一流になるための真のヴォイストレーニング

福島英とブレスヴォイストレーニング研究所のレッスンアンソロジー

レクチャー オリエンテーション 27475字 1132

レクチャー 1132

 

オリエンテーション☆】

 

 

〇学校と研究所との違い

 

 最近は2年たってもやめる人が少なくなり、残るようになりました。2年間でやれることというのは、限度があり、きている人の優先順位や目的によって、かなり違います。

若い人も多くなり、専門学校や大学の代わりとして来る人も増えました。

すでにいろいろな活動をしてきた人とも、ここでは一緒にやりますので、他の人に振り回されず、自分の目的をきちんと定め、そのために利用してください。 

 

芸事の習得は、今まで皆さんが受けてきた日本の教育と異なります。同じ年齢の人と同じ日に入学式をして、同じものを習い、同じ年月を過ごし、成績のよしあしよし悪しはあっても、大差なく決められたことを身につけていくような教育とは、180度違います。 

つまり、学校というのは、こういうことを教え、こういうことは教えないというのが、決まっているわけです。 

 

ところが、ここの場合は、皆さんの能力と利用の仕方次第によって、まったく結果が違ってきます。月に1時間しか来ない人から、月に何十時間くらい出ている人もいるのです。

それだけ比べても、全然違うわけです。

 

 

誰かが2年間で出たレッスン数を、1~2ヵ月で出てしまう人もいるということは、普通では考えられません。しかも、ここの場合は、たくさん出たからよいという評価は与えられません。

全て、何が身についたか、どう身につけようとしているのか、を経て、何を出せるのかということが問われます。 

 

そういうことでいうと、今まで皆さんの受けてきた常識的な教育、勉強の仕方からみて、ここの体制には戸惑うところもあると思います。

それぞれの人がどんな目的できてもらってもよいのですが、ここの主な目的の一つとしては、自主的に学ぶ環境と習慣を整えていくということです。

 

 

〇実力はどうやってつけるのか

 

 ここでは、私やトレーナーも勉強しています。すでに得た知識の切り売りでなく、いろいろな方法を試し、ステージングなどを加えることによって、いったいその勉強の仕方や自分の勉強する環境=場をどう整えていったらよいのかを自ら実践しています。 

 

具体的にいうと、1日は24時間あります。レッスンによって「1時間目に何をしなさい、毎日これを何分やりなさい」という指導に受け身でのぞむのでなく、ここにあるいろいろな材料を中心にして、もっともうまく自分で並べ替えて組み立てていくことができるようになってください。

 

 各人にいろいろな事情があり、自分は少ししか、このことにはかけられないという人もいるかもしれません。しかし単に時間をたくさんとればよいということではないということです。

 

 

皆さんと同じ年代で、留学したり、ここの数倍かかる音楽の学校に行って毎日、音楽三昧のような生活をしている人もいるわけです。

しかし、2年、4年たって何かが身についたというと、たいしたことはできていない場合も多いわけです。

そういうところを出てから研究所へくる人は、まだそのことがわかった人のようです。

しかし、ここも通っているばかりでは同じことになりかねません。 

 

力がつかないのは、何が実力であるかがわからないからです。つまり、与えられた場がどうであるかより、自分でその場や環境を、どう組み立てていくかを考え変えていける能力をつけることが大切です。

 

 

〇才能を磨く

 

 芸ごとは、1~2年で勝負していく世界ではありません。もちろん、いろいろな目的があってもよいし、それにアプローチすることも大切です。

たとえば10代のときからオーディションを受けまわっていたり、業界に接していくということもあってもよいでしょう。それでCDを出せたり、ライブに出られたら、それも結果であり、一つの実績です。

だからといって、その後もうまくいくという世界でもありません。

 

 とても単純にいうと、声や歌のよしあしよりも人を動かす力があるかということなのです。若くしてやりたいといっても、日本の音楽や俳優の業界は層が薄く、テレビ中心にまわっています。

その業界に早く入ったからといって、力がしぜんについていくような環境とは思えません。

もしそうでなければ、早くその世界に入った方がよいのですが、現実はそうではないことを知ることです。 

 

日本での才能は、器量よく生まれ若くして器用にできることのように思われています。しかし、本当の才能とは生涯をかけてその人しかなしえない何をうちたてたかで問われるものでしょう。

 

 

〇何をどう学ぶのか

 

 どういうふうに学んでいくかということ、その習慣を身につけることが大切です。ここを出てからどうすればもっと勉強できるのか、どうなればやっていけるのか、どういうふうに自分の人生を組み立て設計し実現していけばよいのかを学ぶ必要があると思います。

日本には、そういうところはなかなかありません。 

 

専門学校やカルチャー教室から、いろいろな依頼を受けます。私も、どこかよいところがあったら自分でスタジオを構えるより、そこに行きたいのですが、

実のところ、専門学校なども、経営維持のための生徒集めで奔走しており、パンフレットや設備ばかりにお金をかけているようで、うんざりします。

 

どこがだめなのかというと、基本的には、マニュアルやカリキュラムによって、みえないもの、精神的なものが伝わらないようにしてしまうのです。

教える内容というのが、知識的なもの、つまり、マニュアルになっています。

それは成績をつけるためであり、そこにくる人も成績をつけないと勉強しないというのですからで根本的に違っています。

ですから生徒が先生に対して与える評価というのも、わかりやすい、やさしい、出ているだけで点数がもらえるなどになってしまうのです。 

 

 

どこかから「年間24回講義してください」と頼まれても、ここでやっているような講義はできないでしょう。どうしても教科書と同じになってしまうからです。

間違いがあってはいけないと考えると、あまり本当のことは伝えられなくなるのです。

現実は教科書通りに生きてはいけません。 

 

なるべく息をたくさん吐きなさい、「練習はたくさんやった方がよい」とか、あたりまえのことをいうと、そのままうのみにして、体を壊したりする人もいます。風邪のときに無理してやるとのどを痛めます。できる人にとってはあたりまえのことだからいう必要もないし、そうでない人はどうせわからないし実行しないからしかたないということで、ことばは省かれていくのです。すると安全なことをわかりやすいことばでしか伝えられなくなります。そんなものは、誰でもすぐにできるために何の力ともなりません。 

 

ここの場合は、そういうことを抜かし、先生方から教わるというより、皆さんが自分のスタンスで自分の目的に対していろいろなものをとり込んでいくということで使って欲しいと思っています。

 勝負する場というのは、舞台では最初の2~3分間です。何をどれだけ人に与えられるかで決まります。人前に出て、スポットライトがあってもなくても、そこで一人で何ができるかの力こそ、つけていくべきものです。 

 

 

そこで通用しない限りだめなのです。そのために何が必要なのかということです。ここでステージに立っている人たちは、そのことをやってきた人たちです。 

私が会報にも書いていることは、ある人にとってみたら、シビアなことでしょう。

 

研究生相手ですから信頼して書いていますが、それを受け取るだけでも精神的に負担になったり、反発する思いを抱かせる内容もあるでしょう。でも、それも表現ということの現れなのです。 

そこで他を批判するのでなく、自分の滋養となるものを自分に取り込むのです。その器の大きさがあなたの可能性を拡げます。

 

 

〇個性を発揮する

 

 ここでは、上達した人がどういうふうに学んできたかということを、材料にしています。

仲間同士の練習のなかで、いろいろと学び合うというのも一つの方法ですが、すぐれた人、伸びた人から多くを学ぶことです。 

 

全ての人を同じように育てるということはできません。ノウハウをもって育てるということもできません。育つには自ら、その土壌づくりが必要です。

 こういう世界は自分にどんなに力があるとか、どんな練習をやっているといっても、それはあたりまえのことで、いうだけ損なことです。やったことを誰かが認めなければ成立しません。 

