一流になるための真のヴォイストレーニング

福島英とブレスヴォイストレーニング研究所のレッスンアンソロジー

このブログの内容解説 研究所の変遷とカテゴリーの説明⭐️

 

本ブログは、

主に1990年代前半の研究所会報のアーカイブでスタートします。

未掲載原稿なども含みます。

(個人情報に関するところは、編集しています。)

 

 

30年以上もまえからのことなので、

皆さんが、これを学びの糧にするのに

理解の手助けのため、若干の周辺情報を付け加えておきます。

 

まず、お断りしておくと、

当時、このレッスンの行われていた研究所の体制、

参加者の目的、意識、年齢層やその取り組み、

私やトレーナーや運営方針は、

現在とは、大きく異なっています。

 

研究所の運営経緯は、

同時に私の挫折と克服の歴史でもあり、

その経緯として説明しておきます。

 

学ぶ人にとって、こうした歴史、変遷は、

重要なことだと思うからです。

そこで、この研究所では、

会報や出版物、音声テープなどで

記録として保存してきました。

 

 

時代を経ても、普遍で不変のものがあります。

ご自身に活かせるところを読み取って

新たな時代に、ご活用いただければ、ありがたく存じます。

 

 

以下、関係者以外の人にわかるように、

それぞれのカテゴリーの意味内容を

説明します。

 

枝葉にとらわれず、幹を捉えて、

ご自身のため、他の人のために、

お役立ていただける人に

ご活用してもらうことを望みます。

 

 

この研究所に関わってこられた皆さん、

コンテンツをご提供いただいた

多くの皆さんに深く感謝いたします。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

目次

(1)研究所の運営体制の変遷

(2)V塾

(3)個人レッスン

(4)本ブログ公開にあたっての所感
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(1)研究所の運営体制の変遷

 

 

私のレッスンは、もともと大手プロダクションに

プロの養成を頼まれたところからスタートしています。

この経緯などは、研究所公式サイトを参照ください。

 

 

私は、当初、専門学校への出講とプロダクションの

プロのヴォーカル指導を中心に行なっていました。

 

第1期:1990年代前半、プロの卵やアマチュアの養成所として、

BV座とV塾を立ち上げました。ほぼ月刊で会報を発行。

 代々木の二階建て古民家スタジオ兼サロン

 

第2期:1995年ライブハウス式スタジオに移転、

V塾を運営。

 

第3期:複数トレーナー(声楽家メイン)での個人レッスン体制のため、

現スタジオ(三階建て鉄筋一軒家)に移転。

現在に至る

 

(スタジオは、すべて代々木駅徒歩2分)

 

 

 

 

1) BV座と個人レッスン プロ対象 発足期[〜1994)のレッスン

 

 

初期は、優れた音楽的感覚とけっこうな声を持つ人が揃っていたため、声出し中心の場でした。レッスンというより課題発表で、ほとんどコメントも説明もなく、

ホワイトボードも使いませんでした。

 

私は、レッスンでも、自分が一言も発せないのを理想としていました。

無限の可能性のある参加者の表現活動の邪魔をしてはならないと思っていました。

まして、そのプロセスでは、試行錯誤の実験の場であるからです。

 

 

研究所の創成期でBV座を3年、(その後、プレBV座を7年ほど)、実践しました。

中座したのは、私が関わることで、表現の本質が一人ひとりに見えにくくなったのを感じたからです。劇団ならよかったと思うのですが、表現の場が成立しにくくなったのです。

 

私自身が、ここで修行中と思っていたときには、前に進むほど、多くの人がついてこられたように思います。表現の場というものの放つ光明だったのでしょう。

来る人拒まずで、そういう人たちに合わせて、人数が増え、組織も大きくなりました。

そこで、北参道近くの一等地に、ライブハウスのスタジオとその裏に予備スタジオライブラリーを創設しました。

 

(参加者が500人近くになると、専門学校化の打診がよく来ました。

ただ、そういうところの学長に聞くと、業務の大半は、PRと生徒集めにとられていると。

当時は、土地の取得も必要でもあり、やめました。私自身、当時、多くのスクールと関わっていて、さほど必要も感じなかったのです。学校、スクールのようにはしたくなかったのです。)

 

 

 

 

2)  ライブハウス式スタジオとグループレッスン プロをめざす人の養成所 

 

 

発信活動拠点を踏まえ、地下の7メートルほど天井高のあるスケルトンの物件を半分、二段構造として、集団レッスンとリハーサルができるようにしました。

いわゆるライブハウス型スタジオです。(現在は、手放し、ライブハウスとして営業中)

 

私の、プロデュース面での才能不足のせいか、コンセプトが時代に合わなくなったせいなのか、これは、7年半、実験段階で切り上げました。自分で思うだけのものがつくれなかったからです。私と世の中との価値観もずれていったのです。

 

2000年代にかけて、日本の音楽、特に歌の変遷は、テクノポップやダンスミュージック、アイドルグループなどの方に傾倒していきます。

声から離れていくのとともに、声優のブームとなり、参加者も大きく変わります。

 

 

◯グループレッスン

 

グループレッスンは、向上意欲が強く、自分でものを考えられる人たちが、たくさんいるときには、よい方向に動きます。

私が何もいわなくても、そこでの雰囲気や緊張感が、自分の存在価値、オリジナリティ、表現力というものを否応なしに突きつけてきて、なすべきことが突きつけられ、各人がそれぞれに行うからです。

ライバル同士だったり孤高であったり、まわりから盗んででも自分を成長させるしか、その居場所がなくなっていくからです。

そういう場合に限っては、レッスンの効果が何倍にもなるのです。高い目標をめざす仲間たちに学ぶのに勝ることはありません。

 

 

◯ワークショップ

 

私は、V塾で、自分の方針を中心に、10年ほどやったあと、

ワークショップやライブ実習、合宿、研修などを中断しました。

グループレッスンは、15年ほどでクローズしました。

そこでは、声楽家や海外のトレーナーを招き、そのやり方を広く深く学べるよう紹介、黒人のゴスペルのトレーナーから、著名な演出家、プロデューサー、合唱団のトレーナーなどを招いて、多くのワークショップをも行いました。

 

(最終的には、一般の人に合わせるために、できるだけ幅広く、異なる出自の専属トレーナーでの指導体制を整えていったわけです。)

 

 

◯クラスとグレード

 

V塾は、集団レッスンですので、グループでのクラス分けと個々にグレードをつけました。

実力で上がるクラスの運営は、トレーニングの励みにするためでした。

30〜40人で一クラス、そこのメンバーが、グループレッスンへ参加します。グループレッスンの参加は、10~15人が平均です。

 

(それは、最初の3年くらいに限定するとよかったように思います。

ある程度、頂点近くに行く人が出てくると、今度は、グレードによって動かされる人が多く出るようになり、逆効果になります。人や作品を見ないで、グレードで人を判断する人が出てくるのです。そういったものに大きく影響されるのが、どうやら日本人のようです。ランキングや、誰もが知っているとか、よく売れたなどということに、これほど影響される国民はいないでしょう。)

 

 

 

◯世の中に関心をもち発信を

 

アーティストを育てる場として設けたV塾でしたが、

ある時点から、声の鍛錬のヴォイストレーニングだけでは足らないことになって、

世界の一流の音楽や芸能、芸術など幅広く紹介しました。

音楽以外にも、スポーツから映画から、一流の人のいろんなものをおすすめしたわけです。

また、そういうことでの参加者同士の情報交換を促しました。

 

ーこれが、「鑑賞レポート」「おすすめアーカイブ」です。

 

 

社会や政治、国際情勢など世の中に関心を持つということを言い続けてきました。

それが、こういうところでは、余計なものと思う人が多くなったのかもしれません。

しかし、歌う人も聞く人も、日常の世界の中に生きており、

政治、経済、文化、宗教などと関わって、生きているわけです。

 人の前に立つことは、当然、そういったものを背負っていることが、前提です。

山奥で修行してきたというわけにはいきません。武道ならまだ許されるかもしれませんし、宗教でもそうかもしれません。絵画とか彫刻ではあり得るかもしれません。

しかし、アーティストで、音楽、特に、歌の場合は、難しいでしょう。

 

ーこのあたり、「投稿アーカイブ」です。

 

 

 

◯最高の環境づくりを

 

何事もやったら、うまくなるのでは、ありません。

自分なりに消化し創造した人がよくなるのです。

何事にもいろんな制限があります。時間、お金、ノウハウなど。

理想通りになりたいために、その練習計画を立てるわけです。

 

私ならこうするとか、こんな考え方や方法もあると、

一人でなく何人かのアーティスト、あるいはトレーナーたちが、

ヒントを与え、あとは、自発的に考えるのが、よいことです。

 

私が考えたのは、できるだけ最高の環境というのを想定して、

その場を設けること、

各人がそこで、それを試行錯誤し、世に出て実現させていくことです。

それには、カオス状態であることが望ましいのです。

 

そのためには、最高の環境で練習をしている人たちを

ヒントにするのが手っ取り早いです。

そこで、私自身、国内外問わず、そういう人たちに会いにいきました。

海外には隔月、地方には隔週と、無理に予定を詰め込んで巡っていました。

 

ーこれらは、私のブログ「福言fukugen」「日録」に一部あります。

 

 

 

◯レッスン受講生の変化

 

あこがれの人たちの活躍に、それをまねようと入ってくる人たちが

多くなってくるにつれて、場は、真逆に動いていくものです。

みんなで仲良く楽しく心地よく過ごしていきたいというパターンです。

ただ人数が多いだけ、ただ年月が長いだけとなっていくのです。

日本のどこかの大学のキャンパスライフと似ています。

 

(そういうところは、自分自身を伸ばす努力をしない人に居心地がよくなってきます。

いろいろとていねいに教えてくれる先輩も出て、ぬるくなっていくのです。

人に教えることや、その人に頼られることでの承認欲求に、

いつの間にか、自分の表現活動への熱が移っていくのです。)

 

(トレーナを選ぶような人は、こういう人たちに多いのです。とてもよい人たちなので、当たり前のことを形としてきちんと伝えるのに向いています。ただ、次代の才能を予感できないのです。それがいいとか悪いではなく、そういう人たちの位置づけをどのように考え、どのように活かすかということです。

 ただ、任せておくと、本質と逆の方向に動いていることにさえ気づかなくなり、

全体が集団として形骸化してしまうのです。

それでも、組織となると、家元制のように延命させていくのか、解散するのかが問われるのです。

私は専門学校化を拒んだ時点で、その選択はありませんでしたが、

誰もが学びたいものを最大限、学べる場として、変革して存続させました。)

 

この場は、参加者のものです。

参加者の年齢層が上がり、趣味や健康などの目的の人が多くなると、

その状況に対応して、レッスン体制も変わっていったのです。

 

(もちろん、一から習おうという人は、最初は、街中の音楽教室からのスタートでもよいと思っています。現に、音楽教室から、いらっしゃる人も多いです。)

 

 

 

◯養成所の限界

 

21世紀になり、養成所のようなところが少なくなって、

プロデュース型が多くなってきました。

指導者が、それだけ動けなくなった、

それだけの人材がいなくなった、

本当のオリジナルの価値を見抜ける人が少なくなった、

音響技術や舞台の演出効果のところでカバーできるようになった、

など、原因はさまざまでしょう。

 

まさに芸能、歌唱の変遷に起きたようなことが生じたからです。

本気でそれに賭けていこうという層が薄くなったことが、第一にあります。

 

考えてみたら、これは、個人の上達に対してもいえることです。

少なくとも最初の2、3年の勝負だけではない世界においては、です。

研究所で伝え続けたのは、ここを出てから役立つためのことでした。☆

 

 

 [とはいえ、求められることが、即実践的なことになれば、

キャリアのある今の研究所のトレーナーには、とてもやりやすいことですから、

おのずと、いらっしゃる方の目的に対応していく体制となりました。

それだけで終えるか、さらに深めるかは、当人が選ぶことです。

それに対応できる体制もまた維持していくというのが、現在の方針です。]

 

 

 

 

3)   ライブハウスから研究所に  

 

私が理想とする作品、つまり、アーティストをどんどんと作っていけなかった、

とはいえ、もとよりアーティストは、誰かが作れるものではないのです。

時代も、そういうものを求めなくなりました。

 

集客のためにプロデュースすると、まわりのニーズに合わせることは無視できません。

そのニーズには、私は当初、価値を感じられなかったのです。

合わせる時点で、古いし、二番煎じです。

 

ヴォイストレーニングにも同じことがいえます。

 そこで、第3段階として、声の研究を深めるために、

発声の専門分野を持つ人たちを集め、研究所の研究部門を強化しました。

つまり、原点に回帰したのです。

 

(今の研究所では、声の専門家のネットワークが第一の価値です。

これで声や歌での問題に最大限、最良の対応ができるからです。)

 

 

 

◯個人レッスン体制と個人レッスンスタジオ

 

日本の優秀な声楽家メインの複数トレーナー体制が、その第3弾です。

トレーナー同士が、他のトレーナーのやり方を理解するのにも、2、3年は、かかりました。

 スタジオでトレーニングした人が、世の中に発信していく考えは変わりません。

プロダクションの依頼以外は、一般でのグループでの集団レッスンをなくしました。

そのため、初心者もプロの人も高齢者も邦楽など他分野の人、トレーナーなども

来やすくなりました。プロ以外にも、劇団や専門学校に行っている人も、

掛け持ちでくるようになりました。

ここにさらに日本中の発声や歌唱の情報、人材が集まるようになったのです。

 

(声や歌というのは、単独でメインというよりは、1つのツールになってきているので、

この形は、私がたどり着いた、今の時代との接点です。)

 

 

 

◯プロデュースやイベントをなくしたスタジオ

 

ここは、自分自身で声を研究するところでもあり、

いらっしゃった方がトレーナーのレッスンも含め、その実験をするところです。

舞台は外部にあり、そのプロデュースには、私やトレーナーは直接には関わりません。

 

(プロデュースに関わると、そこの価値観に絞り込まざるを得なくなってしまいます。

早く効果をあげる、舞台映えする効果を狙うことが、メインとなります。

個別の対応としては、受け付けていますが、全体としては、基本をメインとします。

大手のプロダクション一つに専属すると、研究所に色がついて、レッスンも偏っていくことになりかねません。

 それは、中立で、世界中から総合的にいろんなものを吸収しようとする研究所にとってはマイナスになります。

そういうところは、いくらでもあるので、そうならないようにしてきました。

そういうところでは、できないことを研究所では貫いてきたつもりです。

私は、複数のプロダクションや病院、学校にも関わっていますが、研究所とは分けています。

長くお世話になった国立リハビリテーション学院なども、同じです。)

 

 

 

◯レッスン教授法

 

何事も自分で気づくしかないわけです。

私は、相手がかなり方向違いのことをしても、細かくは直さないようにしています。

 教えてくれないということで、トレーナーにチェンジしてしまう人もいますが、

他の人に直されても、それでは、次に同じようなことを繰り返すものです。

直されなければいけないというところで、すでに感覚や身体に条件が整っていないのです。

それを無理に直すのは、表面上を整えようとすることに過ぎないからです。感覚、身体を養わなくては、根本的には変わらないのです。

 

ていねいに教えられて先生の意のままに育ってしまうと、

その先生がいないと何もできない、判断できない、自分で考えられないようになります。

そんな人にクリエイティブな活動はなしえません。

 

むしろ、先生の教えに反して、自分はそう思わない、なら、それをとことん実証していく、

自分の直感に従って、自分の世界をまわりが納得せざるを得ないところまで突き詰めていけばよいのです。

自分なりのやり方でやりつつ、使えるところでは、トレーナーや先達の経験や客観的な判断を使っていく、そういう人たちが、居続けられる環境として整えてきました。

 

となると、そうでない人が、みんな辞めてしまうということになりかねません。

これも困ります。気づかせることでこそ、レッスンでの第一歩だからです。

そこである時期から、気づいていくのを待てる体制へと改めてきたのです。

 

そのためにも複数トレーナー制というのは、適していたわけです。

つまり、ていねいに教えてくれるトレーナーによって、誰もがステップを踏んでいけます。

トレーナーが合わないなら、トレーナーやアプローチを変えればよいのです。

ともかくも、その人のペースで学んでいくことができます。

気づいていく機会と時間をとれるのです。

 

 

 

◯複数トレーナー制

 

いらっしゃる方にとっては、研究所に10人以上のトレーナーのバラバラの教え方があったら、混乱するのは当たり前です。

しかし、それこそが、日本の、いや、世界の状況です。

あえて、そこに放り込み、学んでもらうのです。

 

トレーナーが複数つくと(といっても、ほとんどは2〜3人)

トレーナーのやり方を同じ時期に全部行うわけにはいきません。

おのずと教わったことにも矛盾が起き、選択をも自分で考えざるをえなくなります。

 

混乱すること、矛盾することでの質問が、最初、たくさん出てきました。

あえて、カオスの状態を何とか残しています。

それこそが、本人自身の本質的な問題解決の道筋なのです。

 

 

トレーナーについて

一方、トレーナーには、最初は、好き勝手に教えさせ、そこから学ばせていったものです。

 

(一人だけで教えているのでは、トレーナーは成長しないどころか慢心に陥ります。

自分の方法に合う人だけが残るので、さらに自分の方法に自信をもち、自己流に偏ります。

 そこにも矛盾を煽るような、混乱させるような状況を与える必要があります。

他のトレーナーの方法、メニューをも研究して改良せざるを得なくするには、どうすればよいでしょう。これも、複数トレーナー制での情報共有が、役立ちます。

 

さらに、ここならでは、のメリットがあります。

それは、トレーナーが自分自身より、キャリアを積んだすぐれた芸人やアーティスト、専門分野外のプロを指導にあたることが求められるからです。

ここには、ありがたいことに、そういう人が学びにくるからです。他に行けない人、行かない人がくるからです。それを私は、できる限り、優先してトレーナーにつけました。

 自分の見ている生徒を他のトレーナーも見ている、そして、私自身も全体を把握し、

各トレーナーが、情報をフィードバックしているからこそ、できることです。)

 

 

 

これらは、私が私自身の方法で、研究所を統一しないように努めてきたからこそ、可能なのです。

カリスマトレーナーが、トレーナーを自分と同じように育ててはダメなのを私は初期に学んだからです。つまり、学校のような統一カリキュラムが効かない世界だからです。

 

(私自身、それぞれのトレーナーの位置づけやスタンスを知るのには、3年から5年、かかります。トレーナーに特定の生徒の教え方に対しての方針を聞くこともありました。

それぞれのトレーナーは、キャリアも目的も教わってきた先生も違うのですから当然です。

 そこから、さらに包括した、あるいは分担できるレッスン体制ができていったのです。

ヴォイストレーニングとは、どんなに優秀でも一人で全てをまかなえる仕事ではないと思うからです。)

 

 

研究所の本当の価値は、私の理論やメソッド、メニューではありません。

このブログに残されているような研究所での学びの場です。☆

 

私が伝え残したいのは、ノウハウやメニューでなく、

こうした学ぶための体制です。

そこで、このブログにまとめているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ということで、戻って、このブログの最初の状況の説明です。

 

 

(2)   V塾 何を伝えていたのか、1990年代〜 グループレッスン

( このブログのメインとなるのは、ここです)

 

 

◯V塾のレッスン

 

V塾について、何を行ってきたのか、何が行われてきたのかを

30年以上、経て振り返ると、

それは私の表現活動そのものだったように思います。

 

形式としては、60分のグループレッスン中心でした。

同じテーマで、東京では、多いときで5〜6回、京都では3回、

平均すると、東京では、4クラスで4回、京都では2クラスで2回。

その内容に関して、取り上げる目的と課題によって違います。

課題レッスンでは、大体は、まず音源を聞かせます。

 

(そうした形式が整うまえは、3時間以上のレッスンや5時間以上のレクチャーもふつうにありました。終電時間と争っていたのを思い出します。)

 

 

参加されるまえに、レクチャーやオリエンテーションで、学び方の説明をします。

そして、レッスンで、どのように聞いていくのか、どういう感覚で捉えて、歌手や役者ができていくのか、身体、喉、声、セリフ、歌、それらを呼吸やフレーズ、あるいは構成や展開で具体的に示していきます。

 

ーこれらについては、カテゴリーの「レクチャー録」「レッスン録」「課題曲レッスン」などを参考にしてください。

 

 

グループレッスンでは、

順不同というのか、そのときにスタジオに入ってきた人に対して、

これまでいる人と同じように与えてきます。

決まった順番というものはありません。

クラスによって、参加者のキャリアや実力、在籍日数の差があるので、

そこで、私の説明することには、かなり違いがあるのです。

つまり、レベルと基準の違いです。

同じ課題でも、進め方が異なります。持続的なワークショップともいえます。

それを、一流のプロの音源の鑑賞と参加者の実習において、お互いに学び合うわけです。

その面では、もっとも実践的な授業です。

 

ーこれらについては、「レッスン感想」「ステージ実習コメント」「ステージ実習感想」などを参考にしてください。

 

  

 

◯フレーズコピー

 

たとえば、音源を使い、15秒くらいでフレーズをコピーをさせます。

3回聞かせて、何回か、皆でコピーしたあと、1人ずつ、回すわけです。

そのときの、反応具合で、能力を見て、参加メンバーのレベルや、

どういう人がいるのかをつかみます。

1つのクラスは、3 、40人、そのなかから、

当日、参加してきた人10〜20人でのレッスンです。

ある程度、同じメンバーですが、日によって変わります。

 

課題実習では、参加者の並び方で、大体は、前の右の方からまわすのです。

優れた人や意欲のある人がその辺に位置し、後ろになるほど慣れていない人になります。

そこは、大学の授業、一般のセミナー、講演会とよく似ています。

ワークショップでも大体そういったものでしょう。

 

そして、各人の出したもので、無言のなかで、その感覚や身体の動き、声、せりふ、歌のリアリティを感覚的に判断し合うのです。

 

 

課題のフレーズをコピーすることで回していきます。

先の人が優秀であるほど後の人はやりやすいわけです。

本来は、参加者に影響されず、音源そのものからコピーして自分なりに創造するのが鉄則です。

しかし、そんなことで、すぐに優れたものが出せたら、卒業です。

一流のミュージシャン感覚そのものを取り入れて、再現できるとしたら、同じ以上の実力があるということになるからです。

まわりと比べることで、自分の得意不得意、課題別の出来不出来もわかります。

 

ルールとして、キーやテンポは自分なりに変えてよいということです。

ほとんどの人は、最初は変えられません。

実力がつくと、声域もあるので、キーを変えずに行う人も多いです。

問われるのは、声が生きているか、表現されているか、場が成立したかです。

 

メロディーや歌詞を変えてもかまいません。

コピーを正しくするというのは、目的ではないからです。

ただし、変えるのは、そのほうがよくなるという厳しい条件下で許されることです。

 自分なりのオリジナリティが発揮できるようなものが出れば、もっともよいということです。

ジャズのアドリブを想像ください。

それ以上のものがないなら、きちんとコピーする方がましというのも身に染みてきます。

 

そんなことが、即興で行なって成立するのは、

最上位のクラスの一部で、しかも年に何回かだけです。

それも課題がとても簡単だったり、自分たちと同じか、それ以下に限るのです。

あたりまえのことですが、この基準が日本では、練習でも欠けているのです。

 

初心者のクラスでは、10回以上聞き取って、ようやく1フレーズ、コピーできるくらいです。

 

考えてほしいのは、

一流のプロフェッショナルが繰り返し行ってきたことが何なのかということです。

それは、聞く耳と声での表現能力を鍛えていくことです。

歌ったことがある人であれば、必ず誰かの歌を真似て、そこで練習する経験を積んでいるわけです。

問題は、そこで上達する人は、そうでない人と何が違うのかということです。

すぐれた人は、それをものまねで終わらせないで、創造して作品にしているのです。

 

大切なことは、ものまねでコピーするのではなく、

そのなかで作品を成立させたる何があるのかを見抜き、

それを自分の声と感覚というもので、

最大限に発揮できる能力として開発されるように

発表する体験の場です。

 

多くのすぐれた人のまえで行うことで、リアルな経験をつめるのです。

ただし、そのイメージづくりとともに、

それを実現できるツール、つまり、身体と声が必要なのです。

 

いまさらですが、

当初(第1期〜1994)は、

このツールづくり、即ち、声づくりが、私のヴォイストレーニングのすべてだったのです。

 

私が、本やブログで公開しているメソッドなどは、その応用にすぎません。

ですから、こうした私のレッスンが、どうこう評価される必要も意味もありません。

すぐれたアーティストの習得プロセスをたどっているだけだからです。

 

ですから、間違いがあるとしたら、

そういう要素のないメソッドらしいメソッドの方だといえます。

それでも、誰かにどこかで役立っているなら、いいと思います。

 

 

 

◯生成的ルール

 

それでは、どのようなルールで、研究の場というのを運営していたのでしょうか。

明確には定めていませんが、暗黙のルールというのがあったと思います。

それは、私が、やむをえず、コメントをしたり、レクチャーをするなかで、

体系としてではなく、思いつくままに指摘せざるをえなかったことから、

参加者に共有されていったと思います。

このブログにも、散見されます。

 

あるいは、私の本やテキストなどを読んで、この場に来たとところで、

ある程度は、こういう場であるべきだと、

参加者が思い定めていたようにも思います。

参加者自身の会報への投稿なども、その役目を果たしていたのです。

 

(となると、啓発すべき拙書が、対象をニッチから一般向けにしたことも大きかったのでしょう。)

 

 

いまさら言及するのも野暮ですが、、

そこでは、こんな感じでした。

 

何を言ってもよいし、何をしてもよい。

ただし、与えられた時間制限は守る。

人に危害を加えない。

他人の自由を妨げるような否定的抑圧的な発言、行為をしない。

言論でもよいが、できる限り、身をもって作品表現で示す。

知識でなく体験に沿った内容にする。

試行錯誤、実験的な試みを認める。

完成度を問わない。

働きかけ、ドラマトゥルギー、成立を目的とする。

 

私が気にしていたのは、日本の学校で刷り込まれた秩序を

もち込まれないことでした。

できたら、社会秩序も、ですが。

そうしたところでの選別、序列、排除を避けるようにしました。

 

できるだけ、人でなく、作品でみる。

参加者は、誹謗中傷などせず、作品で示し、作品で認める。

先生、トレーナー、生徒、先輩、後輩、年齢など属性での上下関係をつけない。

どんな質問もよい、答えないのも答え。

問いがないのは学んでいないこと。

逃げたり慰めたり気を遣うのでなく、考えて実践する。

 

 

 

◯レッスンへの参加

 

参加すると言うのは、自分が話したり歌ったり、ステージを実践するだけでなく、

そこで聞いたり考えたり評価したりすることも、含まれます。

 

ここで声を身に付け、歌が上手くなり、プロとして活動する人も出るでしょう。

それ以上に、もっと多くの人が、それを評価できる観客とも、なっていくわけです。

こうした観客の数とレベルが上がらない限り、日本のアーティストの質も上がらず、層も厚くなりません。

天才的なアーティストは、時に出現するでしょうが、大きな時代の潮流にはならないのです。

 

 

グループでの参加数を10人から15人にしていたのは、

そこで、パスをする人がいてもよくするためです。

見学は不可ですが、参加して、できるものだけすればよい、

ほとんどをパス🟰抜かされるのも、OKとしました。

 

参加数が、4、5人となると、全員ができなければ、参加しにくくなります。

それ以上になると、代表する人しか実践できなくなります。

10人そこそこですと、フレーズ回しだけだったら1時間で30回から60回はできるし、

いろんなものをたくさん聞いてから、

最後の5分でも4、5回は回せるわけです。

 

 

 

 

◯二つのパターン

 

上のクラスで、参加者は、大きく2つのパターンに分かれます。

器用にその通りにコピーするのにすぐれた人と、

どんな曲をコピーしても、その人のクセや個性が出て、異なるモノにする人です。

 

この2つのタイプは、一長一短があります。

方向性も持っている才能も違うということなので、

適度に混じっていると、お互いに啓発されやすいということになります。

それは、そのままステージでも通じます。

 

日本では、前者ばかりが評価されますが、

私は後者を育成する場として維持しようと努めました。

 

