鑑賞レポート
【TOTO 】
客の手が呼んでいる。深くて渋い声。でっかいドラが効果的。帽子すごく似合っている。パーカスソロ、気持ちいい。不思議なライティング、緑と赤が混ざっている。一気に加速してドラムソロに入る。かっこいい。コーラスをとっている女の人もすごく声がいい。静寂に響きわたるキーボードの音、キレイなメロディ、和音一つひとつが心に響いてくる。
ジミヘンと、スティーヴィー・レイ・ヴォーンに捧げるといった曲、見ていてあまりおもしろくなかった。テクニックはすごいかもしれないけど、横のほうにいるコーラスの男の人、気になる。なぜこの人だけ前に立っているのだろう。バンドのメンバーにしてはあまりにも浮いている。ちょっとだれてきたところへコーラスの女の人が出てきて動きが出てきた。最近思うのはステージには流れみたいなものがあって、プロのステージというのはテンションがちょっと下がってきたときにしっかりと修正が入る。ぐっともう一度引き寄せる。プロとアマの差みたいなのはこういうところにもあるのではないか。
【Bjork】
不思議な映像、叫ぶBjork、ぞくぞくしてくる。鏡のなかを覗き込む彼女の視線、眼、子供っぽくいたずらっぽくもあり、強い意志を持った一人の女性をも感じさせる。白い衣装、不思議な踊り自由に跳ねている。心を釘付けにして離さない。フルートの音と彼女の声、自然の安らぎ、少し肌寒いけれど暖かい、春の自然の息吹を感じる。エメラルドグリーン色の照明、きれい。アイスランド語から英語へ、またその逆へ、翻訳を繰り返して2つの独立した歌詞が生まれる。彼女の独特のいい回しはこういう作業から生まれているのか。赤茶色の照明、大地の鼓動、踊り独特のリズム感。あ、手を振った、普通の女の子の一面。何か宗教的な感じさえ受ける。
でも押しつけがましくなく、自然に入ってくる。アクアブルー、海の世界。空かも、少し紫がかった色。一気に真っ赤に、オーロラのイメージか。ここでは母親の顔をしている気がした。画面の半分から飛び出してきそう。耳なしでは生きていけないといって、すぐその後で嘘よといっていたが、自分はどうだろう。やっぱり耳なしでは生きていけない。人間に夢中なのともいっていた。この辺はジャニス・ジョップリンとも少し似ている感じがした。
アップテンポの曲、こういう曲も好き。声の表情がそのテンポ、曲とぴったりあって出てくる。自然なシャウト、ナチュラル。コーラスに入ってく女の人はあんまり声に迫力がないな。この曲はCDで聞いたときよりドラムの音が軽くて何か変な感じ。間に入った映像、パーティ。何を意味していたのだろう。ステージをところ狭しと踊り回る。ステージ、いや会場全体が一気にクラブになった。手につけた布、何を意味するのだろう。天女。会場全体が跳ねている。すごく都会的な感じの曲、アイスランドにいたままだったらこんな曲はできなかっただろう。一時間引きつけられっぱなしで、あっという間だった。
「考えないでも自然に流れ出てくるまで考えまくって歌う」彼女の体にあるもの、歌うのでなく体のなかにあるものを出す。とてもストレート。まずアイルランド語で作詞して、それを英語にして、またアイルランド語にして英語にして、とそれを繰り返す。すると体のなかにあるジャストのものと出会う。繰り返す。やっぱり自分をす作業している。しかし、繰り返す。たとえばこの場合は言葉。歌詞。繰り返し読んでみる、繰り返し語ってみる。ひっくりかえしひっくりかえしのなかで今の自分にピッタリ、しっくりくるものに出会う。でも大元がわかっていなかったら戻りたくなったとき、戻る場所がない。大元を理解するのにものすごく時間が掛かる。感覚だけで捉えておいておくと雑になる。細かい小さいけど大事なこと踏んづけてみている。でも、パターンがありそうだ。慣れもあるのだろうか。そして歌。そしていろんなもの。天才ですら努力している。努力のかたまりになったってまだ足りない。彼女にとって体この動きは何なのだろうくあの動きこそ体のなかにあるもの。独特の動きをする。
「彼女の」動き。しかしデカい口。それもゆっくりとあくのでなくガバッとく。小気味いい位。よくこなれている、関節が。18才で大都会に出てきた。恐怖の体験からリラックスすることを覚える。よくそう解決の方に行ったナ。どうやって彼女は解決のほうにいったんだろ。苦しんでいる人がたくさんいる気がする。大なり小なり。でもその解決法、根本的ではないにしろ毎日の生活を少しでもよりよい方へ向けてい何かをつかんでいる人は少ないような気がする。リラックス。そしてしっかりと呼吸しなくちゃ、と思う、と語られている。
しっかりと呼吸。不自然でなく。私はリラックスできているだろうか。リラックスを生活のなかにおいているだろうか。楽晴らしい時間だと思う。さまざまのまだ見ぬ出会いに満ちて。会話の生まれ得る時間。しっかりと呼吸しているだろうか。呼吸がものすごく長くなったなあ、とは思えない。が、浅さは日常的な淺さは大分とれてきた気がする。そして強くなっていきそうなときどうすればいいかも身についた気がする。呼吸が日常的に浅いと深いでは泥の差。何にとって。身体、肉体にとって、そして精神にとって。呼吸は吐いて吸うことだけれども、違う。世界を連れてくる。宇宙と出会い、神と出会い。いったい呼吸とは何なのだろ。哀しみに満ちてはいない。喜びに満ちている。吸うことにより私のなかに何かが入ってくる。細胞が開いていく、細胞が全開になっていくプチプチはじけながら。では吐くことは。過去の全てと自分の細胞が出会って弾けてそのはじけたものが出てくるのだろうか。吐く息となって。わからない。でも、すごいことだけ感じる。空港で人を見ているのが好き。愛する人に一目散にかけよってキスしている人。夢中で人の目なんか気にしていないところが好き、か。