 

それも誰でも認め合うというように同じレベルの仲間が認めてもしかたありません。もっと基準の高い人がその人を評価しない限り、やっていけないでしょう。

有名になることが目的でないとしても、世に出してくれるというのはまわりの人です。そうせざるをえないように、自分の力を宿していくのです。

 

 

 そのときには、音楽に対して深く自分のものを探究していくのか、広くメジャーの方向に早く走っていくことを志向するのかも自分が決めていきます。

研究所自体はどちらをめざしているわけではありません。

皆さんは、自分がやりたいようにやっていけばよいのです。 

 

最終的に自分に正直なところでやっていくことです。そのために素直になることが大切です。 

皆さん自身のなかに、生まれたときにすでに個性の種はあります。

今までのいろいろな勉強や社会生活のなかで培われたものによって、かけがえのない個性の芽も出ているのです。しかし、自らそれに気づいて磨いて取り出そうとしないと価値にならないのです。

そこを自分できちんと把握しないといけません。

 

 

〇場にでることの大切さ

 

 もしここで学ぶことを活かすのであれば、まずは音声、表現、舞台からみるいうことです。いくら皆さんの心や頭のなかにいろいろなものが入っていても、ここでは音声で表現されてこない限り、何の意味も価値ももちません。誰かのをまねてみて、いかにそっくりにできたとしても、それは学び方の方向が違うのです。 

そのためには場に出る勇気をもってください。迷ったときに迷えるなら、前に出ると決めた人だけが残っていけるのです。 

 

舞台といっても社会生活と同じです。この人は仕事ができるとか、この人に全部任せてもだいじょうぶとかいうようなことが、根底に信頼としてあって、全ての活動が成り立つのです。 

ライブを成り立たせるのは、歌や声ではなく、その人への信頼なのです。それがなくては、どんなにうまい歌でも、他の人は二度と聞きにきません。

舞台に立った、その顔つきをみれば、大体どのくらいできるかも伝わるものです。

 

最終的に伝達する媒体が、歌やせりふであり、問われる能力が役者やヴォーカリストというだけです。そこで成り立たないならこういう仕事はやってはいけません。 

頼りなさそうで何もできなさそうでも、歌だけは歌ってもらいたいとはいわれないわけです。声だけよくなってもそれだけでは何もやれないのです。人前でやれる人間力をつけていって欲しいと思います。

 

 

〇レッスンの活かし方

 

 たとえば基本の力がない初心者にとっては耳をつくるというのも一大テーマです。ここでは、ピアニストをつけ、マンツーマンのレッスン※を取り入れています。 

厳しいいい方かもしれませんが、毎月、受けつけても、多くはどこかでその人が大化けしない限り、やっていけるものではありません。皆さんにできることというのは、どこかで大化けするための準備をしていくことです。 

 

まわりの人に合わせて、あの人がやったから自分もやってみようとか、まわりがあまり出席しないレッスンは自分も出ないようにしようとか、そういう態度では先もありません。それは、日本の高校までの基準です。人がさぼったから自分もさぼっても大丈夫などという考えから脱するのが第一の勝負です。 

 

自分で全部考えていけるように主体的に取り組むこと、そこで考えたり手間をかけたり他の人がやらないで自分がやった部分でしか価値がつかないと思ってください。

 つまり、皆がやっていることを人並みにやっても何の価値もないということです。

 

 

確かにここにいると他の学校へ行くより、ここでやっていることについては、価値がでるかもしれません。しかし、ここでやらなくてもやれている人は世の中にたくさんいます。一人でやれる人もいます。環境的にもっと恵まれている人もいます。

 

ですから、常に世界で一番やっている人を相手にすることです。ここの基準というのは、世界の基準です。それはやっていける人に求める最低レベルのものです。

 何にしろ他人の環境をうらやむのでなく、自分のおかれた環境のなかで他の人よりどれだけ違うことをやったかの差をつみ重ねていくのです。

 

一つのことを人よりたくさん、必ずその2、3倍やりましょう。人が1時間やったらそれを2時間3時間やる、最初は量の勝負かもしれません。

これが、どこで質、つまり人の2、3倍の集中力と人よりも高いレベルでのレッスンになっていくかということです。このステップアップが、人とまみえないかぎり、難しいのです。

 

 

 仕事のある人も学校の勉強が忙しいことも自分への言い訳にしかなりません。時間がない、お金がないということもあたりまえのことでしょう。だからといって、やった人は皆、どの世界でもそこから裸一貫でやってきたのでしょう。 

 

何であれ常にネックにはなっているのは、状況でなくその人の考え方とやる気です。アーティストなのに自分という作品や人生へのイマジネーションとアイデアの不足でだめになるのです。 

もちろんそのプロセスでは優先順位の問題になってくるでしょう。自分の人生のなかで、何を優先していくかということです。

 

 

〇最低ラインを知る

 

 楽器と違いヴォーカルの場合は、その人の精神性なり意欲のところでカバーできるものがとても大きいことが、遅くはじめた人には救いとしてあります。テンションの高さ一つで、一つのトレーニングに、鈍感に何時間もかけるよりも、5分10分のなかで、どのくらい高い集中度でそういう世界へ入っていけるか、そのなかで作品をとり出す創作作業ができるかということが問われるのです。 

 

声も20代から有利になってきます。ただし、精一杯のことをやらなくては、ここでにいてもここに来れないことをバネに一人でやっている人にさえ負けてしまうでしょう。

自分のことは自分でやることの上にここが活きるのです。ここでやってくださいといっていることさえ、最後までやらない人も多くなりました。やるべきことをやっていて、ようやく平均レベルということです。

 ここのやり方以上に自分はやれるようになったとか、あるいはもっと違う方法でやっているということであれば、どのようにやってもよいでしょう。それがもし面倒くさくてとか、後ろ向きになってやらないのであれば、ここでにいるメリットを自ら失うことになります。もちろん、一人よがりにやっても同じことです。 

 

 

ここで2年間の大半は、最低ラインの条件をわかるためです。本当はもっとたくさんのレッスンを入れたいのですが、いろいろな人がおり、いろいろな個性もあるので、こちらもあわてずじっくりと取り組んでいます。

 最低限のものとして今までもいらないというものは、やめてきました。

他のレッスンに比べ、あまり意味がないということは、ストップしています。だから、今やっているレッスンはイベントも含め全てが大切なものなのです。 

ここはここでしかやれないことをやり、ここでしか気づけないことに気づき、足らないことを補うべきところです。

 

 

〇舞台にプロの基本をもつ

 

 ここの理想はありますが、レッスンは、ここにきている人の現実に合わせています。できるだけきている時間、大切な時間をお互いに無駄にしないということ、そのためにそこで目先のことより大きなものを得られるために使ってもらえるようにしたいと思っています。 

 

研究所を使い切るには、ここで1を与えられたら、自分でそれに9とか99、加えてふくらましていくことを常に考えること、それを怠ってはなりません。与えられた1に対して、その何%までやるかということではありません。 

知らない曲が多いのは、知っているものぐらいは自分で勉強しなさいというのが前提です。そこで知らないものがあることを知り、その感覚からも学べるようにしていくためです。

 

 音楽や歌をやる人たちが、その分野について少なくともどこかを深く知っているということはあたりまえです。ここでにいて、やれた人、後で伸びた人、だめになっていく人をみていくと、学び方の前に考え方がいかに大切なのかと思います。

 

 

