レクチャー 【オリエンテーション 】 922
○カリキュラムをどうやって作っていくか。
やろうと思っていたことができないなどということには、
2~3ヶ月くらいまでのところはフォローしていくが、
後は自分でやっていくようにしましょう。(基本的に)
○本来学ぶ場は、各々が問いを持って主体的にいるということであるべき。
○はいっていないものは出てこない。足りないものは何かを知ること。
○本当の意味で音に出会ってこなかったとこなど知る。
ここは窓口にはなっているが、環境を利用することで、一方的に教えてもらえるところではない。
自分の環境のつくり方のヒントとなる。
○自分で習慣づけてしまうこと。
やり方のヒントは、トレーナーやまわりからも学べる。
しかし、それだけにとらわれず、自分のやり方で工夫すること。
○要は結果である。歩んでゆけば結果は後についていく。
それが深め、本当の意味でやれていくということ。
○ピアニストが歌がうまいというわけではない。
音楽がはいっていても“出せる”ことには技術が必要である 。
○ファームばかりみていてもだめ。
トレーニングが目的になってしまわないように。
ここのカリキュラムはみんなが主体的に利用し、目的のために使う。
知識やトレーニングばかりやっていても、その人間が何もできていなければしょうがない。
○人の侵せない自分の領域を作っていく。
一人ひとりの声や感性の数だけそれはある。
しかし、自分であみ出していくしかない。プロセスもそれぞれの分ある。
それをただ比べても意味がない。
○できていなければここで材料をとり入れていく、学ぶ。
何より大切なのは気づきのレベルの違いである。
そこを深めていくこと。
○外に目がそれがちだが中心(目的)を見据えてやっていくと、
逆に外のいろいろなものも勉強になる。そこから何を得ていくかということが大切だ。
○みんなが何回きいてもわからないものを2~3回聞いてどうすればよいかわかるようになること。
そのなかで勤めいているタッチをとらえていく。
○自分のなかのものがもっと自然なまま取り出せるように。
○自分が自分のことを見つめていないと面白くならない。
○人がいればいいという場である。活かし合っていく。
○物があふれている。与えられるだけで、そのなかで“選ぶ”ことしかやっていないのではないか。
ウインドウの外にあるものの方が大きい。
選ぶだけでいいというのは、自分でなく、それを作った人の手のなかで遊んでいるだけ。
ゲームは自分のゲームを作っていくことから始める。
○外側に完成したものがあると思いがちだが、自分で探してつくること。
自分が深ければ深くなるほど、ここには(自分の外には)足りないものしかないこと、
それは売っていないことがわかる。
そして自分でつくることになっていく。
○より高いもの、より深くと進めていくと必ず障害が出てくる。
それを乗り越えようと思うときの助けがトレーニングである。
○答は人の数だけある。
自分の真実をみる。
バラバラにそれぞれが伸びてゆけばよい。
○教え方が一つだと10人に1人だけ、先生の方向に合った人だけのびていくことになる。
そうではなく、わけのわからないやり方もあるので、自由にやっていく。
○リズムや音をやることは必要ない。
もともと1つであり分けてやるものではない。
しかし分けた方が学びやすいタイプもいるので、そういう形でもやっていく方がよい。
○磨いていくこと。
最初はいろいろと出て音と触れ合ってほしい。
レッスンはその人の顔を見、声を聞きにいくもの。
○わかったということはできるということ。
体得するということ。
甘えたり掛けたりしても、できなければわかっていないということ。
スポーツなどと似ている。
○どこがよかった、わるかったということを反省する中でわかるようにしていく。
○たくさんの材料を入れる。そこでわかったと思わず出せるようにしていくこと。
○伸びる人の条件。を得ていく。
【前に出る】
○歌にその人が持っているものを出していくこと。
どんなものを持っていたとしても、出していかないとわからない。
○ファーム(トレーニング)も人の働きかけのなかでやっていく。
人がきいていたり、いなかったりしても、心構えしだい。
そこがトレーニングでもコンサートのステージでも関係ない。