まず人が好きなんだナ。でもとりつくろった人じゃない。思わず知らず出てしまうやってしまう、そんなときの人間。その人でありえている瞬間の人間が好きなのか。それは喜びのとき悲しみのとき、怒りのとき、楽しみのとき、桜々の感情の隠しきれない表出するとき。その人そのもの。私そのもの。本当の自分。出会いたい。なぜ出会いたいのだろう。それは悲しみかもしれないのに、苦しみかもしれないのに醜い目をそむけたくなるものかもしれないのに。次に行きたい。そうしてやっと自分の一歩を踏み出せる。アコーディオン。そういう音をキーボードで出している。歌とこの一台だけ。その構成が曲調と合って楽しい。語る様なアコーディオン。
「体のなかにある声」の出し方だ。発声なんてぶっとんでいないか。そして彼女がぶっとんでくる。踊りながら。自由な女。声の表情が豊か。いろいろやってみて最終的に出したい音がこう。この人のいろいろの声を聞いていると自分がいかにのっぺりしているかが、そして私の声でもいろいろに使える気がしてくる。聞いているだけなのに。そう、もっと自由になれる気がしてくる。不思議だ。そ、今それぞれの歌を歌うときに出しているそれぞれの一音一音が本当に自分の出したい声なのか疑わしい、と思わせてくれる彼女の声。彼女の声が自由だからそう感じるのだろか。曲は人が寝ている間にコツコツ書きためたもの。聞いた人が「何をいいたいのかわかる」といってくれる。最高にハッピーなことだと思う。「何をいいたいのか」「私はこれがいいたいの」なぜ伝わらないんだろう。放り投げていないか。力もあるだろうけど力じゃない。考えているからか。体にしみいるまで。自ずと出てくるまでか。それがそのときの自然。敏い出すと路上でもハイテンション。
「私は人間に夢中なの、人を理解したいの」。そ全て生きている。ありとあらゆるものが。共にいる。共にある。なぜそうか。 なぜそう考えるか。 なぜそう感じるか。なぜそう存在するか。全てのなかに入っていきたい。映し出されるなら私はいらない。あんまり必要ない。中心に出会えた、と思えるとき愛しく喜びが体に満ちそして涙が出る。何の涙なのだろう。感謝、出会えなかった多くの人、もの、在るものの存在、悲しみ、営みの不思議さに頭を垂れるような。一つの感情じゃない。人間は不思議だ。こよなくひきつけてくれる。ありとあらゆる人間が。私の手の平の上に震えるようにして愛しい温かいまばゆいそのものの中心が音の消えた世界で鎮座している。髙で私はもちろん抱きしめることすらできない。抱きしめる動作をしても、ただひれ伏しそばにいさせてもらうに等しい、その内実は。神様。ひとりひとり、ひとつひとつのなかに在る神。
「声がなかったら死んじゃう」それだけ、そう意識にのぼる位「声」が必要。生きることなんだ。私は。声は生きることだろうか。勇気づけることばをのせた声は、なぐさめのことばをのせた声は、おはようの声は、ありがとうの声は、やっぱりものすごくお世話になっている。その自覚すらないままで。やっぱり生きることだ。意識しなくても。でも私はこうはいわないだろう。いろんな人がいる。ビョークのいわんとするところ。私はそこに立たない。そして何よりやはりビョークにとって声が命なのだ。ギリギリの感じ。私はどうだろ。リラックスしていてかわいくて、自由で解放されている。美しい舞台。バックは星空、そこに黄色い円錐型のスポットライト。そのすそ広がりが美しい。手ぶくろとも呼べないような布地、長く垂れ下がる。そこに虹みたいな色がまわり出す、きれい。これをつけると自分はしっくりする、そういうものだろうか。この曲の並び方少し退屈。ついたり消えたりの照明、この人を歌を生かしている。最後の絵は何だろう。気になる、そして赤。
なんとなくだけど、こういった歌を聞いたのは始めてな気がした。確かにヴォーカルらしく、頭がよくてルックスもいい。でも表現は他の人ともいえない個性が光っていた。それだけではなく声に乗ったメッセージは聞く人にいろいろなものを与えてくれた。映像のなかで彼女を語る人達はとても影響を受けているようだった。彼女自身が語った中で「目で人に触れることは素晴らしい」という言葉をいっていたが、スゴイ言葉だと思った。私はそれを聞いたときからいろいろなことをあてはめてみました。きっとこの人は歌で伝えるのはもちろんだけど、そういうことのために全てを向けられ、自分をしっかり持っているんだと思った。1時間という中でいろいろ影響を受けました。私も自分を信じ素晴らしい世界を表現できるようにがんばっていきたいと思います。
【マリア・カラス】
二重唱を越えた二重唱しゃべる声、等にどうという感じしない。10年間のブランク。何をしてた。冬に30のコンサートをこなすのは大変。約4カ月に20回。1週間に1度のコンサート。毎週コンサート。移動もそのなかに含まれる。歌う前の段階でも体力仕事。肉体労働。1974年東京。24年前。舞台に出ると声があでやか、つややか。仕事の声、人前に出たときの声。でもそんなに素晴らしい。わからない、どこが。「花の歌」その人になっている、でも入り込んでいない、とんでくる、なぜ。「つれない心」高い音出すときの緊張感。大きい声出すときの緊張感。「カヴァレリアリスティカーナ」より二重唱。こんな迫力のある二重唱があるのか。ソロのバトルみたい。どうして感動したんだろう。そう魂を捧げたからだ。今まで見たなかで、そうたくさんはいない。その一人だ。声が重なり合いからみ合い支え合い共にすすんでいく。音の動きが楽しい。