グループで行っているので、上達するプロセスが、とてもよくみえます。 

2年間で大きな効果をあげていく人は、その理由があるのです。理由がなくて、効果があがるということはありません。

特に、歌や声の世界は、とても単純だと思います。小説などだと人生経験がどうとか円熟して50代になってから才能が出てきたとかいうことがありますが、音楽や声というのは、感覚と体に直結したものです。ですから、舞踏やピアノと同じで、その人の持ち味やセンスが早くみえます。

しかし、それを仲間内だけの評価に委ねないことです。トレーナーの評価からみると最初は厳しいとは思いますが、迷いがなくなるはずです。 

 

そして、一方的に評価してもらうことよりも、常に同じ立場に立ってみることで、なんでこう評価されるのか、自分がその先生の立場だったらどう評価するのか、を知ってください。

そこに評価の違いがあるのはどうしてなのか、仲間の誰々のことを自分はよいと思ったのに、認められていないとしたら、なぜかなどを煮つめていくのです。

すると、トレーナーの見解が間違っていると思うのは自由ですが、そのまえに自分の何かが違うとか足らないのではないかということも考えてください。

 

 芸術のことは、個性とか自分であることとかしぜんのままとかいわれますが、舞台としてのプロということを要求されます。一般の人のレベルで、その人のままであるだけではもたないわけです。一対一ではなく、相手は多だからです。 

 

 

皆がもし、1万人のなかで3分間歌わせてくれというなら、1万人から3分間ずつ歌を聞かなければいけないわけです。3万分というと1日1時間聞いて500日かかるのです。

 それを代表してできる権利というのはどこにあるのでしょうか。

 

それは他の1万人より基準が高いものを持っており、それゆえ、それを。自分のものとしてではなく、そこでシェアすることができるからでしょう。そのことに、誰よりも一番大事な時間をかけている、そしてかけてきた、だから与えることができるのです。そうでなければ、その資格はないでしょう。 

 

ここは、それをくみあげるための時間です。まわりと競争しているくらいでは、意味がありません。ここにいる人たちのなかで、一番やっていてあたりまえになることです。

日本だけでなく世界でいろんな人たちが一所懸命やっています。楽しんでいます。そのなかで自分の目的をきちんと設計するということです。

 

 

〇一流をめざす

 

 ここで入って、一、二年はまわりと比べてもしかたありません。ライブハウスでやってきた人が高校生や初心者をみて、「皆できないな、私できるんだ」といっても、これは競争にもならないのです。もし、競うなら、ここでのトップをめざしてください。 

 

大切なことは、自分と競争していくことです。常に去年の自分よりもできていくことです。仮にうまくはできていなくとも歌がうまくならなくても、去年よりも学ぶことがわかってきているのか、基準が高くなってきているのか、他の人のステージに対してきちんと読めるようになってきているのかを問うてください。 

 

どの世界でも、一流の人たちの発いや文章は大したものです。それは、内的な葛藤を経てきているからで、そこに基準があるからです。基準は、一つにはことばというかたちをとります。(というより、ことばがものごとを分けていくからです)自分に対して厳しい基準を適用しないと、よい作品はできないのです。何から、どう学ぶかというと、自分たちでやっていたらわからないことに気づくことで学ぶのです。

 

 

 学校へ行くと、1~2ヵ月で「レッスンは、いつも同じだから、自分でできる、その方が安いし時間も自由になる」と考えてやめる人もいます。学校に入って、そこで何をやっているかを知っても、何の意味もありません。

場に出て、そこで何ができるかということを出して問うこと、その繰り返しのなかで気づいていく自分になれることが一番大切です。 

グループのレッスンで問うて欲しいことは、そこのなかでどれだけ自分が他の人と違うことができるかということです。

 

 

〇舞台での価値を出す

 

 個性といっても、自分だけが頭で思っているような個性では吹っ飛んでしまいます。そんなことなら誰でも個性があるわけです。生まれてきただけで一人ひとりは異なるしすごいわけです。それはベースです。だからといって、ここで3分間やってお客さんからお金をとれないでしょう。お金ではないといっても、感動させたり、元気づけたりするのはもっと価値の要ことでしょう。 

 

ステージだけが人生ではないのですが、そこを人生にしていくのであれば、舞台に対する価値づけをしていく必要があります。それは来るお客さんに対して自分の価値を認めさせていくわけです。皆が一人勝手に思っている個性とか才能とかということと、違って、ルールがあります。

 

 ましてや歌とか声優の世界になっていくと、音声のなかで表現したものの価値づけとなっていきます。いくら人柄がよく、やさしくて性格がよくても、そこでやっていけるのとはまったく別です。

また、そこでやっていけないことが、人間として足りないとか、よくないとかということでもありません。

これは当人の生き方の価値観とやることへの使命感、責任感の違いです。舞台を心地よく自分で思っているようにできるというのではなく、そこで他のどこにいるよりも輝けるとかいうことです。誰にも出せない自分がどう出せるかということです。

 

 歌や音楽は、本当にそのことが好きで、他のどんなことよりも、飯を食ったり家でくつろぐよりその方がよいとか、それがなければ生きていけないという人にしか残らないものかもしれません。そういう人たちが世の中にたくさんいます。その人たちの一部が他のものをやれないしやらないから、残っていくのです。あなたがそうであってもなくても、そのなかで、勝負していかなければいけないと考えるとよいかもしれません。それは、やってみなくてはわからないのです。

 

 

〇テキストをどう読むのか

 

 常に考えて欲しいのは、自分が与えられた状況で、どう期待に応じた役割を演じるかということです。最初はそこにあるものをどう生かし使い切るかということを知っていくことです。 

関連本もすべて読むことです。今までやってきた勉強の仕方から抜けられないうちは、「どういう順番で読むのですか」、「何ヵ月でどこまで読めばよいですか」などと聞きたくなるでしょう。それはすべて、頭の世界です。

 

 好きに全部読めばよいのです。わからなくてもよいのです。その上で気にいったところがあれば何回も読んでおくことです。大切なのは、それをやることでの自己満足でなくそこからどう身につけるかです。読んだから偉いのではなく、読むのは誰でもできるからそんな読み方をしてもだめなことを知るために読むのです。 

 

それらはベースに入れるものであり、それをやったからといってすぐには何の力にはなりません。知識や理論を教わるということだけでは実質として得られるものは、ほとんどありません。頭で考えるふりをしたり迷ったりするのを切るために読むのです。

 

 

 自分がトレーニングをしていくときに、「あっ、こういう感じは、あそこに書いてあったこういうことだな」と自分で気づいたり発見したりしてはじめて、自分の身になっていくのです。そのための理論です。他の人が気づかないことに気づいていく、あるいはそれを取り入れて自分の体や感覚が変わってきたところしか、ものにはならないわけです。レッスンも同じです。

 

 いくら先生方に歌っても、あなたが歌えるようになるわけではありません。 

手間暇をかけることを恐れないでください。「こんなことをやっていてよいのか」とか、「なかなか進歩がみられない」と思うかもしれませんが、それは、まだまだ入っていないからです。あせらず、入れていけばよいのです。

 

 

〇人前に出て学ぶ

 

 基本はなかなかできません。だから、レッスンを受けにいきます。人前に行かないとできないのは、一つはテンションが大切だからです。やれている人たちがあたりまえとしてもっているテンションは、やれていない人にとっては比べようもなく高いテンションなのです。 

スポーツでも舞台でも、そこになじんでいくに従い、その力の必要性がわかるはずです。そういう人たちの横に5年10年いたら、しぜんと変わります。初心者にとってはやれている人のそばにいることほどよいレッスンはないのです。

 

 人間が人間に働きかけるところにいるが、一番大きな力になります。皆のライブなどにくるお客さんは音や声のレベルで判断できる人ではないでしょう。 

ここでは、二、三年たつと皆ヴォーカルをめざし耳ができてきている人、何年も一緒にやってきている人たちがお客さんになりますから、とても厳しいはずです。ごまかしがききません。 

