合宿特集Ⅲ
(4)参加者の感想レポート(提出順、提出者のみ)
NO.1
班のエチュードのときは、自分一人だけでも勝手にやろうとは思っていたけれど、作品として出すためには、そんなにエゴばかりではやっていけなかった。発表を次の日に控えた夜の練習で、班のみんなにキツイことを言ってしまった。自分の声もでないイラつきもあったとは思うけれど、何かがまんができなかった。
「自分に厳しく、人には優しく」がベストとは思っても、人にあたるのもおかしいとは感じたけれど、どうしても言わずにはいられなかった。あれだけみんな口では「解放したい」と言っている割には、いざやると、全然、解放されていな!い。私は本当に真剣に取り組んでいたから、みんなにも本当にやって欲しかった。全力を出しきってもいないのに「今のはよかったね」なんて、みんなが満足しているから頭にきてしまって、「本当にあれでよかったと思っているのか」と言ってしまった。
場が沈んでしまって、班の中の一人が「じゃあ、どうすればいいの」なんて聞くから、もうさらに怒りを通りこして呆れてしまった。「そんなことは自分が一番よくわかるでしょう」という言葉ものみこんでしまった。唯一、救いだったのは、私と同じ気性の人が一人いて、結局、二人でキレてしまった。
一応、そのままというわけにもいかず、班で部屋に集まってミーティングをした。「みんながやれるのに、やらないから。私はやれる人にしか言わない」と言いたいことを言って、みんなにも思っていることを言ってもらって、とりあえずみんながんばろうということで、結論が出た。
結果的に作品としての出来はともかく、班自体のまとまりがとれたことには満足している。他の班ではなく、この仲間たちとやれてよかったと思う。演技をしないこと、みんな各自、思うままに自由にやること、決めつけないことを上においていた。
班での発表というのは、やはりある一定の枠内で、個人があまり主張しすぎるわけにもいかず、かといって、そのままおさまってしまうには納得がいかない。そのバランスの難しさを感じた。勉強にはなった。
私は戦っている人がとても好きです。自分に対して厳しい人が好きです。
合宿後、思っていたとおりに、より一層、仲が深まっているようにみえる。なあなあと甘えあって、群れたくないから、離れたところでそういうのをみていたりする。よいか悪いかは別として、空気がここの中が変わってきているなと感じる。新しく入ってきた人にもよるけど。みんな仲がよいなと、つくづく思ってしまった。一人ひとりはとてもよい人だけど、群れてしまうと。個人的なことで言えば、旧スタジオみたいに、もっとBの人たちがいた頃の方が、ピリピリとはしているけれど、その緊張感がよかったりもした。今さら、うだうだいっても仕方ないから、まず一人でがんばって、さらにエネルギーをもっている少数の人とやっていきたいと思う。
合宿から1ヵ月過ぎ、大きなきっかけをつかんでから、自分の中で歌に対する価値観や認識が変わった今までは、自分が表現したいものは、別に歌でなくてもよくて、文章であれ、踊りでも何でも可能だと思っていた。それはもちろん、可能ではあるけれど、歌でなくては、どうしてもという訳ではなかった。だから、いつも迷いつつ、人が私に「なぜ歌をやるの」と問うように、自分でも確固たるものがあったわけではなかった。その分、つかむのに悩んで時間がかかってしまった。どうしても耐えきれなくなって、フラついて何度も逃げた。何度もやめようと思った。だけど、どうしても最後にはここに帰ってくる。戻るのがわかっていて逃げたわけではない。歌を歌うことが嫌で嫌でたまらなかったこともある。快感よりも苦痛のことの方が多かった。正直いって、心から楽しいとは思っていなかった。
それなのに、この2年間やり続けてきて、やっとみえてきた「これだ」と確信がつかめるようになってきた。「逃げなければ、もっと伸びたのに」と, 言われたけれど、私にはこの2年間、確かに時間はかかったけれど、人には無駄だと思われても、私には全然、無駄ではなかったと思う。むしろ、それぐらい必要だったというえ気さえする。それがあってこそ、今の自分があると思える。もがいた分だけ、今、確かな手ごたえと喜びを感じている。これで本当の意味でのスタートができる。やっていける。また大きなつまづきがあって、悩みごとはあっても、もう逃げることはないと思う。この2年間は、声の勉強ばかりしていたはずが、本当は実はそれ以上に人間としての自分の勉強をしていたのではないかと。声をトレーニングしているつもりが、自分自身をトレーニングしたのではないかと思う。今、改めてスタートしてみると、まだたくさんの課題と問題がありすぎて、今までは歌以前のことでみえなかったけれど、ものすごくいろんなことが山積みになっている。2年間とずっと思い続けて、結局、何にもできず、一人でもろくなトレーナーにもなれず、情けないばかりどうやら何をするのも、人より時間がかかるようだから、今は長期的なスタンスをとることにした。
声だけに関しても、まだまだ全然、何もかも足りない。大きな声ではなく、深い声。深い深い声。人間の深さがそのままあらわれる声。そのためには、人間的にももっと成長しないといけない。もっと深みのある人間にならないといけない。自分が育ってきた過程、とりまく環境、そして未来と、すべてを受け人れていく。移ろいゆく四季は感じながらも、時間に感わされないように。年齢とかで区切るのもおかしいけれど、あと5年すると30歳になり、そして2000年になる。その頃までは、まだじっくりとやっていこうと思う。ワインみたく時間をかけていくほど味わいぶかくなるように。5年後の自分はどういう声をして、どんな歌を歌うようになるのだろうか。単に良ければよいというわけでもないから、1年1年勝負してやっていかないといけない。それは不安でもあり楽しみでもある。山に後るのは好きだからよいけれど、足をすべらせて落ちてしまわないようにしないと。あとは、熊とも戦わなくては。
一時期、日本から離れたくて、飛び出したくてたまらなかったときがあった。日本の状況、環境、思っていることも言えないいらだち、いろんなことに嫌気がさしていた。今も行けるものなら行きたいとは思う。ただ、本気で望んでいるのなら、もう何があってもとっくに行っているとは思う。でも、今の自分は、まだやらなくてはいけないこと、ここにいるからこそやれることがあるような感じがする。いつか、自分にとっての時期がきたら、行ってみたいと思う。ただ、それは今ではない。それだけはわかる。ならば、今ここで、なすべきことをやるべき。そう思う。
環境といえば、合宿に行ってからさらに状況が悪化している。徐々に現状に対応できなくなっている現実と直面して戦っている人は本当にすごい思うし、またそうでなくてはいけないと思う。でも私にはもうできない。耐えられるはど我慢強くない。はまりやすい性質というか、周りがみえなくなるというか、歌のことで頭がいつはいで、他のことがどうでもよくなってしまう。それがよくないことだと知りつつも、どんどんはまってしまって、それ以外のことは何にもしたくなくなる。声ばかり考えているから、部屋の中で遠慮しいしい声を出すことも、接客で心もち高めのトーンで話すことも、日常会話でも、ある程度、抑えて話すことも、すべて気になって、へんなストレスがたまってくる、うわーっと叫び出したいときもある。今までは息を吐いていたけれど、何で抑えないといけないのかなと。思いっきり話してみたいし、自分の意見を言いたい。そういう意味もあって、向こうに行ってみたかったのだけれど。
先日、中古CD屋でハードロックががんがんにかかっているのに、そこにいた外人の男性の声の方が大きいのに驚いて、感心して、そして悔しかった。私は何年トレーニングしても、かなわないのかなと思った。ただ、それでも向こうの人に通じるぐらいになりたいとまだ思ってしまう。本当のものをみえる人たちの前で歌ってみたいと思う。伝えたいものが伝わるのかどうかやってみたい。私自身が噓やまやかしにまみれていないかどうか。以前の私のように、もうごまかしや嘘を自分につきたくない。正直な自分が認めてもらえるのかどうかが知りたい。やってみたいと思う。
いつも感じることだけれど、どういうわけか人に助けられるというか、支えられている。守られているという感じがする。それは、ここに入る前からも、「もうだめだ」と思ったときほど、タイミングをはかったかのように、人から救われてきている。ここにきてからも、やっぱり何度も助けられている。これはどういうことなのかなと。私はエゴの固まりだし、みんなに何にもできないのに、それでも支えてもらっている。親も友だちでも先生からも。それはとても恵まれていると思う。ただ、甘えているのかという気もする。
私の側にいる人は、何に対しても一人で戦っている。彼女の方が強いのかも知れない。本当にアーティストとしてやっていくのであれば、打たれ強くならないといけないのかも知れない。ここにいることも、先生にへばりついていることも、こうしてぐちぐち書いていることも、すべて私の甘えからきているのか。本当に戦っている人は、何も言わず、ただひたすらやっている。それで私はと言えば。だらしないけれど、まだ1人では立てない。ハイハイすることはできても立ちあがることすらできない。いつまでもすがっていく気持ちはないけれど、いっかはちゃんと立てるようになるつもりだけど、まだ無理。情けないことに。以前なら、絶対に自分の弱さを認めなかったし、みせなかった。はったりでも何でも、そういうところは出さないようにしてきた。それが、いつの間にか弱い面もさらけ出すようになってきた。自分が強い人間であると同時に、もろい人間であることがわかった。素直になったのか、どうしてなったかはよくわからないけれども。