○人の後ろに隠れない。自分をさらしていく。年令も性別もない。たくさんはいっているつもりでも、出してみていくこと。
○人に伝わる/伝わらないで、やっていくこと。
【まねをしない】
○まねは学び方の1つの方法であるが、目的ではない。
ヴォーカル(プロ)や先生をまねてやっていってもよいが、そのなかにあるものを取り出していくこと。
そこにはいっても、そこから出ていかなくてはいけない。
【群れない】
○最初やるべきことは、世界の“残ってきた一流のもの”をみていく
それは自分の深いところとつながっている。
普遍性をどこの世界でも通用するものをとっていく。
○皆のなかに宇宙がある。一流の人はこのなかで活動している。
与えられ、教えてもらえるものではない。それに触れることで、できない不安や/自信のなさを補う。
○言葉にたよっていくのは、愚かである。
ロビーでたむろするのは、自分でやることをやらないから話す。
しかもムダな話に多くの時間を費やす。
○つるんでだめになることが多い。
友人のライブハウス行きあうようなことに頼ってやっていこうとする人は消えていく。
それはこういう世界で成功するということではない。
○感覚が鋭くなると許せなくなる嬰が多いので一人で深めていく。
地獄に近づくようなものかもしれない。
自分を活かす環境を作っていく。
こういうことをつきつめていけるかどうかということだけ覚悟がいる。
○まわりの人が出るから出るそうでないから出ないというような人は、1年先はない。
○音楽で表現することがその人にとって必要性があるかどうかである。
○わからなくなるということは、自分で見つめていこうとしていないからだ。
○本物にはすべてのノウハウがつまっている。それを読み込めるか読み込めないかである。
○好きならそのことばかりやってしまう。時間も空間も超えてしまうほど、集中する。
○つまらないといわれているものも、そのまま受けていけば、よい材料になる。
○毎日ものすごいトレーニングをしてもうまくならない人もいるが、
やり方及びプロセスでの、感じ方の問題である。
○自分との競争である。他とは何の差もつかない。
上があって自分があがっていこうと思うから気になる。
自分の足元をみて深めるだけ、何十回何百回もくり返し、1/10、1/100ずつ体にはいっていくものであるから、一人で見つめ、やっていく。
○まず自分に行く先を告げる。告げるためには行く先を知らなくてはいけない。
ここで決めていく。人に教えられるものではない。
○レッスンのなかでも自分一人でやっていく。
一人でやっていくこと、自分のなかの声を聞く。
○人前でできることは、だれよりもやったという自信と裏づけがあってこそ、歌は伝わる。
○ここを使い切ること。こうしたいと思ったときに声で表現できるようになるための材料がここにある。
○美術館に目をつぶってはいって、何も感動しないといっているような人がいる。
読み込み、見えないものを見えるようにして出していくものであり、そのように学ぶことが難しいのである。
○本当の意味での交流(群れでなく)を味わえれば、お互いに勉強になる。心も変わっていける。
○完璧な養成システムなどがあるわけない。
○何かをめざしている集団ではなく、何かをやってゆける個人がいてくれたらよい。
○人前に出していくことで自分自身で見ていないことをわかっていくことである。
○完成もない世界をできるだけ現場に出し、ていく。
そこにまだ早いとかできないから、といっていたらいつまでも出せない。
明日から出していくこと。何が足りないかがわかり、それを得ていくために、ここで学ぶ。
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【オリエンテーション2】
大切なのは、自分なりに研究所をうまく使っていくことです。
そして自分で自分独自のメニューをつくっていくことです。
そのためにはまず自分というもの、自分でどうしたいかというものがなければなりません。
ここには、いろいろな材料があります。それをいかに自分で使っていくかということが、問われます。
与えたものをこなすのは、あたりまえのことで、それでは人並みの力しかつきません。
研究所は、世界からの窓口です。ここはその窓は常に開けておくようにしています。