 

私も、他のところへ行って初心者の前で話すとしたら、何を話しても通りますが、5年も10年も一緒にやっている人は、ずっと私の話を聞いてきていますので、同じような話をくり返しても通用しません。自分を甘えさせないためにはそういう厳しい環境が必要です。

 

 

 だから、活動を始めるといってここを出ても、そこで歌もおわってしまう人が多いのです。それは、本人がやれているつもりでも、ここのときよりもよいものを出せなくなってしまうからです。

ここでやれたり、認められたりしたことを自分だけの力と勘違いするためです。

一度得た感覚や基準も少し慢心すればすぐに吹っ飛んでしまうの恐さこそ、学ぶべきことなのです。舞台は、生き物とよくいわれます。慢心したり、弛んでいない限り、楽な舞台はないのです。 

 

皆さん自身がしっかりと挑めばトレーナーもその才能を活かせるし、皆さんのためにもなります。スポーツと違い、ベンチに何人しか入れないというようなことはないのですから、皆がすごければすごいで、いくらでもお互いに向上していけます。そういう場としてここはあります。

 

 

〇ステージで問う

 

 ここは、元々、声に対する世界の窓だったのですが、今は歌や音楽、そして世の中においても窓といえる場となりつつあります。それだけ、何がやれる力かということがわからなくなった人が多くなったのです。 

今は、一般の世界でも同じだと思います。

サラリーマンでも今から30年くらい前の日本でセールスの道に入ってやれるくらいの努力をしたら、今では売上がトップになり、スターの扱いを受けるでしょう。

ヴォーカルも同じで、30年前の芸人と同じような心構えで学んだとしたら上達しないわけがありません。

 

 今、歌を本当に本気でやっている人、命をかけてやっている人はほとんどいません。基準が己の内でなく外にあるのです。そして、そのことさえわかっていません。業界のなかで何百人デビューしても、明日には続かなくなると思ってやっている人たちばかりなのです。

 

 

しかし、自分の足元をきちんと固めれば、どこでもやれることです。自分にトレーニングの必要があるのかもわからないから身につかないのでしょう。やっていて楽しい、やっていて幸せだと自分で実感できなければ続きません。ステージをみてよい影響を受け、イマジネーションを働かせて目標を高く設定しておかないといけません。

 

 続けられる理由を、入ったばかりの人にみるのは、なかなか難しいものです。歌が好きだ、「ステージがやりたいからやっている」といいながら、その人のやっているステージや歌をみても全然本人自身が楽しんでいるようにみえないということがほとんどです。 

まわりの人のことは気にしないでください。自分以外の人は、いずれ皆いなくなる、ほとんど歌などやめてしまうというぐらいのつもりで一人で勝負してください。まわりと競争するのでなく抜きんでて、高いレベルの人とやれるようになってください。

 

 研究生の年齢やキャリアには、差があります。しかし、それも全然関係ないということです。練習することはあたりまえ、できないからだめということでもありません。この世界は実質のキャリアがすべてです。歌だけを歌って30年以上やっているという人は、世の中にはたくさんいます。日本全国どんな地方にも、そういう人はたくさんいます。でもそんなことを恐れる必要はありません。ステージで何ができるかが勝負だからです。

 

 

〇見えないものを見る

 

 こういう分野というのは、やるほどに深いものです。とにかく2年間で少しでも深みを得ていってください。その2年間が、その後をここで過ごすための体験レッスンや、前準備に終わってしまうかもしれません。それでも構いません。すべては、皆さんの毎日の意識、やる気次第です。最近はだまっていてもきちんと反応ができてくる人は、極めて少ないようです。 

全力でやるということを心掛け、実行してください。私たちもそれに対して、退屈させないこと、刺激を与えることをやっていきたいと思います。

 

 会報を読んでください。なぜ毎月、本一冊分くらいの会報を出しているかということさえ、わからない人にはわからないのです。気づく人は気づけることが、気づかない人は気づけないのです。わからないから気づかないからだめということではなくて、そこで「気づく人もいるんだ、わかる人もいるんだ」ということを知ってください。見えないものを見る努力をしていく世界で見えないものを感じさせたり気づかせたりするところからやることは大変なことだからです。

 

 ジャズやシャンソンをここでやっても、10人のうち、たぶん7人は退屈すると思います。あと2人くらいはがまんして聞いて、あとの1人はもうおもしろくてたまらないでしょう。そこには何の差があるかというところから考えないといけません。 

音の世界を出して楽しむことに対する感性が磨かれていて、自分のなかにいろいろなものが吸収されていたら、いろいろな聞き方をして楽しめるわけです。ましてや、学んでいる場ですからなおさらです。

 

表現は、自分が魅力的になっていくわけですから楽しいことでしょう。ですから、あまり苦しんで学んで欲しくはありません。いろいろな努力も楽しいことができる力として身についてくるものです。そして最終的には、人様に何を伝えるか、人様に何かを与えられる人間になれるかということです。

 

 

〇続けること

 

 2年で歌がうまくいかなければあきらめるとか、音楽の世界から去るという考えは、あまりして欲しくありません。もしかすると、3~4年目に力がぐんと伸び、その力を発揮できるかもしれません。4年が下準備で6年目くらいから芽が出るかもしれません。もっと長いかもしれません。人によって違います。 

 

それも続けていけないと、何ともいえないです。できる人がやってきた準備に必要なものを、皆さんに与えていきますが、決して急がないでください。やれた人の才能とは続けた才能です。どの世界でもやった人は、やれるまでやったのです。 

 

プロといっても上には上がいます。世界、つまり外国人のレベルで、そういうことができることを想定しているとしたら、ほとんどの人には、まず不可能なことです。今、日本でトップクラスで歌えても、それゆえ難しさを知ることになるでしょう。

 

 

〇時間とキャリア

 

 2年間、毎日朝8時間つめてやったとしても、時間数でカバーできたとしても、質の量、内容面でそれ以上のことができるかというと普通の人であれば難しいでしょう。それはプロの経た年月での経験ほど気づけないからです。他の人の気づけないことに気づくのが才能といえます。 

他の人と同じだけの量と質をこなしていないのに、音程やリズムもとれないといってもしかたがないでしょう。それだけの量とそれだけの質をこなしている人は、そこはクリアしています。人の10倍やれば、2倍ほどは身につくのです。 

 

ヴォーカルに対してもいろいろな質問を受けますが、「あなたはきっとここの上級の人よりやっていないでしょう、それだけの差ですよ」と答えます。何を何時間やったのかというようなことは具体的に検証しなくともだいたいわかります。世に出る才能の一つに器用さはありますが、それは音楽や表現における才能とは違います。

 

 大切なことは、まずは感じること、聞くこと、入れることです。学業や生活も仕事が、習い事を妨げるわけではありません。意識的に芸術的生活を中心にしていくことです。現実から逃げずに音の世界に入っていくことです。本人はかなり音楽を聞いてきたつもりでも、本当の意味であまり入っていないものです。ましてや自分がその音のなかで何かを創ろうとするための材料としては随分と足らないものです。 

 

 

漫画や画でも、プロレベルで書ける素人もたくさんいます。でも、いくら絵がうまくても、それが生き生きと動かなくてはやっていけません。

 

 一方、ヴォーカリストは、音の組み合わせ方について勉強する機会もなければ、試みてもいません。「何でもよいからアドリブで自分が感じていることを音で表現してください」といわれても、ほとんどの人はやったことさえないわけです。音と向き合うことをやっていないからです。 

 

