一流になるための真のヴォイストレーニング

福島英とブレスヴォイストレーニング研究所のレッスンアンソロジー

合宿特集2 26063字 1069

合宿特集2

 

 

 

ゲネプロ

 

〇A班

トレーナーA:皆で歌うから決めたというところは、イメージ的に流れてしまっています。

 

トレーナーB:聞かせどころがないまま終わっている感じです。「谷間に三つの鐘がなる」を途中で一つのパートだけを皆でハミングだけしてみて、そこで一つ区切りをつくって次に進むというようなことをやってもよいと思います。他の班に比べると「エビータ」のテーマが薄いのですが、それはそれで意図しているものですからよいと思います。だったらもっと、くどくやってもよいという気がします。最後、これから始まるのかなというところで終わってしまう感じがします。

 

福島:それぞれの個性やよさが死んでしまっている気がします。それなりに勝負どころをもっているはずなのに全体に薄められてしまっている。それから構成、ブロックが見えない。このときにこれで始まったなというのが見えない。全部が細切れになっている。

それこそ今日の朝にやるべき材料出しが並んでいて、どう組み換えたり並べたりしたいのかがわからない。切れ切れのまま15個くらい出てきている。これは皆さんの責任であってどこかでしっかりと区切りを入れなければいけない。

 

唐突に区切りなくやったところ、誰かが「初めて」とやったところと「驚いちゃ」「青空一人きり」ではじめたところがあったが、少なくとも前と何かの区別がしなければわからないし、そのけじめが出ていない。

11分しかかかっていないので、他のものを入れて20分で仕上げてよい。だからといって間を1分くらい開けられるかというと、そこまでの密度を出してないから間をあけるのも厳しい。

 

他の班はナレーションを入れたりしているが、それも変にやらなくてもよい。かなり省くことができるはずです。

最初の「鐘が鳴る」はノリが悪い。進行役をとっていますが、あなたの表情や身体の動き自体が色を決めてしまうところがあります。この辺は、先に入ってしまうとかして、続けてやっていく責任の重さを一人で引き受けられなければ分けることです。3人コーラスでやっているところは比較的成リ立っている。そこがとりあえず土台にのるところという感じはします。それと、英語を0Kにすると、皆が全部英語でやるから、そこはフエアに、ということでお願いします。

 

区切りが必要です。構成も考えたのでしょうが、グループのなかでの同意があっても、そのイメージがこちらに伝わらない。こう並んでいるとわかるような気がしますが、それぞれの方向がたぶんバラバラだと思う。我々にとってみたら並列に感じるので、ものすごく見えにくい。どうすればよいのかというのはたくさんやり方があります。後述します。

 

「エビータ」のテーマとは関係のないところで、フレーズ練習をまわしているだけで最後まで終わってしまったということになりかねない。構成に加え、気持ちや感情移入の皆さんの一致点が出ていない気がします。できそうな感じはしますが。

少なくともこの3つのブロックの間は何らかの形で仕切らなければいけないですね。そのために逆にいうと1つのブロックのなかでは、何かの連続性をもたせないと厳しいと思います。相互のなかでバラバラな感じがします。

 

コーラスでも、1から2につなげる間に何かをおくとか、始めの方に重ねるとか、1が語りで2のところも語りから始めるとか、それが客の方にとって一つの線のなかにないと、端的に出されてきても難しい。

「谷間に3つの~」を2部に入れるべきだと思います。それを1、2、3部の各頭にもつてくるというのは単純な構成のやり方の一つです。よいのか悪いのかわかりませんが、ブロックはわかるようになります。その辺を自分たちのなかで詰めてください。

 

「谷間に3つの~」でもっていくよりは「エビータ」でもっていきたいものですが、何かでくくらないと、逆に「エビータ」がとってつけになってしまっています。一人でもたないところは減らして、2、3コーラスに入れた方が動きが出てくるかもしれません。木村君も一人でがんばっている割に生かされていない。バラバラを強めてもってきているようになっている。6人の気持ちが—っにならなければいけない。それで歌い上げなければいけない。それが曲でも方向でも一つのところに集約していかない。気持ちには方向があるはずなので、表情をつけて欲しいということです。

 

 

 

〇C班

 

トレーナーA:アイデアを出して、前に出すようにといっていたことをがんばってきたのはわかりました。「愛の讃歌」で最初に歌って、次に2人で入るところが唐突にガーっとなるようです。大勢で声を出すときは比較的元気に出ていますが、そういうつながりができていない。聞いている人はびっくりしてしまいます。自分たちのなかではできあがっていても、そういうところが出せていない。それは気をつけて届ける感覚をもつことです。

「飛躍に向かって」でも「オー」とか「イエー」とかいうのはよいのですが、絶対にそういう気分になり切っていなければ、いってはいけないし、失敗します。

この間の合宿に出た方はわかると思いますが、身内のノリは、そのなかにいる人は楽しいのですが、客には蘭係のないように見え、しらけます。それをやるなら、前へ出していき、モタモタせずに繰り出す速度がないと、飲み会で騒いでいるようにしか日恵こえなくなります。今のでは厳しいと思います。

「アルゼンティーナ」でも切り換えが急で唐突な感じです。フレーズは一人ひとりがしっかり出すように。もたっとしている感じがあります。自分の歌っている番でないときに緩んでいると、それが出てしまうので、他人の分のところまでなりきって、全体の構成を把握してください。

 

トレーナーB:「飛躍~」のところの歯切れの悪さ、こういう歌が好きではないのかなという気がする。楽しんでいない。「イエー」というのが無理矢理強制したようになっているが、しぜんに出せてもよいはず。照れがあるのかわかりませんが乗り切れていない。途中の合いの手の声も間が悪いです。余計ぐちゃぐちゃに見えてしまうのならやらない方がよい。やるのならもっと思いきりやらなければいけない。

「星降る今宵」と「夢で会いましょう」のつなぎはよかったと思います。このなかではしぜんにできていた。

1曲1曲がただ並んでいるだけで山も谷もない、テーマが見えない。「エビータ」がたまたま3曲あるというだけです。「アルゼンティーナ」を冒頭と中盤と最後にもってきたら、構成としては簡単になってくると思います。そればかりが方法ではありませんが、部分的にはよいと思いますが、テーマが見えないです。

 

 

福島:立ち位置の問題で男女で別れてやるのなら、左右というより男性が後ろで女性が前とか、班でもう一度考えてください。始まりの出てくるところは唐突な感じがします。これは何幕ものですか。3つ。つなぎはわからなくないのですが、曲で間を開けるということでわからせるのですか。

ピアノも前の人が終わった人の音のなかでとれるのであれば、あまり使いたくはないです。そこで一瞬観客としては現実に戻るので、自分達で処理できるのであればそうしてください。それから曲の閉め方ですが、曲で閉めるやり方もあるし、人で閉めるやり方もある。こちらとしてはわかりやすい方がよい。歌う場所を変えるだけでも随分と違ってきます。組み立てをもう少し考えてみればよいのではないでしょうか。

 

 

〇B班

トレーナーA:まだ練習して間の空いてしまうところ、わざと空けているのか忘れて空いしまっているのか、わからないようなところはもう少し詰めた方がよい。構成が最初に終盤から入ると、どういう話なのかがよくわからない気もします。ところどころよいフレーズもあるのにバラバラになってしまっている部分が大きいです。そうでないところのフレーズは全部同じトーンで、死にそうなのか緊迫した場面なのか、うれしいのかがよくわからない。