しかし、あくまで窓口であり、窓を通して、何を見つけていくかは、自分がやることです。
それを通して、吸収したもので最終的に自分しかもっていない武器を身につけ、出していくのです。
習って身につくものは、基本にはなりますが、武器となるのは自分だけが独自につくりあげたものであるということです。2年間終了すれば、何かになるというものではありません。
ロビーにあるいろいろなものからでも、たくさんのものを得られます。
会報のバックナンバーなども置いてあります。
他の人たちがここでどうやって学んできたかが書いてあります。
ここにいる人も大切な材料です。
とにかく自分でやっていくことです。
他人のやらないことをやり、他人以上にやって、それが力になるのです。
ここは、入るのは難しくありません。誰でも入れます。
そんな中で多少うまくなることで競うのではありません。
どこでも体一つ、身一つでやれる力をつけていくのです。
そういう覚悟がないと、やってきた人、ちょっとうまいような人ほど学べないようになってしまうことも多いようです。
学ばなくても、やれてしまう人は稀にいるかもしれません。
しかし多くの人は、できていないからここにきたわけです。
そうしたら自分が何ができていないかをわかることです。
できていないことをやらなければ、できないで終わってしまいます。
他でやっていないことで、ここが唯一やっているであろうことは、音声の世界での生の舞台の表現のことです。
それは、他では学べないし、一人でできないところです。
学んでいくなかで、自分でやれることは、自分でやり、精一杯出し、足りないことに気づき、吸収していってください。
自分で手に入れられるものは、自分で手に入れる。
世界のもの、昔のものなど、入手が難しいものは研究所で材料として置くようにしています。
自分ができるようになるためには、たくさんのものを入れていくことです。
入っていないものは出てきません。
そして、自分が今、何ができるのか、できないのかを見極め、自覚してゆくことです。
日本はどのジャンルもそのジャンル特有やり方以外は排除していく傾向があります。
が、POPSの歴史というのは、“筋道”からもともと離れた人たちがつくりだしてきたものです。
示される道がないところでつくっていく世界です。何も明示されないなかで、自ら何を学ぶか、それは自分で決めてやっていかなくてはいけないのです。
歌い手以前のこととしては、私やトレーナーを最低ラインの基準として考えてください。人前に出たとき何かを示せる、ワンコーラス歌っただけで何かあると思わせるだけのことを、そこで出せるかということからスタートです。そこまでに、どれだけのことをやってきたか、他の人以上に時間をかけ、やるべきことをやってきたかということです。
有名であることや知名度は、その人が出てきた、その人がやっているのだからという意味で、日本では、もの見の客が受け入れてくれるので有効かもしれません。しかし、ここは歌や音楽のところでの音声の力で決めていくところです。いかに音声を取り出して表現するか、人を納得させる何かが、そこにあるかどうかを試すということです。
そのためには本当の意味で基本を徹底してやってゆくことです。声の質や、体という楽器は各々まったく違います。同じものはひとつもありません。また、音の世界には、正解はこれだという決まったものもありません。自分で、音の世界で本質に出会って、取り出し、自分の体のなかでみつけて出していけるようにする。音声の世界で声と出会えるかどうか、そして表現していけるかが全てなのです。
ヴォーカルの世界というのはすべて自ら創造していくものです。自分の体や感性から声で作品を取り出していくことです。音楽にもこうやったら聞いている人が気持ちよいとか悪いというのがあります。音やりズムをはずしたら下手だと誰にでもわかる、といったような最低限のルールもあります。しかし、基本的には自分の体の原理に忠実に取り出した声が正しいのです。それを取り出せるようにしていくのが、基本のトレーニングということです。
いつも次の三つのことを最初にいっています。
