一流になるための真のヴォイストレーニング

福島英とブレスヴォイストレーニング研究所のレッスンアンソロジー

「海水浴客か漁師か」1225字 1101

「海水浴客か漁師か」1101

 

 

 アンケートをみると、早く資料が欲しかったとか、説明の仕方、場所や食事がどうこういってくれるので参考となる。思いもよらぬ気づきや、意外な発見もできる。

 アンケートなのでいいたいことをいうのはよいし、細かい点でいってもらえることは、ありがたい。

これからも、よろしくお願いしたい。

 

 ところが、うっかりしていると、私もプロの仕事として、どこまで顧客サービスに努めるか、など、

ここ3年ほどは日々、一般の社会人の仕事の悩みに悩んでいる。

これも、きっとありがたいことなのだろう。

でも、この場は、そういうところだったのか。

時代とともに変わるのはやぶさかでないが、変わる方向がこれでよいのか。

質はどうなのか、そこを見極めなくてはならない。

 

 

となると、

細かいことが、もっとも大切なことについて、書かれていない。

だからどうしたのか、どう行動したのか、どうそれが跳ね返ったのか、

さもなければ、2泊3日の観光旅行のアンケートと変わらない。

 

こちらも、それではまるで、海水浴で人を集め、

漁師をやらせようとしているのかという気がしてくる。

 

直すべきことは直そうと思う。正しいことは正しい。

しかし、こちらが配慮する分、皆の気づきの力が落ちてしまう気がする

という言い訳が、言い訳にならないようで困っている。

たまに放り出してみて、うまくいかないかと思うが、

やはり何から何までみないと、やらないと、思わぬ目にあう。

 

スリッパを直しておくと、それはあたりまえと思うし、

放っておくと、乱れていて、それをあたりまえと思う。

それでは、観光客―。

 

 

 いきつくところ、音声で表現する舞台において、心地よければ、他は本当はどうでもよいと思っている。

 海底には、もっと大きな魚がいたのではなかったのだろうか。

くやしがってくれよ、おい。

 

海水浴を楽しんでたら、大きな魚がとれたというわけにいかない。

しかし、漁師の船に乗って、食べさせてもらって、見ているだけでは、もったいないだろう。

 

 ここは、釣ったものを食べさせるのでなく、釣り方を伝えるところでありたい。

どこでも、どんな条件下でも、タフにやれる力をつけてもらいたい。

 

 観光客は気まぐれだ。気分のよいときしかこない。

漁師は、嵐のきそうな日でも、じっと海をみつめている。

命をかけて出て行くから、真剣にならざるをえない。

 

自分が釣った魚だからこそ、ひとしお旨いから、そのために毎日、自ら、とり組むのではないか―。

旨いから、人に買ってもらって、人に喜んでもらって、ずっとがんばれるのではないか。

 海に出ていくのも、今晩、食べるものがないからというのと、

人々の喜ぶ顔をみたいというのでは、士気も違ってこよう。

 

私の釣りの結果はここのところ、さえていない気がする。

 

 漁場を変えなくてはいけないのか。

 エサを変えなくてはいけないのか。

 どこの海にも、おいしい魚はいるはずなのに―。

 大きな魚はいるはずなのに。

 

 自戒を込めて。

 私も反省したい。