「星空」のところだけはうれしそうなのは出ていました。1日目に今回の課題の意味は時間をかけて説明しました。自分でイメージしたり詰められるかというのをやるしかないと思います。急にといっても、できるものではないと思いますが、アイデアでいってしまうよりは自分の担当したフレーズや他の人のフレーズも、同じことを伝えるような状態になっているのかというのがあります。

 

声を出しているとき、いっていることややっていることと同時に自分の表情も自然と変わっているのは、最後に少し見られました。あとはまだ引っ込んでいる感じがします。それはできないのではなくてイメージ希しなさいということに対して、どうしてよいのかわからなかったり、別のことになったりしていると思うので、そういうものを徹底して詰めればよいのではと思います。よいフレーズもありました。それがただ、ばらついているだけなので、どうしてよいのかわかりませんが、もう少し楽しそうにやったらよいと思います。無表情というわけではありませんが、しぜんでないのが出てしまうので、その辺のばらつきを一つにすればよいと思います。ちょっと変えようと思ったら変わるのですから、徹底して詰めて欲しいです。

 

トレーナーB:最初に「エビータ」をダイジェス卜版でやったと思いますが、その割には最後の「泣かないで~」が淡白な感じがしました。初めはあれだけくどくやっていたのに、終わりがあれだけ淡白だと、全体の意図がわからない。野村さんはよい声をしていますが、今回のこのステージに関しては、いるのかいないのかわからずもったいないので「赤ちょうちん」をもっと長くするなりすればよいと思いました。B班の特色だと思いますが、

2人で歌っているような感じで、もう少し野村さんの出番もあってよいような気がします。

「川の流れの~」はよいとして、エンディングのたたみかけがないので、尻つぼみで終わった感じを受けました。

 

福島:A、Cを見たあとなので、Bに関してはD、Eと同じ位置づけで、ある程度放っておいてつくってもらおうと思っています。初めての人は少ないので、考え方や表情はできていてあたりまえです。

まず、紙ばかり見ていて大丈夫かなという感じです。覚えられないのなら、歌詞を簡略にして、頭にかかげたものでやっていくしかないはずです。そうでなければ本番のときにガタガタに崩れますよ。特にこれだけの人数では、メインの2人がつっかかったことが全部、影響してしまう。だからといっても、それを前提にして考えていくしかありません。

 

最初が出る辺から動き出すのでしょうが、それは大きく使ってください。前の人のとなりから出てきたのではもったいない。大回りしても、前にもっと出てもよい。そのスタンスでステージが決まってきます。だから、まだ、とても狭いところでやっています。

それからこれは感覚的なことですが、後ろから出てきたら、左右の人がぼーっとして開かないのでは当然、班の気持ちが一つにできていないということですから、舞台としてそういうことはわかっていなければいけない。皆さん、体も心も感覚も固いわけです。

今、シミュレーションをやったのだから、しつかりと動けてなければいけない。できていたのは、彼だけです。彼の振りをつけててもよいので、皆さんで一つの感覚を共有しなければ、どんなにどこかが柔らかくなっていてもあとの残りは固くなりすぎです。お客さんには柔らかい人が異常に見えてしまいます。それはおかしい。

 

それと顔を見てもよいのです。コーラスで合わせようと思ったら、一応、相手方を見るでしょう。それを悪いことのようにチラチラと見ずにしましょう。堂々と向かい合っていたってよい。そのときは客よりも大切なものがそこにあるわけです。そういう自由さがない。

それから配置。音でみせることがわかりにくい構成も、それに対して空間をうまく使えばよいと思います。中盤で三角形の場面がありますね。そういうときは、くずしてはダメで、しっかりと正三角形を作って、位置関係を堂々ととればよいと思います。

「モンデュウ」から始まったあと、大きく使って欲しい。それから、「虹のバラード」の“オリンピックの詞”は、よけておいた方がよいでしょう。違うことばに変えてください。次に2人で歌うところがありますが、もう少し呼吸がなんとかならないかと思います。

「見上げてごらん」のところで一回、決めが入って「飛躍」へきたわけですね。では、どこが頂点かというと次の後ろの歌詞にすべて、たよっているわけです。その頂点で完全にもっていけたら、次におとしていくわけでしょう。

「青空ひとりきり」などは、斬新なアイデアインパクトで私はよいと思うのです。色としても、ぴったり当てはまる。ただ、進行として見ると、前半に「虹のバラード」でたっぷりやっていたものに対して、後半は「心はるかに」の後半の篠宮さんが歌うところだけでつくりながらおとしていくのだから、厳しいと思います。

そのあとは、「川の流れ」や「エビータ」は追悼のようなものですから、ポイン卜は2部で、たっぷりさせることでしょう。はじめて時間というものを大きく使っているのだから、時間の流れを止めてみたり、いろんな世界をそこで出していくのかなと思わせる。そこをもう少し練って出して欲しい。3時間前に見たときは、音程のところでかなり、ひっかかっていたので、よくはなっていると思います。

 

 

 

ゲネプロ

〇D班

トレーナーB:それなりに計算されてきたと思います。気になったのは、あごが出て、姿勢が悪くなっている。あとは個人で詰めていってもらえばよいと思います。

 

トレーナーA:「エビータ」という激しいことをやる舞台と考えたら、おとしすぎている。歌のなかでは、フレーズは飛んできていますが、特に女性にあまり変化がない。そういう演出であればよいのですが、どこの場面でもそうだとしたら、それはしぜんとはいえない。ニコニコした表情をとってつける必要はないと思いますが、

声で動いていることがもう少ししぜんに外に出ないと舞台として固まりにくいです。男性が元気に歌うところがあると余計そういう感じがします。1フレーズごとのフレーズが完結していて、つながりがないとはいえませんが、もっと出せると思うし少しぶつ切れぎみです。歌が変わるごとにつながりが見えなかったこと、整然としすぎている気がするので、もう少し動きを出すこと。朝より考えられているのがわかります。

 

福島:私もトレーナーに感想を聞くのは、結局、それぞれ許せる、許せない部分がどの程度出てくるかを知るためです。クールに出していたものを仮にホットに出してみたとしたって、それがうまくいくかどうかはわからない。そうすると、もっとクールにした方がよいのかもしれない。それは、皆さんの想いがどこにあるかということになります。

それから前回やっている人は、今回は動かずに音の世界に専念しようという形になったようですが、音をここで見るときに、手助けとなるのに位置関係というのはあります。物語の構成をわかりやすくなるためです。

たとえば、大きく動いたとしたら、それで一幕かわったわけです。それから全員が座ったとしたら、そこで何かが終ったわけです。そういう部分は利用した方がよいと思います。

「飛躍」のところでは、女性の間を割って入った方が空間的にはよいです。最初の位置も広がり、次も広がり、ついてしまうと、この場合バランスが悪くなるから、まんなかに何かの形で舞台を広げるか、前に出た方がよいと思う。「泣かないで」で入る。「恋人たち」も女性2人ですが、「お祭りマンボ」と一緒になってしまうとクールな形になってしまう。かなりの低いキィでやっているので、よけてしまって、語りに徹するのも一つの方法です。よけることで二人の位置が女性2人に対して均等にとれます。

問題は次、もってはいるのですが、また5曲かという感じはします。この間に何かを入れればよいと思います。何もなければ、段を変えるとか、代わる代わる歌うとか、何らかの形は欲しい。あまりに見えすぎてしまう。

