夏季軽井沢合宿特集
【メニュー一覧】
初日
1.発声レッスン/2.グループ自己紹介/3.自己紹介ライブ1/4.課頌曲試聴/5.自己紹介ライブ2/6.夜の自主レッスン
なか日
7.朝の自主レッスン/8.ウォーミングアップ. 9.発声練習
10.課題(共通)1「雨の遊園地」「夏の思い出」各パート
11.課題(共通)1「生きる」
12.グループ別指導/13.グループ別指導/14.グループ別指導/15.グループ別指導
16.課題(共通)2「雨の遊園地」「夏の思い出」
17.課題(共通)群読2フレーズ福島
18.新人との懇談/19.福岛コメント
20.自己紹介ライブ
21.独唱ライブ/22.花火/23.夜の自主レッスン
最終日
24.朝の自主レッスン
25.リハーサルとコメント
26.発表会ライブ1班/27.発表会ライブ2班/28.発表会ライブ3班
29.フィナーレテーマ曲合唱
ーー
A.合唱曲(1)雨の遊園地
B.合唱曲(2)B1~3より一題(ピアノ付)
C. 群読(3分以内) Cより3題(1題は共通「生きる」)
D.ソロ+コーラス(1曲3分以内×メインソロ2~4人)
A.合唱曲(3)夏の思い出
【合宿発表会】
□発表会課題
A.雨の遊園地/夏の思い出 [全共通]
B.合唱、課題曲
〇叱られて 2班
○おぼろ月夜 3班
○竹田の子守歌 1班
C.群読
夕日 2班
みちでバッタリ
街の子 3班
おばあちゃん 3班
卒業式
どじょこふなっこ 2班
茂作じいさん 1班
生きる [全共通]
D.合唱、ソロ、課題曲(今回未使用)
島唄 3班
卒業写真 2班
時代 1班
秋桜 3班
乾杯
異邦人
さよなら人類
E.うたごえ
兵隊が戦争に行くとき
○若者たち 2班
花嫁
夜明けの歌
友よ
○浜辺の歌 3班
サン・トワ・マミー
バラはあこがれ
○翼をください 1班
■合宿発表会(実施)
1.<1>雨の遊園地(共通)
2.<2>1翼をください(1班)2若者たち(2班)3浜辺のうた(3班)
3.ことば(3題)
(1班) (2班) (3班)
<3>1茂作じいさん どじょっこふなっこ おばあちゃん
<4>2道 夕日 街の子
<5>3生きる(共通)
4.ソロ+コーラス
(1班) (2班) (3班)
<6>異邦人 卒業写真 島唄
<8>竹田の子守歌 叱られて おぼろ月夜
5.夏の思い出(共通)
6.A1~9より1題(省略)
(1班) (2斑) (3班)
サントウマミー 夜明けのうた 花嫁
ーーー
アンケート集計
<1>メニューでよかった順(上位5メニュー)
()内は回答者人数
No.1→23(4)、29(3)、21(2)、26(2)、11(1)、25(1)
No.2→29(4)、21(2)、25(2)、5(1)17(1)、22(1)、23(1)、26(1)
No.3→20(2)、22(2)、26(2)、6(1)、11(1)、16(1)、19(1)、23(1)、25(1)、27(1)
No.4→21(3)、6(1)、12(1)、17(1)、20(1)、26(1)、27(1)、28(1)、29(1)
No.5→3(1)、15(1)、19(1)、21(2)、23(1)、24(1)、26(1)
<2>メニューで学んだこと・感想(ダイジェスト)
○発声レッスン
1年ぶりの空間を確かめるように声を出した。静かで大きな空間、やはり気持ちいい。
鳥のチュンチュンという鳴き声が気持ちよかった。自分の声は不快だった。
○自己紹介ライブ1
いい人のを見れた、テンションの高い人に触れた。
○課題曲試聴
雨の遊園地のような曲は、絶対にやらないだろうと思っていたのでビックリした。
○自己紹介ライブ2
おととしの合宿での"大地震が起こってあなたが死ぬとしたら、その前にどの歌を歌うか”ということばを思い出した。
○ウォーミングアップ
ストレッチをしているときの伸ばしたところに息をあてるということばが、自分とは違う感覚だと思った。
麦わら帽子にアロハシャツだったので驚いた。
○課題(共通)群読2フレーズ
一瞬で取り出し、一瞬にして伝える、この一瞬を常に取り出せるのがプロなのだろうという気がした。
○自己紹介ライブ3
S聞いていて、あやうく泣きそうになった。
○独唱ライブ
美空ひばりの曲はよかった。ナミダ出そうになった。
○花火
楽しかった。先生と話したかった。飲みたかった。いつか深い仲になると思う。
○夜の自主レッスン
泣きそうなくらい、幸せな時間。
ー
○発表会ライブ3班
おばあちゃんは最高でした。サッカーのブラジルのように手をつないできたアイデアはよかった。
○フィナーレテーマ曲合唱
「雨の遊園地」が、ずーっと頭のなかでまわっていた。
今までの人生で、一番幸せだったかもしれない。
あのホールいっぱいに、愛を感じた。
自分はなんとなくこの世界に自分が祝福されて生まれてきてないような感じをもった。
あのみんなでラストに合唱しているとき、あのホールにあたたかいものをすごく感じて涙がとまらなかった。
恥ずかしいので外に出ていた。
幸せだった、みんなで歌う歌は、とてつもなく美しい。