マチュアのライブなどに行くと、先生がプロ歌手などの発表会では、大体が教えられた通りの歌い方をして、ものまねっぽくなります。

先生が、伴奏者など歌わない先生であると、それぞれが自分勝手に好き勝手に歌って、一見、個性のようでも、ただのくせで、あまりレベルの高くないところで、学園祭のような歌が並びます。

 スクールでしたら、お互いにないところを補充しあって切磋琢磨できれば、充分だと思いますが、どこであれ、参加するメンバーの資質と熱量が、問われるわけです。

その資質まで立ち戻って、ゼロから築きあげようと試みたのが、この研究所です。

 

 

私がここで自分自身の行うことを、

「まるでディスクジョッキーだ」

と揶揄したことがあります。

それは、もっとも幸せなレッスン時間でした。

 

どういった音楽や歌をサンプルとして与えるのか、

それのどこを切り取るのか、どのぐらい聞かせて、どのぐらい発表させるのか

という判断に迫られ続けて、あっという間に1時間たつのです。

 

なによりも、ときにすごい声、せりふ、歌の一端が垣間見られることがあるのです。

それは、日本の無難に整えられたステージよりも、

ときにプリミティブな分、感動的なものでした。☆☆

 

 

 

 

◯マニュアル化とクラス

 

一般の人が多く集まるようになると、こうした即興のレッスンも理解されにくくなり、

授業のように形式を整えざるをえなくなっていきました。

自分の理解できないもの、わからないものに対する興味関心が薄れてきたのです。

つまり、学校のように決められた正解をわかりやすく楽に早く教えてくれることを求められるようになったからです。

 

(それで、私自身も、教えるのが、少しずつですが、ていねいに上手になっていってしまったのです。ビジネスマンや一般向けの書籍や講演が増えて、それらを引き受けたためでもあります。

声やヴォイストレーニングそのものに脚光があたり、この分野に人気が出て、その普及啓発に努めざるをえなかったからです。)

 

 

まず、以前は耳だけで聞いていたのを、徐々にホワイトボードに課題を書くようになりました。

最初は、原語で書いていましたが、これも最後には、カタカナ書きにしたりしたものです。

すると、かなり歌詞の聞き取りコピーの速度が上がるからです。

本当は、時間をかけ、見ないで聞き取るところまでで粘るべきものですが、

時間が無駄にならないように、こちらから与えるようになりました。

(初期には、参加者が、平均して、毎月24〜48時間ほどのレッスン数でした。

それが、1~2割の時間数となり、加えて各人の自主練習の時間も減ってきたため、

効率化せざるをえなかったのです。

20代前半だった参加者年齢も、徐々に広がり、社会人が増えたのです。)

 

英語になると、歌詞を書かなくては、聞き取れる人と聞き取れない人との差が大きいです。

他の外国語、イタリア語、フランス語、スペイン語など慣れていない外国語では、その人の持っている耳のよさ、それを発音に変える能力の個人差が、よくわかります。

きっと、日本人の最高レベルに、美空ひばりが位置しているのでしょう。

 

そういうことに慣れている人、器用な人ほど、音楽とは言いませんが、音に対する感覚が鋭く、こういう世界に向いている、素質があるといえます。

 

ただ、ここは勉強の場ですから、その能力がなければ、それに気づくことが第一です。

気づいたら努力して身につけていけばよいわけです。

時間はかかるのですが、気づかないなら、その力をつけていくこともできません。

 

同じことをして、自分よりもずっとすぐれて反応できる人がクラスにいるということは、

よい刺激になり、身近な目標になります。

デタラメのように歌詞をいっていても音楽的になる人もいれば、きれいな声で正しく歌っても伝わらない人もいます。

そうした場で、音楽と個性、感性を研磨していくのです。

 

リズム、音程、ことばなどといったものを、バラバラに学ぶよりは、こうして1つのフレーズのつながりのなかで学ぶ方がよいのです。

一流のヴォーカリストや役者も、このような形で学んでいったからです。

 

 

 

◯効果と方針

 

いろんなノウハウやメニューを出すと、必ず批判する人がいるものです。

「それは難しい」「よくわからない」「役立たない」とか、

「それでよくなくなった」など。

素人は、一流との差がわかりませんから、

「そんなことはできないので、もっと簡単なメニューを」といい出すのです。

 

できないのは、わかっています。

でも、そんなことができるなら、できるまえにわかるなら、ここは必要ありません。

説明したところで、それは、わかった気にさせてミスリードするだけです。

わからなくてもいいのです。わからないから挑むのです。

ただ、喰らいついて力をつけていくしかないのです。

わからなくともできていったらよいのです。

それが直感できなくなると、レッスンが成立しなくなります。

自分がわかって、できるくらいの問題なら、自分で行えばよいのです。

それだけでは、いくらこなしても、真の実力にはなりません。

趣味の世界の自己満足で終わるものだから、ここでは取り扱わなかったのです。

 

 

私が、基本的なところで判断しているのは、本当に一流になったような人たちが、

どのようなプロセスを経てきたのか、それをシンプルに追随していく方向です。

正しいとか間違いとかの低レベルで考えられるものではありません。

 

他の人がまねてやると間違いになることを

自分だけは正しくしてしまえるのが、アーティストの実力でしょう。

いや、正誤のレベルを超えてしまうことでしょう。

 

 

ですから、このブログでみられる、

こうした言語情報は、私や参加者たちの、試行錯誤のプロセスの表れです。

誰にとっても、あてはまる方法やプロセスとも限りませんから、

鵜呑みせずに、参考になるところだけ学んでください。

これは、その当時も常に注意してきたことです。

 

 

そのギャップが大きすぎて、レッスンの成立する見込みがないときには、

「特別なメニュー」というのを試みたことも多々ありました。

合宿やワークショップもその一つです。

 

最初から、リズムがとれないから、手を叩きましょうとか、音の高さに当てましょうなどというのは、付け焼き刃以外のなんでもないわけです。

カラオケの点数を上げるために、画面を見ながらグラフに合わせて歌うようなことでもよいでしょう。

でも、それができたところで、まともな歌には、ならないわけです。

そんなことができる人なら、今の日本、100人中に何人もいるでしょう。

点数を高くするのであれば、減点されるところに気をつけて直せばよいわけです。

それは楽しくても、ゲームであって、表現活動、芸能や芸術とは、次元の異なるものです。

 

 

最終的には、1曲の歌詞をワンコーラス、

紙で渡し、楽譜でも、説明したこともあります。

最初に、1曲全てを何回か聞かせて、

それから、Aメロ、Bメロ、サビなどのように分解して、

とても、ていねいに進めるようになりました。

展開や構成力に弱い人が多くなったからです。

 

とはいえ、長年の多くの熱意ある参加者との

こうしたレッスンは、

特に同じレッスンでの繰り返しは、

私に、いろんな人たちが、どのような能力を持っているのか、

それぞれに、何が得意で苦手なのか、

何がどのぐらい必要で、どういうふうに身についていくのかを、

とてもよくわからせてくれました。

 

なによりも、声の習得のプロセスに道筋がつきました。

最初からの実力差はともかく、

あまり伸びない人とか、すごく伸びた人の比較、

ギャップの解消への手立てもできました。

表には見えにくい、声や歌が習得されていくプロセスを教えてくれたのです。☆

 

 

 

 

 

 

以下は、2010年以降の現体制での説明です。詳しくは、研究所の公式サイトを参考にしてください。

 

(3)個人レッスン  現在の複数トレーナーによる個人レッスン体制へ

 

 

私が、これらの経験で得たデータ、多くの経験、メニュー、

それによって、どういった効果が現れるのか、

声がどのように、歌がどのように変わるのかというようなことは、

今の個人レッスンに受け継がれています。

 

V塾のグループレッスンに近い形での

個人レッスンを私は継承しようとしています。

 

それに対し、トレーナーは、参加者の個々のニーズに合わせてもらっています。

それらを補う準備段階やプロの人が実力を衰えさせないための喉の管理などを行っています。

 

求められる目的によって、かなり複雑なバリエーションで、

複数トレーナー制で対応しているのです。

 

 

下記にあげるのは、

いわば、膨大な量、時間、手間を必要とするグループレッスンの集約版、

エッセンスとしての

私の個人レッスンのオーソドックスなカリキュラムです。

歌唱やセリフにおける表現、オリジナリティなどについてのレッスン課題です。

 

(これは、今の研究所の大半のレッスンではありません。

私も今は、単独で引き受けず、トレーナーとの協働体制としています。

現在のトレーナーのレッスンやメニューについては、

ホームページから、現状をご覧ください。

 このブログは、私のグループレッスン時でのメニューと

それをとりまく環境のアーカイブが中心です。)

 

 

 

◯カリキュラム

 

発声基礎

a:レパートリーをつくる

   課題曲、カンツォーネシャンソン、英語曲、日本の歌、各4曲 ➕  自由曲4~8曲

b:同曲異唱で学ぶ 

 発声、呼吸、曲の聞き込み、歌唱、ステージ実習

 発声練習

「ヴォイストレーニング大全」

「コンコーネ50」

 

 

a:レパートリーづくり

 

ステージ用に20曲、レパートリーに200曲、予備2000曲、(常時、差し替える)

 

原語で歌ったあとで、日本語でさらいましょう。

特に選んだ曲以外は、原語の意味や発音には、それほど関わらなくてもよいとします。

スキャットや違う歌詞、せりふや日本語に置き換えてもよいです。

 

数をこなすときは、全ての曲にまでは、2コーラスめ以降は必要ありません。

一通り終わり、2周目には、フルコーラスが望まれます。

歌詞にこだわることより音楽性の習得を主とするものです。

 

さまざまな曲を聞き、自分のテンポやキーを定めていきます。

最初は、コピーでそっくり、まねて練習してもよいでしょう。

すべての出だし、すべてのサビだけ、8小節くらいのコピーをするようにしてください。

最初は、前後や全体を考えず、自分の声がもっとも使いやすいキーで練習することです。

 

 

 

b:同曲異唱(複数のアーティストで同じ1曲を学ぶ)

 

同曲異唱では、プロが共通して守っているルール、形を見つけていきます。

また、プロが共通して行わないことを知り、そうならないようにましょう。

それを自分が行っているなら、そこを直します。

 

彼らが、なぜ、この歌を選んだのか、その歌で何をどう表現しているのかを徹底して分析します。そこから彼らになりきり、そこでの創造的表現を学んでいきます。

自分に合うヴォーカリストや歌い方を複数、見つけ、大いに参考にしましょう。

特に今、歌いやすいのではなく、将来的にめざす声や歌い方として考えていきましょう。

どこに惹かれたのか、それを自分が表現するときにはどのようにしたいのか、突き詰めていくのです。

 

完コピから入っても構いません。

徹底して複数のアーティストで続けていくと、

何かしら自分と似てるところ、異なるところが出てくるはずです。

それがよいのか悪いのかの判断をしていく、

そこに、本来のレッスンの意味があります。

 

トレーナーの耳を借りることもよいでしょう。

そして、自分で創造できる力をつけていきます。

つまりは、表現力と解釈力の向上を目指すのです。

 

慣れてきたら、どのフレーズを聞いても、そのフレーズでは、自分の最もキーに移調して、歌えるようにしていくようにしてください。

部分的に1オクターブを上げたり下げたりしても構いません。

最終的に、伝わる歌にしていきましょう。

そこで問われるのが、あなたの意図、才能です。

声、フレーズ、フレーズの組み合わせ、この3つをとことん追求してみてください。

 

  

(なお、こうした内容の説明や研究所専属トレーナーの現在のレッスンについては、

研究所のサイトや他の研究所ブログを参照してください。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(4)本ブログ公開にあたっての所感

 

 

私は当時、スタジオでの場に立つことに専念していたので、

この膨大なストックである研究所の記録や会報を

じっくりと読んではいませんでした。

発行された時点で、過去だったからです。

 

今、ようやく、自ら編纂しつつ、

当時のことを思い出しています。

 

 

耳での判断力というのは、なかなか難しいものです。

私たちは言語でも、母語の体系にない外国語の発音は区別できないわけです。

たとえば、LとRなど。

かなり早期のときの訓練が、音では決め手になる場合があります。

リズムなども同じでしょう。

 

それに対して運動能力というのは、かなり修正することができます。

声も発声自体は、身体能力です。

ですから、声とか歌というのは、後から学ぶ人にとって、チャンスでもあるのです。

 

日本人の修行や道というものは、身体表現の習得法でした。

それが、徐々に受け入れられなくなってきたわけです。

(そのプロセスも、この会報で示されています。)

 

身体表現で何を伝えようとしてるのか、

何かを伝えようとしているわけです。

何も言わなくても、身体が表現しているわけです。

 

それを説明するのは、言語でできることでは、ありません。

1990年代の前半までは、研究所で、そういったレッスンが成り立ちました。

声ですから、聞いたらよいのです。

私の話でなく、声を、です。

 

ところが、1990年代も後半になってくると、

もはや、言葉がないと成り立たなくなっていくのです。

どちらにしろ、こうした練習の場は、多くの場合、成り立ってないのですが、

成り立ってないからこそ、成り立たせようとするのが、練習です。

 

ところが、そうした身体感覚で成り立つことを志向せず、

頭でわかる、理解できるようでないと、

それは授業ではないと受け止められるようになってくるわけです。

 

そうなると、いちいち、やっていることの意味、位置付けを説明しなくてはなりません。

説明しても仕方がないのですが、そうしなくては、出席しなくなるからです。

出席しても、その意味を見出せなくなるからです。

 

そういうことで、レクチャーの時間が増え、

それをリライトして会報に載せて、

伝える体制になりました。

 

その第2段階が、このブログのメイン内容です。

その変遷が、こうして残りました。

 

 

私が比較的安易に、それにのれたのは、

一般向けの書籍の執筆、カルチャーセンターなど

ビジネスマンや日常の生活のための声のレクチャー、取材で、

多くの経験を積まされたからです。

 

もちろん、一般向けのビジネス書などを出すと、

そういう人からの質問や訪問が増え、

それに応えざるを得ないから、そうなります。

 

ことばで同じことを繰り返すのは、めんどうなので、

本やブログにします。

 

で、それを聞いて、相手がわかったとしても、あまり意味はないのです。

発声は、身体能力技法ですから、できるまで、身につけるまで繰り返すしかないのです。

 

授業では、同じことを続けていると、このまえにそれはやったと、

あたかも学ぶことがないかのように、出なくなる人も出てくるわけです。

武道やスポーツのようには、なかなか考えてもらえないのでしょう。

これは、そういう人へのアドバイスの履歴ともいえます。

 

 

私にとって、場は、いらっしゃる方のための場ですから、主権は参加者にあります。

で、そういう人たちが自ら主体的に場を成り立たせようとしないのであれば、

それはこちらが持っている価値、知識や経験を、伝えることに終わってしまいかねないのです。

驚いたことに、多くの人は、それで満足するどころか、そちらを望むようになってきたのです。

 

なら、ここでなく、来日アーティストのコンサートでもいけばよいのです。

 

こういうことになったのも、日本の学校教育の弊害でしょうか。

まるで大学の講義のようなものです。

そんなことは、無駄だと思ったので、

私は、書籍でそれも伝え、会報に繰り返して述べてきました。

 

この記録は、そういう意味では、

レッスンの成立が危ぶまれたときのフォローの記録ともいえます。

ベストのレクチャーやレッスンでなく、二流品です。

しかし、そのおかげで残ったのですから、

それも運命であり、感謝に値することなのでしょう。

 

同じ言葉のやりとりという無駄な時間を省きたかったのと、

身体で感じられない場合に、せめて言葉というインデックスで、

少しでも頭に入れてもらい、その人の身体に落ちていくのを待とうとしたわけです。

 

 

そのために、こうしてことばで記録が残るようになったのは、

よかったのかどうかー

それは、皆さんがこれをどのように活かして、

いや、生かしてくださるかに

かかっています。

 

どこかの誰かが、これを

活用していただくであろうことを望んで

この編纂をしていこうと思っています。

 

 

 

最後に

当時、この場に情熱を捧げていただいた多くの皆さんの

痕跡として、残しておきたく思いました。

 

この世で縁あって

あなたたちに会えて、

いっときでも、

欠けがえのない充実した日々を

共に過ごせたことを

与えていただいたことを

心から感謝いたします。

 

 

 

 

 

 

パワー不足   521

パワー不足   521

 

BV座を2週連続でみて、これまでになく失望した。

結局、ここしが見えていないこと、

たかだか2週、もたせられない(仮に外でライブをやっていても同じことだが)。

 

歌とか声とかヴォイストレーニング以前に、人に何かを伝えようとする絶対的な意志や、パワーがない。つまり、発声が完成しようと歌がうまくなろうと、これではどうしようもない。

 

あなた方ほどの声も歌うカもなくとも、歌で人を楽しませ感動させている人が、世のなかにたくさんいる。

いったい何のために、声や歌を学ぶのだろう。

どうしてトレーニングを通じて、そのパワーが増大していかないのだろう。

そんなトレーニングとは、いったい何なのだろう。

 

人に伝える意志やそのために出てくる気力が、トレーニングをひっぱっていくものだろう。

 

スポーツを本気でやっている人なら、

参加すればよいなどと思っている人もギリギリで勝ちたいと思っている人もいない。

絶対的に強くありたい、

徹底的に完璧に勝ちたい、

できれば最高のプレーで勝ちたいと思って、

人は努力する。

 

そうでない人が人前で何かをやって、心から称賛されたり、感動を与えることがあるわけがない。

そのままでは、いつまでたっても永遠にありえない。

 

 

ステージのでき不できのことではない。

気づかぬうちに生ぬるい、もたれあいとなっている。

 

歌に覚悟を決め、絶壁で歌って人の心を打っていた(少なくともその方向にあった)

BV座が崩壊している。

 

歌や声は直せるが、芸のない芸人には、語ることばはない。

少しくらい、一般の人より長くトレーニングし、

声も出るし、歌らしくもっていけるので、その場をしのげるかもしれない。

 

しかし、だからといって伝わらない歌というのは、何なのだろう。

調子が悪いとかいった言い訳をいつまでやっているのか。

出たものだけが実力という世界などと今さら、言わなくてはいけないのだろうか。

 

このままでは、ライブの公開も、CATVやインターネットの放送もあったものてはない。

創出する意志、気力、モティベートの欠如こそ、最も恐るべきことだ。

 

これはBV座に限らず、②③クラスでも、いつも感じていることだ。

少し長くいることで慣れていくのは、おのれの内に高い志をもち、

外に大きな世界をめざすことに欠けているせいである。

自分で自分の世界を切り拓かず、まわりに同調しているせいだ。

願わくば、謙虚に自省して欲しい。

合宿特集Ⅲ 参加者の感想レポート   510

合宿特集Ⅲ

 

(4)参加者の感想レポート(提出順、提出者のみ)

 

 

NO.1

班のエチュードのときは、自分一人だけでも勝手にやろうとは思っていたけれど、作品として出すためには、そんなにエゴばかりではやっていけなかった。発表を次の日に控えた夜の練習で、班のみんなにキツイことを言ってしまった。自分の声もでないイラつきもあったとは思うけれど、何かがまんができなかった。

「自分に厳しく、人には優しく」がベストとは思っても、人にあたるのもおかしいとは感じたけれど、どうしても言わずにはいられなかった。あれだけみんな口では「解放したい」と言っている割には、いざやると、全然、解放されていな!い。私は本当に真剣に取り組んでいたから、みんなにも本当にやって欲しかった。全力を出しきってもいないのに「今のはよかったね」なんて、みんなが満足しているから頭にきてしまって、「本当にあれでよかったと思っているのか」と言ってしまった。

場が沈んでしまって、班の中の一人が「じゃあ、どうすればいいの」なんて聞くから、もうさらに怒りを通りこして呆れてしまった。「そんなことは自分が一番よくわかるでしょう」という言葉ものみこんでしまった。唯一、救いだったのは、私と同じ気性の人が一人いて、結局、二人でキレてしまった。

一応、そのままというわけにもいかず、班で部屋に集まってミーティングをした。「みんながやれるのに、やらないから。私はやれる人にしか言わない」と言いたいことを言って、みんなにも思っていることを言ってもらって、とりあえずみんながんばろうということで、結論が出た。

結果的に作品としての出来はともかく、班自体のまとまりがとれたことには満足している。他の班ではなく、この仲間たちとやれてよかったと思う。演技をしないこと、みんな各自、思うままに自由にやること、決めつけないことを上においていた。

班での発表というのは、やはりある一定の枠内で、個人があまり主張しすぎるわけにもいかず、かといって、そのままおさまってしまうには納得がいかない。そのバランスの難しさを感じた。勉強にはなった。

 私は戦っている人がとても好きです。自分に対して厳しい人が好きです。

合宿後、思っていたとおりに、より一層、仲が深まっているようにみえる。なあなあと甘えあって、群れたくないから、離れたところでそういうのをみていたりする。よいか悪いかは別として、空気がここの中が変わってきているなと感じる。新しく入ってきた人にもよるけど。みんな仲がよいなと、つくづく思ってしまった。一人ひとりはとてもよい人だけど、群れてしまうと。個人的なことで言えば、旧スタジオみたいに、もっとBの人たちがいた頃の方が、ピリピリとはしているけれど、その緊張感がよかったりもした。今さら、うだうだいっても仕方ないから、まず一人でがんばって、さらにエネルギーをもっている少数の人とやっていきたいと思う。

 合宿から1ヵ月過ぎ、大きなきっかけをつかんでから、自分の中で歌に対する価値観や認識が変わった今までは、自分が表現したいものは、別に歌でなくてもよくて、文章であれ、踊りでも何でも可能だと思っていた。それはもちろん、可能ではあるけれど、歌でなくては、どうしてもという訳ではなかった。だから、いつも迷いつつ、人が私に「なぜ歌をやるの」と問うように、自分でも確固たるものがあったわけではなかった。その分、つかむのに悩んで時間がかかってしまった。どうしても耐えきれなくなって、フラついて何度も逃げた。何度もやめようと思った。だけど、どうしても最後にはここに帰ってくる。戻るのがわかっていて逃げたわけではない。歌を歌うことが嫌で嫌でたまらなかったこともある。快感よりも苦痛のことの方が多かった。正直いって、心から楽しいとは思っていなかった。

それなのに、この2年間やり続けてきて、やっとみえてきた「これだ」と確信がつかめるようになってきた。「逃げなければ、もっと伸びたのに」と, 言われたけれど、私にはこの2年間、確かに時間はかかったけれど、人には無駄だと思われても、私には全然、無駄ではなかったと思う。むしろ、それぐらい必要だったというえ気さえする。それがあってこそ、今の自分があると思える。もがいた分だけ、今、確かな手ごたえと喜びを感じている。これで本当の意味でのスタートができる。やっていける。また大きなつまづきがあって、悩みごとはあっても、もう逃げることはないと思う。この2年間は、声の勉強ばかりしていたはずが、本当は実はそれ以上に人間としての自分の勉強をしていたのではないかと。声をトレーニングしているつもりが、自分自身をトレーニングしたのではないかと思う。今、改めてスタートしてみると、まだたくさんの課題と問題がありすぎて、今までは歌以前のことでみえなかったけれど、ものすごくいろんなことが山積みになっている。2年間とずっと思い続けて、結局、何にもできず、一人でもろくなトレーナーにもなれず、情けないばかりどうやら何をするのも、人より時間がかかるようだから、今は長期的なスタンスをとることにした。

 声だけに関しても、まだまだ全然、何もかも足りない。大きな声ではなく、深い声。深い深い声。人間の深さがそのままあらわれる声。そのためには、人間的にももっと成長しないといけない。もっと深みのある人間にならないといけない。自分が育ってきた過程、とりまく環境、そして未来と、すべてを受け人れていく。移ろいゆく四季は感じながらも、時間に感わされないように。年齢とかで区切るのもおかしいけれど、あと5年すると30歳になり、そして2000年になる。その頃までは、まだじっくりとやっていこうと思う。ワインみたく時間をかけていくほど味わいぶかくなるように。5年後の自分はどういう声をして、どんな歌を歌うようになるのだろうか。単に良ければよいというわけでもないから、1年1年勝負してやっていかないといけない。それは不安でもあり楽しみでもある。山に後るのは好きだからよいけれど、足をすべらせて落ちてしまわないようにしないと。あとは、熊とも戦わなくては。

 一時期、日本から離れたくて、飛び出したくてたまらなかったときがあった。日本の状況、環境、思っていることも言えないいらだち、いろんなことに嫌気がさしていた。今も行けるものなら行きたいとは思う。ただ、本気で望んでいるのなら、もう何があってもとっくに行っているとは思う。でも、今の自分は、まだやらなくてはいけないこと、ここにいるからこそやれることがあるような感じがする。いつか、自分にとっての時期がきたら、行ってみたいと思う。ただ、それは今ではない。それだけはわかる。ならば、今ここで、なすべきことをやるべき。そう思う。

 環境といえば、合宿に行ってからさらに状況が悪化している。徐々に現状に対応できなくなっている現実と直面して戦っている人は本当にすごい思うし、またそうでなくてはいけないと思う。でも私にはもうできない。耐えられるはど我慢強くない。はまりやすい性質というか、周りがみえなくなるというか、歌のことで頭がいつはいで、他のことがどうでもよくなってしまう。それがよくないことだと知りつつも、どんどんはまってしまって、それ以外のことは何にもしたくなくなる。声ばかり考えているから、部屋の中で遠慮しいしい声を出すことも、接客で心もち高めのトーンで話すことも、日常会話でも、ある程度、抑えて話すことも、すべて気になって、へんなストレスがたまってくる、うわーっと叫び出したいときもある。今までは息を吐いていたけれど、何で抑えないといけないのかなと。思いっきり話してみたいし、自分の意見を言いたい。そういう意味もあって、向こうに行ってみたかったのだけれど。

 先日、中古CD屋でハードロックががんがんにかかっているのに、そこにいた外人の男性の声の方が大きいのに驚いて、感心して、そして悔しかった。私は何年トレーニングしても、かなわないのかなと思った。ただ、それでも向こうの人に通じるぐらいになりたいとまだ思ってしまう。本当のものをみえる人たちの前で歌ってみたいと思う。伝えたいものが伝わるのかどうかやってみたい。私自身が噓やまやかしにまみれていないかどうか。以前の私のように、もうごまかしや嘘を自分につきたくない。正直な自分が認めてもらえるのかどうかが知りたい。やってみたいと思う。

 いつも感じることだけれど、どういうわけか人に助けられるというか、支えられている。守られているという感じがする。それは、ここに入る前からも、「もうだめだ」と思ったときほど、タイミングをはかったかのように、人から救われてきている。ここにきてからも、やっぱり何度も助けられている。これはどういうことなのかなと。私はエゴの固まりだし、みんなに何にもできないのに、それでも支えてもらっている。親も友だちでも先生からも。それはとても恵まれていると思う。ただ、甘えているのかという気もする。

私の側にいる人は、何に対しても一人で戦っている。彼女の方が強いのかも知れない。本当にアーティストとしてやっていくのであれば、打たれ強くならないといけないのかも知れない。ここにいることも、先生にへばりついていることも、こうしてぐちぐち書いていることも、すべて私の甘えからきているのか。本当に戦っている人は、何も言わず、ただひたすらやっている。それで私はと言えば。だらしないけれど、まだ1人では立てない。ハイハイすることはできても立ちあがることすらできない。いつまでもすがっていく気持ちはないけれど、いっかはちゃんと立てるようになるつもりだけど、まだ無理。情けないことに。以前なら、絶対に自分の弱さを認めなかったし、みせなかった。はったりでも何でも、そういうところは出さないようにしてきた。それが、いつの間にか弱い面もさらけ出すようになってきた。自分が強い人間であると同時に、もろい人間であることがわかった。素直になったのか、どうしてなったかはよくわからないけれども。

支えてくれる人々に感謝とともに、また、今こうして自分が歌を歌えることも感謝しつつ、少しずつ前に進んでいきたいと思う。うまく歌えなくてよいから、すごく歌えるようになりたい。いつか先生にもすごいと思われるようになりたい。自分の中で、また新しい動きを感じながらー。

 

 