「サンタマリア」もせっかく全員で歌うのだから、もう少し展開をしないともったいない。

最後の「アルゼンティーナ」を女性2人で決めるのであれば、それは前に出るなり、動きが欲しい。だから全体に広く使ってください。

狭く使うのもよいのですが、ずっと狭いままでは、舞台を理解するためにこちらの方も疲れます。目を開けて聞くのだからよりよく見せることができれば、それはそれでよいと思います。あとはどういう線で通すかが気になります。「エビータ」がもう一度欲しい。Fでは、まだもっているのですが、Dになったときに、ここでも「エビータ」を通すのは厳しい。やろうとしていることはわかるし、最低限の材料で単純に組み立てて、それなりにもたせていますから。Fの「くちづけを」では、そこで終るのならもう少し引っ張って、長く保って終る形でも構わない。ぶつ切れになってしまうのは一番ダメ。

皆さん、ギリギリもっているのですが、それぞれの寸法が同じになってしまうと何かつまらない。最後に誰かが伸ばせば、それだけで、ちょっと違ってくるし、そういう変化はこの10曲で、もう少しつけられるはずです。個人のことはよいので、つなぎのことを皆さんで相談してみてください。

 

 

〇E班

トレーナーB:気になるのは「アコーディオン弾き」のところで後ろの人はナレーションをつける場合はもっと、広がった方がよいと思います。前の三人がまんなかにきて、後ろの語る人は、思いきり広がった方が見栄えはいいと思います。「飛躍に~」が手拍子するなら全員でして、それ自体がもっと元気さが出てくればプラスになると思います。3人がしていて2人がしていない状態が中途半端に見えました。

最後の「Dort cry for me~」も、もう少し広がった方が映えるような気がしました。

音を間違えたというより、体に入っていない。コードの感覚に慣れていないのかもしれません。

 

トレーナーA:部分的に気になったのは2点。「お祭りマンボ」はまとめ方がよく、考えたのはわかりますが、原曲のよさとは違うところにいってしまって、もうちょっとできるのにおしいかなと思います。

それから「アコーディオン弾き」もストーリーになっている分、印象が強すぎてしまい、最初のテーマがふっ飛んでしまう。それはバランスの問題でどうにかすべきと思います。

動きや表情は比較的しぜんで、できる方がそろっていて、そういうことはよいと思いました。もっていき方やつなげ方が他の班に比べて、しっかり見えたのが、すごいと思いました。でも、ちょっとした段取りをすっと入ってしまうことでいまいち客は入り込めない。ステージ全体が動いてくるようにもう少し出せるのではないかと思います。

最後ももっと盛り上げたり、前に出したりするのを工夫というところで、もう一歩止まってしまっています。

 

福島:kさんを外してみてどうなるかは、まったく違ってくると思います。ひっかかるのは、入り方の部分です。fくんの調子がよくないですね。最初の「お祭りマンボ」はとても肝心です。キャスティングを変えるか、別の出だしから入った方がよいかもしれない。一番の途中から入って、もう一度頭からやるとか考えた方がよいです。

あとは出入りの問題。これも位置関係にもつながりますが、2、3人ぶつかりそうになってました。基本的に出てくる人が優先。引つ込む人を待っていて、それから次の人が出てくるのでは、どうしても終った人の方に目がいってしまうので、先に出てきてください。それは自分たちでルールを決めればよい。

それから「アコーディオン弾き」が長いというのは、あたりまえの話ですが、一つはマリーの設定です。ペロンにもマガルティにもするわけにはいきませんが、やはり、まったく端っこの話でここまで時間をとってしまうとあとにひいてしまうので苦しいです。

歌詞はあくまでイメージですが、歌詞をしっかりと伝える力があるがためにそれがあとで、つながりを読まれかねないところがあります。D班は動きがなかったので、広げました。皆さんも動けとはいいませんが、観客の理解を取り入れる動き方はした方がよいです。ただ、皆さんが混乱したら意味がないので、一緒に詰めていってください。

 

「青空ひとりきり」の辺ですが、どこの班も、あれだけ選曲数があるのにパターンが似ています。豊かな表情に比ベて、クールに見えてしまう。性格は一日では直りませんし、表情もいきなり変えてみても無理があります。前に出して、両端になった方がよいでしょう。

あと「エビータ」が3曲つづきますね。それはそれでもっていけるのですが、いろいろなやり方があります。たとえばもうー该、下を使うとか。そういうことでカバーでなく、客の視線をそらす。動きで裏切ることで、次の曲が同じ音であっても新鮮に聞こえる。もっといえば、アカペラだから距離で違ってくるのです。遠くにいくのは、とてもリスクが大きいのですが、近づいてくるのはやりにくいかもしれませんが、客はそれだけインパクトがあり、新鮮になるわけだから、そういうことも考えてまとめてください。

全体はまとまっていますが、決まるところで決まっていないというのがあるし、他のメンバーに比べたら、シャンソンカンツォーネ処理は慣れていないでしょうから、なんとかおってつけて、難しいようであればフレーズをちぢめるなりして、調整してください。

いくつかのポイントがあって「アコーディオン弾き」は、とても強いポイントになってくるので、それにみあうだけの「飛躍に向かって」や「サンタ・エビータ」がとれていない気がします。ああいう止め方は、とても衝撃的なのでそれだけで終ってしまう可能性があります。後半をくどくならないような、でも重みのある見せ方をしてください。「アコーディオン弾き」を薄くしろとはいいません。その2つを考えてみてください。

 

 

 

 

 

ゲネプロコメント(2日目夜)

 

 

〇B班

 

福島:今日はもう1時間しかないので、班でまとめればよいのですが、結局、皆さんは舞台で何をいいたいのでしょうか。こんなことはA、Cにはいいませんが、B、D、Eにはいいます。

何がやりたいのでしょうか。が共通のコンセプトですか。

これは、「人間なんて」というのがコンセプトですか。

それぞれに力はあるのに、全体になると3割くらいの力になっていて、一所懸命やっているのはわかるのですが、よいところが全部消えてしまった。長すぎる。

 

最初からいくと、歌うところもそれなりによいのですが、ただ、たとえば歌い、次に歌うのは「モンデュウ」ですね。そういうところで、何を客に理解してくれといっているのでしょう。それが見えないまま何回も同じことが繰り返されて20分間ずっと、聞かされたような感じです。

ところどころ男性陣あたりから「エビータ」ということが聞こえてはきましたが、女性陣からはまったく、聞こえてこない。「青空ひとりきり」の使い方も、こうなると観客はだめ押しで窒息してしまう。皆さんが一所懸命、繰り返せば繰り返すほど、救われない。

先に救われる部分のことはいいましたね。前半には一つあって、後半のところ、そこを大切にということをいいました。それを全部、崩してきてしまいました。皆さんの考えてきたというのは伝わりますが、テーマは何もなくなってしまった。

前半に関しては、特に固すぎます。地に足がついていません。皆さんの方が長くいるのだから、自分が主役でよいはずです。その辺がお客さんの感情移入を拒んでしまう。最初の歌はテンポを変えるか、最後をもう少し緩めた方がよい。2番目はあっているからよいのですが、3番目の「ガラスの部屋」がまた似たような歌い方になっているから、こころもちを変えてください。