支えてくれる人々に感謝とともに、また、今こうして自分が歌を歌えることも感謝しつつ、少しずつ前に進んでいきたいと思う。うまく歌えなくてよいから、すごく歌えるようになりたい。いつか先生にもすごいと思われるようになりたい。自分の中で、また新しい動きを感じながらー。
N0.2
私はみにくい人間、弱い人間、もう何年もそう思って生きてきた。生まれたときからそうだったわけではない。けど生まれてからまだ20年もたっていないのに、そのことに気づいたのは私にとって決して不幸ではなかったと思う。人に何を言えば嫌われるか好かれるか、ということを幼き頃から私は知っていたし、どういうことをすれば誉められ見返りをもらえるか私は知っていた。傷つけられるのを誰より恐れた私は、いつの間にかそんな術を身につけており、そのことを自分自身で悟ったとき、私はヒーローにはなれない人間だということを知った。そして、他人の行動や話す内容を見て聞いて、その人の裏に隠れている真実のようなものを自分自身に照らし合わせ、客観的に自分を見ることによって見い出すことができた。よって私は、他人にはその人が求めている行動、そしてことばを発っせ、どんなときでも誰に対してもいい人を演じていた。
ある小説の中に「誰からもいい人と言われる人が、誰に対して一番いい人かっていうと結局、自分に対してなのではないか」ということばが出てくるが、まさにその通りである。私は私がたまらなく愛しい。その思いはきっと生涯、永遠に変わることはないと思う。そして弱い人間であるからこそ、いい人に疑体した日常生活の私と本当の私を割り切れず、はけ口を探し、そして歌う。私は叫ぶ。強がりでも見栄でもなくて、それが合宿に行く前から自負していた私の私に対する評価である。
合宿に行ったから、あの時間を過ごしたから、こんなふうに考えをもったわけではない。では、あそこで得たものは何か?と聞かれたら、それは私の中の純枠な分の発見ということだ。今ま私は、なぜこんなみにくい姿をもってしまったのだろうと思っていたけどそれは、おそらく多くの人間も隠したり気づかない振りをしたり、本当に気づかなかったりしているものだとも思っていた。しかしあの時間の中で、さまざまな出来事が複雑にからみ合ったあの時間の中で、私はすべての人間は必ず私と同じものをもっていると確信した。そして叫べなければ息きていけない叫びたいと思う。自分の中に純枠さを見いだせた。多くの人間が、隠したり認めたがらなかったり、気づかないものを、私は叫ぶことのできる、そして叫びたいと思う、そんな自分がはじめて誇りに思えた。それは自信にかなり近いものであり、それハをもった今の私は、本当に前を向いて歩ける人間である。
長い’間、抱えてきた重いもの、やっと今、軽く感じられる。長い冬は終わった。私が終わらせた。あの時間の力を借りて、私が終わらせたのだ。が、弱いみにくい人間だという思いは、今でも残っている。目立ちたいとか一目おかれたいとか、こんなふうに文章の書き方をするのも、だからであろう。感想文とは違ってどちらかというと報吿のようになってしまった。所詮だがされど、というニュアンスで今、私は生きている。
N0.3
合宿での3日間を振り返って思うことは、朝から晩まで、ずっと歌っていられて幸せだったなあということです。うまく言えないのですが、実際は「アー」ぐらいしか、ことばは使っていないのに、歌っていたと感じられたことが、私にとっては大きなことです。ことばじゃなくても気持ちは出せる。「アー」とか「ウー」とか、そういう中にも気持ちを練り込んでいける、そういうことはいろんな人の歌から、なんとなく知っていたことではあったと思いますが、頭でわかるだけじゃなく、体でわかりつつある気がして、少し方向性が見えてきた気がします。
あと、やはりモノトークが印象深いのですが、全員のを間くと、皆、似たりよったりのことを考えているのだと思いました。そういうこと考えているのは、特別なことじゃないし、ましてだから歌を歌うというのでは、こういう世界では通用しない、歌が好きでとか皆があってたことはあくまで土台で、あたりまえの話で、その上で何をどうしたいとか、具体的に何かをつかんでいないとだめだと思いました。そういう意味で、どうして歌なのか、どうして音なのかという理由が見えてくるきっかけになった3日間であったように思います。
発表会のモノトークで私が語ったことは、歌へ目覚めるきっかけにすぎない。今、見えてきたものが歌う理由のーつになるような気がします。
迫記:最近、念願だったダンスを始めました。ずっと真剣にやってみたいと思っていて、歌にもいい影響があればいいかなと思いつつ始めました。合宿後に受けたレッスンですごくおもしろいのがあって、宗教音楽のような曲で、ちゃんとした歌詞ではなく「アー」ということばで歌われていて、木や大地や命、地球をいつくしむという内容ということでしたが、その曲にのって感じたままに踊ってくださいというレッスン(結局、簡単な振りはあったのですが)、そのとき、意外にも先生が私の手をとって「あなた今のすごくよかったわよ」と言ってほめてくれたのです。ホント初心者だし、ポーズなんてなってなかったと思うのですが…。私はそのとき、ただ曲を感じて気持ちを出すことに集中してたように思います。きっとそれがよかったと思います。踊るとは、こういうことを言うんだと、このレッスンで気がついたんです。
でもこのことは、軽井沢の合宿に参加してなければ、きっとわからなかったと思います。「歌う」と「踊る」の違いはあるけれど、合宿でのレッスンと非常に近いことをやっていたんだと思います。歌うことだけでは、はっきり気づけませんでしたが、踊ることではっきり見えてきつつあると思います。踊るとはこういうことなんだ、歌うとはこういうことなんだと、今まで上っ面な部分でしか感じられませんでしたが、それが見えてきて、今はすごく楽しい。音に身をまかせて表現するってすごく楽しい。今の時点では、歌うことと踊ることは、私の中で同じことのように思えます。ことばで声で気持ちを出していくか、体のみで出していくかの違いだけです。
今は合宿に行く前の何佶も、ナゼかワクワクしています。合宿のとき、私は「自分が受けたショックを他の人にも与えたい」と歌に向かっていましたが、今は声のなかに音のなかに気持ちを出せたり、音と気持ちが一体になる瞬間が楽しみで、その瞬間が1秒でも長く続くようにと歌に向かいます。ことばにすると全くうまく言えないのですが、この経験も含めて、合宿のことを振り返らなければ完結しない気がして、書きました。
N0.4
日常の常識とかに縛られているなかで、声や体を解放することは初めは非常に難しかった。感情を表現するのも自分に我があってはなかなかできない。軽井沢というあの場所で緑に囲まれた空気のいい、日常とはかけ離れたところだったからこそ、その力をかりて体も声も解放されていったのではないかと思います。
初めて合宿に参加してみて、初めは普通にいつものようなレッスンを、もしくは多少、変わったものをスケジュール通りにこなしていくのかと思っていたんですが、実際やった内容は、自分が思っていたものとは全然、違っていて、今まで経験したことがないような内容でした。歌という表現手段を選んだ同じような志をもった人たちが、あれだけ集まってみんな同じ一つのものに夢中になった。
先生も言ったけど、やっぱりハタチを過ぎて大人になってくると常識に縛られてなかなかああいうことをまじめに、真剣にやるのは難しいと思うのだけど、みんなはハタチからみたら、ばかじゃないかと思えるかもしれないことを、真剣になってやった。熱中していた。だからみんな、あれだけ自分の感情を表に出せた。あれだけの空間の中にあれだけの場を創れた。自分をさらけ出した者同士が感じられる連帯感みたいなものを感じた。胸が熱くなった一瞬もあった。おおげさかもしれないけど、おお、俺は今生きてるな、なんて思えたりもした。暧かい気ちにもなれた。やさしい気持ちにもなった。歌うための何らかのきっかけになったと思います。
今回の合宿で白分は歌い手として相手に伝えるうえで最も大切なものを学んだような気がします。そこいらの旅行をするより、印象に残る密度の濃い時間だったと思います。合宿中は、みんなとてもいい顔をしていて、自分をあれだけ笑ったのは久しぶりでした。あの場と貴重な時間を与えてくれた福島先生や事務の方などに感謝すると共に、一緒にあの空間を創りだした、合宿に参加したみんなにお礼を言います。
N0.5
今回の合宿。こんな感想はもちたくないのだが、正直言ってどうも消化不良で終わってしまった感がある。感きわまって涙する人、すっきりした表現になっている人、皆「よかったね」と満足そうで、何かがわかったようなことを言っているのに、僕は目標も達成できず、満足とまでいけなかったので、なおさらに思う。
この合宿、僕には重要だったし期待していた。僕は歌に賭けている。そのため夢や大切なものを捨ててきた。そして毎日、稽古を重ねてきているのに、何も見えてこないし、進歩が感じられない。入って1年半になるが、ずっとである。この現状を打破しなければ。「心と体の解放」…僕はこれができていないのかもしれないと思えたから、逆にこれ(合宿)によって道が開けるかもしれないと期待した。実際、僕は一所懸命やった。リラックスしようと意識を集中させようとしたし、これだと期待できるモノトークにしたかったから、深夜を過ぎても何度も何度も書き直してねばっていた。エチュードでも、その感情に人り込もうと真剣だった。なのに、どれも、「これだ」と思えるところまで達せなかった。いろいろ原因を考えてみた。まずモノトークで負けていた。自分にはやはりどうしても、きたない自分を隠し人に嫌われたくないという気持ちがあった。そして発表前日、それじゃだめなんだと改めて考え直した。結局、バクロ大会ではないので、本番では具体的にはそのことには触れなかったのだが…。自分には歌しかないんだという強い意志があるはずなのに、それが表現できない。「これなんだ」と自分で納得いくものが出せなかった。