<3>レッスンについて
○印象に残ったメニューと感想
独唱ライブは、本当によかった
強いていえば、声に生命力を感じた
○ステージで印象に残った人(どのメニューで)
1班の発表での「時代」
3班の群読「おばあちゃん」で、"戦争で死んでしまったおばあちゃんの息子さんのことだ”をいった男の人。
「ありがとうのことばを」
自己紹介ライブ
3のメニュー
フレーズまわしで、声が届いてくる。
発表会ライブ。朗読する場面、他の人は演技に見えたが、真実だった。
感動した。やはり自分の心に忠実に大切にそれを表現することがすべてを越えることなのだと感じた。
「どじょっこふなっこ」セリフがうまいが、でもちょっとリアルすぎて、いやらしく、見ている方が恥ずかしくなるほどでもあった。大澄賢也と小柳ルミ子のダンスのよう。
○その他に印象に残った人(できたら理由も)
体でぶつかっていた数少ない人だった。
長くやっているとか本当関係ないなと思った。その瞬間どれだけがんばるかが大事だ。
キャラクターに納得するしかない
文章から受けたイメージ通り、いい顔の人でした
頭に残る声
<4>各課題へのプロセスと結果
○ソロコーラス
「秋桜」もう少し練習したかったが、悪くなかったと思う。
ハモりのメロディは他の人が考えてくれた。
私の弱いところ、音程をとるのは早いのに。
フレーズの変なところもちょっと教えてもらった。
結果は、お嫁に行く歌なんて嫌だったのに、体が熱くなってしまった。
<5>ライブ発表とそのプロセス-自分の曲について-
○練習のプロセス、難易度
それぞれの課題にもよると思うが、最初に聞かされたものとは違う次元にいきたかった。
そこにのるのは、つまりそのラインを越えるのは、大変な技量と精神力がいるということ。
結果として収拾ついたけど、途中でケンカになるかと思ったし、みんなで平等にという考えの人がいて正直、閉口した。
5-3グループ作品(合唱)について
トレーナーにほめられてから、それ以上のものが出なかった気がする。
5-5自分が加えた価値(結果として)
価値というより合唱だったので、他力本的な甘えがあった。
曲に入ろうとする空気。
のびのび歌うようにする空気を練習のなかで少しは出せたかなと思う。
本番での作品に、そのことが反映されたかは、映像で見直したい。
○リハーサルで気づいたこと
ステージは客のもの、ということ。
○ライブで気づいたこと
「緊張感」を、出ている全員が同じレベルでもっていて、それを最後まで途切れずに持続させることはよいことだということ。
演(や)らない人の動き、目線も、方向がバラバラではいけないということ。
インパクトを与える(または残す)ためにも、間や個性の生かし方はすごく大切ということ。
作品をどれだけ俯角理解しているかが、表現にすごく出るということ。
手を伸ばせば、すべてをつかめそうな感じがした。
<6>他の人と他の曲について
○歌詞として印象に残ったフレーズとその理由
「この子よう泣く守をばいじる 守も一日やせるやら」
(竹田の子守唄・リハでの歌)じーんと伝わるものがあった。
密度の濃いフレーズとパワーの大きさに、ぐいぐい引き込まれるものがあった。
心のなかが盛り上がった。
「しかられて」の姿が頭に浮かぶ。あの音色はたまらない。
「だからぼくはひとりじゃないのです」あのまん中で、
とびっきりの笑顔でこのせりふを吐いた彼女が忘れられない。
生きる。明らかに各グループで解釈が違い、おもしろかったと思う。
自己紹介ライブのとき。歌詞は覚えていないけど、サビの部分。
ちょっと悲しげな歌詞だったと思うけど、その歌詞と声(歌い方)が、とてもうまく溶け合っていました。
「まわるまわるよ時代はまわる喜び悲しみくり返し」みんなで歌っているときに涙がでてきたから。
「何度も何度もくり返す母。ありがとうのことばをかみしめながら生きています、私なりに。」
「生きているということ」むしろ、表できている人のほうが、その人の人生なり生きざまが一言に出てしまう。恐いセリフだ。
「叱られて」の出だしは、小さい声が気持ちよかった。
「木立ちもブランコもメリーゴーランドもベンチもみんなみんな、雨に濡れていた。」
こういうのもありなのかという喜びが、心のなかでわきおこってきた。
○今回の自分の班のメンバーでライブで印象に残った曲と人(メンバー名)
1班の「翼をください」の手拍子がたまらなく元気でよかった。
「おばあちゃん」不思議なインパクトがあった。
竹田の子守唄
「時代」。メトロノーム。
「茂作じいさん」。
「時代」。もう一人の男の子をひっぱっていってがんばっていた。
「異邦人」コーラスがどう移ったのか興味あるところ(客観的に見て)
秋桜。
「生きる」
与えることで得るということの意味を、一瞬かいま見た気がした。
去年はあまり見えなかったところがよく見えた。
○今回の班以外のメンバーでステージとして印象に残った曲と人(メンバー名)
「どじっこふなっこ」、「悟空の大冒険」を歌った女性と、ソバージュの髪の小柄な女性。
「おばあちゃん」で、「うちのしんごはしらんか」といっていた女の人。
