一流になるための真のヴォイストレーニング

福島英とブレスヴォイストレーニング研究所のレッスンアンソロジー

「やめるということ」1071

 

「やめるということ」1071

 

 

1)やめたくなるときは、やり始めて、3日、30日、3ヵ月、3年 といわれる。

  だから、3年後から本当の差がつく。

  何の分野でもやりとげた人でそう思っていない人はいない。

 

ここでは、1年半ピークのジンクスがあるように思う。

いや、案外と、芸能の世界は、そうなのではないか。

中学校や高校のクラブでは、その期間で、実力も判断され、

レギュラーやキャプテンも決まる。

大人の世界では、1年生が2年生になっただけなのに。

 

2)やめる理由とその対処法

ここで、やめたくなる理由は、さまざまだ。

1.自分のやる気、テンション、表現欲の減退

2.声の獲得の必要性の消減

3.居場所や評価への不満

4.目的そのものの消滅

5.他への転身

 

やめてもよい理由は、ただ一つ。

もっと、人生をかけていくに値すると思うものが現われ、

それに専念したくてたまらなくなり、あるいは、そうせざる状況になり、

両立が不可能となったとき。

 

それまでは少なくとも一度は選んだものだから、

続けたらよいと思う。

 

体で声をつかむこと、

それで人に働きかけるようになることの価値は、

決して小さなものではないはずだ。

つぶしも聞くし、どこまでもついていく。

 

声一つでも、そこからあらゆることが学べ、得られる。

声ほど身近にあり、どこでも必要とされ、

生涯においてあなたの印象や実力を決めていくものはない。

 

 

3)いつのまにか三流をめざしてしまう人の成りゆき

 

1.結果としてやれていない

2.人に表現できていない

3.難しいことば、他人のことばばかり使うようになる

 

 

4)始めたときの自分に負けている

 

初めてのモノローグや会報に載せた自分のことばを、

自ら裏切っていないか。

人は、いつも今の自分やその考えを肯定したがるものだ。

 

どうしてやれなくなるのか。

それは、それを制するものがないから、

あるいはそれに耳を傾けられない、

つまり慢心があるから。

 

その結果、やれていないという現実を知るべきである。

そういう人は、場に出なくなる。

 

一人でやれていると思い、

せっかく得られてきた感覚さえ失ってしまう。

 

自信と慢心とは、まったく違う。

何年かたっても、自分の声や歌を正せる自分に戻れない限り、

生涯わからないでしょう。

 

でも、それも幸せな選択かもしれない。

身内以外、誰も認めてくれないところで

早く知るべきことかもしれないが。

身内のためになるなら、それでも充分。