「歌手にも芸人にも、あなたしだいでいつでもなれる」961
誰でも、思った通りにいくであろう人生の思いを妨げるのは、
自分の思いである。
思い通りなのですから。
あなたの今の考えが、あなたを制限している。
あなたの、まわりから入ってしまったままの浅い考えより
あなたのなかにもっと純粋で深く美しく強い思いがあるのに、
当のあなたがみえていない。
みようとしていない。
だから取り出せない。
<キツネに会い、自分のバラの花を見つけよう。(星の王子さま)>
どうありたいか、そのためにどうすればよいか。
そして常に、今、どう実行するかなのだ。
自分を正当化するのはよいが、
それによりかかるのは、やめることだ。
うまくいかないのが当然と思い込んでいたら、うまくいくはずがない。
うまくいくのがあたりまえと思えたらそうなる。
そう思えるまで行動するしかない。
ところが、
行動よりも頭でそれをすましてしまうことが多い。
バカになり切らなくては動けまい。
最近、若い人の読む本や若い人にウケる考え方は、これとまったく逆のことが多い。
そのため、音声にとって、日本人がかかえている見えない問題と同じように、
表現や舞台にも、それがあなたにおおいかぶさっているのである。
本当に、現実は、誰でも平等。差別はない。
夢は叶う。
人は、思いのまま、生きられる。
自分の力がなくても人を助けられる。
いつでも。誰でも。
あなたが力をつけたら、
たった一つのほほえみ、ことばで、
そうでない人の何時間のスピーチより、
多くのものを与えられる。
皆を幸せにし、感謝される人になる。
それがアーティストの生き方が創り上げるものではないか。
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伸びない人の理由
1.現実の問題から逃げる。本人にその自覚がない。
2.弱者の論理、逃げ込む場をもつ。それを大事にかかえている。
3.結果的に、まわりの同情と憐憫を求める。
すでにそれで支えられているのを知らない。
4.鈍い。まわりもあきらめ、表向きしか関わってこない。
それなのに本人は、うまくいっていると思っている。
5.きちんと負けない。きちんと勝てない。
6.自分に対して甘い人、よってくる人とのみ関わる。
それは、同じように甘い人たちだ。
そのなかで、やれているつもりになる。
7.連絡を絶つ。前に出なくなる。
そのための自己弁護の理屈をこねあげる。
8.悩んで落ち込むことにひたる。
9.がんばっているつもり、一所懸命やっているつもりで、結果を出さない。
10.他にも自分にも甘い。自分に甘いから、他にも甘い。
11.おどおどして、自信なさげである。
12.すぐに他人の思惑や考えに影響される。
13.自分というものがない。それを培う意欲がない。
14.覚悟がない。自分を放り出せない。一点を見据えない。
つまり、正しい現状認識ができていないのである。
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【BV座プレ】
出演された方は、ご苦労様でした。
前半後半を見ていて、伝えたいものをもっている人とそうでない人でハッキリ分かれました。
音楽をやる、やらないという以前の問題です。
伝えたいものがない人は、人の服を借りて着ているだけのような感じがします。
その空気を変えられる、何かを伝え、大きな拍手をひき出せる人は何をもっているのかということを考えてください。
日本のステージはお客さんが子供ですから、子供相手のわかりやすいステージになってしまっています。
それに合わせることがうまくなることのように思われています。
かわいくしゃべることと、芸として語ることとは正反対です。
前半は子供のようなステージが多かったです。後半には何人かがひっぱっていってくれました。
ミルバの日本語の曲ばかりを集めたアルバムがありますが、アレンジとバンドが、音がトータルとなって一つのものを出していくというようになっていません。もっと絞り込む点があるはずです。
日本の場合なぜか、バンドのなかで調和がとれていて、歌い手が疎外されてしまうために、自分の体より、バンドのリズムに合わせていかないといけません。
ミルバが日本語で歌うと、そういうものが出てきます。日本語が難しいのもよくわかります。