群読のとき、詞の世界に入り込んで、いい表情が出ていたと思います。歌であの表情を出せるといいですね。
「ぼくはひとりじゃないのです」のドまん中にいた彼女の笑顔、
「秋桜」合唱のとき。
死にそうな体で歌っていたスキンヘッドの彼、「どじよっこふなっこ」の4人。
○今回の合宿で印象に残った人とできごと
皆が見てないところで作品に取り組んでいた。
夜遅くまで机に向かっていた。浴室の洗面器やイスを片づけていた。
圧倒的な存在感は、やはり印象的であった。
見ていると、“存在”というのはこういうことなのかと思う。
人に自分のことを書かせるのは、ものすごいこと。たくさん語れて書けそう。
いつまでも食堂で煮つめる作業をしていた。
やっぱりやっている人は、あたりまえにやっているのだと思う。
○今回のような合宿の試み(意図)とその結果についての感想
いろんなことをやってみるのはとにかく勉強になる。
他の人や班のプロセス、表現の仕方を見ることができて、同じ課題もあったので多くのことに気づくことができた。
何かをつくろうとする人間が集まって、その人間がどういう形でまわりに働きかけていくのか、その人間がいることで、その作品がどう変わるのか。予想もできないものが他の人から出てきたりして、自分のイメージの貧弱さを痛感した。
自分って何も考えてないな。つくろうとしていない。
今回のメニューに限らずだと思うけど、やる奴はやるし、ただ流される奴、自分で流れようとする奴、いろいろいるなーと思った。
時間を割いて行くんだから、もっと激しいぶつかり合いみたいのがあれば、もっとおもしろいのにと思った。
<7>他の参加メンバーへのワンコメント
参加するのをあんなに悩んでいたのに、ずいぶんがんばったね。
同じ斑じゃなくて本当によかった。
がんばっていますね。あなたの笑顔が今年も見られてうれしかったです。
日常ではなく、こういう場所で出会えたことは、人生においてお互い財産になると思うし、生かしたいと思う。
いい笑顔に会えたと心から思う。
立ち合ってくれる人がいるからこそ、行けるところがあるのだと思います。ありがとう。
<8>スタッフへのワンコメント
○福島英先生
いきなり出てきて(道でバッタリ)「お疲れさま」といわれたものだから、対応できませんでした。
お疲れさまでした。そしてありがとうございました。
お疲れさまでした。精神面、思想、いろんなところで勉強になります。
声や歌はもちろんですが、それよりももっと大切なことを学んでいきたいと思っています。
合宿は、自分にとってとても大切なものだと改めて思いました。
この場で生きている人たちと直接、触れることで、自分を観察しやすくなります。この先、本当に長いなと感じています。
「私に水をかけないでください」は、忘れようたって忘れられません。
本当に体に気をつけてください。まだ死なないでください。
本当は、先生のもう出る幕をなくすというのが理想ですが、全然ダメでした。
○トレーナー
お疲れさまでした。いい歌を聞かせていただきました。
とにかくおもしろい人だ。Y先生とのコンビはさらに笑える。
歌で食べていくこと。その歌はやはり、自分のものとは次元が違いました。
イメージのあふれる歌というのは、本当にびっくりするぐらい聞き手の体とイメージを動かしてゆさぶってきます。
“カッカッカッ”と笑うその笑い声がすごくおもしろくて、印象に残っている。(思い出し笑いしそうなくらいです。ハハハ)
今までちょっと怖かったのですが、優しいのだなぁと思った。
それにちょっと変わっている。口も減らない人だと思った。
先生にとってのよいものと悪いものの基準を、はっきり見せてくれます。
歩いているところを強引につかまえて部屋に引っ張り込んで、多くのアドバイスをもらいました。
とてもやさしい人なのだと感じました。
いつもおっとりしていて可愛いくて優しい。私にはたぶん、絶対なれないタイプ。
伴奏をしているとき、こんな細い手からこんな音がでてくる、すごいなと改めて思いました。
先生のやわらかさに感謝。でもピアノを弾いているときは、何かがのりうつっています。
ふと先生を見ると、その顔に圧倒されました。
自分もまねしようとしましたが、数十秒もたたないうちに、だらけた顔になりました。
ストレートな意見は、とても貴重です。
もっと今以上のものを求められているのだなと受けとめているのです
<9>あなたの目的と結果
○今回の合宿の目的
とにかくさらされること。人前にさらされることによって、自分を知り、無力さを知り、うぬぼれに気づき、何度も何度も自分を見直す。
軽井沢でも帰って来てからでも何かを残したいと思って参加した。
○今回の合宿の成果
技術的なレッスンのことだけでなく、合宿でないと味わえないプロセスからの努力→苦悩→達成感、ライブの大切さ。仲間との交流、一体感。予想外の収穫でした。
○合宿中、メニューから学んだこと
たくさんのメニューをとにかく作品として短時間でものにする。集中力。
苦手なメニュー(群読)も、体で表現することに慣れる。
数をこなしてステージに慣れる。