音痴とかリズムがとれないというのも、ほとんど、自分で少しやったと思っているだけで、本当はほとんどやっていないのです。やってきた人たちを並べて比べてみたら、大体はやっていないだけの差だということがわかってきます。そうなれば、やるしかないわけです。やれば誰でもできます。言葉を話せない人はいません。しかし、歌は、少し特殊なものだから、やるべきことが別にあるのです。

 

 

〇レッスンという場

 

 週に1回しかとれない人、もっと来られない人もいるかもしれませんが、そういうことは研究所としては問うていません。自分でやることが第一です。しかし、そうしてやったことを出す場が必要なのです。 

レーニングは、自分でやるしかないのです。一人で熱く静かにやって、自分で身やった分につけていきます。一人でやらなければ身につきません。しかし、人前で問わないと本当のところ気づけません。だから、レッスンが必要なのです。

 

 ステージをみると、よくわかります。どんなに私たちが助けたくても、結局はその時間、その瞬間に助けられることは何もないのです。脇で見ているしかないのです。じれったいほど、何もできません。本人が失敗したら本人の責任だし、本人が賞賛をあびたとしたら、それはすべて本人のものです。

 

 

私たちにも評価がくるかもしれませんが、それはその人が与えてくれたものです。ですから皆で分かち合ってどうこうやっていくというよりは、まず一人で力をつけるトレーニングをしていくことです。そしたら、その人が生きて、場にでるだけで人に力を与えられるのです。 

 

レッスンというのは、人前にそれを取りにいくためにあるのです。トレーニングの結果、これだけできるようになったということをみて、さらにそのトレーニングをどのくらい厳しい基準でやらなければならないのか、どのくらいのテンションの高さで集中してやらなければならないかということを身をもって知るためにあるのです。

 

 声や音楽の基本の勉強というのは、音のなかでやります。私は現在の日本のほとんどの学校や劇団ではやりづらいと思っていますが、なぜかというと、演出面とかお客さんの前に出すことばかり想定するから、先に形を整えなければいけないからです。しかも時間がほとんどありません。実力のない分、ごまかしをしなければいけません。エコーをかけてみたり、照明をあてヴィジュアルに頼ってみたり、他にうまく合わすことにいかざるをえないのです。それは現実にはしかたのないことです。

 

 

 もし一般のお客さんをここに入れようとしたら、演出やサービスに力をいれると思います。今はそういうことはないために、理想を追求できるのです。それは、研究所としてはとても大切なことです。そして同時に、日本のもっとも大きな問題です。 

 

やれている人たちは、どんどん場に出そうとは思っています。ライブで問うことですから、舞台経験をトレーニングと純粋に考えてもよいのです。しかし、そこでは実験的な試みをやって、お客さんには全然わからなくても、すごいもの、後につながるものが出せるかという可能性でみていく場としてありたいです。そこで完成させようと考え、小さくまとめなくてもよいという場でありたいのです。

 

ここのなかでいったい何が問われているのか、というのは常に基本と答えています。基本というのは面倒くさいことです。第一に普通の人にはものすごく集中しなくてはかなわないことです。ただプロの人たちにとってみたら、応用し、展開するために絶対そこは落とせないところです。応用で力がつくのではなく、基本のベースのところで力をつけて応用してみることと力を発揮するのです。これは声から人間関係において全て通じることです。

 

 

〇後で伸びるようにしていく

 

 ここに入ると提出する書類がたくさんあります。あなたの何倍ももっと書いている人がいます。別に書けたから歌がうまくうたえるわけではないのですが、同じ努力だとしたら、書ける人の方が、何か勉強できているという見方もあるわけです。そういうことで学んでいくしかありません。 

 

自分がいくら書いても会報に載らない、それに対し、いつも載っている人がいるとしたら、今の力でいうと、歌は同じくらいのうまさかもしれなくとも、5年10年後にどちらが伸びるかというと、やはり書ける人の方が伸びるでしょう。書ける人というのは、評価する力があるわけですから、自分のこともいずれわかってきます。すると自ら正していけるのです。 

 

他のところにも器用な人はたくさんいるのですが、気にしなくてよいのです。今どんなに若くても、あるいは初心者でだめであっても、0から1、1から2、3という基本をきちんとプロセスとして踏んできた人はあとで強いからです。

 1を2にするにはどうすればよいかをわかる人は、それを3、4、5にするにはどうすればよいかもわかります。ところが、器用で最初から50くらいのステージをやってしまった人はこれを60にするにはどうするのかわからないから、伸びません。人に整えてもらった50を守ることでいつも精一杯だからです。

 

 

 毎回まわりにいわれて、まわりが全部やってくれたら、どこをどうすればよいのか、一人ではわかりません。しかし基本をコツコツ5年6年かけて正していたら、そのうち50になってそのうち60になって、ずっと伸びていけます。そこを勉強するわけです。 

 

レッスン一つ終わったときに、気づいたことを2行書くとします。「自分は2行しか書けない、2行書くのもしんどい。」そのときにいつも、今一歩踏み込んで、あと10行書く努力をするかどうかです。本当に毎日の小さな積み重ねです。いつも、今ここでどうするかが問われているのです。それをしたらすごくなるのではなくて、プロの人や第一線でやれている人は、それをあたりまえのようにし続けているのです。 

「あんなにうまくなったのに、もうそんなことをやらなくてもよいのに」、と思われても基本をやるのは、スポーツと同じです。一流のバッターは誰よりも素振りをしているから、その地位を保てるわけです。そうなったから今度はファンの期待を裏切らないように、やらざるをえないという苦しい立場におかれます。でもそのことがどれだけ大切かはわかっているわけです。

 

 

〇プロセスを踏む

 

 「2年間で歌が本当にうまく歌えるようになるのか」、「すごいステージができるだろうか」と思っていませんか。そうなればよいということですが、そう簡単になるわけでもないでしょう。それは誰よりも自分でそうなってあたりまえと思えるだけのことをしないうちは実現しないものです。 

大切なことは、そのプロセスを踏むということです。どこでもそのプロセスを踏んでいると伸びます。

 

 今日も家へ帰ったら、「今日の話はどういうことだった、今日やったことからどう勉強できるのか」という復習というプロセスをきちんと踏むことです。この毎日が続いて、基準がレベルアップしていきます。やっていることも歌も音も、他の人たちが「なぜあんなにすごいことが表現できるんだ」、「なぜ30分であんなにたくさんのことが書けるんだ」、「しゃべれるんだ」、「なぜあんなにたくさんの音楽を知っているんだ」と、おどろくようになったときに、その人はプロという名の価するのです。

 

 まずは、どこかでやるしかないでしょう。どんなにお金かけた学校に行っても、ぼけーっと通っていて力がつくわけではありません。そういうところへ行くと、やれといわれたことしかやりません。だから絶対にだめです。鈍くなってしまいます。 

 

 

楽して伸びるという方法はありません。しかし、苦しいのはセッティングまででしょう。やり始めるのは大変で、やるとおもしろいものがよいものです。 

大変なのは、正しくやることです。伸びた人が皆、おもしろいといっているのは、そのプロセスを全力でやって楽しんだからで、やっていないということではないのです。やっていないのにやれた人はいないのです。

 

 皆さんにも、できたとかできてないということを問うのではなくて、10年20年かけても呼吸法一つ、発声一つ、完成させることでさえ、多くの人間はできないというところから入ることです。世の中には神様みたいな人もいます。たとえばパヴァロッティみたいにすごい声には、いくらわかっていてもそう簡単には近づけないでしょう。しかし、自分の理想に絶え間なく近づいていくということはできるのです。他の人の世界で通用するには、それでも充分なのです。

 