僕は昔から、自分で集中力がないなとよく思うことがある。初日のエチュードでも、いいところまでいきかけたのだが、没頌するとまではいけなかった。グループでのエチュードでも、懸命にその感情になりきろうとして、それなりにはできたと思うのだが、心の底から勝手に沸き上がるところまで入り込めなかった。どこかで冷静になっていた。他のことが頭をよぎったりもした。僕は人並み以上につらい思いも苦しい思いも孤立感も感じてきた人生だと思える。だから、負のエチュードやモノトーク(暗い話が多かったので)の感情など、おてのものなはずだ。今だって昔のことをふっと思い出すと、歯をくいしばったり、ハンニャの面みたいな顔になるのに、いざそういう感情になれと言われても思い出せない。よく試合のときなど、苦しかったことを思い出せと言われるが、それをやって成功した試しがない。
Aグループの発表では負のエチュードですでにすすり泣いている人がいて、モノトークでそれは最高潮に達していた。その分、正のエチュードでは、すっきりした顔で心から喜べていたと思う。それを見ていて、僕は自分はできないなと感づいてしまった。モノトークは納得いく仕上りになっていないし、泣けないとわかっていたからだ。見ていて涙することによって、感情が高まっていけるなと思えた。
僕は13歳のときから涙を流した記憶がない。12年間、涙を流していないのだ。目線がゆるんでうるうるすることなら、しょっちゅうだ。なのに流れるとなると、ないのだ。子どもの頃はいじめられっ子だった僕は、ひきつるほど泣くことなどしばしばだった。泣き虫だった。だけど、泣いても誰も助けてくれないと悟ったせいなのか、強くなろうとしたためなのか、涙をこらえるようになった。そしていつの間にか、涙を流せなくなっていた。負けたら引退を決めたパワーの全日本ジュニアの大会、最後の最後の試技で失敗したときも涙を流せなかった。いっそ流れてくれればどんなに楽になるだろう。決して感情を出せないタイプだったり、隠しているわけではないのだが。他の人は「体の底から沸き上がる声を感じた」とかいろいろひらめいたことがあったようだが、本気なのだろうか。僕だってエチュードで、いつの間にか、よだれがだらだらたれていて、気がついた床にプールができていたことが何度もあったくらいのことはやった。それでも満足いくことはなかった何かが開けるところまでいかなかった。もしかしたら、それなりに成功したのに、自分で勝手に失敗したと思っているだけなのかなとも思ってみるのだが。僕は現状を打破したい。でないと、アーティス卜の道はまほろしに終わってしまう。人生の賭けに失敗したくない。
N0.6
とても楽しかった。嬉しかった。感激した。空気がおいしかった。しぜんに笑った。苦しかった。はずかしかった。人に伝えようとするパワーや音に対する敏感さにびっくりした。新たな世界にはまった。ふっきれた。興奮して涙が出てきた。喜びのエチュードを心で感じれた。助けてくれる人がいた。音に対して素直になれた。鳥の鳴き声にはっとした。陽の光を感じた。他の人の声が心にひびく。自分もしぜんに声を出していた。嬉しくってしょうがなかった。体が勝手に音に合わせて振れ、動いた。犬の声に安らいだ。今、このときが幸せだと感じた。「シャウトしてんだよ。」と叫ぶ女性の声に感動した。「僕は泣き虫なんだ。」とわめく男性の声に感激した。「二人でドアをしめて。」と訴える女性とともに泣いた。頭は真っ白だった。
なんだか苦しかった。なんだか幸せだった。いろんな人に会えた。人それぞれ、いろいろな悩みをもっていた。励まされた。自分の弱さ、鈍感さを知った。自分の愉快さも少し知った。素直な感情を声にのせた。周りの空気に自分の声をのせた。とても楽だった。気持ちよかった。
トレーナーの声はすごかった。でも自分の出している声もしぜんな声だった。福島先生も声を出していた。とてもきれいだ。私もその声にのせて出してみる。ああ気持ちいい。行って本当によかった。ああ本当に行ってよかった。チョチョンガチョン、チョチョンガチョンと歌っていた自分がなつかしいです。
たった2泊の間にこれほど心が動くとは思いませんでした。アーティストとして、天の声を出していたときの状態に、自分の心をすぐもっていくことが、まず歌を歌う以前に大切なことなのではと思いました。とても勉強になりました。
N0.7
1日目は仕事で、夜遅く10時過ぎに宿舎に着いてみんなのところへ行くと、そこでまず私にとって衝撃的だったのは、何やらみんなモノトークの原稿を一所懸命、耆き直している姿が目に写り、そしてさらに食堂では夜通し考え続け、書き続け、寒くなってストーブの周りを囲んで朝になるまでがんばっている人がいたことを通して、私は実に私自身を反省させられた部分があります。
たった2分のモノトークのために、全精力を注ごうとする姿に、音楽人というもの、芸術人というものを改めて見ました。一人ひとりがとても輝いて見えて、私は何かとてつもない希望と力が湧いてきました。「来て本当によかった」と素直に思えました。
雨降りで寒い中、それでもみんなでいるときに、心は暖かかったです。それは、何か一つの父母を中心とした兄弟のようでした。遅れて参加したので、全体のフンイキになかなかなじめないのではないかと心配したけど、そうでもなく、ただの私の思い過ごしでした。いろいろ泣いたり笑ったり語り合ったりして、また班が分裂しそうになって、また仲直りして、みんなで一緒にいたその世界は、本来、世界中の人々が国を越え、ことばを越え、人種の壁や憎しみを越えて一つになって、一つの平和という目的に向かって一つのハーモニーを創って一つになったときの喜びを互いにわかち合うことができる世界を縮小した場であったようにも感じました。
みんなの声が最後、一つになったそのときに感じました。そして、それを通して、声の偉大さを実感しました。その“声”こそが、天に届き地にひびきわたるんだということに関して、非常に希望を感じ、それ故に自らを素直な気持ちで反省できました。いつも練習しているときに出す声と、実際、歌う声が全く一致できていないことをソロライブで感じたし、発表会やモノトークでは、自分の中にあるものを100パーセント出すことが本当に難しいことを実感し、さらに、その私自身、個性というものが、いつも私と同居していながらしっかりとつかめていなかった、故に「私の歌」「私はなぜ歌うのか」がはっきりとしていなかったことを気づかされ、もう一度、原点に立ち却ってみて、一から出直していきたいと思います。
自分をもっと研究し、声というものをもっと勉強して、実際“本物”というものが何であるかを具体的に明確に理解して目的に向かって自分を100バーセント、注げるようになるよう努力していこうと思います。合宿がすべて終わってから、その場面場面を思い出しながら、とても大きな感動が再び起こりました。それは全体を通して、一つの“曲”のように感じたことでした。全体の喜怒哀楽の時間の流れる中で、後で振り返ってみれば起承転結になっていたように思います。
そして外的には、割とシンプルに見えて非常に手の込んだことを最初から最後まで守り、導いて、夢と希望を与えてくださった福島先生とスタッフの方々の苦労の愛と、集った友だち一人ひとりの励ましに、心から感謝申し上げます。それを思うと、本当に最初から参加したかったという思いが今もやみません。本当にありがとうございます。そして、この合宿で学んだこと感じたことを宝物として、何か特別なときだけがんばったり自分を投入する人よりも、ステージに上がる前も後も、ごはんを食べてても人と話しているときも、何をしてても、いっもステージにいる気持ちと音楽の中にいる気持ちをもった人になりたいと思います。そしてその思いを、いつまでも忘れないでがんばります。そしていつの日か、誰もが笑って歌える世界がくるまで、私は歌い続けます,どうかこれからもよろしくお願いします。本当にありがとうございました。
N0.8
合格のテーマ「心と体の解放」は、私にとって成功だったと思う。行く前は私にできるだろうかという不安があった。しかし、完全にすべてではないが、一瞬解き放てた感覚をつかめたこと、モノトークで自分が思った以上の感情が出て切れることができたことなど、今回つかみとれたものはたくさんあった。もちろん、反省、これからの課題などたくさんあるが、昨年の自分と比べたら今年の方がはるかに自分にとって有意義だったと思う。また、今回、A班の班長(副班長)ということだったが、いいのか悪いのかそのことについては全く考えていなかったし、もちろん班をまとめようなどとそんな大それた思いもなかった(無責任なのかも知れないが…)。しかし、A班については、みんな各々の力を充分、出していたと思うし、発表会にしても私としては大変、満足している。みんな思いっ切りやつてくれたと思う。
自分も今回は思いっ切りやれたという自分に対しての満足感はあるが、A班のメンバーはいい意味で、後先考えない思いっ切りのよさみたいな人がたくさんいて(練習で声をつぶすから押さえようなどという考えがないということなど)、私個人としてもっと見習わねばいけないなと、みんなの気迫に大変影響を受けた。
モノトークに関して、始め1分間で何をどう伝えればいいのか、またコトバがまとまらない上に、先生から10項目、テーマを組み込むように言われ困りはてた。しかし、福島先生のカウンセリングを受け、具体的に書いていって、コトバを読んで自分の感情が動くところの文をモノトークにするようにいわれたとき、すごいヒントが与えられたような気がして、10項目は組み込まなかったが、夜中ずっと感情が入るコトバを考えていた。ずっと考えていると、どんどんコトバカ削られていって、単純なコトバで自分の感情が入り、人に伝えられるコトバが頭の中から(体の中から?)どんどん出てくることに気かついた。それをどんどん組み立てていった。自分でその作業をやっていくのがすごくおもしろかった。眠いはずなのに楽しくて気がつくと時間がどんどん過ぎていて朝に近づいていた。
