います。きらりと光るところが出ていたからです。まだそのままでは使えないものですが、最も大切な部分です。これは、なまじ技術を覚えたために失ってしまうことが多いのです。そうならないように、それを出せたとき自分でわからなければいけません。

 

たとえば今日のように同じ課題曲が続くとステージ全体が退屈になってきます。そうしたらどこかで変えなければいけない。家で絞り込んできても練習と違い、この場に出たとき感覚は変わります。感覚、場に応じて助けることが必要です。

 

 

他の人を聞いたとき、声のトーン、使い方、出ている声よりもその人がどう動かしているかを見てください。感覚がわかっている人というのは音声の前に大きな差があります。ステージに立てば緊張し声のことも気になりますが、感覚を邪魔するものを除くためにトレーニングがあるのです。

 

音楽を邪魔するものとはなにか。邪魔しているのがわかれば修正できるでしょう。きらっと光る瞬間というのは、ここで時間が止まった空間が変わった、今、心が入った、というところです。

入った、入れていない、まわりの人を自分がどう感じたかよく見てください。

映像はそういうことが客観的に見られますから、自分の分だけでなく他の人のも勉強することです。

 

民族音楽、ロックの歴史、発声法などです。世界のいろいろな表現を見て、なにが自分のなかにあるのか、自分のルーツを知ってほしいと思います。たまたまそれしか触れてこなかったものを自分の音楽だと思っているのでは自分のことは見えないでしょう。

W検で点数がよいような人ほど、音程はとれるし器用にやれてしまうので、自分の音楽を見てきていません。

自分を知るために他を知る必要があるのです。

 

だいたいロックの歴史とは、そんなことをしてもよいのかということの歴史です。ただし、こうして残ってきたものには説得力がある。単に奇抜なだけではありません。そういうものに触れてなにが違うのか見ること、そして自分に出会うことです。ネパールなど行ったこともないのにネパールの音楽を聞いて動かされるとしたら、その原点になっているものはなにかと探っていく。自分の一番深いところにあるものは、自分の体の原理にも呼吸にも合うはずです。それを知ること。知らなければならないことです。

 

自分が気持ちよくなるにはどうすればいいかと考えてみてもいいでしょう。プ口はこういうことがきちんとわかっています。自分のことをわかった上で、やっぱり売れる音楽もつくらなければいけない責任があるから、活動を分けているのです。声は自分のものですが、歌やステージはお客さんのものですから。集中的に見られる機会にできるだけ勉強してください。

 

あとはいつもいっている「前に出る」「まねしない」「群れない」ということでやれればよいと思います。「前に出る」というのは心、体、声を晒すこと。晒せないところにはなにも出てきません。

それから「まねしない」。自分のバンドでなにをやっていてもいいのですが、ここではどれだけ人と違うものを出せるかで勝負してください。

 

肉声をつかみ、出していくのです。こちらも完成度など期待していません。見たいのはその人自身です。「群れない」というのはひとりでやること。そして自分を壊していってください。

プロは客を退屈させないやり方を知っていますが、うまくなってくるとそれが形になり固まってきて守りに入ってしまいます。そこから動けなくなるのです。そうならないように、言葉に頼らず歌に頼らず自分を見ていってください。きらめきを取り出すために、自分でやるだけやって待つのです。そうしたらそれがおちてくるのが分かります。

 

 

全体的にはスタートが落ち着いたと感じました。歌に入る前に待てるようになったということです。それに比べて終わり方がまだまだ雑ですから、映像をみて研究してください。わけがわからなくても今の時期にいろいろなものを体に入れておくと、後からなにかのときに自分とつながって出てきます。

 

「まねしない」といいましたが、1人の歌手の曲ばかりだと歌い方やスタイルが同じになってきます。自分はこうだと決めつけずに、もっと時間をかけてください。

出てきたときに自分でわかったら、その感覚をとらえることです。

 

ここでもうまい人がいますが、その人たちは感覚があって切り換えができる。なにか起きてもパッと反応していけるのです。テンションを高く保ち、潔く切るべきところでパッと切れます。

その辺はわからなくても山をかけながらやっていくしかないでしょう。

感覚がしっかりしてきたら当たるようになってきます。

できるだけいろんなものを入れること、今日出せていた一瞬を常に出せるように、感覚を磨いてください。

 

 

 

【ステージ実習2】

 

2クラスくらいになると、それぞれのスタンスがばらばらになってくるので一概にいえないところはあります。3クラスでバラエティにも富んできます。それはそれでよいのですが、ここにくる前の歌い方のほうがよかったということになるのでは仕方ありません。

 