「ジャンニ・スキッキ」から“私のおとうさん”。「愛の妙薬」から。いったいどれだけ音下がっただろ。でもまったく同じ響き。二重唱の相手、ジュゼッペ・ディステファノ。彼がいたからあの二重唱が聞けた。デュエットというところにもいず歌えば歌うほど互いを高めたっていくような。書けない、表現できない、新しい命を創り出していくような、精魂こめて。2人の間に何かが怒り、スパークするような。魂を差し出されたから感動した、と推しはかった、自分で人の魂が見えたとき、そう思わず立ち止まる、くぎづけにされる。彼らが差し出してくれた魂とは。ここまでかけてきた、費やしきた時間。そういう生き方。「そんなにまでして」と思わず心がつかまれてしまうのだろうか。そしてやわらかい人だ。歌のなかでの「いい質問ね」の語る歌い方、そのタイミング。実際はどうかわからないがとても自然。
まずオセアニアについて感じたことを書きたいと思う。また世界地図等で散り関係を確認してみたい気持ちで今いっぱいなのだが、気のせいだろうか。大方の地方でリズム的にもノリ的にもなんだか日本に通じるものがあったように思う。なぜそんな風に思ったのか。よくわからないながらも進めていこう。ミクロネシアのボナペ島の踊りでは、皆さんで輪を組んで、盆踊りみたいなようなことをしていたし、サウォス族の祭りごとでは装飾品などが見れば見るほど日本の“のぼり”のように見えてきたし、ソロモン諸島のベロナ島ではソーラン節みたいに踊っていたし。(トケラウ諸島もそう)マルケサス諸島のハカーマヌマヌは日本語みたいに聞こえてきたし(そんなはずはないのだろうが)、ツバルの別れの歌は日本民謡のような旋律を歌のなかから感じとることができた。この人達が本当に一人ひとり別れをいっているようで悲しくなってしまった。そういったあたりからだろうか。全体的に音楽的に口当たりが私としてはよかったのが、やはり西サモア/トンガ/クック諸島/ミクロネシア/ツバル/タヒチなどであった。特に、西サモアとタヒチ。リゾート地のような香りがぷんぷんしていた。西サモアの“ササ”という踊りには驚いた。手や足を素早く叩きながら多人数で一斉に動かしてゆくその様はまさに圧巻だった。ナチャナチャに楽しんでいる本人達の気分がそのまま伝わってきた。これは是非とも生で見てみたい。
タヒチの“メネ=ターラバ”には感動した。大勢男女(前列は)全て女性が2、3人のヴォーカリストのバックで一緒に座って左右に揺れながら本当に幸せそうに、幸せそうに歌っている姿に、音楽ってこういうことなんだな、集まって互いを支え合って人間は最もキラリとする時間を得ることができるんだな、といった思いがして、タヒチが日本人の有数の観光地であるのも大いにうなづけた。そう、拙いながらいろいろ考えていたのだが、前述した私にとって口当たりのよかった光景は、一応の秩序立った音楽体系(それは、そうだな、西欧的音楽から見た枠内、という意味で(をベースにしたものなのかもしれないという思いが今してきた。
オセアニアのなかでも逆に「こわい」「すごすぎる」なんて簡単に、怪しげな印象をもって発せられた言葉で片付けられてしまいがちな他の地域(実は片付けるというよりもそういった言葉しか自分のなかで、触れることが少ないものだけに表現が思い浮かばない)、たとえばイースター島のたいまつ踊り(映画のワンシーンのようだった。これが現実のものとは)やオーストリア本土のアボリジニーの歌と踊り(.回これが一番訳がわからなかった。カンガルーやツルの動きを模して踊っているのはよくわかるのだが、一体これのどこが音楽なんだ。ぜんぜんノルことさえかなわない、などと思ってしまった代物)
パブアニューギニアの中央高地諸族の祭りである“ハイランド=ショー”(これにはもはやあぜんとするしかなかった。なんだか日本的な太鼓の音、ポンポンポンポンと規則的に打たれる音、足のステップもそれとなく同じ動きで盛り上げるバックにカラフルな植物の色素で飾った男たちが列をなして練り歩き、動物などを型どったものだろうと考えられる音楽面をつけた人たちが暴れ回る壮絶なものだった)などは、西洋的な意味での音楽というよりも、もっとそれ以前の根源的で動物的な獣としての人間の叫びそのものを歌にしているし、踊りにしている。要は元来荒くれ者だった人間をそのままむき出しにした荒削りの音楽なんだという風に感じたし、実際徐々に興奮してきて暴れたくなる自分があった。カンフル剤のようだ。タヒチ、西サモアなどは、そういう意味で文化的になって角がとれて丸くなったものなのかもしれない。(かつて西洋的文化が混入した形跡などはあるのだろうか。よくわからないがあることにはあったに違いないと思われる。なにせ島国で楽園である。来てみたいと願う白人は多くいただろう。だから、アフリカの音楽は人間の「原初」を表しているもののようで今に限らず、前から集中した映像を見たい見たいと思っていたものだったので大変満足だった。
アフリカ音楽は大きく捉えてやはりといえばやはり、“ズンドコズンドコ”といったビート感に包まれた普通でない激しい音がアキされていたし、それに合わせて(しかもぴったり、一体化している)踊る人間が、私の目には奇怪に写ったし羨ましくも思った。手も足も腰も動きがみんな違うのに、全体として一つとなって動く踊り。これはいったい何だ。マラウィのトゥニブカ族の踊りなどは、動きをまねしようと立って>やってみたのだが(ちょうど一人で見ていたということもあったし)、とてもとてもできるものではなかった。「腰」が根本的に違うようなのだ。しっかりしているのだ。それは先程のオセアニアにもいえること。