N0.2

私はみにくい人間、弱い人間、もう何年もそう思って生きてきた。生まれたときからそうだったわけではない。けど生まれてからまだ20年もたっていないのに、そのことに気づいたのは私にとって決して不幸ではなかったと思う。人に何を言えば嫌われるか好かれるか、ということを幼き頃から私は知っていたし、どういうことをすれば誉められ見返りをもらえるか私は知っていた。傷つけられるのを誰より恐れた私は、いつの間にかそんな術を身につけており、そのことを自分自身で悟ったとき、私はヒーローにはなれない人間だということを知った。そして、他人の行動や話す内容を見て聞いて、その人の裏に隠れている真実のようなものを自分自身に照らし合わせ、客観的に自分を見ることによって見い出すことができた。よって私は、他人にはその人が求めている行動、そしてことばを発っせ、どんなときでも誰に対してもいい人を演じていた。

ある小説の中に「誰からもいい人と言われる人が、誰に対して一番いい人かっていうと結局、自分に対してなのではないか」ということばが出てくるが、まさにその通りである。私は私がたまらなく愛しい。その思いはきっと生涯、永遠に変わることはないと思う。そして弱い人間であるからこそ、いい人に疑体した日常生活の私と本当の私を割り切れず、はけ口を探し、そして歌う。私は叫ぶ。強がりでも見栄でもなくて、それが合宿に行く前から自負していた私の私に対する評価である。

合宿に行ったから、あの時間を過ごしたから、こんなふうに考えをもったわけではない。では、あそこで得たものは何か?と聞かれたら、それは私の中の純枠な分の発見ということだ。今ま私は、なぜこんなみにくい姿をもってしまったのだろうと思っていたけどそれは、おそらく多くの人間も隠したり気づかない振りをしたり、本当に気づかなかったりしているものだとも思っていた。しかしあの時間の中で、さまざまな出来事が複雑にからみ合ったあの時間の中で、私はすべての人間は必ず私と同じものをもっていると確信した。そして叫べなければ息きていけない叫びたいと思う。自分の中に純枠さを見いだせた。多くの人間が、隠したり認めたがらなかったり、気づかないものを、私は叫ぶことのできる、そして叫びたいと思う、そんな自分がはじめて誇りに思えた。それは自信にかなり近いものであり、それハをもった今の私は、本当に前を向いて歩ける人間である。

長い’間、抱えてきた重いもの、やっと今、軽く感じられる。長い冬は終わった。私が終わらせた。あの時間の力を借りて、私が終わらせたのだ。が、弱いみにくい人間だという思いは、今でも残っている。目立ちたいとか一目おかれたいとか、こんなふうに文章の書き方をするのも、だからであろう。感想文とは違ってどちらかというと報吿のようになってしまった。所詮だがされど、というニュアンスで今、私は生きている。

 

 

N0.3

合宿での3日間を振り返って思うことは、朝から晩まで、ずっと歌っていられて幸せだったなあということです。うまく言えないのですが、実際は「アー」ぐらいしか、ことばは使っていないのに、歌っていたと感じられたことが、私にとっては大きなことです。ことばじゃなくても気持ちは出せる。「アー」とか「ウー」とか、そういう中にも気持ちを練り込んでいける、そういうことはいろんな人の歌から、なんとなく知っていたことではあったと思いますが、頭でわかるだけじゃなく、体でわかりつつある気がして、少し方向性が見えてきた気がします。

あと、やはりモノトークが印象深いのですが、全員のを間くと、皆、似たりよったりのことを考えているのだと思いました。そういうこと考えているのは、特別なことじゃないし、ましてだから歌を歌うというのでは、こういう世界では通用しない、歌が好きでとか皆があってたことはあくまで土台で、あたりまえの話で、その上で何をどうしたいとか、具体的に何かをつかんでいないとだめだと思いました。そういう意味で、どうして歌なのか、どうして音なのかという理由が見えてくるきっかけになった3日間であったように思います。

発表会のモノトークで私が語ったことは、歌へ目覚めるきっかけにすぎない。今、見えてきたものが歌う理由のーつになるような気がします。

 迫記:最近、念願だったダンスを始めました。ずっと真剣にやってみたいと思っていて、歌にもいい影響があればいいかなと思いつつ始めました。合宿後に受けたレッスンですごくおもしろいのがあって、宗教音楽のような曲で、ちゃんとした歌詞ではなく「アー」ということばで歌われていて、木や大地や命、地球をいつくしむという内容ということでしたが、その曲にのって感じたままに踊ってくださいというレッスン(結局、簡単な振りはあったのですが)、そのとき、意外にも先生が私の手をとって「あなた今のすごくよかったわよ」と言ってほめてくれたのです。ホント初心者だし、ポーズなんてなってなかったと思うのですが…。私はそのとき、ただ曲を感じて気持ちを出すことに集中してたように思います。きっとそれがよかったと思います。踊るとは、こういうことを言うんだと、このレッスンで気がついたんです。

でもこのことは、軽井沢の合宿に参加してなければ、きっとわからなかったと思います。「歌う」と「踊る」の違いはあるけれど、合宿でのレッスンと非常に近いことをやっていたんだと思います。歌うことだけでは、はっきり気づけませんでしたが、踊ることではっきり見えてきつつあると思います。踊るとはこういうことなんだ、歌うとはこういうことなんだと、今まで上っ面な部分でしか感じられませんでしたが、それが見えてきて、今はすごく楽しい。音に身をまかせて表現するってすごく楽しい。今の時点では、歌うことと踊ることは、私の中で同じことのように思えます。ことばで声で気持ちを出していくか、体のみで出していくかの違いだけです。

今は合宿に行く前の何佶も、ナゼかワクワクしています。合宿のとき、私は「自分が受けたショックを他の人にも与えたい」と歌に向かっていましたが、今は声のなかに音のなかに気持ちを出せたり、音と気持ちが一体になる瞬間が楽しみで、その瞬間が1秒でも長く続くようにと歌に向かいます。ことばにすると全くうまく言えないのですが、この経験も含めて、合宿のことを振り返らなければ完結しない気がして、書きました。

 

 

N0.4

日常の常識とかに縛られているなかで、声や体を解放することは初めは非常に難しかった。感情を表現するのも自分に我があってはなかなかできない。軽井沢というあの場所で緑に囲まれた空気のいい、日常とはかけ離れたところだったからこそ、その力をかりて体も声も解放されていったのではないかと思います。

 初めて合宿に参加してみて、初めは普通にいつものようなレッスンを、もしくは多少、変わったものをスケジュール通りにこなしていくのかと思っていたんですが、実際やった内容は、自分が思っていたものとは全然、違っていて、今まで経験したことがないような内容でした。歌という表現手段を選んだ同じような志をもった人たちが、あれだけ集まってみんな同じ一つのものに夢中になった。

先生も言ったけど、やっぱりハタチを過ぎて大人になってくると常識に縛られてなかなかああいうことをまじめに、真剣にやるのは難しいと思うのだけど、みんなはハタチからみたら、ばかじゃないかと思えるかもしれないことを、真剣になってやった。熱中していた。だからみんな、あれだけ自分の感情を表に出せた。あれだけの空間の中にあれだけの場を創れた。自分をさらけ出した者同士が感じられる連帯感みたいなものを感じた。胸が熱くなった一瞬もあった。おおげさかもしれないけど、おお、俺は今生きてるな、なんて思えたりもした。暧かい気ちにもなれた。やさしい気持ちにもなった。歌うための何らかのきっかけになったと思います。

今回の合宿で白分は歌い手として相手に伝えるうえで最も大切なものを学んだような気がします。そこいらの旅行をするより、印象に残る密度の濃い時間だったと思います。合宿中は、みんなとてもいい顔をしていて、自分をあれだけ笑ったのは久しぶりでした。あの場と貴重な時間を与えてくれた福島先生や事務の方などに感謝すると共に、一緒にあの空間を創りだした、合宿に参加したみんなにお礼を言います。

 

 

N0.5

今回の合宿。こんな感想はもちたくないのだが、正直言ってどうも消化不良で終わってしまった感がある。感きわまって涙する人、すっきりした表現になっている人、皆「よかったね」と満足そうで、何かがわかったようなことを言っているのに、僕は目標も達成できず、満足とまでいけなかったので、なおさらに思う。

 この合宿、僕には重要だったし期待していた。僕は歌に賭けている。そのため夢や大切なものを捨ててきた。そして毎日、稽古を重ねてきているのに、何も見えてこないし、進歩が感じられない。入って1年半になるが、ずっとである。この現状を打破しなければ。「心と体の解放」…僕はこれができていないのかもしれないと思えたから、逆にこれ(合宿)によって道が開けるかもしれないと期待した。実際、僕は一所懸命やった。リラックスしようと意識を集中させようとしたし、これだと期待できるモノトークにしたかったから、深夜を過ぎても何度も何度も書き直してねばっていた。エチュードでも、その感情に人り込もうと真剣だった。なのに、どれも、「これだ」と思えるところまで達せなかった。いろいろ原因を考えてみた。まずモノトークで負けていた。自分にはやはりどうしても、きたない自分を隠し人に嫌われたくないという気持ちがあった。そして発表前日、それじゃだめなんだと改めて考え直した。結局、バクロ大会ではないので、本番では具体的にはそのことには触れなかったのだが…。自分には歌しかないんだという強い意志があるはずなのに、それが表現できない。「これなんだ」と自分で納得いくものが出せなかった。

 僕は昔から、自分で集中力がないなとよく思うことがある。初日のエチュードでも、いいところまでいきかけたのだが、没頌するとまではいけなかった。グループでのエチュードでも、懸命にその感情になりきろうとして、それなりにはできたと思うのだが、心の底から勝手に沸き上がるところまで入り込めなかった。どこかで冷静になっていた。他のことが頭をよぎったりもした。僕は人並み以上につらい思いも苦しい思いも孤立感も感じてきた人生だと思える。だから、負のエチュードやモノトーク(暗い話が多かったので)の感情など、おてのものなはずだ。今だって昔のことをふっと思い出すと、歯をくいしばったり、ハンニャの面みたいな顔になるのに、いざそういう感情になれと言われても思い出せない。よく試合のときなど、苦しかったことを思い出せと言われるが、それをやって成功した試しがない。

 

Aグループの発表では負のエチュードですでにすすり泣いている人がいて、モノトークでそれは最高潮に達していた。その分、正のエチュードでは、すっきりした顔で心から喜べていたと思う。それを見ていて、僕は自分はできないなと感づいてしまった。モノトークは納得いく仕上りになっていないし、泣けないとわかっていたからだ。見ていて涙することによって、感情が高まっていけるなと思えた。

 僕は13歳のときから涙を流した記憶がない。12年間、涙を流していないのだ。目線がゆるんでうるうるすることなら、しょっちゅうだ。なのに流れるとなると、ないのだ。子どもの頃はいじめられっ子だった僕は、ひきつるほど泣くことなどしばしばだった。泣き虫だった。だけど、泣いても誰も助けてくれないと悟ったせいなのか、強くなろうとしたためなのか、涙をこらえるようになった。そしていつの間にか、涙を流せなくなっていた。負けたら引退を決めたパワーの全日本ジュニアの大会、最後の最後の試技で失敗したときも涙を流せなかった。いっそ流れてくれればどんなに楽になるだろう。決して感情を出せないタイプだったり、隠しているわけではないのだが。他の人は「体の底から沸き上がる声を感じた」とかいろいろひらめいたことがあったようだが、本気なのだろうか。僕だってエチュードで、いつの間にか、よだれがだらだらたれていて、気がついた床にプールができていたことが何度もあったくらいのことはやった。それでも満足いくことはなかった何かが開けるところまでいかなかった。もしかしたら、それなりに成功したのに、自分で勝手に失敗したと思っているだけなのかなとも思ってみるのだが。僕は現状を打破したい。でないと、アーティス卜の道はまほろしに終わってしまう。人生の賭けに失敗したくない。

 

 

N0.6

とても楽しかった。嬉しかった。感激した。空気がおいしかった。しぜんに笑った。苦しかった。はずかしかった。人に伝えようとするパワーや音に対する敏感さにびっくりした。新たな世界にはまった。ふっきれた。興奮して涙が出てきた。喜びのエチュードを心で感じれた。助けてくれる人がいた。音に対して素直になれた。鳥の鳴き声にはっとした。陽の光を感じた。他の人の声が心にひびく。自分もしぜんに声を出していた。嬉しくってしょうがなかった。体が勝手に音に合わせて振れ、動いた。犬の声に安らいだ。今、このときが幸せだと感じた。「シャウトしてんだよ。」と叫ぶ女性の声に感動した。「僕は泣き虫なんだ。」とわめく男性の声に感激した。「二人でドアをしめて。」と訴える女性とともに泣いた。頭は真っ白だった。

なんだか苦しかった。なんだか幸せだった。いろんな人に会えた。人それぞれ、いろいろな悩みをもっていた。励まされた。自分の弱さ、鈍感さを知った。自分の愉快さも少し知った。素直な感情を声にのせた。周りの空気に自分の声をのせた。とても楽だった。気持ちよかった。

トレーナーの声はすごかった。でも自分の出している声もしぜんな声だった。福島先生も声を出していた。とてもきれいだ。私もその声にのせて出してみる。ああ気持ちいい。行って本当によかった。ああ本当に行ってよかった。チョチョンガチョン、チョチョンガチョンと歌っていた自分がなつかしいです。

たった2泊の間にこれほど心が動くとは思いませんでした。アーティストとして、天の声を出していたときの状態に、自分の心をすぐもっていくことが、まず歌を歌う以前に大切なことなのではと思いました。とても勉強になりました。

 

 

N0.7

1日目は仕事で、夜遅く10時過ぎに宿舎に着いてみんなのところへ行くと、そこでまず私にとって衝撃的だったのは、何やらみんなモノトークの原稿を一所懸命、耆き直している姿が目に写り、そしてさらに食堂では夜通し考え続け、書き続け、寒くなってストーブの周りを囲んで朝になるまでがんばっている人がいたことを通して、私は実に私自身を反省させられた部分があります。

たった2分のモノトークのために、全精力を注ごうとする姿に、音楽人というもの、芸術人というものを改めて見ました。一人ひとりがとても輝いて見えて、私は何かとてつもない希望と力が湧いてきました。「来て本当によかった」と素直に思えました。

雨降りで寒い中、それでもみんなでいるときに、心は暖かかったです。それは、何か一つの父母を中心とした兄弟のようでした。遅れて参加したので、全体のフンイキになかなかなじめないのではないかと心配したけど、そうでもなく、ただの私の思い過ごしでした。いろいろ泣いたり笑ったり語り合ったりして、また班が分裂しそうになって、また仲直りして、みんなで一緒にいたその世界は、本来、世界中の人々が国を越え、ことばを越え、人種の壁や憎しみを越えて一つになって、一つの平和という目的に向かって一つのハーモニーを創って一つになったときの喜びを互いにわかち合うことができる世界を縮小した場であったようにも感じました。

みんなの声が最後、一つになったそのときに感じました。そして、それを通して、声の偉大さを実感しました。その“声”こそが、天に届き地にひびきわたるんだということに関して、非常に希望を感じ、それ故に自らを素直な気持ちで反省できました。いつも練習しているときに出す声と、実際、歌う声が全く一致できていないことをソロライブで感じたし、発表会やモノトークでは、自分の中にあるものを100パーセント出すことが本当に難しいことを実感し、さらに、その私自身、個性というものが、いつも私と同居していながらしっかりとつかめていなかった、故に「私の歌」「私はなぜ歌うのか」がはっきりとしていなかったことを気づかされ、もう一度、原点に立ち却ってみて、一から出直していきたいと思います。

自分をもっと研究し、声というものをもっと勉強して、実際“本物”というものが何であるかを具体的に明確に理解して目的に向かって自分を100バーセント、注げるようになるよう努力していこうと思います。合宿がすべて終わってから、その場面場面を思い出しながら、とても大きな感動が再び起こりました。それは全体を通して、一つの“曲”のように感じたことでした。全体の喜怒哀楽の時間の流れる中で、後で振り返ってみれば起承転結になっていたように思います。

そして外的には、割とシンプルに見えて非常に手の込んだことを最初から最後まで守り、導いて、夢と希望を与えてくださった福島先生とスタッフの方々の苦労の愛と、集った友だち一人ひとりの励ましに、心から感謝申し上げます。それを思うと、本当に最初から参加したかったという思いが今もやみません。本当にありがとうございます。そして、この合宿で学んだこと感じたことを宝物として、何か特別なときだけがんばったり自分を投入する人よりも、ステージに上がる前も後も、ごはんを食べてても人と話しているときも、何をしてても、いっもステージにいる気持ちと音楽の中にいる気持ちをもった人になりたいと思います。そしてその思いを、いつまでも忘れないでがんばります。そしていつの日か、誰もが笑って歌える世界がくるまで、私は歌い続けます,どうかこれからもよろしくお願いします。本当にありがとうございました。

 

 

N0.8

合格のテーマ「心と体の解放」は、私にとって成功だったと思う。行く前は私にできるだろうかという不安があった。しかし、完全にすべてではないが、一瞬解き放てた感覚をつかめたこと、モノトークで自分が思った以上の感情が出て切れることができたことなど、今回つかみとれたものはたくさんあった。もちろん、反省、これからの課題などたくさんあるが、昨年の自分と比べたら今年の方がはるかに自分にとって有意義だったと思う。また、今回、A班の班長(副班長)ということだったが、いいのか悪いのかそのことについては全く考えていなかったし、もちろん班をまとめようなどとそんな大それた思いもなかった(無責任なのかも知れないが…)。しかし、A班については、みんな各々の力を充分、出していたと思うし、発表会にしても私としては大変、満足している。みんな思いっ切りやつてくれたと思う。

自分も今回は思いっ切りやれたという自分に対しての満足感はあるが、A班のメンバーはいい意味で、後先考えない思いっ切りのよさみたいな人がたくさんいて(練習で声をつぶすから押さえようなどという考えがないということなど)、私個人としてもっと見習わねばいけないなと、みんなの気迫に大変影響を受けた。

モノトークに関して、始め1分間で何をどう伝えればいいのか、またコトバがまとまらない上に、先生から10項目、テーマを組み込むように言われ困りはてた。しかし、福島先生のカウンセリングを受け、具体的に書いていって、コトバを読んで自分の感情が動くところの文をモノトークにするようにいわれたとき、すごいヒントが与えられたような気がして、10項目は組み込まなかったが、夜中ずっと感情が入るコトバを考えていた。ずっと考えていると、どんどんコトバカ削られていって、単純なコトバで自分の感情が入り、人に伝えられるコトバが頭の中から(体の中から?)どんどん出てくることに気かついた。それをどんどん組み立てていった。自分でその作業をやっていくのがすごくおもしろかった。眠いはずなのに楽しくて気がつくと時間がどんどん過ぎていて朝に近づいていた。

本番では、組み立てた通りのコトバじゃない箇所もあったが、自分の感情は今まで人前でさらしたことのないものが出ていた。はっきり言って、言えてない部分、人には伝わらない部分もあったと思う。人に伝わっていたかどうかを判断する余裕はなかった。しかし、だいたい1分で言えていた点、感情が入ったという点で、自分の中では、今回、合格点だと思っている。

他のある生徒が「その場で適当に思いっ切りやりゃあ、どうにかなるよ。どうせ書いたものとは違うこと言っちゃうんだろうし。」と言っていた,しかし、私はこの1分間は絶対、自分が納得できるものにしたかった。昨年のニの舞にはしたくなかった。たかが1分、されど1分なのだ。

みんなのモノトークにも天と地の差があったと思う。私のモノトークはできがいいか悪いかは別として、あの“1分間”を捨てていたら、あのようなできではなかったはずだと思っている。今回のモノトークを考える過程を得たことで、歌の作詞のヒントになった気がした。また一つ、大切なことをつかめた。

話をするのは非常に苦手だと思っていたが、カッコつけてオブラートでつつもうとするから、言いたいことが伝えられないのだと思った。言いたいことがあれば話せるはずだし、そのままのコトバで飾らずに伝えればいいのだと感じた。感じることができた。

 すべての発表が終わり、帰りの電車を待っている間、体と精神を使い切った脱力感に包まれていた。不思議な気分だった。疲れているのに、体の筋肉が解き放たれていた。他のみんなはワイワイ話をしていた。しかし、その中に入っていける気分にもなれず、笑う気分でもなかった。心の切り換えができなかった。でも、そこで無理することもないかなと思っていた。脱力しながらも、体の奥底が火照っている感じだった。ただただ、軽井沢の空気がおいしいなと深呼吸ばかりしていた。

歌の練習、技術、ヴォイストレーニング。どれもクリアしていかなければいけない課題ではあるが、集中しすぎると煮つまってしまい、みえるはずのこともみえなくなってしまう。そういうこと以外のことから歌う上でのヒント、ヴォーカリストにとって必要なことを吸収できることが多い。この両方を絶妙のバランスで取り入れたときこそ、最高の歌が歌えるヴォーカリストになれるのだと思う。最近、私は気分的にすごく煮つまっていた。それが今回の合宿で解き放たれたと思う。合宿から現実に吳ると、また社会の中でどうにか生活していかなければならない。そこから解き放つことを自分から取り入れていかなければと、今回、切に思った。

 

 

N0.9

非常に興味深いテーマでした。悲しみ、絶望、苦悩、憎しみがわかるからこそ、本当の喜び、希望、やさしさがわかるということを、短い歌の中ですべて出さなければいけない。それぞれの感情は、腹の底で本当に感じているからこそ、声となって現れる。そして、それぞれの感情は日常の生活で培ってこなければ、歌となって現れない。歌うためにはトレーニングも大切だけれども、もしかしたら本当に大切なのはトレーニング以外の時間にあるのかもしれないとも思いました。

モノトークの意味合いも最初はわかっていませんでした。福島さんのアドバイスに対して、索直に間けなかったことを反省しています。原稿を書くとき、最初はだらだらと思うことを羅列していく。おおよその流れが決まったら、ストーリーとしてしっかりと文章で書いていく。まだ、長すぎるから2分の長さにまとめる。2分の長さでは、まだ状況設定とか余分なものが残っているので、本当に大事な部分だけを残せば1分の長さになって、密度の濃いストーリーになっていく。そして相手に伝えること、歌として聞かせることは、最後の1分だけで充分だということがわかりました。私は自分で詞を書くので、すごく参考になりました。

 物事には逆の論理というのがあって、何かの問題をずつと周りのせいにしているけれども、実はそれは自分に原因があることが多いと思う。ずっと周りのせいにしているから、それに気づかない。自分で余計な殻をつくってしまっている。殻をつくっているのは自分だから、他人がそれに気がついて言ってあげたとしても、もっと言い訳を重ねたり、否定して認めなかったりして殻を厚くしてしまい、余計に殻を破りにくいものにしてしまう。結局は、その殻を破っていくのは自分しかない。殻を少しでも破っていくと、その分だけ体も自由になって、声も自由になる。モノトークはそういった意味で、重要だということがわかった。モノトーク的な内容を普段の生活に取り入れていけばいいのだと思う。

 歲をとるにつれて様々な経験を積むことによって、それぞれの感情をもっと深くというか、違う次元で感じられるようになって、もっともっと深い歌が歌えるような気がする。そのためには、普段の生活の中で次々に訪れる困難を克服していくことによって、もっともっと深い喜び、希望、やさしさがわかっていくような気がする。そこまでいけば、毎日がドラマになって、いつでも本当の歌が歌えるのであろう。だから、本当の歌が歌えるのは、今の日本では30代以降なのかもしれない。一人ひとりの声を聞いていると、どれだけ本音で生きているか、そしてどれだけ本音で悲しみ、怒り、喜んでいるのかがわかってしまうような気がする。

 今までこんなに感情を声にしたことがなかったので、少し喉がやられてしまいました。今回のテーマから新しい課題が見つかりました。感情と理性のバランスというか、感情を思いきり出すという方面からと、理性で確実に声として出すという方面の両面から考えていくと、ヒントがあるような気がします。こう考えてみると、感情を思いきり出しながらも、その感情にとらわれずに冷静に声にしていくということが一致したとき、そういう感覚を経験したいものです。

 

 

NO.10

たった2泊3日、されど2泊3日。会社で過ごす時間はあっという間に流れてしまって残るのはただ疲れだけだが、ここで週ごす時間は、たとえ15分であっても貴重な生きている時間だ。2泊3日もここにひたりきれるなんて、こんなぜいたくなことはない。必ず何か変わるように、せめて変わるきっかけがつかめるように精一杯、行動しようと意気込んで出発した。

到着した日にいきなり驚いたが、マラソンで少し自信が取り戻せた。家のまわりを一人で走っていても、極限状態にはなかなかもっていけないが、大勢で走ったので久し振りに闘争心がよみがえった。息があがるまで走って、呼吸を意識できた。気持ちよかった。

やっぱりメインはモノトークだろうか…。原稿を書いたときと、実際に発表したときと何だか気持ちの中にギャップを感じた。本当に言いたかったことなんだろうか。時間が経つごとに違うような気がしてくる。と思うということは、きっと違うんだろう。もっともっと奥に何かひっかかっているものがあるらしい。それがわかっただけでも、よかったのだろう。すべてをふっきるには、まだ時間がかかりそうだが、思いつくままに外に排出していこうと思う。

せっかく与えられている環境、特にスタッフの方々をはじめ、こんなに恵まれたあたたかさに私も溶け込んでいきためいと思った。決して甘えてはいけないけれども、自分ひとりではない。広い字宙の中にいることを、もっと意識して視野を広げていこうと思う。

 

 

N0.11

合宿の2日前に送られてきたメニューのモノトークのテーマを読んで、しばらく唖然としてしまった。「なぜ自分は歌が歌いたいのか」「なぜ自分だけの歌が歌えるのか」…その根本的な問いに自分は答えられるのか。はじめ、合宿では体カ的にハードなメニューが用意されていると想像していたのだか、実際はかなり精神的な面を必要とされるメニューだった。

モノトークのテーマも、自分の内面とまず向かい合わなくてはならなかった。一人の自分にはわかっている。でも、もう1人の自分が、それを表に出すのを恐れている。なるべくあいまいなことばでやり過ごそうとしている。恥をかくのを恐れるくらいなら、歌を歌いたいなどと言えるわけはない。覚悟を決め原稿を書いた。

合宿で一番、印象に残ったのは、モノトークだった。他の人のモノトークを聞いて涙が出てきた。孤独や不安に一人で苦しんできた人がたくさんいて、自分は一人ではないなと感じた。モノトークの前後のエチュードは難しい課題で、全体の流れができていたかというと、不充分だったと思う。でも声の中に自分の感情が入っていって、自分と声が一体になる感じは少しつかめた。その感覚が「声からの解放」ということなのかな、と思う。

今、合宿のことを思い出すと、セミナーハウスの床にあお向けになって、ゆっくりと呼吸していたときの安らかな気持ちが甦えってくる。マラソンで高原の新鮮な空気を吸い込んだときや、最後の陽に「天の声」の輪の中で目を閉じたときの感覚も、その安らかな気持ちの中に入っている。

東京に戻ってまた、魚ったりイライラしたりしやすい生活が始まったけれど、あのときの安らかな気持ちを思い出すと、呼吸も楽になる感じがする。その感覚が学べたので、合宿に参加してよかったと思っています。

 

 

N0.12

合宿どうだった?楽しかった?と聞かれてことばに詰まり、楽しかったとも、ためになったとも言えるような、でもよくわからない。合宿に行って何が変わったかというと、基本的には何も変わっていないし、これを踏まえてこれからどう活かしていったらいいのかもよくわからない。ただ、随所随所に強烈なインパクトを与えられたし、自分と向き合う機会も多いに与えられた。

多かれ少なかれ、日常生活の中でもやっていることではあるが、いつもとは違う空間の中でやると、また違ったものが見い出せたり、いつも存るものがひょっと抜け落ちたり、でも蓋を開ければいつもやっていることが結局、出てしまうという巡りを3日間でやったということなのか。