まず、前に出ること。表現してゆくというのは、自分をさらすということです。失敗したら格好悪いと、力がつくまでは、などと隠れていては、何も出てこないし、出てこなければ正されることもない。失敗してしっぺ返しをうけてそのことで正していくことの繰り返しです。自分を他人の前にさらしていくことです。
二番目に、マネしない、ということです。うまい人や好きなアーティストのもののまねで終わらないことです。そこから入ってゆくのはよいと思いますが、ものまねというのは、まねであり、決してその人をこえられません。他のアーティストのオリジナルをまねるのでは、自分が勝負できる武器にはなりません。同じことをやっていてはその世界で第一人者にはなれないのです。もちろん、そこから学べることはたくさんあります。そのアーティストや世界の一流のやっていることのなかから、本質や柱のところを 取り出し、一旦、自分で読み込み、今度は自分のなかから自分のものとして出していくということをやっていかなくてはいけないのです。つまり、創ることです。
最後に群れない、ということです。たとえば、今、世界の一流のヴォーカリストと同じことをやろうとしたら、無理でしょう。たとえばプロのステージで2時間、そのヴォーカルのあとをついて走りまわって、同じことができるかということです。プロというのはそこから、スタートする世界です。その力は一人で深め、突き詰め、やるだけのことをやった人だけ得られるのです。だからロビーでおしゃべりしている暇があったら、家に帰って練習をしたり、CD聞いたり、映像を見ることです。ライブにしても、友達のライブに行ったり、来てもらったり、そんなことをやっていたらきりがありません。この前来てもらったから見に行く、そんなことで来てもらってもしょうがないでしょう。つきあいで聞きに来てもらう人はやがて去ります。
音声の世界では人が来て喜んでくれるのでなく感動できるようなものをやらなくては先がないのです。きた人が喜ぶのはあたりまえです。誰でも、自分の足労を無駄にするよりは無理しても楽しみたいからです。喜んで来させないから、成り立たないのです。
はじめて聞いてくれた人が、つきあいでなく“これ、本当によいから聞きに行こうよ”とたくさんの友人を連れてきたくならないとおかしいでしょう。そうではない、あなたの歌って何だということです。できていない人ほど群れますから、そんな人のライブを見にいくひまがあったら、その時間とお金で一流の人のコンサートに行くことです。
トレーニングをやっていないと不安だから群れて、いろいろとわかったようなことをしゃべるのです。
ここに、1年もいれば私が本でいったようなことは、誰にでもしゃべれます。だから私はそういうことはあまり、話していないでしょう。しかし、学べている人は余計なことはいわず、だまってやっています。志を高くもつことです。
必要と思えば、得るための努力ができるし、得られます。その努力することが苦ではないからです。やっている人は、やっているときが楽しくて、やりたくてやっています。そして、繰り返されて、大切なものが宿されていくのです。
とにかく入っていないものは出てきません。2年間でできるだけ、たくさんのものを入れていくようにやっていってください。本人が得ようと思えば、ここにはそれ以上の材料があるはずです。それはあなたが深く掘り下げていくと無限の宝庫となるのです。
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【オリエンテーション3】
ここでやっていることに関していえば、かなりキャリアがある人でもそのキャリアはあてにならないことが多くて、今まで入門科に入れたからといってあまり不便はしてきていない。
この人はできそうだから、初心者と一緒にやっていたらレベルが合わないという問題もほんとうに起きない。
そういう活動をしてきた人ほど、何か声に問閉があったり、基本的なことができてなかったりする場合がほとんどです。
ここで、学び方のエッセンスを、お話します。
とにかく迷ったら音声で表現しなくてはいけない舞台に対してのことをやっているのだと思ってください。
レクチャーを聞いたり、本を読んだりするとわかったような気になって、次にいこうとするのですが、これが一番困ることです。
わかることとできることの違いを埋めるのがトレーニングです。