まず、私などは単に腰を振るといった動作のみでも、あれだけ激しくやり続けるのは不可能である。一個の動物として、重心といったものがしっかり定まっているのだなあと思ったし、日本人はそこが大きく欠けているので肩こりや頭痛、腰痛が絶えないのかもしれないなとも思った。もうあの踊りは“トランス状態”(といっていいものかどうか)だった。終わった後で彼女はカベにもたれかかってぐったりしていたのでよほど体を使ってた精力を振り絞ったのだろう。また、クペグプンの竹馬踊りも印象に残った。2人の少女いけにえをどちらにしようか考えているのだろうか。だとしたらこれはかなりシリアスだ内容はよくわからないが、竹馬に乗った人と竹馬を合わせ、ひっくるめたある動くもの、はもはや人間ではないオーラを放っていて幻想的な動きに恐ろしくなってしまった。ラゴス大道楽士ベンジャミン=ココロの歌は、いろんな音色(ガラガラ声や叫んだ声やノリにノッた子を駆使)が聞こえてきて、これで一人か、いや人間かと思わせるくらいの大変なグルーヴを発していたように思う。チャドでの歌でもそうだったのだが(クンディングの伴奏による英雄讃歌など)、歌が本当に何の秩序もなさそうに聞こえてくる。なのに歌として成り立っている。
率直に「よく歌えるなあ」と思う。そうだエラ=フィッツジェラルドの歌のスキャット部分にも近いものがある。それだけ音、リズムが染みついているというべきか、その他に住みつく生き物としての自分が内部から思うままに吐き出しまくっている。それ自体自然の音)と同化している、歌っているその者も含めて大自然のなかの一つの事象であるというべきかとにかく自由さがこちらに伝わってきて自由な分だけ、何かにとらわれない分だけ大きかったし当然理解もしづらいもの(というよりもほぼ不可能)だったしアフリカだと思わせるで入きだった。南アフリカのズールー族のおばさんが、楽弓で子守歌を弾き語っているシーンはすごかった。なんだかもう寝そべっているようなやる気のなさそうな感じなのに(それは私の目が足りないだけなのかもしれない)、思いきりソウルフルで抵抗のたっぷりある弾力のある深い声を聞かせてくれた。ちょっとアレサ・フランクリンっぽかった。
コートジボアールアスアクロ村の仮面舞踏“グバグバ”は、赤や白のお面が日本のおかめやひょっとこのように見えておもしろかった。キスしたり子供を追いかけたり何の意味を持つのかさっぱり見当がつかなかったが。つくづくアフリカの音楽って(世界の全てがまあそうだろうけれども特に)すべてが体を動かすためのものだと実感させられた。見ているとギャラリーも含めて一人として立ちつくしている者はなかった(ちょっと言い過ぎか。)叫びが雄叫びのようで魅かれた。あんな風に叫びたい。体を使って爆発したいという思いが強く残った。体力が大変要ることが動くアフリカの人々を見ていてひしひしと伝わってくる。鍛えていかなければあのような声は出ないもの。
印象に残った楽器としては、コートジボアール、バカレ族の弓形ハープ/ガーナの“グロ”という太鼓/カメルーン(アラビアのにおいがやはりしていたの“サンザ”というフィンガーピアノ。ビィーンビィーンとファンク的な音が心地よく、耳に焼き付いた。/ナラネシア。二ューギニアのイアトムル族の“割れ目太鼓”/同じくニューギニアの“木製トランペット”。これがものすごい重低音で攻撃してきそうな音。動物のうなり声のよう。同じくニューギニアの“竹笛”。急ビッチな呼吸でピッピピッピやっている。それなのにひとつも肩(型)がブレない。ということはお腹からしっかりとした強い息を吐いて完全にブレスができているということ。私にはあれだけ早い呼吸で全てお腹でやれといわれても到底できない。
ニューギニア、エイボ族の“口琴”口が痛くならないかと心配に見ててなった。ビィーンと伸びるあまり私としては好まざる音。/ボツワナの“楽弓”。そうだ、グイ=クエ族のダチョウの踊りは是非やってみたくなった(誰とも結局できないだろうが)踊り。一人の男によって
たかって大人も子供も片足を上げて飛び越してゆくまったく意味のわからないけれどもダチョウの動きっぽくてかわいらしい踊り。あんなにおもしろい踊りがたくさんあるアフリカ。さすが、やはり人類の原初の国だ。
全体的に、あまりに触れたことのない音楽だったので、ずっとビックリしてしまった。歌をうたっている人の声に変わったものが多かった。(より音楽的だった)のが印象的だった。皆通していえるのは、まさに自分の体を楽器にして、楽器の音色として声を操っていることだろうか。どこの地方かは出ていなかったのでわからなかったが、ドンブラの弾き語りでジィルという歌を歌っていたおじさんの声、どこから出てくるのかわからない声だ。体全体から聞こえてくるようだとしか表現できないし、どうやったらああなるのかもわからない。そして、ウズベキスタンのムハマション=カリモフという人の弾き語りは男の声には聞こえなかった(美空ひばりのよう)し、加えてモノジョトという歌手、のマシラブ=ガザル、ホラズム地方のオルマホン=ハイトグァという人の歌、ブルジアでムラバルジャミエルという(乾杯の)歌を歌った男性、アゼルバイジャンでギュラギュラという歌を歌った男(また変わった声、楽器としての声、男だろうかそれとも)、などなど、皆さん姿勢がものすごくいい。座っていてもびんとしている。リラックスしていてそのうえ微動だにしない。最高の状態になると人は逆に動かなくなるのだろうか。さらん、他の楽器からうねっているように声もうねっていて気持ちよく揺れていて、もはや楽器になりきって自分の体を演奏しているかのように見えるほどだった。