詞の音読の難しさを知ることができてよかったと思う。
あまり、普段やることのなかったことなど、難しかったけど、外の人を聞いていると、やっぱりあきらかに一人ひとり違っていて、メロディがついてなくても表情をつけることができるのだと感じました。
日本の昔の歌も歌ってみると、息のコントロールが大変で、息がぜんぜん足らなくて、呼吸の大切さを知りました。
○合宿中、トレーナー、スタッフから学んだこと
プロとしての片鱗をいくつか見せてもらったこと。
すげーなーと思うことが何度もあった。
まずは、人前に立つときには感覚の切り替えがないといけないこと。
音を感覚で捉え、感覚されたものを出さないといけないということ。
客観的な目、アドバイス。親身になってアドバイスしていただきました。
見てないようで生徒をとてもよくみている福島先生の細かい洞察力と、それぞれのステップで苦しませる技。
歌を聞いて、声の上にことばを転がす感覚、ことばの上にイメージが広がっているのが伝わってきました。これは、ぜひ盗みたい。
仕事は厳しいということ。
形の学び
○合宿中、仲間(参加者)から学んだこと
ステージ、歌に対する多種多様な捉え方がわかり、とても参考になった。
情熱。
生きているということをもっと感じなければいけないと思った。
そういうものが伝わってくる人の瞳は、とてもいきいきとしていて、力に満ちあふれている。
本気でやろうとしている奴はいくらでもいるということ。
○総括 結局この3日間、何ができたと思いますか
いろんなことに気づかされた。たくさんの人との出会いがそうさせてくれたと思う。
自分を見つめ直すことができた。
たぶんここに来て初めて福島先生のいう“場”に出会えたと思う。
確認。
今回は、グループでの共同作業というのが私にとっては一番よかったと思う点で、そのなかで最終的に「僕らはこういう形」で勝負しようといえる自分らなりの形づくりはできたと思っているので、それが自分としては一番大きかった。
声質と、サビで盛り上げる感覚は長所。
いい作品をつくるためには、いいキャラクターを前面に立てて、自分は引くことも必要。
年数や年齢よりも大切なのは、アイデアを出すこと、やってみること。
そうすれば、(班長という)書きがなくても、人を動かせる。
○今後のレッスンへの課題
自分でも思いがけないアイデアやことばが出てきた。
自分のなかにもいろいろあって、それを自分に厳しく向けていけば、自分が変わるという気がする。
当然、もっと入れることも大事。
○今後のレッスンへの期待、要望、改良点
自分がしっかりやるだけの場だけど、もっと緊張した、気の満ちた場にしたい。
やっぱり、場がとても大事で、それがあることに感謝したい。
<10>全体(レッスン外で)での感想
○セミナーハウス(部屋、食事、場所、他)
トイレのスリッパがバラバラだったそうなので、しまったと思った。
こういうところに気が行き届く人になれたら、実際の力はもっと大きくなれると思う。
○印象に残ったできごと
近所の犬と遊んだつもりが、遊ばれていたこと。
他の宿泊客と、フロ場で話し込んでしまったこと。
ひょっとすると、一生に一度のすれ違いだったのかも。
福島先生が道でバッタリ”でびっくりしたとかいっていたけど、「それは私だ」と少しうれしかった。
○気づいたこと、学んだこと
結局、やったもの勝ちの世界だというところがあるなと思った。
ときには文句があるなら替えるくらいの気持ちも必要だと思った。
電灯も星の光もない暗闇があった。
昔の人がいろいろ想像をふくらませたのがわかるような気がする。
○改良を期すること
夜、早く寝る人のために部屋を設けてくださった人は、大変な気づかいだと思いました。
ーー
【合宿感想レポート】
気を引き締めて歌に取り組むということが大事だとわかった。これまでのレッスでの引き締め方が足りなかったと思った。集中してステージに立って演技するという感覚を身につけることが大切だ。そして何よりも、自分より歌の上手な人のを聞いて勉強することができて、とてもよかった。
特にそういう人と一緒にデュエットできたことは、一つの作品への取り組み方の始めから最後の発表するところまでを同時に体験することができて、彼女のもっている姿勢、感性、感覚、歌唱力、表現力を生で感じられて本当にラッキーであり、この肌で感じた情報を自分に落とし込んで、これから勉強していきたい。
班のメンバーのアドバイスで、実際歌うステージ上で歌の練習を行なったことは、本番のリハーサルも兼ねており、その場の空気や音のひびき方、目線の目標を決めることとかを体になじませることができたので、大変役に立つことだとわかった。おかげで、初日の自己紹分ライブのときとは全然、違う気持ちでステージに立てたし、作品にすることができたのではないかと思う。
ただ、遠くから自分をみると、やらなければいけないことをただやっただけで、それ以外、それ以上のことは全然できなかったと反省している。まだまだ全体を見えていな自分の姿勢の甘さや無責任なところがあったと思う。皆で一つのものをつくり上げていくときに、まず自分の考えをしっかりとしたベースの上にもっていないと、自分の考えをいうことも、人を説得して方向性を決めることも、人を動かすこともできないと痛感した。