芸事であればサッカーをみて、なんかできたような気になって、近所でチーム作ってみてボール蹴ってみたら、ああ何かサッカーらしいと思う。そのらしいということとプロがやっていることというのはまったく違うわけです。
レクチャーで話したことが仮に2年でできたら、充分です。そんな人は1パーセントもいません。これを最低ラインのベースにおきたいということです。
皆さんのなかには目標が高い人もいれば、そうではなく、今までマイナスだったからなんとか普通の人並みにしたいという人もいます。
人と比べるのでなく自分が伸びるということが大切です。
伸び率、要は他の人と比べてみて、自分が一番できていたというようなことはどうでもよいことです。要は人生での勝負ですから、長いとはいいませんが、たかだか2、3年、プロをやってうまいといわれてきてそのまま勘違い、あるいはそのまま落ちてゆくのなら、ここの意味がまったくないわけです。
どんなに一番下手で、2年たってなんにもでなかった、でも卒業してみたら、そのことをふまえてしっかりと伸びていた、その方がまだよいわけです。
ここのなかで一定の効果をあげていければ、これが一番よいのですが、あまり効幸とか、合理的に身につけていこうとか、考えると失敗します。
ただでさえ我々は、頭が働いて、これだけのことをやったらこのくらいいくはずだと、何か計算がある。
これはこれで大切なことです。しかし、一度、それを切ることです。
〇自己流の限界
ほとんどの人にとってもっと入れなくてはいけないことは、後で伸びるようにしていく材料です。
独りよがりでやっていく人とプロでやっていける人というのは大きく違います。
独りよがりっていうのは、最初、早いようにみえます。でもこれでどこかでピークがきて、研究所でいうと1年半くらいです。一所懸命やるからそのときわっと伸びる。他の人よりもいうことを聞かないから、それだけ自信持って伸びるわけです。ところがそこから伸びなくなってしまう。
基本をやる人は最初伸びないです。あたりまえのことですが、基本というのは最初の使い方とか息の吐き方とかで、そんなこと歌と直接関係ありません。ただそれが身についてくると歌がよくなる。
そこまでいってないと、見えない場合が ほとんどです。
ほとんどの人が、その(停滞した)ところで伸びない、プロに比べてみて自分は下手だとそんなことであきらめてしまうのです。結局それだけのことを、きちんと自分にオンして伸びていくために使ってほしいと思う。
だから他の人よりできてなかろうが、同期ではいった人よりずっとできていようができながろうが、そんなことどうでもよいわけです。そんなところでの競争ではない。
そこからどうなるかということが問題であって、最初からうまかったけれど最後まで、そのうまさが変わらないというのであれば結局なにもここで身につけられなかったということになるわけです。ここは基本をやっています。つまり初心者にも対応しているが、世界の一流、どんなプロ中のプロがきても対応できるだけのものがあるということです。
だから、レクチャーでいつも「つめたい」と私がいくつかの例で出していますけど、あのことが2年間たって、たった3音で3度のたった1フレーズでも同じようにできる人はいません。それで一つの最低ラインの基準になるのに誰もクリアしていないで、先ばかりやっています。だから伸びないのです。年間100人くらいでその条件が2年間で満たせる人はほとんどいないのです。それだけ基本は難しいものです。
しかし基本がきちんと身についた人でないと、そこから伸びない。だから、歌を歌いたいということでも、役者みたいに、音声でセリフを表現したいということであっても、それからアナウンサーでもレポーターでもあるいは一前できちんと話せるようになりたいということでもこういうことは同じことですから、違いをきちんと埋めてゆく。
それから、わからないことはあります。わからないからこういう研究所を創って、わからないから人と交わりながらわからないものをわからないままにきちんと認めて、それをきちんと正してゆくように努力しています。
一番わからないのは、あなたがどうしたいのかということです。わからなくたって、伝えたら相手がなにか受けとめたと、そういうことでいいわけです。すべてがこういうふうに書ける、こういうふうにしゃべれるという世界ではない。そういうことで表現できる部分というのはほんとに1%くらいです。わずかなことです、氷山であるとしたら。