圧倒されたのは、アゼルバイジャンでの、マヒリヤル歌謡団による民族楽器演奏。とにかく打楽器が多く、笛でさえピッピピッピと打つように吹いていて、こういったあたり(民族音楽全般にいえることだが)ミステリーだなあなどと思っていると、アコーディオンの音がだんだんバンドネオンに思えてきて何だか雰囲気がタンゴっぽくなってきた。また、先程もいったように打楽器がやたらと多いので、太鼓とともアコーディオンの音がどんどん迫ってきて爽快だった。かと思うと、クライマックスでは全ての楽器が入り乱れて、もう叩きまくっている感じが合わさってきて何ともいいがたい幻想的な世界が広がってきた。中央の人のサラ叩きは圧巻だった。もはや大道芸。
先日見たアフリカのよりもさらにビート感が強烈で、それまで持っていた中央アジアへのイメージ(といってもなきに等しかったが)が大きく変わった。激しい魂の叫びだ。皆ものすごい体力の持ち主だ。少なくとも自分よりは。それぞれの人(パート)のかけ合いが、「オレはまだやれるぜ、もっと来い。来れるか」みたいなノリが見えてきて体力勝負のような側面が、音楽とは肉体表現であるといった部分をより大き<フィーチャーしていた。話が飛ぶが、キルギスタン(やっぱり顔がモンゴル族っぽかった)の笛も、リズムを刻む用のものに聞こえた。
アルメニアの「ドゥドゥク」という楽器の演奏にも魅かれた。まず場所が怪しい。UFOの発射装置みたいだ。その中心で男がほら貝っぽい音色を奏でている。しかも全体的にオーケストラで私はもう夢のなか。グルジアのハッサンベックの歌は、ヨーデルのように(ちょっとというかかなり異なるが)、ヘイヤァウゥホォヘイヤァウゥホォ~と裏声地声をうまく切り換えながら、音が叫び続けていて更に、みんなで話をしているかのように掛け合い飛ばし合いであった。本当に皆で一つの音出し機械、どの部分も一人よがりになったりせず、一つひとつのパートがしっかりと自分の役目をこなしている。がしかし、その一部分だけをとって歌わせてみても単独で聞かせるであろう力強さがある。アジャール地方まで来ると、すっかり西欧っぽくなって、東から西への民族の変わりようはすごくおもしろかった。
グルマンチェリ重唱というプログラム、私などとても出せない取ろう強い裏声が出てきた。まるでカウンターテナーの歌い手かのような強さ。裏声も綺麗な人は大変魅了するに価するものがある。私はもちろんまず、というか、全て、地声に専念すべきであるが。先日見たアフリカオセアニアに輪をかけてスリリングな映像だった中央アジア、カフカス地方。最後に一つだけ思いついたこと。民族音楽って子供達がフィーチャーされたものもかなり多い。民族の一員として、しっかりとした音楽教育を生まれたときから施されているためと思われる。大人顔負けの演奏である。子供でこれだからそれは大人になれば円熟味が出てくるだろうな、染み込むだろうな奥底まで、という思いが強く残った。
いろいろな音楽を吸収したい。だが吸収するとは自分のものにすること。自分のものにするとは一体どういうことか。わからない。やはり楽器に習熟する必要があるのだろうか。しかし楽器が少ししかできなくともさまざまな音楽性を歌で表現できる歌い手も数多くいる。しかし私はピアノを小学校四年生のときに止めてしまったのだ。大変悔しく思う。最近になって、またはじめたが、腕前がバイエルに毛の生えた程度にまで落ち込んでしまった。とりあえずは少しずつでもピアノは続けようと思う。しかし、あま多方面に色気を出せる程私は器用ではない。悩みは尽きないですね(そんなの悩みとはいわないよ)。
【パヴァロッティ&フレンズ】
いろいろと映像を観てきた中でも無性に感動してしまった。ああひょっとして、だからなのかなと思った。ディレクターはスパイス・リーであった。鑑賞レポートをこれほどすぐ書きたいと思った作品は、これが始めてだ。この今回のコンサートは、なぜか、出演者のチームワークや愛に、とても自然体な無償を感じたのだ。戦争反対、平和の権化であるスティービ・ワンダーの存在や、既に世界の声楽古典的ファンに何をいわれようとその姿勢を貫くパヴァロッティ(正に、彼も権化と認知されているのか)が、リーダーシップを採っているからではない。また、パヴァロッティがスパイスガールズと肩を並べ、いいおじちゃんぶりを発揮し、世紀末感を覚えて頭がとち狂ったわけでもなく。コンサート全体の振興の流れのなかで、「戦争はしてはいけないんだ」と強く思わせてくれるのは、前々作とも別段変わりばえしない。演出と思われる演出なのだろうかという疑問も湧いてきた。
恐らく、微細なステージ構成や演出に帰するものがあったのだろうと思うが、今回も、アーティストの熱演ぶりによるところが結局は大きいのかなと、そんな気もする。世界には、本当に素晴らしいアーティスト、自分をしっかりと持ち表現して、その表現にまた負けない表現の世界を造り込んでくる人たちがいるのだなと感激してしまう。
バネッサ・ウィリアムスは、まだまだこれからの人だと思っていたらとんでもなかったし、セリーヌ・ディオンに至っては、この人は技術もさることながら、人間的にいろいろな経験を踏んでいるんだろうなと思わせる。オペラもポップスもジャンルなんて何なんだと主張する世界がここにある。一つの表現が、出演者の人数分だけて、結果、それ以上何倍ものエネルギーとなって会場を包み込む。もちろん観客も大事な要素だ。「戦争はしてはいけないんだ。」高らかに旗をあげているわけでもないのに、こんなに強力に迫ってきたメッセージ。受け止めると共に、放り投げてくれたアーティストとスタッフに感謝したい。