自分のなかにそのベースとなるもの音楽的なこと、曲胸に対しての深い読み込み、創造力など)の、もっている人との力の差がものすごくあることがわかったので、これからもっといろんなことを勉強していかなければいけない。
その他、まわりとのバランスをよく考えることとか、人選をすることとかもすべて、人をよく観ていなくては判断できないので、もっとこれから人をよく観て行動するようにしたいと思った。まとまりのない文を描いてしまったが、とにかく今回の反省は自分にとって多くの収穫があったので、そういう機会をくださった方々に、深く感謝をしています。
「合宿から帰ってきて」おもちゃ箱をひっくり返してしまったあとみたいです。早くなんとかしなけりゃ、なのですが。なかなかうまくいきません(なんとかしなければ)。たぶん、自分とおりあいがついていないので、人なかに行ったあとは、ぐちゃぐちゃです。私はまた、おかしな人だったのだろうなぁと思うと、あんたんとしてきます。
去年は遅くまで起きていたりして、えらい勘違いをされてしまうし、起きているだけなら、なんでもないことなのに、なるべく変わったことはしないようにと心がけるのだけど、私という人は、どうもうまくいきません。このみっともない、おどおどだらだらした生きものがお前なのだよというのには、もう何十年もやっているのに、今も慣れることが難しいです。ここにいく私は、手袋を買いにのきつねみたいだと思います。たぶん、上手に化けているのでなくて、みんながほかっといってくれるのです。
先生がほかっといてくれるから、他の人もほかっといてくれるのです。空気は大事です。
きつねとして手袋を売ってくれたのだよといってあげてもよいのだけれど、やっぱり早くよくなってください。
福島先生が最後のコメントで、もともとは合唱が好きではなかったとおっしゃっていたが、実は私も合唱は好きではなかった。小学生のとき、合唱をしていて音楽の先生が全体をまとめるために大きく歌うところも自分をおさえてみんなに合わせて歌うように遠まわしに醤われて、まだ子供で自己主張が強かった私は、合唱は合わないと思ってしまったのである。が、学生のとき、はじめてゴスペルを生でみて、ひどく感動してしまった。私は、これだと思った。私の理想は、個々それぞれが思いきり声を出して(音楽的に)それが重なって一つの合唱としての声になるということだと思った。しかし、それには個々がすばらしくなければならないという現実がある。
バンドでもそうだが、メンバーが出会ったときからすべてみんな同じくらいのレベルで個々が好む音質や音楽のジャンルがまったく同じであることは少ない。来日するプロの有名ミュージシャンの連れてきたメンバーでも、たまにセンスの悪い演奏をする人もいる。相性が悪かったといえばおしまいだが、それぞれ個性的な集まりであっても、メンバーそれぞれが素直な気持ちで、気持ちを一つにしてお互いを意試して聞き合って、それにこたえていかないと、音としてまとまらない。が、それがうまくいくと、そのバンドのオリジナリティが出て、素晴らしい空間ができる。まあ、私としては、それ以前に自分の実力をつけなければいけないのだが。
今回、参加したのは、ここ最近どうも自分の歌がよくわからなくなってしまっていて、いろんなことをする前に、もう一度、自分の歌というものを確認したかった。生前の松田優作さんが、いつも“俺は24時間、芝居のことを考えている”といっていたらしいのだけど、自分も20時間くらい考えていたら、何かわかるのじゃないかと思って3日間を過ごした。自分が歌をつめるときは、実際に歌うよりも、イメージを描いている時間の方が大きい。
今回もそれは一緒なのだけど、一人じゃない。そういうのはことばじゃうまく伝えられないわけで、伝えるには自分がやりたいように歌うしかなかった。そうすれば形になると思っていた。とはいいつつも、自分が関わったものについては、まわりの人にもいろいろ求めた。求めてしまった以上、自分にも厳しくするしかない。しんどかったけど楽しい作業だった。そして実際に歌ってみて感動してしまった。
ことばではいいようのないものがこみ上げてきた。とにかくありがたかった。一緒に歌っている奴も聞いている奴も、たぶん自分自身も、ありがたかった。技術的に未熟なことの言い訳でなく、ただ使えるところを全部、使って歌うだけだと思う。客とステージと50/50で向かい合うには、これしかないなと思う。
あのときは、ステージに立つ者として絶対にしてはいけないことをしてしまったが、それ以上のものを得た。今回、もらったものは必ず歌にして返したいと思っています。どうもありがとうございました。
合宿が終わり、時間が過ぎたせいで、いろいろと忘れてしまっていることに気づく一方で、自分のまわりのことが今までとは違って感じられ、新鮮に見えた瞬間もありました。また、自分がいかに与えてもらうばかりの人間であるかということ、そしてそれが、自分が変わっていけない理由であることを知りました。