 ほとんどの人は、それが目的なのにそれさえやらないのです。ちょっとできたら、それで今日の練習をやらなくなる、腹筋のトレーニングをやらなくなる、息吐くこともやらなくなるのです。たかが、3年も続かないのです。もっと大きな目的意識を持ってください。 

 

 

1ヵ月くらいで何ができたとか、1年たったらどんなことができたということよりも、その先を行くための基本のプロセスができているかということを問うことです。それができていたら、研究所を出て、どこでやっていくにも、それは全部、生きてくることだと思います。 

 

いろいろな学校を短期に回って先生を変えている人もいます。ここでに来るときも、あそこもだめで、そこもだめで全然、効果がなかったといってきます。本当にそうなのでしょうか。それは使えなかった、使わなかっただけではないかと思います。 

 

それと同じ考え方では、ここにきてもだめだになってしまうと思うのです。 

「ここでにいたけど、全然、教えてくれなかったからうまくならなかった」ということにはしたくありません。 

 

 

ここで、いろんな人たちをみて、伸びる人のやり方を学び、伸びるには必ず理由があることを知って欲しいのです。 

2、3年もたつと、「なんでこの人こんなに伸びたのだろう、へただったのに」という人も現われてきます。多くの人はもっとも大切なこと、日々、継続することの力を知らないために活かせないのです。彼は、それだけやったのです。

 

 できたら今日から、そのプロセスはスタートさせてください。プロの人たちというのは、プロのトレーニングをやっています。つまり、プロのレベルのトレーニングのやれる人がプロなのです。表向きはプロもアマチュアも関係ありません。もしここを使うのであれば、意識や取りくみはプロとしてもっていて欲しいと思います。その方が、迷わない分確実に伸びるからです。

 

 ここは、会報のバックナンバーなど、いろんなものが置いてあります。まず自分の足元をみてください。いろいろなトレーナーもいればいろんな研究生もいます。あるものはすべて使い切っていくために好奇心旺盛に何事でも触れ、また参加してみてください。

 

 

〇3つの心構え

 

 3つのことを覚えていてください。 一つは人の前に出ることです。前にでることはでしゃばるようで、日本の場合、あまりよいことに思われていません。ただこの商売も他の仕事も、すべてここから始まるということです。好きとか嫌いではなく人の前に出て、自分をさらし、人に対して何かを発しない限り、始まらないのです。レッスンに出ることも、その一つです。 

人の前に出るということは、人の後ろに隠れないということです。大変だとは思いますが、常に前に出るしかないのです。レッスンでも「今日は出たくないな」と迷えるくらいなら常に出なさいといっています。そこで自分に負けることを重ねてしまうと、2年後3年後などはありません。 

 

2つ目は、まねをしないことです。これもまた難しいです。何がまねで、何がまねでないかということさえ、最初はわからないからです。自分では、あるアーティストとはまったく違うように歌ってみたのにただ、一人よがりのワンパターンや、違う人と違う人を掛け合わせただけだったりすることが多いものです。自分のなかに何が入っていて何が出せるかというのは、高い基準で学べないうちにはわからないでしょう。そこで最初は、まねから始まるのは悪くはありません。

 

しかし、それはそこから自分のものでないものを、壊し、捨てていくのです。他人をまねたタイプで、汚れているということです。プロの歌手も、何回も何回も歌っていると、だんだん汚れてきます。慣れあいのなかで新鮮味が欠けてきます。 

よほど厳しい人のみが、常に新たに表現して魅力的にひきつけられます。音楽も、少しでも手を抜くとだらだらとなるのです。ここの場合は、そうなってはいけないのです。 

 

 

3番目は、群れないことです。つきあっている人をみれば、その人がどのくらいやれるかというのはわかります。やっている人は、やっている人たちのなかでやっていきますから群れません。やっていけない人たちのなかで、いくら集まってみても、アーティストの世界では不毛です。やれない人が1万人集まってみても、何もやれないのです。やれる人が1人がきたら、やれる1人を連れてきたら、それですごいことをやれてしまうのです。よかれあしかれそういう実力の世界なのです。 

だからよい意味でお互いに高めるように群れて欲しいのですが、日本人は群れるのが好きで、難しいようですから、群れないようにといっています。 

 

たとえばロビーで会話をしていて、とても高いレベルの音楽談義が行なわれているのでしょうか。外国人の何とかというヴォーカリストの出した曲に対しては自分はどう思うとかいう他人の批評でもまだましかもしれません。しかし、そういうこととはあまり関係ないことばかりです。ことばは、大切なのどを使って声にしているのではないでしょうか。 

「あの先生、今日、機嫌どうだった」「何か悪かったみたいね 何かあったのか」というどうでもよい話ばかりでしょう。「そういうことをやっている暇があったら、ロビーでおしゃべりなんかせずに、のどを休め、一流の音楽を聞きなさい」というしかありません。今日の時間は二度と取り戻せません。

 今、あなたの口から声として発したことばがあなたの一生を決めていくです。 

 

初めは音楽活動や創造的なことをやろうと思って入ってきたのに、そのうち寂しくてとか、どこからも相手にされないからここでにきているというように、目的が逆になってきてしまう人もいるのです。それでは戦うためでなく癒しのための学校のようになってしまいます。音楽や歌に癒されてよいのですが、私はここでそうしたいとは思いません。

 

 

〇楽しいレッスンより力がつくようなレッスンを

 

 レッスンとかライブによって皆は癒されるのでなくて、皆が癒してくれなければ困るわけです。役者とか歌手というのは、自分で傷つき苦しんで、その結果、昇華して出したものでお客さんを元気づけたり勇気づけたりするものです。舞台でバタバタして苦しんでいるのは誰も見たくありません。

 

たとえ素っ裸になったからといってお客さんが喜ぶわけではないでしょう。「そんなものやめなよ」で終わってしまうのです。芸の力がない限り、もたないし、一回出てしまったらもうそれで終わり、それだけのことです。そういうレベルではなく、しっかりとしたことを積み重ねていって欲しいと思います。 結果はプロセスがないと出てきません。それぞれのレベルで問うのも、結果がすべてです。プロセスがあろうがなかろうが、結果が出なければまだ結果が出ていればプロセスはよいということになります。

 

 ここは、プロセスとして見られる期間です。へたに思われないようにうまくこなそうと守りに入るのではなく、とにかく自分でやれることを全身で精一杯追求してください。その結果を歌が壊れようが声がうまく出なかろうが、何か一つの思いを示せたらよい、自分がアピールできたらよい、そんなところから入ってみてください。その思いを伝えるのに不可欠になるのが声でありことばなのです。

 舞台ということを常に考えたら、何かことを起こさずして、表現のなかに入れないでしょう。

 

 

〇トレーニングは独力でやる

 

 仲間とうまくやれることよりも、まわりの仲間から毛嫌いされて、「あいつには鬼が住んでいる」というくらいに思われないと、大したことはできないのはどこの世界でも同じだと思います。 

なぜなら伸びるときというのは、必ず一人でやるからです。一人で静かに深める時間をとることが、とても大切です。だからといって、家のなかにこもってすべてできるかというと、できないから、そこで何をどうすればよいのかということを学びに研究所を使うのです。

 

 

〇今日のことばが将来を決める

 

 ここでに皆勤してくださいということではないです。「今日は行くところもないし、映画に行くお金もないし、研究所へ行こう」というのでは、逆です。しかし、それでもこないよりはましです。 

このようにいっていることは、やる気のあるうちはとてもわかると思うのですが、少したったときにはどうでしょう。

このことをもういわれなくて済むのか、それとも逆に今日、いっていることが厳しく思うくらいになってしまっているのか、それは今日からどういう生活を送るかで決まってくるのです。少なくとも、そのことをわかっているといいつつ、やらない人にはなって欲しくありません。 