5年前映画、ハイビジョン振興のイベントがあった際、招かれて長野県の上田市に新婚の夫人と共にやってきた。結婚発表はその上田市から世界に報じられたという記念すべきエピソードもあり、イベントのスタッフ達の間でも話題だった。私は、そのイベントの総合司会をしており、スパイク・リーにもインタビューをすることができた。彼の印象は、やはりインテリで、思慮深い人、そして芸術家風な気分の難しさも持ち合わせているかなと本当に短い時間のなかでも感じたものだが、私の一生で忘れられない体験をしたと思うことが一つある。
映画映像制作に携わっている人、また、これからそうなるであろう学生たちと、地元の人を対象にしたレクチャーの質疑応答で、黒人問題について触れたとき、前後の言葉は記憶に残っていないのだが、スパイク・リー、その人は、最後に「黒人差別問題はそんな簡単なことじゃないのです。」とこういった。これだけ聞くと、世界中の黒人や、また差別を受けている人たちが何百年にも渡りいい続けたことで、ことさら取り立てようとは思わないかもしれない。しかし、そこには、湖の静壁のような気配があった。深いそのでは何と暗い、しかも抗うことのできないとたつもない闇がかまえている。その恐怖に私はおののいた。
彼は、深く深く、落胆を抱えた大きな悲しみを持ってその言葉を発したのである。もちろん質問者に対する侮蔑でも説得でもない。聴衆に、言葉は甘くもはっきりと、しかし、心は呻いているいるのがありありと伝わってきた。どうすることもできない現実とかな霜のやるせなさが私を襲い、足ががたがた震えた。これを書きながら思い出すと肩が震えてくる。私は、それまで、社会問題に対して無関心であったわけではない。
むしろドキュメンタリーカメラマンになろうと勉強した時代もあったから、多くの資料や映像は見てきた。が、生のこの人から受け取ったものは、差別問題の奥深さの何たるか概念を否応なく私の内側からのどもとへ押し上げてしまった。このときのあのもらってしまった悲しみは、どこにやったらよいのだろう。いまだに抱えたままということになるのか。聴衆にも同じように伝わっているか、どうだろうか。
私と彼との距離が、ステージ場で近かったからだけと思えない。皆、力強く、勇気を持って受け止めてくれたと信じたい。人間の心はストレートに人間の心を直撃する。そして、私は現実の厳しさと、ことの偉大さを教えられた。彼がトラウマのように抱えているもの、第一印象でさえ、何かに苦悩していると見えるものは、それなのか。黒人のなかでは、上流で裕福なあなたでさえ。
一昨年、サンフランシスコに行った。私はむしろ人に親切にされた。アジア人の方がよほど怠慢で不作法だ。“何もない。差別はここでは緩和されてきている。ニューヨークでも、そしてハーレムでもないからかもしれないけど”と思いつついると、現地に住む友人は、「いや、見えないけど(みんな)差別しないフリをしていることもあるんだよ。」という。
パヴァロッティ&フレンズ~イベリアの子供たちへ〜は、特別の感慨を覚えてしまう。でもスパイク・リーの作品であることは見終わってからロールで知らされてよかった。それぞれのアーティストの愛は明らかなものであって欲しいそんな願いを込めて。
【山下洋輔】
「どうしてあの音をテンションと呼ぶのだろう」離しかった。何がだろう。説明の数字、長い言葉で聞いてて頭のなかがゴチャゴチャになって肩までついでに凝ってしまった。弱い。でもつまらなかたかというと決してそうではない。音の楽しみ方っていろいろあるとおもうけれど、結局限りなく音の巾を広げてゆく手順だったと思う。そこに規則性があることが意外だった。聞いてはいたが、そうなのか。出してはいけない音がどうしてもある。やってはいけないことがある。ルールがある。そのなかでどれ位その人の持ち味で楽しめるか。スタジオで実験的にやってみる3人の人。自分の耳にはあまり変化して聞こえないフレーズを繰り返す人、その時間のなかでいろいろやってみている人(実験)、いい悪いとかうまい下手でなくみていてさえ後者の人の方がおもしろい。
あの延長線上に「この気に入ったフレーズ」というのがあるのだろう。でも、今日展開してみせてくれたテンションの音の入ったスケール。意外とよく聞いている気がする。やっぱり頭で考えるよりまさに気持ちのいい音を捜していくプロセスで出てくる。でもやっぱり規則がある、というのは不思議だ。でも、もしかしてその規則すら生理だったりするのか、わからない。「寝る前にやれ」絶対眠くてできない。1.テンションの入ったK-DOWO何度も聞いてみる。2.G7の入ったスケールを繰り返し弾く。慣れること体に入れることだろうか。「Jubilatic楽譜をみながら演奏を聞くのはおもしろい。“私はこうだ”どうだという迫力。
【TAKE6】
「人間の声ってこんなにすごいのか。ブラボー。」しかしすごいこういう感動があるのか1人の声だ。楽器なんてもんじゃない。そんな造りものの音じゃない。神様がくれた、人間に授けてくれた声。いやあ、どうしよう、うろうろする、どうしていいかわからない。一声聞いただけで幸せになる。彼らの声を聞いて幸せにならない人いるのだろうか。と思わず思ってしまう何か。仲間同志でインタビューする形。「テイク6に入って印象的なことは」笑っているだけ。何だかおかしくて答えられない、という感じ。練習している。楽器になってみる、と。「5回やってみな。0回では」一声で力が湧いてくる、躍動感がある。なぜ楽器よりすごいと感じるのだろう。ベースなんてもんじゃない。もっと深くて厚みもあて広がりがあって。細胞が踊り出さな人いるだろうか。ただすごい。普段の声も響いている。