こういう歌を勉強するときにその人の個性や、雰囲気をまねてはいけません。
それにかわる自分のものを出すためにやっていくのです。
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【地の声(1)】
(恐山)
久々に、合宿でやったことをやってみます。長くやっていると、それだけで勉強した気になってしまうこともあるので、そういったものを確認し固まってしまっていたら、壊すということもやることです。
地の声、天の声というのをやっています。
自分の体の条件を変えるというのは何年もかかりますが、状態を変えるというのは、その場で一瞬にしてとり出せなくてはいけないものです。これは今日できないと心を入れかえない限り永遠にできないのです。あまり、マニュアルと考えないでやりましょう。
息が生じるところから、すべてが生まれてきます。体から流れる息というものを、今日ベースとしてとっておいてください。どこの国でも声の底で動いているものがあります。リズムでいうとグルーヴ感ですが、声でいうと波のようなものです。それに対して、天の声というものは、上からひびくというより、聞こえてくるのです。これが成功したのは、一回しかありません。ある年の合宿のなかの3分くらいでした。
頭で考えずに、まず声を受け、そこに入るということをやってください。そして、発するのです。それが、気持ちや心と同時に起きてくると理想的です。人によっては時間ばかりがたってしまうということがあるので、ある程度、意識的に進行していきます。そこから、音の高低や、ことばメロディが出てきます。感情が形をとっていく過程を感じて欲しいと思います。
今日のメンバーのなかに経験者もいますが、初めての人が多いので、説明しながらやっていきます。
まず、低い姿勢から始めてください。止まっている状態から息を吐いていきます。息を吐くという意識ではなく、息が全部出たら、自然に入ってきて、また出ていくというイメージでやってください。
手や足の先まで意識を伸ばして、自分の寸法をつかんでください。全身を感じていることが大切になってきます。お腹が動かない人は、立った方がよいかもしれません。呼吸を深くしてください。日常の呼吸というのは、我々の場合は浅いからです。
(呼吸を徐々に深くしていく。)
息に音をつけていってください。声が出てもよいです。
(息を音にしていく。)
息の方に意識をもっていき、体から離れてください。
そのまま、その息を深いため息のように、声に少しずつ変えてください。
一回、死んで墓場に埋まっていたと思えばよいのです。
自分でまわりを動かしながら、まわりの動きを受けていくのです。
(深い声を出す。)
少しずつ、ボリュームを上げていってください。
(声が大きくなる。)
一回息にもどしましょう。30秒くらいかけてゆっくりもどしてください。今のが一番、最低限のベースをつくったものです。この場が少し動き始めたことを感じられたらよいと思います。
ときどき、まわりの波が高まり、テンションが増すことがあります。そうすると、声を出すのも、のるのも、巣になります。相当、体力と集中力のある人でも3分は大変なものです。
高く出したいとか、大きく出したいときはそうして構いません。動きたければ動いてください。今度は立ってもらって、声が集まるように中心を向いてください。
30秒から1分くらい、息を出して、声にしたくなったら、声にしてください。今度は出しにくいところの声にならないように、一番やりやすい音域でやってください。
ここで歌おうとか、発声しようと考えないでください。
息の方が中心になって、自分から離れ、体は単に動かす、という感じでやってください。
(声を出しはじめる。低音から徐々に中間音へ高まる。)
泣くのと悲しい音色とは違います。そのまま泣いてしまったり、怒ってしまうと、声というのは出てきません。一つの方法ではありますが、嘘泣きから入らない方がよいかもしれません。形というより、実です。
その人の様子ではなく、音声を聞いているのです。
それを受けていくのに、ことばのようにが途切れ途切れになるとよくないです。
自動的に皆でまとまっていくのが、一番よいですが、最初はタイミングというのがつかみにくいので、私が示すようにします。感じてタイミングがはかれるようになることです。班ごとに話し合ってください。