前半、思っていたのは、フレーズ練習をしているみたいということ。それはAやCを見たときより感じました。お互いが自分の解釈をして、お互いのつじつまを合わせずに自分はこうやりたいといっても「エビータ」とは関係なしで出している。前の人の気持ちをくむというのがまったくないから、フレーズまわしになっている。だから、前後が切れてしまうし、単発になっている。そういうことでいうと材料出しになってしまっている。だから不条理の世界を伝える劇でしかない。

 

たとえば歌っているとき、ずっと横に立っている。そのときは、それを見たらその人に次はいくのだと思う。それにしては、長過ぎる。場の位置で変えられるのかもしれませんが、その辺の固さが伝わります。連動した感覚の動きがまったくないのです。他の人の気持ちや作ってきたものをまったくうけないで、それぞれが出しているから、観客から見たらそれぞれが「人間なんて」をやりたかったのかと感じ、結局、「救われない」まま最後までいってしまう。それが不条理でとことんやりたいのであればよい。そのかわり観客は皆さんがやればやるほど、固くなるし、ひいていってしまう。

希望も、楽しさも、喜びも、歓喜もない。そういうものもテーマとしてあるからよいのですが「エビータ」は、そうではないはずです。最初から不幸に生まれて、そのままでいってしまい、人間に裏切られて死んだという物語ですか。皆さんがそこを強調したいならよいのですが、そうではないと思います。観客はどこで皆さんと接点をとるかというのを悩みます。

 

トレーナーB:メインになっているので、気になったのはそれぞれがメロディに関していいかげんになっている。失敗したというより、明らかに間違って覚えてきちやったという気がします。メロディをつくりかえてきたというのが、悪い意味でとれます。

 

福島:トレーニングが出てしまっている。フレーズトレーニングの練習なんて見たくないのです。個人の色つやや魅力、輝きや喜びが全部消えていて、モノトーンで、っまらない。皆さんはそんな人たちではないはずです。そういうことで「エビータ」のことをやるのだから、心を外さないでください。

これだと最初から最後まで生まれたら捨てられて、騙されて、最後には死んじゃったという、いったい何を伝えたいんだと思ってしまう。それを救うのは、さっきのkさんのを見たかもしれませんが、あそこに3つ以上の感情移入があるでしょう。

 「エビータ」の場面のいくつかを、しっかりとくんでいるのです。それを相互でやるのは難しいかもしれませんが、個人のものが出ないと厳しいです。1時間のなかで考えることは、皆さんが一所懸命やることほど、観客にはつまらないということ。それをわからなきゃよくありません。

 

各班に柔らかいと思う動きの人がいます。それも全部死んじゃって、生き生きしていない。ゾンビみたいになっている。それはカのない人の場合しかたないのですが、そうではないから困るのです。感覚のところでやってください。

 

考えるからダメなのです。皆さんが生き生きと輝いて、おもしろいことをやって生命感があふれているところがみたいのです。その声や歌が聞きたいのです。一所懸命さなんて誰も見たくない。逆の立場になればわかると思います。

「人間なんて」も「青空ひとりきり」も必要ですが、それだけの一幕ものは「エビータ」の舞台では成り立たない。少なくとも、そういう意味での構成は必要です。心を一つにするのは難しいことではないと思います。

 

 

ーー

 

〇発表

15分からはじめます。各班15~20分で終ると思いますので、A、C、Bの順で1時間、そこで5分ほどの休憩を入れ、あとは40分くらいで終えます。フィナーレをして、お昼を食べて、解散ということになります。

 

合宿では、最終コメントをつけている場合とつけていない場合がありますが、できるだけ自分で考えて欲しいです。班ごとに構成していますが、班でよいものができたというケチな勝負ではない。

この班で公演するわけではなく、今日限りです。残るのは、あくまでも個人です。

昨日のゲネプロでも、どの班がということではなく、誰のフレーズ、顔、声が残るかです。

班としての作品の完成度は問うていないです。

 

こういう課題を与えられたときに自分のあらゆる総合力や感覚、感性、声の表現手段を活かしてみて、どこかで人の心に届ける経験を積む。あるいは、やれなかったら、やれなかったなりに、その距離感をつかんでいくとかしてください。それとともに他の人のいろいろなステージが見られます。そういう意味で勉強する場にして欲しいです。

 

とりあえず舞台らしくしているのも、練習のつもりでやってもらうのではいけない。二度とこのメンバーでこの作品をやることはあり得ないわけです。班のなかで合わせるというより、自分のやりたかったこと、自分の思い、自分の解釈、今までの総合力をこの型をかりて届けてください。

未消化で歌詞もぼやけてくるかもしれませんが、頭を切り替えてください。そんなことで人の印象度や作品の価値は判断されないです。そんなところの次元で勝負しないようにしてください。それで完成とするのなら、1~2ヵ月から半年必要です。

 

いろいろな人がいます。呼吸が合わなかったり、班の主意が自分の世界とうまく合わなかったりということもありますが、個人でやるところに関しては、個人の責任のなかでやっていく。これは歌でも同じですし、我々の活動は、全て、一人でやるということはあり得ないです。絶対にまわりにスタッフやお客さんが必要です。そういうことでいうと、いろいろな人の考え方、感性、技術の方法を同じテーマで比ベてみたり、自分自身の糧にしていって欲しいと思います。たくさん吸収していってください。

 

ただ、それには条件があって、まず、自分が出してみることです。思いきり楽しんで、精一杯のものを出してみて、初めていろいろなものが吸収できる。それを最初から最後まで座ってみていて「わかった」というのでは、何の成果もありません。まず、出せるものを全部出しっくす。

そうしたら何もなくなるのですが、新しく入ってきます。それが自分よりすぐれた人もいるし、すぐれたものも出ることがある。何が起きるかわからない。そういうものをたくさん取り入れて、帰れば3日間の意味があったということになります。

 

難しく考えないでください。ここはステージです。自分がどうであれ、中がぐちゃぐちゃであれ、声がどうであれ、その人が伝えようという気持ちがあり、伝えるものがあれば、こちらに伝わるものがあります。

楽しんで

ください。

結論は歌えたかどうか、聞くときには聞こえてきたかどうか。確かに歌をやっているのですが、なかなか歌えない。そのことをこういう場で自分でしっかりと確かめていくように考えてみたください。

 

 

 

 

〇最終コメント

 

トレーナーB:楽しい3日間で、これで終ったというだけでなく、それをいかに次につなげていかれるかが大切だと思います。今回、初めて参加した方もいて、D、Eに関しては、前回参加した人なので、そこでの取り組みから差がついたと思います。DとEは初日の段階で4日目で、2日目の段階で5日目でした。

舞台が何かというものがわかっているから、進行も早いし、ABCに関しては、初日が本当に初日で、1からやらなければならなかった。舞台が何かということがつかめた人とつかめなかった人がいると思います。しかし、それだけだったという感じです。

 

トレーナーA:本番までに、慣れなかった人も班のできとしては、まとまってきたから、それはよかったと思います。けれどそれでよかったというだけになってしまうことのないように。今回の課題のテーマは自分でイメージを取り出すということでした。

最終的には、作品をある形に仕上げるために、いろいろなアイデアを出したりするのに音楽を聞いて、ソ口にしても他の人とやるところにしても、一所懸命やらなければいけないとがんばっていたのはわかりますが、そういう点での執着があまりないのはわかりました。ここに来てがんばったことは、普段、自分でやっておかなければならないことで、歌は自分にとって何なのかをもつと日頃から自分に聞いておくことと思いました。

