一流になるための真のヴォイストレーニング

福島英とブレスヴォイストレーニング研究所のレッスンアンソロジー

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私の家の近くには江戸川が流れている。その河川敷きで知り合った、サックスを吹くおじさんが、アマチュアのJazzバンドを組んでいて、練習を見せてもらった。今までJazzとは無縁で生きてきた私だったけど、その気持ちよさに、今、心を揺らされている。生演奏だったせいもあると思うが、ベース、ドラム、ピアノ、ホーン、その一つひとつがとても活き活きした音を奏でていた。そして、ベース音の心地よさも知ることができた。とにかく、今まで味わったことのない“音のぜいたく”を感じた。陽気さのなかに何とも言えない切なさ、暗さ、そして人を酔わせる色気が漂う。“Jazz”ってすごくエネルギッシュだと思う。また、ホーンの音色の迫力も感じた。人の声と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上のパワーを感じた。「スキャットでもいいから参加しなよ」と誘われて引いてしまった私だったが、音楽に耳を澄ましていると、何かがこみあげてくる。今度行ったときは、勇気を出して思いのまま声にしてみようと思っている。生まれて初めて“音楽に触れている”と思った体験だった。

 

まず、自分が生きのびること。そして生命を引き継ぐ、次世代を生み出すこと-これがすべてで、そのバリエーションとして、この世ではいろんなことが起こり、笑ったり苦しんだりする。生きのびる気力のなくなった人には、たとえ1日でも、もうちょっと様子を見ようと思ってもらいたい。自分の周りの人だけでいいから。と思うが、自分に力がなさすぎる。どうしても強くなりたい。

 

自分も含めて、というか特に自分なのだが、私の生活範囲のなかで身近かな人々は、「自分に対する欲」が少ないと思う。物欲、名誉欲、金銭欲などではなく、「自分に対する」欲である。それはいわゆる向上心とも言えるだろう。自分がもつ自分の理想のイメージに近づきたいという気持ちが足りないのだ。あるのだが、弱いのだ。何がなんでも手に入れる、死に物狂い、という感じではない。これがなくては、歌など歌えないのではないか。

 

今日、研究所に来る途中、花屋さんに桜の花(もちろん寒桜)が売っていました。急に季節を切り取ってきて目の前に出されると、特にあのような期間限定品については、とても奇妙な感じがしました(印象的)。同じものを時系列に並べないというのも、一つの表現かなと思いました。。

 

NHKの趣味講座「シューベルトを歌う」のテキストに、米山文明氏が、「日本公演で来日していたリート歌手のF.ディースカウ氏の泊まっているホテルに診療に行ったら、部屋の空調の吹き出し口に水で塗らした新聞紙で目張りがしてあり、彼の自己管理の厳しさに感心した。」というような文章を載せていました。

 

以前オペラ歌手の林泰子さんが雑誌のインタビューで「加湿器のないホテルに泊まったときは、悪いと思いつつ部屋に水をまきます。」と答えていたので驚いたのですが、それだけ乾燥はのどに悪いのだなと思いました。私はすぐ、のどを痛くしてしまうので、加湿器をつけるなり、マスクをするなど、自分なりに工夫してみようと思いました。(それにしても、少し前まで主流だった石油ストーブは、上に水の入ったやかんを置けば蒸気が出るので、わざわざ加湿器を買わなくて済む。意外に合理的な面もあったのだなと思いました。)

 

昔、父親が「わからなくていいからセサミストリートを見てろ」と言って、日本の幼児番組はあまり見ませんでした。で、たまに見ると(たとえば“おかあさんと一緒”など)一番感じたのは、音楽がひどい!ということでした(子供心に)。自分たちに素養がないのか、はたまた子供の音楽感覚をばかにしているのか…。セサミでは、ジャズやソウルも使っているのに!(やってる内容もかっこよかったですし)。。

 

テレビにジャズのドラマー、ジョージ川口さんとその息子が出演していた(トーク番組)。そのなかでジョージさんが「とにかくどんなときでも毎日たたくんだ。毎日やんなきゃだめなんだ」といってたことば、そのまま歌にもあてはまる。一流の人が考えていることは、どんなことにも通じる。

 

メッセージではありませんが、真剣になれる環境があることはありがたいことです。先生も、私のやる気を増幅させてくださり、そして真剣なまわりのみんなを見ていると、しっかりしなければと思います。

 

ミュージックビデオがTVで流れていました。といっても、なんということもないものでした。が、ふと気がついて音を消すと、映像はなかなかがんばったものでした。街のなかをウォークマンSONYではなくKENWOOD)を聞きながら歩いていると、とてもよい音楽というのは風景、特に人々をやさしく見せ、いとおしく、また何か切なくみせるものだと思えます。その逆で、大したことない音楽、おざなりにつくられたものは、美しい映像もなんということもない存在に見せてしまうのだろうかと思いました。。