本番では、組み立てた通りのコトバじゃない箇所もあったが、自分の感情は今まで人前でさらしたことのないものが出ていた。はっきり言って、言えてない部分、人には伝わらない部分もあったと思う。人に伝わっていたかどうかを判断する余裕はなかった。しかし、だいたい1分で言えていた点、感情が入ったという点で、自分の中では、今回、合格点だと思っている。
他のある生徒が「その場で適当に思いっ切りやりゃあ、どうにかなるよ。どうせ書いたものとは違うこと言っちゃうんだろうし。」と言っていた,しかし、私はこの1分間は絶対、自分が納得できるものにしたかった。昨年のニの舞にはしたくなかった。たかが1分、されど1分なのだ。
みんなのモノトークにも天と地の差があったと思う。私のモノトークはできがいいか悪いかは別として、あの“1分間”を捨てていたら、あのようなできではなかったはずだと思っている。今回のモノトークを考える過程を得たことで、歌の作詞のヒントになった気がした。また一つ、大切なことをつかめた。
話をするのは非常に苦手だと思っていたが、カッコつけてオブラートでつつもうとするから、言いたいことが伝えられないのだと思った。言いたいことがあれば話せるはずだし、そのままのコトバで飾らずに伝えればいいのだと感じた。感じることができた。
すべての発表が終わり、帰りの電車を待っている間、体と精神を使い切った脱力感に包まれていた。不思議な気分だった。疲れているのに、体の筋肉が解き放たれていた。他のみんなはワイワイ話をしていた。しかし、その中に入っていける気分にもなれず、笑う気分でもなかった。心の切り換えができなかった。でも、そこで無理することもないかなと思っていた。脱力しながらも、体の奥底が火照っている感じだった。ただただ、軽井沢の空気がおいしいなと深呼吸ばかりしていた。
歌の練習、技術、ヴォイストレーニング。どれもクリアしていかなければいけない課題ではあるが、集中しすぎると煮つまってしまい、みえるはずのこともみえなくなってしまう。そういうこと以外のことから歌う上でのヒント、ヴォーカリストにとって必要なことを吸収できることが多い。この両方を絶妙のバランスで取り入れたときこそ、最高の歌が歌えるヴォーカリストになれるのだと思う。最近、私は気分的にすごく煮つまっていた。それが今回の合宿で解き放たれたと思う。合宿から現実に吳ると、また社会の中でどうにか生活していかなければならない。そこから解き放つことを自分から取り入れていかなければと、今回、切に思った。
N0.9
非常に興味深いテーマでした。悲しみ、絶望、苦悩、憎しみがわかるからこそ、本当の喜び、希望、やさしさがわかるということを、短い歌の中ですべて出さなければいけない。それぞれの感情は、腹の底で本当に感じているからこそ、声となって現れる。そして、それぞれの感情は日常の生活で培ってこなければ、歌となって現れない。歌うためにはトレーニングも大切だけれども、もしかしたら本当に大切なのはトレーニング以外の時間にあるのかもしれないとも思いました。
モノトークの意味合いも最初はわかっていませんでした。福島さんのアドバイスに対して、索直に間けなかったことを反省しています。原稿を書くとき、最初はだらだらと思うことを羅列していく。おおよその流れが決まったら、ストーリーとしてしっかりと文章で書いていく。まだ、長すぎるから2分の長さにまとめる。2分の長さでは、まだ状況設定とか余分なものが残っているので、本当に大事な部分だけを残せば1分の長さになって、密度の濃いストーリーになっていく。そして相手に伝えること、歌として聞かせることは、最後の1分だけで充分だということがわかりました。私は自分で詞を書くので、すごく参考になりました。
物事には逆の論理というのがあって、何かの問題をずつと周りのせいにしているけれども、実はそれは自分に原因があることが多いと思う。ずっと周りのせいにしているから、それに気づかない。自分で余計な殻をつくってしまっている。殻をつくっているのは自分だから、他人がそれに気がついて言ってあげたとしても、もっと言い訳を重ねたり、否定して認めなかったりして殻を厚くしてしまい、余計に殻を破りにくいものにしてしまう。結局は、その殻を破っていくのは自分しかない。殻を少しでも破っていくと、その分だけ体も自由になって、声も自由になる。モノトークはそういった意味で、重要だということがわかった。モノトーク的な内容を普段の生活に取り入れていけばいいのだと思う。
歲をとるにつれて様々な経験を積むことによって、それぞれの感情をもっと深くというか、違う次元で感じられるようになって、もっともっと深い歌が歌えるような気がする。そのためには、普段の生活の中で次々に訪れる困難を克服していくことによって、もっともっと深い喜び、希望、やさしさがわかっていくような気がする。そこまでいけば、毎日がドラマになって、いつでも本当の歌が歌えるのであろう。だから、本当の歌が歌えるのは、今の日本では30代以降なのかもしれない。一人ひとりの声を聞いていると、どれだけ本音で生きているか、そしてどれだけ本音で悲しみ、怒り、喜んでいるのかがわかってしまうような気がする。
今までこんなに感情を声にしたことがなかったので、少し喉がやられてしまいました。今回のテーマから新しい課題が見つかりました。感情と理性のバランスというか、感情を思いきり出すという方面からと、理性で確実に声として出すという方面の両面から考えていくと、ヒントがあるような気がします。こう考えてみると、感情を思いきり出しながらも、その感情にとらわれずに冷静に声にしていくということが一致したとき、そういう感覚を経験したいものです。
NO.10
たった2泊3日、されど2泊3日。会社で過ごす時間はあっという間に流れてしまって残るのはただ疲れだけだが、ここで週ごす時間は、たとえ15分であっても貴重な生きている時間だ。2泊3日もここにひたりきれるなんて、こんなぜいたくなことはない。必ず何か変わるように、せめて変わるきっかけがつかめるように精一杯、行動しようと意気込んで出発した。
到着した日にいきなり驚いたが、マラソンで少し自信が取り戻せた。家のまわりを一人で走っていても、極限状態にはなかなかもっていけないが、大勢で走ったので久し振りに闘争心がよみがえった。息があがるまで走って、呼吸を意識できた。気持ちよかった。
やっぱりメインはモノトークだろうか…。原稿を書いたときと、実際に発表したときと何だか気持ちの中にギャップを感じた。本当に言いたかったことなんだろうか。時間が経つごとに違うような気がしてくる。と思うということは、きっと違うんだろう。もっともっと奥に何かひっかかっているものがあるらしい。それがわかっただけでも、よかったのだろう。すべてをふっきるには、まだ時間がかかりそうだが、思いつくままに外に排出していこうと思う。
せっかく与えられている環境、特にスタッフの方々をはじめ、こんなに恵まれたあたたかさに私も溶け込んでいきためいと思った。決して甘えてはいけないけれども、自分ひとりではない。広い字宙の中にいることを、もっと意識して視野を広げていこうと思う。
N0.11
合宿の2日前に送られてきたメニューのモノトークのテーマを読んで、しばらく唖然としてしまった。「なぜ自分は歌が歌いたいのか」「なぜ自分だけの歌が歌えるのか」…その根本的な問いに自分は答えられるのか。はじめ、合宿では体カ的にハードなメニューが用意されていると想像していたのだか、実際はかなり精神的な面を必要とされるメニューだった。
モノトークのテーマも、自分の内面とまず向かい合わなくてはならなかった。一人の自分にはわかっている。でも、もう1人の自分が、それを表に出すのを恐れている。なるべくあいまいなことばでやり過ごそうとしている。恥をかくのを恐れるくらいなら、歌を歌いたいなどと言えるわけはない。覚悟を決め原稿を書いた。
合宿で一番、印象に残ったのは、モノトークだった。他の人のモノトークを聞いて涙が出てきた。孤独や不安に一人で苦しんできた人がたくさんいて、自分は一人ではないなと感じた。モノトークの前後のエチュードは難しい課題で、全体の流れができていたかというと、不充分だったと思う。でも声の中に自分の感情が入っていって、自分と声が一体になる感じは少しつかめた。その感覚が「声からの解放」ということなのかな、と思う。
今、合宿のことを思い出すと、セミナーハウスの床にあお向けになって、ゆっくりと呼吸していたときの安らかな気持ちが甦えってくる。マラソンで高原の新鮮な空気を吸い込んだときや、最後の陽に「天の声」の輪の中で目を閉じたときの感覚も、その安らかな気持ちの中に入っている。
東京に戻ってまた、魚ったりイライラしたりしやすい生活が始まったけれど、あのときの安らかな気持ちを思い出すと、呼吸も楽になる感じがする。その感覚が学べたので、合宿に参加してよかったと思っています。
N0.12
合宿どうだった?楽しかった?と聞かれてことばに詰まり、楽しかったとも、ためになったとも言えるような、でもよくわからない。合宿に行って何が変わったかというと、基本的には何も変わっていないし、これを踏まえてこれからどう活かしていったらいいのかもよくわからない。ただ、随所随所に強烈なインパクトを与えられたし、自分と向き合う機会も多いに与えられた。