人に対して与えようとし、価値をもたらそうとするから、自分が見え、変わろうとする生命力が生まれるのだと思います。相手の存在に思いをかけないから、自分の存在がなくなることになります。
やっぱり人と人の間でいろいろと築きあげていくものなのでしょう。つなげて、つかんで、人と人との間に自分自身をしっかりと固定していくことが、自分の足場となり、そこに価値もでてくるはずです。
僕は人とつながるために歌をやってみようとしているはずなのですが、本気でその必要性を感じていないため、自己管理がまったくできていません。だから、自分がまわりのものごとに動かされて生きているなというのをよく感じます。とてもうっすらと、変わりたいなとは感じているのだけれど、現実は寝てばかりです。別に、このようなことを人にいってもしかたないのですが。
でも僕は、自分が変わることを期待しているので、時間をかけようとは思います。期待しているぐらいでは、変われないのでしょうけど、この程度の意性が今の自分です。だから、ここに行っているのだし、少しばかり息も吐いているつもりです。
ここは、さまざまな力を与えてくれるけど、結局のところ、それにあまり意味はないと思います。自分自身がここに価値をもたらすことでのみ、自分の本当の力となります。その先に、こことの出会いがあります。ここに与えられることをすべて与えつくしたあと、できることをすべてやりつくしたあと、卒業できます。
この場で全力で瞬間を重ね、思いを重ね、それを続けていくことで、この場の本当の価値に出会えるということです。
たった一人の人間でもよいから思いを届けようとし、届けきれない自分の力を思い知ることができないです。伝えること、伝えてもらえることが、どれだけありがたいことに気づけないです。文字ではわかっているふりをしても、現実にそういう人間ではないから、何らやウソくさい。これではおそらく、人生がおもしろくない。それは困るなとは思うのです。
ここにきて、少し時間がたって、自分が感動したりすることを体験して、本当におもしろく生きるにはどうしたらよいのかを考えたら、やはり自分の力をつけることに行き着くのです。その上で、他の力のある人と関われたら最高やと思います。
歌というものと真剣に向き合う事を意識したときから、歌う事が楽しめなくなったり、ふとしたことで、また立ち直ったり何やかんやで、気がつけばもうすぐ丸6年に漆る。その間にいろんなことがあり、いろんな人とここで出会った。今でも印象深いのは、やはり第一回目の合宿だが、今回の合宿でも、いろんな人との出会いで学んだ事が多かったように思う。
今年の班は、班長らのプロデュース力を借りて、斑のそれぞれが、その人らしい感じの表現を、わりと自然体で出せていたところはよかったと思う。強い表現ではないけれど、その人の持つ色は、それぞれ感じられた。特にhさんの持つ色は何か印象的だった、彼女が一言言葉をいうたびに、耳がその声を追いたがる。おとなしくて控えめな感じの人だが、とても存在感を感じた。
プロデュース力でサポートしてくれたnさんからは、その場の動きを作って実際に人を動かすパワーを感じた。衝突もするけれど怖がらずに提言して、空気を活性化していくところは、音楽など活動をしていく上でも、大切なことだと思う。私はとても感情にムラがあって、自分が納得できていなかったり、何か違うなあと思っている事を引きずってしまい、動けなくなってまわりの人のいいエネルギーも燃やせてあげられないことがあるため、彼の行動力に、改めて今の自分は、学ぶところは大きかった。自分のことで縫うと、今回はまた沢山の反省点がある。
私は竹田の子守唄を担当したのだが、最初何人か割り当てられたメンバーで、パートというより、音のパーツになってもらって曲をしあげようと企画したけれど、細かい具体的なイメージが広がり切らず、うまくいかなくて結局2人でソロの歌にしてしまった。弾んだ歌ではないので、みんなも入りにくかったようだが、もう少しなんとか方法があったようにも思うのでいろいろやってみたかった。したいことが今すぐにできないときに、もっと早い判断で違う発想と決断をして試してみれば、違うものが動いていたかもしれないのに、またとらわれてしまった、これは本当に今後全てにおいての、私の課題だ。
歌そのものでも反省点がある。歌のシーンをイメージしながら歌っているうちにいろんな気持ちがなってしまい、歌が崩れかけてしまったところだ。歌を止める事だけは避けられたけれど、自分だけの世界に入ってしまったのはよくない。これもまた、私の乗り越えたい壁の一つだ。今年も大きく反省点をまた残してしまった合宿だが、帰りの電車のなかでリハーサルの録音を聞いて合唱には感動した。
今年やった合唱の“翼をください”は中学生のとき、コーラスで一所懸命取り組んだ思い出の曲だったので、とても気持ちがはいった。あのときには何とも思わなかったところの歌詞に改めて気づいて、とても共感したところもあった。“夏の思い出”もとてもいい歌で、まず改めて歌そのものに感動した。今京都に戻って、また捨てられないいつものストレスの溜まる生活にもどってみると、合宿で持てた時間が宝物のように思える。