 

姪は1歳と2ヵ月になる。もう歩くし、こちらの言っていることはわかるようだし、いろいろまねる。名前を呼べば「ホイ」とか「コイ」とか言い、歯を見せて「シシシ」と笑う。音楽を聞くと踊り出すのを見て「こういうのって人間の本能なんだナ」と思わされる。マラカスを持って奇声をあげ、踊り回る。不思議な「子供」という生きもの。

 

歌を習っていた先生がよく口にしていたことば。

「音楽は君の思想であり、生き方なのだ。」~C.パーカー~

 

最近、ディジュリドウという楽器を練習している。唇のふるえを竹の筒のようなモノのなかでひびかして音を出す楽器です。息をたくさん使うので、息吐きの練習にもなり、とてもイイです。

 

切なさと震えるような繊細さが、たくましいひびきのなかに同居する胡弓という“声”が、とてもよく表現されていて、特にリズムのあるものでは、声という“ブレス後の一音目”のような胡弓の駆け出す瞬間の勢いが、とても小気味よく聞こえるアレンジがされていたように思います。決して胡弓の前には出なくても、すべての端々をきちんと捉え、自分の世界をもきちんと立たせ、胡弓の世界の陰影をくっきりと出している(個人的には生ピアノ(?)はもう少し、大きい方がよかったです)。つらいことが重なったとき、気が張っているとき、ちょっと涙腺まずいかな、というCDでした。。

 

あー。まだ同情して欲しいとか…。そんな気持ちをたくさん私はもっている。嫌だなぁ。もっと強くなりたい。願わくば誰か(身近かな人間でも)を救えるくらいの強さが…欲しい。

 

ものまね王座決定戦」をみていたら、ゲストの黒人ヴォーカルのハイパワー&ハイトーンの声が会場中に満ちたとき、誰もが立ち上がって拍手をしていた。まるで野球やサッカーの試合のように会場が湧いた。きっと生であんな声を聞いたのは、初めての人が多かったんじゃないかな。日本でも、誰にもできないことは認められると思った。

 

危ないところだった。失望から絶望にまっすぐ向かうところだった。悪い思考パターンにはまってしまうところだった。危ない、危ない。貸してもらった「相田みつを」さんの作品集の中に「欠点まるがかえで信ずる」というのがあった。これだな、これしかあるまい。「個性というのは、その人の欠点だ」といってる方もいるらしい。私は、生きているから歌うのであって、歌うために生きるんじゃない。日々の生活、考えていること、感情、想い、人間あっての歌だと思っている。

 

今の自分に満足してはいけないけれども、認めてあげることは必要なんだと思いました。少しでも前進できるヒントっていろんなところにころがっているので、いっぱいアンテナを広げて、いろんな人と接してみようと思います。

 

「待ち時間」について。人は、それぞれ一生のうち、何かを“待つ”という時間をトータルしたら、どのくらいになるのだろうと、ふと思った。日常の、ホームで電車を待つ、とかトイレの順番を待つ、待ち合わせた人を待つ、レッスンの開始を待つ、パンが焼けるのを待つ、白馬に乗った王子様を持つ、待っているときの、あの制限つきの空白は、人生のなかでどんな位置にあるのだろう。待っているものが確実に来る確率は、どのくらいだろう。私の友人は、タイで働く婚約者からの電話を毎晩、待っている。

 

中学1年のとき、ブラスバンドクラリネットをやることになったが、1年生はヒドイ楽器を使わせられた。先生が吹いても音が出ないようなやつ…。そんな楽器でも、音を出さなければいけないから、それに合せた変な身体の使い方になってしまった。あとに、まともな楽器を使わせてもらえるようになってからも、そのクセがとれなくて、余計な力が入ってしまい、苦労した記憶がある。最近、身体を歌の楽器として使うトレーニングをしながら、そのことを思い出し、自分の身体は、最初はどんなに使いにくいヒドイ楽器であったとしても、自分自身で、どんなふうにでも変えていくことができるからおもしろいし、楽しいと思った。

 

ある深夜番組で、ベトナムと音楽との関わりみたいな内容を見ました。ベトナムの人は、昔、普段の生活の会話を歌いながら過ごしていたときがあったらしい。ベトナムの昔の女性は、自分の問いかけの歌を男性に歌い、それにふさわしい歌が返ってくれば、その男は一人前とみられているときがあったそうだ。取材の人が帰るときになって、ベトナムの女の人が「帰らないで、どうか行かないでください」という歌をプレゼントしていた。とてもしぜんだった。歌っているという感じもなく、どちらかというと語っている感じだ。なんで私は、あんなしぜんになれないんだろう…。