多かれ少なかれ、日常生活の中でもやっていることではあるが、いつもとは違う空間の中でやると、また違ったものが見い出せたり、いつも存るものがひょっと抜け落ちたり、でも蓋を開ければいつもやっていることが結局、出てしまうという巡りを3日間でやったということなのか。
歌を歌うにあたって、あるいは一つのことを表現するのに、これほど深いものを妥求されるのだとしたら、芸術の範疇に入るのであって、芸術に中途半端は許されないのであるから、どこかに自分のポジションをしっかり定めておかないと、消耗が激しい。でもそこで引いてしまうと、求めているものを限らなくてはならない。道標はあまりに遠くを示しているが、歩みは遅々としており、それでも歌いたいと言うなら、まあとりあえず、目の前のことをやっていくしかないのだろう。そのうちに結果が見えてくるのを待つ忍耐力と思い込みをもつこと。少なくとも、挫折という思いが自分の中に残らないように、考え方を定めていかなくてはならない。
合宿で心に残っているものの一つに、薄暗い食堂で無駄口もたたかず、ひたすらモノトークの原稿に向かっていたみんなの姿がある。必死になって自分の内に向かうという作業を、試行錯誤しながら明け方まで続けていたようだ。30を越した今ですら、手持ちの経験を使っても、使い古された話しか出てこないのに、5年前の私だったら、おそらく何も出てこなかったのではないか。しかし、その時期その時期の鮮度を出せれば表現という意味においては、かなり抽出できるのだろう。ただ歌の中に自分を抽出するには、やはり一つのプロセスが必要なのではないか。自分の声を探し求め、自分の声に自家中毒し、自分の声からの解放に苦心する。そういう意味で、道標は限りなく遠くを指している。
N0.13
「ここまで高まったものを汚したくない、汚されたくない。」合宿から帰ってきて一番に思ったことはそれだった。合宿について、ことばで言い表すのはとても難しいけど、私に「何か」を感じさせるに充分だったことは言うまでもない。私は事情があって「仕方ないから合宿は来年までがまんしようか」と思い実家にいたが、何かに引き寄せられるようにして東京に帰ってきて、合宿に参加した。
もしも本当に今年の夏、あの合宿に参加しなかったなら、私は来年の夏までの1年間、どれだけ無駄に過ごしていたことだろう。合宿が私に残したものは非常に大きい。考え方、生活の仕方、生き方まで変えられてしまったようだ。
しかし、ならば、今の私に残ったものの大きさはどうか。質はどうか、自分自身で汚してはいないか。あの頃の神聖な空気が、問いかける。「合宿は素晴らしかった」で終わってはいけない。帰ってきて2週間たった今、心からそう思う。
N0.14
確かに合宿はよかったし、去年よりずっとおもしろかった。終わって帰ってきた今がよくない。今もうすでに、あんなふうには歌えなくなっているのだ。合宿の雰囲気に押された、そのとき限りの偶然だったのか。私はまた合宿以前にずっとやてきたウソを歌っている。合宿では探していたものを手に入れたような気がした。今まであんなふうには歌ったことは一度もないし、歌おうと思ってもできなかった。いつもより一歩前に出て、裸で歌っている気分だった。熱く脈打っているところをむき出しに風にさらしていて、歌うほどに傷ついていく感じがした。それでも歌わずにはいられなかった。何か口から吐き出さないと体が熱くてはじけ飛びそうだった。体の中で傷ついて痛いという熱と、歌わずにはいられないという熱がぶつかり合って、そのうねりのまんなかでクラクラ立っていた。何かに採られて、歌が体からどんどん雜れていった。
でも、そんなことが夢だったみたいに、今はまたできなくなっている。一度、一瞬、光が見えたのに、また暗闇の中にいる。前よりもっと自分の歌のウソがクリアに見える。形だけの中身のない、無感味なパフォーマンス。これが「歌」です、なんか今は、よう言われへん。こんなの「歌」じゃないし、やればやるほど自分でも不快になる。「こんな歌がありますよ」ぐらいしか伝達できないろう。技術的なものも確かにある。声がことばとして一つになっていない、音階の感覚を忘れられない、集中力が足りないなどあげられる。だけど、なぜ集中できないのかまでは、今までわかっていなかった。
軽井沢では体を通して答えを見つけた。ことばにすると単純で、必死じゃない、貞剣じゃない、心底本気で伝えようと思っていない、ということだ。前に立って歌っているときに本気で「感じていない」ということで、不感症みたいなものだ。今まで全身毛穴が逆立つくらい、何かを感じて歌ったことが極端に少ない。その代わりに私が抵ねてきたウソの蓄積に、私自身が毒され、むしばまれている。体に染み込んでしまっていて、自力では洗浄できなくなっている。
軽井沢では、自分以外の他力に助けられて一瞬、気分よくなっただけのことなのだろう。合宿までは何が何だかわからない暗闇の中でもがいていて、空周りしていた。よくないことは充分わかっていたが、何がどう悪いのか見えていなかった。今も暗闇には違いないが、一瞬、真実しか口から出てこなかったことを体験したことにより、ウソがよく見える。今は前よりもっと明確に真実が欲しい。どんなに技術的に飾った100のウソより、裸の一つの真実のある歌を歌いたい。
N0.15
今回の合宿は、やはりモノトークにつきます。私にとって久々に過去に戻る作業でした。とても辛かった。私の歌う理由。なぜ歌をとったか。福島先生に、あんなに短い言葉で言われてしまった。「歌は絶対に自分を離してはいけない」と。私が、芝居でなく歌を選んだのは正にそれだ。
私はいつも自分を意識していたい。結局、歌を選ぶまでの過程。今の生活の三つ柱をもつまでの苦しみについては、描ききれなかった。私が大学4年間をビックバンドに捧げたことについては、いつか触れなくてはならないと思うが、これについて語るには、大好きだったタイと、タイで出会ったアディオという人を抜きにしては語れない。今、私にはそれだけのことを一分間の中に込められる技術も力もない。
今回のモノトークで、今を生きる壁は越えられたと思う。「新しいこと」「唯一のもの」への挑戦のことも語れた。「H.I.Voice・Act」での活動についても、初めて他人に紹介できた。
最後の「天の声」のとき、福島先生が、それぞれ抱えているものを背負ってがんばって欲しい、と言ってくださった。
今回の合宿で、私は自分の抱えているものを素直にしょうことができるようになったと思う。隠したり忘れたりしないで、それを抱きしめて自分の存在や歌う理由へと変えていく力になればいいんじゃないかと思った.
N0.16
結局、何に気づき何を学んだか。大事なのはそれだ。いつもとちょっと変わったことをして楽しかったというだけじゃ、修学旅行と変わらないで、何を一番強く感じたのかと言えば、やっぱり歌にする姿勢というか取り組み方といったらいいか。なんだかんだと言っても、モノトークの原稿を書くのが一番、大変だった。”なぜ歌うのか”なんて正直言って、あまり深く考えたことはなかったからだ。自分の人生を振り返ってみたり、自分のトラウマ的な部分を見つめたり結局、うまくまとまらなかったし、明確な答えを引き出せず、更に本番は原稿なんかふっとんでわめいているだけになってしまった。まあ、あまりカッコよくできなかったが、俺にとっては“なぜ歌うのか?本当にたった一つの歌が歌えるのか?”ということを見つめるよい機会となったのは間違いない。
また、本番で“とにかく好きだから歌う”という必死の形相でわめいていたが、そのあたりの危機せまるような思いが、ステージで出せなければ意味がないと自分なりに悟った。
実際、モノトークは原稿を忘れてしまったのではなく、その埸(結局、あの独特な地場に引きずられていたわけだが)の雰囲気、あふれてくる”感情”に任せてしまうおうと思い、あれほどの怒りになってしまったと思う。1曲の歌を歌うというのはどういうことなのか考えさせられた。
何人かのモノトークには感動させられた。それは、内容の問題ではなく”思い”を必死に伝えるという姿、また、それが確かにこちらにも伝わり感動したのだと思う。やっぱりそこじゃないかと感じた。
絶望のエチュード、希望のエチュードでは、本当の意味で声だけでそれが表現できたかといえば、そうではないだろう。でも自分の理性をとっぱらい、それを表現するという点では一応、うまくいったような気がする。やっぱり馬鹿になった奴の勝ちだな。自分の中にたくさんのものが埋もれている。肉体的な能力はもちろん、自分の気づいていない自分、感情がある。こんな俺でも一冊の本にすれば、そこそこの物語にはなるだろう。そんな自分の一辺が歌の中に現れてこなければだめなんじゃないかな。自分独自の物の見方、表現がある。それが、聰き手の周波数と同調したとき、共感を覚えたりするのだろう。今だって、なかなか自分の思いをうまく文章に表わせず、自分なりにはがゆさを感じている。
なんか、まとまりがなくなってしまったが”常に今という瞬間を最高のステージにする”という気持ちで、毎日の練習、ステージに取り組みたい。昨日の俺より、今日の俺の方が声が出る、うまい、すごい、と思い込んでやる。ううっ、全然まとまらなくなってしまったが、まあ、合宿がターニングポイントになったのは間違いない。
NO.17
「憎しみのエチュード」のとき、獣になれた。ほぼ無心の状態でひたすら憎い気持ちを「声」にして続けて吠えた。体から熱くこみ上げる「何か」を感じた。久しぶりに体の燃える感触を味わえた。
「モノトークの書き直し」は、自分の過去を真剣に振り返り、いろんな昔の自分に体面できた。そして、文化祭の初舞合で、体がスパークしたことを思い出すことができた。そこから「明るく元気で、情熱的な歌」のガが自分には向いていることにも気がついた。
「お風呂の時間」はみんなで「共鳴ごっこ」をやった。共嗚のすごさを改めて感じた。うまく共鳴できる体づくり、感覚を身につける!なぜか、A班の女子をかりんの部屋に呼ぶ役がまわってきた。修学旅行の気持ちで、なんかワクワク、ソワソワしてしまった。