そのことが明確になっている人は、そのなかで何かをしようというのがあると、自分がどうしたら、役割のなかでつかえるかがわかるのですが、それは、力があるなしではなく、普段、そのことを考えているかいないかという差です。このくらいで面倒になってしまう人もいますが、これをよしとするのではなく、こんなのではイヤだというのがない人は、自分でこうだというのもいえないでしょう。それは最初に比べて、よくなりました。でも、自分で誉めるとよくない気がするので、帰ってから、自分の練習と向き合ってください。

 

福島:何ができたかというより、やった後に何が変わっていくかというのが、合宿の目的です。

初めて参加した人には、ここほど自由で大変なところはないことを知って欲しかった。

プロセスを見ていると、いろいろな限定がかかっているのはわかります。七転八倒しているところで勝負に入るのですが、本当のところで、まだまだなり切れない。初めての人は、こういうことはやりたくないとか、こういうことは自分の歌とは関係がないとか、逃げ道をどんどんつくるのですが、その目標としているプロのレベルでできている人たちが2、3人でも、ここにきたら、すごいものが出せるということです。プロの体や感覚として必要とされているものは同じということです。

私は応用性のないものに基本があるとは認めません。出されたものしか通用しないわけです。その場その場の感覚でいろいろなつくりものも自分で決めて逃げ道も用意しておいて、うまくこなしてきた人は、別にしてみる。

そこでいうと、この前の合宿でもいった通り、「あんなところで振り付けをつけてみて、どうなるんだ」ということです。それはその振りがこの動きにつながっていて初めてできること。そうしたら、頭なんか使っていてはダメなのです。こういうことができないのは、頭のよすぎる人です。

だからといって、頭が悪くてもよくありません。使い方を間違えてはいけません。そのよさでもとられることがずいぶんと違います。

 

B班は、そういうことでいうと、ギリギリまで方向が違っており、これは勉強の仕方が間違っている。注意されたらノートに書いて、解決策をみつけるような、そんな学者みたいなことをやってもしかたない。しかたがないので、池のなかに首を突っ込ませるようなことをいって失礼しましたが、そこまでいわれたら、後は芝生でごろんとしているしかない。お日様しか見えない。でもそれが正しい解決法なのです。おてんと様に聞けばよい。自分の小さな頭で考えるから、間違う。もっと小さな頭で考えていったらもっと間違える。だからそういうことを間違えないようにしないといけない。

スポーツなどの感覚でうまくやれているもので考えたら、よくわかります。たとえばバスケットなら、次にボールがどこに来るかを予期して無意識で走っていくものですね。そのエリアをどう取れるかです。ぼやぼやしていたら、後ろから来るボールに当たってしまう。そういう舞台が多いので、それは音楽と別物ではないのです。

バンドの方がやりやすいことはやりやすいでしょう。同じ場所に決まっています。

 

よく劇団に呼ばれていきます。役者は動く位置を知っています。それからタレントの方が、自分がどう映るかを知っています。皆さんの場合は、目をつぶったときに、声がどこまで飛んでくるかということをベースにしています。

D、Eは、自分の力でやれたのか班のテンションでやれたのかを考えなければいけない。一人でやれるということは自分一人でその班を全部動かせるくらいでなければよくないのです。動かせるというのは、あれこれと6人分、やるとか、脚本を書けるということではなく、いろいろな感覚が中に入っていて、6人の感覚を自分が受けれられるということです。私の仕事もその感覚がなければ成り立ちません。

 

 それに対して鈍感すぎる人が多いというよりも、鋭い人がより鋭いから、それが全部見えてしまう。それは毎日の積み重ねです。なぜ毎日トレーニングするかというと、感覚のためです。その場でやれっといわれたときに、そのことでパッとわからせるためにやっているわけでしょう。そこに合宿や発表会だからとかいう逃げをつくらない方がよいと思います。

 

初日に一番よいものが出たという人もいれば、リハでよいのが出た人もいる。どれも一つの作品なのです。ただ、商業主義みたいになってしまうと、CDで出したものやステージが一番オープンになる。それも結果の一つではあります。

オリンピックでもたった4年の一瞬のために残りの日を全部費やす。ただ、ヴォーカルが違うのは、誰かに設定されなくても自分で設定していけばよいし、設定されている場所にいけば全部とれるのです。

だから他の班にいったらできたけど、自分で仕切れといわれたらまったく出来ないというのでは、まったく力がないことなのです。

 

そこで何を与えてもらっていたかを知らなければよくありません。それはこういう研究所のよいところだと思います。今回は6分の1くらいですが、主力のメンバーも入っています。

 

研究所をあまり色づけしないでください。日本でここ私ほど自由にやらせているところはありません。そこでさえできなければ他のところでもできない。逆にいわせてもらえば、どこにいっても日本の場合は、とても基準が甘いと思っています。いや、このように明瞭に示し、突きつけない。

だからここで通用する人たちは、音声に関しては、日本はそういう形で認めませんが、かなり高いレベルでやれています。

 

ミュージカル劇団のようなものは、努力する方向を形をしっかりとつくる方にやっているから、きれいにわかりやすく受け止められるし、パッと聞いた分には、上手そうに聞こえる。実質の部分でどこまでできているかというと、そんなに差がないのです。

外国のものから比ベるとまだまだ勉強できると思う。

 

総合力で問われるものです。毎日やっていることが全部つながっていくわけです。「エビータ」でも、映画を見たり小説を読んでいただけではしようがない、私たちはそれ以上やる人がいるだろうということで、手順は踏みますが、すべては、自分がどうもってこれるかです。

 

最初にいったとおり、自分のプロとしての身体の一つの世界をつくるのですが、そこでクローズしていたら、何も伝わらない、オープンにしていけなければいけない。

そのときにその場の制限があります。マイクが使えない、伴奏がついていないとか、あるいはこの範囲に対してそれを取り出さなければいけない。

でもそこのところで何か変わるものをつかんでいくしか勉強の仕方というのはないのです。

 

いろいろなところで活躍をしている人はいますが、音声面では皆、妥協を強いられています。でもそこにいって妥協してしまうのは、その人が甘いと思っています。その辺は難しい問題です。自分の力か人のカかというのを問うことです。

 

今日のは皆さんの力でも、私の方で感覚的なところはしめています。人を活かすのも自分の力です。自分がここをシェアするから他のところはシェアしてもらう。そうすると、一人でやるよりもよい作品ができる。人間の創作活動はそうやってできているわけです。

でもそのためには自分の個性がなければいけないし、自分のもち味がなければいけない。

誰がどう印象に残ったかを自分のなかで反省する必要があります。

 

勉強の仕方は、予習する、それから本番のときはがんばる。その結果を復習する。そうでないと同じことを繰り返します。そうやっていくと個性豊かな人、人としてか音声としては難しいところですが、音声が豊かになったらよいわけです。

大体そういうものに専念して生活していると、風貌や面構えも変わってきます。そういうものが総合力としても働いてきます。

 

自分の勝負できるところを知っていくことです。よりすぐれた人をおいたときに自分が吹っ飛ばないところは一体どこかというより人間をみる。場がなくなってきています。表向き全部やってみても本質を素通りしてしまっている。面だけたくさんやってみて単位のハンコをもらっているだけでしょう。

研究所も組織ですから、皆さんの意識が低くなるとそうなっていきます。

 