こんなにきれいな心で、きれいな歌とふれあう時間がもてるのは、本当に少ない。どんどんそういう時間がっていく。日に日にこの現実のパワーに負けそうになっていく今、歌とふれあう心も身体も柔らかくなる時間は、やはり必要だと思った。自分を慰めるためではなく、動くために、そしてまわりの事もいろんなものを動かせして活性させるためにも大切だ。
ヴォイストレーニングのめざす世界で通用する声や歌という事の意味を、私は自分の今いる空間で感じたくて、とても小さな土俵だけれど作っていきたい。よく挫けるので、サポートする人が必要な夢も認めざるを得ないけれど、そんな貴重な人のパワーも活かせるように、心も身体も元気になるように行助していきたいし、ここの合宿で出会った玉井さんとの活動も、来年には発表できるようにしたいと思う。いつも課題ばかりが残る合宿だけれど、感じたパワーを忘れずに、未来につなげたい。
合宿から何を学んだのか、今もう一度考えてみると、軽井沢は、私に私が歌に取り組むときに見てこなかった多くの面を見せてくれた。技術的なことはもちろん、そんなことよりも大切な敵に対する覚悟や、精神的な自立が現在の自分に必要であることをあらためて考えさせてえてくれた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」というけれども、私はまだ虎穴にも入れず、入り口でうろうろとのたわまわっていて、穴の外から、中はどうなっているのかうかがっていただけなのかもしれない。
確かに、がんばってはいたのだけれど、傷つくのを恐れて、傷がつかないように、傷がつかないように生きてきたので、歌う歌から血生臭い匂いがしてこない。
私の尊敬するエディトピアフの歌や、ゴッホの絵画や、チャップリンの映画からはどれも血生臭い匂いがして、創造主の心臓の強烈なまでの爆音も作品から聞こえてくる。結局、血が出るかでないか、耳を切るか切らないか、薬を飲むか飲まないか、生きているか死んでいるか、そういった生き方ができるかできないのか、それだけなのだと思う。
がんばるだけではやはりだめだ。そこまでの覚悟をしているのか、していないのかがまず大切なのだと思う。私は傷心を望んでいながらも、空虚を望む行為をしていた。それは、人を愛するということにおいても同じで、ボッツェッリの「生きる」という歌のなかの言葉なのだけれど、「愛を愛して、人を愛さない。」これが私だと思う。もう傷つきたくないけれども愛は望んでいる。これが私の幼さであり、甘さになっていたと思う。
美術館へ行って世界の名画といわれているものをじっと見ていると、本当に学ぶことが多い。この位置にしか描けないという位置に必ず物体が描かれている。これは歌のフレーズにも似ていて、結果的にこの位置にしか置けないという最高の場所がフレーズにもあるのだと思う。また、いい面は直接五感を刺激してくることに気づいた。
たとえば、桃が描かれているとしたら、その桃に触れたときの産毛の感触だったり、甘い匂いだったり、その桃が動いたときに起こる音を想像させてくれたりする。
いい歌も同じで、どれだけ五感すべてに訴えかけるか、どれだけ聞き手に想像させるか。ということなのではないかと思う。歌い手がイマジネーションを駆使して歌に取り組むのはあたりまえのことだけれど(とても大変なことですが)、最終的には、無駄なことをしないでどれだけ聞き手が自由に想像できるか、聞き手が聞き手自身の世界には入れるかということなのだと思う。
合宿に行くまでは、聞き手の世界についてはさほど深く考えておらず、そのため客観的な目で自分の歌を見ることがおろそかだった。そのため、ステージでも押し出すことはできても引くことができず、一方的になり過ぎていた。ライブは絵画とは違って空間芸術だから、人と人とが同じ空間のなかで押したり引いたりする中で空間が絵が描かれているキャンパスのように変化していくものだから、押せる強さと同様に引ける優しさが必要で、そういったものが集まって熱くなったり、寒くなったりするのだと思う。
引くことは、押すことよりも難しく、本当に感覚を澄ましていないとただ弱いだけで終わってしまうけれども、聞いてくれる人がいて私がやろうとしていることができるわけだから、もっと引くことについて考えていきたい(もちろんもっともっと押せるようになりますが)。
合唱は引くことの大切さを教えてくれました。また引くことと同様に、場に身を委ねてみることの大切さもあらためて感じました。フレーズ回しなどでも、一度目分を忘れて人の呼吸に自分を委ねてみる。そうすることで、自分のことも客観的に見られるようになる。
私は福島先生が忠告してくださったように、一定の方向に固まっていく傾向があって、それがいいほうに行けばいいのだけれども、いつも悪い方向へ行ってしまい、それが原因でいろいろな意味で伸び悩む。だから、一度固定してしまっている意味付けや、ビリーフを外してみる作業が必要になってくる。そういった作業がないと、歌においても、人間的にも柔軟性を失う。そう考えると、合唱や、フレーズ回しといったメニューはわたしにとって大切なものだったと思う。