歌を歌うにあたって、あるいは一つのことを表現するのに、これほど深いものを妥求されるのだとしたら、芸術の範疇に入るのであって、芸術に中途半端は許されないのであるから、どこかに自分のポジションをしっかり定めておかないと、消耗が激しい。でもそこで引いてしまうと、求めているものを限らなくてはならない。道標はあまりに遠くを示しているが、歩みは遅々としており、それでも歌いたいと言うなら、まあとりあえず、目の前のことをやっていくしかないのだろう。そのうちに結果が見えてくるのを待つ忍耐力と思い込みをもつこと。少なくとも、挫折という思いが自分の中に残らないように、考え方を定めていかなくてはならない。

合宿で心に残っているものの一つに、薄暗い食堂で無駄口もたたかず、ひたすらモノトークの原稿に向かっていたみんなの姿がある。必死になって自分の内に向かうという作業を、試行錯誤しながら明け方まで続けていたようだ。30を越した今ですら、手持ちの経験を使っても、使い古された話しか出てこないのに、5年前の私だったら、おそらく何も出てこなかったのではないか。しかし、その時期その時期の鮮度を出せれば表現という意味においては、かなり抽出できるのだろう。ただ歌の中に自分を抽出するには、やはり一つのプロセスが必要なのではないか。自分の声を探し求め、自分の声に自家中毒し、自分の声からの解放に苦心する。そういう意味で、道標は限りなく遠くを指している。

 

 

N0.13

「ここまで高まったものを汚したくない、汚されたくない。」合宿から帰ってきて一番に思ったことはそれだった。合宿について、ことばで言い表すのはとても難しいけど、私に「何か」を感じさせるに充分だったことは言うまでもない。私は事情があって「仕方ないから合宿は来年までがまんしようか」と思い実家にいたが、何かに引き寄せられるようにして東京に帰ってきて、合宿に参加した。

もしも本当に今年の夏、あの合宿に参加しなかったなら、私は来年の夏までの1年間、どれだけ無駄に過ごしていたことだろう。合宿が私に残したものは非常に大きい。考え方、生活の仕方、生き方まで変えられてしまったようだ。

しかし、ならば、今の私に残ったものの大きさはどうか。質はどうか、自分自身で汚してはいないか。あの頃の神聖な空気が、問いかける。「合宿は素晴らしかった」で終わってはいけない。帰ってきて2週間たった今、心からそう思う。

 

 

N0.14

確かに合宿はよかったし、去年よりずっとおもしろかった。終わって帰ってきた今がよくない。今もうすでに、あんなふうには歌えなくなっているのだ。合宿の雰囲気に押された、そのとき限りの偶然だったのか。私はまた合宿以前にずっとやてきたウソを歌っている。合宿では探していたものを手に入れたような気がした。今まであんなふうには歌ったことは一度もないし、歌おうと思ってもできなかった。いつもより一歩前に出て、裸で歌っている気分だった。熱く脈打っているところをむき出しに風にさらしていて、歌うほどに傷ついていく感じがした。それでも歌わずにはいられなかった。何か口から吐き出さないと体が熱くてはじけ飛びそうだった。体の中で傷ついて痛いという熱と、歌わずにはいられないという熱がぶつかり合って、そのうねりのまんなかでクラクラ立っていた。何かに採られて、歌が体からどんどん雜れていった。

 でも、そんなことが夢だったみたいに、今はまたできなくなっている。一度、一瞬、光が見えたのに、また暗闇の中にいる。前よりもっと自分の歌のウソがクリアに見える。形だけの中身のない、無感味なパフォーマンス。これが「歌」です、なんか今は、よう言われへん。こんなの「歌」じゃないし、やればやるほど自分でも不快になる。「こんな歌がありますよ」ぐらいしか伝達できないろう。技術的なものも確かにある。声がことばとして一つになっていない、音階の感覚を忘れられない、集中力が足りないなどあげられる。だけど、なぜ集中できないのかまでは、今までわかっていなかった。

軽井沢では体を通して答えを見つけた。ことばにすると単純で、必死じゃない、貞剣じゃない、心底本気で伝えようと思っていない、ということだ。前に立って歌っているときに本気で「感じていない」ということで、不感症みたいなものだ。今まで全身毛穴が逆立つくらい、何かを感じて歌ったことが極端に少ない。その代わりに私が抵ねてきたウソの蓄積に、私自身が毒され、むしばまれている。体に染み込んでしまっていて、自力では洗浄できなくなっている。

 軽井沢では、自分以外の他力に助けられて一瞬、気分よくなっただけのことなのだろう。合宿までは何が何だかわからない暗闇の中でもがいていて、空周りしていた。よくないことは充分わかっていたが、何がどう悪いのか見えていなかった。今も暗闇には違いないが、一瞬、真実しか口から出てこなかったことを体験したことにより、ウソがよく見える。今は前よりもっと明確に真実が欲しい。どんなに技術的に飾った100のウソより、裸の一つの真実のある歌を歌いたい。

 

 

N0.15

今回の合宿は、やはりモノトークにつきます。私にとって久々に過去に戻る作業でした。とても辛かった。私の歌う理由。なぜ歌をとったか。福島先生に、あんなに短い言葉で言われてしまった。「歌は絶対に自分を離してはいけない」と。私が、芝居でなく歌を選んだのは正にそれだ。

私はいつも自分を意識していたい。結局、歌を選ぶまでの過程。今の生活の三つ柱をもつまでの苦しみについては、描ききれなかった。私が大学4年間をビックバンドに捧げたことについては、いつか触れなくてはならないと思うが、これについて語るには、大好きだったタイと、タイで出会ったアディオという人を抜きにしては語れない。今、私にはそれだけのことを一分間の中に込められる技術も力もない。

 今回のモノトークで、今を生きる壁は越えられたと思う。「新しいこと」「唯一のもの」への挑戦のことも語れた。「H.I.Voice・Act」での活動についても、初めて他人に紹介できた。

最後の「天の声」のとき、福島先生が、それぞれ抱えているものを背負ってがんばって欲しい、と言ってくださった。

今回の合宿で、私は自分の抱えているものを素直にしょうことができるようになったと思う。隠したり忘れたりしないで、それを抱きしめて自分の存在や歌う理由へと変えていく力になればいいんじゃないかと思った.

 

 

N0.16

結局、何に気づき何を学んだか。大事なのはそれだ。いつもとちょっと変わったことをして楽しかったというだけじゃ、修学旅行と変わらないで、何を一番強く感じたのかと言えば、やっぱり歌にする姿勢というか取り組み方といったらいいか。なんだかんだと言っても、モノトークの原稿を書くのが一番、大変だった。”なぜ歌うのか”なんて正直言って、あまり深く考えたことはなかったからだ。自分の人生を振り返ってみたり、自分のトラウマ的な部分を見つめたり結局、うまくまとまらなかったし、明確な答えを引き出せず、更に本番は原稿なんかふっとんでわめいているだけになってしまった。まあ、あまりカッコよくできなかったが、俺にとっては“なぜ歌うのか?本当にたった一つの歌が歌えるのか?”ということを見つめるよい機会となったのは間違いない。

また、本番で“とにかく好きだから歌う”という必死の形相でわめいていたが、そのあたりの危機せまるような思いが、ステージで出せなければ意味がないと自分なりに悟った。

 実際、モノトークは原稿を忘れてしまったのではなく、その埸(結局、あの独特な地場に引きずられていたわけだが)の雰囲気、あふれてくる”感情”に任せてしまうおうと思い、あれほどの怒りになってしまったと思う。1曲の歌を歌うというのはどういうことなのか考えさせられた。

何人かのモノトークには感動させられた。それは、内容の問題ではなく”思い”を必死に伝えるという姿、また、それが確かにこちらにも伝わり感動したのだと思う。やっぱりそこじゃないかと感じた。

絶望のエチュード、希望のエチュードでは、本当の意味で声だけでそれが表現できたかといえば、そうではないだろう。でも自分の理性をとっぱらい、それを表現するという点では一応、うまくいったような気がする。やっぱり馬鹿になった奴の勝ちだな。自分の中にたくさんのものが埋もれている。肉体的な能力はもちろん、自分の気づいていない自分、感情がある。こんな俺でも一冊の本にすれば、そこそこの物語にはなるだろう。そんな自分の一辺が歌の中に現れてこなければだめなんじゃないかな。自分独自の物の見方、表現がある。それが、聰き手の周波数と同調したとき、共感を覚えたりするのだろう。今だって、なかなか自分の思いをうまく文章に表わせず、自分なりにはがゆさを感じている。

なんか、まとまりがなくなってしまったが”常に今という瞬間を最高のステージにする”という気持ちで、毎日の練習、ステージに取り組みたい。昨日の俺より、今日の俺の方が声が出る、うまい、すごい、と思い込んでやる。ううっ、全然まとまらなくなってしまったが、まあ、合宿がターニングポイントになったのは間違いない。

 

 

NO.17

「憎しみのエチュード」のとき、獣になれた。ほぼ無心の状態でひたすら憎い気持ちを「声」にして続けて吠えた。体から熱くこみ上げる「何か」を感じた。久しぶりに体の燃える感触を味わえた。

「モノトークの書き直し」は、自分の過去を真剣に振り返り、いろんな昔の自分に体面できた。そして、文化祭の初舞合で、体がスパークしたことを思い出すことができた。そこから「明るく元気で、情熱的な歌」のガが自分には向いていることにも気がついた。

 「お風呂の時間」はみんなで「共鳴ごっこ」をやった。共嗚のすごさを改めて感じた。うまく共鳴できる体づくり、感覚を身につける!なぜか、A班の女子をかりんの部屋に呼ぶ役がまわってきた。修学旅行の気持ちで、なんかワクワク、ソワソワしてしまった。

あと今回、一番わかったことは、1曲の中で、ことばの奥に秘められた感情をよりあらわにしていき、その内から出てきた感情にうまくことばを練り込めばいいということ。いろいろ学べ、気づきもあったけど、本音を言えばみんなとわいわい楽しく過ごせたことが合宿の一番の思い出になりそう。

 

 

N0.18

私は涙を流すということが、自分の意志ではできません。どんなに悲しいことをたくさん思い出しても、泣くことは絶対にできないのです。涙を流すというのは、見ている側は喜びや悲しみをより強く感じるものだと思います。もちろん涙を流すことだけが表現だけではありませんが、演技をするということができない私は、本当に今回の合宿の課題は、とてもいやで仕方がありませんでした。私は他人との間に、とても厚い殻をはってしまっていると思います。どこか守りにはいってしまうような、本当の自分を隠して感情を抑えてしまっている部分があると思うのです。

今年の合宿のテーマは自己解放ということで、演技すらできないのにそんなこと私にはできないだろうと思ってました。だから練習をみんなでしていても、もやもやとしっくりこないことの繰り返しで、でもだんだんできない自分がものすごくくやしくなってきて、絶対、成功させるというような気持ちになってきました。

 私の班の人たちは、私と似たように演じるということが苦手で、自分をどこか守ってしまっている人たちが集まったように私は感じました。他の班は何度も何度も練習して一つの作品としてできあがりつつあるのに、私の班は前の日の夜の練習でも、全然できていませんでした。そして班内で衝突がおき、話し合いになりました。みんな言いたいことを言い合って、一人ずつ思ってることを吐き出しました。私は自分も含め、あの話し合い(衝突)は、みんな自分に対しての悔しさだったのではないかと思います。でも私はそのおかげで、気持ちがすっきりして本番の発表会では自分がどういう表現をしたのか、全然覚えてないのですが、私はそれだけ集中できたんだと思っています。

班としての作品としても、私はみんなで乗り越えた分、気持ちが一つとなったものになったと思います。私は発表のとき、ぼろぼろの涙がこぼれてしまいました。どうしてなのかよくわかりませんが、涙が止まりませんでした。自分でコントロールできない感情、これが自己解放というものなのかなあと思いました。

そして私がこの合宿で感じたことは、歌を歌うということは演じることではないということです。自分のものにして、自分を表現するのが歌を歌うということなんだと私は感じました。そして、この合宿で感じたさまざまな思いを忘れないで、自分をもっと成長させていきたいと思っています。

 

 

N0.19

今回の合宿で一番印象に殁ったのは、エチュードだった。はじめにプリントが配られ、絶望のエチュードという文字が目に入ったとき、正直いって私はやりたくないと思った。つらいことはなるべく思い出したくないし、そんな自分を人前にさらけ出すのがいやだったから。それに対し、希望のエチュードは、楽しそう、これならやってみたいと思えてはいた。しかし、今回の合宿で一つ発見したことは、今あげたこととは正反対のことだった。

 結局、やるからには、素直に取り組もうと決心した。班のみんなが一所懸命だったので、その波に私がのまれていたせいもある。絶望したとき、みんなからの憎しみを受けるとき、本当に怖くてつらかった。でも、だからこそ、みえなの優しさを体で受けたとき、何とも言えない幸せな気分に覆われた。そして、人を心から愛せると思えた。

練習のとき、何度か希望のエチュードのみをトライしたこともある。でも何かが違う気がした。完全には入り込めないし、幸せが薄っぺらいものに思えた。やはり苦しんでから受ける喜びの方が何倍も重みがあるのだ。苦しむのも、絶望するのも、精神的ダメージの大きいものだけれど、必ずはいあがれるはず。だから、それを恐れてはいけない。絶対に立ち直り、再び輝けるのだから、怖がらずに自分自身を見つめ歌っていくようにしたい。

 

 

NO.20

今回の合宿が終わって約1週間、合宿で経験したことがすべて一瞬にして過ぎ去った幻のような何か甘い、そして遠い記憶として心の中に残っていた。今、思い出してみると「あれはやはり自分の身に現実に起こったことなのだ…。」と冷静に受け止めることかできるようになった。そのような感覚に陥った理由は、やはりあまりにも非日常的で衝撃的な経験であったためであろう。何がそのように衝撃的であったのかというと、やはり本番での「グループ発表」である。練習の最初の段階では多少、照れもあり、また、流れを覚えるのに必死だったため、あまり心から入り込めなかったように思う。

また、モノトークの内容も、当たり障りのない内容でいこうと思っていた。しかしまず私が「このままではいけない…。」と思ったのは、モノトークの内容であった。確かに最初の原稿は、私の音楽的・体験のルーツ的な内容であったが、私にはもっと心の奥底にあるものを吐き出したいという欲求もないではなかった。そういう迷いの中で私は、ある人のモノトークに火をつけられた。

その人は2日目の夕食時、一人だけモノトークを行なったのだが、私の内容と比較すると、かなり自分の本音で語っている内容で、それを聞いた後、私は内容を変更しようと決心した。

 本番のグループ発表では、私の班は順番が最初であったこともあり、大変緊帳した。しかし、本番に入ってからの班の仲間は、気持ちの人り込み方が尋常ではなかったため、私もかなり精神的に入り込め、喜びのエチュードでは本当に心から皆で喜びを分かちあうことができた。

本番でのA班の連中は、”仲間”以上の”同士”に思えた。最後にこのグループ発表を通じて、“息を声にすること”、”感情を単なる点にのせること”という、自分の心と体に原始的なものを呼び起こすような練習を行なうことができたが、このときのトレーニングを今後、自分なりに取り入れていき、「歌」の段階にまで生かせるようになれたら…と思っている。

 

 

N0.21

独りでいることの大切さを知った。結局、歌うのは独りだ。「みんなのおかげでできました。」っていうのは独りになったら何もできないのと同じだ。9月のステージ実習のときに痛感した。合宿であんなに高いテンションでやり遂げられたのだから、同じようにまたできるだろうと思った。しかし、空回りするだけで感情の一つも織り込めなかった。

私は独りでいるのが恐かった。孤独が時折、居心地よく感じられたのは、どこかで頼れるものをあてにしていたからなのだろう。

 合宿から帰ってきて、日常とのギャップにしばらくは辛かった。しばらくして思ったことは「日常での自己解放なんてどうでもいいじゃないか。歌っているその瞬間に自己解放できればいい。」日常でうまく出せないからこそ、その気持ちのすべてを歌に入れていこう。まだまだ、いろいろなものに甘えている。特に、この場所に。「与えられたものをこなすのに満足している」のよりもっとひどいことは「与えられていたことに気づいていなかったこと」だ。自分の歌は自分でつかみとらなければ。

 

 

N0.22

合宿で最初に感じたことを一言で言うと「声は自由だ。」ということだった。そして、声を出すことに限りない“自由”を感じ、私の中に「もっと、自由に声を出したい。」という欲求が生まれたとき、そこで自分の身体がそれについていけないことに気づいて、愕然とした。心はいくら自由に解き放たれても、身体が備わっていないと、どうにもならない。気づいたときには、無理に負担のかかった発声のあげく、声をつぶしかけていた。まるで、翼をもちながら、羽ばたいても舞い上がれずに地に墜ちた無様な鳥のようだった。

 私は合宿初日にして、限りない解放感と挫折感を立て続けに味わった。

ここでは、日頃からいろいろな課題を課せられる。合宿では、何か特別な体験をしたように初めは感じた。しかし、実は、常日頃の私たちの生活空間では物理的になかなかできない課題を課せられたにすぎないのだと、普段の授業とかけ離れているように見えていて、本当は延長線上にあったのだと今は思うようになった。その課題をこなすのも、避けてとおるのも、私たちの自由だ。

先生は、私たちに取り組むきっかけを与えてくださっているにすぎない。先生が示してくださるのはヒントであって、答えではない。答えは、私たちがそれぞれ自分自身で搜し出さなくてはならないものだ。厳しい。舞台に立つことは、日常の生活空間の中に、いきなり非日常の世界を創り出すことだ。

合宿という非日常の空間の中できていたことが、街へ帰ってくるなり何もできなくなるようでは、所詮、舞台などつとまらない。ステージで人の心に自分の印象を植え付けること、それは一つの才能だ。もって生まれたもの、それも当然あるが、才能はある程度は自分で手に入れることもできるのだと信じたい。最初の一歩は、それを意識するかどうか。人前に立つことの楽しさを感じることを久々に思い出した。それとも忘れているようでは話にならないか。

 

 

N0.23

いつも、ここのレッスンに出ていて、これはすごく他の学校と違っているということを感じるのだが、合宿も想像以上に新鮮で、独特なものと感じた。やはりヴォーカリストはアーティストなんだなということが最近、わかってきて、周囲の非常に強い個性をもち自分というものをはっきりもっている人たちをみていると、私って何てつまらない平凡な、ある意味で理性的な人間なんだろうと思う。何かをする前に、これは私にはうまくできないからとか格好悪いとか、人はどう思うかとか、頭の中でパパッと枠ができてしまって、その中でやるから何をやってもまとめに人ってしまってスケールが小さくなってしまったりする。そういう意味で、ここに入ったことは私にとってはかなりの刺激になっているし、時にはとても勇気のいることもある。

 合宿であまり話したことのない人たちともグループで一緒にあの”エチュード”をやったこと、モノトークも一分間の自己紹介も、私にとってもかなりの勇気を必要としたけれど、できはどうあれ自分の心の中のいつもの“声”に少し勝てたような気がしてそれが嬉しかった。

初め、あのエチュードの構成を見たとき、訳がわからなくてちょっと恐怖感さえ抱いたけれども、ゾンビみたいに見えたとしても、私はとても大きな充実感が得られた。

私はここに入る前、自分の声のどこが悪くて外人の声とこんなに違うんだろうと思って、どうしても声が欲しくて入ったけれども、それだけでなく今は自分の中の人生に対する考え方とか、生き方とかいろんなことに対する価値観とか、そういうものって確かに歌に現れてしまうので、そういう部分ももっと魅力的な人間になりたいなと思う。そして歌の中では格好つけない、本当の自分を出していきたいと思う。

 

 

N0.24

私は、日頃の生活の中で容姿からのイメージなのか、いい人に見られがちで自分が望んでいなくてもその座やそのイメージを守ろうとしている自分がいる。本当の分をさらけ出せないでいる分がすごく嫌いで重荷なんだけれど、かといって方向性もわからず、気がつくとまた仮面を被っている。そんな自分の殻を破りたくて、なんだか怖かったけど合宿に行った。筋肉痛に悩まされた3日間だったが、合宿に参加して私は何を学びとっただろう。

生活のために毎日、何時間も拘束されている日々を送っている中で、音楽の世界というか、ヴォーカリストの世界にずっと携わっていられるというのは、何がどうあれ、すごく嬉しかった。

福島先生に言わせれば、それは心がけひとつで日頃からできることで、アーティスト精神が不充分なのだと言うかもしれないが、とにかく私にとっては嬉しかった。ここに行けるときも思うけど、やらされているのではなくやっている自分がいて、自分が自分でいて、こうでなくっちゃ、という感じだった。でも、演技することと自分をさらけ出すことが、突き詰めていくほどわからなくなった。結局、自分の殻は破れなかったと思う。

 合宿に参加している目的をわかっていて、ああいった状況におかれていても人に嫌われたくないから、ここでも邪道な考えが出てしまい計算していた私は、とてもいやらしく小さな浅い人間なんだと思う。私の印象に残っている人たちは、もっともっと自分でいた。なのに、なのに、私は…。

合宿の次の日は、もちろんバイトだった。上司と合宿前にちょっともめたせいもあって、なんだか世の中に馴染めなかった。自分の居場所が見つけられなかった。自分のいた(痛い)場所とのギャップが私を苦しめた。そしてまた次の日、上司と冗談言ってたらバイトが楽しくなった。そうやって世の中や日頃の生活に溶け込んでいく。なんで私はこんな些細なことに振り回されている弱い人間なのだろう。冷めているという意味ではなく、何にも左右されない強さが欲しい。自分の力で立てる足が欲しい!

 

 

N0.25

私にとっては、3度目の合格への参加である。1年目は、すごく元気なメンバーがいっぱいいて、その勢いで私も少し元気をもらえたという感じだった。そして、身体を動かしながら声を出すことの楽しさも少し覚えた。2年目は精神的にも乱れていて、何か考えがぐちゃぐちゃで最悪だった。もうダメかも…と、半ばヤケッパチで弱い弱い自分の見苦しさをさらけ出して、逃げ帰ってしまいたいぐらい情けない状態だった。せっかく1年目に私の歌を聞いて2年日に“また歌って欲しい”と言ってくれた人たちにも、苦しい気持ちのままでしか歌えずに、とてもつらかった。そして今年。今年もまだ合宿に行く直前まではダラダラと引きずっていた。関西からの参加メンバーも少なく、自分も何を目的として行くのか、そのへんをきちんとしてから行きたかった。

 “声を出す”ということは、もちろんだが、今の私にとって最も欠けていて声を出す上でも、私らしく生きていくためにも必要なこと”自分の心を感じて表に解放する”ということを第一の目的として。この私の目的にとって、今年の合宿の課題はよかった。

決まった課題曲の場合、曲を覚えるか覚えないかで発表になって、合わせて何だか盛り上がって終わるという感じで、それもそれでよいのだが、何かもっと違うパワーを出せるはずと思っていた。

そのときに感じた言葉を使って、感じたイメージを声にしてみる。自分でも今まで聞いたことも出したこともない声に出会う。これはとても楽しかった。自由なことば(短い「あ」とか「おう」など)を使って、悲しみや怒りや喜びを表現したので、それぞれの感情や声に集中しやすかった。

また私は、今回はじめて副班長ということで、班の簡単なまとめと発表時のキーマンをやらせてもらい、とても勉強になった。最初、発表の流れをつかんでイメージか膨らむまでは“どうする?”“んー”という感じで、今一つまとまらなかったが、とりあえず声を出してみようということになった。声を出しながらやっているうちに、みんなだんだん段取りがのみこめてきた。“少しずつ決めてまとめていかなきゃ”と思ったが、意見がいろいろと出て、いつものように思い込みで自分を縛って本末転倒しかけていた私は、みんなの協力のおかげで救われた。結局、私は音頭だけとり、あとはお互いを信じて自由に楽しくやろうということで、話がまとまった。

 エチュードの変わり目の私の合図も“もう少し早めに”というアドバイスを受けて、注意してみた。人のアドバイスを素直に聞いて直してみるのも、いい方法だということを改めて学んだ。

モノトークも自分の気持ちをあまりつくりすぎずにしゃべろうと思った。変につくったものより、まず自分自身を感じて表に出すことに集中しようと思った。私は本当に、本当にこれが苦手なんだ。

でも、今年は少し自分の心を開けたような気がする。ある意味では、去年もおととしも、その時点での未熟であがいている私を表現していたのかもしれないけど…。今年はもう少し前を見ようとしている。自分が少し見えた気がする。ゆっくりした足どりだけど、それを感じることができた今年の合宿は、私にとって小さなステップになった気がする。

 

 

N0.26

体中アザだらけ、かつ筋肉痛で「痛い」合宿だった。それにしても、なぜあんなに泣いたのだろう。感情とは不思議なものだ。あんなにツラい思いをしても、次の瞬間は嬉しくて仕方なかった。瞬時に感情の切替えのできる自分に驚いている。今時点では心地よさが残っている。そして、自分自身をもっと深く見つめ直すきっかけができた。今までに自分自身を深く掘り下げる体験は何度もしてきた。その都度、過去の傷を癒してきている。

 「今を生きよう」と決めていた。過去を見るのはマイナスになると思っていた。でも、過去は切っても切れない。過去があるからこその「今」、逃げることはできない。これからも過去を背負っていくことを思い知らされた。型にハマるのはイヤだ。自分でいることを求めている。でも、終わってみれば型にハマリきっていた。どれだけ自己アピールできただろうか、印象づけられただろうか、興味をもたれただろうか…。もし私がもう一人いたとしたら、私のことなど気にもとめない存在だっただろう。「素直さ」からいつも逃げる。他人に合わせて生きていくのは、まっぴらなのに。

 精神社会の本は数冊持っている。実習で使用した「聖なる予言」も発売と同時に書店へ行って購入するつもりだった。しかし、怖くなってそのまま帰宅した。精神社会の本ほど怖いものはないと感じることがある。合宿を終え、どうしても自分を見つめ返せる機会が欲しくなった。何かを求め始めたとき、やっぱり書店へ行った。ずっと体験したかった「インナーチャイルド」の本を手に入れた。でも、やっぱり怖い。この恐怖感は何なのだろう。まだ自分自身をガードし、オープンにできない証拠だろうか。歌は自分探しの旅だろう。永遠に終わらない。

 

 

NO.27

今回の合宿は、自分にとって一つのターニングポイントとなるものになった。今までの自分、理性とうそでぬりかためた飾りだけのことば、飾りだらけの感情、飾りだらけの歌、そのどれもが少しずつカラを破り、やっと本当の意味での歌い手の赤子が生まれたような、そんな瞬間を得たような感覚につつまれた。感情があふれ出し、声にのせ、声か呼吸しはじめる。そして、生きた声と生きた声が、互いに剌激しあい、触れ合い、一つの渦に巻き込まれていく。一つ上の世界の共鳴が心を動かす。そんな音楽の本質、歌うことの本質に触れることのできる貴重な経験となった。

 感情表現というものは演じるのではなく、想いに身をまかせること。目の前のカベを破るには、大変な精神統一、集中力が必要であることなど、さまざまなことを勉強した。

悲しみの感情、苦悩の感情など、マイナスの感情にはすんなりと入り込むことができたが、喜びの感情、希望などになると、どこかで素に戻ってしまい、練習の間は一度も入り込むことができなかった。

しかし発表の日、舞台に立つ自分はいつのまにか、少じだけ自分を越え、自分のようで自分ではないような音の世界へ、身をまかせきることができた。喜びのエチュード、心の底から喜びにあふれた。喜びの涙、何年も前に忘れてしまっていたような感情があふれだした。自分の中にある、愛を想い出したような感じだった。幸せな気分だった。

 あの感覚を忘れないように、毎日を生きていかなくてはと思いつつ、一日一日を過ごしていくたびに少しずつ消えてしまいそうになる。あの一日が、あの瞬間、あのテンションが、自分が、声を発するときの一つの目標になった。声を発することの喜び、歌の楽しさのようなものの新しい一面を見ることができたような、貴重な経験でした。

 

 

N0.28

まず、何より行って帰れたことに感謝。モノトークでも言った通り”外出コワイ・コワイ病”"がまだ残っていて、年2回の帰省(大阪の港までたどり着くこと)が最大の遠出となっていた私は5年振り!にこんなに遠出ができたんですー!!