水泳でもなんでも基本をきちんとやっていこうとしたら泳げなくなりますが、それは後により大きな力をつけていくためのプロセスです。前のやり方のほうが、楽なのでしょうが、そういう判断をしてしまうということは、なにも学べていないし基準もわかっていないということです。

 

スポーツはまだ記録として突きつけられますが、歌は答があってないようなものですから、自分で方向付けをしていかないとそれていきます。私は、その人のなかにある可能性と、呼吸に合っているかどうかを見ています。

そこからそれているもの、メディア受けするとか器用さ、これはまた別の才能です。10代半ばで決まってくるものですから、ここではトレーニその目的からはずしているのです。やっていることが自分のものをつくることになっていないと限界がきます。

 

 

みなさんのクラスはプレBV座をみるようにしています。まだ一般公開できるレベルではないと思っていますが、要するに、プロのステージとは学べるものがあるかどうかなのです。

この1時間はなんだったのかというのでは、ステージになっていない。1人ひとりやるべき時期もありますしできないことをやれとはいいません。

 

たとえ技術や専門性などなくても、毎日は無理でも1ヵ月したらまた見たいという気にさせるくらいのものは誰もが持っているのです。

それなのに今日、見ていてそう思わないというのは、なんなのかということです。もっと自分を出せないのかと思います。歌を使って、最も自分を魅力的に出す時間のはずでしょう。

 

プロは自分のよさだけを見せてそれ以外は切り捨てているのです。長く歌えばいいわけではありません。だらだらすればかえってうすまってしまうでしょう。

3分でどれだけのことができるかなどと考えたこともないのだろうと思いました。

 

 

1分のためにどれだけ費やすか、それで自分が満足できなければむなしいと思うような時間の感覚を持たなければわかりません。こういう場所での感覚、振るまい方は、計算通りにいくものではないのです。客観的基準をもち、どれだけのことをしてきたかが問われます。

 

たしかにここは練習の場ですが、プロの姿勢でやることです。間違ったかどうかが問題なのではありません。しっかり魂を入れたものは説得性を持ちます。

毎回、収録していますが、それをどこに出されてもはずかしくないといえるものでしたか。

そこまで魂が入っていましたか。勉強不足というのは、いい鈬です。

その日に勝負できないものは一生できません。そういう顔でよいのかという表情が多すぎます。なにか他のことをしていたいくらい退屈でした。

 

カラオケBOXにでも行って自分の歌を録音して、いったい何分聞くのに耐えられるかやってみなさい。感性のよい人なら1曲と心欠けない。いくら声が出るようになっても、そんな表情でそんな歌を歌っているのならトレーニングなどしないほうがいいくらいです。感性を取り出すのが歌なのに、パッと見て感性が働いていないとわかる。死んでいます。

 

 

すぐれろとはいいません。他の人にはできないことを出してもらえばよいだけのことです。まわりの友達などに「うまくなったね」などといわれたら本道からそれていると思ってください。

魂も感情もなにも入っていない、見ていて退屈だし聞いていてあきる。そんなものが好きな人が多いのですから。

 

1分間の歌の大変さに勝負を挑んでいるのが見えたらまだ興味が持てます。それは私に限らず、他の人間もみな同じだということです。時間はとても大切なものですから、それに相応する歌い方をしてください。

少し慣れてくるといろいろ考え、いろいろなことをやりはじめるのですが、そうやって勘違いしていきます。頭で考えることを切るのは難しいことですが、そのためにトレーニングしているのでしょう。迷ったり悩んだりする間に練習するべきです。

 

 

取り出せないのは仕方がないのです。でもそういうことでなく、なぜそんなまどろっこしく歌うのかがわかりません。歌える人ほど勘違いしている、それはなんなのかということです。一瞬を出そうと思ってやったら、なにをすればいいか課題はとても明瞭になってくるはずです。

歌詞を忘れたとか間違えたという話ではありません。90点、100点を出せなければあとは0点と同じという世界です。一瞬でもそれをつかもうとして歌っているかを自分に問うてください。

 

ここのよいところは、同じ曲を違う人でたくさん聞けることだと思います。先日クラスLでは相互評価をしました。お互いに厳しくごまかさず評価を書かせてみたら、だいたいみな同じ基準でした。

とてもよく見ています。だれがどの時点まではよかったがどこでだめになったかというところまで見ている。

 

今の時点でのみなさんには、まだむりだと思いますが、そういう判断を自分でつけていくようにしてください。知っている限りのなかでやっていると学べません。人からいいものを学んでください。

一人の人間がいろいろなものを歌う、それを見て、退屈するしない、なにかが動く動かないそれはどういうことなのか、なにが違うのかわかっていってください。