メンバーチェンジ何度も繰り返し7年前に今のメンバーに落ち着く。ときどき集まっては練習した。楽しみながら何かを得ようとした。人前でもやってみた。失敗もしたけど成功もより多くした。だからプロになれると確信した。ここが“だから”の接続詞でつながるところがすごい。ショウで独自のハーモニーを確立していった。C.S.N.Y.とも違う。ビートルズとも違う。イーグルスとも違う。この人たち6人のハーモニー。「運動は大切」どういう意味だろう。しかし全てを包み込み支えるベースの人の声だなあ。6人の声が出会ったとき6人じゃなくなる。世界になる。しかしすごいバランス感覚。「全てからだから出てくる音だ。信じろ。全ては体のなかにある。信じろ」全てこの体一つ。一つで全て。しかし6人の厚みになったとき波の広がり方じゃない、世界中が彼らの声になったみたい。
冗談、無駄口。リラックスへの道。ゴミュニケーション、それなりの知恵が必要だろう。明るさを導き出す知恵が。複数の人間がうまくやっていくためには。彼らには意志のある“笑い”がある。どこかに意志がある。「困難というものは見掛けほど大変でない」「夢を信じて祈る、そういう生き方」「音楽の伝道師になりたい」全員がクリスチャン。乱れた生活を送れば自分に跳ね返ってくる(痛い。その通り)テイク6よりライフスタイル、そしてこのライフスタイルは親がその生き方でお手本として見せてくれたもの。会話を通して神を見せるべきだ。そいうバックボーン。やっぱり伝道しかもしれない、こういう生き様は。しかしじゃあ自分が聞いて幸せになれたのはそこに神を感じたから。いや特に神は感じなかった。根元的な生きる喜び生きること讃歌の様な感じ。でもそれはやはり神の意志だろう。宇宙の意志。彼らはそう思い歌う。では自分はクリスチャンでも仏教とでもない。カギカッコのつかないものがいい。付いている人を悪いといっているのではない。ゴチャゴチャしている、いっしょくた、正にこの瞬間まで自分を形づくってくれたもの全部、その方が性に合う。内だそうと思わなくても全ての歌がそうであるように全て見えてしまうだろう。それと別のやはり確認していく作業が必要だろう。
なぜそう思うか。今知りたいんだ、自分を。
ツアーとはの問いに家に返っても気を抜いてはいけない、コミュニケーションなのだから、絶えず証言者であるべき、と答える。やっぱり基本は伝道師だ、表現手段がたまたま歌。6人全てがさまざまな人から影響を受けている。Jサンブル、アンドレ・ワッツ、S.ミル、エモーションズ、ジールペーリー、ディック・トレ、K.D.ラング(不思議な声だ、まるでシュートをかけた様などこか少し抑制されたような、そして中性的な声)。国歌。他の歌とまったく違う、祈るように歌う、彼らのなかに自国に対してのどこか畏れを感じる。
一人ひとりのなかに生まれた国を引き受けている顔。生まれた国日本、育ててくれた国日本、次へとつながっていく。そうか、私は日本人で次へとつないでいかなくてはいけないのか。何を。難しいことじゃない。項目としては、ただそれを実行するのは簡単ではない。でもたとえば「大学芋」を「ちらし寿司」を「太巻き」を「だし巻き卵」を「おにぎり」をつたえていくことだろう質的に。「死なせてなるものか」。ここまで遺しておいてくれたもの。“神の教えに沿った楽しいことしかしない”。こういう哲学があるか。そう、見ているだけで楽しい。とても大事なこと。結局まわりの人をも作意でなく楽しくしていく。締めは「救世主キリストに感謝を込めて」だ。でもクリスチャンじゃなくても仏教徒でなくても、既成の宗教に属していなくてもそういう大きな力に感謝して仕事を閉じる人はたくさんいるような気がする。はっきり意識化している人もいる気がする。
【パブロ・カザルス】
「崇高な精神」楽器を演奏することの魅力の一つは、年齢に関係なくたずさわっていられることだと思う。年を重ねればその音にも深みが増してゆく。カザルスのチェロの音も、カタロニアでの戦争経験によって平和を愛する気持ちが表れるようになった。音に深みを与えて人の心に触れるものを創り出すには、それに価する出来事を自分で経験しなければならないのだなと感じた。
ここで学んだ大きなものの一つは、技術はあくまで表現を支える手段だということだ。どんな高度な技術も、心が込められていなければまったく意味がない。私は少し前まで、音楽を志すのなら、それ意外に費やす時間は無駄なんじゃないかと考えていた。しかしそれでは何も生み出すことはできないと最近気づいた。一見何の関係もない経験が、思いがけない場面で生かされるかも知れない。それならば、精一杯いろいろな経験をして貪欲にたくさんのものを吸収してゆこうと思う。
アメリカ中で黒人差別問題が表面化し、各地で暴動、暗殺、争いごとが頻繁に起こっていた時代に生きていたルイ・アームストロング。どうしていつもあの「ニカッ」という独特の笑顔でいることがで(きたのだろう。彼のことを思い浮かべると、あのダミ声とトランペットとそして笑顔が出てくる。
私のなかでは彼をあの人種差別問題の時代とが結びついていなかった(要するに、彼の音楽について何も理解していなかったと同じこと)。今回始めて知った。黒人というだけで差別される苦しみ悲しみは彼も例外ではなかっただろ。自らのなかに言葉には出さない“信念”があり、それが彼を支えていたのか。
苦しみと悲しみのなかですら、人生の喜びの歌を歌った。何が彼をしてあの笑顔でいさせたのか。強く激しく、それでいて静かなもの彼の内側で燃えていたもの(こういうものを真の「宗教」と呼ぶのだろう)。彼は何を信じていたのだろ。あの笑顔の源は何なのだろう。何か使命感を感じでいたのだろうか。