 

半年くらいは誰でもやる気になります。来るだけなら少しがんばれば続きます。しかし、それさえやらないうちにやれなくなるのです。そして自分の言い訳をこさえてやめてしまう人も少なくありません。 

今から一年半くらいからが第一の勝負です。マラソンと同じで、今は皆、スタート前、一年半で、まだトラックのなかを走っているところですから、意識は高いはずです。それはあたりまえの話で、この入口では皆、見ているからです。 

 

いくら「私はすごいぞ」と、思っていても、半年後に力尽きてしまっては、何にもなりません。半年たって、「こんなにやったのに全然うまくならない ではあきらめよう」とならないように、どうするのでしょうか。ランナーの闘いはトラックを出てからの孤独との戦いなのです。

 

 

〇創作の作業に入ること

 

 プロセスのなかで自分を発見していくこと、何かを創っていくということは、本当におもしろいことです。自分のものをとり出せるから、レッスンもステージも研究所もおもしろいのでしょう。他人のつくったものをみるより自分でつくっていく方が楽しいでしょう。歌が嫌いな人でも、人前に出るのが嫌いな人でも、おもしろいほどなのです。ときに作業をするのも楽しいでしょう。ゴスペルをやるのも新鮮でしょう。しかし自分の作品がいかに創造的であるかが問われます。

 

 厳しいのは、それを人前に出して、価値をつけなければならないからです。自分が評価するのではなくて、人様が評価する、そういうところで、問われることがたくさんあるからです。自分の基準を高くして自分が納得がいくことを、やっていくだけではなく、自分より、もっと大きな基準によって自分を正していくことが大切です。 

 

ここでには、いろんな人がいて、いろんなプロセスも経ることと思いますが、よいこと嫌なこと、全てのことをよい刺激として受けとるようにしていってください。

 

 

〇場を変えること

 

 いろいろな意味で個人的にも接する時間をとります。その人の傾向も見て、何をした方がよいというようなアドバイスをしていこうと思っています。しかし与えられるのを待たないで、自分でとってください。上達したいといいながら与えているものにさえ参加しないとか、とらない人がいるのは不思議なことです。 

 

人数はたくさんいても、実際に私が常にここでにアーティストとしていると実感している人数はその1割くらいです。何かを求められたとき、それに対して対応できるだけの用意はあります。すぐに答える、すぐに変えるということでないときは理由があるからです。そういうことも伝えていこうと思っています。 

 

皆さんが研究所を変えるのです。いや、皆のなかの一人が2年後3年後の研究所を大きく変えるでしょう。日本を変える、世界を変えるつもりの人なら、ここも変えてあたりまえでしょう。そういうことが、音声で表現する、舞台をやるということなのです。

 

 

〇歌という固定観念をぶちこわせ

 

 ここの一つの制度のもと、お客さん気分で、お金を払っているということで満足しているとしたら、おかしなことです。サービスを求めずに、まず自分が何を、(ここでも研究所を通してでも)与えられるかを問うていくことです。自分の才能とは何なのか、自分が人様に対して価値を与えられる部分とは何なのかということを知るのです。 

 

皆は歌を完成させることが目的だと思っているかもしれませんが、3番まで歌おうとしても歌えなかったからといってどうなのでしょう。同じ歌にもいろいろなものが入っています。アーティストたちというのは、皆それをやってきた人たちです。何かを認められてきているのです。そこの部分は何なのか、それを知るとものの見方も変わってきます。

 

 

〇もっと深い自分をとり出していく

 

 体の感覚を変えるということを最初にいっています、変えるには時間がかかります。まず意識から変革していくのです。その人の考え方や精神的なものが、本当に伸びるための勝負になったときには大きく影響してきます。 

ですから私のレッスンやコメントでも精神的なことも含め、いっています。そういうものが足らない場合、入れざるをえないのです。 

 

たった一人の人間がすごいものを創っていく、そういう可能性に対して背を向けたら、創造の世界は閉じてしまいます。 

誰でもやればできることについて、やり続けることさえも、ステップアップすると毎日、手間をかけることが大変になってきます。それは握り続けなければ、離れてしまいます。せっかく欲しいと思ったのなら、きちんと手のなかに入れて、しがみついてでも離さないようにして欲しいと思います。

 

 

〇研究所と私

 

 私はこういうことをやってきて、とても幸せだったと思っているし、皆さんにもいえて幸せです。私のレベルで得たことはある意味ではここにいつづけることを選んだ人は、誰でもできることだと思っています。しかしほとんどの人たちは、いろんな理由を自分がつけてそれを離していくのです。だからそうでないようにしたいと思って研究所をつくったのです。 

 

やらない人に限って他人のせいにします。人の生き方、価値観、どれが正しいということはできません。歌や音楽を選ぶと簡単にいえるものではありません。ただ、ひたすらやることが生きることでしょう。熱く生きていたら、まわりに熱が伝わり熱くなります。そして、少しずつ人生が開かれていくのです。それは自分で考えてください。

 

 

〇歌は買えない、育てるから価値がある

 

 まずはあなたにとって好きだという歌とはいったい何なのかということです。私もスキーやスケート、山登りも好きですが、そういうことは一人で楽しむもので、人様にみせる、あるいはその案内を他の人にする時間をさこうとまでは思いません。そこで選んでいるのです。 

 

あなたが歌を選ぶ理由は何であれ、選んだら責任をもってそれを育てていくということです。それは花に水をやるみたいなものです。簡単なことなのですが、ほとんどの人は枯らしてしまうのです。育てるよりも咲いた花を買うことをのぞむからです。それが歌や音楽だと思っていませんか。 

 

せっかくここでに入ったのだから、そのことが好きでも嫌いでもがんばってみることです。そういう考え方や精神力を身につけたら、違う方向へ行こうが、きっと役立ちます。同じことを深いところまでやっていたら、いろいろなものがみえてくるし、いろいろな人との関わりができてきます。 

 

まわりから認められるには、継続することが条件です。世の中にたくさん才能のかけらがあるのに、それを育てていく人はほとんどいません。もったいないことです。自分で自分に水をやることです。やめたくなっても、もっと自分にとって大切なものがみつかるまではやりつづけることです。隣りの人の芝生は青くみえるものです。

 

 

〇レッスンはトレーニングはくり返して、身に入れるもの

 

 今日の話は今日で終わるのでなく、今日から始まるのです。このことが2年続けて、何回もくり返されて、身に入るようにするためにレッスンがあると思います。今日、伝えたのはことばであって、本当の意味で皆に役立つのは、皆が厳しい目にあったり、めげたり、悩んだり、いろんなことをしたときに、「あっ、このことなんだ」とか「あそこでいわれたことが、このことなんだ」と、そのように味わうときです。心で味あわない限り、身には入りません。

 

 いろいろなものを通して、まず見聞を広げて欲しいのです。1ヵ月2ヵ月ですぐにうまくなろうなどと考えないで、まず音楽、歌、音声、舞台という中で、世界中で今まで何がなされ、何が起きてきたのかということを勉強してください。歴史から学んでください。すると、もっと精神的に深くなります。いつしれず迷ったりやめようと思ったりせず、ただもくもくとやっていけるようになります。 

 

ただやるだけとなれば、本来は楽なものなのです。スケジュールと同じで、こなしていくのです。今日は行こうか行くまいかと迷うより、予定をこなすために、今日もレッスンにいくのです。

 

 

〇舞台を基準にみていく

 

 人前に立つことが日常的になってくると、何をやろうかといつも考えるようになり、話す材料なども集まるようになります。それを見つけるのが、そのうち楽しくなってきます。人が待っていることにこたえようとし、こたえられないと、つらくなってきます。そうすると責任は果たしていこうと思うでしょう。そして誰よりも量をやっていくうちに、いろいろなものができてくるようになります。