これが(先端)がでるためにこれだけ(下のほとんどの部分)が必要です。そこは、なかなか見えないのです。
ですから、ここでいうと、ここで、人の前に立っている人というのは、研究生も含めて研究所や業界をずっと見て、たった1つか2つのフレーズを聞いて、何か与える力を持っている人たちです。
そうでない人は私は認めませんし、肩書があっても、どんなキャリアがあって、 コンクールで優勝したことがあっても、今ここでできなければ、意味がないわけです。そういうできている人、伸びている人と自分とは何かが違うわけです。
これをまねしなくてもよいですから、きちんとその距離を見極めることです。近づくという考え方はしなくていいですから、そういう人たちの持っている共通の要素をどんどん自分のなかに取り込んでゆくと考えてください。
歌がうまくなりたいということでヴォーカルをめざされている人は、歌がうまくなることの前提というものがあって、それは今までもいいましたが「はいってない」と出てくるわけがない。
それから本当の意味で必要性がないのにそれが表現として、あるいは舞台として成り立つものではない。だから最初にやってほしいのは、本当に一見無駄かもしれないですけれども、器を大きくつくることです。
そのことを2年きちんと続けて欲しい。学び方も日本人はなかなか苦手なものなので、与えられるものに対してとにかく応えてゆけばよいということになりがちです。とにかく、どう表現するかです。
本当のことでやっていきたいのであれば創造することです。これは芸人や職人の世界と同じです。
ここで与えられた一つの刺激というのを受け取って、それをどこまで自分のイマジネーションで膨らませるかという一つひとつの取り組みです。その辺が芸事です。
たとえば体育会で、目標が2年後の試合だというのであれば、それに対して強化すべきこと、強制的に走らせたりとか、そういうことはできます。しかし、こういったものは、自分の自発的な意志で取り入れていく。
人によっては、とてつもなく時間がかかる。それも見ていかなくてはいけない。
1カ月目にみんな同じライン、というやり方ではない。
人それぞれのやり方もあり、いろいろなレッスンもあるし、相性もある。
同じレッスンを受けていても、わかる場合とわからない場合、あるいはわかった人、わからない人もいることです。
とにかくひとつにくくれないくらいあるわけです。
なぜなら同じアーティストは二人と存在しないからです。
体育会系の限界は命令されたがる。プロセスより結果を出したがることです。
〇キャリアとして年齢をつむ
年齢がいっている人、今までなにかやってきた人であれば、やってきたこと全て、うれしかったこと恋しかったこと辛かったこと、無駄をしたこととか意味がなかったことのなかにも、いろいろと入っているわけです。
そういうものから得てきた経験を、なるべくうまく生かして、総動員させて取り組んでゆくことです。自分の環境、そして生まれてからの歴史を総動員しての勝負です。
頭の世界ではありません。頭の世界だったら新しい知識を覚えるということができるのです。
入っているものがあるわけです。まず入っているものを全部取り出さなくてはいけない。いったい自分のなかになにがはいっているか。そうしないと足りないものもわからない。
歌は誰でも歌える。簡単なものです。すごく歌える人は、まったく違う歌い方をする。そこの差はいったいなんなのか。
だれでもサッカーもバスケットもできる。でもそこでプロとして、何回見ても感動できるような技をやっている人というのは、形をやっているわけじゃない。もっと器として大きなものをやっている。
そのなかで単に表面に現れたものがスポーツです。競技という型、ルールがあるから、すぐれることができるのです。
こういったことを受けても、ここで自分の創造的な作業が行われなければ、まったく意味がありません。アンケートの答えを書いてくるようなことではしょうがないわけです。映像でいうと、映像を見て、これ覚えた、というのもひとつの勉強です。
しかし、体の条件、感覚の条件を変えなければうまくならない。