合宿の空気もよかった。初めてわかったことは、特別索晴らしい大歌手じゃなくても、ここまで感動させられるんだということ。私を動かしたのは、リアリティの表現だった。

皆、訴えたものには苦しみが多かったが、普通、苦しみや悲しみを向けられると、こっちにもそれが移ってきてロウな気分になってしまうので嫌だった。だから、私は基本的に自分がロウなときは、人との交流を断つ。もっとも、それがいき過ぎて精神的におかしくなりかけたという笑えない過去をもっているが…。話がそれた。

 ところが、皆の告白は、決してロウな気持ちにさせるものではなかった。「こうやって苦しんでいる人を、一体、誰が見捨てることがきようか。」それが私の気持ちに浮かんだこと。人間だったよ。私、人がこんなに親しみをもてるとは知らなかった。本当に、名前も知らない人たちとヴァイブの交流ができるとは…。いや、思っていたよ、できるってことは信じてたよ。だけどこんなに実感できたのは初めてだったし、こんなに早く実現するとは思わなかった。

だからソロライヴでは仲間たち皆が、とても大切に思えて歌った。

-あなたの名前が刻まれた夢がある/あなたを待っている歌がある/あなたの心の声が導く/そのままに進んでいくのよ-まるで、この日のために練習してたみたいじゃないかって独り笑いしちゃったんだけどね。でぇ、その合宿が終わってから4〜5日間は、えんえん泣いちゃうわ、皆に会いたいよ〜っと思っちゃうわで(私が、こういう“人に会いたい”なんて思うの、これも初めてといえるんじゃないかな)、社会生活に支障をきたし気味でございました。今は、更に表現の中に人っていこう、もっと中の動きを聞き捉えようとしているところ。

 

 

N0.29

この合宿の感想を書くにあたって、一昨年の合宿について少し触れておきたい。そのとき参加した合宿で、私は強い剌激を受けたのを覚えている。一人ひとりの強い個性と歌に対するこだわり、関西パワーなどがはじけんばかりにビンビン伝わってきた。そして何より自分自身も熱い気持ちであらゆるものをつかもうとしていた。そしてこの合宿をきっかけに、コースを変えたのだった。それからはできるだけ、ここに通い、没頭していた。しかし、その後はどうだったか。試しにステージに立ち、自分の声の薄さに落胆し、レッスンに帰る。そろそろライブをと思いまたステージに立つと、実力の低さを痛感する。ここに出入りするようになって2年以上経ち、この間に身についたこと悟ったことはかなりあると思っている。が、薄れたものもある。「熱意」だ。自分なりのヴォイストレーニングができるようになった気になり、とりあえず、ここに籍を残すことで安堵していた。また、その根底には倦怠感さえ生じていた。こんな自分を戒めたい、最初どんな気持ちで、この門をくぐり、レッスン料をつぎこみやってきたか思い出したい、初心にかえらなくてはいけない、そう思ったのが私の合宿の参加理由だった。

 今回の合宿は一昨年のそれとはかなり内容は異なっていた。まず初日のマラソン、このところ何をするにも基礎体力が必要であることを実感していた。というのは昨年の秋から、ある武道をはじめた私はその冬、一度も風邪をひかなかった。風邪をひくととにかくのどをやられる私としては、喜ばしいことだった(その武道の練習で、ここに行く回数が減ってしまったというデメリットもあったが)。せっかく軽井沢まで来たのだから体力づくりをしてもいいのでは、と思っていたのでちょうどよかった。

 合宿のメインといえば、何といっても発表の課題だろう。今回はミュージカルの類がないと聞いて内心、甘くみていた。しかし、今回の課題は、取り組めば取り組むほど意図がみえなくなった。自分の内面をさらけ出すことに重きをおくのか、見せることに重きをおくべきかわからなくなった。しかも、今回は私は副班長になっていたこともあり、それもプレッシャーに感じていた。他のグループがやたらと盛り上がって見えて焦った。とにかく目一杯やろうと、私を含め何人かがノドを痛めた。もっと感情移入をしよう、自分を壊そうともがいた。それでも手応えは感じられなかった。全員で悩んだ。感情がぶつかりあった。この課題が憎かった。部屋に集まり、一人ひとりが思いを話し合った。そのとき一人が、先ほどみんなでもめたときに「これが感情なんだな」と思ったことを言った。ようやく課題の意図を身をもって実感したような気がした。このときの感情そのままに、翌日やるしかなかった。

 モノトークを含め、各グループがどのような評価を受けたのか、またどのようなものを期待されていたのかはわからない。自分では正直なところ、100%さらけだせたとは言い切れない。モノトークで私はあくまでも歌と自分についてのことしか語らなかった。それは「守り」だろうか。あのとき過去の秘密やタブーに触れなかった自分はズルイだろうか。自分に問いかけてみる。出し切れなかった何かがもっと別なところにあるのかもしれない。それを突き詰めてみる、これからの課題だ。

 

 

N0.30

合宿での目標とされていた自己解放が、僕はできなかった。自分自身をあの一分間のモノトークにぶつけることができなかった。しかし、合宿で何も学ばなかった、感じなかったのかというと、そうでもなく、確かに大きなものを感じ、学んだ。自分と他の人たちとの違いを、まざまざと見せつけられて、頭を殴られたようにすごいショックを受けた。違いとは、人前に立っても堂々としていて恥ずかしがらずに、自分を表現していたことだ。

 俺は、A班のモノトークを見て、心の底から何とも言い表せないものがこみ上げてきて、声を出して泣いてしまった。なぜかそのときだけは、自分の心に素直になっていた。自分の班の発表のときも、班の人のモノトークを聞きながら床に涙をこぼしていた。でも自分の番になったら緊張して体がカチカチになって、思っていたことなど半分も言えず、自分自身に怒りがこみ上げてきた。自分の中のテンションっていうか、そういうものがうまく表現にことばに出せなかった合宿の帰りの車の中では、心の中で絶望と希望が交互に襲ってきて、とても苦しかった。

 これから自分が何を求め、それをどう歌に表現していくのかがわかったが、その反面、自分にそれができるのか、自分というものを表現できるのかという不安が俺の胸をしめつけた。周りのここの人たちがすごく大きく見えて、自分が本当に小さく感じた。毎日の生活の忙しさの中で、妥協している自分自身に勝てるだろうか、本当に歌が歌いたいのか、本当に自分を認めてもらおうと思っているのか、本当は自分のよい部分だけ見せてカッコウつけて、そして周りにチヤホヤされて、それで満足しているアイドル歌手になりたいと思っているんじゃないのか?でも今の俺じゃ、そのアイドル歌手にさえなれやしないっ!!

合宿から帰ってきて、バイトに行くため渋谷のセンター街を通ってバイト先へ向かっていたとき、いつもはゴミだらけの汚い街だなと思っていたところなのに、そのときはこの汚い街に俺はある何かを感じた。押しよせる人波も、きらびやかなネオンも、街角でナンパしている若者も、酔いつぶれて路上で眠っている中年サラリーマンも、行くあてもなくウロつく浮浪者も、風に舞い散る紙くずも、その一つひとつの場合が俺の心に問いかけていた。いや、俺の心がずうっと探していたものだったのかもしれないと感じた。そうだ、もっともっと心ですべてを感じ、心で歌って心で叫ぼう、そう思った。19年間の生活の中で、僕が破き忘れてきた心の破片を、一つひとつ見つけ出して、そのすべてを歌に表現していきたいと思う。

 

 

N0.31

帰ってきてから何度も夢を見ました。自然の中での解放感、団体行動という拘束された緊張感。

最も価値のある3日間でした。自分の殻を破りたいと想う気持ちは一杯なのに、つい甘えたり怖じ気づく私をこの貴重な時間と環境が挑発してくれました。

想像した以上の課題の大きさに途中で逃げ出したくなる気持ちにおそわれたけど「ひとつの壁を乗り越えるつもりで参加したのだから」と何度も繰り返し自分に「喝」をいれてました。

ここに通うようになってから、本物の歌をうたうということがどんなに大変なことかを思い知らされる日々を送っています。1曲の歌に込められた感情を表現する難しさを突破するには、自分の心を豊かにして、その心をコントロールできるパワーを身につけなければ一歩先に進めないと思います。

この合宿はそんな心を鍛えるいいチャンスでした。

 感情の起伏が激しい私は、ときどきその感情をどこにもふつけられない怒りで悶々とする日々があったりします。弾けとび、解放される自分を求めながら、しかし、できない自分に腹が立ちすべて放棄したくなる情けない自分を嫌いになります。普段の生活で押し殺している感情や内にこもっているエネルギーを束の間でしたが吐き出す場所を提供してくれたことを感謝します。

後で振り返ればたった一瞬である時を、ライバル達と共に熱くなり過ごせたことを嬉しく思います。

 

 

 

 

合宿特集Ⅱ  感想とアンケート   510

合宿特集Ⅱ

 

ーーー

(2)合宿感想

◯合宿雑感…by  スタッフ

 

(3)合宿アンケート

◯合宿参加者アンケート集計結果

 

ーーー

 

(2)合宿感想

 

◯合宿雑感…by  スタッフ

 

■戦後最大級の台風だという

『雪になるかもしれない」というおじさんの話が現実味をおびてくるくらい、軽井沢は冷え込んだ。

風、雨、寒さ…こんな夜は布団を頭から被ってさっさと眠ってやりすごしてしまいたい。

だけど、それもかなわない

そう、これからが『モノトーク・タイ厶』の始まりだ

 

君は覚えているか

あの夜の食堂の

ひんやりとした空気

雨の音

いろんな人のいろんな想いが入り交じった雰囲気

静かに燃えるストーブの色

今すぐ、肌から、思い出せるか?

 

■わたしは小さい頃から歌が好きでした

この夢をみないようにして生きてきたけれど、やっぱり歌が好きだと気づきました 

だから私は...

ストップ

ちょっと待った

そんな理由で、どんな歌がうたえるっていうんだ

まるで縁取りだけの絵みたいに中身がない

君にはいえないよ、そのセリフの先は...

 

■誰かが君に

「お願いしますから、歌ってください」と頼んだとでもいうのか?

違うなら話は簡単だ

君は自分の意志で、歌うんだ

 

■歌う理由は、自分の中にうずもれている

山と積み上げられた未整理の想い出たち

どこから手をつけていいのかすらわからない

君はいったい1年に何回、心の大掃除をするんだい?

10年ぶり?

やれやれ...

「今やるだけマシだろ!?」

 

■食堂机の上で、暗中模索...

見通しはたたず、でも

でも、わるくない時間だね.

 

■歌うためにうたう...歌至上主義になってはいないか?

あの殉教者たちは

解脱至上主義に落ちいっていった

声を獲得したらすべての問題が僻決するのか?

歌がうたえるようになればすべての問題が解決するのか?

いいや...

 

君を歌わせるもの...

その正体を見誤るな

『歌』という美名にすりかえるな

芸術のための罢術はない

歌のための歌はない

そんな根無し草の行為が何を生み出せるのか?

ウソの理由の上に

 本物の歌が生まれるわけわない

 

君はうたうより遥かに多くの時間を

『生きて』いるんだ...

 

■1分間?

時計の針なんて止めてしまえ

1分間

タバコを7回ふかす間

部屋から第四セミナーまで行く間

そして

今日僕が自分を全開にする間・..

 

■今の自分...

今の自分が、すべてだ

たとえ

気にくわなくても

声がでなくても

歌が下手くそでも

今の自分が自分だ

『いつか』なんて思っているやつには

永遠にその『いつか』はこない

いつでも

持ち札は

今の自分だけ

これで勝負するしかないんだ

『この「手」をどれだけ右効につかえるか...』

...君は心砕いたか?

 

■発表会

入らなかったのか...?

それとも

入れなかったのか...?

それが問題だ

 

■人の世はいつも

同じ顔

僕はそれを見て

ある時は『憎まれてる』と嘆き

ある時は『愛されている』と喜ぶ

 

真っ黒でもなければ

真っ白でもない

人の世はいつも黒と白の混じった

同じ灰色

それを僕は

ある時は『黒』と呼んだり

ある時は『白』と呼んだりする

 

■憎しみのエチュードとやさしさのエチュードは、

素は同じもの。

変わったのは、『無垢の魂』の感じ方だ

 

■『無垢な魂」を

受け入れ、励ましてくれる

『やさしさのエチュード

けれども

他の『無垢な魂』にとっては

自分自身が、

『やさしさのエチュード』に加わり、役目を果たしている

 

そして、それは

『憎しみのエチュード」においても、だ

 

■苦しみがなければ喜びもない

喜びがなければ苦しみもない

どちらかだけ取ろうとしてもうまくいかないよ

まるで

アップビートとダウンビートのように

ふたりでひとつ、なんだ

 

■発表の間中

息のエチュードはいきづいている

絶望のエチュードでも

モノトークでも

希望のエチュードでも

変わらずに

確実に

底辺に流れている

 

そして

意識してる?

生きている間中

わたしたちは、ずっと

息のエチュードを続けているんだよ...

 

■テレビを見なよ

絶えることのない悲しい出来事

想像すらできないほどの悲しい出来事

 

顔色も正体もなくして泣く人達

彼らの声に宿る

こころのたけに胸えぐられる

彼らの心に、果たして

君のエチュードは届くか?

 

たまたま、彼らだっただけだ

生きるということは

この世で起こるすべての出来事が

自分の身に降りかかりうる、という

リスクを引き受けるということに他ならない

君のエチュードは、

そのすさまじい『生』への咆哮に値するか?

 

■イメージでは

絶望のエチュードに至るためには

悲しみのエチュードに『飽和』が欲しかった

次々に訪れる困難

うちひしがれて うちひしがれて

ただ耐えて 耐えて

ついに許容点を超えた時、その瞬間

絶望のエチュードとなる

悲しみ→絶望

移行の決定的牌間、その『点』が

ほとんどの人に見られなかった

絶望のエチュードをやるために

絶望のエチュードをやっているようだった

イメージのようにいかなかった

 

イメージでは

希望のエチュードでの息のエチュードは『再生』だった

最初の息のエチュードは『再生』だった

生き物が無から生まれる

そこに意志はない

けれど

『再生』には意志が欲しい

自分で生きることを進択したのだという

初めの息のエチュードと同じものであってはならない

イメージでは

希望のエチュードは『カタルシス=浄化』だった

『プラス』のエチュードであればよい

ああ...

エチュードの流れと

演じ手のう気持ちの高まりとがひとつになった

一致した

エチュードという器に

後から後から湧き上がってくる

『うれしくてたまらない』や

『いとしくてたまらない』を

注ぎ込んでいるうらに、

ついには、

器に入りきれなくて、

辺り一面に、あふれかえっていた

 

 イメージを、超えていた

 

 

 

 

(3)合宿アンケート

 

◯合宿参加者アンケート集計結果

 

 

<1>合宿メニューベスト3     no順

 

回答者

(提出分のみ30名)

A. 9 3 3           P. 9 8 13

B. 9  13 3        Q. 9 2 13

C. 6 9  13        R. 9 3 13

D. 6 7 8           S. 9 3 13

E. 9 13 11        T. 9 2 13

F. 9 13 11        U. 9 3 11

G. 6 5 3           V. 3 13 9

H. 9 6  11        W. 9 12 13

I. 6 5 1             X. 2 13 1

J. 9  13  2        Y. 3  6   4

K. 9 7 4           Z. 13  11 12

L. 9  11 1        a. 10  9 3

M. 9 6 3          b. 9  8 11

N. 3 2  11        c. 10  11 8

O. 13 12 11      d. 7 2  13

 

♢合宿メニュー

1.アモーレ

2.マラソン  

3.地の声

4.1分間自己紹介     

5.感情表現  

6.エチュード

7.カウンセリング

8.班別レッスン

9.発表会         

10.ソロライブ   

11.歌[群唱、1フレーズソロ]

12.歌[イエスタディ他]

13.天の声

 

 

 

<2>各メニューについての感想、学んだこと

 

15日(金 1日日)

 

1.アモーレ

★ワンパターンしかできない自分に気づいた。ピアノの方がよっぽど語りかけていた。

★とてもおもしろかった。どんどん感情がわいてきて、こういう.ふうに曲ってできるものかなと思ったりした。

★自分の実力を知るのにいい課題でした。心を音にのせられない自分に痛感。

★アモーレに感情を入れるのが難しかった。喜びより悲しみの方がやりやすかった。

★耳に飛び込む音に心をのせる。簡単なようで心を入れるのが難しい。

 

2.マラソン、散策

★とてもしんどかったです。でもあんな山の中、久しぶりでとても気持ちがよかった。

★軽井沢のおいしい空気を吸って、気持ちも体もリフレッシュできた。

★よかったです。呼吸法によりスーパーパワーが出るらしいけど、よくわかりませんでした。 !

 

3.地の声

★あのセミナーの建物のつくりが声を出しやすくしていた。あの感覚を忘れないようにしたい。

★一番わかりやすかった。一番はまった(?!)

★オレンジと黄色のオーラを体で感じました。

★“聖なる予言”は自分も読んだ。瞑想はいい。中央に向かって地の声はひとつのエクスタシーだった。

★聖なる予言の実践の中の1つだったけど、ああいうのは自分はとても興味があることなので、非常によかった。

★気持ちよくなって、一瞬、違う世界へ行ってしまいました。

★素晴らしいと思った。声というものの本質にちょっとだけ近づけたようだった。

★体で「動物だ」と思い出した。ここから合宿ならではの異次元空間になった気がする。

★自分の中に思わぬ声がひそんでいるのを臉じた。思いもよらぬ声が出た。

★恐かったよお。なんかネガティヴがあってさ。泣き出してしまいました。

★とてもリラックスできて、自分に索直な気持ちになることができた。

★異樣なムードに剌激されて自分の中から異様なモノ(声)が出た。

 

4.1分間自己紹介

★1分間のステージング。

言い訳は無用なこと、

伝えるように歌うこと、MCのことばの選び方、

空気を動かすことを学ぶのに、とてもよい勉強になりました。

他の人のを見ても勉強になりました。

 

 

 

16日(土 2日日)

 

5.感情表現

★ここでやった準備運動は、とても参考になった。

★テンションが上がるのが遅いので、思うようにできなかった。くやしい。

★“人に感情を伝える”というのは改めて灘しいと思った(一人よがりでも何も伝わらない)。

★ことばに感情をこめる難しさがとてもわかった。

★声は出しても、そこに感情をこめて表現するのはすごく難しいと思った。

★これが毎日、やっていくべき歌の練習だなと思いました。

★朝、声が出にくいときなどに、裏声で無理せずウォーミングアップする方法などを学んだ。

★感情を引き出すために精神統一がもっと必要だと実感した。

★ただ“おー”などの叫びで悲しみと喜びの全く正反対のものを表現するのは、こんなに難しいものなのかと思った。

★歌から感情表現に入っていくことはあったが、いきなり感情表現しなさいとなると、やはり難しかった。

★感情と声で表現するのも課題なら、その前に自分の感情をとり出すのも課題だ。

 

 

6.エチュード

★声を意識する程、その音声からは自分の表現したいものが遠のいていくのがわかった。

★感情を声に出そうと努力したが、なかなか(全く)できませんでした。

★始めは声で怒りや喜びを表現するのには面くらったけど、ああいうものを自分たちに与える福島先生のノウハウの大きさに感心した。

★心と体を解き放つこと。「歌う」の原点に触れた。

★息の流れ、感情の流れを止めないよう意識することを学んだ。

★演技ではないけれど、演技すらできない自分がすごくくやしくて情けなかった。

★この辺りから、類人猿レベルに進化してきた。なぜ、日常からこんな気分でいれないのか、悔しい。

★皆でアイデア出しまくるけどさ、決して押しのけてとか、自分が、とかじゃないんだよねー。そこがすごく気持ちよかった。

★これをどのように「作らずに」作品にしていくかと考える諜題が、勉強になった。

 

 

7.カウンセリング

★モノトークを完成させるために、とても重要なメニューでした。

一人でもメンバーが欠けると班別レッスンがうまく稼働しませんでした。

★福島先生に直接、自分の声のことについて間いてもらえたので、少し自分の中でひらけた部分ができた。

★姓ではなく名前で呼ばれてキンチョーしてしまった。

 

 

 

17日(日 3日目)

 

9.発表会

★自分が演じているとき感情が大きく変わるのがわかった。絶望と喜びをセットで覚えておく。

★あんなに感情が声に宿ものなのかと他のグループを見ていて思った。

とにかく興奮した。

★瞬間のエネルギー、場をつくるための精神統一。

それぞれの世界(感情)の流れに身をまかせることの気持ちよさ。

★まわりの人たちはどう感じたかわからないけど、自分自身は一つ殻から抜けられたような気分でした。

★興奮しまくり。

感情(主にネガティヴなもの)を出しまくると体が震えて、疲れて息があがって泣く。

これで2度目の体験だがへヴィだょおー。

★最初は嫌だったのに、終わったあとは不思議と充実感が残った。

同じものをやっても、そのグループによって違うものができることがわかった。

 

10.ソロライブ

★自分も含めて、みんなとてもイキイキしていた。

★私を無条件で感動させてくれる音楽が、いかにパワフルなものであるかを改めて実感した。

★初めて「歌えた」気がした。それと同時に、山を下りたときに忘れそうで恐い。

 

11.歌(1フレーズソロ)

★10秒以上、歌ったのは私です。すみません。

★個性的なのと我が強いのは違うものだった。

★これ、よかったです。スカッとしました。

★「みんな歌いたくなってると思う」と言って下さったのが、私の気持ち通りで感動しました。

私はおしつけるように歌ってる。

★自分だけでなく、他の人たちと空気や声で交流できるような気がした。

★そうだ、歌ってこんなに楽しいものだったんだと思った。

 

12.歌(イエスタディ他)

★場の空気とマッチした曲が流れていたと思った。

★皆の声がやさしく明こえた。自分の声さえも…。

★全員にものすごく明るく、プラスのエネルギーが満ちているのを感じた。

★音程とか歌詞とか細かいところは、もうどうでもよくなった。

 

13.天の声

★声を全身で浴びる。心地よかった。普段、経験できないことなのでよかったと思う。

★今までにない感動だった。先生の声がひときわ目だっていて、すごかった。

声ってやっぱりスゴイ。声だけで感動させることのできる人になります。

レーニングしてえ。

★なるべくしぜんに感じようとしていました。

先生のすることは、いちいちおもしろいです。

★どこかへとんでいってしまいそうな気分でした。

★人間の声に勝る楽器はないと思った。

★しめにふさわしいですね。

ストーリー性があるレッスンの順だったと、このとき思った。

★外から入ってくる光と音につつまれて、人の声は気持ちいいものだと感じました。

非常によかった。

声を出すことでの一体感を感じて中に入って聞いた声もまさに天の声だった。

★発声のことなど考えずに、誰にでも出せる声とのことでしたが、私はどうもムダな力が入ってしまっているようでした。

日本人ではあーいった詠唱の空気を生むことはムリなのかと思ってましたが、可能性はあることがわかり、嬉しい体験でした。

★力を抜いて声を出したら、気持ちも楽になって終われた。

★天使がそこら中にふわふわ飛んでいるみたいで、不思議な気分だった。

★声を出すことには癒しの力があると思います。

★こういうことは、この人数がいないとできないことで、輪の中に入ると心地よかった。

★今回の合宿はじめてのいいハモリというか空気が出ていた。

虹の微妙な色みたいだった。

★完全なる解放、天に昇る声、忘れかけていた心に宿る声、形ではなく心。

★心地よい脱力感があった。個人的には本当の意味での“天の声”は出せてなかった。

★人間の声は素晴らしいと思いました。

声のバリアに包まれた。何を感じたかと申しますと「中性」「中庸」を感じました。

★声の集まる力みたいなものを、本当に体で感じることができたと思います。

★自分の声も他人の声も一緒に溶けていって、超音波の世界に近かった。

これは毎日の練習にぜひ加えようと思った。

★普段はやらないことだったので、声の集合体のフシギなものが感じられた。

★この合宿で一番、心に残ったのは、やはりこれ。

先生のおっしゃった声の渦のようなものを感じた。

人の声を身にまとうような特別な空間ができていたと思う。

★とても不思議な感じがした。

★体を動かした後のマッサージのような感じ。

心地よかった。

 

 

 

◯印象に残ったメニューと感想

 

★発去会!ああ、表現しまくり感情出しまくりというのは、何て気持ちよくてスゴくて素晴らしいんだろう!!!これをこのまま実生活に持ち込むと、ただのトラブル野郎になるのである。ったくよー、生きにくい世の中だよなー!!!!

★天の声。合宿参加者全員のテンションの高さ、自分で声を出すのも、人の声を感じるのも心地よかった。いろいろな人のいろいろな色の声がまわって、交錯していた。

メロディのないメロディが不思議な共嗚になっていたと思う。もう一度、あの思いがしたい。

★終わってみてやっと「地の声」「天の声」の、両極しつつ同一次元のメニューがよかったと思う。脳にたまっている雑なゴミを一掃できる。

自分には何もない、本能だけの動物なんだ、そしてそれだけが大切なことだと体で感じることができた。これは、毎日の練習メニューに加えて、独りでもできるようにしたい。

★絶望のエチュード。「人は喜びより悲しみ、苦しみの方が表現しやすい」ことがわかりました。

人の性でしょうか。あとグループ発表のための時間がたっぷりあったことが嬉しかったし、とてもためになりました。

★モノトークと各エチュードは、当然だが、“聖なる予言”の瞑想から人り、地の声はよかった。モノトークは何度も書き直されて、夜遅くまでかかったが“なぜ歌うのか”という原点を見るよい機会になった。

結果的に原稿とはあまり関係ないことをわめいていたが、自分をそれなりに解放したと思う。

★やはり感情がむきだしになった発表の日。本音をさらすことによって、本当に解放されたかのように喜びの声へ。そこに嘘はなく、本物と本物のぶつかりあい、触れ合い、交わりがあったように思える。

忘れられぬメニューでした。

★発表会とそれに向けてのメニューのすべて。最初は段取りだけを形式的にやっているだけだったが、リハーサルを重ねていくうちに、意図するところがわかってきた。

「天の声」。普段、ここでやらないメニューで、上の方への息の流れの感覚が少しわかった。

★天の声、地の声。理屈なしにこういう声の広がりが好きです。

★グループ発表。皆のトランス状態に近いところまでいっているのが、すごいと思った。

エチュード全般:口先だけの音楽と心で歌う歌の違いがわかった。

自分は野性に戻っていった。生き物はすべて「情」をもっていると思えた。

★マラソン…空気のいいところで体を動かすのは非常に気持ちよかった。

モノトーク…夜中まで明け方まで考えに考えてみんな書いていたけど、本番では衝動的に思っていることを感情のまま吐き出していた。

 

★発表会のモノトーク。叫びの人、告白の人、作文の人、たくさんいました。私は、視野が狭いと言われることを踏まえてあえて書きます。私は叫びの人しか認めていません。自分と同種だと言うこともあると思います。けど、あそこはステージです。ステージに上がるということは、それだけで人に見られるということです。そして、それだけで終わってしまった人がポツポツといました。しかし、見せなければならないこと、見せたいと思うことがステージにあがる条件だと私は思う。告白の中に叫びがある人だっている。けど、それが感じられなかった人は何だろう。自分の人生のショッキングなことペラペラしやべられても「そうなんだ、だからなんなの?」で終わってしまう。悲劇の主人公、演じるならもっと演じて欲しい。不幸の自慢大会じゃないんだから。本当に底からくるもんなら何かしら叫びは感じられるはずだ。自分の不幸に自分で酔いしれてるだけなんじゃないかと、そう思いました。批判されるの当然で書きました。長くなってすみません。

 

★発表会。100%の自分を投入する場所をあらかじめお膳立てされて、精一杯がんばったけれども出せなかった。というか、出そうとしない自分がいた。

★やっぱ3日目、発表会、ソロライブ。その後の歌、天の声でしょう。

★今回の発表会のエチュードの課題はよかった。自由な心で声が出せたのか、私にとってもとても嬉しかった。

★地の声かな〜。ただ、私の中の狂気をひき出されそうで怖かった。

★発表会。自分がこんなに入りこんでいた時は、今まであっただろうか。絶望も喜びも自分の中のものなのに、今まで知らなかった(というより、知ろうとしなかった)もののように思えた。

 

 

 

◯ステージで印象に残った人(どのメニューかも)

 

★発表会のときのーーさんのモノトーク

「どんなに愛しても愛し返されることはない」ということばに、胸をきつくしめられた。

ーーさんのパワー(どのメニューでもパワフルな人だと思います)。 !