【ミルバ、村上進、ミーナ】
「自然であること」ミルバの歌を聞いていて思うのが、まったく歌っぽくないことである。その歌っぽい、というのがそもそも今まで自分が抱いていた単なる思い込みであるのはわかっているつもりだが、ミルバを聞くと改めてハッと思い知らされる。まるで語っているようなのだ、語りが歌になっているからよいのではなく、その方が確かに届くはず。メロディに流されているのではないからだ。言葉とメロディの関係は本当に微妙なのだと思う。日本のフォークソングがどうしてこういう形になったかをわかる気もする。詞に忠誠を誓えば誓うほど、日本語は音楽から離れてしまいたくなるのではないか。
それを音楽であり日本語にしているのが村上進さんのやろうとしていることなのか。彼の言葉一つひとつがよく伝わってくるのはもちろん、決して大した歌詞ではないのになぜか何度も聞きたくなるメロディ、ひいては音楽の力だと思う。(そのためにどうしたらよいか、それが聞いても聞いてもわからないが。)
こういう曲調、歌い方はあまり好きにはなれないのに、何度も聞きたくなってくる力はどこから来ているのだろか。村上進を聞くとき、いつも考える。今日の村上進はCDで聞いたより「古くさく」なかった。アレンジのせいだろうか。ただ、村上進自体は今日のライブもCDも変わっていない気がする。もっとよく考えなければならないことかもしれないが、今は気づいただけ。
ミーナ「自然だな」という印象が強い。メロディを崩しているが、「崩しているんだ」なんて思わせない。それだけ自由で自然に歌っている。気の向くまま声を出している感じがする。これをうらやましいと思うからこそトレーニングしたいわけで、その意味では自分にとっては他の登場した人よりもミーナの歌い方はわかりやすいのかもしれない。これも何度も見返したが、残念ながら、「こうやって歌いたいな」ばかりが勝って、そのために何が必要かまで突き詰めて考えられなかった。まあ、リズム感とか音感とか、そういうことは前提として、それだけでなくさらに必要なものというとわからない。きっと、まず前提を作ってかなのかと思う。※ちなみに、ヴィジュアルというのがあるが、毎回悩む。ヴィジュアルのセンスとか、そういうもの以前に、視的なものに対してとても鈍感なのだなァと思う。
【沢田教一】
“写真から、人にのめり込んでゆく沢田を強く感じられる”“何でもすごく大事にする人”そこで起きていること、人、に“強い”関心があった。(この“強い”は、半端じゃない強さだろう)“人”として扱ってほしかった、だから外へ出ねばならなかった、ベトナムへ行くことは“日本人”というワクを超えるよいチャンスだったという。自分のこと信じている。この人を見ていると、自分の身に起きるすべてのことは自分のために、力にできることって思える。死体に敬意を払って写真に撮る。毎日、毎日、死体を写し続け、そのような中でも素晴らしい写真を撮り続けた。苦しいほど、なんてすてきな写真。それに、こんなに引きつけられてしまうのは何で。ずっと見つめてしまうのはどうして。自ら、戦いの最前線に乗り込んでつかみ取った瞬間、愛する人を残して一人、見知らぬ地、それも戦場へいつも、“これが最後かもしれない”と強く感じたんじゃないか。だからあんな写真がとれた。瞬間を捕えることができた。生きている、写真って今にも動き出しそうにものすごいリアリティイヤ、本これが現実だったんだ。これが、現実だったなんてそれから何十年も経って、今こうやって観ている。
その時代に生まれていたら、私だって、人を殺していたかもしれない。何で生まれたのかなって、思って考えたってわからないんだけど、沢田さん見ていると、自分の幸せ追うことじゃなく、一人ひとりが(命一つひとつが)使命を果たそうとすること、そういうのがあるような気がしてならない。いろんな命がいっぱいあるから、どんどん世の中変化していって、そのとき、そのときに何か欠けているだけどとても大切なものをエッセンスみたいにキラッと示してくれるのが芸術家たち、と思う。その“キラッ”はよほど感性が研ぎ澄まされていなければ生み出せないだろう。いろんな言葉や映像、音などに触れるようになって昔よりも気持ちがふっくらするようになったのをときどき感じるが、“キラ”を生めないのは、まだまだ修行が足りないってことなんだ。
【辻ヶ花染】
何を見るか考えさせられたのは「何を見るか」その一言に尽きる。この人にとっては生きてきた中で「辻ヶ花染」に出会い、ロシアでの強制労働で朝日(に加え、死んでいく人の魂も含んでいたはず)を見、さらに「伝統」でなく今を見続けている。それらは見ようとしたのではなく圧倒的な力で「見せられてしまったものだ。この「見ようとしたのではなく「見せられた」ということはとても大切なことだろうと思う。決して受け身という意味ではない。彼は常に求めていたから出逢っただけのこと。そして求めていたからこそ見逃さなかったということしかし結局「見た」のではなく「見せられた」というところに深いものを感じる。どれだけ「見た」つもりになっていることが多いか、考えさせられる。
きっとまだギリギリのところでは求めていないのだろう。見せられることがないからだ。彼の作品で太陽が大きく輝いているものがある。見た途端、涙が出てきた。でもこんなレベルじゃ「見た」だけ。もしかしたら作品にではなく、作品の裏にあるストーリーに泣けただけかもしれないし。それって、偉人伝に感激しているのと同じくらいどうしようもないこと。上辺だけ見ただけのこと。ものの持っているPowerってそんな程度のものじゃないはず。感覚の鋭さを痛感する。