合宿が終わり、自分には人と対したときに自信を持って出していけるほどのものがないとうことが明確になり、情けなかったけれど、すっきりした。本当は、10与えて2得るということが大切なのだけれど、何も与えずにたくさんいただいてしまった。(斑の皆さんごめんなさい。でも、ごちそうさまでした。)
私は今回つくづく歌うことが下手だとわかりましたが、その原因も明確になってきたので、後はやるだけです。やったかやっていないのか、できたかできなかったのか、感動させたかさせなかったのか、結果が全てというのが私の立っている世界だから、本当にただ黙々とやるのみです。
最後に、先生方およびスタッフの皆さん、本当に大切な合宿をありがとうございました。本当に体に気をつけてください。
【材料】 ※歌詞省略
(参考)
<【歌声喫茶の歴史】
1945年8月15日人々はさまざまな状況のなかで、さまざまな想いで、この日を迎えたのであった。
戦後の民主化への怒濤のごとき進展のなかで、労働運動も大いに発展した。1946年8月19日結成された「全日本産業労働組合会議」は163万人を組織するわが国最大のナショナルセンターとなった。そして翌47年の2.1ストへと発展していった。2.1ストはアメリカ占領軍によって弾圧されたが、労働者や青年たち、日本国民の民主運動の流れはますます広がっていった。
「町から村から工場から」「世界をつなげ花の輪に」が作られたのは47年だった。
NHKがこれらの歌や「しあわせの歌」などをラジオ放送を通じて全国に歌唱指導をした。
今では考えられないことだが、これは当時の社会状況をもの語るものである。
48年には「中央合唱団」が結成された。これは日本のうたごえ運動」の発展へとつながっていく。
中央合唱団は全国にうたごえ運動の常任活動家を派遣して労働組合の文化運動と結びついて「みんな歌う会」の運動を広げていった。
「我等の仲間」「カチューシャ」などは当時の青年たちの愛唱歌だった。ちょうどその頃ソビエト映画「シベリア物語」が上映され主題歌「バイカル湖のほとり」とあいまってロシア民謡が普及していった。
49年11月ソビエトからの引き揚げ者が「帰還者樂団」として演奏活動を開始した。男性だけの楽団で、とくに上半身はだかでの群舞はその力強さで見る人を圧倒した。「帰還者楽団」がソビエトから持ち帰った「灯」「川岸のベンチで」「カリンカ」「トロイカ」「週間」「エルベ河」「小さいぐみの木」などロシア民謡ブームに拍車をかけるものとなった。また「秋父音頭」「そうらん節」「木曽節」などのレパートリーは(うたごえ運動に関する青年たちにとって)日本民謡のたくましさ楽天性日本のリズムの馴染みやすさな「日本の音楽美」の再発見に石を投じるものとなった。
49年11月、うたごえ運動と並んで日本の民主的音樂運動のもう一つの軸である「労音」が発足した。
労音運動は最盛期には数十万人を擁する運動に発展した。
「歌声喫茶」の起源については、いろいろな説があって定かでない。
「ともしび」についていえば55年頃「西「武新宿駅」にあったロシア料理の店「ともしび」で、ロシア料理にちなんでロシア民謡のレコードをかけていたところ、お客さんたちがそれに合わせて口ずさみ始め、いつしか大きな声で昭和するに至った。
店主はそれに目をつけて、アコーディオンを雇って、一日に何回かのうたごえステージを組んだ。それが当たって押すな押すなの盛況となった。店の入り口には空席を待つ長蛇の列が続いた。(第一期西武新宿駅前灯)
56年5月から10月頃にかけて、パリトン歌手の青柳常夫、アコーディオン(アノ)井上正志、山岡まさるなどが入店し演奏活動を始めた。
その後、建て替えのための中断があったが、歌声喫茶「西武新宿駅前灯」(第二期)が新装開店した。
同時に「渋谷灯」(58年9月)「新宿コマ劇場灯」(58年11月)そして「吉祥寺灯」も別な経営者によって開店した。
青柳、井上、山岡らの演奏活動の主な場所は「新宿コマ劇場裏灯」であった。
その後「新宿コマ劇場裏灯」では三年にわたる労働争議(企業閉鎖に対する職場古拠、泊まり込み闘争)が続いた末65年8月、経営者と和解協定が成立し、組合員は一年間だけ店を出ることになった。
しかし年たっても経営者は協定を守らず、その後組合員たちによるカンパ活動によって、自主管理による「亀戸灯」が開店した。(66年6月)
69年5月には、組合員と支援する青年達とで音楽文化集団ともしびを結成し、72年3月に「吉祥寺ともしび」73年3月新宿鬼王神社となり)ともしび」がいずれも団員が主体となって開店した。
「亀戸灯」は85年9月に小岩に移転。「新宿ともしび」は84年12月に現在地(FSビル6階)に移転。「吉祥寺ともしび」は89年9月に立川に移転。「小岩ともしび」と「立川ともしび」は92年1月をもって閉店。現在は「新宿ともしび」店にて営業している。>