あと今回、一番わかったことは、1曲の中で、ことばの奥に秘められた感情をよりあらわにしていき、その内から出てきた感情にうまくことばを練り込めばいいということ。いろいろ学べ、気づきもあったけど、本音を言えばみんなとわいわい楽しく過ごせたことが合宿の一番の思い出になりそう。
N0.18
私は涙を流すということが、自分の意志ではできません。どんなに悲しいことをたくさん思い出しても、泣くことは絶対にできないのです。涙を流すというのは、見ている側は喜びや悲しみをより強く感じるものだと思います。もちろん涙を流すことだけが表現だけではありませんが、演技をするということができない私は、本当に今回の合宿の課題は、とてもいやで仕方がありませんでした。私は他人との間に、とても厚い殻をはってしまっていると思います。どこか守りにはいってしまうような、本当の自分を隠して感情を抑えてしまっている部分があると思うのです。
今年の合宿のテーマは自己解放ということで、演技すらできないのにそんなこと私にはできないだろうと思ってました。だから練習をみんなでしていても、もやもやとしっくりこないことの繰り返しで、でもだんだんできない自分がものすごくくやしくなってきて、絶対、成功させるというような気持ちになってきました。
私の班の人たちは、私と似たように演じるということが苦手で、自分をどこか守ってしまっている人たちが集まったように私は感じました。他の班は何度も何度も練習して一つの作品としてできあがりつつあるのに、私の班は前の日の夜の練習でも、全然できていませんでした。そして班内で衝突がおき、話し合いになりました。みんな言いたいことを言い合って、一人ずつ思ってることを吐き出しました。私は自分も含め、あの話し合い(衝突)は、みんな自分に対しての悔しさだったのではないかと思います。でも私はそのおかげで、気持ちがすっきりして本番の発表会では自分がどういう表現をしたのか、全然覚えてないのですが、私はそれだけ集中できたんだと思っています。
班としての作品としても、私はみんなで乗り越えた分、気持ちが一つとなったものになったと思います。私は発表のとき、ぼろぼろの涙がこぼれてしまいました。どうしてなのかよくわかりませんが、涙が止まりませんでした。自分でコントロールできない感情、これが自己解放というものなのかなあと思いました。
そして私がこの合宿で感じたことは、歌を歌うということは演じることではないということです。自分のものにして、自分を表現するのが歌を歌うということなんだと私は感じました。そして、この合宿で感じたさまざまな思いを忘れないで、自分をもっと成長させていきたいと思っています。
N0.19
今回の合宿で一番印象に殁ったのは、エチュードだった。はじめにプリントが配られ、絶望のエチュードという文字が目に入ったとき、正直いって私はやりたくないと思った。つらいことはなるべく思い出したくないし、そんな自分を人前にさらけ出すのがいやだったから。それに対し、希望のエチュードは、楽しそう、これならやってみたいと思えてはいた。しかし、今回の合宿で一つ発見したことは、今あげたこととは正反対のことだった。
結局、やるからには、素直に取り組もうと決心した。班のみんなが一所懸命だったので、その波に私がのまれていたせいもある。絶望したとき、みんなからの憎しみを受けるとき、本当に怖くてつらかった。でも、だからこそ、みえなの優しさを体で受けたとき、何とも言えない幸せな気分に覆われた。そして、人を心から愛せると思えた。
練習のとき、何度か希望のエチュードのみをトライしたこともある。でも何かが違う気がした。完全には入り込めないし、幸せが薄っぺらいものに思えた。やはり苦しんでから受ける喜びの方が何倍も重みがあるのだ。苦しむのも、絶望するのも、精神的ダメージの大きいものだけれど、必ずはいあがれるはず。だから、それを恐れてはいけない。絶対に立ち直り、再び輝けるのだから、怖がらずに自分自身を見つめ歌っていくようにしたい。
NO.20
今回の合宿が終わって約1週間、合宿で経験したことがすべて一瞬にして過ぎ去った幻のような何か甘い、そして遠い記憶として心の中に残っていた。今、思い出してみると「あれはやはり自分の身に現実に起こったことなのだ…。」と冷静に受け止めることかできるようになった。そのような感覚に陥った理由は、やはりあまりにも非日常的で衝撃的な経験であったためであろう。何がそのように衝撃的であったのかというと、やはり本番での「グループ発表」である。練習の最初の段階では多少、照れもあり、また、流れを覚えるのに必死だったため、あまり心から入り込めなかったように思う。
また、モノトークの内容も、当たり障りのない内容でいこうと思っていた。しかしまず私が「このままではいけない…。」と思ったのは、モノトークの内容であった。確かに最初の原稿は、私の音楽的・体験のルーツ的な内容であったが、私にはもっと心の奥底にあるものを吐き出したいという欲求もないではなかった。そういう迷いの中で私は、ある人のモノトークに火をつけられた。
その人は2日目の夕食時、一人だけモノトークを行なったのだが、私の内容と比較すると、かなり自分の本音で語っている内容で、それを聞いた後、私は内容を変更しようと決心した。
本番のグループ発表では、私の班は順番が最初であったこともあり、大変緊帳した。しかし、本番に入ってからの班の仲間は、気持ちの人り込み方が尋常ではなかったため、私もかなり精神的に入り込め、喜びのエチュードでは本当に心から皆で喜びを分かちあうことができた。
本番でのA班の連中は、”仲間”以上の”同士”に思えた。最後にこのグループ発表を通じて、“息を声にすること”、”感情を単なる点にのせること”という、自分の心と体に原始的なものを呼び起こすような練習を行なうことができたが、このときのトレーニングを今後、自分なりに取り入れていき、「歌」の段階にまで生かせるようになれたら…と思っている。
N0.21
独りでいることの大切さを知った。結局、歌うのは独りだ。「みんなのおかげでできました。」っていうのは独りになったら何もできないのと同じだ。9月のステージ実習のときに痛感した。合宿であんなに高いテンションでやり遂げられたのだから、同じようにまたできるだろうと思った。しかし、空回りするだけで感情の一つも織り込めなかった。
私は独りでいるのが恐かった。孤独が時折、居心地よく感じられたのは、どこかで頼れるものをあてにしていたからなのだろう。
合宿から帰ってきて、日常とのギャップにしばらくは辛かった。しばらくして思ったことは「日常での自己解放なんてどうでもいいじゃないか。歌っているその瞬間に自己解放できればいい。」日常でうまく出せないからこそ、その気持ちのすべてを歌に入れていこう。まだまだ、いろいろなものに甘えている。特に、この場所に。「与えられたものをこなすのに満足している」のよりもっとひどいことは「与えられていたことに気づいていなかったこと」だ。自分の歌は自分でつかみとらなければ。
N0.22
合宿で最初に感じたことを一言で言うと「声は自由だ。」ということだった。そして、声を出すことに限りない“自由”を感じ、私の中に「もっと、自由に声を出したい。」という欲求が生まれたとき、そこで自分の身体がそれについていけないことに気づいて、愕然とした。心はいくら自由に解き放たれても、身体が備わっていないと、どうにもならない。気づいたときには、無理に負担のかかった発声のあげく、声をつぶしかけていた。まるで、翼をもちながら、羽ばたいても舞い上がれずに地に墜ちた無様な鳥のようだった。
私は合宿初日にして、限りない解放感と挫折感を立て続けに味わった。
ここでは、日頃からいろいろな課題を課せられる。合宿では、何か特別な体験をしたように初めは感じた。しかし、実は、常日頃の私たちの生活空間では物理的になかなかできない課題を課せられたにすぎないのだと、普段の授業とかけ離れているように見えていて、本当は延長線上にあったのだと今は思うようになった。その課題をこなすのも、避けてとおるのも、私たちの自由だ。
先生は、私たちに取り組むきっかけを与えてくださっているにすぎない。先生が示してくださるのはヒントであって、答えではない。答えは、私たちがそれぞれ自分自身で搜し出さなくてはならないものだ。厳しい。舞台に立つことは、日常の生活空間の中に、いきなり非日常の世界を創り出すことだ。
合宿という非日常の空間の中できていたことが、街へ帰ってくるなり何もできなくなるようでは、所詮、舞台などつとまらない。ステージで人の心に自分の印象を植え付けること、それは一つの才能だ。もって生まれたもの、それも当然あるが、才能はある程度は自分で手に入れることもできるのだと信じたい。最初の一歩は、それを意識するかどうか。人前に立つことの楽しさを感じることを久々に思い出した。それとも忘れているようでは話にならないか。
N0.23
いつも、ここのレッスンに出ていて、これはすごく他の学校と違っているということを感じるのだが、合宿も想像以上に新鮮で、独特なものと感じた。やはりヴォーカリストはアーティストなんだなということが最近、わかってきて、周囲の非常に強い個性をもち自分というものをはっきりもっている人たちをみていると、私って何てつまらない平凡な、ある意味で理性的な人間なんだろうと思う。何かをする前に、これは私にはうまくできないからとか格好悪いとか、人はどう思うかとか、頭の中でパパッと枠ができてしまって、その中でやるから何をやってもまとめに人ってしまってスケールが小さくなってしまったりする。そういう意味で、ここに入ったことは私にとってはかなりの刺激になっているし、時にはとても勇気のいることもある。