 

 そういう精神を楽しみつつまわりに伝えていくことが大切です。歌も音楽も同じです。私がやるのではなくて、あなた自身がそういうものもとにシミュレーションとしてここを使っていって欲しいのです。ここは皆さんの舞台、あるいは皆さんの生き方のベースになるものとしてありたいと思います。ここでそういうものをつくるというつもりでやっていくとよいと思います。 

 

自分はできないと思ったら、それまでです。夢は持ち続ける限り、近づいていけます。必要なものは身についてきます。やること、そして続けることです。それだけです。

 

 

〇常に、3倍返していく

 

 表現として伝わることがわかってくると、読み上げているだけの人をみたときに、「あっ、ここ足らないな」ということが、指摘されなくとも気づくようになるはずです。そこでそれを補わないと、どんなに必要性があっても身につきません。入っていないものは出てきません。それには、めんどくさい、恥ずかしいと好き嫌いで選ぶのではなく、厳しい基準を持ってみることです。 

 

「書くのはいやだ、未完成で出すのもいやだ」というような言い訳をつくらないことです。好き嫌いをしていたら伸びません。「今の自分は、今の自分、それで楽しんだらいいじゃないか」とすぐれていく人は書いていきます。 

会報に載っている文章も参考になるでしょう。「自分もこういうことやってみよう」と、試みていくことです。

 

 皆でやりなさいとはいいません。ここには最低限のことだけ、置いておきます。それをクリアしてください。できたら1.5倍、2倍としてここに、返すようにしてください。人生というのは3倍返せたらやっていけるのです、何か1つ与えられたときに、それをやらないのと3倍返そうと思って生きているのとではまったく違います。相手の立場に立って考えるなら、簡単なことだと思います。

 

 

〇自分で問いをつくる

 

 よく例に出すのですが、通信添削では問題を解く人が、お金を払います。それは問いをつくった人が価値を出しているからです。手間ひまをもっとかけているからです。問いの答をつくった人も答えが出せるわけです。正答を返しているだけで価値はつかないでしょう。だから早く問いがつくれるようにならなければならないのです。 

 

歌を一所懸命学んでいける間は、歌うのにお金を払わなければなりません。本当は逆のはずです。先生に一つのメニューを与えられたら、先生は一つつくるのに何時間もいや、何年もかかったのだから、そこで頭をふり絞ってもっと時間をかけて、自分のメニューを10個も100個もつくらなければいけません。そういう毎日を送っていかないと追い越せません。その下でやらないことです。先生が上、自分が下などということを考えたら一生、それで終わってしまいます。

 

 同じ人間であるのに、たまたまそのことに若干、早く生まれたり、時間をかけ、長くやってきたことで、やれるようになるのです。トレーナーも先輩も今までいろいろな経験を積んできてここにいるのですから、それを活かすこと、そのなかで何かの意図に気づきあって出していくことでです。 

それらの材料に対して皆が、より気づいて、よりそれを応用して欲しいのです。つまらないレッスンだと思っても(ある人にとってはそういうレッスンもあるかもしれません)、そこでもし先生のやることと同じことができなければ学べることはまだまだたくさんあるわけです。

 

 

〇研究所をやめるとき

 

 研究所を見限り、やめようとなるときには、少なくともここで自他ともに認めるNo.1になっていて欲しいと思います。もうここではやることがないし、乗り越えた、自分がやることはここで、他に自分ほどの人はいないというところになってから出ていって欲しいのです。そしたら本当の卒業です。どこででも通じるでしょう。 

そこまでの闘いをやってください。

 

 

〇自分の伸ばし方

 

 すぐれている人から学べないようなくせをもってしまったら、どこへ行っても、学べないことは同じです。学べないプロセスにいたる原因に関しては、私は本音で、ていねいに指南しているつもりです。 

ふつうはどこの先生もそこまで裏のことは話さないし、生徒の問題に関しても教科書的な答えしかしていません。そこに踏み込む分、私もリスクをもちます。危ないのはしかたないと思っています。いったことに対してナイフで刺されてもしかたない、表現とはそういうものです。歌もナイフのようなものです。要は使い方しだいです。いろいろと裏をよめるようになっていってください。

 

 人それぞれ、伸び率も伸びる時期も違います。1年2年単位でみて、去年、一昨年の自分よりも学べているのだという実感をもっていくようになって欲しいと思います。 

最初の半年や1年は、学べるためにはどうすればよいのか、毎日の生活をどういう意識で送ればよいのかということを考えてください。レッスンには、わけがわからなかったりするものもあります。しかし、そういうときは会報とかテキストのガイドラインにヒントがあります。全ては後で役立つ何かのためにやっていることです。まったく意味のないことは何一つやりません。

 

 

〇ステージ実習について

 

 ここでは1ヵ月に1回、発表の場をおいています。これでも2年で24回しかできません。24回というと多いみたいですが、舞台をやっている人には、1ヵ月で24回以上やっている人もいるわけですから、とても少ないわけです。ですから、一回一回を本当に大切にしていってください。そこでの気づきと自分の変化が、上達ということです。 

 

ステージの日がきたから考えるのではなく、今から考えていくようにしてください。そこまで何をやるかが、一つの勝負です。次に発表で、そこに何が出せるかが、もう一つの勝負です。プロの場合は、その日に何が出せるかしかみられませんが、ここの場合は、自分も他人のプロセスも併せてみます。

 

そこでうまくできなくとも、終わったあとに何をやれたかということを知り、きちんと足らないところをやっていくことです。これが三番目の勝負です。予習してレッスンにきちんとまじめに出て、そこで勉強して、その後に復習をするのです。そのため、毎日のあなたのステージの映像を録り渡しています。

 

 

〇自主性と積極性

 

 いちいち「レッスンを休むな」とか「宿題を提出しなさい」などはいいません。イベントに関しては、自由参加です。だから自由に出てもよいのではなく、だからこそ自分できちんとしていかないと、やれなくなるのです。本当にすぐに2年はたってしまいます。ここの全てに反応し、参加するくらいの意識をもって下さい。

 

 より学べる人たちをうまく生かすためには、出たくない人を無理に出させても、そのレッスンがよいものとなりません。自ら求めテンションが高い人でそれに心掛けている人だけに集まってもらうから磨かれるのです。 

 

ここのなかでも、在籍はしていても落ちこぼれていくということはあるのです。ついていけるかどうかではありません。もっと精神的な意味で、自分が伸びていくようにしていけばよいのです。そのためには、まずは出ること、続けることです。他の人と比べて、最初から大きな差があっても、きちんとやっていくと必ずどこかで追い抜けます。

 

 

〇場を使い切る

 

 わからないことはカウンセリングで答えます。「質問は何もありません」という人もいますが、それは何も考えていないからです。ありすぎて困るというのが普通だと思います。そのためのレッスンですから遠慮しないでください。その後でも、レッスンの前に紙に書いて出してあれば答えます。 

遠慮深くて、質問を持ってこない人もいるのですが、使わなければ損するだけです。 

 

トレーナーの才能を活かすためにも皆さんが高まることが必要です。皆さんのレベルが高くなってくれたらお互いに場に集まるだけで才能が出ます。

 いつまでも初心者でいないようにしてください。日常的な注意を、守るのは無駄な時間を使わないためです。

 

「時間は遅れないこと」「テンションは最高に保ちもっと気を入れること」「提出物を出すこと」などといわれていたら、お互いにつまらないレッスンになってしまいます。

それは皆さんに心がけて欲しいところです。がんばってください。

ピアニストをつけたのは、それにも音楽的基礎が必要だからです。