自分で一人でできることはできるように、そして素晴らしいものをつくれた方がよいでしょう。そういうことを踏まえて、「エビータ」の勉強どうこうではなく、そういうものに対してどういう感覚が自分にあったか、身体がどうあったかを知ることです。それと自分の曲を選んだり、曲のなかを組み立てたり舞台を組み立てることはとても似ています。

 

構えやためなどがポイントです。初心者の場合は出していることが伝えていることだと思うのです。そうではない。しっかりとしたことを出せないと、間がとれないでしよう。そういう面では、せこせこしている部分があります。

ヴォーカルは声や歌で歌うのではなく、もっと伝える部分が9割以上あって、それが声や歌になる。逆に歌がうまいとか声がよいといわれている人たちが、それほどステージとして生えていない。歌い手でも一人の役者です。

 

日本の場合は普通の人と役者を分けますが、人生、生きていれば皆、役者です。それぞれの勝負の強いところがあります。ただ、音声で取り出さなければいけないのは難しい。

 

 

今回の課題は、世界的なレベルで、日本の他の養成所にもっていってもわからないかもしれません。できたのは皆さんのなかの積み重ねだと思います。その積み重ねが、今までなかった人や新しい人には難しいと思う。

でも別に研究所に来なくても、音楽の世界や声の世界や表現を突き詰めている人だったら、トップのレベルでできるということです。やり方があるわけではないということです。

 

今は世の中がわかりにくくなっていますが、ここも一つの世の中と思ってもらえばよい。いろいろな人がいて、そのなかで自分が何ができるのかを続けているとよくわかると思います。そういうことがわかっている人は自信をもってやっています。世界では通じませんが、日本はとても低いので、その“間”のところがあればどこでもできる。

 

私は演出や劇作家のような勉強をしていませんが、日本の劇団に行くと、悪いところがまざまざとわかります。B1クラスのメンバーなら、誰でもわかるでしょう。

おかしいものはおかしい、よいものはよい、それだけです。

そこに好みが働きますから、そういうことが嫌と思う人もいるし、そういうことをやりたいと思う人もいるでしょう。しかし、そのことを出したければ、まず一つステップアップしようということです。

 

より感覚や体力、総合力がすぐれたチームでプレイするために、一体自分は何が欠けているんだろうとみることは必要だと思います。攻めもつくらなければいけないのですが、守りができていないのであれば通用しないと思います。

 

本番はいろいろなことが起こります。それは一つの経験です。リハもレッスンもそうです。だから年に2回しか問われないということではなく、レッスンにきたときも感覚をつかんでください。レッスンでトレーニングなんてもったいないです。自分でトレーニングはやればよい。見えないものを見ていく世界です。普通の人が鈍いわけでなく、そのなかにも鋭い人がいます。ただ、その感じたものを形にしなければいけないというところで、理屈や頭ではなく、何か秩序だったものが必要です。

 

トレーナーがいいましたが、「前の合宿があるから4日目」ということではなく、そこまでの準備ができていて、舞台でやる中で調整していくのです。いつまでも、1日目が初日では困ります。

それは与えられた最小限の材料からです。どんなに「エビータ」のものを集めて読んできた人がいたりしても、そのままでは嫌だなと思うし、そんなところで勝負するところはまったくないのです。専門家はいくらでもいるのです。足りないものはイマジネーションで補えばよい。

 

いつも全部足りないのです。本当に材料はちょっとしかない。そのイメージを働かせないようなつくり方をしてくるというのが、一番ダメなのです。作ったものはダメです。答が最初にないのが、本当です。

 

私たちはよく最初からプログラムを示して欲しいとか、どうステップを踏めばよいのかという聞かれ方をしますが、そこをやるために日頃トレーニングしたりいろいろなものを勉強しているのです。

それを先生が決めてしまったら、先生が思うレベル以下にしかできません。

 

私たちも日々発見でおもしろいところもあれば、また同じことを繰り返しているのかというところもあり、積み上げていくのはなかなか難しい。だから合宿が終わってからくどくど書いてまとめたものを読み、また1年経ったら読んでみる。2年くらいは誰でもいけるのです。誰でもいけるということでは、まったく差がつきません。

 

その2年間で大切なことは、2年から5年までの勉強をどうするかをわかることです。で、5年間で大切なことは10年、15年、一生の勉強の仕方はどうやるのかということをわかること、その方がよほど大切です。2年なんて誰かが2年やったら追いついてしまいます。3年経ってから、皆があきらめたところからようやく一歩出れるという世界です。そういうことは皆さんに押しつけてもしかたがありません。

 

今回のをちょっとした違いだとか、来年あのぐらいできそうかなとか、あの班に入ったらできるなということでは、絶対にできないです。自分がそこでできなかったのが現実です。そこをしっかりと見ることです。

たかだか5、6人の班ですから、自分さえできていたら、それで作品はもちます。

14、5分なんて、ソロステージでやらなければいけない時間の6分の1です。他の人が全部くすんでしまってあたりまえ。くすまないとしたら、まわりもすごいのかです。その辺が明らかになっていけばいいと思います。

 

流れや呼吸やフレーズのことは、私も会報に書いたりしていますが、ないよりもきっかけがあった方がよいということで、ことばにしているだけです。私の会報や本のなかでわからないことが、こういう合宿のなかでああいうことなんだとか聞こえてくることと、自分が実際に立ってみたときに、もしかしてこの感覚という部分で気づいてもらえれば、この3日間は下手な3年や30年より勝るものがあると思います。

 

素直に感じてもらえばよいのです。私がどれがよいといい、どれが悪いと思ったと評したことでなく、自分がここで同じ時間を過ごしたときに何が聞こえたか、何に心が動いたかとかです。

 

こういうものの難しいものは、よい作品を出せる人とつき合いたい人が一致しないということです。嫌な奴とかこいつのそばにはいたくないとかいう奴がおもしろい、それでよいのですよね、そういう世界です。人がよすぎて力が弱い人はおてんと様と相談して、自分を深く掘り下げることをやってください。

企業でもいますね。小回りが利いて、あっちもいくしこっちもいく。使われてしまうだけ。何かできている人がやるのはよいのですが、何もできない人が全部やっていたら、結局自分ができなくなってしまうでしょう。

 

他の人を評価し、そこに基準をつくることによって、自分にそういう作品が与えられたとき、そういうものを利用することが、いろいろな形でできるようになります。それには超一流の人たちの基準と相談するのがよいのです。それだと感覚がついていけないうちは先輩や自分と同じ条件をもっている人から学びましょう。こういう出し方があったとかこんなことができるのかといういろいろなパターンが必要です。

 

kさんが2日目、早い時間に仕上げていきましたが、どう見るかはそれぞれ皆違うし、どこまで見えるかも違うと思います。私たちの場合は6年くらい一緒に舞台を見ていますから、それに対してどうかという基準ももてます。それを勉強していくことは自分のなかに新たな感覚をつくり出すことです。

 

今回のレポートは好みの順番でもよいです。どういう作品を見て、どう思ったか。それがどうしても合わなければ、そういうふうにならないだろうし、何かあって、そうやりたいと思うことだと近づいていく。ただ、近づいていくだけではダメで、自分に置き換える作業が必要です。

 

「エビータ」を私が2年間、やらなかったのは、きっと置き換えられないだろうと、アルゼンチンとかいっても遠い世界のことで、他人事のようになり兼ねないと思ったからです。でも、これは身近な世界にあることなのです。

自分で変えられるところから変えるしかない。

 