★ーーさんの板(1分間紹介とソロライブ)

★モノトークでのーーさん。どこまでいってもキャラクターが強くて、パワーのある人だと思った。

「やられた」と每回、思わせてくれる。悔しい。

★ーーさん…すごく感情が込められていた(ソロ)。

ーーさん…呼吸とためが見えて空間芸術していました。

★ーーさん。一瞬に引き込まれていく感情、そして彼女自身の素顔の世界。

最終日のソロは、技を必要としないほど、心にあふれ一つ上へ昇っているかのようでさえあった。

★ーーさん…モノトーク。ーーさん…モノトーク。ーーさん…自己紹介+歌。

★発表会で福元さん…どんな状況にあっても、彼は彼であることを認識させられました。

★ーーさん。ソロライヴ。完全にリラックスしていて楽しいとか嬉しいとか、すごく伝わった。

★ーーさん(モノトーク)。どこまでが現実で、どこまでが演じているのか見分けのつかないステージでしたが、無防備に泣ける人の境地をうらやましいと思いました。

★モノトークでのーーさん。芝居がかって全く別人のようになっている人が多い中(私にはそう見えました)、素直に自然体で語っていて、人間が見えてよかったと思います。

★モノトークのーーさん。あのダークの色を一瞬で変えてしまう力ってすごいと思いました。

1分間自己紹介のーーさん。「自己紹介の歌」なんでしたっけ「私の歌」でしたっけ?、あれで目が覚めました。モノトークでA班の人、名前忘れちゃったけど、アーアーって人。見えすぎた「作り」もあそこまでやられたらやっぱグッときます。最高でした。

★モノトークで「シャウトしてんだよ。な;んだかよくわからないけど、シャウトしてるんだよ。なんだかそれ間いてたらさー、涙でてきてさー」と言っていた人。

「シャウトしてんだよ」ということばがすごく胸にきました。;

★モノトーク:ーーさん、ーーさん、ーーさん。

1フレーズソロ:B班ーーちゃん、ーーさん。

★ーーさん(自己紹介)…緊張感があった。

ーーさん(モノトーク)・・・パワーがあった。彼は本当にロッカーだと思った。

★ーーさんのモノトーク。最後にことばなんか聞こえないほどの何かを叫んだけど、内側のものをここまで外に出すのは一生に一度というような気迫が痛いはど伝わった。

 

 

 

◯その他に印療に残った人

 

★そのたびごとによい意味でも悪い意味でも印象に残った人はいた。やはり、あらかじめ用意されていたもの(それがわかってしまうもの)より、そのときの心からのことばや行動、歌に強くひきつけられると思う。

★ーーさん。一緒の班で練習していて、彼女の歌のパワーが印象的だった。

★同じ班だった、ーーさん。つきあいは長いが、以外な面、ヴォイス、歌に対するしんしな姿勢に改めて驚かされた。

★ーーさん。ニコニコしていてあいきょうのある小っちゃい子という感じだったのに何かすごいパワーが出てくるんじゃないか、と思った。

ーーさん。やっぱりパワーがある。私も強くなろうと思った。

★ーーさん。彼のモノトークによって、自分の中の最後のカラをやぶれたように思う。あの埸をつくり出したのは、彼のカが大きかったように思える。

★ーーさん…今までと違う一面をみたという意味で。

その他、印象に残った人もいるのだが、名前がわからない。

★ーーさん。班のリハーサルのとき、彼女が「だから私いたい」と言ったことばがセミナーハウス中にひびいて、それまでだらだらしていた他の班のリハーサルまで引き締まったこと。それぐらい迫力があった。

★Aのーーさん…多種多様な意見をさばく手さばき、さわやかなリーダーシップは素晴らしいと思います。ーーさん…よかれ悪しかれ、その、人を引き込むパワーはすごいと思います。

★京都の3名。

★ーーさん。Bグループの皆。

★ーーさん(モノトーク)。ことばにならずに息をつめて、ただうなずくときの空気が、充分、表現になっていて打たれました。一言だけ、腹の底から出した声も、心にひびきました。:

★ーーさん…非常におもしろいことをやってくれた。

ーーさん…モノトーク

★私より上のグレードの方々で、声も太いしパワーもあるし、すごいのですが、ただそのパワーが自分自身の内へのみ向かっている気がして、聞いていてつらかった。

人それぞれ歌い方があるんだと思いますけど、そういう意味で印象に残っています。

★A班のーーさん。やっぱ社会で生きている人が言うことばの重みってすごいなと思いました。ダメ押しだったし。あとは今、客観的に見て反省点とか浮かんじまうから、そうい意味味で自分もですね。

★ーーさんやーーさんと話して、その考えの深さと感覚の鋭さにびっくりしました。

★ーーさんは発表会前に帰られましたが、練習のときに怒りのエチュードで出した声が、とても印象的だった(感情が伝わってきて、ゾクッとした)。

★ーーさん。モノトークと歌と普段の彼は違いすぎる。方向さえ間違えなければ、なかなかいい味出している人になるかもしれない。

★ーーさん…人の話を熱心に聞いてくれる人。すごく好感がもてた。

ーーさん…班をみごとにまとめてくれた。そして引っぱってくれた。感謝してます。

★ーーさん。場のムードを明るくできる人だな…と。

 

 

 

 

<3>全体

 

◯印象に残ったできごと

 

★核はエチュード、発表会とソロですな。思い出しては泣き出したりして、ようやく落ち着いたのは金曜日くらいになってからでした。

お、おいら、人との交流があんなにあったかいもんだなんて知らなかっただよ。声にあんなに力があるなんて、特別、名歌手じゃなくたって、あんな感動が出てくるなんて、知らなかったよ。

★話し合いをもったこと。人に不満をぶつけて、それがしっかりと返ってきたので嬉しかった。真剣な人と真剣に話せるのはめったにない。班の代表で歌ったときに、今までよりとても歌いやすかった。ノドの調子はよくなかったのに、気持ちの調子がとてもよかったからだったのだろう。

★でも、やっぱりゾンビだったよ、俺たち。

★発表の日。台風であんなに雨か降り続けていたのが、発表が終わり、天の声の段階になると、雲のすき間から陽がさしていた。

天も我々の味方をしてくれたかのように。そして帰りの車から何年ぶりかに見えた虹。すべて素曜らしい幸せな日だった。

★軽井沢の空気、自然、水!最高に気持ちよかった!!ソロライブのときの先生の伴奏がさりげなく入ってきたこと。自分の心の変化。

★特に1晩目、食堂でおしゃべりもせずにモノトークの原稿に向かっているみんなの姿を見て、身のひきしまる思いがした。「素直さ」を久し振りに見ることができました。

★モノトーク:私にとって久々に過去に戻る作業でした。「今」のメニューをこなすことに(原稿ができるまで)必死な今の私にとって、「具体的」は単なる点の羅列になってしまい、1分間で魂の通った「全て」にするのが苦痛だった。

カウンセリングを終えて、今を基準にもう一度、善いたとき、ノート1枚にも満たない文章で自分が解き放たれ、もう充分だと思えたことが嬉しかった。

★モノトークにつまって夜中まで食堂で書いていたときのおしゃべり。戦後、最大の台風が来てたというのに、何も知らず過ごしていた(過ごせた)ことが妙だった。

★夜中に寝ないでモノトークを書いているみんなの姿。発表会でのみんなの姿。そういう姿を見れたことは、私にとって非常によい経験になりました。

 

 

 

◯気づいたこと、学んだこと

 

★環境によってなら、こんな私でも「歌う」ことができる瞬間があるのだ、とわかった。でも本当は、自分独りの力で、自分が震源地になって異次元空間をつくらなければいけない。

いつでもどこでも。そんな強い求心力を身につけなければ、「歌え」ない。今まで、「アレ」が私にはない、足りないと思っていたものを、次への課題として見せつけられた。

先生に、いろいろコードや理論をわかりやすく教えていただいたこと。お風呂場での共鳴ごっこ、雨。寒かった。冷たくおいしい空気。

★1曲歌うということが、どんなことなのか?”なぜ歌うのか”から始まり、これまでの人生のトラウマ、音楽観、人生観など、すべてを凝縮させ、ジュースにし、それを更に外にぶんなげないと本当の自分の価値は見出せないかもしれない。

★感情を表に出すことの素晴らしさ。感情を声にのせる気持ちよさなど、歌以前の重要な課題の部分で、ずいぶんとやらなければいけないことがあるということが、はっきり見えた。

嘘ではなく、本物を出すこと、演じるのではなく、そのものになること。声に出すだけで、あんなに大変なのだから、歌を創り出すにはまだまだ程遠い。自分の甘さをなお痛感。

★モノトーク…1分で「何が言える(言い切れない)」なんてことはない。充分な時間だったのだと思えた。やろうという気迫があればできるのだ。

★経験がすべて声になって現れること。苦しみがあって楽しさがある→「地の声」があって「天の声」がある→腰の支えがあって上に抜ける声が出せる。これらが一致していることのように思えるのですが…。

★独りではなかなか出しきれない力も、まわりに引き出してもらって「あっ、こんな自分もいたんだ」と改めて感じる場面がたくさんあった。

★気づいたこと:①自分の中に殺しているたくさんの感情があること②心の底からの想いを音にのせて自分が裸になること。学んだこと:①30分はステージの最少単位②時間と密度の関係③モノトークは告白ではない④なぜモノトークをやるか。一番、歌になっているから→なぜ歌にこめられないのか。

★自分だけがそうと思って今まで自分で隠してたこと。けどそれは、皆が隠してたり気づかない振りしてたり、気づかないままだったり、いろいろだけど、とにかくわかったのは、みんなもっているということなんだと。すごく救われた。

もう何年も「私はダメ人間だ、よどんだ人間だ」と歌ってきた。けど、まだその気持ちはもっているけど、同時に「私は皆が言えないことを叫べる人間だ、隠したり気づかない振りしたり、気づかないものを知ってる人間だ」と前向きな気持ちになれた。もう7年しょいこんできたものをおろせたような、いやおろせたんだと思う。そしてその物事を肯定した。

★自己解放ができたかどうかはやっぱりわからない。自分の殻を破るために参加したのに、結局、破れなかったと思う。

★本当にみんな歌が好きなんだってことそれと、欠点を認めることは強く生きるバネになるってこと。自分を恥じない。認めることで高くジャンプできるはず。

 

 

<4>スタッフへのワンコメント

 

★「そういいながらみんな辞めていってしまう」自分は違うことを証明したい。

★天の声のときの先生は、すごく「やさしい」顔でした。

★心の中を全部わかってもらえているようで、安心できる。

先生の前では、どんな自分が出てきても受け入れてもらえるような気がするので、思ったままをぶつけられるようにしていきたい。

★難しいメニューに私たちが入っていけるよう、ことばでフォローしてくれました。

★重要でいいテーマ、ありがとうございます。やりがいがありました。

★私たち自身が創っていけたことを嬉しいと思う気持ちと、もう少し福島先生のレッスンを受けたかったという気持ちがあります。

先生が宿の方に深々とおじぎをされていたのが、心に残りました。

★不思議。独特の世界がある。

★あの時間と場と課題を与えてくれたことに、とても感謝します。

最後の天の声での声は、とても心地よかった。

★先生の不思議なおかしさやおもしろさは、何と言っていいかわかりませんが、私は非常に気に入っています。

エチュードのようなことは、はじめての経験でした。教えてくださって感謝してます。

★こんなもんかと自分に甘えてしまっているときに、先生の一言で「フンキ」することがよくあります。

★先生の新しい一面を見ました。

★「先生」らしくて、去年より存在感があった。一緒に声を出しているときの表情が印象的でした。

★天の声でのあの圧倒的なパワーの秘密が知りたい。2〜3段上のステップにいるんだと改めて実感。

★あのヴォリュームのある声を聞くと、がんばってついて行こう!と思う。

何気にくだらないことを言うところが好きです。

★あたたかい眼で全体を見守ってくれ、個別に話を聞いてくれました。

★いろいろ失礼もしましたが、僕は先生が好きです。

★普段、聞けないことを聞けて、自分たちとのあまりの違いに驚いた。

★マラソンのとき、全然こないので、私はてっきり何往復かしてるのかと思った。

★先生は、いろいろアドバイスをくれ、私たちが気づかないことを指摘してくださり、大変ためになりました。

★先生は、人をリラックスさせる雰囲気があるので好きです。

★肩ひじ張らずにそのまま過ごしている感じが好きです(本人は気をすごく使ってたりして?)。

ピアノの音色にもその人柄がでていると思う。またリズミカルな曲でも、音の休符をきちっと感じる弾き方が、好きです。

ピアノの音にやすらぎを感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿特集Ⅰ 教材   510

合宿特集Ⅰ

 

(1)教材(ダイジェスト版)

グループ発表

エチュードの心

モノトーク・テーマ

 

参考

◯「ならず者」(参考曲)

メルセデス・ソーサ「人生よありがとう」

◯「聖なる予言 実践ガイドより」(抜粋)

◯自分という小宇宙を知る

◯ヴォイストレーニングの秘密

 

 文責 会報編集部スタッフ 

ーーー

 

 

グループ発表  (進行手順)

 

 

■絶望のエチュード

 

●息のエチュード 

 静寂・静かなハーモニー 

 息から声 無から右へ

ゆっくりそして、早していく

 

(ハー、ハー、ハー、ハー)

(ハハ、ハハ、ハハ、ハハ) 

(ハハハハ、ハハハハ、ハハハハ、ハハハハ)

はじめにもどる

ゆっくり

(ハー、ハー、ハー、ハー)

薄く、声にかえていく

ハー、ハー、ハー、ハー

生まれたての声、無垢な声

 

●悲しみのエチュード

 『無垢な塊』に悲しみが起きる 

 感情の誕生(おかしい、憎い、哀しい、つらい)

音色暗くなる

 

●絶望のエチュード

『無垢な魂」にどうしようもない絶望がおとづれる

動作=両手で頭を抱えて、へたりこむ

ひとり、うめき声をあげてうずくまる

次々にひとりずつ、うめき声をあげてうずくまる

 

●苦悩のエチュード

 

●憎しみのエチュード

半円状になっている

その中心にひとりでる

残り全員はそのひとりに向かって指さしながら

「憎しみ、非離、あざ笑い」の声をぶつける

『かごめかごめ」状態

まんなかのひとりは『憎しみの声』を浴びながら、苦悩のエチュード

 

まんなかにいた人、半円に加わり 憎しみのエチュード

代わって、ひとり 苦悩のエチュード

 

最後のひとりが終わり『憎しみのエチュード』の列に戻る

全員が苦悩のエチュードへ変わり、最後に絶叫

へたりこむ

 

 

 

■モノトーク

全員へたりこんだまま

そのうちのひとりゆっくりと起き上がって中央に

モノトークをする

 

タイトル『だから私は世界でたった一つの歌が歌える歌いたい』

 

戻ったときはふっきれている

ふっきれたポーズで

 

モノトークをしてない人は、うずくまっている

全員終了 全員がふっきれた表情

 

 

 

■希望のエチュード

 

●息のエチュード 

 靜寂・静かなハーモニー 

 息から声 無から有へ

ゆっくりそして、早くしていく

 

(ハー、ハー、ハー、ハー)

(ハハ、ハハ、ハハ、ハハ、)

(ハハハハ、ハハハハ、ハハハハ、ハハハハ)

 

はじめにもどる

ゆっくり

(ハー、ハー、ハー、ハー)

 

薄く、声にかえていく

ハー、ハー、ハー、ハー

生まれたての声、無垢な声

 

●喜びのエチュード

『無垢な魂」に喜びが起きる

音色明るく

 

●希望のエチュード

 

●やさしさのエチュード

半円状になっている

その中心にひとりでる

残り全員はそのひとりに両手を弟し出しながら

『やさしさ、愛の声』を送る

まんなかのひとりは『やさしさ、愛の声』を浴びながら、

希望のエチュード

 

まんなかにいた人、半円に加わり 

やさしさのエチュード

 

代わってひとり 

希塑のエチュード

 

全員が一回まんなかになる

 

最後のひとりが終わり

『やさしさのエチュード』の列に戻ったなら

手をつなぎ

全員が希望のエチュードへ変わり、

最後に絶叫

 

 

ーー

 

エチュードの心

 

赤ちゃんは、

言葉がない

思うように動けない

弱い

だから、相手に何かを伝える危険性に迫られたと思ったら

自分の全部を使って表現しようとする

表情を目一杯曇らせて

大声を上げて叫び

手足をばたつかせる

 

言葉という意味をもつ便利な道具がないからだ

ごきげんのときの声、

不思議に思ったときの点、

不快なときの声

 

すぐにわかる

赤ちゃんは素晴らしい『声の表現者』だ

 

言葉がなかったら、と過程してみよう

もしあなたに言葉がなかったら

あなたはどうやって

人にものごとを伝えるだろうか

表悄、身振り、声のトーン..

 

人の心の高揚と声というのは

きってもきりはなせないものがあるのでは

たとえば、素晴らしいことが起こったときの歓声

悲惨なことがおきたときの悲嗚

泣くとき

感極まったときに、それを表現するのは

言葉ではなく、声なのだ

 

つまり、

声は、のどやおなかという部分から

おくりだされるのではない

声は、ひとりの人間の、もっとずっと深いところから

生まれ出るものなのだ

 

声を声という部分として、

切り放して号えるのはやめよう

 

この合宿ではあなたとひとつになった声を捜してください

 

感情=表情=動作=肉体=声

を目指しましょう

 

ウソは、なしです。

 

感情『あなたはたまらなくうれしい』

表情『顔中が笑っている』

動作『飛び上がる』

肉体『身体中からよろこびの気がうずまいている』

これで、つまらない声を出す力が難しいですよね

 

全身の欲するところをそのまま声にしてみる

 

頭とのどとおなかだけでは出せない声

あなたの歌を真実にしたいなら

あなたの声を真実にしたいなら

あなたという人間のすべてで、

声を送り出してあげればいい

 

THE WHOLE MAN MUST MOVE AT ONCE!

 

 

 

モノトーク・テーマ

 

『だから私は歌うことができる!

世界でたったひとつの歌を...』

 

この世にはたくさんのすばらしい歌い手がいる

だけど、あなたは歌う

この世にはたくさんの名唱が残っている

だけど、あなたは歌う

 

なぜですか?

なぜ、あなたは歌わなくてはならないのですか?

なぜ、あなたが、歌わなくてはならないのですか?

そんなに努力をしてまで

そんなに時間をかけてまで

 

他の人にはわからないだろう

今はまだ...

けれど『自分』にはわかっている

『自分』ひとりは待っている

どんなすごい歌い手にもうたえない

自分だけの歌が生まれる日がくることを...

 

なぜ、他の何かではなく、歌なのか

なぜあなたは歌いたいのか

そして、歌えるのか

きっと

あなたの今までの人生には、

たくさんの理由が転がっているはずです

 

こいつは確かに、いつか本当の歌をうたいだすよ

そのときのこいつの歌を聴きたい!

 

まわりの人も、そして自分自身も

そう思わされてしまうくらい

自分を掘り下げたモノトークを期待しています。

 

 

ルール

●2分程度で発表

●原稿を持参

(コピーして自分の控えと提出用と2部もってくる)

●本番は原稿を見ないで発表

 

 

 

ーー

 

参考資料

 

◯「ならず者」(参考曲)

 

ならず者よ

そろそろ正気に戻ったら?

ずっと

無茶なことばかりして...

本当に頑固なんだから...

わかっているよ

あんたにだってちゃんと理由がある

だけどあんたのやり方は

いずれ自分自身を傷つけることになるよ

 

ダイヤのクイーンは引くなよ

やつは隙を見てあんたを痛めつける

ハートのクイーンに賭ければ間違えないんだ

あんたのテーブルには

かなりいい手が並んでいるのに

なんでなんだろう

手に入らないものばかりを求めるんだね

 

ならず者よ

もう若くはなれないんだ

心の痛みと飢えが

あんたを故郷へといざなうだろう

自由?自由だって?

そんなものはうわついた言葉でしかない

あんたが恐れるべきは

孤独のうちにこの世を終わることさ

 

冬の寒さに足が冷えないかい?

雪も降らず 陽もさし込まず

夜と昼の区別さえつかない

判断力を失くちゃって

おかしいよね 頼みのはずの

自分の感情さえわからなくなるなんて

 

ならず者よ

そろそろ正気に戻れよ...

その高い柵から降りてこいよ

心の扉を開いて

雨が降り込めることもあるだろうが

空を見上げれば 虹がかかるよ

あんたは誰かに愛されるべきだ

あんたは誰かに愛されるべきなんだ

すべてが手遅れになる、その前に...

 

 

 

 

メルセデス・ソーサ「人生よありがとう」

 

メルセデス・ソーサ

1935年、アルゼンチンに生まれる。「フォルクローレの母」と呼ばていれるが、フォルクローレという1ジャンルを超えた偉大なるヴォーカリストである。1962〜63年におこった「新しい歌」のムーブメントに共嗚し、歌とともに社会政治メッセージを発した。軍事政権下、1979年スペインに亡命、軍政崩壊の1982年にアルゼンチンに戻った。大地の温もり、鼓動を感じさせる歌声は世界各国で絶賛された。

 

■「人生よありがとう」

チリが生んだ女性フォルクロリスタ・ビオレータ・バラの曲。メルセデスの代表曲のひとつ。

「人生よありがとう これほどの恵みをくれて」このおおげさな言葉の後につづく理由は、普段わたしたちが当たり前のように手にしているものです。

 

 

人生よ ありがとう これほどの恵みをくれて

わたしにくれたふたつの明星 それを開けば

黒と白がはっきり区別できる 高い空の奥の星たちが見える

群衆の中に わたしの愛する人が...

 

人生よありがとう これほどの恵みをくれて

わたしにくれた耳に ぜんぶ刻みつけられる

夜も昼も こおろぎとカナリアの声が ハンマーがタービンが遠伏えが夕立ちが

心から愛する人のこんなにやさしい声が

 

人生よありがとう これほどの恵みをくれて

わたしに音とABCをくれた

わたしが想い人に告げるための言葉を

母親 友達 兄弟 わたしの愛している人のこころの道を照らす光り

 

人生よありがとう これほどの恵みをくれて

疲れた足の運びをくれた

おかげで街や沼地を歩きまわれる 海岸や砂漠や 山や平野

あなたの家 あなたの通り あなたの中庭

 

人生よありがとう これほどの恵みをくれて

はげしくときめく心臓をくれた

人間の頭脳の成果を見るとき 善が悪からずっと離れているのを見るとき

あなたのこんなに澄んだ瞳の底を見るとき

 

人生よありがとう これほどの恵みをくれて

笑いをくれた 涙をくれた

おかげで幸福と失望の区別ができる

そのふたつがわたしの歌をつくる材料

あなた方の歌 それも同じ歌 みんなの歌 それはわたし自身の歌

人生よありがとう

 

 

 

『人生よありがとう』....

なんて言うのが難しい言葉でしょう

『人生よありがとう』という歌では、

この重い言集は、ひどく当たり前のことを讃えている

人間であるならば誰でも備えていると思えることに

目について、耳について、言葉について、足について、感情について...

つつましい喜び...?

いいや、中身が違うのだ。

ここに描かれているのは、

なんと研ぎ澄まされた目なのだろう、耳なのだろう、言葉なのだろう、足なのだろう、感情なのだろう

そう、私たちはこれらのものをすべて持ってはいる

しかし、ちゃんと、『使って』いるか?本当に?

 

選ばれた人にしかうたえない歌がある

うかつに目にしてはいけない歌...。

『人生よありがとう』はその中のひとつだろう

 

アルゼンチンの内戦はあまりにもすさまじかった

いとしい故郷を、軍事政権が踏みにじっていく

誰が正しいのか、何が大切なのか、どんな言葉で表すべきなのか、...。

考えなければ、考えなければ、

そうしなければ、かけがえのないものが目の前で破壊されていく。

軍政を向こうに歌で戦ったメルセデス・ソーサ

彼女が目を歌うとき、耳を歌うとき、言葉を歌うとき、足を歌うとき、感情を歌うとき

聞き手は、『当たり前』のすごさと可能性を見る

 

果たして、あなたは口にできるでしょうか?

この歌を...

この言葉を...

 

 

 

 

◯「聖なる予言 実践ガイドより」 (抜粋)

 

 

●瞑想

演習3 自分の中心にふれ、エネルギーをくみだす瞑想

目的 現在のあなたの問題を愛のエネルギーで包む。

方法 

 

ステップI 目を閉じて、自分の心の中に意識を集中し、しばらく静かに瞑想する。

   または、誰か一人が次の文章を読み上げて瞑想を誘導する。

 

◎リラックスのための誘導瞑想

二回か三回、深呼吸をします。空気が体の中に深く入ってゆき、体を柔らかくリラックスさせてゆきます。……ゆっくりと吸い込み、ニ、三秒呼吸を止めてから、ゆっくりと吐き出します。……足の先から順々にあなたの体を見てゆきましょう。

緊張したり、固くなったりしている部分、柔軟でリラックスした部分に気づいてください。……足はどんな感じですか?……次にふくらはぎはどうですか?……次にもも、そして腰から胸……腕や手はどんな感じですか?……さあ、肩と首に意識を向けてください。……

もし、緊張している所があればそこにやさしく息を吸い込んで筋肉をほぐしてあげましょう……頭と顔はどうですか? ……やさしく頭と顔の筋肉をリラックスさせます……

さあ、今度は背中と背骨です。どんな感じですか? ……あなたの体全体に注意を向けてください……ゆっくりと深い呼吸をします……空気が体の中に入り、すべての緊張を取り除きリラックスさせてゆきます……

では、美しい白い光を頭上に想像してください……その光が、あなたの体を包み始めるのを感じます……体全体が光で満たされます。その光で細胞や内臓がいやされてゆきます……あなたの体はスポンジのように、すべての光を吸収しています……体の細胞の一つひとつが光にひたされています……あなたは輝く光そのものです……深く呼吸し、体が完全にリラックスしているのを感じてください。そして、平和と愛を感じましょう。

 

全員がリラックスしてから、ステップ2に移る

 

ステップ2 誰か一人、次の文章を読んでグループを誘導する……では最近、とても幸せだったときのことを思い出してください……そのときの喜び、やさしさ、満足感、幸福感などを思い出しましょう……(みんなが思い出せるように、二、三分刪、間を置く)体の細胞全部で、その、幸せを感じてください……自分自身を、暖かさ、光エネルギーで包みます……愛があなたの血管を通って、あなたの全身を静けさと君びで満たします。……その感覚が強まってゆきます……そして、部屋全体が愛と光と暖かさと喜びの感覚で満たされるまで、その感覚を大きく広げてゆきます(一分間ほどみんなにこの感覚を味わってもらう)。

 

ステップ3 では、この感覚の中へ、今日、一番答えを得たいと思っている疑問をそっと置いてください……もし、新しい恋人をどう見つければよいか知りたいのでしたら、その質問を愛と喜びの暖かい光に充ちた感覚の中に置いてやります。……もし、どうすればもっと健康になれるのかを知りたいのならば、その質問を、喜びの暖かい愛に満ちた感覚の中に強めてください(二、三分間静かにして間を置く)。

 

ステツブ4 今度はあなたの質間が、あなたの望むものに変わってゆくのを見てください。……心の中で、実際に新しい恋人ができたのを感じてください。もっと結構になったのを感じてください。……さあ、あなたを必要なものへと導いてくれたことに感謝しましょう。……感謝の気持ちをできる限り大きくしましょう。あなたの願いが実現するのを感じてください。……あなた自身を、この愛に満ちた快いバイブレーションにひたしてください。

 

ステツブ5 さあ、望み通りになるかどうか心配する気持ちを、そっと手放しましょう。自分が今、それを引き寄せているということを受け入れるのです。……宇宙が今、すべてをやってくれています。すべての思いや心配を手放すのです。……暧かい光のエネルギーを感じてください。三つ数えると、あなたはエネルギーに満ちたグループへと戻ります。……目を開けてください。

 

ステップ6 暝想の感想を各人に発表してもらう。

 

 

<解説>

瞑想時の脚本の叩き台です。

全身の隅々までを自分で知覚することがねらい。

目を閉じておこなう。

人間は視覚に全感覚の60%を頼っているという。

その視覚を殺すとこで、他の部分の感覚を研ぎ澄ます。

 

 

 

 

 

◯自分という小宇宙を知る

 

 

細胞の意識

植物のポトスとヨーグルトに共通するものは何でしょうか?一九七三年に出版された「植物の神秘生活」(ピーター・トンプキンズ、クリストファー・パート著 工作舍)の中の、植物は驚くべき力を持っている事実を証明した実験の話は、せ界中の読者を魅了しました。

その中の一つに、人間の考えていることを、何マイルも先から感じとることができるという能力がありました。生命の本質に関する研究は占代ギリシャの時代から連綿と続けられていましたが、生物エネルギーについての研究は、一九六〇年代にさかんになり始め、目に見えない、知性を持ったエネルギーの存布に光を当てました。

一九六六年のある運命的な日、アメリカのうそ発見器の権威であるクリーブ・バックスターは、おもしろ半分に、測定器を研究室にあったポトスにつなぎました。何か反応があるとしたら、どんな反応が起こるか見るために、彼はたまたま手に持っていたホットコーヒーの中にポトスをつけてみました。しかし、何の反応もなかったので、彼はもっとひどいことをポトスにしてみようかと考え始めました。マッチで葉を焼いてみようと考えたとたん、うそ発見器が狂ったように振れ始めたのです。その晚、彼が観察したこの反応が契機となって、何百という実験が行なわれ、植物は考える能力を持っているという証明がなされたのです。

植物はお互い同志は常に同調していますが、自分の周囲の人間や動物の行動を細胞レベルで感知することもできるようです。たとえば研究者が二つあった植物のー方をわざと折ってみた実験では、生き残った植物はそこにいた六人の中から犯人をちゃんと見分けることができました。ほんのささいな暴力行為でさえも感知する能力を、植物は持っているのです。

ある研究者がヨーグルトを食べようとしたとき、植物が反応しました。彼がヨーグルトの中にジャムを入れてかきまぜたので、ジャムに入っていた保存料が、生きていたヨーグルト菌を殺してしまったのです。この菌の死を、植物はちゃんと感知したのです。

それ以来、科学と超科学の分野を橋渡しするために、熱心な研究が行なわれ始めました。一九七〇年代、化学の研究者、マルセル・ヴォーゲルは、人間に対する植物の感受性と人間の思考や感情を察知する植物の能力について、広汎な研究を行ないました。ある講演では彼は次のように述べています。

 

「人間は植物と意志を通い合わせることができます。植物は人間の感情を測定するための非常に敏感な測定器でもあります。彼らは人間にとって役に立つエネルギーを放射しています。私たちはこうしたエネルギーを感じとることもできるのです。彼らはそのエネルギーを私たちのエネルギーの場に注ぎ込み、私たちは次に、その植物にエネルギーを返します。アメリカインディアンは、こうしたことを非常によく知っていました。必要になると、彼らは森へ行きます。そして腕を広げながら、松の木に背中をあずけて、木のエネルギーをもらうのです。」

 

明らかに、生命体は記憶力と知覚力、つまり、感知する能力を分子のレベルで持っています。バックスターや細胞学者のハワード・ミラーによって行なわれた実験は、次のような事実を示しています。

精子細胞は、驚くほど正確に自分の造り主の存在を見わけ、他の男性は無視することがわかりました。」

 

 

<解説>

・自分は、自分自身で考えているよりもっとずっと遥かに、自分のことは知らないんだということ。

・『自分』といったとき、体と魂をさすとすれば、私たちはなんと自分を知らないことか?