合宿であまり話したことのない人たちともグループで一緒にあの”エチュード”をやったこと、モノトークも一分間の自己紹介も、私にとってもかなりの勇気を必要としたけれど、できはどうあれ自分の心の中のいつもの“声”に少し勝てたような気がしてそれが嬉しかった。
初め、あのエチュードの構成を見たとき、訳がわからなくてちょっと恐怖感さえ抱いたけれども、ゾンビみたいに見えたとしても、私はとても大きな充実感が得られた。
私はここに入る前、自分の声のどこが悪くて外人の声とこんなに違うんだろうと思って、どうしても声が欲しくて入ったけれども、それだけでなく今は自分の中の人生に対する考え方とか、生き方とかいろんなことに対する価値観とか、そういうものって確かに歌に現れてしまうので、そういう部分ももっと魅力的な人間になりたいなと思う。そして歌の中では格好つけない、本当の自分を出していきたいと思う。
N0.24
私は、日頃の生活の中で容姿からのイメージなのか、いい人に見られがちで自分が望んでいなくてもその座やそのイメージを守ろうとしている自分がいる。本当の分をさらけ出せないでいる分がすごく嫌いで重荷なんだけれど、かといって方向性もわからず、気がつくとまた仮面を被っている。そんな自分の殻を破りたくて、なんだか怖かったけど合宿に行った。筋肉痛に悩まされた3日間だったが、合宿に参加して私は何を学びとっただろう。
生活のために毎日、何時間も拘束されている日々を送っている中で、音楽の世界というか、ヴォーカリストの世界にずっと携わっていられるというのは、何がどうあれ、すごく嬉しかった。
福島先生に言わせれば、それは心がけひとつで日頃からできることで、アーティスト精神が不充分なのだと言うかもしれないが、とにかく私にとっては嬉しかった。ここに行けるときも思うけど、やらされているのではなくやっている自分がいて、自分が自分でいて、こうでなくっちゃ、という感じだった。でも、演技することと自分をさらけ出すことが、突き詰めていくほどわからなくなった。結局、自分の殻は破れなかったと思う。
合宿に参加している目的をわかっていて、ああいった状況におかれていても人に嫌われたくないから、ここでも邪道な考えが出てしまい計算していた私は、とてもいやらしく小さな浅い人間なんだと思う。私の印象に残っている人たちは、もっともっと自分でいた。なのに、なのに、私は…。
合宿の次の日は、もちろんバイトだった。上司と合宿前にちょっともめたせいもあって、なんだか世の中に馴染めなかった。自分の居場所が見つけられなかった。自分のいた(痛い)場所とのギャップが私を苦しめた。そしてまた次の日、上司と冗談言ってたらバイトが楽しくなった。そうやって世の中や日頃の生活に溶け込んでいく。なんで私はこんな些細なことに振り回されている弱い人間なのだろう。冷めているという意味ではなく、何にも左右されない強さが欲しい。自分の力で立てる足が欲しい!
N0.25
私にとっては、3度目の合格への参加である。1年目は、すごく元気なメンバーがいっぱいいて、その勢いで私も少し元気をもらえたという感じだった。そして、身体を動かしながら声を出すことの楽しさも少し覚えた。2年目は精神的にも乱れていて、何か考えがぐちゃぐちゃで最悪だった。もうダメかも…と、半ばヤケッパチで弱い弱い自分の見苦しさをさらけ出して、逃げ帰ってしまいたいぐらい情けない状態だった。せっかく1年目に私の歌を聞いて2年日に“また歌って欲しい”と言ってくれた人たちにも、苦しい気持ちのままでしか歌えずに、とてもつらかった。そして今年。今年もまだ合宿に行く直前まではダラダラと引きずっていた。関西からの参加メンバーも少なく、自分も何を目的として行くのか、そのへんをきちんとしてから行きたかった。
“声を出す”ということは、もちろんだが、今の私にとって最も欠けていて声を出す上でも、私らしく生きていくためにも必要なこと”自分の心を感じて表に解放する”ということを第一の目的として。この私の目的にとって、今年の合宿の課題はよかった。
決まった課題曲の場合、曲を覚えるか覚えないかで発表になって、合わせて何だか盛り上がって終わるという感じで、それもそれでよいのだが、何かもっと違うパワーを出せるはずと思っていた。
そのときに感じた言葉を使って、感じたイメージを声にしてみる。自分でも今まで聞いたことも出したこともない声に出会う。これはとても楽しかった。自由なことば(短い「あ」とか「おう」など)を使って、悲しみや怒りや喜びを表現したので、それぞれの感情や声に集中しやすかった。
また私は、今回はじめて副班長ということで、班の簡単なまとめと発表時のキーマンをやらせてもらい、とても勉強になった。最初、発表の流れをつかんでイメージか膨らむまでは“どうする?”“んー”という感じで、今一つまとまらなかったが、とりあえず声を出してみようということになった。声を出しながらやっているうちに、みんなだんだん段取りがのみこめてきた。“少しずつ決めてまとめていかなきゃ”と思ったが、意見がいろいろと出て、いつものように思い込みで自分を縛って本末転倒しかけていた私は、みんなの協力のおかげで救われた。結局、私は音頭だけとり、あとはお互いを信じて自由に楽しくやろうということで、話がまとまった。
エチュードの変わり目の私の合図も“もう少し早めに”というアドバイスを受けて、注意してみた。人のアドバイスを素直に聞いて直してみるのも、いい方法だということを改めて学んだ。
モノトークも自分の気持ちをあまりつくりすぎずにしゃべろうと思った。変につくったものより、まず自分自身を感じて表に出すことに集中しようと思った。私は本当に、本当にこれが苦手なんだ。
でも、今年は少し自分の心を開けたような気がする。ある意味では、去年もおととしも、その時点での未熟であがいている私を表現していたのかもしれないけど…。今年はもう少し前を見ようとしている。自分が少し見えた気がする。ゆっくりした足どりだけど、それを感じることができた今年の合宿は、私にとって小さなステップになった気がする。
N0.26
体中アザだらけ、かつ筋肉痛で「痛い」合宿だった。それにしても、なぜあんなに泣いたのだろう。感情とは不思議なものだ。あんなにツラい思いをしても、次の瞬間は嬉しくて仕方なかった。瞬時に感情の切替えのできる自分に驚いている。今時点では心地よさが残っている。そして、自分自身をもっと深く見つめ直すきっかけができた。今までに自分自身を深く掘り下げる体験は何度もしてきた。その都度、過去の傷を癒してきている。
「今を生きよう」と決めていた。過去を見るのはマイナスになると思っていた。でも、過去は切っても切れない。過去があるからこその「今」、逃げることはできない。これからも過去を背負っていくことを思い知らされた。型にハマるのはイヤだ。自分でいることを求めている。でも、終わってみれば型にハマリきっていた。どれだけ自己アピールできただろうか、印象づけられただろうか、興味をもたれただろうか…。もし私がもう一人いたとしたら、私のことなど気にもとめない存在だっただろう。「素直さ」からいつも逃げる。他人に合わせて生きていくのは、まっぴらなのに。
精神社会の本は数冊持っている。実習で使用した「聖なる予言」も発売と同時に書店へ行って購入するつもりだった。しかし、怖くなってそのまま帰宅した。精神社会の本ほど怖いものはないと感じることがある。合宿を終え、どうしても自分を見つめ返せる機会が欲しくなった。何かを求め始めたとき、やっぱり書店へ行った。ずっと体験したかった「インナーチャイルド」の本を手に入れた。でも、やっぱり怖い。この恐怖感は何なのだろう。まだ自分自身をガードし、オープンにできない証拠だろうか。歌は自分探しの旅だろう。永遠に終わらない。
NO.27
今回の合宿は、自分にとって一つのターニングポイントとなるものになった。今までの自分、理性とうそでぬりかためた飾りだけのことば、飾りだらけの感情、飾りだらけの歌、そのどれもが少しずつカラを破り、やっと本当の意味での歌い手の赤子が生まれたような、そんな瞬間を得たような感覚につつまれた。感情があふれ出し、声にのせ、声か呼吸しはじめる。そして、生きた声と生きた声が、互いに剌激しあい、触れ合い、一つの渦に巻き込まれていく。一つ上の世界の共鳴が心を動かす。そんな音楽の本質、歌うことの本質に触れることのできる貴重な経験となった。
感情表現というものは演じるのではなく、想いに身をまかせること。目の前のカベを破るには、大変な精神統一、集中力が必要であることなど、さまざまなことを勉強した。
悲しみの感情、苦悩の感情など、マイナスの感情にはすんなりと入り込むことができたが、喜びの感情、希望などになると、どこかで素に戻ってしまい、練習の間は一度も入り込むことができなかった。
しかし発表の日、舞台に立つ自分はいつのまにか、少じだけ自分を越え、自分のようで自分ではないような音の世界へ、身をまかせきることができた。喜びのエチュード、心の底から喜びにあふれた。喜びの涙、何年も前に忘れてしまっていたような感情があふれだした。自分の中にある、愛を想い出したような感じだった。幸せな気分だった。
あの感覚を忘れないように、毎日を生きていかなくてはと思いつつ、一日一日を過ごしていくたびに少しずつ消えてしまいそうになる。あの一日が、あの瞬間、あのテンションが、自分が、声を発するときの一つの目標になった。声を発することの喜び、歌の楽しさのようなものの新しい一面を見ることができたような、貴重な経験でした。
N0.28
まず、何より行って帰れたことに感謝。モノトークでも言った通り”外出コワイ・コワイ病”"がまだ残っていて、年2回の帰省(大阪の港までたどり着くこと)が最大の遠出となっていた私は5年振り!にこんなに遠出ができたんですー!!