うまい人というのは大切なものを抽出して作品にする。その人から大切なものを抽出して自分の作品にする。
すぐれているもの、そうでないものをわかるように示してゆく。
いろいろな曲、一流 のもののなかから共通しているものを取り出していくのです。
<人の前に出ること>
以下、箇条書きでまとめておきます。
○感性を豊かにもっていても、人前に出て示さなければ伝わらない。自分をさらしてゆく世界である。
プロの世界だからつらいことをつらい歌にしてはいけない。
入り込んでいたのではただの自己陶酔である。
セレクトして抽出し、高めた表現を出してゆく。いろいろなことを昇華し、出してゆく。音声でそれをやってゆく。
○音声でやってゆくことが最も難しい。楽器をつくるところからやらなくてはいけない。
調律して演奏してゆかなくてはいけない。しかも自分の演奏でなくてはいけない。
○色は目で見える。 音もそれ以上に見えわからないとできない。
○自分の声/魅力/いちばんいいところの表現を取り出したとき、どう使っていくかがわかっていくことが大切。
○レッスンは思ったことを感じたまま出してゆくことがうまくいかないとき、その“思い”に体が対応できるようにすることである。
○自分がただ気持ちよいということではなく今自分が何をやっているかをみつめ、きちんとやることに客観的に立っていないといけない。つまり距離をおいて立ち、とり出し、見せること。
○100回やったら100回同じようにできること。
○トレーニングは音色の世界で出合うためのもの
○ここで入会するのはお金と時間があれば誰でもできる。しかしまだは始まってはいない。
<マネをしない>
○入って読み切って自分の方へ持ってゆくこと。
○マネはしない。マネからはいってもよいが、それを目的にしない。
新しいものがうごめいていること/何が起こっているか試みるのはよいが、同じものは必要ない。
より自分を知るために同じことを変えていく。
<群れない>
○一人で静かに深めていかなくてはいけないそれしかない世界。
○1%出せる人は99%を一人でやっている 。
○感覚を変えたりトレーニングしてくること。
○今日やれることは今日100%やること。いいものがはいっていれば100%やれば足りないところもわかる。
○全身でやっても伝えられない通用しないことを自分でわかること。
○人との共同責任や、外的要因はない。すべて自分の責任。他人と相談してレッスンに出ているようでは終わっている。
○ここは細かいことはいっていない。ステージ(歌の世界)については口を出さない。
○映像がかかっているのに、何も学べない。また、テストに出るから勉強するということではない。
○どうしたら成功するのか、できないのかなど言葉で説明できるものではない。
○言葉のいいかげんさや、視覚効果/照明でごまかしていかない。表現で何もないところでどれだけ問えるか。
○認められている人たちは、どこが同じか、何が見えているか。それをここでみてゆくこと。
○逃げ道をつくるのも自由だが、一回勝負のもの。ステージに立ったときは誰も助けられない。
○ここで与えられるのは刺激で素材、皆と同じ世界のところから、絶対に違うものが自分のものとして出てきたときわかる。
○揺り動かす体験が必要、その先にビジョン(出たものに対しての)を持つ。
コンスタントに持っていけるようにすること。
○どんなに間違ってもやりつづける。
徹底的に間違うこともいい経験となる。
合理的にやれるようなことではない。
○大勢のなかの一人ではいけない。自分を中心に、主体的に自分を出す。
○何時間くらいやるものですか、という質間の無意味さ、好きな奴は時間があればやっているよ、ということである。
○芸の世界をやっているということは2~3年でわかったと思わないこと。
やっていくプロセスを自分がおもしろがり楽しむことができるかということ。
○感謝の気持ちでたくさんの音楽や人と出会うこと。
○ここで出会ったのに、それでつるんで、自分のいる場やいた場を悪口いう。
情けない人にならないように、巻き込まれないように。
○素直であること自分に何かがあるもっと大きなもののために、それを捨てなきゃ得られない。
○継続しかない、できなければ同じだけやったのかを問う。
○一万人の頂点に立つ、人よりやるだけ。