・一日の生活を振り返ってみればいい。一体、自分は自分のどれくらいを『意識』して使っているのか?

・それに比べて、なんと果てしなく膨大な組織が記憶が、自分に含まれているのか?

・『体のすべてを使って声を出す』といわれたとき、実際に使っている意識できている『体』はどのレベルまでなのか?

・細胞だって、分子だって、生きている。生命体レベルでそれぞれ意志を、記憶もっている。自分で統御するしないに係わらず、数え切れないほどの生命体がこの『自分』の中には息づいている。そんな小宇宙の統御者であることをいつ、どれくらいの頻度で人間は考えるのだろう。

・それら生命体のしたがっている法則は?自分という統御者ではなく、もしかして宇宙の大きな流れなのかもしれない。

 

・もっと、自分を知りたいと思わなくてはいけない

・意識して自分の宇宙の住人に話しかけなくてはならない

魂…膨大な記憶の宇宙に対して、意識して、彼らを訪ねること

体…自分の構成者達を知覚して,触覚して。

・あなたの魂はあなたが思っているより、もっとずっと奥行きがある

・あなたの体はあなたが思っているより、もっとずっと複雑だ

・目で見えるもの、自分の外ばかり見ていて見失ったもの

・人間はもっともっと自分を知覚できるようにならなければならない。もし、本当に歌いたいなら

・知覚できてないものが、自分=統御者と一緒に歌ってくれると思う?

・のどとかおなかだけではなく、もっと多くの『体』と歌おうよ

・もちろんばらばらの歌ではなくシンフォニーを。

・その際、彼ら生命体と同じ『ゆらぎ』を知る必要があるのではないか。目には見えない宇宙のバイブレーションを感じ、その大きな流れに身をまかせて漂う。

・自分を失うかもしれない恐怖心を克服して、『生命を神様にあずける』こと

 

 

 

 

◯ヴォイストレーニングの秘密

 

降伏//明け渡す(サレンダー)

神秘体験はコントロールする必妥から私たらを解放します。心と体とたましいは、宇宙に降服したとき、一つになります。

 

「スポーツの喜び」(The joy of sports)の中で、マイケル・ノバックは次のように書いています。

 

「これはスポーツの最も偉人な秘密である自分自身が一つとなり、まわりの世界とも一体となるあるポイントがある。そこでは、表層意識や意志の力では決して得られないある種のつながり、引き合い、調和が生まれる。…本能的な命令に、表層意識による命令よりもずっと迅速で、精妙で、深く、より正確で現実に即しているものだ。これは息を呑むほどの発見である。

 

運動家が自分の体験を語るにつれ、私たちの集団的進化は早められ、広がってゆきます。

一九七七年にバスケットボール選手のバッツォ・ニールは「スポーツとアイデンティティ」(Sports and Identity)という本の中で、次のように書いています。

 

人間の予想も、個人の肉体的感情的能力も超えた栄光の瞬間が存在する。何か説明できないものが入りこみ、生命を吹き込む。自分では絶対にできない奇跡が起こりつつあるのだ。…これを恵みの状應、信仰の行為…あるいは神の行為と呼ほう。それはそこにあり、不可能が可能になる。…選手は自分を超えたものとなる。自然を超越する。そして天国の一部に触れ、未知の源からやってくる力の受けとり手となる。…試合は霊的な覚醒が起こる聖なる場所となる。彼女のまわりの動きがすべてとなる。彼女は試合の間中ずっと、それまで一度も気づいたことのなかった力を身につけて、浮揚しているのだ。」

 

 

<解説>

・エンゲルペルト・フンパーディングは、超能力者としてアメリカで有名らしいけれど、そうであってもおかしくないな、と思う

きっと、あんな声がだせる人は、ここに書いてあるような、トップアスリートと同じような体験をしているのではないかなと想像する。

・F1パイロットのセナがあるレースのあと、『今日僕は神を見た』といったことがあった。それを聞いて記者達は『またセナのホラが始まったよ』と揶揄した。

 しかし、その話を記者から聞いた中嶋はこういったという。

 『君達、時速300キロの化け物みたいなマシーンに乗って自分の極限状態に挑戦したことある?ないんだったらわからないだろう。彼にはそれが見えたのかもしれない』

『表層意識や、意志の力では決して得られないある種のつながり、引き合い、調和が生まれる。それがスポーツの最も偉大な秘密』とここには書かれている。

 

・ヴォイストレーニングもそうなのではないか?

結局この『スポーツの最も偉大な秘密』を知っているか知っていないかが、上達に大きく影響を及ぼす のではないか?

・そう、この『スポーツの最も偉大な秘密』の状態というのは、体験したことのない人、それを知覚したことのない人にとってはまるで『超能力』のように別の世界の話だったりするのです

・集中することの大切さは誰でもしっている。その人なりにはやる

しかし、集中レベルのステージが各人ばらばらなのでは、というのは、容易に想像できる

・表層意識や、意志の力では決して得られないもの、

本能のレベルまで降りていく感覚を知っている人は、そう多くはないのではないか?

・スポーツをやっていた人の方がヴォイストレーニングの上達が早いというのは、こういう理由もあるの ではないか?

 

・本能まで降りていく感覚。

ある人にはあたりまえで、

ある人はそれがあることさえ知らない

意志での深い声と

本能での深い声

いつか交わる日はくるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィジョン  510

ヴィジョン

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「自分で乗り越えること」

 BV座について

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「自分で乗り越えること」  350800

 

 

 

オープニングに向けて

 

さて、研究所を一般的に開放して以来、オープン主義で誰でも受け入れていこうという形で行なってきました。しかし最近、人数が多くなったのと私の多忙のために運営上、いろいろと考えて、いくつかの新しい試みをしていくことにしました。

 

アーティストの場づくりとして、ここに旗を上げている私にとっては、メンバーが多くなるにつれ目が届かなくなり、初心を忘れる人の出てくることを恐れています。

 

「自分で力をつけていくしかない」「力がついたら、いろいろなことができる」はずなのです。

これを最近はややもすると、本来のトレーニングなら当然、立ち向かわなくてはいけない苦難に対して(これを課題にして受けとめることから努力して乗り越えることができ、そのことによってのみ、自分の力がつくのに)、

徒党(というより仲良しサークル)を組んで、

アーティストやこういうところの批判を言う人が増えてくるのです。

 

あなたのしゃべっている内容のレベルが、あなたの芸のレベルなのです。それがレベルダウンするようでは、ここはアーティストの啓発の場になりえなくなります。

 

一人、もくもくとトレーニングしているアーティストが、かったるくなるようなら(私もその一人ですが)、出ていくことでしょう。

 

レーニングの問題は、あくまで個人の問題です。皆で集まるなら、日本や世界の文化、音楽、アーティストの将来について語って欲しいものです。

そうでないと、自分たちばかりか、新しくやる気にあふれて入った人にも悪影響にもなります。

 

そういうことに本人が気づいていないことは、悲しむベきことです。

「自分の力をつけていく」その上で、おたがいのよい点を学びあうことが大切で、ここにおたがいの悪い点をみている暇などないはずです。人間の行なうことは信頼があるから効果が著しくでます。これが崩れたら意味がありません。

 

ヴォイストレーニングは、個人差などによって、極めていくレベルでは、やり方も全く違います。

他の人が違う教え方をされているからといって、気にしても仕方ありません。自分で正解(ノウハウ、答え)をつくっていくために環境を利用するのです。

 

私とのコミュニケーションの不足は今後も、会報やQ&Aの形、カウンセリング、出版によって補っていきたく思っております。

 

キャンセルあきのスタジオで、一人でトレーニングできないといって帰る人や、ちょっと問題が出てくると自分でがんばりもしないで安易にぐちを言ってくる人などは、ひと昔前では考えられませんでした。

 

ここはカルチャー救室ではなく、芸を極めるためのベースづくりをするところなのです。

ちょっとしたことに目くじらを立て、ぐちをこぼすのではなく、

価値をみつけ、高め、自分の力をつけることに専念してください。

 

大切なのは、自分にとって、プラスのことだけをとり入れ何倍にも生かすことなのです。

がんばった人だけが伸びる世界なのですから、先に述べたような人たちは遲かれ早みれ、こちらも必要としません。誰もそんな無駄な時間はありません(全体の迷惑なので)。

今はへたで伸びていなくとも、真剣にとりくむ人は、宝です。

 

くれぐれも初心を忘れず、身のまわりのもののせいにせず、まい進してください。

 

 

 

ーー

 

 

 

BV座について     350900

 

このスタジオは、レッスンやライブに使うので、完成時には音響に加えプロジェクター、照明、さらにコンピュータまで入るようにしています。

 

スタジオ側の音とヴォーカルのトレーニングの音とは違うので、これから比較していこうと思います。

アカペラに関していうと、前のスタジオより、よく聞こえます。柔らかくひびきがふわっと聞こえるので、ヴォーカルにとっては、有利です。

 

たぶん歌った人、聞いていた人は、感じたと思いますけれども、このスタジオで授業をやるようになってから、うまくなったように聞こえます。

京都もノリキスタジオが、地下の2階につくったので、そこでも同じことをやっていこうと思っています,,

 

今までの運営を新スタジオにもってきて、また3年たったらここをつぶすかどうかわかりませんけど、3年で一つのテーマにするつもりです。

もっと大きなところにするのか、3年先のことは、私はここをつくった時点で念頭においています。

スタジオをつくっていて時間をとられているからといって、自分の歩みを止めるわけにはいかないからです。「スタジオつくってますから、ちょっと待ってください」というようなことは許されないです。

 

そういう時期というのは、みなさんにもあると思います。デビューしたら走りださなきゃいけないのです。だから、そういう意味では見てて安心できるようになってきていますので、もう少しきちっと、足元を固めてもらえればいいです。

 

旧スタジオで2年くらいやってきて、今ここのスタジオでまた2年、あともう2年くらいやると、おしてもひいてもヴォーカル-まあ今でもヴォーカリストですけれども、一つのポジション、地位みたいなものができてくるのではないかと感じています。 ,

 

ここでのやり方が、どう効果があるかは、当然、私が一番気にしていることですし、トレーナーも問題にしていることです。

結局、2年でできることというのは、普通の学校でいうと体験レッスンみたいなものと思っています。

 

だから、逆に、かなり安心しています。できていることができているという意味です。それを、まとめて歌にするところまで2年でやらせようと考えているから、問題があるわけです。

 

正直に言うと、2年はべースで次の2年で表現みたいなものにアプローチ、3年目の人はそういうことをやっていると思います。それであと2年でまとめる方向にいったらよいでしょう。そうすると、つごう6年ですね。最初の2年は声が宿るのを待っていかないといけない。次に声に歌が宿るのを待っていかないといけない。

 

わかることとできることはまた違いますし、できることと定着させるというのは、また違うのです。優秀な人ほど早く「できる」のですが、それを「定着」できてないんですね。

 

逆に安易にできてしまうから、1年か1年半くらいで何かその感触は得られると。ところがそれを定着させるのにもう2年。定着させるというのは、その感覚を確実に自分の歌に出すということですね。

 

今、みなさんはそういう段階にきているのではないかと思います。ところがそこでできることを定着させないとわかることがわからなくなっていって、だんだん元に戻っていくというのが、あまりよい傾向ではないです。

しかし、それも仕方のないことだと思っています。

 

最初にここで言っているように、ヴォーカリストというのは、自分の望むところまでいけばよいわけですから。大きく望んでくださいとは言いますが、入ったときの志から離れて、だんだん現実の方に合わせていってしまうのはそれで活動していく以上、仕方のない話です。

 

ただ、もったいないという感じはします。芸ごとですから、所詮なんとなく歌がまとまってきて、カラオケか何かタレントみたいになってきたなと思うと、だいたいここを出ていく時期になるわけです。そういう人は引き留めません。

 

どちらにせよ、ここにいる間は、なるだけ大きくしていくということを徹底してやっていって欲しいと思います。本当は、ここがスタートラインまでの助走であって、ここを出てから全力で突っ走って欲しいんです。

 

ここを出るということは、デビューしてどこかでCDを出すとかライブに出るとかいうことではないのですが。どうも、ここを出てから、人前に出ているだけの助走になってしまう人か多いような感じがします。ここで2年といっても、もう2年、あと2年と考えた方がよいのではないかと思います。

 

それから、ここを出ていく人にはいつも言っていることは、とにかく本質を見る目は失わないで欲しいということです。私はレッスンそのものよりも、その眼をくもらないようにするために、7年半の間、師のもとへ通いました。

 

眼がくもると伸びていけなくなります。簡単な話です。退屈するのかしないのか、すぐれたものかすぐれていないものなのか、それを本質で判断するということです。

お客がたくさん集まっているとか、拍手が多いからとか、何か雰囲気がいいからとか、そういうことではないです。それも、ヴォーカルの力だから、ややこしいんですが。

 

もし、伸ばしていこう、あるいは同じところまで、これからもステージをやっていければいいというのでなければ、本物かどうかという条件を満たすということです。カリモノではないかどうかです。

 

一見、うまく聞こえる人が多いので、どうしてもごまかされやすいですが、本物のものを見ている、あるいはそれがある人たちを見ていたら、間違えないです。

その人のオリジナリティのところでできているかです。どんなにうまく、全力で勢いよく思いきりやったって、ニセモノは、通じないです。

 

 

「本当にがんばっているなぁ、大変だなぁ、でものど声だしなぁ、でも単に叫んでるだけ、だしなぁ、ただそれだけかなぁ」という形で見られるだけです。

 

日本の場合はそれでやれてしまうので、それでよいのならいいんですが、ただせっかく、ここに2年、3年といるのであれば、そのへんを固めてください。

 

 

自分で歌うという意識のところから、どんどんと声がことばになっていって、ひびきが歌になっていく。基本的に技術というものをみせていくようになりますから、あまり“歌う感覚’’になるよりは“歌わされる感覚”になっていくわけですね。

 

このまえ「旧スタジオサヨナラコンサート」のときにイタリア人のを見ました。あの人たちは基本的にひびきで歌っています。そのひびきのところにことばがのっかっている感じで、歌というものの捉え方が違うわけです。

 

日本人みたいに、のど声でしゃべるところをそのまま歌にしているのではありません。

だから、基本的なところをきちんとして、しゃべるなかで、のどを使うという感覚がなくなっていくようにすることです。

 

人によってスタンスのとり方も違いますが、技術ということであれば、ヴォーカルの技術はそこまでいくものです。2年で、といえば、のど声をはずすこと、シャウトしたときにも、のどをつぶさないくらいのところぐらいでしょう。ベテラン役者さんの声の下のレベルまでですね。なかなかそこまで高めようともしないわけです。

 

いつも、早い人で半年、遅い人で1年位半になると、その人の素質とか真価というのがみえてくるわけです。オリジナルな部分です。それが歌のなかでキラリと光るのですが、その部分に本人が気づかないのか、その部分を伸ばそうとしないのです。少なくとも、ここに良い形で残っている人というのは、そこを伸ばしていっているはずです。どこかの時点でそれを見失ってしまったり、違う方向に行ってしまう人もいるのです。

 

私が自信をもってここの埸を運営しているのも、キラリと光る部分が見えるからというところがあります。それが見えれば退屈しないし、どんなに眠くても体がくたくたであっても、聞きたい要素があって、煌めくのです。

 

その部分をなくしたものは、どんなにうまく歌った歌でも、それはカラオケにしかすぎない。人のものを借りて歌っているだけです。

ゴスペルの練習で振付や表情づくりをすごくやっても、それでいくら歌ってみたって、その人が歌っているようには伝わらないわけです。そういう歌は、眠くなってしまいます。簡単に判断できると思います。

 

本当のもの、本物というのは、ジャンルを超えます。ロックでうるさいとかジャズでどうだとかブルースがどうとか演歌だからいやだとかにはなりません。本物である限り、そういうジャンルの中にとどまらないので、退屈しないです。ロックの嫌いな人が聞いていて退屈するなら、ロックではないでしょう。人間の感性、“通じる部分”というのをもっと磨いていかないといけないと考えてください。

 

今後とも、このような形でやっていこうと思っています。

前の場所からここへ移ったというのは、私自身が枠を破らないといけないことと共に、豊かな時代になって、一軒家に来て、その敷居をまたいでそこで芸事が始まるというやり方も、必ずしもすべてがすべて、よいわけではないだろうと思ったからです。

 

ただ逆にこんなキレイなところで歌えるなどという憧れで入ってこられても困るわけですね。その段階での私の説明会での話というのも、厳しいことを言っているので選別されているはずです。

また2年たったところで、どうぞ出てくださいと言ってますから、そこでも選ぶということは選ばれるということです。そう考えてもらえばいいです。

 

研究所のよいところは、完成形というのをつくっていないことと、

「声だ声だ」と言っても、こんなに自由にやらせているところはないわけです。

普通、発声トレーニングなどを受けていると、型に入れられてしまいます。そういうなかで声が宿ってくるのを待つしかないです。

 

ここは、表現からみます。声が生で、心に働きかけるならなんでもあり、です。

もちろん、自分に使える声でないと意味ないし、自分の身体を活かした上での表現がでてこないといけない。だから自分で自分を選ぶということです。

 

それで、あらゆる分野のみなさんが、ここにいられるのだし、あるいは、時期を自分で選んで外に出ていくのです。どっちがよいとか、悪いということもないのです。

何が本当におもしろくて、すごくて、鑑賞にたえて、人の心に残るのかということです。

 

私は最近、そのへんのライブなんて行っている暇もないし、行っても疲れるだけだから行きもしないわけです。コミュニケーションのためにやっているものとか、お互いの作品の見せあいでやっているものには、もはや興味がないわけです。

 

そのレベルの人間が耐えうる演奏をしてくれれば、間違いないのです。ステージで全力でやるというのは、あたりまえなのです。そこらへんのカラオケのおじさんだって、演歌の歌い手さんだって、全力でやっています。アマチュアのお祭りを見せるためにお客さんを呼ぶのではないのです。

 

自分一人で価値をつけていくことです。その価値をつくり続けよいとしている人に対して、私は応援して、この場を提供しています。

新スタジオは、また違う雰囲気ですから、これをどうすればよいのかと思っています。時間や予算の都合とか、いろんなものがありますが、みなさんの思うままに、要望があったら、変えていきますので、いろいろな考えを出してください。

 

ただ、キレイにできているとは思っているので、赤いペンキで日の丸を書きたいとか、そういうのは、ダメですけどね(笑)。使いこんでいって、ゆくゆくは、みなさんの演奏でもって、上では、レストランとかで、レッスン場は他で管理して、ライブハウスにして、ここは、その拠点みたいな形でいいんじゃないかと思います。

 

 

私もみんなも限界にきていますので、これ以上、ただ人を増やしたりロックをというのは考えてないのですね。なるべく、主体的に動ける人が入ってきて、利用し尽くしてくれるとよいなと思います。

今まで、狭いこともあり、2年間で考えていたんですけれども、もう少し大きく6年から10年くらいで考えたいと思います。

 

発声も、そう考えればよいのですね。2年でみなさんは、よく歌えている方です。あれだけ個人やグループレッスンで発声が全然できていないのに、ステージができるなんてことは、発声の理論からいったらありえないことなんです。2年というのは10年の10分の2なわけです。

 

そうしたらそれを10分の4、10分の6と詰めていけばいいのに、なぜか最初の10分の2を忘れてしまうわけです。それは、もったいないです。みなさん、ここを出ていくときは、10分の2までつかんでいるのですが、その後がよいといえません。本物というのは、基礎があれば、自分の体がつかんで救えてくれます。

 

人間の体を一番、合理的に使えるような基礎をもつ、何かを表現しようとなったとぎに、体が助けてくれる部分まで特化していったら、そこから自分で気づいていくはずです。

 

ですから、ここは歌を歌うことをしませんでした。歌の歌い方くらい、自分で考えられない人が、なぜ歌う必要があるのかと考えています。声に間しては、それは、表現に結びついていることで、私が教えているのではなくて、一流のものをここでゆっくり与えているということです。

 

そこでみなさんが気づいたことが、ノウハウです。それを自分にあてはめて、声をまねるのではなくて、そこでの体のバランスとか使い方とか、何で人の心に、残る表現なのかということを学んでいけばいいわけです。

 

だから、本当は2年たってから、あるいは4年たってから、課題がどんどんおもしろくなっていくわけなんです。そこまで退屈してしまうのなら、自分が人を退屈させる人間でしかないということです。それはそれで、好きに歌っていけばいい話です。

 

今回、気になったのは、足元です。舞合という場合は、靴を用意するのですが、ステージ用の靴がある人は、はいてください。裸足とか靴下だと、さまにならない。土足禁止ですが、よそゆき用の靴があれば、持ってきた方がいいように思います。

 

ステージングということで、セッティングに関しては、徐々に整えていこうかと思っています。

歌に関しては、あまり言うことがないです。みなさんが感じた通り、みなさんの判断も的確になっているのがわかると思います。

ただ、自分のことがわかっているかいないかということが一番、大切です。

たぶん他の人に関する判断はできてきていると思います。

でも、自分のことに活かさないと意味がありません。

トレーナーでないのですから。

 

ここでは、広い分、これまで以上に、思いっきりよくやってください。

今月の6題    511

「感性」  

 

バンドの技能は、コンピュータに奪われつつある。

ヴォーカルの声は、コンピュータで出せないから安心だと思うな。

技能は技術の発達で、技能そのものの価値はなくなっていく。

 

今のヴォーカルも、声がなくとも音響でカバーされている。

カラオケでうまいのも一興だ。

そうして誰もが歌えるようになると、その人の演奏を聞きたいかどうかの勝負となる。

 

だからタレントヴォーカルが受けるのもあたりまえ、

声がなくても人を魅きつけるものがある。

 

声を身につけても、それだけでヴォーカルになれるはずがない。

人を魅せる力にプラスしてこそ、価値のあるのが声なのだ。

高級な楽器だって同じだろう。

 

声をやるのは、声から音楽、表現。

その本質の感性を磨くためだ。

 

一流のヴォーカリストは、感性に加えて声をもっている。そこを間違うな。

 

 

 

「自分の名で生きること歌うこと」

 

今、代々木のハイツ(旧スタジオ)が改築している。わずか12畳の、一つだけのスタジオだった。

だから、だめだったわけではない。

何一つも。

 

忘れないで欲しい。

すでに、その家の白いペンキを塗ったトレーニング生もほとんど巣立っていった。

 

ここは学校でない。道場である。

先生だとか事務だとが先瞿だとか新人生だから、

とか、レッテルを貼るな。

 

ー人の人間である。自分の名で動け。

ごみがおちていたら拾え。

スリッパがちらかっていたら片づけろ

そこで文句言っている人は去れ。

何も言わず動く人だけが残っていく。

 

お金を払っているから、通っていたら、

何が身につくわけではない。

ましてや、何かやってもらえるわけでない。

 

1時間たくさんの話を聞いたから、勉強になるのではもない。

二年間でたった一言から自ら気づいたことが、

人生を、歌を価値あるものに変えるのだ。

 

何もないところから、学べる力が自分でやっていける力なのだ。

ここには、今は福島英とスタッフとトレーナー、

なによりも実力ある先輩がいる。それでよいはずだ。

 

あとは、あなたが"自分”でいれば。

たとえ、一人であっても。

 

 

 

「勉強しなさい」

 

たった一つ、何事も成しうるための秘訣は学ぶこと。

できるだけそのきっかけとなった感動、感激をそれずにいること、

学んだら、思うようになれるのだから。

 

 

 

「本質を観て知り、わかり身につけることの難しさ」

 

本物を知る

人間を知る

世の中を知る

自分を知る

一流を知る

芸を知る

ことばにとらわれない

 

 

1.弱さをみとめる

2.自信をもつ

3.極端を知る

4.悪を知る

5.しぜんを知る

6.間違いを知る

 

 

目にとらわれない まして耳(間いたこと)にわずらわされない

感情を抱き、感情を切る

すべて変わることを受け入れる

変わりつつ変わらぬものを知る

深く大海、広く宇宙のごとき心をもつ

 

 

2年くらいで進歩しない、できない

結局、2年でできるくらいの世界しかイメージしていないということ

 

 

 

「ライブ感覚」

 

今、この瞬間、ここで生まれてくるものに心をゆだねる

過去のこと、ことばにとらわれるな

そこで自分の心を動かしたものの動きにそって表現していくこと

決まりことば、教科書通りのレッッスンは、後退でしかない

 

 

 

「自ら選びとること」

 

失うことを恐れて得ようとしないなら、

得たものは得られない、失うだけ。

飛び込むこと。

 

これができない。

それが自分の人生に必要なら、全力でそのときに得なくてはいけない。

それがなくてもよいと思ったら、それはそれだけのもの、

水とパンさえあれば、人生は生きていける、そして死んでいく。

 

その人に、そのことに、こだわれるのが人生であることを選びとらない限り。

人生に必要なものならば、決して冒険を、傷つくことを、不安定を恐れてはいけない。

飛び込んで切り拓けないものはない。

 

いつでも遅いということはない。

自分を愛して信じているつもりで、自分を愛せず信じられないのは誰。

愛されることを待っているより、愛することだ。

待つほどにおくびょうになるものだから、

今、逃げない方がよい。

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セミをつかまえて手で持っているとき、強すぎるとつぶしてしまうし弱すぎると飛んで逃げていってしまう。「強い」「弱い」という二つの事柄だけでは割り切れないこと(感覚)がある。答えは一つではないこともあるし、善悪だけでは片づかないこともある。何事も決めつけないように微妙な感覚、中間的感覚も身につけていきたい。

 

このままずっとできなくて、もう今じゃ歌なんて歌えないので何もなくなったらどうしようと思う。別にどうもしない問題で(他人からみたら)考える暇があったら練習すればいいのだが。何をどうしたいのかわからない。今は何もできない。と思って、今までの会報を読み直した。福島先生のことばの自分が大切と思ったところに線がひいてあり、ところどころにやる気まんまんの自分が載っている。あの頃の自分(ほんの半年前)にまさか勇気をもらうとは。

 

山際淳司さんが亡くなった。サハリンで地震があって3000人以上が死んだ。貴の花が結婚して貿易でもめて、相変わらず近所にゴミは多く夜中も大声で話す若者がコンビニにたむろする。私は息の量について考えている。毒ガス事件で亡くなった人の遺族のことを考えたりもする。この国のつま先はどこに向いているのだろう。この星の頭はどんな帽子をかふってしまったのだろう。だまされ続け、私たちはどこへ行くのだろう。

 

「おもしろいことないかなあ」と友だちと話していた。人がつくったおもしろそうなことには、もうだまされることはなく、自分でおもしろいことをしないと気持ちが納まらないのだ。めちゃめちゃおもしろいことをして、人を楽しませたい。それが何かはわからない。/戦後50年ということで「ひめゆりの塔」や「きけ、わだつみの声」がつくられ、さまざまな催しも行なわれる。学校や教科書なんかでは教えてもらわなかった現実を知りたい。ボスニアヘルツェゴビナでは、今も争いが続いている。人が死んでいる。人が泣いている。

 

 

ジムに入って、ウェイトトレーニング(鉄アレイで筋肉をつけるみたいな)をしようかと思っている。私は女で男の人のようなパワー(体格)をつけるのは、もしかしたら無理なのかもしれないが、外人のあの「体」をみると、自分もやるしかない!!と思ってしまう。「あの体にあの声ありき」と感じずにはいられない。

 

 

死んだ人のことを早く忘れなさい、とか言うけど、なんで忘れなくちゃいけないのかと思う。8月になるとみんな戦争のことを言い出すけど、9月にはもう忘れている。ミスロンリーの話をマトモに聴く人はいないのです。そういうことを歌で伝えきるには、まだまだ苦しまなくてはと思った。みえてしまって声にならない。

 

ーー

おすすめ

 

シーナ・イーストンのニューアルバム

ホイットニー・ヒューストンやマライヤ・キャリーのように「はって歌ってまーす!」という感じではなく、さらって歌ってるようだが根底には体がとても使われているのがわかり、サビなどは聞いていて体にとり肌がたつ。その也にすごいなあーと思ったのは、セリーヌ・ディオン。やはりとり肌もの!!