 

自分の名前がものすごく難しいことに気づいた。腰のあたりに重心をとってしっかり体を使って言い切らないと、何を言っているのかわからなくなるので、ことばのレッスンなどと合せて自分の名前をトレーニングの材料としていこうと思う。

 

エイズ問題でがんばっている川田君という人を見て、自分の死を覚悟して生きていくということは、どんな気持ちなんだろうとたびたび思うことがある。「自分がここまで生きられると思っていなかった」と以前、彼は言っていた。かわいそうな人だと、他人事で見ている自分がなんだか情けなくなってきた。私は今、特別に大きな病気にかかっているわけじゃない。生きているのがあたりまえだと思っている。違う。あたりまえなんかじゃない。一つひとつに対して、命をかけること、明日自分が死ぬかもしれないと思いながら生活をする勇気が、私には全然ない。もしかしたら、こういうことを考えることが、とてもぜいたくなのかもしれない。

 

最近思うのは、リラックスの必要性。つい「こういうふうに見せよう」みたいな焦りとか、変に構えすぎたり…というのがいかん。人には火事場の馬鹿力がある。本当は、ごくしぜんにもっているものすごい力を瞬間に振り絞ることができる。結局は、みんなにとって、人間にとって難しいのは、「ものすごい力」でなくて、「ごくしぜんに」の方だと思います。

 

会社から帰る電車の中で、インドのタブラ(たいこ)が聞こえた、と思ったら、インド人がしゃべっている声だった。声と楽器ってつながってるんだ、とあらためて思った。日本人の話す声って、何の楽器に似てるんだろう。(外国人には、機関銃に聞こえるようです。Ei)

 

この間のツアーでユーミンのバックコーラスをしていた女性と出会った。しゃべっている声も魅力的で礼儀正しくて、次に何を言うのか楽しみにしてしまう人だった。ある人の「もし、のどがかれてしまったときに、早く直す方法がありますか」という質問に対して、「のどがかれないように声を出すのよ」とあっさり言っていた。私は彼女よりも、もっと孤独な上の世界に行こうとしているのに、基本的なことでさえ、まだ負けていると思った。

 

外国語と日本語の違いを考えるようになりました。まずは、気持ちを伝えるという点で見ていると、外国語はテンポも強弱などリズミカルだし「伝えよう」というパワーを感じる。でも日本語は(現代の)、一本調子でさらには気持ちを遠回しに伝えようとしている。たとえば比喩などのバラエティはとんでいるけれど、音として聞くと、とてものっぺりとしている。日常の生活のなかでも、この日本語でいかに自分の気持ちを深く、でも素直に伝えていくのかを意識していこうと思う。

 

 

私なら研究所をこうする、こうしたい これはなかなかおもしろい仮説ですねぇ(笑)。言い換えると、私が福島英先生だったらということだとしたら、100パーセントありえない仮説なので、怒る気にもなれないぐらい好き勝手なことを書いていきましょう(こんなことなら、もっと東京の状況を調べておけばよかったですねぇ(笑))。

まず、たくさんいるレッスン生を分けてしまう、もちろんほとんどのレッスン生は最下層(土台とも言う)である3軍に置いて適当にやらせておく、狙いは「自主性にまかせる」ということ。冷たいようだけど、はい上がってこれなければそれまででいいと思う。でも何人かは強いモティベーション(動機づけ)を持って、はい上がってこれると思う。ナァナァで甘えさせない。1軍は、力のあるなしに関わらず「こいつは!」という人を集めてチャンスを与えてやる、個々にチャンスを与える(もちろん、すぐに役とかではなくまず、オーディションに行かせて、受かればもうけもの、落ちて帰ってくるレッスン生をみて喜ぶ(笑))と同時に、この軍団で何かやらせてもみる。

「これは劇団ですか?」と人に聞かれる。「いいえ、音楽集団、もしくは声楽集団です」と私は答える。何をやるかは、この軍団で考えさせる。でもたぶん、みんな考えつかないだろうから(笑)、「“ウエスト・サイド・ストーリー”と“マダム・バタフライ”を足して2で割ったようなエチュードを作ってみてはどうか(オリエンタルなウエストサイドというのが頭にあったりする)」などとケムにまいてやる(笑)。