私はスリッパを初日に直して2日目にもう一回直した。すると、あのどうしょうもない某学校の生徒にも直す人がでた。

 

子供の頃、映画館にいくと、映画はスクリーンの向こうの世界だったが、今は、心のなかの世界になっています。

あなたは、映画館の外にいますか、なかにいますか、

スクリーンの外にいますか、中にいますか、

役をもらいましたか、役を演じましたか、自分を。

 

 

 

ーー

 

【トレーナーによるコメント(1)】

 

総評

課題の意味をつかむのに時間がかかりすぎていた人が多かった。受け身である。前もって渡された資料と録音をどれくらい見たり聞いたりしたのか疑問。一通り聞いてみるだけでは聞いたことにはならない。全曲徹底して聞いて、その上で今回の課題と結びつけてほしかった。カンツォーネシャンソン、日本のフォークなどなじみがなかったかもしれないが、知らない曲だからこそ体に入れようとしなければいけない(曲を知っていてもイメージできるまで何度でも聞くのです)。

「自分の強みはどこか判断して、できないところは切り捨てていく」という作業も、何回か聞いてみただけではよくわからないのでは。そこを曖昧にしないことだと思う。暗記しようとして聞いても感性が働かない。復習として感覚で味わってきちんと聞き直さないと、課題がわからないままになる。(以上は、合宿前の問題)

呑気な時間の感覚を変えるには、「明日、エビータをやってください」といわれたらということをいつも考えることだと思う。がんばる方向、ポイントのズレ。2日目の朝、DE班にできていたことは、実力の差ではなく感覚の差である。自分の失敗などよりも、そういうことに敏感になってほしい。ステージが控えている、自分をそこで出さなければいけないということに対して、執着心と緊迫感がなかった。

 

A班は全員、まわりに振り回され過ぎ。アドバイスを受けると、安易に表面的な変え方をしてしまう。自分への判断を他人に依存しないこと。プロ意識を持ってほしい。

B班は最後はよくまとめたが、プロセスは悪かった。曲のイメージや自分の表現に焦点がいかず、この曲は歌えそうかどうかなどということに2日間費やしていた。

C班は新しい人が多かったためか、表面的な分担に流れ、結局エビータによって何を伝えるのか、自分で解釈すべきことを班で話し合って決めていた。そんなことで気がすんでしまうのかと感じるところがあった。なんとか変えたのは見てとれたが、やはり形なので気持ちが入っておらず、照れが見えて冷めた。

D班、E班は、個人があり、比較的自分のよさを取り出せていたが、できて当然の範囲でもあった。そこを超えていたのは加藤立子一人。課題についてはそれ以上どうするかという一人ひとりの問題で、すでに新たな課題を見ている思う。新しい人たちは、なにが自分との差であったのかを感じとり、必ず自分に置き換えてほしい。

 

A班

K:すべて力まかせ、思い込みで空回りしている。気持ちがバタついているのが見える。落ち着いてよく聞くこと。取り出し方が雑。相変わらずリズムの取り方が悪いのは、特に目立つ。主体性は、この班で唯一、みられたが、自分も他人をも正しい感覚で導けていない。前回、何を学んだのか要反省。

K:頭で考えすぎ。こうしなければならないということにとらわれ、小さくなっている。引つ込まずに前に出ること。

O:感じることはできているはずなのに、ストレートにそこに入れず苦しそうに見えてしまう。苦しさを出すのは甘え。なりきること。

S:音程はよいが、気持ちの動きが感じられない。歌をこなすのではなく解釈し、創りあげること。入り切らずに何ごとも出せない。

N:同じく頭で考えすぎ。理解しようとしているのはわかるが、感覚が閉じている。なにかに感動するとき、頭で考えてから泣くわけではないはず。できなくても自分を出していくように。自分のよさを生かせていない。

M:口調のくせが気になる。こういう場合はこうするというのが出てしまう。自分が突き動かされるまで課題を解釈するプロセスが必要。

 

B班

T:舞台での存在感をもち、他へもムードをつくり、まとめた。フレーズがややワンパターン化。練り込みをていねいにしていくこと。

K:声を出すことと表現することは違う。音楽をよく聞き、他人から学ぶこと。

Y:自分のよさを出せていた。動きもある。そこにヴォリュームをつけていくように課題を絞る。

T:自分のなかから取り出すという作業ができていない。もたれすぎ。流されずにしっかり伝える意志を持つこと。

N:いろんなことに気が散っていて、集中できなかった。考えるのは普段徹底して、やるときは全力を出すこと。

S:言葉はよいが、歌になるとひとりよがりになり崩れる。感情移入について思い込みを捨てる。前回よりも大きくくずれた。

M:表情がよくなった。まだ舞台で引いてしまうので、自信をもって前に出していく。

 

C班:

N:表情、動きが固い。入りきれていないということ。声はしっかりしてきている。

K:全体にせかせかして感じる。足がついていない。止まって伝えること。

S:まとまっている分、無難で印象が薄い。形のところで止めてしまわないように。

O:表情が乏しいのが気になる。緊張もあるかもしれないが、もっと伝えたくなるまで課題に取り組むこと。

S:ぶつかっていけるのはよいところだが、感じることや自分を見ることについて手抜きをしないように。

N:落ち着いている。大分体で出せるようになってきたが、フレーズがワンパターン。

K:まだ形を決めつけて安易に作ってしまう。たくさん音楽を聞いて表現の勉強をすること。

 

D班

N:声の調子はよい。表現はできるが、もっと声で展開させたい。その辺はすべて自分のフレーズでもっていってしまい、パターン化している。自分でコードから逸れないように作ってしまえるが、音程が危ういところがある。しっかり聞いてコピーする。

K:取り出すことに集中しているのはわかるし、伝える力や存在感はあるのだが、自分のなかだけで観客が不在、働きかけていない。

N:前回を踏まえ、音にこだわった上で与えられた班編成を活かした。ポイントだけで、でしゃばらず、最大に力を自分にもってきて活かす力は、他の人に見習ってもらいたい。確実に印象を残せる力は戻ってきた。

M:いつもより固さがなくのびのびしていた。周囲との差から学んだことがたくさんあったはず、それを活かせるか。

U:声と言葉で確実に音として伝えるカは周囲と圧倒的な差があった。ただし、舞台としての働きかけがほしい。

 

E班

I:華があり、舞台はもつ。フレーズも個性的かつ音楽的だ。もう一歩踏み込んでフレーズに密度が作れるとよい。苦手な分野を聞き込むこと。

F:崩れても舞台を全うできる集中力と声の存在感がある。歌は不調で、一つのパターンにもっていきすぎる。ことばで押せるのは強みが、音楽が聞こえない。

S:少し力が入りすぎていたが、音楽的に幅の広さを感じる。1人のフレーズより全体のときの方が声が飛んでくる。

K:フレーズで空気を動かせた唯一の人。感覚の豊さ、早朝のライブでもそれが出せる自己コントロールには脱帽。2、3の危うさをうまくクリアしていた。

S:舞台での切り換えはよいが、力が入りすぎて声が飛んでこない。声が不安定。勢いがほしい。

K:うまく自分のよさを出していた。他のメンバーとの差をしっかりと感じられていればよい。そこをしっかり詰めていくことが課題。

 

ーー

 

【トレーナーによるコメント(2)】

 