 

近藤房之助(7月リキッドルー厶)

 

CBSソニーの出しているクールサマーというアルバム。

シャーデーバーシアジョージ・マイケルなどのバラードが収録されていて夏らしい選曲が心地よいです。まだ聞いてないけど、エルビス・コステロのニューアルバムも、サラ・ヴォーンなどのカバー集になっていて、なかなかよさそうなので聞いてみたいと思ってます。

 

「母ぬふちゅくる(ふところ)」(マルフクレコード)という沖縄民謡

三味線の音色とあのテンポは心地よい。「サイパン数え唄」というのがよいです。

 

Japan Blues Carnival(野音

見てきました!!JIROKICHI ALL STARSが豪華。

 

デイヴィッド・サンボーン

サックス奏者。CD店でながれていて気に入って「今、この流れてるやつ、ください」といってアルバムを買ったので詳しいことは知らないですが、息が見えるというか、とてもいいんです。インストのものがこんなによいなんて、最近まで知らなかった。

 

プリンス

日本武道館、代々木オリンピックプール、

(彼は名前を捨て記号になったらしいが、何て呼べばいいんだ?)

 

ダイアナ・キング

ソウルを感じるレゲエシンガー、

今よくこの人の曲、かかっています。

 

天使にラブソングを2」のサントラ

 

マグノリアの花たち」という映画

2年前にも一度見たが、そのときには感じられない感動を与えられた。少しオトナになったのかなあと思ってしまった。

 

マーカス・ミラーボトムライン6/7)

 

ネーネーズの“ゴザdabasa”というアルバムに入っている「黄金の花」「真夜中のドライバー」

自分にはない純情さを感じさせてくれて泣ける!(泣かないけど、かなりいい歌)。「あめりか通り」を聞くと、沖縄に住みたくなる(アレンジもGood)。

レッスン感想   497

レッスン感想

課題曲レッスン感

佐藤先生(声楽家)特別レッスン感想

 

 

◯レッスン感想   

 

 

ことばは自分の中に取り込んであるものでないと人には伝わらない。自分でさえも自分のことがわからないのに、人にわからせようとするなら、もっと自分と向き合っていく必要があると思う。

 

先日のレッスンで「声帯で声をつくるのではなくて、声のもとになる空気の流れをつくるのだ」と教えてくださったのだが、具体的にイメージできて理解が深まった。また「腹式呼吸」というイメージ=腹直筋だったのが、間違っていたのがわかった。最終的には横隔腹をいかに動かせるかという感じだろう。が

 

横隔膜そのものを動かそうとするのではなく、補助器官である、斜腹筋、腹直筋、背筋などの支えによって動かしてあげるというイメージが、よいのではないかと思った。腰回りの筋力強化が必要だ。

 

「息を吸う」というイメージではなく、「息を入れてあげる」とした方が、私の場合は余計な力が邪魔をしなくなるような気がする。自分の身体が楽器だから大切に扱ってあげるのはもちろん、よく知ってあげることからはじまるのだと、今日も感じた。

 

課題曲をその場でつかみ構成するということがわかってきたような気でいたが、単に以前に集中力がなさすぎただけなのだ。プロの歌を繰り返し聞くと、全体の奥ゆきの深さや濃さ、それをセンスでやってしまっていることがわかる。圧倒的な差を感じる。

 

まず声を統一させ、その上で展開しなくてはならないということは、おそろしく体力と気力がいる。この積み重ねひたすらやらなければ。「フレーズの方向」みえる人とみえない人がいる。自分のことでもあるのでわかるが、大きい声を出そうとがんばっていても、流れはみえないものだ。声がそろってる人のフレーズはおもしろい。表現がある。

 

個人的に見てもらうことも必要なんだなと思いました。今日、先生にできないことを無理にするような練習ではなくて、ちょっとでもできることをよりよくできるようにするための練習が大切なんだ、というようなことを言われて、すごくためになりました。

 

洞察力というか物事を深く掘り下げて考える力にすごく欠けている気がする。自分では考えてるつもりなのだが、歌には何も考えてない状態が表れてしまっている気がする。感性と理性の融合がもっとしぜんに歌にできればいいと思う。

 

先生が最近すごく細かくアドバイスしてくださって、個人的にはとても嬉しいのだが、それは自分で考えてわかっていなければ(自分で気づかなければ)いけないことのような気もして、不安になり心から汗が出てしまう。でも気がつかなかったのだから、言われたことを身につけるしかないと思った。

 

音符どおりにただことばを読んでもだめ。伝えるためにフレージングか大切。オクターブ以上の音程の動きかあっても、体を使ってきちんと発声していれば「高さ」を感じさせない。たった1フレーズできえ、まともに、どいうか自分で納得できるように声にすることができない。「踏み込む」ことの難しさ、いや恥ずかしさを克服したい。

 

 

聞く耳もっこと。一流のアーティストの歌を自分に置き換えてみて、一緒に歌ってみて、どれだけ体を使っているか、息が吐かれているか知る。体で感じる聞き方をする。フレージングなどの練習でも、常にMAXでやる。ふみこんで浮かす。強弱をつけたり、流れを出すことを体をつけてやる。この1時間でも、現在の自分の最高の力を見せる。それだけの気持ちでやる。先生のそのへんの捉え方というのがとてもためになります。とてもいい目標になっています。

 

フレージングのときなど、キーの合うところでやらないと、かなりできが違う。しっかり胸に入るところの音を常に出せるようにしたい。もっともっと大げさに表現していいように思う。今の自分のでは、1フレーズで何かを伝えることなどできない。これらのトレーニングもすべて舞台だと思ってやる。歌に絶対必要になってくる基礎的な部分をやってくださっていると思うので、いままで小手先だったところに体をつける。表現は残す。

 

より表現できるように体をつける。入った理由の部分だ。何ていい授業を受けているんだろうと思います。一番、歌の分野に入ってくるところで、おもしろくて難しくて。自分の表現を見せようと必死になるので大変なんですが、楽しんでいる自分がいます。この授業を受け続ければ、将来、歌を歌うときにかなり役に立つだろうと思います。

 

フレーズの中でひびきをそろえること。そのために歌いだしの音を深くとるということ。ことばが点にならずに線として把握していくということ。声を出していてほんの数回であるが、声の底をへそのところで感じたような気がした。

 

その息で高い音に進むと確かに腹部力がなくては同じひびきをキープできない。これがよい発声かどうかわからないが、ノドもリラックスしていたし、しぜんな感じがしたので、しばらくこの線を大切にレッスンに生かしていこうと思う。

 

 

レーニングに来ていると、伝えることの難しさを感じます。今まで友人に伝わってなかったことは、相手が理解する云々の前に、自分が伝わるように声にしてなかったんじゃないか、ことばになってなかったんじゃないか、と思います。ましてや歌になれば、より一層の表現が必要だな、と思います。

 

自分の未成熟度の理解。レッスンの流れの中で、そのつど先生の提示する音、ことばによって、何で元に戻るかとか、何で次にそのことばを発するかといった意味を、何となくだけど感じて、ほんの少しでもイメージがもてること。

 

 

一つひとつ入るところは入れて、それが一つの流れになっているか。体を使って自分が入れたいトコロに入れられるかどうか。メリハリがつけられるか。息を流し体をつけ、どれだけイメージをもてるか。息がながれていなくて体がついていなくてメリハリがなくて入っていなかった。

 

息のながれていない声は何か感じるものがなく、誰にでも歌えてしまう、ただの歌だ。ことばとしての区切り区切りを読み捉え、それを一つのフレーズとしているとき、途切れ途切れのものでなく一つの流れを感じさせること。福島先生のフレージングの表わし方がよく理解できた。円を書くような体の使い方、息の流し方を体で覚えていくといいと思った。

 

 

 

 

ーー

◯課題曲レッスン感想

 

フレージングのつめが甘い。イメージかあいまいであると。その通りであった。中途半端では伝わらない。「あいしているから一」で、どれだけ自分が表れるか。自分の中であいまいなままだと、出てくるものは小さく弱くなってしまう。イメージは鋭く大きくとる。それを追う。自分の「あいしているからー」よりもずっと大きく捉えないと伝わらない。小さくまとめようとしたり、小手先でごまかさない。はじめの1行ですでに1オクターブだから、1曲通して歌ったたらどうなってしまうのかと思った。CDではとてもオクターブ上がってるとは思えなかった。「わかっているよ」の出だしの深さ。音程に振りまわされ半端だった。

 

 

先生に言われて気づくのも情けないが、確かに自分で歌っていて気持ちがよくない。どこにもはまらない。「こうかな」という感じだった。何か伝わるわけがない。肝心なのは、そこなのに。「わかっているよジュルヴァジュルヴァ」は、練習しがいのあるフレーズ。

 

 

「君を誰より愛しているから」と誰も愛していないみたいな気持ちになってしまった。イメージ(imagination)も貧困。「わかっているよ」という歌詞もわからない気持ちでやっていては、永遠にわかりっこない。禅問答のようになってしまうが、結局、どれだけ集中でき、どれだけ一つのことばにすべてを込められるか。

 

 

ゴスペルのワークショップに参加して、黒人の生の歌を聞きました。大声をはり上げて歌っているわけじゃないのに声がでかくてよく通る、一本のシンが本当にわかる。私は大口開けて大声はり上げてるけど、声が広がってる感じで全然、通る声じゃない。これは胸のポジションの深さと関係あるのでしょう

 

 

ロックのルーツや音楽を探るうえで、とても勉強になった。今までは、何げなく聞いていた音楽も聞き方ひとつでとても勉強になり、今日はそのヒントを得た。この授業は私にとってとても重要なので、次回も是非、出たいと思う。ブルースやR&B、そしてジャズなどを聞いていたところから、ラジオの中からいきなりロックンロール飛びでてきたのは、かなりの衝撃であろうと思う。これは、現代に生きる私にとっては、その衝撃度は想像がつかない。

 

◯佐藤先生(声楽家)特別レッスン感想  京都

 

レッスンで技術を学んで帰ってくるだけでなく、レッスンの意味(意義)として通うために、毎日それに向けて自分で整えてレッスンに臨もうとする過程が大切だということ(体館など含む)。歌詞を伝えるのではなく「心」を伝えるのだということ。

 

声を出すときは赤ん坊のように、口、口の周りに力を入れずに発声のときは腹を引っ込める。風船の原理。ヘソの下からこみ上げるように息の無駄使いをしない。睡眠をちゃんととる。健康第一。体を鍛える。体、ノドに特に気を使う。歌は歌詞を伝えるのではなく、その詞の意味を伝える。何よりも大事なのは健康な体。

 

レッスンにはベストコンディションでのぞむ。レッスンに通い、本当にちょっとずつ得て、そのちょっとが続くと大きなパワーとなる。発声など技術的な面より普段の生活においての姿勢を主に話してくださった。とてもためになった。先生方の話を聞いていつも思うのだが、何よりも基本が大切で日々の小さな努力を怠ってはいけない。そして歌うための環境、体に自分で変えていく。

 

 

鑑賞レポート      496

鑑賞レポート  

 

 

【メイキング・オブ・三大テノール

 

ほがらかである。3人の顔、その様子を見て思った。生き方であろうか。国民性であろうか?楽しんでいるように見えた。歌も、人生も。そうでない部分があって当然で、メイキングものなので、どれだけたくさんの人、スタッフが、この日のために大変な思いをしたのか、本人たちもそれなりの練習もしたのだろうが…、楽しそうである。そう感じているところもあるだろう。

 

言うまでもなく世界のトップに立つ3人のテノール歌手。演出にこる必要はないようにも思うが、やる方も見る方も正裝したりする盛り上げさかげん、楽しみさかげん、セットの派手さかげん、サービス精神だ。日本の、へたさをごまかすことではない。

体、息、声、ひびきなど、統一されていて、とてもわかりやすい。どんなに耳がなくてもこれはわかる。素明らしい声。体が楽器になる。人間の声は素晴らしい。客席で涙ぐんでいる客がいた。感じるところは一緒だ。それがどんな音楽であっても。音楽は楽しいものだということを思い出させてくれる人たちだった。

 

 

 

ティナ・ターナー

 

ティナの自伝、「愛は傷だらけ」のなかにこんなことばがあります。

「ほとんどの女性は30代でやり直すのは手遅れだと考えているようだけど、私はそうは思わないわ。誰もが自分の人生を自分でつくるべきなのよ。年齢じゃない。大事なのはその人の生きていく姿なのよ。」

エネルギッシュでパワフルな彼女のライブ、歌は彼女の生き方そのものだと思いました。

 

 

 

【イエス]

 

音楽面(楽曲面)に関しては、聞いていて嫌なものではないが、やっていることがすごく難しくて、私には理解不可能という印象を受けた。しかし、その中でも、すごくマニアックなブログレっぽい感じの曲と、環境音楽のような心地よさをもつさわやかな感じの曲、2通りあった。イエスはロックバンドというイメージが強かったので、このさわやかさが私には意外だった。

 

プログレの曲は、それぞれのパートが一見、好き勝手にプレイしているようにみえるのに、楽器としてきちんと計算されているように思われる。決して不協(不快)な音楽にはなっていないところがイエスのすごさか。

 

ヴォーカル面は、ヴォイス的に深く歌っているようにはみえないが、一見、軽く流して歌っていそうにみえたロングトーンに、ものすごく体を使っているのがうかがえた。その他、感じたのは、やはり全員技術が体に入っているというか、一体化しているため、自分の思うがまま演奏できているので、音楽を演奏しているのではなく、音楽になっているということだ。「歌を歌うのではなく歌になる…。」、イエスもまさにそんな感じで、私の頭の中で、今このことばがぐるぐると何度もまわっている。

 

 

 

 

[‘85 ショパンコンクール

 

このショパンコンクールは、音楽に対する情熱がまったく生温かいことをまざまさまと突き付けてくれた。たった20分程度の発表に、何年も何年もかけた個性(アレンジ)、そして己の情熱のまさしくすべてを凝縮する。少しでも指のタッチがずれたら敗北に等しい……凄い。このことは、普段の練習での質の追究、意讖の鋭さ、時間への危機感を思いしらせた。

 

地上120mのビル間を、綱一本で渡るという最大の緊張感、それを普段から維持できたら、もうそれだけで180度、質が転換するはず。そのくらい極端に考えさせられた(逆をいえば、それだけ自分はぬるま湯につかってたってことだ)。

 

このコンクールに優勝したソ連(当時)のブーニン。まさしく天才肌って感じだ。ショパンの曲のアレンジなんてわからないが、彼の独特の厶ード。あれをカリスマというのか。やはりどこか違う。演奏しなくとも周りを彼の音が包んでいるというか。ピアノがわからなくとも、彼はどこか遠うと感じる人は、結構いるんじゃないかな。こういうムードをだせる人間になれればなーと思う。

 

会場のあるポーランドワルシャワは非常に閑静なムードの美しい街だと思った。芸術の生まれる街の見本として、何かの雑誌にでてきそうな。お世辞抜きで、一度行ってみたいと思った。そんな美しい街で繰り拡げられる、最大の情熱、緊張感の極限まで高めた技術のぶつかり合い。音楽を自己表現の媒介として何かを成し遂げようとする上では、共通するが、情熱をブチこむ度合いのレベルがあまりに違いすぎる。クラシックとロックの差だけで(ジャンルの違いで)、一見、ロックの方がストイックなイメージが判断されるろうが、まるっきり逆だ。ステージの緊張感も含めて、意識面での自己啓発の度合は、彼らの方が凄いといえる。今のロックの悪しきところを、少しだけ気づかせてくれたような気がする。

 

 

 

 

ボブ・マーリーストーリー】

 

ゆったりとしたリズムにのって歌う彼の歌は、決して心地よいだけの歌ではない。よく聞いていると心地よさよりも、あまリに切実な声、歌い方に打たれてしまう。とても強くストレー卜に伝わってくる。見ているうち、それが彼の歌う姿勢からきていることがわかった。

 

彼は貧しい家に育ち、音楽をはじめても、貧しい人が集まっている地域に住み、自らも貧しい暮らしをしている。それらの貧しい人々の声を代井しているのが彼のバンドの音楽だ、とバンドのメンバーが言っていた。リズムやメロディには、ジャマイカの明るさが感じられるけれど、貧しい生活をしている人々の切実な叫びを含んだ音楽という点では、ブルースと共通の点があるのかもしれないと思った。インタビューに答える彼の目があまりに澄んでいたのに驚いた。

 

 

 

 

ジェネシス

 

フィル・コリンズの名前だけは聞いたことがあったが、ジェネシスというバンドは知らなかった。こんなにパフルなバンドがあったとは…。ヴォーカルの声もパワフルだが、バンドの音全体にパワーがあつた。インタビューでバンドのメンバー3人が皆、作曲をすると言っていたが、全員が曲、音、表現ということに関して、プロのアーティストなのだと感じた。

 

 

アーティストというと、どうも私生活は不健康で一芸だけに秀でた人というイメージがあったのだが、彼らの場合、表現活動の環境を整えることも含めて、トータルに前向きである姿勢を感じた。固定観念にとらわれないことは、時にまわりとの摩擦からストレスを生むけれど、彼らはそれもふっきっているように見えた。専門家にはがなわないと思っていた音づくりに関しても、今は機材を使いこなし、バンドの活動もそれぞれのソロ活動も両立させる。はたからみると難しそうなことだが、彼らにとっては、アーティストとしてのこだわりに忠実に動いて、しぜんとそうなったのだろうと思った。

 

 

 

 

【ザ・プリンス・トラスト1982年】

 

「伝わってくる歌について」5つの出演者のうち、ジョンなんとかという黒人女性とフィルコリンズがよかった。黒人女性の歌は、声はそんなに張りあげてないのだけれど、とても強く伝わってきた。私にとって音楽を闇くときに一番大事なことは、やはり伝わってくる、ということだと思った。

 

最近、いろいろなものを見て、ヴォーカリストの声に注意してみると、声量があるとか、高音まで張りのある声だとか、プロの声に感心した。しかし、関心するだけでは聞いていても飽きてきてしまう。伝わってくる歌は決して飽きない。時間を忘れさせてしまう。フィルコリンズの歌も伝わってくるものがあった(詞はわからなくても)。曲のはじめはピアノで歌った。かなり小さな声だった。そして曲の終わりの方では、同じフレーズを叫ぶように歌った。声が完全にコントロールされている。どちらの歌い方も伝わってくるが、その伝わり方の効果は違う。それを自在に使いこなしている。感性と声(体)が結びついて表現となっている。

 

 

 

 

【マイケル・ボルトン

 

第一印象は、洗練された声のよい、B.スプリングスティーンみたいと観じたが、画面が進むうち、彼の個性がドンドンとこちらにきて、声の大きさと表現力にひきずり込まれていきました。コーラスの人が、高くてハスキーな声という表現をしていました。

 

高いとハスキーが不思議とマッチして、パワーもある声です。話している声より歌声の方が高いのも興味深く感じました。圧巻は、トランペット(サックス(?)と一緖に歌って負けない声量の声、共演してしまうという素精らしさ、声は響きなのだとみせてもらいました。オーケストラがバックだろうがコワイものなしの声量でした。

 

家族を愛するいい父親でもあり、完璧主義のアーティストでもあり、いつでも最高の歌を聴かせると言いきるところに、プロ意識を感じました。“自分の歌う歌を愛すること”という素敵な言葉も、心に残りました。

 

 

 

 

【森進一】

 

何曲が歌った中で、特に際だっていたのは、“襟裳岬”と“おふくろさん”の2曲である。当初、B面になる予定だった襟裳岬をA面にしてしまうほど、森進一が執着しただけはある。淡々と歌っているのだけど、どうしてこんなに伝わってくるのだろうと思った。まるで苦しさとか哀しさといったものが、声の中に深く深く溶け込んでしまったように私には聞こえた。

 

よく彼のモノマネをする人がいるけど、全然似ても似つかない。こんな味のある声は彼しか出せない独特のものだと感じた。“おふくろさん”を歌うときの森進一は、明らかに顔つきがガラッと変わる。母親が亡くなってからは、この歌を歌うために歌手をやっているんじゃないかと思わせるほどだ。第一、声の“おふくろさんよ”で、最後の最後まで聞きもらすまいと思わせる力に圧倒された。

 

 

 

 

【画家 青木繁

 

青木繁の人生での要所をドラマ仕立てで追っていき、主役の方がレポーターを兼ねていた。その人が青木を語る際、「廻りが天才だというからそう思った。なぜか?それを探究しよう。」と冒頭で言っていた。これは、たとえば廻りがみな高い評価をしているから、そうなんだろうと思い込み、音楽なら本当の自分は別にのれないのにのってしまう、廻りの評価に無意諷に自分を合わせてしまう、個人の意見を殺してしまう意識に一石を投じる。疑問は本当に大切にしなければならない。それは即ち、常に個人であろうとする意識に起こる。

 

青木繁だが、まずこの個であろうとする意志が非常に強い。が、それは同じに脆く、繊細だ。絵という表現を述べる際、「絵には思想がなくてはダメ、技巧ではダメだ。」と述べていた。これは当時の西洋絵画ブームに便乗して名を売ろうとする愚かな画家が増えた風潮に一人で反逆したのだ。

これはいつの時代でも当てはめることができると思う。特に今の日本の音楽界では、それに本物の実力が備わっていればいい。

同時に脆いと書いたが、彼の父が死に、母、兄弟に自分のしていることを責められて苦しむ。世間体と自分の夢とのギャップに。特にこの時代は、男は家族の世話などをするという大人社会での暗黙の了解(じゃなく、しっかりとルールとしてかも)が非常に強かったので。それともう一つ。あまりに食えなくなった彼は、その当時の風潮に歩みよりを見せる。が、それでも食えない。そして愛する人とも離ればなれになり、酒におちていく…。彼の体が病魔によって蝕まれ、最期が近づく。

そこで彼は大きな災いを燃えあがらせる。彼の描いた絵をたった一人、病いに蝕まれた体で何十キロも歩き、売りに行くのだ。金のために。残された彼の廻りの人々のために。何という情念。天才というのは、どうもクールなイメージがあるが、そんな生温かいものじゃない。まさしく、彼の最期の災いを指して、この行動に対していえるのではないか。

天才は初めから、そのことに対して脳力が抜きん出ていた人、器用な人を指すことばではない。むしろ正反対だ。自分の本当にやり遂げようとする仕事に自分の全感性を費やす人を指す。そこには小手先の倫理はいらない。行動が全てだ。

 

彼の廻りの抑制が厳しくなってきたとき、寺の坂戸に船針を焼きつけて描いた「海景」。この1枚の絵から絵に対する忠誠心がにじみ出る。俺は、ここまで歌を求めているだろうか。いや、まだまだ足もとにもおよばない。今の時代がそうさせたなんて甘え、言い駅に過ぎない。豊かになり、一見なんでもできそうにみえる盲目の時代。自分は抑えつけられる苦しさを実感できずに安易に自由を求めてないだろうか?オレが本物の歌を歌えないヒントが、つまっていた。

 

 

スタジオ実習感想   497

スタジオ実習感想   

 

 

自分の理性を解き放ちたかった。少しだけ感覚としてはあったように思える。しかし、放りっぱなしになってしまい、冷静な部分がなかったように思える。でも、合宿で得たことを少し生かせたような感じがあり、今までよりはよくなっているようだ。

 

ことばをごまかしてしまった。完全に頭に入ってなかった。心に入ってることばは忘れないと思っていたのに所々、抜けそうになった。

 

「煮つめが足りない」先生のことば。自分に言われているように思った。ことばも音も風景もすべて身体の中につめ込み、染みわたるほどに煮つめなければ、本番をやる資格はない。

 

とにかく自分で納得するまで練習すること。そうなっていない時点でステージに立つな。聞いている人に失礼だ。感情→体→息→声が一つになるように、歌詞を伝えようと精一杯努力する。それが本番で出せるように。

 

課題曲:最初の「愛の〜」で、すっと曲に入り込んだ感じ。集中できた。合宿以来のテーマ、「解放」。サビの一歩手前で、もう無意識のうちに助走に吸い込まれてサビでばんっと解かれた感じ。手や体もしぜんに動いていた。練習では力んでもできなかったのに、本番では力を入れないのに、すっと大きな声が出た。

 

「これは伝えたかもしれない!」と思ったところを見たら、「一人よがりになりがち」とはこのことかと思った。本番で練習以上のものか出るのはいいが、練習で「热成」させたものがないと、歌に底力がつかない。

 

最後に先生がおっしゃっていたことですが、煮つめて煮つめてここまでやったんだぞというところまでやってこないと、前に出て歌ったときに緊張などのたくさんのものに押しつぶされて自分というものが少しも出せないというのが、よくわかった気がしました。