合宿の空気もよかった。初めてわかったことは、特別索晴らしい大歌手じゃなくても、ここまで感動させられるんだということ。私を動かしたのは、リアリティの表現だった。
皆、訴えたものには苦しみが多かったが、普通、苦しみや悲しみを向けられると、こっちにもそれが移ってきてロウな気分になってしまうので嫌だった。だから、私は基本的に自分がロウなときは、人との交流を断つ。もっとも、それがいき過ぎて精神的におかしくなりかけたという笑えない過去をもっているが…。話がそれた。
ところが、皆の告白は、決してロウな気持ちにさせるものではなかった。「こうやって苦しんでいる人を、一体、誰が見捨てることがきようか。」それが私の気持ちに浮かんだこと。人間だったよ。私、人がこんなに親しみをもてるとは知らなかった。本当に、名前も知らない人たちとヴァイブの交流ができるとは…。いや、思っていたよ、できるってことは信じてたよ。だけどこんなに実感できたのは初めてだったし、こんなに早く実現するとは思わなかった。
だからソロライヴでは仲間たち皆が、とても大切に思えて歌った。
-あなたの名前が刻まれた夢がある/あなたを待っている歌がある/あなたの心の声が導く/そのままに進んでいくのよ-まるで、この日のために練習してたみたいじゃないかって独り笑いしちゃったんだけどね。でぇ、その合宿が終わってから4〜5日間は、えんえん泣いちゃうわ、皆に会いたいよ〜っと思っちゃうわで(私が、こういう“人に会いたい”なんて思うの、これも初めてといえるんじゃないかな)、社会生活に支障をきたし気味でございました。今は、更に表現の中に人っていこう、もっと中の動きを聞き捉えようとしているところ。
N0.29
この合宿の感想を書くにあたって、一昨年の合宿について少し触れておきたい。そのとき参加した合宿で、私は強い剌激を受けたのを覚えている。一人ひとりの強い個性と歌に対するこだわり、関西パワーなどがはじけんばかりにビンビン伝わってきた。そして何より自分自身も熱い気持ちであらゆるものをつかもうとしていた。そしてこの合宿をきっかけに、コースを変えたのだった。それからはできるだけ、ここに通い、没頭していた。しかし、その後はどうだったか。試しにステージに立ち、自分の声の薄さに落胆し、レッスンに帰る。そろそろライブをと思いまたステージに立つと、実力の低さを痛感する。ここに出入りするようになって2年以上経ち、この間に身についたこと悟ったことはかなりあると思っている。が、薄れたものもある。「熱意」だ。自分なりのヴォイストレーニングができるようになった気になり、とりあえず、ここに籍を残すことで安堵していた。また、その根底には倦怠感さえ生じていた。こんな自分を戒めたい、最初どんな気持ちで、この門をくぐり、レッスン料をつぎこみやってきたか思い出したい、初心にかえらなくてはいけない、そう思ったのが私の合宿の参加理由だった。
今回の合宿は一昨年のそれとはかなり内容は異なっていた。まず初日のマラソン、このところ何をするにも基礎体力が必要であることを実感していた。というのは昨年の秋から、ある武道をはじめた私はその冬、一度も風邪をひかなかった。風邪をひくととにかくのどをやられる私としては、喜ばしいことだった(その武道の練習で、ここに行く回数が減ってしまったというデメリットもあったが)。せっかく軽井沢まで来たのだから体力づくりをしてもいいのでは、と思っていたのでちょうどよかった。
合宿のメインといえば、何といっても発表の課題だろう。今回はミュージカルの類がないと聞いて内心、甘くみていた。しかし、今回の課題は、取り組めば取り組むほど意図がみえなくなった。自分の内面をさらけ出すことに重きをおくのか、見せることに重きをおくべきかわからなくなった。しかも、今回は私は副班長になっていたこともあり、それもプレッシャーに感じていた。他のグループがやたらと盛り上がって見えて焦った。とにかく目一杯やろうと、私を含め何人かがノドを痛めた。もっと感情移入をしよう、自分を壊そうともがいた。それでも手応えは感じられなかった。全員で悩んだ。感情がぶつかりあった。この課題が憎かった。部屋に集まり、一人ひとりが思いを話し合った。そのとき一人が、先ほどみんなでもめたときに「これが感情なんだな」と思ったことを言った。ようやく課題の意図を身をもって実感したような気がした。このときの感情そのままに、翌日やるしかなかった。
モノトークを含め、各グループがどのような評価を受けたのか、またどのようなものを期待されていたのかはわからない。自分では正直なところ、100%さらけだせたとは言い切れない。モノトークで私はあくまでも歌と自分についてのことしか語らなかった。それは「守り」だろうか。あのとき過去の秘密やタブーに触れなかった自分はズルイだろうか。自分に問いかけてみる。出し切れなかった何かがもっと別なところにあるのかもしれない。それを突き詰めてみる、これからの課題だ。
N0.30
合宿での目標とされていた自己解放が、僕はできなかった。自分自身をあの一分間のモノトークにぶつけることができなかった。しかし、合宿で何も学ばなかった、感じなかったのかというと、そうでもなく、確かに大きなものを感じ、学んだ。自分と他の人たちとの違いを、まざまざと見せつけられて、頭を殴られたようにすごいショックを受けた。違いとは、人前に立っても堂々としていて恥ずかしがらずに、自分を表現していたことだ。
俺は、A班のモノトークを見て、心の底から何とも言い表せないものがこみ上げてきて、声を出して泣いてしまった。なぜかそのときだけは、自分の心に素直になっていた。自分の班の発表のときも、班の人のモノトークを聞きながら床に涙をこぼしていた。でも自分の番になったら緊張して体がカチカチになって、思っていたことなど半分も言えず、自分自身に怒りがこみ上げてきた。自分の中のテンションっていうか、そういうものがうまく表現にことばに出せなかった合宿の帰りの車の中では、心の中で絶望と希望が交互に襲ってきて、とても苦しかった。
これから自分が何を求め、それをどう歌に表現していくのかがわかったが、その反面、自分にそれができるのか、自分というものを表現できるのかという不安が俺の胸をしめつけた。周りのここの人たちがすごく大きく見えて、自分が本当に小さく感じた。毎日の生活の忙しさの中で、妥協している自分自身に勝てるだろうか、本当に歌が歌いたいのか、本当に自分を認めてもらおうと思っているのか、本当は自分のよい部分だけ見せてカッコウつけて、そして周りにチヤホヤされて、それで満足しているアイドル歌手になりたいと思っているんじゃないのか?でも今の俺じゃ、そのアイドル歌手にさえなれやしないっ!!
合宿から帰ってきて、バイトに行くため渋谷のセンター街を通ってバイト先へ向かっていたとき、いつもはゴミだらけの汚い街だなと思っていたところなのに、そのときはこの汚い街に俺はある何かを感じた。押しよせる人波も、きらびやかなネオンも、街角でナンパしている若者も、酔いつぶれて路上で眠っている中年サラリーマンも、行くあてもなくウロつく浮浪者も、風に舞い散る紙くずも、その一つひとつの場合が俺の心に問いかけていた。いや、俺の心がずうっと探していたものだったのかもしれないと感じた。そうだ、もっともっと心ですべてを感じ、心で歌って心で叫ぼう、そう思った。19年間の生活の中で、僕が破き忘れてきた心の破片を、一つひとつ見つけ出して、そのすべてを歌に表現していきたいと思う。
N0.31
帰ってきてから何度も夢を見ました。自然の中での解放感、団体行動という拘束された緊張感。
最も価値のある3日間でした。自分の殻を破りたいと想う気持ちは一杯なのに、つい甘えたり怖じ気づく私をこの貴重な時間と環境が挑発してくれました。
想像した以上の課題の大きさに途中で逃げ出したくなる気持ちにおそわれたけど「ひとつの壁を乗り越えるつもりで参加したのだから」と何度も繰り返し自分に「喝」をいれてました。
ここに通うようになってから、本物の歌をうたうということがどんなに大変なことかを思い知らされる日々を送っています。1曲の歌に込められた感情を表現する難しさを突破するには、自分の心を豊かにして、その心をコントロールできるパワーを身につけなければ一歩先に進めないと思います。
この合宿はそんな心を鍛えるいいチャンスでした。
感情の起伏が激しい私は、ときどきその感情をどこにもふつけられない怒りで悶々とする日々があったりします。弾けとび、解放される自分を求めながら、しかし、できない自分に腹が立ちすべて放棄したくなる情けない自分を嫌いになります。普段の生活で押し殺している感情や内にこもっているエネルギーを束の間でしたが吐き出す場所を提供してくれたことを感謝します。
後で振り返ればたった一瞬である時を、ライバル達と共に熱くなり過ごせたことを嬉しく思います。