企画、脚本、ここの軍団、でもたぶん、みんなロクなものをつくってこないだろうから(笑)、私ないしはプロで脚色し直す、で実際やらせてみる。でもたぶん、これもロクなものにならないだろうから(笑)、もっともっと頑張らせてみる。お客さんも1回目は500人でも2回目は5~6人になるかもしれないし、5千人になるかもしれない。あるいは3回目は50人ほどになるかもしれない。それはそれでおもしろいし、勉強になる。ここの軍団でダメになりそうな人は気持ちよく2軍へ落とす(笑)。ここの軍団では個々のライヴもやらせてみる。でもたぶん、これもロクなものにならないかもしれない(笑)。

「一体、何を教えているのか?」個人の信頼なんてどうでもいいけれど、ここの信頼はそういうわけにもいかないので、そう聞かれたら私はこういう言明を発表する。「まあ、聞いての通り、ここというのはなかなか高度すぎてレッスン生はとても試行錯誤しています。おそらく彼らと同じ世代のプロでも試行錯誤することでしょう(くやしかったら来てみなさい、というのは、ノドまで出かかって止める(笑))。しかしながら、ひたむきさがあるのなら、私はそれを買いたい。そのひたむきさを芸に結びつけようとしているのなら。私は、ここの本通りの技術をただマスターしたヴォーカリストを輩出するよりも-もちろんそういうヴォーカリストも輩出したいけれど-むしろ、時空を超えて多くの人に訴えかけるアーティストやプロフェッショナルを輩出しようとしているのです。」

数年後、若者に強烈に訴えかけるカリスマ・シンガーと、音楽と事業を難なく両立しているパワフル・ヴォーカリストと、新R&Bの女王と、新ヘヴィメタルの女王と、そしてアジアに世界に名をとどろかせるスーパーロックスターが一つのステージに一同に会する。彼らは最初はロクなものをやっていなかったここの軍団のメンバーであり、しかも驚くことに未だにそれぞれここのレッスンを受け続けているのである。「ここの終わりはない」と私は言う。(京都5年生)

 

 

親も安心する安定した仕事、それなりの評価、そして今、私を必要としている人たち。道というのは才能では開けない。ただただ、積み重ねの練習、絶対量がものを言う。私のちっぽけな自意識やプライドなど問題ではない。そう、私の生き方やら想いなど、本当はどうでもいいのだ。歌を通して、それが伝わっていないのなら、何の価値もない。どうして私は、今に満足しないのだろう。さらに、うまく美しい声を出したいと思うのだろう。周囲を見回して、このなかではまあまあの方だとよろこばないのだろう。朝、歩きながら、その一歩一歩にお腹に力を入れて、筋肉を少しずつ動かしながら息を吐く。机の下で両足を上げてお腹をしめる。まっすぐ立つよう気をつける。音楽のためでなかったら、誰がこんなきついことやるか。昼休みのストレッチも腕立ても、男のためではない、歌のせいだ。では何のための歌なのか。金のため、人のため、音楽のため…。

 

 

私が一番、幸せなのは、歩きながら歌うことだ。子供のときからだ。一人で歩くとき、歌うのは普通のことだった。私の通学路は「冬景色」と「山の娘ロザリア」を今でも覚えているに違いない。中学では、さだまさし、合唱曲、高校では「故郷を離るる歌」「椰子の実」、本を読むのと同じくらい、歌は私のものだった。

今の私の道は、「オー・シャンゼリゼ」や「恋しくて」をよく聞いている。風や空気が気持ちよくて、歌うのがとても楽しい。地下でピリピリした空気にさらされているときより、ずっといい。でも、そのことを意識して考えられるようになっただけでも、ここに来たかいはある。今のままでいたい私もいる。でも、変化したい私は、もっと強い。だから私は、何かを探してここにいるのだろう。自分のなかの答えをさがす手がかりをみつけるために。

 

 

ひょこりと1つおじぎをして

君が心の中に入ってきた

下を向いたままだったので

顔がよくわからなかった

 

君は僕の心の中で

日ごとに愛を育て

僕の心ははちきれんばかり

 

友達は「つめたい」と僕をなじった

「君の顔や君の名前や

 君のスカートの長さ

 そんなのどうでもいい」と僕が言ったから

 

ただ僕は

君が君でいてくれさえすれば

それで それだけで

よかったのだけど

 

3日前だったろうか

ボワンとにぶい音がして

僕の心はパンクした

 

たぶんその時だろう

君が出ていったのは

後姿だったので

顔がよくわからなかった

 

 

 

Chain of Love

 

You can chain me with your love

'cuz I feel I'm yours

I don't need to be free anymore

I'd like to feel your arms surrounding me

I wonder why I'm so happy when you smile

Can I also make  you happy?

Please tell me before the dawn will come

How do you love me, show me your way