発表会のできだけでいうと、確かに無難にまとめるところまではたどりつけましたが、それ以上ではなく、ただの観客として各班の作品を評価した場合、残念ながら観客を楽しませるというレベルには達しなかったと思います。これでは観客から金は取れない、つまりプロの作品としてはまだまだということです。

ただ、D班、E班のなかには、プロとして作品に取り組んでいる人もいました。もちろん、合宿というのはあくまでもプロセスの場であり、そのでき、不できを問うのではなく、何が自分に欠けていて、それをどのようにして克服するのか、また合宿で何が起き、何を発見したのかであり、そういったものを今一度、考えてみないと結局は力にはならないと思います。

たとえばみなさんはたった3日間で、あれだけの課題をなんとかこなしましたが、中には普段のステージ実習よりも上手にできた人もいました。しかし、逆にいうとステージ実習は1ヵ月も準備する期間があって、しかも1曲は自由曲なのに、合宿の3日間でできることよりも悪いということは、いかに普段のテンションが低く、できることをやっていないということがいえると思います。

それだけ印象に残る人が少なかったということです。しかし、観客はあなたの作品と接する20分という時間しかないのです。そのなかで、あなたは自分の存在をアピールしなければならず、結局、それができなかったということはまだあなたの歌が作品としては熟していなかったということになります。多少、辛口の意見を並べてしまうことになるかと思いますが、名前をあげられなかったからといって他人事であるとは思わないで下さい。私自身が自分を戒めているということでもあるからです。

 

A班

K:勢いがあるのはよいのですが、それだけです。声のことでいうと中音域がやっと少し出るようになってきた程度なのに、どうしてあんなに高音で歌いたがるのでしょうか。たとえば“飛躍に向かって”のオリジナルキィはEなのですが、あなたがたはオリジナルで歌っていました。しかし、あなたよりも、もっとしっかりとした声を持っているD班、E班の人達はキィをCにしていました。つまり彼らがあなたよりもキィが低いというよりは、彼らは自分の音域、声、そして弱点をよく知っているからこそ、そういった選択をしているのです。できるところを少しずつ広げて行くしかないのに、その階段を飛び越すこととばかりやろうとしている気がしてなりません。もっと地に足をつけた活動を望みます。

K:あなたはもっと自分に対して自信をもっていい。どうも思いきりのよさ、馬鹿になってしまうところがなく、全体的にこぢんまりとしてしてしまっています。本当のあなたはもっと嫌な奴で、傲慢で、下品なはずなのに、それを隠している。もっと作品のなかでそういった自分をさらけ出せたらいいのに。

O:音感、リズム感については班の誰よりもすぐれ、作品についても深いところで理解はしていたと思いますが、結局は作品として聞き手に与えるところまで行っていなかったと思います。ただ、その点に関してはK君と同じで、もっと自分にとって使える音域というものを知る必要があると思います。音域は狭いかも知れませんが、1音も使えないわけではありません。何音でるかは知りませんが、そこで勝負すべきだと思います。みすみす弱点をさらけだすべきではないように思います。音域をカバーするテクニックはいろいろとありますが、それはそれとして、基本の部分では半音ずつ使える音域を伸ばしていくというトレーニングを怠らないで欲しいと思います。

 

B班

T:単にムードメーカーということだけでなく、B班にこの人がいなかったらどうなっていたかと思います。とてもストレートですが、ちょっと金太郎飴状態という気もしないではありません。ただ、歌で陽の部分を表現するのは難しいのですが、天性のキャラクターというか、そういった声をもっています。

K:彼女なりには、よいできだったのではないでしょうか。ということは、私が何をいいたいかわかりますよね。

Y:なんか個性的というか、こんな人、その辺にいないよね。キャラクターとしては飛びぬけているし、音楽的な要素もしっかりとしていると思う。特にキャラクターと曲がマッチしていたと思いますが、強いていえばもう少しパワー感も出せたらとは感じました。

N:なんか目立たなかったね。まあ、目立てばいいというもんではないが、それなりに地力はあるはずなのにね。たとえば、N君とかは調子が悪かろうとなんだろうと思いきりやっているが、多分、こういった課題が苦手だったのかな。でも、そんなこといって引っ込んでいるようじや、結局は取り組み方が甘いのじゃないのかな。

S:前回の合宿では、素直に声が飛び込んできたが、今回はなんかいつも通りという感じ。声は太いし、ベースはしっかりとしているのだが、何か表現しようとして頭を働かせることが裏目に出て、結局は泣き歌いになる。すると喉は締まるし、息も浅くなり、音程も崩れる、この悪循環を一度やめた方がいい。

 

C班

N:彼に限ったことではないのですが、C班全体として馬鹿になりきれていない感じがしました。もっとやるときは思いきってしまわないといかんです。

S:声も安定し初めているし音程も悪くはない。ただ、こういったスタイルで行くにはまだ雑すぎる。もっとていねいさと大胆さがないとつまらない。

S:パフォーマンスについては勢いを感じる。しかし、まだ声がしっかりと取れていないし、歌はだめだ。もっと、ベースの部分のトレーニングを怠らないように。

 

D班

N:自分のスタイルが完成されて来ている分、攻めているようで既に守りに入ってしまっている。それでまとめて行くなら既に必要がない。しかし、こうして合宿に来る以上、自分でも何かが足りないと思っているはず。それが何なのか突き詰めて行く必要があると思う。

N:自分の意見をはっきりというがそれ以上に人の話を聞ける。その演出面での才能はかなり光るものがある。いつも合宿のときは、本番前に声が出なくなってしまうが、そこは学習をしたようだ。

M:前にライブ実習で観たときよりも、声がしっかりと飛んでいた感じがした。ただ、高音は勢いで飛ばしているだけなので、もっと安定してだせる部分からしっかりと研究するように。

U:女性陣のなかではKの次に目を引く存在であった。

 

E班

I:声にも色気がある。なんか男性軍は関西の方がビジュアル的にもいいみたいだ。

F:なかなかメロディーコピーができずに苦戦をしていたようだが、もっと落ち着いて聞くことに時間をかけた方がよい。

S:あの細い体でよくあんな深い声が出るものかと思う。思ったよりも目立たない感じはしたが、クラッシックもテノールの方が目立つので、それも当然かな。

K:早朝ライブに備え、前日は誰よりも早く寝たという点に、彼女のプロ根性を感じた。実際、ライブも素晴らしく、低音域は出しづらそうなところもあったが、それもしっかりとリカバリーできていた。なりきれたのは彼女だけだった。

S:いつもよりも何か精細さを欠いていた。なんかメリハリがなかった。もちろん壁にぶっかれということではないよ。

K:人一倍練習をしていたのには感心した。特に心遥かにがなかなか体に入らず苦労していたようだが、充分に聞く作業しないで歌おうとしているので結局、時間を浪費していた。本番でもコード感が感じられなかった。つまり頭のなかに伴奏が鳴っていない、音楽として見えていない。別に音感が悪いわけではない。違いはまず聞く力の差だ。

 

 

ーー

【フィナーレの1フレーズ】

 

「歌えバカども大まちがいだ」

「貧しきものたちよ」

「星ふるこよい」

「ありがとう」

 

〇現実と歌 フィナーレ

〇エビータの人生に重ねて何が表現できたか

〇この3日間で歌えたか

 

F:考えてみよう

1.なぜ知らない曲を使うのか。

2.なぜ海外や時代の違う曲を使うのか。

3.なぜ、まったく違う曲を結びつけてくみたてるのか。